我が妄想
仲間を殺された腹いせなのか、今のところテロリストの攻撃はバーカウンターに集中している。
テーブルに仕込まれている金属製の防弾板は案外たいしたことない、弾が当たるとすぐにボコボコになってしまう。一度変形してしまった場所は脆くなるのか、次の弾が当たると容易に貫通するみたいだ。この分じゃそう長くは持ちそうにない。
奴らが弾切れすることを期待したんだが、さすがは有名どころのテロリストだけあって補給計画も万全のようだ。弾倉がぎっしり詰まった敵の弾薬箱をマーシャが羨ましそうに見ている、あんなものまでどうやって持ち込んだんだろうな? マーシャ曰く、プラニコフは連射すると熱で変形して命中精度が低下するらしいが、奴らの荒っぽい使い方だと多少の狂いは関係ない気がする。
バーカウンターが蜂の巣にされて崩れ落ちると、生き残った連中がテーブルを盾にしながら厨房に転がり込んできた。俺も負傷者を担ぎこむ手助けをする、あっという間に手が血糊でどろどろになってしまった。鉄臭い匂いがきつい、血と硝煙の匂いだ。
「よお、隊長サン。職場放棄してていいのか?」
厨房の隅にへたりこんだ隊長クンに冷たく言い放つリンリン。こいつ、血も涙もないのか?
「うるせえ、プラニコフのくせにこっちのボディアーマーを貫通してくるんだぞ。おまけにこっちの5.7mmはまったく通用しねえ、こんなチートやってられっかよ」
隊長クンは震えているようだが、なんとかから元気を出して立ち上がる。戦闘ではさっぱりだったようだが、傷ついた部下を必死で引きずって逃げて来た彼は勇敢な男だ。
自分の武器がまったく通用しないなんて状況は、戦士の勇気を簡単に挫く。俺だってXキャリヴァーの攻撃が通らない相手に出くわしたら、その場で勝負を投げ出すかもしれない。
「ファイブセブンが止められたってことは、ボディーアーマーにセラミック板でも挟んでるわね」
三人娘の一人、黒髪のマーシャが冷静に分析する。ファイブセブンがどんな武器かは知らないが、セラミックなら知ってる、包丁や戦車の装甲にも使われる鋼より硬いやつだ。セラミック包丁はガラスみたいに割れるけどな。
「ガイガーカウンターに少し反応が出てるわ」
傷ついた警備員を手当てしようとした銀髪のオリガが、彼の防弾ベストを脱がせながら突然物騒なことを言い出す。そもそもガイガーカウンターなんて持ってたのが驚きだ、最近じゃ安価な家庭用も出回っているが、普段から持ち歩いたりしない。
「あ、私それ知ってる。弾丸の芯に劣化ウランを使ってるのよ、AKで何でもぶち抜けたわ」
赤毛のガリーナが嬉しそうに言う、AKなら俺でも知っている、昔から紛争地域に大量に出回っているロシア製の安物の銃だ、確かカラシニコフの愛称で呼ばれていたと思う。
カラシニコフとプラニコフか、似てるな。3Dプリンター対応のプラスチックバージョンがプラニコフとか、どうせそんなところだろう。銃がすごいんじゃなくて弾が高性能なのか、ウランを使うってことは核兵器なんだろうな。ユーラシア連邦とかが内戦でしょっちゅう核ミサイルを使うせいで、最近は核の敷居が低くなったとは言われているが、テロリストまで使う時代になったのか。
「奴ら、まさかロシアの特殊部隊か何かか?」
隊長クンが慌ててマスクを装備し直す。マスクで放射能とか防げるんだろうか? ロシアも核をよく使うよな、ウラジオストク撤退の際に自国の領土に核兵器を使った焦土戦術を行って、日本でも大騒ぎになったのを覚えている、当時俺はまだ小学生だった。
「ロシア製でしょうけど、金さえ積めばどこの業者からでも買えるでしょ」
マーシャは随分不機嫌そうだ、こいつらをあんまりロシアネタでからかうと本気で怒りそうだな、注意しておこう。
結局、わかったことといえば、こっちの武器は通用しなくて、向こうの攻撃は防げないってことか。すでに何人かのテロリストを倒しているから、弱点はあるみたいだけどな。
ますます俺なんかの出る幕じゃなくなって来たが、引き続き見張りくらいは手伝おう。敵の弾がなくなったら肉弾戦には参加しよう、関節技なら効く筈だ。
「資本主義の豚諸君、このビルは完全に制圧した。喜びたまえ、君たちは浄化の業火によって清められ、神の裁きを受けるだろう。天国の門はもうすぐそこだ」
テロリストからの銃撃が突然収まったと思ったら、一人が何やらうさんくさい演説を始めやがった。カルト宗教がバックボーンにあるというのは本当のようだ。自分達は良いことをしている、死んだら天国に行けると信じてる奴らは無敵だな、どんな無茶苦茶でも平気でできるんだから。
「ここにはプレイヤーと呼ばれている人物が四人いる筈だ、出てきたまえ。諸君らには聖戦士として現世でやるべきことが残っている。使命を果たせず死んだ者は地獄で永遠の罰を受けるぞ。今やヘリポートは我々の手中にある、君ら四人は脱出して生きろ、生きて己の使命を果たすのだ」
何だって? どうやら俺はまだ死んではいけない人間らしい……って馬鹿らしい、そんな訳ないだろう。
いろいろ電波なことを言ってるが、要するに奴らの人質になれって話だよな。
だけどなんでまたプレイヤーなんだ? ここには政治家や大企業のトップも大勢いるんだぞ、人質にするなら普通そっちだろう、大半は最初の銃撃を受けて死にかけてるけどな。そういえばプレイヤーは四人とも無傷だな、まさか手加減してやがったのか?
テロリストとゲームのチャンピオンはどう考えても結びつきそうにないんだが、誘拐して賭け試合でもやらせるつもりだろうか?
あるいは……リンクスのような戦闘ロボがすでに実在していて、奴らがそのパイロットを手に入れたがっているとしたら、いろんなことの辻褄が合うんじゃないか? ロボットアニメじゃあるまいし、三十近い人間が口にしたらガキみたいだと笑われるよな。普通に考えてあり得ない話だ。
それにしても人間って馬鹿だな、一度は死ぬ覚悟を決めた筈なのに、罠だとわかっていても、甘い言葉で生きる希望を示されれば飛びつきたくなる。
もちろん取り引きに応じるつもりはない。多少長く生き延びたところで、連中の言いなりなんて碌な事はなさそうだ。
あり得ない話ではあるが、本物のリンクスに乗れるとかいうんだったら話は別だがな。その条件なら俺は悪魔に魂を売ってもかまわないぞ。
「通してくれ、俺はまだ死にたくないんだ。おーい、捕虜にでもなんにでもなるぞ、俺はこんな所で死んでいい人間じゃない」
悪魔のささやきに見事に釣られる馬鹿がいたようだ、今まで厨房の隅で震えていた生臭坊主が急に喚き出す。
咄嗟に男の娘の一人が銃で殴りつけて気絶させる。なるほど、ああやって気絶させるんだな。それにしても可愛い顔して容赦ない。
「偉い、よくやった」
「こいつ、いい加減ウザかったんスよ」
リンリンに褒められて男の娘は随分嬉しそうにしている。リンリンには変なカリスマがあるからな、こいつは最終戦争後の世界で、山賊の頭とかやるのが似合ってると思う。
「我々は長くは待たない、永遠の地獄を望むなら、使命を果たさぬままここで死ぬのを選ぶのもよいだろう。決断できぬ者に救済は訪れぬ、美しき戦乙女は勇気を示した者のみに与えられる、勇敢な同士諸君、共にヴァルハラで永遠の宴を」
なんかいろんな宗教が混じってるみたいだな、マンガみたいな話になってきた。実際、海外のカルト教団の多くには、日本のマンガの影響が色濃くみられるようだ。
まさか、マンガかぶれの連中が戦闘ロボの強奪を目的にテロを計画したけれど、実際はロボなんて存在しませんでした。なんてオチじゃないだろうな。
おや、何やら動きがある。どうやらトミー准尉が降伏を選んだようだ。両手をあげてテロリストの陣地に向かいながら英語で何やら叫んでいる。
「チキン野郎が」
リンリンがぼそっと呟いた。俺は英語は苦手だが、多分トミーは『降伏するのも勇気』みたいなことを言ったんじゃなかろうか。
彼がどうなろうとかまわないが、戦略上の重要拠点であるトイレがテロリストの手に落ちるのはマズイ。
幸いなことに、降参したのはトミー一人で、取り巻きの美女たちは徹底抗戦の構えのようだ。思うに、彼女達のスポンサーはビリー氏なんじゃないだろうか?
銃器を巧みに扱えるだけでなく、組織だった戦闘もできるような人材で、おまけに美女。命懸けの仕事だし、雇うのは決して安くはない筈だ。
トミーは降伏したが、タケバヤシ氏はそのつもりはないようだ。トミーだけじゃなく、生臭坊主まで降伏してたらどうなってたかわからない。人は多数派に属すると安心するからな、俺だって他の三人が降伏してたら一緒に便乗してたかもしれない。
テロリスト『白いキリン』がわざわざプレイヤーを狙う目的がどう考えても謎だが、俺たちに腕利きの護衛までつけられていたことを考えると、まんざらテロリストの勘違いでもなさそうだ。
俺の『本当に戦闘ロボが実在する説』も、まんざら妄想とはいえないんじゃないか? フルスペックのリンクスなんかが実在したら、超大国の軍隊相手だって無双できる気がするぞ。
まさか、まさかな、だいたいそんな機体が実在するとしても、わざわざトッププレイヤーに操縦させる必要はないじゃないか。そこそこ動かせるプレイヤーならゲーセンに大勢いる、彼らじゃダメなのか?
いや、まてまて、俺たち四人専用に調整されたロボが屋上に四体隠されているとしたら? パイロットの登録解除に本人の認証が必要だとしたら俺たちが狙われる必然性はあるな……やっぱり少し無理があるか、決勝戦が今日あったばかりなのに専用機なんて用意できるわけがない。
やばいな、テロリストが電波なことを言い出すから、俺の妄想が止まらなくなってきた。




