さよならXキャリヴァー
気がついたら朝の5時だった。
フライトユニットが楽しすぎて調子に乗りすぎた、筐体から降りるとどっと疲れが押し寄せる。こりゃマズいな、急いでひと眠りしないと勝負どころじゃない。
リンリンたちはカウンターで酒瓶を抱いて居眠りしている、ずいぶん頼りになる護衛だ。
まあ、どう考えてもゲームにはまりすぎた俺が悪いな。気の毒なのは真面目に警備をしてくれているナンシーの部下の黒眼鏡たちだが、彼らにはまったく疲労の色が見えない、さすがはプロだ。
よく考えたらプロなんだから24時間体制でちゃんとシフトを組んで交代してるのかもしれない。黒眼鏡たちは一体全部で何人いるんだろう? シークレットサービスは相当給料がいいって話を聞いたことがあるが、身につけているスーツの生地や時計のグレードなどから察するに、ここの黒眼鏡たちだって相当もらっていそうだ。彼らの人件費だけでも結構な額になるんじゃないかと思う。
安物のジャージを着てる俺なんかを護衛するために何故そんな大金が動くんだろうな? イベントを滞りなく進行させたいというのは理解できるが大きな金が動きすぎてるだろう。予算が潤沢なのは大金持ちの道楽だからとしても、そもそも何故俺が謎の武装集団に襲撃されるんだ?
考えようとしても睡魔が襲って来てダメだ、なんとか部屋までたどり着きベッドに転がり込む。
夢を見た、昭和レトロな雰囲気の下町の食堂で俺は何故かお好み焼きを焼いていた。現実の世界では客が自分で焼くシステムの店には行ったことはない、そういう店があると知識として知っているだけだ。
自分が夢の中にいるという自覚はあったが、どうせなら目が覚める前にしっかり食べてやろうと焼き続ける。
焼きあがったお好み焼きにソースをたっぷり塗って青海苔、鰹節をふりかけ、いよいよという時に何故か体のコントロールが効かなくなった。両腕が、足が、腰が、ぎりぎりとすごい筋肉痛で締め上げられていく。
あと少しだというのに食えないのか、夢とはいえなんとも理不尽だ。
食えもしないというのにソースの甘い香りだけがやけにリアルだ、夢の中なのに腹がきゅうきゅう鳴る。
「いい加減起きろよ、遅刻するぞ」
リンリンの声に飛び起きる。
ホテルの自分の部屋の寝室のベッドの上だ。
寝る前に寝室の鍵もかけたつもりだったが、何故こいつがここにいる? 鍵がちゃんとかかってなかったのか?
強烈なソースの匂いはリンリンの手の中のたこ焼きのパックだ、美味そうだが匂いが残るから寝室には持ち込まないでくれよ。
「アツアツのたこ焼きが山ほどあるよ、食うか?」
キッチンのカウンターにはたこ焼きのパックが積み上げられてあり、他にもおにぎりやペットボトルが商売できるほど並んでいる。
ナンシーの他に黒眼鏡の人が三人、仲良くたこ焼きをはふはふしながら食っている。なんというか、なかなかアットホームな職場のようだな。
俺も一緒になってたこ焼きとおにぎり、ウーロン茶の朝食をとる。炭水化物に炭水化物か、健康的な食事とはいえないが普通に美味しい。こんなことをしていると学生時代のクラブ活動を思い出すな。
食べ終わった黒眼鏡たちは、さらにたこ焼きやおにぎりを袋に詰め込んで持って行く。外にもまだ仲間がいるのか? 一体あいつら何人いるんだろう。まあ、大勢いてくれるのは頼もしいんだが。
「しっかり歯は磨いときや、今日の試合はマスコミのカメラも結構入ってるはずやで」
まるでマネージャーみたいなことを言う、彼女達の動機は不明だが味方がいてくれるのは嬉しいな。俺が負けたらこいつらも昨日のロシア娘たちみたいに勝ち馬に乗り換えるのだろうか? それは少し寂しい気もする。
時計を見るとまだ時間はある、一風呂浴びる時間はありそうだ。カメラを意識してお洒落するわけじゃない、筋肉痛が昨日以上にひどいことになっているのだ。
剥がすのが大変かと思っていた湿布は引っ張るだけでするっと簡単に外せた、最近の技術はたいしたもんだ。シャワーを浴びながら浴槽に熱いお湯を張っていく、さすがちゃんとしたホテルだけあって景気良くお湯が出る、大きな浴槽があっという間に満たされる。
浴槽の外も日本式に洗い場になっていて体を洗えるようになっているのだが、せっかくなので浴槽の中でごしごし洗うことにする。備え付けてあった赤いリンゴ飴のような石鹸を放り込むと一瞬で溶けてブクブク多量の泡が噴き出した。
筋肉痛に熱いお湯が心地よい、泡に含まれているハッカのような成分もなかなかいいかんじだ。筋肉痛が悪化したのは昨夜ゲームで酷使し続けたからだが、楽しかったし後悔はしていない。痛みに馴れてしまえば耐えられないという程でもないしな。
最後に冷水のシャワーで泡を洗い流す、火照った筋肉に冷たい刺激が気持ちいい。筋肉痛も悪くないかもしれない。
さて、背広を着るかジャージでいくか。どちらにしても場違いに貧相なのは間違いないが、ここはやっぱりジャージだな、安物の背広よりは汚れたジャージの方がゲーマーとしてキャラが立ってる。
のんびり歯を磨いていたら会場についたのはかなりギリギリだった、青海苔をくっつけたままじゃかっこ悪いから仕方ないだろう。
アリサ大佐が少し恨めしそうな目でちらっと俺を見る、司会進行にいろいろ迷惑をかけてるみたいだな。彼女にはカード再発行の一件で借りもあることだし、申し訳ないとは思うが、集合時間に遅れたわけじゃない。
あ、そういえば集合時間の15分前に来るように言われてたような気もするが、今更思い出しても後の祭りというやつだろう。宮本武蔵だって遅刻したんだし、このくらい大目に見て欲しい。
『来ましたね、偉大な私は、あの悪い男を、必ず倒すでしょう』
金髪ぽっちゃりのトミー准尉は今日は黎明期のロックシンガーみたいなコスプレをしている。
マイク片手にプロレスラーみたいなパフォーマンスをしているつもりなのだろうが、同時通訳を処理しているAIが馬鹿なせいで言葉に迫力がまるでない。それにしてもバッドガイを悪い男なんて訳すか? どうせだったらベティちゃんくらい優秀なAIを使えよな。
俺の所へはもはや定番となったバニーちゃんがモンローウォークでやって来る。昨日利益確定したせいでバニーちゃんのトレイの上には安いチップしか残ってないが、演出のためか数だけは山のようにある。
安チップを積み上げても所詮ははったり、見る者が見れば掛け金がかなり減ったことに即気づくだろうが、視聴者の大半はそんなことは気にもしないだろうからな、運営としてはそれっぽい絵が撮影できればいいんだろう。
あれ? アンドロイドバニーちゃんのこの行動は運営の演出なのか? そもそものきっかけは俺の自由意志で賭けたつもりだったんだが、あれ? 俺自身が大きな意思の力に操られているような不思議な気分になってきた。
まあいい、少なくなったとはいえ掛け金は日本円換算で五百万くらいはあるはずだ、勝てば数年分の給料が手に入るだろう。なんか、俺、もう真面目に働くのが馬鹿らしくなってきた。
アリサ大佐が突然俺にもマイクを渡してくる、困ったな。プロレスの試合とかを思い出して、それらしい挑発の台詞を考えてみるがなかなか頭が回らない。ああ、プロレスラーの人たちって俺よりずいぶん賢かったんだな。
「斬ってやるから逃げるんじゃないぞ」
威勢よく言ったつもりだったが、俺の口から出た言葉にはまったく迫力がなかった。周囲の空気がずいぶん白けてしまった気がするが、素人なんだし仕方ないじゃないか。
とりあえず相手に言いたいことはそれだけだ。これまでの試合では奴は全力で逃げまくっていた、正々堂々と正面から戦ってくれれば俺は随分と楽になる。
『あなたは知っていますか? 日本の諺で逃げるが勝ちといいます。私日本語ワカリマセーン』
翻訳AIが馬鹿なのか、俺のことをからかっているつもりなのか、いずれにせよわかったことが一つある。
奴はこの試合でも逃げ回るつもりだろう。
作戦を考えながら筐体に乗り込む、奴を追い回すにはフライトユニットは必須だろう。空中戦をしながら鬼ごっこか、もはや別のゲームじゃないか。正直、この試合の勝ち負けはまったく予測できそうにない。
結局、ほとんど昨夜の装備のままで出撃することにした、もちろんアースブレイドだけはXキャリヴァーに変更しておく。
近接戦闘に上手く持ち込めればアースブレイドでも勝てる気もするが、大事な試合でわざわざそんな縛りプレイをする必要はない。
アースブレイドとXキャリヴァーでは攻撃力も段違いだが、対プレイヤー戦で何より重要なのは剣のリーチだ。
実剣部分の長さはほぼ同じだが、Xキャリヴァーはさらに剣の周囲にビームの刃を発生させることができる。
最大出力だとビームの刃のリーチは倍以上に伸びるし、裏技的になるがさらにその上もある。エネルギー効率は悪くなるが瞬間的にならもっと長く伸ばすことが可能なのだ。
Xキャリヴァーの途方もない攻撃力は実剣とビームの刃の相乗効果によるものらしく、ビームだけの刃先の攻撃力はそれ程でもない、先端部はただの強力なビームソードだ。
このゲームのビームソードは速く振ればそれだけ威力が下がる、水を噴き出してるホースを振り回すようなものだからな、単純に敵に当たるビーム粒子が減ってしまうんじゃないかと思う。ビームソードが長ければ長いほど剣を振った時の先端部分の速度は速くなるわけで、速過ぎるとXキャリヴァーといえどカスダメしか与えられなくなる。
それでもリーチがあると楽なのだ、空中戦ともなれば長ければ長いほどいいだろう。それに長いビームソードでも振らずに突けば威力の減衰はあまりない、要は使いようだ。
Xキャリヴァーで空中戦をするのは初めてだな、少なからずウキウキする。相手も相当の腕なんだし、勝ち負けに関係なく楽しめそうだ。
真昼の荒野ステージ、マカロニウエスタンに出てきそうな岩砂漠がどこまでも広がっている。
いかにも決闘の舞台という雰囲気で人気が高いステージだ。
俺の大好きなステージでもある、敵の砲火をかいくぐって接近するための条件が理想的に揃っているからだ。
地表は硬くて走りやすいし、大きな亀裂や階段状の段差、巨大な岩などもそこかしこに点在するため、遮蔽物にも事欠かない。
スキャナを妨害する謎植物もない、開始と同時にスキャナに反応、敵はかなり近くにいる。
岩陰から斜めに走り出すと、トーラスがジャンプして逃げていくところだった。奴もフライトユニットを装備している、飛び上がった敵機はみるみる離れていき青空に吸い込まれるように小さい点になる、これは大変な鬼ごっこになりそうだ。
とりあえずこっちもジャンプして翼を展開する、エネルギー消費を抑えて巡航速度で飛びながら様子見だ。
トーラスはそれ程運動性能に優れた機体ではないが、唯一前方向へのダッシュ性能だけはずば抜けている。
フライトユニット使用時もその特性は変わらないようだ、リンクスに比べてシンプルなデザインの二枚の翼はまっすぐ前に飛ぶための機能だけに特化しているように思える。最高速度は奴の方が上かもしれないな。
トーラスは猪突猛進的なイメージの機体だが、一目散に逃げるのも得意なようだ。
どうせ当たらないだろうが38銃で撃ってみるか?
だが、もし奴が回避ボーナスを狙っているとしたら下手に撃つのは不味い。
基本的にこのゲームは双方無傷でドローの場合、両者ともゲームオーバーとなる。
ところが、ドローの筈なのに勝ってしまうケースもかなりある。最初はバグかとも思ったのだが、ジミー君曰く、どうも隠されている評価ポイントとやらが存在するらしい。
ドローゲームをできるだけ防止するために、双方ノーダメージの場合には評価ポイントの多い方が勝つ仕様にしてあるのだろう、多分。
まとめサイト情報だと、どうやら回避ボーナスが存在しているのはほぼ確定のようだ。検証のために対戦でどちらかが一発空に向かって発砲して、その後は時間切れまで放置しておくと、必ず無駄弾を撃った方が負けになるらしい。
回避した回数で評価ポイントが増えていくわけではないらしい、双方が無駄弾を撃った場合は発射回数に関係なくドローになるからだ。一度でも回避に成功すると一定の回避ボーナスが入る仕様ではないかと考えられている。
ちなみに剣による攻撃を避けても回避ボーナスは入らないようだ。
回避以外にもいくつかの評価項目が存在するようだが、条件は確定していない。
だが、日本版より半年早く稼動していたアメリカ版のプレイヤーの中には、積極的に判定勝ちを狙うプレイスタイルの者もいたらしい。
最後に行われたアメリカの大会ではセミファイナル以降の全ての試合が判定で決着したため、観客からはブーイングがすごかったとも聞いている。
まあ、ひたすら逃げ回るだけの対戦じゃ見ててあまり面白くはないだろうな。
俺としてはどんな逃げ方をしていたのかむしろ見てみたいのだが、残念ながらアメリカ版の動画は今はもう見ることができない。
昨日の二戦ともトミー准尉はひたすら逃げまくって判定勝ちになっているし、彼が何らかの情報を知っているのは間違いない。
回避ボーナスだけで勝つなら、相手に無駄弾を一発撃たせて、後はひたすら逃げまくればいい。フライトユニットがあればわりと簡単だな。
トミー准尉が判定勝ちを狙っているとしたら、撃つのは悪手だ。ひたすら追い掛け回して奴がエネルギー切れになったところを切り刻んでやる。
最高速ではトーラスに一歩及ばないが、ジェネレーターの出力はリンクスの方が上だ。おまけにリンクスの可変翼はエネルギー消費を抑えた飛び方も可能、つまりリンクスの方がエネルギーに余裕がある。
敵が着地してエネルギーをチャージしている間に一気に距離を詰める。リンクスだって息継ぎは必要だが、そこは上手く誤魔化す。
奴に逃げ切れないと思わせるのが重要なのだ。
判定勝ちが無理と悟れば自慢の牛砲で狙ってくる筈だ。
“牛砲”はトーラス専用の大型ビームガンだ、トーラスの通称が牛だから牛砲という安直なネーミングだが、トーラス使いたちは気に入ってるようだ。
ちなみにトミー准尉が現在装備しているのはアメリカ版の“デスバスター”だが、アイテム名以外は日本版の牛砲とまったく同じものだ。
手持ちのビームガンとしては最大級の牛砲は、見た目はハイパーロマンキャノンのバレルを半分ほど切り落としたものに銃尾とグリップをつけただけ。無理やり感漂うデザインだが、一部のマニアには人気がある。
牛砲の最大の特徴は、専用の小型のジェネレーターが銃尾に内蔵されていることだ。
牛砲単体で独立したエネルギー系として構成されているため、トーラス本体のエネルギー残量や加熱を気にせず発射できる。
牛砲の真価は、この専用ジェネレーターを使った溜め撃ちにある。
シューティングゲームなどによくある溜め撃ちはエネルギーを充填すればする程威力が増すのがお約束だが、恐ろしいことに牛砲にはチャージの上限が設定されていない、従って理論上は牛砲がゲーム中最強の兵器ということになる。
要するに時間さえかければハイパーロマンキャノン以上の攻撃も可能なのだ。トーラスが溜めている間にジェミニはハイパーロマンキャノンを十発近く撃てるけどな。
まあ、どんなに威力が上がろうと所詮は単発ビームだ、切り払ってしまえばどうってことはない。
トーラスの何度目かの着地、そろそろ奴のエネルギーは底をついたようだ、動きに余裕がなくなってきている。こっちはまだ半分以上残っているが、近くに降下して走って接近していく。
岩のアーチの陰に奴は隠れていた、牛砲がこちらに向けられている。ドカンと一発来るかな? 来るなら来いよ。Xキャリヴァーを斜めに構えて突撃するが、奴の殺気が読めない。いや、そもそも撃つつもりがないのか?
威嚇のために銃口をこっちに向けてるだけって感じだな、この期に及んでまだ仕掛けて来ないのか?
突如としてこちらに向けて走り始めたが、軸が微妙にズレている。リンクスに突撃すると見せかけて、脇をすり抜けてジャンプで逃げる気だな。もちろんあわよくば牛砲の零距離射撃も狙っているのだろう、こちらが隙を見せれば即撃って来るに違いない。
こいつめ、俺の切り払いまで計算した上で判定勝ちを狙ってるのか?
限界まで伸ばしてもXキャリヴァーの切っ先は僅かに届かないな。
なるほど、さすがに準決勝だ。間合いをちゃんと見極めてやがる、ただ逃げ回るだけの相手だと舐めてかかればやられるな。
だが、俺のこともそんなに甘く見てもらっちゃ困る。半ば反射的に奴の予想進路上にワイヤーアンカーを発射する。ワイヤーアンカーは射撃武器じゃないからな、回避ボーナスは多分関係ない。
ワイヤーアンカー自体には攻撃力はほぼないが、どんなに無茶しても切れない丈夫なワイヤーは使い方次第では凶悪な罠となる。運よくトーラスに引っかかれば引きずり降ろして斬ればいいだけ、敵を引っ掛けたことはこれまで何度かある。
いいコースにワイヤーを伸ばせたと思ったのだが、トーラスは器用に体を捻って避けやがった。なかなかの反射神経だが、飛行中に翼を傾けたためにバランスを崩し、岩に掠ったようだ。
敵のシールドゲージは1ドットも減っていないように見えるが、岩にははっきりと削れた跡が残っている。
「減ったよな」
『損傷軽微、ですね』
軽微だろうがダメージはダメージだ、これで評価ポイントによる判定はなくなった。
このまま時間がなくなれば俺の勝ちだ。そうだ、今度は逃げてやろう。
トーラスと反対方向にジャンプする、立場は逆転だ、敵は必死で方向転換をしているが悲しいほど曲がらないようだ。
やはり奴が速いのはまっすぐだけか、これは面白いな。
太陽に向かってぐんぐん高度を上げていく、トーラスはやっと追いついてきたが牛砲をまだ撃たない。
出来る限り接近しての一発逆転に賭けてるんだろう。面白い、面白いぞ、ここは勝負してやる。
機体を引き起こし、ほぼ垂直に上昇。太陽とリンクスとトーラスが一直線に並んだ瞬間に、逆噴射をかけて反転する。
子供騙しだが、太陽は対人戦だと結構使えるめくらましだ。
そのまま一気にトーラスめがけて逆落としで急降下、最大パワーのXキャリヴァーを振り下ろす。
牛砲から極太のビームがほとばしるが僅かに遅いな。俺は回避せず、ビームごと両断する気合で真っ直ぐトーラスに突っ込む。
剣術の極意の一つに、剣のつばを相手に叩きつけるつもりで斬るというのがある。
剣道ではなく剣術の話だ。真剣で殺しあう際、余程の達人でなければ恐怖で距離感が狂う。つばで相手を殴るつもりで振り下ろしてやっと切っ先が敵に当たるものらしい。
死んだ爺さんが酔っ払った時に教えてくれた極意だ。爺さんは剣術なんてやってなかったみたいだから、どこからか聞きかじってきた怪しい薀蓄だとは思うが、このゲームではずいぶん役に立っている。
ゲームといえど恐怖感はある、ルーキープレイヤーは怖くて敵が射程に入る前からついついトリガーを引いてしまう。
近接戦闘ならなおさらだ、慣れていなければ届きもしない剣をぶんぶん振り回すのがむしろ普通の行動だ。
恐がることは恥ではない、ただそういうものだと受け入れて、ズレる分だけ間合いを修正してやれば済む話だ。
Xキャリヴァーの間合いは完璧に把握しているつもりだが、それでも気持ち根元で斬るつもりで剣を振る。
牛砲のビーム粒子が磁石に反応する砂鉄のようにサーッと割れていき、Xキャリヴァーの実剣の刃がビームを発射し始めた牛砲を切り裂く。
あ、ヤバいぞ、これ。
前に発射する瞬間のビームガンを破壊して爆発を引き起こしたことがあった。あの時は暴発したビームガンはスキュータムの腕ごと吹っ飛んだが、牛砲にチャージされたエネルギーは通常のビームガンの比じゃない筈だ。
膨れ上がる光の球の圧力を抑えきれず牛砲が木っ端微塵に吹き飛んでいく、光の渦に巻き込まれたXキャリヴァーが砕け散るエフェクトがまるでスローモーションのように見える。
一瞬画面が真っ白になった後回復、トーラスがくるくる吹き飛んで行くのがチラっと見える。
トーラスはもはや人型を留めてはいないが、勝負が確定していないということはあれでもまだシールドゲージが残ってるんだろう。
リンクスには大したダメージはない、砕け散ったかに見えたXキャリヴァーは耐久値の表示がバグっているがまだちゃんと手の中にある。
急降下を続けるリンクスを引きおこそうとしたところで異常に気づく。
あれ? 機体の操作ができないぞ、レバーがまったく反応しない。症状としてはハード的なトラブルっぽい、まさかコントローラが断線でもしたのか? 他のゲームで対戦中にレバーが抜けてしまったことはあったが、あの時はまだボタンは生きていた。今回はレバーもボタンもペダルすらも完全に無反応だ。
操縦不能のまま地面がどんどん近くなって来る、このままじゃ墜落するぞ。
このゲームでコントローラが使えない状況になったのは初めてだが、まったく何も出来ないというのはなにより恐ろしい。パニックになりそうだ、とりあえず深呼吸だ、そしてひらめく。
「ベティちゃん、オートパイロットだ」
返事がない、どうなってるんだ?
そのまま地表に激突、一瞬でリンクスのシールドゲージが消滅する。
どうやら俺は負けたらしい。
ハード的なトラブルなら再試合の可能性もあるかなと思ったのだが、格納庫画面では普通に操作できている。
「ベティちゃん、大丈夫か?」
『問題ありません、エネルギーが大量に逆流したため保護システムが起動してしまったようです』
どうやらXキャリヴァーが悪さをしたようだな。機体の保護システムねえ、それで墜落してしまったら世話はない。
ゲームに設定されているトラブルであれば再試合はないだろう。
あーあ、ついに負けてしまったな。
機体は当然全損状態、まあ、機体のダメージは修理コストを払えば即座に全快するから問題ない。
問題は武器の耐久だ、武器は修理の際に一定の確率で最大耐久値が減る。自己修復による回復は最大耐久値が減ることはないがかなり時間がかかる。自己修復では次の試合にはとても間に合わないだろう。
Xキャリヴァーが無事だったのは不幸中の幸いだったが、耐久値はごっそり減ってるんじゃないか? 気のせいか刀身がいつもよりくすんで見える。
サブウインドウを開いてステータスを確認する、最大耐久値が半減だと? そんなのアリかよ。試合に負けたことより余程ショックだ、修理時以外に最大耐久値が減ることなんてあるのか?
深呼吸して何度も画面を確認する、何度見ても失われた耐久値が戻ることはないのだが・・・・・・あれ? よく見ると桁がズレてないか?
何故か一桁増えている。嘘だろ、最大耐久値が五倍以上になっている。バグか、バグなのか?
他にも変わったところがある、攻撃力がほぼ半減してしまっている、こちらは本当に減っている。このゲームでは武器の耐久値が残り1まで減ってしまっても攻撃力に変化はない筈なのに。
よく見るとアイテム名も“砕けた剣”に変わってしまっている。これはひょっとして・・・・・・アイテム化けってやつか?
武器アイテムは耐久値が0になるとロストして何も残らないのが普通だが、ごく稀に別のアイテムに化けることがある、らしい。
バグなのか仕様なのかは不明だ、俺は今までガセネタだとばかり思っていた。
Xキャリヴァーはロストしてしまったが、代わりに新アイテムを入手できたようだ。
アイテム化けの原因は牛砲と同時にロストしたためかもしれないし、エネルギーの逆流が関係しているかもしれない。まあ、狙って出せるものでもなさそうだしラッキーと思っておこう。
最大耐久五倍は俺的にものすごく美味しい、損耗を気にせずどんどん振り回せる。自己修復能力は%固定なので回復スピードも実質五倍ってことだしな、全損寸前までいってもこれまで通り一晩で全快ってわけだ。攻撃力半減は残念だが、元の攻撃力がおかしすぎるレベルなので実用上ほぼ問題ないだろう、困るとしても多脚戦艦を瞬殺できなくなるくらいか?
いかん、試合に負けたというのに思わず顔がにやけてしまう。
『新規アイテムにつき命名権が与えられています』
砕けた剣のままでも別にいいけどな、せっかくだし命名しておくか。
「クダケッターソードにしよう」
面倒だし適当にダジャレで済ませる、Xキャリヴァーを命名した時の初々しい気持ちはどこへいってしまったんだろうな。
『クラッシャーソードですね』
ベティちゃんが聞き間違えるなんて珍しいこともあるもんだ。
クラッシャーソードか、普通にありがちだがクダケッターソードよりは百倍マシだろう。よし、それに決めた。
『アリサ大佐から通信が入っています』
おっと、ぐずぐずし過ぎたか。女性に叱られるのはどうも苦手だ、ゲームを終了して急いで筐体から飛び出す。
『ナイスガッツ』
トミー准尉が握手を求めてくる、外人はこういうことやって普通に絵になるからズルいよな。
さんざん逃げ回りやがって、こいつめ。俺も気の利いた言葉で返してやろうと思ったが、何も思いつかず無言で握手する。
さて、負けてしまったが俺にはまだ三位決定戦が残ってる。次の試合の前にクラッシャーソードを試してみたいところだが、さすがにゲーセンに寄る時間はないか。
観客席からジミー君が手を振っている、隣にはぷるりんちゃんの姿も見える。ツーショットか、世の中いろいろあるもんだ。
「近接さんが負けて残念っス」
俺が優勝すればぷるりんちゃんの実力は実質二位だという謎理論で応援してくれていたらしい。心情的にはわからなくもないが、実質二位がそんなに大勢いてたまるもんか。
「惜しかったですね、トーラスは勢いよく吹き飛んだせいで落ちるのが遅かっただけなのに」
なんだ、この女性は普通に喋れるのか。ぷるりんちゃんになるのはコスプレしている時だけのようだ。厚化粧なのは変わらないが結構化粧が上手いな、ナチュラルメイクっぽく上手く誤魔化している。
「思った通りXキャリヴァーと牛砲の逆オークションが始まってるっス」
ジミー君の携帯端末を覗かせてもらうと、オークションにXキャリヴァーと牛砲が続々と出品されている。開始価格が一億ポイント前後が多い、正気か? 一千万円じゃないか。
だが、見ているうちに価格を多少下げたものも続々と出品されてくる。だから逆オークションなのか?
出品しているのは試合を見てXキャリヴァーと牛砲がロストしたと思った連中だろう、相場より高くても俺とあの外人が買う筈だと思ってるんだろうな。
俺には新しいクラッシャーソードがあるので買う必要はないのだが、Xキャリヴァーはどんどん安い出品が増えている。牛砲もじりじり下がってはいるが、Xキャリヴァーに比べれば緩降下だ。
もともとXキャリヴァーの相場は牛砲より安い、それにトミー准尉は次は決勝だから、何が何でも新しい牛砲を手に入れる必要がある。
俺の場合三位決定戦だからなあ、決勝戦とは比較にならない。
まあ、Xキャリヴァーにも愛着はあるし、もうちょっと値段が下がるようなら予備に買っておいてもいいかな。
新しい剣の名前だが、スーパーXキャリヴァーとかでもよかったかもしれないとふと思った。