空飛ぶリンクス
ジェミニ戦の報酬もブラックボックスだった、結局、前回装備したブラックボックスは効果が不明のままだ。
今回手に入れたものも前のと同じなのか? それとも中身は違うものなのか? どんな効果があるのか謎だがとりあえず装備する。
噂じゃ負けたプレイヤーもブラックボックスは貰えてるみたいだ、TOP16に残ったプレイヤーへの参加賞的なアイテムなのだろうか?
今日の対戦ではブラックボックスの他にめぼしいご褒美アイテムは出ていない。今までの豪華なイベント報酬のことを考えれば、ブラックボックスの中身は相当すごい装備が隠されていてもおかしくはないんだけどな。
勝者と敗者のブラックボックスの中身が同じかどうかまではわからない、まあ、ブラックボックスだし、中身は見てのお楽しみってことだろう。
俺が明日の対戦までに是非とも試しておきたかったのが、サバイバル戦報酬のフライトユニットだ。ジェミニは結構有効に使っていたからな、明日使うかどうかは別にして、CPU戦で試してみてある程度性能を把握しておきたい。
武装の方は適当でいいかな、練習でXキャリヴァーを使って耐久が減るとまずいので、代わりにアースブレイドを装備する。
アースブレイドは店売りの両手剣だ、無骨な見た目にもかかわらず攻撃力も耐久もバスターソードに及ばない。
性能はかなり控え目なのだが、だからといって特に値段がお安いわけでもない、つまりコスパはかなり悪い。普通はまず買わない類の武器だ、最近のゲームではこういった使えない武器も山ほど登場する、大抵は優秀な武器の引き立て役というポジションだが、稀にイベントのキーアイテムだったりすることもある。
初期機体のオレンジペガサスからリンクスに乗り換えて間もない頃、俺は性能をよく確認もせずアースブレイドを購入してしまった。当時の俺には結構お高い買い物だった、ひどい性能に数日間がっかりしていたからよく覚えている。
店売りの両手剣としてはほぼ同じ価格帯のグレーターソードがあるが、こちらはかなり高性能な上に軽くて小ぶりで取り回しもよい。それでもバスターソードの方が何かと優秀なため、わざわざ買ってまで使うプレイヤーはほとんどいない。
ぶっちゃけバスターソードが優秀すぎるんだな、ゲームバランスの悪いゲームではよくあることだ。バスターソードの性能の下方修正を求めるプレイヤーもいるが、俺に言わせれば余計なことはやめて欲しい。バランスなんて修正しだしたらキリがないんだよ、今のバランスの悪いところも含めて、俺はこのゲームが気に入ってるんだ。
だが、最近俺はアースブレイドに隠されていたある特性に気づいてしまった。剣の重さや重心位置がXキャリヴァーにかなり似ているため、素振りした時の感覚がそっくりなのだ。
つまりXキャリヴァーの練習用には丁度いい、多分そんな使い方をしているのは俺だけだ、その証拠にアースブレイドの購入数ランキングで購入数8の俺が一位だった。
まさか武器の購入数のランキングまであるとは知らなかったけどな、俺は基本的にインフォメーションの類は見ない方針なので、自分がランク入りしなければ多分ずっと気づかなかっただろう。
ちなみに、俺はバスターソードを数日に一本のハイペースでじゃんじゃん使い捨てにしているのだが、こっちの方は購入数ランキングにかすりもしていない。俺以上にバスターソードを買っているプレイヤーが大勢いるってことだ、近接戦闘を頑張っているプレイヤーは実はかなり多いのかもしれない。
購入数のランキングに入ったからといって特に何があるわけでもないのだが、それでも一位はなんとなく嬉しい。今後もアースブレイドは買い続けることにしよう。
フライトユニットを背部に装着すると背中の簡易ラックは使えなくなるのだが、フライトユニットの左右にちゃんと簡易ラックが設けられているので両手剣も引っ掛けておくことができる。剣を抜くときにフライトユニット基部から生えている四枚の翼にぶつけないように注意する必要はあるが、翼は可動範囲が広いので多分大丈夫だろう、細かいことは多分ベティちゃんが上手くやってくれるさ。
むしろラックが一つ増えてお得だな、予備のバスターソードでも持って行くか? いかんいかん、欲張るとどんどん重くなってしまう。
フライトユニットの右ラックにアースブレイド、左手にバスターソード、右手に38銃。左右の太腿にはショートサーキットとソードブレイカー。
結構重くなってしまったが空いているラックが増えたので、バスターソードを捨てなくても両手剣に持ち替えることができる、筈だ。
ええっと。まず左手のバスターソードを左ラックに固定するだろ、次に38銃を左手に持ち替えて右手でアースブレイドを抜くと同時に左手の38銃を右ラックに固定か・・・・・・上手くできるか実際にやってみないことにはわからないな。
大きなランドセルのようなフライトユニットの背面には、どんぐりのような紡錘形のブースターユニットが二つ上下に並んでいる。さらにその上に何かはまりそうな空きスペースがあるのは、オプションパーツでも用意されているのかもしれない。
大小二対の翼がついているのだが、構造的にはワタリガニの遊泳脚のような多関節構造になっている。下側の一対が多分主翼だろう、グライダーの翼のように細長くてかっこいい。上の翼は主翼の半分もなくて、おフランス製のジェット戦闘機の翼みたいにほぼ三角形をしている、甲虫の鞘羽のような役割をするのかもしれない。
多関節なのでバッタの翅のように翼をある程度畳めるようだ。結構複雑な動きをするが、翼の操作は基本的にベティちゃん任せでいいだろう。
とにかくまずは慣れろだ、CPU戦のステージ1に出撃。
若干機体が重くなったような気もするが、ブーストダッシュの性能が格段に向上しているので運動性能はむしろ上がっている。
エネルギー消費も増えているが、どうせエネルギーは余りまくっているから問題ない、と思う。
さて、早速飛んでみるか。
ブーストダッシュで高くジャンプすると四枚の翼が綺麗に開く。
特に翼のコントロールを意識しなくても、今までのブーストジャンプとほとんど操作は変わらない。機体のバランスをとるように動けば翼は勝手に動いてくれるようだ。
ブーストを続けるとどんどん高く昇って行く、今までならこんな高さまでブーストジャンプはできなかった。連続ブーストはエネルギーが減るだけじゃなくすぐにオーバーヒートするからな。
フライトユニットによるブーストはオーバーヒートに関してはかなり軽減されている、エネルギーはそれなりに減るみたいだ。
高く、高く、あっと言う間に戦闘エリアの谷間を跳び越えてしまう。
これが飛ぶってことか、ムスカからはこんな風に世界が見えていたのか、これじゃまるで・・・・・・まるで別のゲームじゃないか。
戦闘に役に立つかは別にして、これは飛ぶだけで結構楽しい。フライトシムの飛行機で飛ぶのともまた違う面白さがある、ブーストの微調整と重心移動で方向を変えるのでまるでサーフィンでもしてる感覚だ。
軽い警告音、エネルギーゲージが黄色になった。結構な勢いでエネルギーが減り続けてるからな。
ブーストをやめるとエネルギーゲージはゆっくり回復していくが、当然機体はどんどん落下していく。翼のおかげで墜落とまではいかないが、滑空と言えるほど優雅なものじゃない、ほぼ急降下状態だ。
地表に激突する前に軽くブーストをかけて引き起こし、三段跳びで地上走行に移行する、スリルがあって面白いことは面白いが、果たしてこれで飛んだと言えるのだろうか? 単にジャンプのすごい奴じゃないのか?
『お見事です、特に私のサポートは必要ないようですね』
「ジェミニはもっとゆっくり飛んでた気がしたけど」
『エネルギー消費を気にしなければ低速飛行も可能ですよ』
ふむ、ためしにゆっくりホバリングしてみる。空中にぴたりと停止することもできるようだ、エネルギーゲージの減り方はさっきの比じゃないが。
そうか、ジェミニはジェネレーター出力がサジタリウスの倍だったな。飛行ユニットはそれほど過熱はしないようだからジェミニ向きってわけか、リンクスで使いこなすにはペース配分も重要ってことだな。
『そろそろ戻らないとゲームオーバーになっちゃいますよ』
そうだった、すっかり忘れていたが、ステージ1の敵は攻撃して来ないが時間制限はある。
「まずいな、時間内に戻るのはちょっと無理かもしれない」
思っていたより飛ぶのは難しい、狙った場所に飛んで行けるようになるにはかなり練習しないとダメだろうな。戦闘エリアに戻る前に時間切れだろう、まあ、今の俺には1ゲーム無駄にするくらい痛くも痒くもないわけだが。
『仕方ありませんね、オートパイロット起動、作戦エリアに戻ります』
リンクスが勝手に動き出す、すっかり忘れていたがそういえばオートパイロット機能なんてのもあったな。
ベティちゃんの操縦は俺よりずっと上手い、エネルギーはそんなに減っていないのにリンクスは滑らかに飛んでいく。
なるほど、翼を上手く利用しているみたいだな、四枚の翼の揚力をフルに活かすのか。長い主翼は目一杯左右に伸びてカモメが飛んでいるようだ、短い方の一対の翼は肩の上に突き出されて傘のように開いているが、こちらも極力揚力を稼ぐのに貢献しているみたいだ。
ただ飛ぶだけならこの方法が一番省エネのようだが、それでもエネルギーゲージはジリジリ減っていく。リンクスのジェネレータ出力では飛行機のように長時間飛び続けるのは無理ってことだな。
作戦エリアに戻ると残り時間は60秒を切っている、ザコ敵相手とはいえ結構シビアな状況だ。
斬るだけでは絶対間に合わないので、左手のバスターソードでダッシュ斬りしながら同時に右手の38銃でノーロックオン射撃。何か一つミスすれば時間切れだ、剣と銃で同時に別の敵を攻撃するくらいは前にもやったことがあるが、フライトユニット装備のおかげでダッシュの感覚が普段と違う、結構ヒヤヒヤものだ。
結局二秒以上余裕があったが、一度転倒しかけたのは内緒だ。多分ベティちゃんは気づいているだろうが何も言わない、本当に優秀なAIだ。
それにしてもたかがステージ1でこんなにスリリングな展開になるとは予想外だった、たまにはこういう縛りプレイもいいかもしれないな。
フライトユニットが初心者に支給されない理由も理解できた、行動半径が広がれば敵を探すだけで一苦労だ。オートパイロット機能があるとはいえ、飛び上がるたびに迷子になっているんじゃゲームにならないだろう。ムスカを使ってるプレイヤーも最初は随分苦労したんだろうなあ。
ステージ2では真面目に戦闘することにする、武器をアースブレイドに持ち替える。フライトユニットのラックの位置に馴れていないので換装に案外手間取る。
ステージ間のインターバルで換装すれば時間のロスは発生しないのだが、こうして実際に失敗してみていろいろ気づくこともある。
そもそも両手装備の武器は持ち替えが困難なため人気がない。普通は武器装備画面で装備を設定したら持ち替えない、上級者でも一度地面に置いて交換するものだが、対人戦で動きを止めるのは結構危険だ。
特にXキャリヴァーなんかは両手武器の中でも最も重い部類なので、床に降ろして持ち替えるのも大変なのだ。
俺は走りながら武器の持ち替えもよくやるが、リンクスの細腕では片手でXキャリヴァーをラックに固定するのはなかなか難しい。失敗すれば武器を落としたり転倒する可能性も高い、この状態だと急な回避運動も難しいから換装の瞬間を狙い撃ちされるとかなりヤバイ。
馬鹿げた攻撃力にもかかわらずXキャリヴァーを使っているプレイヤーが殆どいない理由の一つがこの扱いづらさだ。まあ、リンクス使い自体が極端に少ないんだけどな。
普通は両手剣を戦闘中に持ち替えるなんて論外、まともに振れるだけでもたいしたものだと言っていい。
両手剣だからといって両手で持てば簡単に使いこなせるほど甘くはない、腕だけで力任せに振り回そうとしてもノロノロヨタヨタした動きにしかならない。剣と機体、それぞれの重心を常に計算しながら動けてはじめて自在に操ることができる武器なのだ。
剣を振り回すのではなく、剣に振り回されてもいけない。剣と機体が地球と月のように一体となって、まるでダンスを踊るように動けるのが理想だろう。
あのイーエモンは俺より上手くXキャリヴァーを使いこなしていたな。日本は広い、上には上がいるもんだ、自慢の鼻っ柱をへし折られた気分だ。それにしてもあんなの相手によく勝てたよな。
アースブレイドを構えて、イーエモンの動きを思い出しながら振ってみる。
全身を使ったムチのようにしなる動きのカラクリはだいたいわかっている、各関節を同時に動かすのではなく、タイミングを僅かにずらすことでしなっているように見えるのだ。
理屈はわかっていても実際にやるとなると難しい。ゆっくりなら簡単にできるが、実戦で予備動作つきのモーションをゆっくりして見せるなんて、相手に動きを読んで下さいって言ってるようなもんだ。
イーエモン方式の弱点も見えてきたな、俺が奴の素早い剣戟をなんとかさばききれたのは次の動きが読みやすかったからだ。イーエモン程のスピードであれば先読みできても対応が難しいが、それでも次が読めれば打つ手はある。
だが、これは必ずしも欠点とは言い切れないかもしれないぞ。こちらの動きを先読みしてくるような相手にはフェイントを混ぜてやればいいだけの話じゃないか、イーエモンはフェイントを効果的に使えていなかったからな。
究極的には勝負の極意は虚実織り交ぜた先の読みあいなのだ、実力が互角ならじゃんけんの強い奴が勝つ。
まあ、俺はじゃんけんの練習まではする気にはならないな。勝ち負けはわりとどうでもいい、リンクスを自在に操る爽快感こそが正義だ。
でも、やっぱり金は欲しいな。ギャンブルで一攫千金というのは結構気持ちいいものだ、特に俺の場合は自分の腕で勝ち取った金だからな。
いかんいかん、邪念を振り払うように剣を振る。余計なことを考えていると剣が鈍るというのは本当だ、ギリギリの戦いでは何十分の一秒の隙が勝敗を分けるなんてこともよくある。メンタルコントロールは思いの外重要だ、イーエモンは自らの邪心に敗れたのだ、奴が卑怯な真似をせず正々堂々と戦っていれば結果は違っていたかもしれない。
何度か剣を振るうちに、イーエモンの猿真似ではなく自分の動きになってきた気がして来る。まだまだ荒削りだが焦る必要はない、いいとこだけ俺の動きの中に自然に取り込んでいけばいいさ。
クモ足メカにずかずか近づき、相手がビームを発射した瞬間にアースブレイドを振りぬく。少しだけなめらかな動きを意識してみた。
剣を振った反動でリンクスの機体は剣の影に隠れ、刀身に当たったビームはキラキラ拡散していく。ああ、ほとんど無意識だったが切り払いをしてしまったんだな。
そのままアースブレイドが吸い込まれるようにクモ足メカを両断する。
アースブレイドにこんなに攻撃力あったっけ? たかがザコ敵とはいえカミソリでスライスしたイチゴのようにスッパリ切れている。こんなになめらかな切断面はXキャリヴァーでもなかなか出せない。
まあ、実剣は上手く斬ればパラメータ以上のダメージを叩き出すこともある、俗に言うクリティカル、当たり所がよかったって奴だな。
そのままいい感覚をイメージしつつ、次のターゲットに向かってダッシュ斬りしてみる。フライトユニットで底上げされた機動力とイーエモン流を取り入れたしなやかな動きによって、今まであり得なかった速度と動きでダッシュ斬りができてしまう。
S字にダッシュして相手の死角からの一撃、斬った瞬間には次の相手に向かってブーストをかける。時間も節約できるし、攻撃のためのエネルギーを突進力と併用することで無駄もなくせる。
フライトユニットはなかなかいいな、近接戦闘にも充分効果がある、別に飛ばなくても装備する値打ちは充分ありそうだ。
問題はこれまでほとんど気にしてなかったエネルギーゲージがすぐにイエローゾーンに突入してしまうことだが、何もずっとブーストし続ける必要もあるまい。
緩急をつけた動きを心がければいいだけのこと、むしろエネルギーの制約が加わったことで、ただ漫然と動いていたこれまでの自分の欠点に気づくことができた。縛りプレイがゲーマーを成長させるってやつだな。
まあ、フライトユニットの重さが加わった分、特に足場が悪いステージの立ち回りを詰めなおさないとダメだが、それも面白そうだ。
それにしてもまさかエネルギーの節約に悩む日がくるとは思わなかった、リンクスはジェネレータ出力には余裕のある機体の筈だが、他の機体のフライトユニットはどんな感じなんだろうな。




