黒い三悪魔
午後一の試合が終わると俺はもうすることがない、明日戦う可能性のあるプレイヤーの試合を観戦しつつ時間をつぶす。
流石に準々決勝まで勝ち残った猛者たちだ、皆なかなかいい動きをしている。だが、腕に余程の差がない限り、機体の相性が勝敗を大きく左右しているようだ。強キャラ弱キャラのバランスが悪すぎることぐらいこのゲームのプレイヤーなら覚悟の上だが、考えてみれば結構ひどいゲームだよな。
ゲームバランスに関しては最初の頃はアンチスレも山ほど立って、大部分は愚痴だったものの、真面目な議論もさかんに行われていた。
量産機的な位置付けの店売り機体の方がレア機体より高性能な点についても激論がたたかわされていたものだ、機体を一機しか持てない仕様のため、あの頃は大部分のプレイヤーがスキュータムを使っていた。
その後いろいろ修正が入って、弾代や修理代のやりくりはかなり改善したものの、機体性能のバランスに関してはひどいままだ、改造アイテムの登場でさらにカオスになった。
このゲームは各機体の性能差を前提として楽しめる人でないと面白くないだろうな、勝ちにこだわるなら強い機体を選ぶしかない。最近ではレア機体の出現条件も判明しているので、比較的簡単に好きな機体を選べるようにはなってきている。
残念ながら攻略サイトでは我がリンクスは弱キャラ筆頭とされている、接近戦に持ち込むまでが大変なだけで、丁寧に回避するやり方さえ覚えれば実はそれ程苦手な相手はいないんだけどな。あえて言うならレオとガチで近接勝負をするとやや不利ではあるのだが、これは機体性能の差というよりも専用武器の相性の問題だな。
レオの専用武器であるタイガーマチェットは、対Xキャリヴァー用に設計されたと思えるような武器で、Xキャリヴァーのビームの刃はもちろん実剣部分まで受け止めてしまう。
タイガーマチェットは二刀流でクロスさせて大剣などを受け止める際に、マチェットの峰部分についているカギ状のギミックを互いに引っ掛け合わせれば、鋏のようにガッチリ敵の剣をくわえ込める構造になっている、これに一度はさまれてしまうと簡単には外せない。
初見でレオにまんまとはさまれた時は驚いた、剣の引っ張り合いになればパワーに劣るリンクスが不利で、メインウエポンを奪われてしまうなんて笑えないことにもなる、ワイヤーアンカーで回収できたからよかったものの、危うくXキャリヴァーを失うところだった。
警戒していればそう簡単にはさみこまれることはないが、Xキャリヴァーのリーチを活かした一撃を防がれてしまうと、その後の展開は手数の多いマチェットの方が有利だ。
Xキャリヴァーをあえて使わず、こっちも双剣で対抗する手もあるが、レオみたいに二本の剣をブンブン振り回すには結構パワーがいる、両手剣は重いけれど慣性を利用して振り抜けばそれほど力は必要ないからな。
互角のスピードでやり合うには彼我のパワーの差を考慮しなくてはならない、軽量のナイフを装備するのがいいのだがリーチで劣るし耐久値も問題だ、何より慣れない武器でいきなり戦っても満足に使いこなせるものではない、今後はナイフで戦う練習もしないとな。
バスターソード一本でなんとか粘って、隙を見て寝技に持ち込む手もあるが、ジェミニ相手に手の内を晒してしまったからすでに俺の寝技は警戒されているだろう、うーん、どうしたもんかな。
攻略サイトによると、リンクスでレオに勝つには射撃戦で当て逃げに持っていくのがいいらしい。少しでもいいから先に相手にダメージを与えて、時間切れまで逃げ回って判定勝ちを狙う方法だ。
機動力を活かした当て逃げも立派な作戦だとは思うが、俺としてはやりたくないなあ。
俺が悩んでいるうちに対戦中のレオがサジタリウスに撃墜されてしまった、おかげでレオ対策を考える必要もなくなってしまった。
サジタリウスはパイロット次第で大化けする機体だ、武装の選択の幅が広いため戦い方も千差万別、対戦相手が最初から判明している今回のルールだと相手の弱点を狙えるから非常に有利だ。
レオの機動力ではサジタリウスのグレネード弾の飽和攻撃を突破できなかったようだ、リンクスならあのくらいはなんとかなりそうだが、相手もそのくらい判っている筈、対リンクスなら全身ガトリング装備で来るだろうな。
明日の試合の傾向と対策を考えているうちに今日の試合が全て終わってしまった、準決勝に進むのはトーラスとサジタリウスとスキュータムに決まった。まず朝一で俺のリンクスとトーラスが戦い、次にサジタリウスかスキュータムと戦うことになる。
スキュータムとサジタリウスはなんだかんだいって抜群の信頼性と安定感がある、意外なのはトーラスが残ったことだ、レア機体の中でもキャンサーと並んで使ってるプレイヤーが少ない不人気な機体だ。
トーラスはCPU戦の敵機体としてステージ6でスキュータムとタッグを組んで出てくる、ぼーっとしてることも多いのでトーラスは放置して先にスキュータムを片付けてしまうのが定番の攻略法だ、両手持ちの大型ビームガンを装備しているが、リンクスなら楽に回避できるのであまり強い印象はない。
スキュータム系列の元となった旧式の機体だという設定らしく、トーラスにはウエポンベイがついていない、要するに手持ちの武装しか使えないわけだ。
リンクスもそうだが、このゲームの旧式機体は汎用性が低いのかもしれない。あ、でもサジタリウス系列のご先祖様であるオレンジペガサスは肩武器が使えるよな。系列機体の相関関係などの詳しい設定はお高い公式イラスト集を買えば載っているらしい、賞金が手に入れば買ってもいいな、案外賞品とか記念品として貰えるかもしれない。
明日は三位決定戦もあるので、勝っても負けても俺は二回戦うことになる。四位にさえならなければ賞金が出た筈だ、記憶が正しければ一位が百万、二位が五十万、三位が二十万だった筈だ、まさかここまで残れるとは思いもしなかったからきちんと確認してなかった、後で確認しておこう、賞金よりも毎回賭け続けたギャンブルの掛け金がすごい額になってそうだけどな。
「選ばれし四人の勇者諸君、今宵はクリスマスイブ、ヴァルハラにて十七時より絢爛豪華な宴を繰り広げようではないか」
アリサ大佐もいつの間にかクリスマスコスチュームになっている、軍人のコスプレにキラキラモールが追加されただけだが、今更トナカイやサンタのコスプレをされてもキャラ崩壊するだけだし正しい判断といえるだろう。
そんなことよりヴァルハラってどこだよ? 俺をまた迷子にする気か?
「ザック・バラン曹長殿、お迎えに参りました」
軍服のコスプレをしたコンパニオンの女の子の一人がつかつかと歩み寄って来ると、びしっと敬礼して見せる。
こんな場合は俺も敬礼とかした方がいいんだろうが、しらふの俺はそこまでノリはよくない。
「はあ、どうも」
軽く頭を下げて女の子についていく。
アリサ大佐のコスチュームに比べると下っ端感漂うデザインの軍服を着ている、多分下級兵士って位置づけなんだろうが、こういうのもマニア受けを狙ってるんだろうな。
案内してくれるのは助かるが、一般席に座っていた俺の居場所がよくわかったな。まあ、防犯カメラと顔認証システムのコンボで検索をかければ一発なんだろうが、監視されているみたいでいい気はしない。
わざわざコンパニオンさんに案内させなくてもアンドロイドちゃんにやらせればいいように思うが、こういった一度きりのイレギュラーな仕事は人間にやらせた方が手っ取り早いのかもしれない。
「ごゆっくり英気を養って下さいませ」
コンパニオンさんがビシっと敬礼をして去って行く、なんだ、昨夜と同じ展望レストランじゃないか。
昨日と違って完全に立食パーティーのようだ、レストランの真ん中に広いスペースが設けられているのは、まさか社交ダンスでもやらかすつもりか? 人間の楽団までスタンバイしている、俺はつまらないダンスなんて絶対踊らないからな、だいたいジャージで社交ダンスとかどんな罰ゲームだよ。
昼は軽く食べただけだったので、旨そうな脂の焦げる匂いに腹が鳴る。お約束の七面鳥の丸焼きも飾られているな、周囲にはちゃんと食べやすい大きさに切り分けられた肉が並べられている、ひょっとしてあの丸焼きはディスプレイ用のイミテーションか?
他のプレイヤー達は早速テーブルに群がって食っている、金髪のずんぐり体型の外人プレイヤーが、自分を案内してくれたコンパニオンの腰に手を回して連れ歩いている、俺を案内してくれた娘の方が可愛いかったけどな。それにしてもこの金髪君、女たらしか? まあ、女の子も嫌がってないみたいだし別にいいけどな。
たしか金髪君はトーラスを使ってたプレイヤーだ、明日一番に俺と対戦する相手だ。いくら羽目を外してもかまわないが、寝不足で調子が悪くても手加減せず叩き潰すからな。
取り皿に少しずついろんな料理を取り分けて隅の方のテーブルに座る。俺には縁の無いようなご馳走だ、邪魔の入らない場所でゆっくり味わうとしよう、幸い今夜はリンリンの姿も見えない。
まずはやはり七面鳥だな、名前だけはよく知ってる生物だが実際に食うのは多分初めてだ。冷めてしまったピンク色の肉を口に入れる、食感はパサついたハムみたいだ。
決して不味くはないんだが、期待が大きすぎたせいか大したことがないという気がしてしまう、パサパサしていて鶏の胸肉みたいだ、たまたまそういう部位を取りわけてしまったんだろうか? ソースにからめれば美味しいんだけど、このソースにつければどんな肉でも大差ない味になると思う。
まあ、タダメシに文句を言うのもおかしいよな、材料を想像しながら高級料理を順番にたいらげていく。少しずついろんな料理を楽しめるのがビュッフェスタイルのいいところだ。
高級酒が並んでいるのに酒が飲めないのは辛い、二日酔いでロボの操縦をするわけにはいかないからな。代わりに大ジョッキにウーロン茶を入れて貰ってきた、明日の対戦相手に俺がビールを飲んでると思って油断させる作戦だ、どうせバレバレだろうが問題ない、他のプレイヤーたちは・・・・・・普通に酒飲んでるみたいだな、くそ、俺だって明日は飲みまくってやる。
「旦那様、彼がセミファイナルに駒を進めたザック・バラン曹長ですわ」
東洋人の美人秘書に案内された外人の禿げオヤジがテーブルの正面に立つ。見るからに上流階級の人間だな、着ているスーツの質感からして違う、合成繊維なんて一切使用していませんよって生地だ。禿げオヤジはナンシーに似た上品な金髪の少女に腕を貸しているのだが・・・・・・この娘、ナンシーじゃないのか?
そういえば秘書の女性はリンリンにどことなく似ている気もする、顔は少し違って見えるがメイクが濃いからなんとも言えない、が、薄水色のチャイナドレスに似た服に身を包んでいる彼女はスタイル抜群で、リンリンより数段セクシーだ、やはり別人かな。
思い出したぞ、彼女の着ているのはベトナムのアオザイだ、多分だけど。
「ザック・バラン曹長、こちらはタコタコのウォルター・キャントウェルCEOです、本日はあなた様の奮戦をご覧になって感動されたとのことです」
CEOって社長のことだよな? タコタコは確かガーディアントルーパーズの開発元で、日本の運営会社を買収した親会社だったと思う。日本での展開のためにたしか老舗のクレーンゲームのメーカーを丸ごと買収したんだよな。
ビリー・レイス氏は影のボスだから、表向きにはこの人が一番偉い人だってことか。この人にお願いすれば、リンクスのプラモデルを発売日前に手に入れることだってできるかもしれない。
外人に自己紹介、一応就職活動では外資系も受けたから練習はしたことがあるのだが、緊張で全部すっ飛んでしまう。
「な、ないすちゅーみーちゅー・・・・・・です」
咄嗟にそれだけ口にすると頭の中が真っ白になる、ウォルターさんはニコニコ笑って握手してくれたから、まあ、失敗じゃなかったと思いたい。力強くぎゆっと手を握ってくれた、この人はいい人だな。
おっと、あぶないあぶない、欧米じゃ握手で相手を信頼させるのも一つのテクニックなんだよな、昔読んだ何かの本に書いてあったぞ。何も知らない相手のことを握手だけで信用してしまうなんて愚か者のすることだ。
「ショウカイシマス ムスメノアンナデス」
ウォルター氏は日本語を話せるのか、さすがは社長だけあってなかなかやるな、俺だって中学の頃だったら英語で家族の紹介くらいできたけどな。
「初めまして、アンナ・キャントウェルと申します」
ナンシーそっくりの美少女はアンナと名乗った、鈴を鳴らすような可憐な声、発音も完璧でナンシーの怪しい関西弁とは大違いだ、やはり別人か。高級感たっぷりの赤と白のドレスを着ている、肩ひものないいわゆるストラップドレスという奴だが、胸の膨らみの上の方だけが慎ましやかに覗いている。
あまりジロジロ見るのは失礼なので胸元から視線を外す、ナンシーの方が若干スタイルはよかったかもしれないな。やはり別人ぽいなあ、親戚とか双子って可能性もあるけどな。
それ以上特に話す事もなく、ウォルターさんたちはさっさと人ごみの方へ立ち去って行ったのでほっとする。カジノ推進派の政治家が来ているらしく、映像で見たことのある顔もいくつか並んでいる、実際にこうして直接見ると大物政治家といってもただの人だな、貫禄の差ではウォルターさんの圧勝だ。
政治家たちはウォルターさんに群がり、順番にへこへこ頭を下げてまるで犬が尻尾を振ってるみたいだ、彼らが俺達の代表だとはあまりにも恥ずかしい・・・・・・あれ? そういえば俺もさっきは無意識にぺこぺこお辞儀をしまくってたよな、他人のことを言えた義理じゃないか。
「あの、ここ、よろしいでしょうか?」
今度はツインテールが印象的な赤毛の外人さんが俺に声をかけてきた。なんとなくデジャブだ、どうもパーティーというのは落ち着いて料理を楽しむ場ではないらしい。
気がつけば周囲をぐるりと三人の女性に包囲されてしまっている、三人とも黒いドレスを着ているのは共通だが、スカート丈は三者三様でかなり差がある。
俺に声をかけてきた赤毛の娘のスカートはかなり短い、スカートの裾からホルスターっぽいのがチラチラ見えてしまっているけどいいのか? 多分、左右の太腿に二丁拳銃を装備している。
他の二人はスカートが長いだけにもっとヤバそうだ、一番の巨乳で銀髪ストレートの娘なんて、スカートが揺れるたびに隠されている武器の輪郭がなんとなくわかってしまう。サブマシンガンぽいのと、他にもいくつか銃っぽい形状のものを隠し持っている。
要人も大勢いるパーティー会場に物騒な話だ、警備の連中はちゃんと仕事してるんだろうか? まさか豊満なボディに目を奪われて見落とした、なんてことはさすがになさそうだな。見咎められていないってことは、おそらくこの娘たちも武装の携帯許可を持っている自警団なんだろう。
唯一アジア系に見える黒髪のボブカットの娘は、結構長いものをスカートの裏に吊ってるみたいで歩きにくそうだ。この娘は異様にスレンダーなのでスナイパーって雰囲気だな、ガリガリなのに胸だけは大きいのがクールだ。さすがにスナイパーライフルはスカートには隠せないと思うが、何だろう?
この三人は昨夜の宴会でも見た覚えがある、葬式でもないのに揃って黒ずくめのドレスを着ていたらそりゃあ印象に残る。昨日は別のプレイヤーの取り巻きをしていたが、今日の戦いで敗退してしまったから俺に乗り換えるつもりなんだろう。
「おいおい、黒い三悪魔も落ちぶれたもんだねえ、泥棒猫の真似事かい?」
ドスの利いた聞き覚えのある声、さっきのアオザイ美女がつかつかと歩み寄って来る。とっても悪い顔をしている、間違いない、メイクで誤魔化してるがこいつやっぱりリンリンだ。
それにしても黒い三悪魔だと? 二つ名ってやつかな、強そうで悪そうでカッコイイけど、そこはかとなくRPGの中ボスくさいよな、三人セットって時点で前座って感じもする。
「ごめん、お願い、今回だけ手伝わせてよ。このままじゃ私たち年が越せないのよ」
「戦いは数だって言うじゃん、今ならあたしらとってもお買い得よ」
なんだ? こいつら金に困ってるのか? 昨日のリンリンと一緒じゃないか、やっぱりテロリストを捕まえて一攫千金を狙ってるんだろうか? 警備も強化されてるし、いくらなんでももう襲って来ないと思うぞ。
「ま、同情はするけどね、なんとかしてやりたいがうちのボスがロシア人を嫌ってるのは知ってるだろ?」
リンリンのボスって俺のことじゃないよな? 俺はロシア人嫌いじゃないしな、ウォルターさんのことかな?
「あんたたちどうしてあっちの色男を狙わないんだい? あいつ、手当たり次第に女に声かけまくってるぜ」
リンリンの視線の先にいるのはトーラスのパイロットの金髪君だ、いつの間にか取り巻きの美女が十人以上に増えている。
「彼、ロシア人は嫌いだって言うのよ、マーシャの馬鹿が口を滑らせるから」
「ちょっとした計算違いよ、日本人ならロシア娘ってだけでチヤホヤするのにアメリカ人はダメね」
「あの、私たち名前ですぐにバレちゃうと思うんですけど」
三人娘はロシア人だったのか、そう思って改めて見ると、うん、なんとなくロシア娘っぽいかもしれない。
まあ、カムチャツカ事変ではロシアの手のひら返しでアメリカの兵隊さんが大勢亡くなってるから、親の仇みたいに嫌ってるアメリカ人も大勢いる。
ロシアってのはヨーロッパ辺境の田舎国だった時代から伝統的に約束を守らない国家だけど、開き直って絶対謝らなければ国際社会ではわりと通用してしまうんだよな、これが。
ユーラシア連邦に領土の大半を奪われて小国になった今でも、偉そうな態度を貫いているのはある意味立派だが、身軽になっても相変わらず経済はボロボロだ。近頃は食うに困ったロシアンマフィアが日本にも大勢入ってきている、特にカジノ特区なんて海外マフィアの巣窟らしいからなあ、この娘たちもマフィアなのかなあ、怖いよなあ、おそロシアおそロシア。
「おいおい、正直に名乗ってどうすんだよ、名前と国籍くらいいくつか用意しとくもんさ、基本だろ?」
リンリン、恐ろしい女だ。こいつこそ正体不明だよな、俺には日本人の鈴木さんだと名乗ったが、嘘つきが本当のことを言う訳がない。まあ、命が惜しければ彼女の本名は知らない方がよさそうだ。
ジャージのポケットからくしゃくしゃになったパンフを引っ張り出してトーラスのパイロットを確認する。トミー・オネストマン准尉か、普通に本名じゃなさそうだな。プロフィールには米国版のガーディアントルーパーズであるプラネットマセナリーズのチャンピオンだったとある。
米国版はスコアポイントの換金が問題になって、現在ほとんどの州でサービス停止になってしまっているようだ、スコアポイントを利用したマネーロンダリングや不正送金が多発していたらしい。
そもそも、勝てば事実上の金銭が手に入るゲームなんだから法的には一種のギャンブルに該当する、街中のゲーセンで堂々とプレイするにはいろいろ問題があったらしい。
幸い日本ではスコアポイントの換金は公然と黙認されている、裏でいろいろあったのかもしれないな。さっきみたいに大物政治家たちがこぞってウォルター氏にぺこぺこしに来てる状況を見れば、当分規制される心配はなさそうだ。
米国版と日本版のパイロットカードには互換性がある、そもそも中身はほとんど同じゲームらしいからな、機体もスコアポイントもそのまま持って来れるってわけだ。唯一違うのがアイテム名で、同じ武器でも別の名称で表示される。名前違いの武器がオークションに出ているのもたまに見るから、日本に来てプレイしている人もいるんだろう。
トミー准尉はクリスマストーナメントに参加するために秋頃から日本に留学中らしい、ご苦労なことだ。普段から女の子を見境なしに口説きまくってるんだろうな、団子っ鼻で美男子とはいえないが、金髪だし、チョイ悪白人キャラが好きな物好き女も世の中にはいる。
特にここじゃプレイヤーは何故かモテモテみたいだからな、その気になればセイウチのハーレムみたいに女の子たちに囲まれることだって難しくない。数え切れない程の美女に囲まれて鼻の下を伸ばしているトミー君は、まあ、正直少し羨ましいな。後先考えずやりたい放題できる人間はある意味幸せだろう、俺にはとても真似できそうにない。
そうか、女好きのトミー准尉でもロシア娘は嫌いか、一本芯が通っている女たらしと見るべきか。
「他の二人は、あれじゃやっぱり無理よねえ」
赤毛のツインテールがため息混じりに愚痴る、他の二人とは多分、スキュータム使いの坊主頭とサジタリウス使いのノッポのことだろう。
パンフを見るとスキュータムがシュドウニュウドウ伍長、サジタリウスの方はローリー・タケバヤシ曹長となっている。ニュウドウ氏の方はリアルでも住職やってるみたいだな、さすがに袈裟姿で筐体に乗り込むのは自重したみたいだが、絵に描いたような生臭坊主だ。竹林氏は、まさか本名か? 背が高くて浅黒くてホリの深いもうちょっとでイケメンになれそうなニイチャンだ、俺の経験ではバリバリのイケメンよりこういうタイプの方が何故かよくモテる。
すでにその二人にも取り巻きが群がってハーレムを形成しつつあるのだが、なんとなく雰囲気に違和感がある。
しばらく観察して違和感の正体に気がついた、共通点は取り巻きの子たちの身長や胸のサイズだ、世の中にはいろんな嗜好の人間がいるからな、常に大きいのが正義だとは限らないということか。
三人娘の豊かな双丘に目を戻す、皮肉なものだ、彼女達の強力な女の武器が逆に足を引っ張ることになるとはな。
「ま、自分達の見る目がなかったのを恨むんだね」
「仕方ないわね、せめてタダメシを食いだめして少しでも食費を浮かすのよ」
カチャカチャと金属音をたてながら立ち去る三人娘、スカートの中は一体どんな武器庫になってるんだ? ものすごく見てみたいぞ。
まあ、許可持ってるんだったら無理に隠そうとしないで堂々と武装していた方がかえって怪しくないと思うけどな、壁際に並んでいる警備員達の武装は昨日よりも強化されてるみたいだ、今日は全員が拳銃を携行している上、数名はアサルトライフルみたいのまで抱えている、ここが日本とはとても思えないよな。
三人娘は危ない奴らには間違いないが、いろいろちょっとお馬鹿だよな。ああいう連中はそんなに嫌いじゃない。
マーシャと呼ばれてた黒髪はちょっと気が強そうだったが、リーダー格の赤毛ツインテールは案外真面目な印象だったし、銀髪のむっちり美女はおっとりしていて見てて癒された。
まあ、リンリンと比べれば悪魔だって天使に見えるというのもある。
一応七面鳥も食ったし、ダンスには興味がないので今日はそうそうに立ち去る。リンリンの奴はちゃっかり厨房からキャビアの大缶と高そうなシャンパンの瓶を失敬してついて来る、今夜も俺の部屋で飲む気のようだ。聞きたい話もいろいろあるので部屋に来るのはかまわないが、そのキャビア一缶でいくらすると思ってるんだよ?
今夜は襲撃されることもなく無事に部屋に着いてしまった。まあ、毎日あんな襲撃が続くようならこの国は遠からず無政府状態になってしまうだろう。
「あー、肩こった。いっちょ着替えて飲みなおすとするか」
リンリンはまっすぐ寝室に入ると中から鍵を閉めてしまった、着替えるってなんだよ? まさか服とか持ち込んであるのか? 押しかけ自警団とか勘弁してくれよ。
何だろう? 頭の隅に違和感がある、こんな時は必ず何か重要なヒントを見落としているんだ。
冷蔵庫からトマトジュースを取り出し、ポテチの袋を開けてソファーに座る。何だ? 一体俺は何を見落としてる?
「一風呂浴びてスッキリしたぜ、あたしが借りてる部屋はシャワーしかついてなくてさ」
まるでカラスの行水だな、湯上りのリンリンがタンクトップにジーンズというラフな格好で向かいのソファーにどかっと座り込む、腰のガンベルトは何だよ? 最早銃を隠そうともしてないな、こいつ。
瞬間、頭の中でピースがカチッとはまる感覚、違和感の正体はリンリンの喋り方だ。
リンリンは相手によっていろんなキャラを演じているが、既にバレてしまった以上、今更それを俺に隠す必要はない筈なんだ。
リンリンの男っぽい喋りが彼女の地なのかとも思ったが、どうもそうじゃない気がする、この喋りも多分演技だ、仕事仲間などにナメられないためにわざと乱暴な言葉遣いをしてるんじゃないかな。
だが、今、この部屋には俺と彼女の二人しかいない、演技をする必要性がないじゃないか。
素の自分を俺に見られるのが恥ずかしい? まさか、こいつはそんな可愛いことを考えるタマじゃない。
合理的に考えれば可能性は一つだ、今も会話を聞いている第三者がいて、リンリンはそのことを知っている。
考えてみれば昨夜ナンシーが飛び込んで来たのもおかしい、この部屋が盗聴されてることが何故わかったんだ? 彼女も盗聴していたからじゃないのか?
リンリンとナンシーの関係は? 友人? 二人の友情も演技なんじゃないか? 今のところ利害が一致しているただの協力関係、なんとなくそんな気がする。
今日会ったアンナやウォルターとリンリンの関係も気になる、リンリンは本当にウォルター氏の秘書なのか? タコタコはガーディアントルーパーズ運営の米国の親会社だ、そんな大企業の社長が賞金稼ぎみたいな女を秘書に雇うだろうか?
「リンリンは社長秘書だったのか? たいしたもんだな」
カマをかけてみる。
「ああ、あれはアルバイトみたいなもんさ、キャビア食うか?」
アルバイトだって? 大会社の秘書がバイト? ますます謎が深まってしまった。
缶の蓋を開けるとキャビアはすでに半分ほどなくなっていた、リンリンが略奪した時点で既に取り分けられていたようだな、それでも結構な量がある。
勧められるまま、ポテチに少し掬って食べてみる、まあ値段を気にしなきゃ普通に美味いよな、これを金を払ってまで食べたいとは思わないが。
リンリンも俺のポテチにキャビアを山盛り掬って口に運ぶ、いいなあ、シャンパン、きっとキャビアによく合うに違いない。
「リンリンは仕事熱心だな、クリスマスイブくらいゆっくり休めばいいのに」
多少嫌味も込めて言ってやる。
「あんなのキリスト教徒の祭りだろ? テロリストがクリスチャンとは限らないんだぜ。ナンシーの奴は今日は来ないけどな、あいつは敬虔なクリスチャンだし今夜は一家団欒ってやつを楽しんでる筈だよ」
「うちがなんやて?」
扉が開いて突然ジャージ姿のナンシーが乱入して来る。
「なんだよお前、一家団欒はどうした? 敬虔なクリスチャンが聞いてあきれるぜ」
リンリンも少し驚いてるな、ナンシーが来るのは予定外だったのか?
「最近はクリスマスでも仕事優先や、上が働いて見せへんと下の人間は怠けるもんやしな」
ナンシーの怪しい関西弁を聞いているうちに、せっかく解けかかっていたパズルが頭から消えていってしまう。まあいいか、後でもう一度整理しなおしてみよう。
やはりこの騒がしいナンシーがあのお淑やかなアンナと同一人物とは思えないな。メイクを落とした今日のナンシーは高校生くらいに見える、身長はアンナの方が少し高かった気もするがヒールの高さのせいか?
金髪でも安物のジャージを着てるとそのへんの女子高生みたいに見えるな、どこかで見たジャージだと思ったら俺のと同じネット売り専門メーカーのバーゲン品だ。
「ペアルックちゃうで、あんたが着てるん見て楽そうやったからネットで注文しただけや。日本は小さい島国やからその日に届いて便利でええなあ」
こいつめ、褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ? 日本の流通網は確かに素晴らしいが、それを支えているのは無数の労働者の血と汗と涙なんだよ、安月給でこき使われても仕事の質は落とさないんだぜ。
「こらこら、キャビアを缶ごと持ってきたらあかんやろ」
ナンシーは部屋に入って来ると真っ先にテーブルの上のキャビアの缶を見咎める、まあ、普通に窃盗だしリンリンは現行犯逮捕だな。しまった、食ってしまったから俺も共犯か。
「中身はほとんど残ってない奴なんだって、皿に盛ってからじゃ痛むから一応声かけて缶のままいただいてきたんだぜ、きよしこの夜にケチ臭いこと言うもんじゃないよ」
リンリンはよくわからない言い訳をしながらキャビアを食べ続けている、文句を言ってたわりにはナンシーもポテチにごっそりキャビアを掬って食べている、いいのか? 黒いつぶつぶがいつの間にか残り少なくなっている、俺、まだ軽く一口しか食ってないんだけどな。
「キャビアじゃいくら食っても腹は膨れないよなあ」
リンリンが贅沢なことをノタマウ、マリーアントワネットかお前は、それ一口で俺の一ヶ月の食費より高価なんだぞ。
「今日は肉じゃがはないん?」
ナンシーは肉じゃがが気に入ったみたいだな、俺も肉じゃがは好きな方だが二日続けて食べるのはゴメンだな。
「クリスマスイブのご馳走をあてにしてたから何も作ってないよ、まあ、でも腹は減ったな」
結局、七面鳥とか一皿分食っただけでパーティー会場を出てきてしまったからな、今日のパーティーの料理はオードブルっぽいのばっかりだった、酒を飲みながらつまむにはいいのかもしれないが、俺としてはガッツリ食える食事が欲しかったんだよな、期待していた寿司も今日は見当たらなかったし。
昨日より余程腹は減っている、確かにキャビアじゃ腹は膨れない、米はまだあるし何か適当に作るか。
ジャガイモは全部使ってしまったから肉じゃがは無理だが、冷蔵庫には豚バラのブロックが丸々残っている。冷凍じゃないぞ、国産の生肉だ、脂身の色があまりにも美味そうだったんで、肉じゃがは鶏肉で作るつもりだったのに思わず買ってしまったんだった。そりゃあどんぐりを食わせて育てたイベリコ豚とかには負けるかもしれないが、俺にとってはとびっきりの高級食材だ。明後日は帰るんだから残さず食ってしまった方がいいだろう。野菜があまりないな、タマネギとネギが少々か、他に使えそうなのは梅干くらいだな。
まあ、肉じゃがが好評だったし、残り物を総動員して豚の角煮っぽいのでも作ってみるか、圧力鍋と恒温調理器の威力をもう一度堪能してみたい。
食器洗い機の中に洗い終わった食器類が全部入っていた、ハウスキーピングの人がちゃんと洗ってくれたみたいだ。
「そういえば、ハウスキーピングの人はやっぱりスパイだったの?」
「あー、その話はノーコメントや、もう安心してくれてええってことだけはうちが保証するわ」
こいつら、弁当まで用意させて昼の間一体何やってたんだよ? まあ、平和的に解決できたんならいいけどさ。
「ネットで試合を見てちゃんと応援してたよなあ、なかなかいい賭けっぷりじゃないか、見てるこっちまで熱くなっちまったぜ」
あー、俺が賭けたところがネットでも放映されてたのか、あれは調子に乗ってやりすぎたよな。
「その場の勢いで大金を賭けるのは只のアホやで、ギャンブルは可処分所得の範囲内でやるもんや、貧乏人が手を出したらあかんねん」
ナンシーは意外に堅実なことを言う、確かに俺が馬鹿だった。怪しい関西弁でアホとか言われると凄く腹が立つけどな。
「ニンジャマスターがゲームごときで負けるわきゃねえだろ、おかげであたしらも結構儲けたしな。折角のチャンスだ、明日は何億か貸してくれよ、元手が大きけりゃドカーンと大儲けだ」
冗談にしても恐ろしいことを言う女だな、こいつの場合本当に実行しかねないのがもっと恐ろしい。億単位で借金なんて、負ければ普通に人生終わるよな。
「あかん、借金でギャンブルは一番あかんパターンや、うちのギャンブル必勝法を教えたる。今日の儲けの半分は利益確定しといて残りの分だけ賭けるんや」
金銭感覚に関してはナンシーに共感を覚える、やはり何事も最悪のケースを考えて行動すべきだよな。利益確定か、なんかカッコイイ響きの言葉だ、使うだけで投資家になったみたいな気分になれそうだ。
「俺もその利益確定ってやつをやっておきたいんだけどさ、カウンターで手続きすればいいのか?」
「手続きやったらそこの端末からでもできるで、現金化したタイミングで税金がかかるからチップのまま預けとくんがお勧めや」
端末って、隣の部屋のパソコンのことか、多忙なサラリーマンのビジネス用とばかり思っていたが、そういやここはカジノなんだった。
まさかチップを現金に交換すると所得税がかかるとは思ってなかったが、一応は所得なんだし、まあ、そりゃ税金もかかるよな。
「カジノ特別法が改正したから、日本円にするんやったら一営業日に50万まで無税やで」
へえ、日本の政治家もたまには粋なことをしてくれるんだな・・・・・・いや、待てよ、カジノにチップのまま預けとけるんだよな?
「ひょっとして、大儲けした場合も毎日50万ずつ換金したら税金がかからないとか、そういうのアリ?」
「それは、基本中の基本やな」
50万程度なら所得税もしれてるが、個人で何億と儲けたりしたら税金でごっそり持ってかれるらしいからな、こんなザル法案がよく通ったものだ。お金持ちクラブの連中を喜ばせるだけの抜け道じゃないか。
まあ、一億換金するのに二百営業日かかると考えればそれなりに面倒か? でも日給50万と考えれば悪くないよな。
料理が完成するまでの間、パソコンを起動して利益確定の処理とやらをやってみる。普通のネットバンクの操作よりよほど簡単だ。
俺の手持ちのチップは一番高額な十万のクリスタルチップが三枚とその他のチップがいろいろ沢山だ、合計三十四万八千とちょっとか。とりあえず十万のチップを二枚カウンターに預けてみる、ネトゲの銀行とそう変わらないな、バニースーツのNPCが相手をしてくれる、完全にゲーム感覚だ。
五十万円分換金して俺の銀行口座に預けてみると、預けていたチップが四千程減った。ということは、レートは1チップが125円くらいか? クリスタルチップ一枚を日本円に換金すれば一千万以上になるってことだよな。
俺はたった二日で三千万以上稼いだのか? 息が苦しくなってきた、年収二百万として十五年分だ。十五年間、血と汗と涙を流して、体をボロボロにしてやっと稼げる金を、こんなに簡単に手に入れてしまっていいのか?
残りのチップを全部換金してしまいたい誘惑にぐっと耐える、そんなことをすれば所得税だけで大変なことになる。
少し考えて残り一枚のクリスタルチップもカウンターに預けて利益確定する、一千万円をポンと賭けるなんてあり得ないだろう、勝てば儲かるといっても負ければなくなってしまうんだからな。
「随分弱気じゃないニンジャマスター、まさか明日はわざと負けるつもりじゃないだろうねえ」
「こら、覗くんじゃない」
「隠したって無駄だよ、こちとら暗証番号から何から全部お見通しさ」
シャレにならないことをさらっと言う奴だ、まさかこのパソコンに何か細工してあったのか? 一瞬、本気で怒りかけたが、冷静に考えれば盗むつもりなら黙って金を抜けばいい話だ、こいつなりに警告してくれてるのか?
案外リンリンはいい奴なのか? それとも俺に警告することが彼女の利益に繋がる?
「あまり銀行を信用したらあかんで、それなりのテクがあるハッカーやったらなんとでもできるからな。複数の銀行に分割しとくのは基本や、当座の軍資金は金かプラチナにして手元に置いとくのも基本やで」
「金もプラチナも簡単に盗めるけどな」
こいつら、俺をからかってるのか? だいたい、銀行が信用できないなら何を信じればいいんだよ? 俺の大事な三千万は誰にも渡さないぜ、田舎の土地を買ってファーマーでもするかなあ、まさか土地までは盗まれないだろう。
とりあえずは急いでパソコンの電源を落とす。突然大金を手に入れたのはいいが、その分余計な心配事まで増えてしまった。
「泥棒に食わせる飯はないからな」
「あん、ゴメン、もうしないから許してよお」
色っぽく言ってもダメだからな、まあ、俺も本気で飯抜きにするつもりじゃなかったので食わせてやることにする。
「トンポーロー?」
「ポークシチューやないの?」
この料理は何なんだろうな? 余りもので作っただけなので俺にもよくわからない、とにかく豚の角煮のような何かだ。圧力鍋と恒温調理器のコンボは予想通り素晴らしい威力で、豚バラ肉がゼリーみたいに柔らかくなっている。ネギとタマネギだけじゃ脂っこさに負けそうだったので、隠し味に梅干を使ってみたが、もう少し酸っぱくしてもよかったかもしれない。
「あかん、これはライスがいくらあっても足りひん」
「相変わらずメシが美味いよなあ、一体何が入ってるんだコレ」
二人ともすでにご飯にぶっかけてしまっている、白米と別々に食べて口の中で脂と澱粉質が出会う瞬間が至高なのに、愚か者よのう。
予想はしていたが、五合炊いた飯が綺麗になくなってしまう、まあ、今回は俺も結構食ったけどな。締めにキャビアでお茶漬けを作ってみようと企んでいたのだが、一粒の米も残らなかった。
「白いメシに汁をちょびっとの状態がたまんないぜ」
「確かにその方が肉の美味さがようわかるわ、あんた、ライスばっかり別に食べて、最初から知ってたんとちゃう?」
こいつら、勝手にガッついてた癖にとんだ言いがかりだ。まあでも、自分が作った料理をここまで美味そうに食ってもらえるのは正直嬉しい。所詮は素人料理にすぎないが、自分でも無茶苦茶美味かったと思う、やはり炊きたてご飯に勝るものはないな。
「そやけど炭水化物をこんだけ食べたらカロリーオーバーやなあ、さすがに中和剤飲まんとあかんレベルや」
「薬に金出すんならジムで汗を流してこいよ、適当に筋肉つけときゃいくら食っても贅肉知らずだぜ」
リンリンがふざけて腹を丸出しにする、腹筋が割れててすごいのはわかるが、これって逆セクハラだよな。だが、まあ、正直割れた腹筋はすごくうらやましい、今の俺には筋肉が必要なのだ、リアルでもリンクスに匹敵する肉体を手に入れれば、俺とリンクスはさらにシンクロできるに違いない。
このホテルには各階にちょっとしたジムがある、時間があればどんなものか見に行こうと思っていたのだが、一日や二日やった程度じゃ効果はないだろうな。筋肉痛が治まるまで数日は大人しくしといた方がよさそうだし、せっかくのタダジムが無駄になってしまった。
「そういえばさ、今日の試合見てて面白そうだったからさ、下のゲーセンでちょっいっと遊んでみたんだけど難しいよな、ロボットのゲーム」
ん? こいつ今何と言った?
「ゲームセンターがあるのか? ガーディアントルーパーズの筐体もあるのか?」
「なんや、知らんかったん? 二階と三階によーさんあるし、少しやったら十五階にもあるで」
時計を見るとまだ九時過ぎだ、寝る前にワンプレイできるな。部屋を飛び出そうとしてナンシーに制止される。
「ちょい待ちいや、行くんやったら警備の手配せんとあかん」
「腕、大丈夫なのかよ?」
腕か、言われて思い出したが、意識するとジンジン痛みだしてしまった、まあ、ワンプレイだけして熱い風呂に入って寝れば問題ないさ。
あれ? 俺、リンリンに病院に行ったこと話してたっけ?
上の階ほど安全だというリンリンの助言に従って十五階のカジノバーに向かう、ほとんど使われていない筐体が二台だけあるそうだ。道中の警備員がやたら多いのはナンシーが手配したのか?
「うちの私兵や、ワンマンアーミーって奴やな」
一人だけの軍隊か・・・・・・絶対意味が違うと思うが、英語圏の人間に間違いを指摘する自信はないので黙っておく。
薄暗いバーには人影もまばらで、奥のテーブルで数人がポーカーをしているだけだった。オープンしてまだ日が浅いせいか、このホテルの稼働率は異様に低いよな、こんなに客が少なくて儲かってるんだろうか。
場違いなガーディアントルーパーズの筐体が二台、部屋の隅で埃をかぶっていた。ほとんど使われた形跡がなく、シートには保護用のフィルムがかかったままだ、もったいないなあ、おい。
早速筐体に飛び込む、座席の位置を調整して二本のレバーを握ると何故かほっとする、ここが俺の本当の居場所だ。




