敵は超重量級
「軽い肉離れだね、あんた普段スポーツしてないだろ、急に無理な運動をするからこんなことになる」
偉そうな中年の医者が俺を診察してそう言った。
そのくらい俺でもわかってるんだよ、普段の俺ならこの程度で絶対に病院に来たりはしない。
高い診察代を払うくらいなら卵とか野菜とか栄養のあるものを買って食う、医者にかかって生活費がなくなるんじゃ本末転倒だからな。
ワーキングプアの俺に医療費に回せる金などあるはずもなく、結構な額の健康保険料を給料から天引きされているにもかかわらず、保険証を利用する機会などついぞなかったのだが、先刻受付で保険証を確認された、どうせ治療費は全額運営が出してくれるんだから保険を使う必要はないんだが、少しでも運営の負担を軽くするために協力した。
カジノ特区といってもちゃんと健康保険が使えるみたいだ、一応ここは日本なんだよな。
「湿布出しとくから、数日安静にしときなさい」
医療用のロボットが俺を治療室に案内してくれる、白い樹脂製の外装、産業ロボットを多少人型に近づけた程度のデザインは俺の子どもの頃からそう変わらない。
こんなのでもカジノで働くアンドロイドより高価な筈だ、医療機器の相場は別格だからな。
国の厳しい審査基準があって小さな子が泣き出さないデザインじゃないとダメらしい、人間そっくりのアンドロイドは怖がる子がいるから審査を通らないと聞いたことがある。
白いノッペラボーの医療用ロボを怖がって火がついたように泣きまくってる三歳くらいの坊やが今俺の目の前にいるんだけどな、国の審査基準とやらもあてにならないな。
母親らしい若い女が坊やを抱き上げてあやしながら待合室の方に出て行った、ものすごい美女という程ではないが、まあそこそこ綺麗な美人さんだった、着てる服もさほど派手じゃないが上から下までかなりお高そうなものばかりで、落ち着いた印象の上品な人妻って感じだったな。
勝ち組と言われてる連中はああいう嫁さんと幸せな家庭とやらを築いているんだろうな、俺には別世界過ぎて羨ましいとすら思えない。
『湿布しますから、上半身裸になってくださいね』
ロボに個人用ブースの寝台に寝かされ、服まで脱がされる。
手つきは優しいが有無を言わせぬ圧倒的なパワーがある、何しろ医療用のロボには二百キロの患者をお姫様抱っこできる性能が要求されるからな。
カジノで働いているような人間そっくりに作られているアンドロイドにはまだそこまでのパワーはない、医療ロボはこの問題を力技でクリアしてるからな、強力なモーターと重い下半身、車輪走行モードなど、見た目を気にしないからこそできるあまりクールとはいえない解決法だ。おかげで自重も五百キロを超えるものが多く、床がしっかりしていないと使えないし、転倒事故を起こすと人命にかかわることもある。
国産ロボが転倒事故をおこしたという話は聞かないが、民間の怪しい老人ホームなどで使用されている安物の外国製の介護ロボは転倒など日常茶飯事で、バッテリーが爆発したりモーターが焼きついて炎上したりしてよくニュースになっている。
まあ、俺なんかは一生働いても老人ホームに入れるだけの貯金はできそうにない、このままだと老後は尊厳死を選ぶしかなさそうだ。
希望はある、家庭用アンドロイドが人間並みの性能になり、誰にでも買える価格帯で普及するようになれば、この国が抱えている高齢者問題はほとんど解決するだろう。
アンドロイドの能力が人間を超えることに警鐘を鳴らす人もいる、経営者たちが社畜をアンドロイドに置き換えれば、必要なくなった社畜たちは生きる場を失うからだという。
実際のところどうなるんだろうな? 俺には社会問題はよくわからないが、技術的には俺が爺さんになる前にアンドロイドが人間を超えるってのはありそうな気はする。
医療ロボは何か冷たいスプレーを吹き付けながら優しく的確に湿布を貼っていってくれる。気持ちいいんだが、風呂に入る時にこれを全部剥がすのは大変そうだ。
「どうせまたあの女に鼻の下伸ばしてたんでしょ!」
突然、隣のブースから耳障りな女の声が聞こえてきた。せっかく気持ちよく手当てしてもらってたのに一体何事だ? 修羅場ってやつかな?
聞き耳をてててみるが、一応パーテーションは防音処理されているみたいでぼそぼそ声は聞こえるものの言葉までは聞き取れない、さっきのは相当大きな声で叫んだみたいだ。
男が浮気でもしたのかな? 女が怒ってて男が言い訳してるみたいだというのはなんとなく雰囲気でわかる。俺にとってはまったくどうでもいいことだ、興味がなくなるとお隣の痴話喧嘩はただの騒音でしかない。
ロボが全身の筋肉を優しくマッサージしてくれる、気持ちよすぎるなこれは、医療ロボがリアルな女性の外見だったりしたら勘違いする奴が続出するだろうな。そういう意味では現状のデザインである意味正解なのか。
リフレッシュした気分でブースから出る、丁度隣のブースからも女が飛び出して行くところだった。あれ? この人は先刻見かけた若奥さんじゃないか、泣いていた坊やはどうしたんだろう?
続いて上半身裸のマッチョマンがのっそり顔を出す、こいつがあの奥さんと修羅場ってた旦那か、俺と目が合うとバツが悪そうに「どもっ」と挨拶してくる。
体育会系の暑苦しいイケメンだ、俺より少し年下かな? どこかで見たような気がすると思ったら、昨夜リンリンにカッコつけてた警備員じゃないか。
「いえね、一度結婚ってのをしてみたかっただけなんスよお」
何が悲しくて昼間の居酒屋で野朗の愚痴を聞かされてるんだろうな、俺は。
しかも俺は午後の試合があるから飲むわけにはいかない、胃もたれしない程度に焼き鳥をつまむ程度だ。
イケメン警備員に付き合わされて昼飯を兼ねてホテル内の居酒屋風レストランに入ったのだが、この男が結構面倒くさいやつだった。
例えるなら、トゲを隠し持つ可憐なバラと、猛毒のトゲが見え見えの大輪のバラのどちらがいいかという話をしていたわけだが。俺としてはトゲが嫌ならバラに近づくなと説教してやりたいところだ。
だいたいあんな綺麗な奥さんがいて、可愛い子どもまでいて、給料も俺とは比べ物にならず、ボーナスや危険手当までじゃんじゃん出る恵まれたリア充のくせに、俺に甘えてくるなよ。
「ボかあねえ、こんな生活が死ぬまで続くのは耐えられないんでスよお、男なら命懸けのスリルに全てを賭けたいってもんでしょオ?」
カジノホテルの警備員なんてスリル満点じゃないか、映画なんかだと毎晩のように酔っ払いが乱闘して設備を半壊させ、マフィアが抗争でマシンガンを撃ちまくってるイメージがある。実際、昨夜はささやかながら銃撃戦もあったわけだし、小市民の俺としてはスリルはもうお腹一杯ってかんじだ。
マフィア同士は殺しあっていてもカタギには手は出さないって聞いてたんだが、テロリストがいるなんて話は知らなかった、おおかたカジノ推進派の政治家がマスコミに圧力をかけて隠してたんだろう。最初からこんな危険な場所だと知っていたら来なかったかもしれない。
だいたい、アトラクションのスリルが楽しめるのは絶対安全な保障があるからだぞ、実際に怪我したり死んだりするようなのはただ恐怖でしかない。撃たれた時はゲーム感覚だったが、後から思い出すと正気の沙汰じゃなかった、まあ、恐怖で動けなくなったりしていれば殺されてた可能性すらあるから結果オーライではあるが。
こんな物騒な場所とも明日でお別れだ、貴重な体験もいろいろできたからいい思い出にはなると思う。俺は平和で安全な世界に戻って磨り減って死ぬまで社畜生活を続けることになるだろう、いい夢見せてもらったぜ。
「でかい組織ってのはフットワークが重くってダメ、現場に駆けつけた時にはいつも全部終わってるんですよオ。結局やらされるのは事務仕事ばかりだコンチクショー」
夜勤明けとはいえ昼間っから高級ウイスキーのボトルを半分あけて酔っ払えるんだからいいご身分じゃないか、週30時間勤務で明日の夕方まで非番だそうだ、それで年収が俺の三倍以上だとか羨まし過ぎる。
まあ、危険もあるだろうから高給取りなのは当然としても、労働時間が短いのは羨ましい限りだ。外資系だからなのか? 安全な事務仕事が多くてよかったじゃないかと言ってやりたいところだが、部外者の俺が意見すべきことじゃないし、よしよしと適当に相槌をうって聞いてやる。
こいつだってどうせ俺の意見なんて求めてやしないんだ、誰かに愚痴を聞いてもらえるだけで結構楽になるからな。この若さで警備隊の主任業務を任されてるみたいだからな、上にも下にも泣き言をいう訳にはいかなかったんだろう。
奥さんも家で少しは甘やかしてやればいいのにな、このままほっとくと悪い女に騙されて都合よく利用されてしまいそうな気がすごくするぞ。
『ザックバラン曹長が……』
突然耳に俺のパイロットネームが飛び込んできた。
客席から見えるように棚の上に設置されていたレトロなデザインの白黒テレビからだ。さっきまでは昭和の時代劇をやっていたが、今はアリサ大佐が映っている、ゲストの男と対談風に試合の解説をしているようだ。
『このリンクスという機体は白兵戦を得意としてまして、巨大なXキャリヴァーという剣を使います、これは攻撃力特化の最強の剣で、当たればまさに一撃必殺、当たればですけど』
『ぱにぽにぷるりん曹長のジェミニも攻撃力では負けてません、先ほどはヤマト砲の一撃で対戦相手のジェミニを沈めております』
ああ、俺の次の対戦相手はジェミニだったな。トーナメント表では午前の五試合目はジェミニの同キャラ対戦になっていた、どちらが勝とうと午後の第一試合はリンクスvsジェミニの戦いになるように仕組まれているのだ。
ジェミニはキャンサーをも上回るこのゲーム最大の大型機体で、サジタリウスのジェネレーターを二機分搭載しているという設定になっている。
サジタリウスと同系統の機種らしく、店売りのサジタリウスを買って使っているとわりと頻繁に報酬機体としてゲットできる、らしい。一応レア機体の筈だが、比較的容易に入手可能なため攻略板ではレア機体扱いされていない。
見た目はサジタリウスをそのまま大型化したようなデザインだ、箱を組み合わせたようなシルエットはサジタリウス同様に“ガーディアントルーパーズ”の中でも特にミリタリーっぽい。
増加した重量を支えるために脚部が重点的に強化され、トップヘビー気味のサジタリウスに比べると下半身がどっしりしている。
また、ジェネレーターをタンデムで搭載したという設定のため、腰部関節が太く寸胴体型になり、左右のスイングがサジタリウス程機敏ではない。
両足のウエポンベイはただのコンテナ用ラックに変更されたため、武器は装備できなくなった。
ジェミニの武装面での最大の特徴は背中の二基のウエポンベイだ、これはキャンサーとジェミニにしかない大型武装専用のウエポンベイで、威力の高いキャノン系の武器を装備できる。
代わりに両肩のウエポンベイは廃止されたため、ジェミニのウエポンベイは背中と、腰の左右の計4箇所ということになる。
容易に入手できるレア機体にもかかわらずジェミニを使用しているプレイヤーが極端に少ないのは、入手した際にそのまま売却すると結構高く売れるからだ。弾代が結構かかるサジタリウス使いにとってはありがたい金策の手段になっている。
無論、初めて手に入れた際に乗り換えるプレイヤーは少なくないのだが、大半はすぐにサジタリウスを買いなおしているようだ。
超重量級の機体は耐久だけは馬鹿みたいにあるものの、鈍重で回避が難しいため馬鹿みたいに攻撃をくらいまくる。結局、その分の修理代が馬鹿みたいにかかることになる。
最大の問題は武器弾薬の維持費がかかりすぎることだそうだ、サジタリウスも金食い虫だが、ジェミニはさらにとんでもない大喰らい、らしい。大型兵器は威力もすごいがお値段もとんでもないからな。
今はスコアポイントを買えるようになったから、リアルマネーさえあればなんとでもなるが、初期の頃のスコアポイントの貴重さを考えれば歩く不良債権と呼ばれたのも納得がいく。
おまけにジェミニの火器管制機能はサジタリウスよりかなり劣化しているらしいのだ、これに関してはベースとなったサジタリウスが優秀過ぎるという説もあるが、ジェミニはサジタリウスの進化型というよりも、重砲特化バージョンというべき立ち位置なのかもしれない。
とにかくジェミニはリンクスとは違った意味で癖の強い機体だ、一部プレイヤーの熱狂的な支持はあるものの、イロモノ機体なのは間違いない。
『ジェミニの専用武器はハイパーロマンキャノン、名前からは想像つきにくいですが大型ビームガンですね。Xキャリヴァーに匹敵する理不尽な攻撃力を誇る武器です。長射程のビームガンですから白兵戦用のXキャリヴァーより実戦的な武装と言えるでしょう』
ジェネレーター二機搭載の設定通りジェミニのエネルギー出力はとんでもない、その大出力を利用した専用武装のハイパーロマンキャノン、通称ロマン砲はビーム兵器とはいえ素の威力がとんでもないため、かすっただけでも大ダメージだ。
ビーム兵器なので切り払えるし、フルパワーで発射するとクールタイムが長いため俺にとってはそれ程の脅威ではないけどな。おまけに連射するとそのとんでもない発熱量でジェミニ本体がオーバーヒートしてしまう、ジェネレーターが二機分でもラジエータは一機分ってことだろう。
むしろ厄介なのが実弾兵器であるヤマト砲だ、こいつはゲーム中最大の大口径砲だが、ミリタリーマニアに言わせるとサイズ的には有名な戦艦大和の主砲よりずっと小さくて、駆逐艦の主砲にも及ばないらしい、命名者はそこまで知らなかったんだろうな。
まあ、威力はすごいので名前負けしているとは言えないだろう、一発直撃をくらえば問答無用で終わってしまう。
実弾兵器なので装弾数には限りがあるが、クールタイムは短い。切り払えないこともないが、一回でバスターソードがオシャカになる、トマホーク(笑)の耐久力ならなんとか耐えるが、切り払うより避ける方が普通に楽だ。
『リンクス、ジェミニ共に専用武器の攻撃力は最強クラスですからね、どちらも一発当てれば勝負が決まる、究極の一発屋対決と言えるでしょう』
『勝負の行方はますますわからなくなってまいりました、注目の一戦、午後の第一試合は十三時十五分にスタートです』
いや、俺の楽勝だし。
ガーディアントルーパーズは対戦ゲームにもかかわらず、各機体間の強さのバランスがとにかく悪い。特にリンクスはジェミニの天敵といっていい存在だ、圧倒的にキャラ勝ちしている。
ジェミニの誇る巨砲はリンクスの運動性能なら簡単に避けることができるし、ジェミニの重装甲はXキャリヴァーの圧倒的な攻撃力の前には無意味だ。
リンクスはジェミニを倒すために設計されたんじゃないかと思えるくらいだ。
気がかりなのはこのトーナメント戦のルールがいつもの二本先取じゃなく一本勝負ってことだ、一発で死ねる以上まぐれ当たりで負ける可能性もあるからな。
まあ、多分、ミスをしない限り次の試合で俺の負けはない。
それにしても、ぱにぽにぷるりん曹長ねえ。どこかで聞いたことのある名前なんだが。
「今日は近接さんは俺の敵っス」
少し余裕を持って会場に入ると、俺を見つけたジミー君が走り寄って来た。
ぱにぽにぷるりん曹長はジミー君の彼女? だったらしい。ゴスロリというのだろうか? ピンクのフリルがこれでもかという程ついたワンピースを着ている小柄な女が筐体の脇で記念撮影している。そういえば昨日の晩餐の時にも見たような気がする。
彼女はジミー君の他にも二十人程の若者たちに囲まれている、全員がぷるりんちゃん親衛隊と書かれたタスキをかけている。
あ、なんとなくデジャブ。思い出したぞ、昔、高三の時にネットアイドルにハマってしまい受験に失敗した悪友がいた。そいつが夢中になった相手が、プルリン、とかいうネットアイドルだった。俺も写真をさんざん見せられたからほくろの位置まで覚えているが……
ほくろの色は多少薄い気がするが場所は同じだ、まさか、な。
「ジミー君の彼女っていくつぐらいなんだい?」
「一つ年下で十八っスよ」
彼女が俺の知っているプルリンなら少なくとも俺と同い年かそれ以上の筈だ。女の顔を見ても巧みなメイクで年齢は読めないが、手首の皺は俺より深く刻まれている。十八だって? あり得ないだろう。
「ぷるりんちゃんわあ、キミに勝っちゃうのデスよ?」
彼女をじろじろ見ていたからだろう、俺まで話しかけられてしまった。小首を少し傾ける仕草が、なんというか……たまらなくウザイぞ。いいだろう、遠慮容赦なく狩らせてもらおうか。
試合開始直前、筐体に乗り込もうとする俺の前にまたもやバニーちゃんがチップの載ったトレイを手にやって来た、もはや恒例行事になりつつあるな。ギャラリーの期待を裏切るわけにもいかず、自分の勝利に全部賭ける。歓声が上がるが馬鹿にされている気がしないでもない。
チップの枚数は前回からそんなに増えていないが、色とかが少し変わってるみたいだ、一体いくらくらいになってるんだろうな?
さて、武装をどうするかだが、相手がジェミニならあまり迷うこともない、Xキャリヴァーでサクっと倒してしまいたいところだ。
切り払いはしない方針でいくとして、牽制用にサンパチ銃くらいはあった方がいい。
ネコミミヘッドに換装して、バスターソードは……別にいらないか、切り払いはしない方針だからな。
そういえばイーエモンを倒してブラックボックスというアイテムが出てたんだが、これは何だ?
『機体に装備することが可能です、用途は不明、装備解除は不可能なようです』
これはまた難儀なアイテムだな。この手のアイテムはいつもの俺なら倉庫の肥やしにするんだが、今までのパターンだと対戦相手も同じアイテムを手に入れてる筈だからな。
「装備してみよう、呪いのアイテムとかじゃない筈だ」
装備しても効果は不明か、勝利の報酬だ、マイナス効果のあるアイテムってことはまずないだろう。
「メトロポリス、夜だと……」
林立する巨大ビル群、見上げるとネオンが輝いている。
基本的に通りを進んで行くしかないステージだ、障害物に不自由しないのはいいが、相手に近づくのも面倒なんだよな。
突然頭上のビルが爆散して破片が降り注いで来る、早速始めやがったな。崩れ落ちる瓦礫に埋まらないようにどんどん移動する、障害物が多いステージなのに敵の位置はクリアにスキャナが捕捉している。
どうもスキャナが妨害される原因は障害物ではなく、シダみたいな巨木の存在が関係しているようだ、このステージにはあの植物は見当たらないからな。
敵の装備の詳細は不明だが、ビルを吹き飛ばすのに使用しているのはロマン砲だろう、ヤマト砲も装備しているだろうが弾数が少ないからこんなことには使わない筈。
その他の武装としては、ジェミニは大抵腰にガトリングかロケットランチャーを装備している、ジミー君が俺の弱点を教えてる筈だから多分左右にガトリング×2だろうな。
手持ち武器も両方ガトリングの可能性が高い、俺としてはそれが一番嫌だ。
ジェミニは両足にもラックがあった筈だが、武器は使えないコンテナ専用だったと思う。ヤマト砲かガトリングガンの予備弾倉だろうが、多分ヤマト砲だな、ガトリングの間合いに入ってしまえば弾倉を交換している余裕はない筈だ。
意表をついて地雷って可能性もあるか、接近戦だとグレネードの爆風に巻き込んで相打ちを狙ってくるのもジェミニのよくやる手だ、ジェミニ自身も爆風でダメージを受けるが、装甲の差でリンクスの方が大ダメージを受けることになる。
まあ、相打ち狙いされた時は細かいダメージなど気にせずXキャリヴァーで瞬殺するだけだ。
倒れて来るビルを避けながら計画的に距離を詰めていく、敵は逃げ回りながら時間稼ぎにビルを崩して道を塞ごうとする。ゲームだからいいようなものの、大都市がジェミニの砲撃で壊滅しつつある。
メインストリートに飛び出しかけて、嫌な予感がして速度を落とす。次の瞬間、大口径ビームが目の前を横切っていった。
高機動の機体の場合、ビームを避けるのは難しくないが、怖いのが先読みで置いておかれたビームにこちらから飛び込んでしまうことだ。このゲームのビームは高速移動していればダメージは大幅に軽減されるが、高速移動中にビームを引っかけて転倒などしようものなら追い撃ちのヤマト砲が飛んで来てジ・エンドだ。
プルリンちゃん、なかなかやるな。結構いやらしい戦い方をしてくれる。
だが焦る必要はまったくない、かなりのハイペースでビームを撃ちまくってきているので、敵機はオーバーヒートによるダメージを受け始めている筈だ、ヤマト砲を間に挟んで冷却時間を稼いでいるが、弾数には限りがあるし、実弾兵器だって連射すればそれなりに過熱していく。
怖いのは、オーバーヒート状態での強化効果だな、ジェミニは確かジェネレータ出力の大幅上昇だったと思う、オーバーヒートで燃え尽きるまでロマン砲を連射できる自滅技が使える。
ジェミニの耐久は馬鹿みたいにあるから燃え尽きるまで結構時間がかかる、勝ちに行くならこのまま逃げ回って判定勝ちを狙うのが確実だが、キャラ勝ちしている相手にその勝ち方はみっともない、ギャラリーも見てて楽しくないだろう。せっかくのお祭りなんだから勝ち負けにあまりこだわらずサービスしないとな。
無理に倒さなくても判定勝ちだとわかっているだけで気が楽だ、適度な緊張感を維持したまま着実に接近していく。
何度か置きビームに引っかかりそうになったがステージに助けられた、地形的に仕掛けて来れる場所が大通りに限定されるため、結構予想しやすいのだ。
鬼ごっこを続けてついに敵を隣の通りにまで追い詰めたがまだまだ気は抜けない、ビルを貫通させてビーム攻撃してくるくらいは朝飯前な相手だ。
大胆かつ慎重に敵のいる筈の通りに飛び込む、予想していた砲撃はなく、頭上を大きな影が通り過ぎて行く。
パステルピンクにペイントされたジェミニの背中にジェット機の翼みたいなパーツがついている。フライトユニットか、そういえばそんなのもあったな、専用装備だけあって巨砲とは上手く干渉しないようになっているようだ。
咄嗟にサンパチ銃で撃つが掠りもしない、ジャンプ斬りすべきだったか?
ここで逃がすわけにはいかないのでダッシュ移動で追いかける、まんまと誘い出されたような気がしないでもないが……誘い出されたんだろうなあ。
置きビームの巧みさからも、彼女が相手の心理を読みとる能力に優れていることはわかる。心を読むといっても別にオカルトな意味じゃない、じゃんけんが超強い程度だろう。まあ、その程度でも対戦ゲームじゃ結構無双できるし世間知らずな男子を手玉に取るくらいわけはない……んだろうな。
『あたしの歌を聞きなさーい』
何か聞こえるぞ、通信じゃない、外部の音だ。
どうやら敵機は貴重なウエポンベイを一つ無駄にしてネタアイテムの外部スピーカーを装備しているようだ、妙なテンションの歌が聞こえて来る。さすがに今歌ってるわけじゃないだろう、録音だ、と思いたい。
わざわざこんな真似をする目的は何だ、俺への挑発か? 聞いているだけで結構気は散るが、聴音センサを止めるのも嫌だしな。
『邪魔なノイズをフィルタリングしますか?』
「そんなのできるなら是非頼む」
あの歌はノイズか、ベティちゃんもさりげなく容赦ないな。歌だけ限定して消してしまえるとはたいしたもんだ、そういう技術があると聞いたことはあったが、まさかこんな風に役立つとはな。
静かになったところで気をとりなおして猛追するが、ゆっくり飛んでるように見えて結構速い、わざと速度を調節して俺を誘っているな。
追いかけながらサンパチ銃を適当に撃つが、たまにかすめる程度でクリーンヒットはない。対空射撃というのは結構コツがいるのだ、昨日共闘したサジタリウス使いはいとも簡単に当てているように見えたが、自分でやってみるとあれが神業だったとわかる。
このゲームの場合、普通にロックオンして撃っても当たらないからな。正しい手順でロックオンして撃った場合、賢いコンピュータは着弾時にターゲットが存在すると推定される座標に向けて正確に攻撃してくれる。敵が素直に等速直線運動してくれていれば命中するんだが、逆に言えば回避運動をされると当たらない、対空戦闘だと特にそれが顕著になる。
対応策としては、できるだけ弾速の速い武器を使ったり、ホーミングミサイルを使ったりするのが有効だ。ビーム兵器はビームの速度は速いのだが先っぽの方は何故か威力が弱いので、特に小口径のものは対空向きじゃない。
もう一つの手が、相手の避ける方向を予想してわざと少しズラして撃つやり方だ。射撃の達人はこれが結構神がかっていて敵に回すと恐ろしい、俺の場合は当てられそうだと思った時は念のために剣で切り払っておけるのが強みだ。
原理は同じだが誰でもできるのがガトリングガンや拡散弾などを使って弾幕を展開してしまうやり方だ。どこへ避けても弾があるようにしてしまえば絶対に命中するわけで、俺が一番苦手な攻撃だ。弾薬消費が激しすぎて多用はできないけどな。
俺の場合、ビームガンは当たればラッキーと考えて適当に撃ってるだけなのでまず当たらないが、敵に回避運動を強要することができるのだから当たらなくても無意味じゃない。それに、銃を撃ってるだけでなんとなくこっちが攻めてるような気がしてちょっと安心する。
もう少しでジャンプ斬りが届きそうな距離まで近づいたところで、ジェミニがグレネードを上からバラまいてきた。
何か仕掛けて来るとは思っていたので、咄嗟にワイヤーアンカーをビルに引っ掛けて緊急回避する。危うくグレネードの爆風に突っ込むところだった、ワイヤーアンカーはこんな時は神装備だ、こんなに便利なのに誰も使っていないのが信じられない。
ジェミニは追撃するつもりなのか空中でぐるりと俺の方に向き直り、両肩に背負った巨砲を向けてくる。手に持ってるのは拡散バズーカみたいだな、弾頭が破裂して無数のダーツが飛び散る実に嫌らしい武器だ。
ジェミニが全弾発射、そして何故かカクンと体勢を崩して背中からビルに突っ込んでいく。一応回避運動はしてみたんだが、発射直前にズッコケたんだろう、全弾明後日の方向に飛んで行った。なんだか真剣に回避したのがちょっと恥ずかしい。
これが失速って奴かな? 翼が伊達じゃないとしたら、急に向きを変えればまあそうなるわなあ。翼面積から考えて、翼の揚力だけで飛んでるとも思えないが、何らかの制約はあるみたいだ。
どうやら敵はフライトユニットをまだ使いこなせていないようだ、また飛んで逃げられると面倒なので今のうちにトドメを差してしまおう。
ジェミニを追って半壊したビルに飛び込むと、パニックを起こしたみたいに出鱈目に撃ちまくってきた。
本当に混乱しているのかもしれないが、適当に攻撃されるのが俺としては一番困る。
このゲームの弾はゲームにしてはかなり速い、近距離では攻撃を見てから避けていては間に合わない。だが、上級者はいとも簡単に避けてしまうのが普通だ、昨日までの俺はトリスキーさんたちに何故回避できるのかと聞かれた時には、場数を踏めばそのうちできると答えていた。結局、自分でもよくわかっていなかったんだろう。
昨夜、リアルでテロリストに襲撃されて気づいたことがある、俺はゲーム同様に簡単に現実のピストルの弾を避けた、そのつもりになっていた。だが、冷静に考えれば人間が弾より速く動けるわけがない、そのことに気づいた俺は一つの仮説にたどり着いた。
ある程度のハイスコアを叩きだせるゲーマーなら先読み操作は基本だ。
先読み操作とは、大袈裟に言えば一瞬先の未来を予知したプレイだ。
極端な例が、シーケンシャルなシューティングゲームだ。レトロゲームブームで復刻版が流行ったことがあったから俺も相当やりこんだ。
正直あれは鬼だ、黎明期のビデオゲームでも荒いフレームレートにもかかわらず理不尽な弾の雨の中を回避していかなければならない。難易度が高いものは初見プレイで弾を見てから避けようとしても絶対に間に合わない。目から入った信号を脳で判断してから手を動かすのでは追いつかないのだ。
だが、何度かプレイするうちに楽勝で避けれるようになる、次に何が来るか覚えてしまうからだ、ある意味では未来が見えてるわけだから当然だ。ゲームをやりこむうちに、似たようなパターンの攻撃なら初見でも反応できるようになってしまうから怖いものだ。
対人戦の場合、相手はワンパターンなコンピュータとは違うのだが、やはり強いプレイヤーは先読みプレイを駆使して戦う。
やりこんでいくうちに相手の心理を推測して次にどう動いてくるかが読めるようになるのだ。こちらから仕掛けて相手に二択、三択を迫るなんてのはまだまだ初歩の駆け引きで、上級者同士の対戦になればお互いに相手の二手三手先を読んだ瞬時の頭脳戦が繰り広げられる。
なんのことはない、“ガーディアントルーパーズ”も今までのゲームとやっていることはそう変わらない、ただ、自由度が高く、まるで自分が実際に戦場で戦っているかのようなシチュエーションが頻繁に発生するだけだ。
俺がゲーム感覚で現実の銃弾を避けることができたのも当然、あのテロリストたちは“ガーディアントルーパーズ”で俺が戦ってきた歴戦の戦士達に比べればあまりにもルーキーだった。俺のリアルの体がへっぽこだというハンデのせいでちょっとヤバかったが、相手の殺気はしっかり読めていた。
敵の次の行動を予測できれば、弾の速度が音速だろうが光速だろうが避けることができる、何しろ未来が見えてるわけだからな。
別に俺なんかが今更自慢するようなことでもない、大昔の剣豪とかニンジャマスターとかも、多分同じ方法で敵の剣戟を回避していたのだろう、剣道の竹刀ですら一般人には動きを追うこともできないんだ、ムサシとかサスケとかあのへんのビッグネームの太刀筋を目で見てからどうこうできたわけがない。それに斬戟を避けるのはある意味では銃弾をかわすより難しい、銃弾は点の攻撃だが刀の当たり判定は変幻自在だからな。
だが、悲しいことに俺は預言者ではない、先読みプレイはできても実際に未来に起きる事象がわかるわけではないのだ。
偶然飛んで来る流れ弾とか、何も考えていないランダムな攻撃とかは予想できない、正直一番怖い。
今がまさにその状況だ、出鱈目な敵の攻撃が当たる確率は低いが、それでも運が悪ければ当たる。相手が相手だけに即死級の攻撃が混じっている恐ろしいロシアンルーレットだ。
閃いた選択肢は二つ。
一つはこの場から退散して敵の弾切れとオーバーヒートによる自滅を待つ方法。
そしてもう一つが、一気に突撃してこの物騒なロシアンルーレットをすぐにやめさせる方法。
俺は迷わず突っ込んだ、リスクは高いがこの方が面白いに決まっている。
どうせゲームなんだ、負けても死ぬわけじゃない。セコイ勝ち方をするよりも派手に散る方が祭りも盛り上がるしな。
一瞬、賭けていたチップの総額のことが頭をよぎる、だが、まあ、勝てばいいんだ。煩悩を振り切って一気に肉薄、銃を投棄し、瓦礫越しに暴れているジェミニをXキャリヴァーで抜き打ちに斬る。
手ごたえあり、だがちと浅いか。
切断されたフライトユニットとロマン砲を投棄してジェミニがこちらを向く。不味い、ヤマト砲はまだ生きてるみたいだな。
反射的に敵の懐に飛び込む、瞬間、背後の瓦礫が吹き飛ぶ。ヤマト砲は榴弾だからな、爆風の当たり判定は球じゃなく前方に伸びる細いコーン状だ、指向性爆薬って奴だろうか? 当たり判定が前に伸びるってことは、敵に密着していれば当然安全地帯だ。
爆風はかわしたものの、咄嗟のことだったのでショルダータックルみたいに突っ込んでしまった。Xキャリヴァーで突きを入れていれば勝負はついたのにな。
Xキャリヴァーの間合いまで離れようとするとずいっとジェミニの方から密着して来る。
ああ、あれか。ジェミニの右腕の内装武器はパイルガン、名前はカッコイイが、要するに道路工事とかで使う削岩機みたいなシンプルな武器だ。
鋭いパイルを高速でピストン運動させて敵の装甲を砕く武器だが、リーチが短いし威力もそれほどでもないので近接武器としては微妙だ、一応パイルは飛ばせるみたいだが発射してしまえばそれで終わりだしな。
正直、気にもしていなかった武器だが、壁に背中を押し付けられてパイルの先端が迫って来るとちょっと怖い。
近接武器にも間合いというものがある、両手剣であるXキャリヴァーをぶん回すにはある程度のスペースが必要だ。一方でパイルガンは密着状態で押し付けて使うのが最も効果的な武器だ。
超接近戦だと剣よりもナイフ系の武器が取り回しがいいな、まずそんな状況は発生しないからナイフ系武器は不遇なんだが、時にはこんなことも起きる。
いや、敵がこの状況を意図的に作り出したとしたら? ネタ兵器と言われているパイルガンで近接特化型のリンクスを仕留めるなんて胸熱な展開じゃないか。
だが、まあ、あまり舐めてもらっちゃ困る。見た目が地味で時間がかかるから対戦ではほとんど見せたことがなかったが、俺は寝技も得意なんだよ。
Xキャリヴァーを手放し、迫るジェミニの右腕に軽く手を添えると足払いをかけてそのまま引き倒して逆関節にぐいと引っ張る。
単純な力比べならジェミニには負けるけどな、人型ロボだけあって関節技は結構効くんだよ。
いや、CPU戦の水中ステージでキャンサー相手に試してみたら思ったよりいろいろできたんで楽しくてなってな。一通りいろんな相手に試してみたんだ。
人型ではないが応用すればクモ足メカや多脚戦艦相手にだって通用する、クモ足メカは一部関節がボールジョイントみたいに全方向に曲がるのでコツがいるけどな。
寝技を知らない相手にはかなり有効なんだが、難点は他の敵を一掃してからじゃないと撃たれてしまうことだ。もちろん今みたいにタイマンで戦う状況ならその心配はない。
押し倒したジェミニからまずは物騒な背中のヤマト砲を引きちぎってしまう、次に右腕、左腕と関節を潰していく。
柔道の腕挫ぎ十字固めに似ているがちょっと違う、スポーツとは違って関節の破壊が目的だからな。ロボの関節は頑丈だが、本来曲がらない方向に引っ張って、遊びがなくなったところへさらに力をかけていくと最初に小さな歪みが生まれる。そうなったらしめたもので、あとは歪みに力を集中させていけば一気にパキンと壊れる。相手がもがく力も利用して壊していければなおよい。
地味だよなあ、ビジュアル的に観客ウケはしないだろうなあ、とっととサレンダーしてくれればいいんだが、最後まで油断はできない。
念のために足も潰しておく、超重量級の蹴りの威力は侮れないからな。
最後にXキャリヴァーを拾い、完全に動けなくなったジェミニにトドメを刺す。ここまで念入りにすることもなかったとは思うが何事にもその場の勢いと流れというものがあるからな。
あーあ、これで俺は悪役キャラ決定だろうなあ。別に反則技を使った訳じゃないが、観客は常にヒールを求めているものなのだ。
ヒールか、ゲーム内でヒールを演じてみるのも面白そうだな。マッドリンクスとか、ザックマジンとか……ちょっとイカスかもしれない。




