十六人いる
アリサ大佐にパイロットカードを再発行してもらった俺は、意気揚々と会場に向かう。
首から下げたパイロットカードをそっとおさえる、大切にするぞ、もう放すもんか。
首から下げるカードケースはアリサ大佐がサービスでタダでくれたものだ、鉢巻を巻いたタコがコミカルに描かれている、ここでしか手に入らない大阪センターの限定グッズらしい、まあ、記念になるな。
タコはともかくケースの材質には高級感がある、特に紐がいい、極めて細い炭素繊維を筒状に編み上げて樹脂でコーティングしたもので、カーボンなのに柔軟性が高くて面白い。軌道エレベーターとかに使ってるのと同じらしいのでそう簡単に切れたりはしないだろう。
ジャージのポケットに無造作に突っ込んだ札束が五つ、少々重くて邪魔だ。こんなものはイーエモンに叩き返してやる。
会場はすでに人が一杯で、賑やかな音楽が流れている。ゲームのBGMのアレンジバージョンのようだが、俺はBGMの設定をOFFにして戦っているのであまりよくわからない。
コンパニオンさんが配っているパンフを受け取ると、トーナメント表の下に十六人のパイロットとその愛機のイラストが描かれていた。俺らしきキャラもしっかり劇画タッチで描かれている、本物よりかなり美化されていてなかなかダンディだ、思わずさらに何枚か貰ってしまう、保存用と観賞用と自慢用だ。
序盤の試合には同キャラ対戦が多い、この組み合わせだと同じ機体と二度戦わずに済むな、まあ、決勝戦が同キャラ対戦というのもいろいろ都合が悪いんだろう。
こうして見ると抽選とかではなく、明らかに意図的に組み合わせが決められているようだ。
あのイーエモンもリンクス使いなんだよな、どんな戦い方をするのか知らないが、今更動画をチェックするのも面倒だ、出たとこ勝負でやってやる。
相手の手の内を知っていれば有利になることも多いが、中途半端に調べたところで大して参考にはなるまい、むしろ迷いが生じて却って振り回されることにもなりかねない。ここはぶっつけ本番で臨機応変にいこう。
俺も含めた十六人のプレイヤーが壇上に並ぶと、スポットライトが降り注ぐ。これは思ってたより大袈裟なことになってきたぞ、スターにでもなった気分だな。皆が着飾っている中で俺だけジャージ姿なのがなんともしまらないが、まあいいや、そういうキャラだということで押し通そう。
「さあ、いよいよ始まります、選び抜かれた十六人の精鋭たち、真のエースパイロットは果たして誰なのか、見届けるのはアナタだ」
アリサ大佐、今日もノリノリで司会をしてくれている。パイロットカードの一件で彼女への好感度は爆上げ中だ、大した美人さんだよまったく。
イーエモンはこちらをチラチラ見て落ち着かない様子だ、俺が出て来ないと思ってたか? どうせ不戦勝だと思って油断してたんだろう。
俺達の試合はイの一番だ、イーエモンの方からふらふらと俺に歩み寄って来る、丁度いい、金を付き返してやろう。
無数のカメラが俺達に向けられる気配、さすがにこの場で妙な真似はできまい。いやまてよ、もしかして俺達は場外乱闘を期待されているのか?
「おい、どういうつもりだ、なんでお前がここにいる?」
約束が違うと言いたげだな、だが、俺は試合に出ないと約束したつもりはない。イーエモンが一方的に俺のカードを壊して勝手に慰謝料と称した金を押し付けてきただけだ。
あれ? この金、返さなくていいんじゃないか?
「昨日の配当です、ご確認ください」
空気を読まず俺に歩み寄って来たのは昨日のネコミミバニーのアンドロイドちゃんだ。実際には昨日と別の機体かもしれないが見分けはつかない、どうせここのアンドロイドたちは全部ネットワークで繋がってるんだろうから実質どれでも同じことだ。
アンドロイドの差し出すトレイの上のチップは随分多い、増えてるのか? そうだよな、ギャンブルなんだから勝てば当然増えるよな。
一旦チップを受け取り、再びトレイに戻す。ポケットから邪魔な札束を取り出してそれもドカドカトレイの上に積み上げる。イーエモンに渡された五百万の現金だ、こんな金いらないぜ、持ってけドロボー。
「俺の勝利に全部賭ける」
「確かに承りました」
会場からのどよめきが伝わってくる。俺、注目されてるみたいだな、結構いい気分じゃないか。
「おい、どういうつもりだ」
イーエモンの顔が驚くほど赤くなっている。赤というより青紫か、人間の顔色がこんなに変化するところは初めて見た。
面倒なのでイーエモンは無視して筐体に乗り込む。ここまできたら言葉はいらないだろう、男なら拳で語ろうぜ、いや、拳じゃなくて剣だな。
「ベティちゃん、旧型ヘッドに換装頼む、装備は……Xキャリヴァーだけでいいか」
近接特化型のリンクスの性能を最大限に引き出せるのは、フェイズドアレイセンサーの旧型ヘッドだ。アクティブスキャナと火器管制機能は使えなくなるが、相手も回避性能の高いリンクスだ、どうせ射撃戦では勝負はつかないだろう。旧型ヘッドは見た目が蟻エイリアンなので悪役ロボっぽくなってしまうが、そこはまあご愛嬌だ。
『制限時間20分、シールドゲージによる判定有りのルールですが』
いわゆる勝ち逃げ有りのルールだな、最初に一発当ててしまえば後はひたすら逃げ回れば勝てるわけだ。こんな大きな試合でそんな真似をすればギャラリーの顰蹙を買うだろうが、イーエモンの奴、相当勝ちにこだわってるみたいだからな。
ガチガチの近接特化装備にしてしまうと勝ち逃げされた時点でほぼ負けが確定する。
気になるのが十六人全員に支給されたフライトユニットの存在だ、小さな翼のついたバックパック式のブースターで、長距離ジャンプが可能になるみたいだ。
銃火器を持たずに出撃して、こんなの使って飛んで逃げられたら詰みだよな。
だが、このフライトユニットは結構重い、近接戦闘の際にはデッドウエイトになる。パージは可能みたいだがこれだけのレア装備を捨ててしまうのも勿体無い。
元々運動性の低い重量機体なら迷わず装備だろうけどな、飛行性能のあるムスカがフライトユニットを装備したらどうなるか気になるところだ。
ムスカみたいに積極的に勝ち逃げを狙ってくる相手と戦うなら回避最重視プラス命中率の高い火器装備だが、そのセッティングで出撃して相手がガチ近接で来たら……逆にこっちが勝ち逃げを狙うしかないが、追いつかれたら斬られて終わりだな。
結局はじゃんけんになるから迷いだしたらきりがない、シンプルに考えよう、全ての攻撃を回避して敵を斬る、それで俺の勝ちだ。
「近接特化型のリンクスの性能を最大限に引き出すにはXキャリヴァー以外は邪魔ってもんだよ。なあに、完全回避すれば勝ち逃げされることはないんだしさ」
ベティちゃんは何も言わなかった、おれを信頼してくれたのだと思いたい。
呼吸を整えながら戦闘開始を静かに待つ、戦場は昼の荒野ステージだった。
真昼の荒野ステージは嫌いではない。遮蔽物はほとんどなく長距離射撃が有効なステージとされているが、視界が良好で足場が比較的しっかりしているので回避するのも楽だ。
俺が嫌いなのは夕日の荒野ステージだ、影が長く伸びて距離感が狂うからだ、それなら夜の方がまだいい。
戦闘開始と同時にいきなりロケット弾の雨が降り注いできた。
飽和攻撃を狙ったんだろうが本職のサジタリウスなんかに比べるとまだまだ甘いな、ブーストダッシュするまでもない、軽くステップを踏むように歩いて難なく回避する。
『右手が少し震えているようですね、大丈夫ですか?』
「ちょっとした筋肉痛だ、まあ問題ないよ」
『この程度でしたら入力エラーはこちらでフォロー可能ですが、レスポンスが落ちたらごめんなさい』
「ああ、いつもの調子で適当に頼むよ」
俺の戦闘パターンはベティちゃんが覚えてるからな、手の震えによる誤入力をノイズとして取り除くくらい簡単だろう。ベティちゃんのフォローはたまに勘違いミスもあるのがご愛嬌だが、そんな時は俺がさらにフォローすればいい。
ロケット斉射には敵もたいして期待はしてなかったんだろう、真紅にペイントされた敵のリンクスはあっさり両手のロケットランチャーを投げ捨ててこちらに向かって来る。
ああそうか、ロケットランチャーを開幕で使い捨てればデッドウエイトにはならないよな。ロケットランチャーなら火器管制機能がなくても使用可能だし、ロケット弾を全部発射してしまったら空のランチャーなんてスクラップ価格にしかならないなので捨てても惜しくない。
対人戦のドロップアイテムで空のロケランを拾わされた時のガッカリ感は半端ない、相手が俺への嫌がらせのためにわざと捨ててるんじゃないかと思ってしまう程だ。
ドロップアイテムはランダム要素が強く、ごく稀に装弾数や耐久値がMAXの新品状態で回収できたり、上位アイテムに化けたりもするようだ。ドロップ化け狙いで武器を捨てまくっているプレイヤーもいるみたいだが、対戦に勝っても必ずドロップアイテムが貰えるわけでもないためそうそう上手くはいかないようだ。
俺の体感的には、対人戦で空のロケランを拾わされる確率はかなり高い。知らない間にいつの間にか倉庫が空のロケランで埋まってたりしたこともある。
開幕ロケランもわりとメジャーな戦法なので、勝ちにこだわってるイーエモンが使ってきてもおかしくはなかった。
俺は弾代が勿体無いのでやったことはなかったが、勝ちに行くつもりなら弾代とかセコイこと考えずにダメ元でやってみるべきだったかもな。下手な鉄砲でも多量にばら撒けばたまにはあたる、こともある。景気づけにもなるし。
『敵機体から通信が入っています』
「面倒だからパス」
どうせたいした話じゃないだろう、そんなことより今は戦闘に集中したい。
ロケランを投棄したため、敵の獲物もXキャリヴァーだけになった、奇しくも俺とまったく同じ装備だ。
Xキャリヴァーでガチの斬りあいか、ワクワクしてきたぜ。
敵はブーストダッシュで一気に距離を詰めてきた、俺はゆっくり歩きながら間合いを読む。
敵はすり抜けざまにXキャリヴァーのビームの刃を最大まで伸ばし、なぎ払ってくる。俺はXキャリヴァーの実剣部分でそれを打ち払う。
このゲームではビームソードで実剣と打ち合っても一方的に散らされてしまう。イーエモンだってそれを知らない筈はないのだが、どうやら散ったビーム粒子で僅かに俺のゲージを削ってそのまま逃げる作戦だったようだ。
そんな逃げ腰じゃ当然隙だらけになる、俺はそのままXキャリヴァーのビームブレードを伸ばし、敵を突く。
リーチが同じなんだから当然届く、イーエモンは切り払いもできない体勢だったためかなりのダメージが通った。
当て逃げは無理だと観念したのだろう、今度は剣を中段に構えて慎重に向かって来る。
あれ? こいつ、強いぞ。
卑怯な行動をとるから弱いんじゃないかと思っていたが、これは舐めてかかると痛い目に合いそうだ。
素早い突きが飛んで来る、ギリギリかわしたと思ったらそのまま斬りかかって来た。
なんとか剣で受け止めたが、速過ぎるだろ。
このゲーム、全ての動きは物理エンジンで計算されているらしく、基本的にはモーションキャンセル技の類はない。
だが、奴の剣速は俺の倍近くあるように感じる。
Xキャリヴァーの質量もリンクスのパワーも同じなんだからそれはあり得ないだろう。まさか何かのチートか? 機体を赤く塗ったら速くなるとかだったら怒るぞ。
再び素早い突きが襲って来る、今度はちゃんと動きが見えた。ズルなんかじゃないな、一連の動作が流れるように美しい、全身の駆動部のタイミングを微調整することでしなるような動きが生まれ、突きのスピードを底上げしているようだ。
要するに野球選手の洗練された投球フォームみたいなもんだろう、俺だって少しはフォームを意識していたが、まさかここまでの差がつくとは想像もしていなかった。
イーエモンはこのことに気づいて独自に研究し、技を磨いてきたのだろう。認めようじゃないか、これは奴の実力だ。
だが、繰り返される突きは全て同じパターンだ、これはモーション登録機能を使っているからだろう。自己ベストの突きのモーションを一度登録しておけば、何度でも同じ動きを再現できる理屈だ。
モーション登録機能の使い方としては間違っちゃいないんだろうが、いくら素早い攻撃でも初見でなければ対処は難しくない。
さすがにワンパターンというわけでもなく、他にもいくつかの攻撃パターンを登録しているようだ。俺に突きが通用しないとわかるといろんなモーションパターンの組み合わせで仕掛けて来る。
巨大な両手剣を左右にブンブン振り回してくる、カンフー映画のアクションを見てるみたいだ。
目にも止まらない切り上げは剣で受けるのが難しい、体をひねってギリギリ回避する。XキャリヴァーならXキャリヴァーの攻撃を受けることはできるが、大剣は取り回しがいいとはいえないから結構大変だ。
昔懐かしい対戦格闘ゲームのコマンド技で攻撃されてるみたいな感じだな、一つ一つの攻撃パターンは見切れても技の組み合わせまではさすがに読めない。
こりゃ強いわけだ、ここまで勝ち残ってきただけのことはある。俺とは全く違う戦闘スタイルだが参考にすべき点は多いな。
一方的に押されている展開が続く。双方とも馬鹿みたいな威力のXキャリヴァーを振り回してるんだ、当たれば一撃で勝負はつく。
なんだろうな、すごく楽しいぞ。
二回に一回はタイミングを合わせて反撃できるようになってきた、お互いクリーンヒットはないが、剣を打ち合わせるたびに拡散するビーム粒子でシールドゲージが少しずつ削れていく。
苦しい戦いだがこのままずっと戦っていたい、勝ち負けなんかもうどうでもよくなって来た。ぎりぎりの綱渡りが続く、ひやっとするような場面も一度や二度じゃなかったが、度胸さえしっかり据えていれば案外なんとか凌げるもんだな。
楽しみながら戦っているうちになんとなく敵の弱点も見えてきた。それぞれの攻撃モーションは恐ろしく速いのだが、モーションとモーションを繋ぐ間の動きはごく普通だ。速度が一瞬遅くなるだけでなく、強引にモーションの間を埋めようと動くため、よく見ると僅かだが隙があるじゃないか。攻撃すべきはこのタイミングだな。
瞬間、一本の線が見えた、その通り剣を振れば勝負はつく、戦いは終わってしまう。
相手の一瞬の隙、戦いが終わるのは残念だが、これを見逃すのはいけない気がした。よくわからないが、戦いの美学? カッコイイ言い方をすれば多分そんな感じだ。
イメージした通りにXキャリヴァーを一閃。敵リンクスの機体がいとも簡単に両断されていくのがスローモーションのように見える。
Xキャリヴァーは単純に攻撃力だけで比較するならこのゲーム最強の武器だ、戦艦すら一撃なんだ、リンクスの装甲程度では屁の突っ張りにもならない、オーバーキルもいいところだよな。
バックダッシュで爆散する敵から逃げる、爆発に巻き込まれても多分ドローにはならないだろうが、これはもう体に染み付いた日頃のクセだ。
敵の爆発に巻き込まれて死ぬとかカッコ悪いじゃないか、修理代だってかかるしさ。
戦闘終了、永遠に続くかと思われた剣戟だが、タイムを見ると実際はほんの数秒だったみたいだ。後でじっくり戦闘動画を鑑賞するとしよう。
『右腕、大丈夫でしたか?』
「ああ、忘れてたよ、完璧なフォローありがとな」
『ネットで調べてみましたが後から炎症が悪化することもあるようですよ、選手枠でホテル内の病院を予約できますが?』
招待プレイヤーは無料みたいだったので予約を入れといてもらう、一家に一台ベティちゃんだよな。
戦いの最中は忘れていたが意識しだすと腕が痛い、少し腫れてきた気もするが後悔はない、とにかく俺はやりきったんだ。
高揚感に包まれながら筐体を降りる。いい試合だったな、勝ち負けにかかわらずいい試合だった、今ならイーエモンと握手だってできるぞ。
だが、筐体から降りたイーエモンは俺に目を合わせようともしない、魂が抜けたようになって視線が宙をさまよっている。
「終わりだ、全部終わった、はは」
ぼそぼそ呟きながら観客席へ降りていく。待ち構えていた怖そうなお兄さんたちに取り囲まれた彼は、そのまま引きずられるように立ち去って行った。
あいつ、一体何がしたかったんだろうな?




