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俺のロボ  作者: 温泉卵
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俺は炎の筋肉痛

 体が重い、全身のほてりに寝苦しくなって目が覚めた。

 

 こんなにひどい筋肉痛になったのは生まれて初めてだ、昨日の無理なアクションのせいだ。

 

 やはり、人間の肉体は銃弾を避けるようにはできていないのだ。ゲーム感覚で酷使すれば反動が来るに決まっている。

 

 もう若くないからだとは認めたくないものだな。


まあ、最近運動不足だったしな、それに筋肉痛は痛んだ筋肉が超回復によってパワーアップしている証拠なんだ、決して歳のせいじゃない、と思う。

 

 特に右肩の痛みがひどい、激痛というほどじゃないが、動かすたびにつっぱるような痛みがはしる。

 

 テロリストの顔面に鉄砲を投げつけた時に筋を痛めたらしい、勝利の代償というか、名誉の負傷というか……あの時ショットガンを撃たれていたら肉離れ程度じゃ済まなかっただろうし、後悔はしていないが、この腕でちゃんとコントローラを操作することができるだろうか。

 

 寝ている間は体が火照って苦しかったが、起きてしまうと少しはマシになった。時刻は午前六時過ぎ、しっかり寝れた時間は四時間くらいかな、ブラック企業の社畜にとっては充分な睡眠時間だ、体の疲れは抜けないものの頭の方は結構スッキリした。

 

 さて、どうしたもんかな、集合時間は午前九時十分、八時半までは会場に入れない。

 

 せっかく時間がたっぷりあるんだ、ゆっくり朝飯でも食うかな、と考えながらトイレに入る。ああ、熱いシャワーを浴びるのもいいな。

 

 服を脱いでシャワーを浴びると全身の筋肉痛がほぐれていく、熱い風呂ならもっと気持ちいいだろうな、生憎、豪華なバスルームつきの俺の寝室はおかしな金髪娘に占領されている、考えてみれば着替えの下着も全部あっちの部屋だ、貴重品の入った鞄も置いてある。

 

 まあ、貴重品といってもたいしたものはない、小娘に俺の下着がいじられたりしてたらそれなりに嫌だが、まさかそんな変態じゃないだろう。それでも穿く前にはパンツにタバスコなんて古典的な罠を仕込まれてないか一応確認するとしよう。


 盗まれて困るのは大会の招待状くらいだが、あれがなくてもパイロットカードがあればなんとかなる。


 スーツの内ポケットには万一の時のために万札が縫い込んであるが、あれっぽっちはここの人間にとってははした金だろうしな。カジノって場所は魔境だよ、俺ですらたった一日で金銭感覚がおかしくなりつつある。

 

 ふわふわのバスタオルで体を拭く、なんだよこの気持ちのいい吸水性は。バスタオル一つでものすごくリッチな気分になってしまう、ずっと体を拭いていたいくらいだ。


 着替えが手元にないので仕方なく汗臭い服を着る、まあ、冬場だし二日くらい問題ないか。

 

 リンリンを起こさないようにそっと扉を開けると、ソファーで寝ていた彼女の姿はなかった。夜中に起きて自分の部屋に帰ったようだな、扉はオートロックだから出る時は鍵は必要ない。

 

 あいつ、なんだったんだろうな、性格はアレだが結構な上玉だった。俺がそれ程モテる訳はないのはわかってるんだ、何か裏があるのは間違いないが、ハニートラップを仕掛けるにしても相手を選ぶもんだろう。


 たかがゲーム大会の出場プレイヤーに色仕掛けまでするか? ただのゲームと違うのはギャンブルの対象になっていることか、ここはカジノだからな、大金が絡むならマフィアだって動く。

 

 マフィアの手先なら八百長でも持ちかけてきそうなものだが、今のところそんな話もない。

 

 対戦相手の勝ちに賭けて俺がわざと負ければ、手軽に大金を手にすることができる。

 

 俺の全財産程度じゃ八百長はハイリスクローリターンだが、マフィアが大金を動かすとなると話は別だ、掛け金が巨額ならそれだけ儲けもとんでもない額になる。

 

 俺だって金は欲しいが、八百長に関わるのは怖いな。万一しくじったらマフィアの賭けた大金が吹き飛ぶわけで、そうなれば俺は大阪湾に沈められるだろう。

 

 わざと負けるのだって百パーセント確実とは限らない、ゲームの仕様上は敵が先に自滅することだってまったくあり得ないわけじゃない、マフィアからお誘いがあっても丁重にお断りすることにしよう。

 

 

 なにはともあれ腹が減ってはゲームはできない、とりあえずは朝飯だな。このホテルでは朝の時間帯にラウンジに行けば簡単な朝食が宿泊客に無料で提供されているらしい。無料といってもその分は当然宿泊料金に含まれているんだけどな。

 

 足を運んでみると、ラウンジには屋台のようなワゴンがいくつも並んでいる。クロムメッキの輝く台車の上に調理器具が並んでおり、万が一にも客に油が飛んだりしないようにガラスで囲ってある。調理しているのも真っ白な服にコック帽をかぶった外人のシェフたちだ、屋台というには豪華すぎるな。

 

 ハムエッグやワッフル、オムレツなんかが作れるみたいだ。着飾った老婦人が具材や焼き方に細かい注文をつけている。


 シリアルや紙パック入りのドリンクが山積みされているワゴンもあり、これも無料みたいだ、数人の子どもたちが持ちきれないほど抱えようとして大騒ぎしている。喉が渇いていたので俺もとりあえずオレンジジュースだけもらって飲む、ちょっとお高い味がする。


 ホテルの朝食ねえ、上質そうな脂の匂いがしている、ハムエッグのハムですら普段の俺には縁がない程の高級品なんだろうな。

 

 だがしかし、今朝の俺は白い飯と味噌汁な気分なんだ。一応日本のホテルなんだし、和風のメニューも用意してくれていいと思うんだけどな。


 仕方ないのでホテルのコンビニで食材を買って自炊することにする、ここで買えば全部運営持ちだからな、それなりにお高いお味噌を買ってしまう、そもそも高級品しか置いてないしな。

 

 鮭の切り身のいいのが入ってたので買ってしまう、ついでに梅干も、余ったご飯でお握りを作ろう。

 

 他にも目についた食材を適当に買い漁る、余ったら土産に持って帰ればいいしな。米とか全部まとめて宅配でアパートに送ってしまおう。

 

 

 食材を抱えて部屋に戻ると女達がまだいた。リンリンは自分の部屋に帰ったんじゃなくて、ナンシーを叩き起こして寝室のベッドに転がり込んでいたらしい。夜中に起こされたナンシーはちょっと機嫌が悪そうだ。

 

 どうやら優雅に朝風呂に入っていたらしく二人ともバスローブ姿だ、このバスローブ、バスタオルと同じ生地らしく恐ろしく着心地がいい。気に入ったら購入もできるそうだ。

 

 バスタオルやバスローブをお持ち帰りすると、チェックアウトの際にきっちりその分の代金も加算されるシステムみたいだな。ホテル代はどうせ運営持ちだし記念にもらって帰ってもいいかもしれない。

 

「なんや、いい匂いしてきたなあ、朝食も期待してるで」


「まさか、朝飯まで食っていく気か? ラウンジ行けばタダメシ食えるぞ」


「あれはねえ、さすがにもう食べ飽きたわよねえ」

 

 こいつら、飽きるくらいこのホテルに入り浸ってるのか?

 

「一人分作るのも三人分作るのも一緒デショ? 食事は大勢で食べる方が美味しいわよ」

 

 甘えるんじゃない、上目遣いに見てもダメだ。一人と三人じゃ全然一緒じゃねえよ、まあ、材料は充分あるからまあいいか。

 

「言っとくが、普通の朝飯だぞ、お前らが期待するような物は何も出ないぞ」

 

「うちらご馳走は食べ飽きてんねん、庶民の粗食とか逆に興味しんしんやわ」

 

 何だその上から目線は、納豆食わせるぞ。

 

「ちなみに納豆でもフナ寿司でもうちら普通に食べれるし、心配いらへんで」


 フナ寿司かあ、匂いがすごいと噂には聞いたことがあるが、あれはちょっと食える気がしない。そもそも高価すぎて俺には全く縁がない代物だ。

 

 弁当も作りたいので五合炊くことにする、この炊飯器のMAXだ。まさか、これで足りないなんてことはないよな?

 

 鮭の切り身をグリルで焼きながら味噌汁の準備をする。そのまま食っても美味そうな煮干でダシをとる、普段はここまで手間はかけない、金もないがそれ以上に時間がないからな。

 

 ネギと豆腐、わかめ、それに素麺を加えてにゅうめんにする予定だ。何故かわからないがにゅうめんはたまにすごく食いたくなるんだよな。

 

 弁当用に卵焼きを焼いているとリンリンにつまみ食いされた。何の変哲もない卵焼きだぞ、まあ、つまみ食いはなんでも美味いけどな、盗みの背徳感が隠し味になるのかもしれない。

 

 飯の炊けるタイミングに合わせて味噌汁を仕上げ、買ってきた浅漬けを切る、そんなに量がないから俺専用にしたいところだが、ケチくさいと思われるのも癪だよな、二人が漬物嫌いなことを祈っておこう。

 

 

 結局、ご飯に味噌汁、焼き鮭というごくごく普通の朝食が完成した。

 

 文句を言うかと思っていたのだが、二人とも黙ってもくもくと食っているからまあよしとしよう。

 

 リンリンは鮭に醤油をやたらかけて飯をひたすらおかわりしている。鮭も美味いが醤油が絶品だ、値段が高いとここまで違うものかよ。

 

「なんや、この細いヌードルはごっつうええかんじやで」

 

「素麺を知らんのか」

 

「ああ、流しソーメンね。けどミソスープに入れるのはけったいやない?」


「にゅうめんはコンビニとかでも普通に売ってるはずだぞ」

 

 ここのコンビニにあるかどうかは知らないけどな。だいたい、庶民の味が知りたきゃコンビニ弁当を買えよ、俺が作った料理よりずっと美味い筈だぞ。

 

「ねえ、鮭もう一切れ食べちゃダメ?」


「それはおにぎりの具にする用だ、あ、まさか飯全部食ってないだろうな」

 

 早目に気づいてよかった、それにしても朝っぱらからよくまあもりもり食えるもんだ。

 

「何でだよ、どうしてただのライスがこんなに美味いのよ」


 そりゃあ炊きたてだからに決まってる。安い米でも炊きたてはそれなりに美味いんだ、これだけいい米だとそりゃあもうチートなレベルの美味さだよ。いくら炊飯器の保温機能が高性能でも炊きたてに勝るものなしだ。


 そういえば昔の偉い人は炊き立ての飯を食べることができなかったと聞いたことがある、どれだけお嬢か知らないがこいつらもそのパターンか?

 

「ただの粗食がこないに美味しなるんはちょっとおかしいわ、変な薬でも使っとるんちゃうやろな」

 

 ナンシーは浅漬けをぽりぽりかじりながら飯を食っている、変な薬か……まあ、高級とはいえ市販の漬物だし、グルタミン酸ナトリウムとかはたっぷりだろうな。

 

「文句があるなら食うなよ」

 

 浅漬けの皿をとりあげようとすると泣きそうな顔になる、面白いな、こいつ。

 

 

 食事が終わっても二人とも後片付けを手伝おうともしない。

 

「食器なんかそのへんに積んどいたらハウスキーピングが片付けよるよ」

 

 ああ、ここはホテルだしな、そういう手もあるのか。


 宿泊客が出かけている昼間の間にメイドさんのコスプレをした女の子たちがやって来て部屋を片付けてくれるんだよな、ベッドメイクから皿洗いまで全てやってくれるみたいだ。

 

 後片付けはホテルにお任せして弁当を作ってしまおう。おにぎりの具は鮭、梅干、塩昆布の三種類、それに卵焼きが加わる。彩がもう少し欲しいところだが、漬物はナンシーに全部食われてしまったしな。まあ、自分で食うんだし見た目は二の次だ、好きなものを詰めてしまえばそれでいい。


「お、弁当かあ。さすが気が利くねえ」

 

「これは俺のだよ」


「えー、あたしらの昼飯はどうするのよ」

 

「そんなものはない、だいたいいつまでこの部屋にいる気なんだよ?」

 

「わかってないねえ、あたしらは盗聴器設置の現場を押さえるために張り込んでるのよ。ハウスキーピングの連中が犯人に決まってるじゃないの、他に出入りできる奴はいないしね」


「へえ、ハウスキーピングはアンドロイドじゃなかったのか」

 

「なんや、その手があるやんか。確かにアンドロイドやったら買収されへんからなあ、セキュリティはばっちりや。斬新なアイディアや、うちがもろたで」

 

 いや、普通そのくらい誰でも思いつくだろう。そもそもアンドロイド開発の最終目標は嫁さんいらずのメイドロイドらしいからな。現時点で技術面やコストの問題がどこまでクリアできるかは知らないが、カジノで働いているアンドロイドを見る限りそう遠い未来のことでもあるまい。

 

「張り込みねえ、そういうことならルームサービスで何か昼食を頼めばいいだろ」

 

 どうせ費用は運営持ちだしな。

 

「ルームサービスもグルかもしれへん、うちらが待ち構えてるんが実行犯にバレたらどないするんよ」


「ってことで弁当はいただきっ」 

 

 まあ、弁当くらい別にいいけどな。ホテルの食堂街で食えばどうせタダだし。

 

 少々不安だが二人を部屋に残して会場に向かう、戻ったら部屋が血の海とかは嫌だなあ。



 

 エレベーターに待たずに乗れたこともあり、会場はまだ閉まっている。


 八時半まで後五分ほどあるな、たった五分とはいえ時間をもてあますなんて贅沢なんだろう。最近は時間に追われて生きていたからな、人間、少しは退屈できるくらいの時間の余裕が必要だよ。

 

「ちょっといいですか?」

 

 高そうなスーツを着た中年の男に突然声をかけられる。五十前くらいだろうか、丸顔の小男だ、スーツの生地は重役クラスかそれ以上だが、サラリーマンって雰囲気じゃない。

 

 愛想のいい笑顔を貼り付けているが、目がギラギラしていてどうもいけ好かない。

 

「キミがザック曹長だね、ボクはイーエモン准尉だ、ヨロシク」


 准尉ってなんだよ、ヤエモンだかなんだか知らないが、こいつのドヤ顔から察するに俺より上の階級なんだろうな。

 

「はあ?」


「何だよ、キミまだチェックしてないのかい? 次の対戦相手だよ」

 

 あれ、そんなのもう決まってるんだ。そういえば昨日からぜんぜんネットをチェックしてなかった、いろいろあったしなあ。

 

「おいおい、大丈夫かよ。情報遅れてるよ、俺たち同じリンクス使いなんだからさあ、お互い頑張って盛り上げていこうゼ」


 こいつの機体もリンクスなのか、旧式のリンクスを使っているプレイヤーは結構珍しいが、あまり嬉しくないなあ。

 

「はあ」

 

 気のない返事をしているとパイロットカードを押し付けられる、そういえばカードの表示でいろいろわかるらしいんだよな。

 

 数字や記号の表す意味を知らない俺が見ても何のことかさっぱりだ、その手の知識は知ってると面白いんだろうが、こちとら仕事以外でもうこれ以上数字なんか見たくないんだ。最近は体が拒絶反応を起こすのか数字を見るだけで気持ち悪くなる気がするぞ、適当に眺めるふりだけしてカードを返す。

 

「ボクのを見せたんだから、キミのカードも見せてくれないと」

 

 そっちが勝手に渡したんだろうが、とは思うが、半ば反射的に自分のパイロットカードを差し出してしまう。

 

「ふーん、ほー、へー」

 

 イーエモンは俺のカードをためつすがめつ見ていたが、いきなりパキンとカードを折ってしまった、メモリーチップの入っている所を。

 

「おいっ、何するんだ」

 

「いやあ、手が滑ったのかな」

 

 なんて奴だよ、あの不良の木村君ですらこんな真似はしなかったぞ。思わず殴ってしまいそうになるが自制する、そんな真似をすれば相手の思う壺だ。この場所は防犯カメラで撮影されているから下手なことはできないが、奴がカードを折ったところもバッチリ撮影されている筈だ。器物損壊? とにかくこれは犯罪だ、訴えてやる。

 

「不幸な事故だが誠意は見せるから安心してくれたまえ」

 

 イーエモンは持っていた紙袋から札束を出して渡してくる。紙テープで束ねられた新札の束だ、これって百万だよな。

 

「おい、ふざけるなよ」

 

 現金百万円の迫力には驚いたが、俺のゲーム内資産はもっと多かったからな、こんな金で誤魔化されないぞ。

 

「キミのゲーム内資産は、ざっと見積もって日本円で二百五十万ってところだね。ここに全部で五百万ある、これで納得してくれたまえ」

 

 どかどかっと札束をさらに四つ渡される。五百万だと……俺の年収の倍以上じゃないか。

 

「これで示談成立っと。こっちはこれだけの誠意を見せたんだ、これっきりの話にしてもらいたい。あまり欲張るようなら次は怖いお兄さんたちと話をしてもらうことになるよ、キミも立派な社会人なんだしそれくらいわかるよね」

 

 イーエモンは俺を馬鹿にしたように手をひらひらさせると、笑いながら立ち去っていく。

 

 

 札束を抱えて立ち尽くす俺を不審がる者はここにはいない。カジノではチップを使わず直接現金を使って賭けをしてもいいからな、現金だと嵩張るからそんな奴はあまりいないが。

 

 何だろう、この気持ち。悔しいんだけど、突然大金を手にした充実感も半端ない。俺は金の力に屈するのか? このままではイーエモンの思い通りになってしまう、最大の敵は自分自身というわけか。

 

 大会の優勝賞金って百万だったよな? それを考えると大儲けじゃないか。金さえあれば大抵のことができる、金がないからブラック企業の社畜として命を削るまでこき使われてるんだ。五百万あれば、失業しても何年か生活していけるじゃないか。だが、リンクスやベティちゃんを金で売ったような気がしてなんとも後味が悪い。



 床からイーエモンに折られたカードを拾い上げる、メモリーチップが完全に割れてしまっている、修復は不可能だろう。パイロットカードを破損したり紛失した場合、プレイヤーにいかなる事情があろうとも再発行はできないと使用許諾書には明記されていた、クレジットカードよりも厳しい規約だ。

 

 それでも諦めきれず、運営のサービスカウンターに向かう。ゲーセンのターミナルじゃ対応できなくても、ここなら人間のスタッフがいるからな、なんとかなるかもしれないと思ったのだ。

 

「再発行は無理みたいですね、使用許諾契約書にちゃんとそう書いてあります」

 

 受付の女の子はいろいろ調べてくれたが、やはりダメみたいだ。


 メモリーチップが破壊されて全てのデータが消えてしまったのだから、技術的にももうどうしようもないようだ。ベティちゃんは死んでしまったのか、俺が殺したようなもんじゃないか。本当に大切なものを金で売ってしまったんだ、思わず泣きそうになる、男は涙を見せちゃダメだ。

 


「こんな所で何やってるんですか、今日は遅刻しないでくださいよ」

 

 諦めきれずにサービスカウンターを立ち去りかねてうろうろしていると、中から出てきたアリサ大佐に声をかけられる。

 

「もう、無理なんだ。不戦敗確定だよ」

 

 涙を隠して折れ曲がったパイロットカードを見せる。

 

「あちゃー、また面倒なことを」

 

 アリサ大佐は受付の女の子を押しのけてパソコンの前に座る。


「えーと、今日の第一試合の、パイロットネームはザックバランでしたよね……なんて適当なネーミングなんだか。あーあったあった、IDありましたよぉ」


 何をしてるのかと思ったら、ほんの数分で新しいカードを発行してくれた。えらく簡単じゃないか、俺の男の涙はまったくの流し損だった。

 

「あの、先輩、いいんですか? 使用許諾契約書には……」


 受付の女の子は若干不服そうだ。

 

「お客様都合による再発行はいかなる場合にも認められません、ってちゃんと書いてあるでしょ。こっちの都合だからいいのよ、今日の試合で不戦敗とかされちゃ困るんだから」

 

 なんかものすごい理由だが妙な説得力がある、役立たずの女の子もどうやら納得してくれたようだ。まあ、この際なんでもいいや、アリサ大佐が天使に見える。

 

「なんとなく事情はわかりますけど、次はありませんからね。パイロットカードの取り扱いには十分ご注意ください」

 

 アリサ大佐から新品のカードを受け取る。ベティちゃんはどうやら無事みたいだ、考えてみればあれだけ優秀なAIがカードのメモリーチップ程度に収まってる筈がないよな、ベティちゃんの本体はネットワークサーバのどこかにいるのだろう。パイロットカードは単なるアクセスキーに過ぎなかったみたいだ、俺のIDは選手登録を見ればわかるので再発行は簡単だったというわけだ。


 見てろよイーエモン、絶対泣かしてやるからな。

 

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