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俺のロボ  作者: 温泉卵
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彼女の最終兵器

 炊飯器が楽しげにヴィヴァルディの春を奏でる。夜食にセットしておいたご飯が炊き上がったようだ。

 

 丁度いいきっかけだ、小娘二人には帰ってもらおうか。

 

「なんで炊飯器がヴィヴァルディなんやろなあ。今更やけど日本人のセンスはいろいろおかしいわ」


 そういえば何故なんだろうな? まあ、楽しそうな曲だしそんなに違和感はない。大昔の作曲家だし著作権がかからないとかそんな理由じゃなかろうか。

 

 おかずの肉じゃがは上手く出来てるだろうか? 恒温調理器の蓋を開ける。恒温調理器なんてご大層な名前がついているが、要するに鍋がすっぽり入るステンレス製の大きな魔法瓶だ。

 

 熱い鍋を入れておけばエネルギーを使わずにじっくり煮込めるという省エネアイテムだ。前から欲しかったが、俺の給料じゃステンレス製のは高くて手が出なかった、バスタオルで鍋を包めば代用できるしな。

 

 内鍋も只の鍋ではない。ステンレス製の圧力鍋で、短時間に百度以上にまで加熱することができる。鍋底に蓄熱用の分厚い金属板が貼り付けられており、加熱後に恒温調理器の中に入れれば半日は余熱で百度以上のままというわけだ。

 

 内鍋のロックを慎重に解除すると、高圧の水蒸気が音を立てて放出された、なんかメカっぽくてカッコイイな。

 

 蒸気と共に肉じゃがのいい匂いも広がる。思わず腹が鳴ったのは俺だけではなかったようだ。

 

「なんや、いい匂いがしてきたなあ」


「丁度小腹がすいてきたところよ、さすがはニンジャマスター」


 ダメだ、こいつら食っていくつもりだ。

 

 まあいい、朝食の分も作ったから量はたっぷりある、夜食を食わせてこいつらを帰してしまおう。俺は明日は大事な試合なんだ、朝まで酒盛りされてはたまらない。

 

 食器棚から茶碗サイズのセラミックボウルを取り出して盛り付けていく。落としても簡単には割れない強化セラミックのやつだ、たしか、同じものが国産戦車の装甲とかにも使われてる筈だ。

 

 ジャガイモは煮崩れることなくホクホクに火が通っている、さすがは恒温調理器だ。今回肉じゃがにしたのは、調理器具の性能を試すため、ということもある。

 

 肉じゃがだったら、どう転んだところでまず失敗にはならないしな。学生時代に付き合っていた彼女が、肉じゃがは女の最終兵器だと言って作ってくれたことがあった。

 

 料理がそう得意じゃない彼女が作った肉じゃがは意外に美味かった。簡単に作れて美味い、さすがは最終兵器と称されることだけはある。

 

 もっと食べたくなった俺は余った材料でおかわりを作ったのだが、これがいけなかった。


 俺の作った肉じゃがを口にした彼女は泣き出してしまい、そこから別れ話になった。

 

 あの頃の俺は若かったからな、料理勝負に勝って、ついドヤ顔で自慢してしまったのだ。

 

 恋人どうしでも勝負は勝負だからな、プライドとプライドのぶつかり合いになる。勝って驕らず、敗者のプライドを傷つけないだけの配慮、当時の俺にはそれが欠けていた。



「見た目は地味なシチューみたいけど味は悪ないで、チキンのスキヤキみたいやなあ」


「スキヤキじゃないわ、どちらかといえば牛丼に近いでしょ」


「見てみい、このパスタはスキヤキに入ってるやつやで」


「あー、それは糸こんにゃくって言うんだ、腸をきれいにする効果がある」


「さすがは、ニンジャマスター。医食同源ってわけね」


 忍者はもういいって、絶対に俺のことからかってるだろ、こいつ。

 

 がつがつ肉じゃがをかっ喰らってる二人は放っておいて、俺は飯をよそう。

 

 何しろ超高級米に最高級炊飯器だからな、炊きあがりが見ただけで違う、米が立ってるぜ。

 

 試しに一口、このレベルになるとおかずなしに何杯でもいける。だが、まあ、せっかくの肉じゃがだ、一緒に食べよう。

 

 イメージしたより少し濃い目の味付けになっているのは、恒温調理器でよく味がしみたせいだろう。だが、これはこれで飯のおかずには丁度よい。

 

 ホクホクのジャガイモが美味いのは恒温調理器のせいだけじゃないな、材料のイモそのものが普通のスーパーじゃお目にかかれないような高級品だ。一個いくらで売られてるイモなんて初めて見たぜ。

 

 イモだけじゃない、タマネギも、鶏肉も、他の材料も全て高かっただけあって信じられない美味さだ。みりんや醤油、塩までもが違う、なんというか、味の深みが違うよな。

 

「なんだよ、自分はメシばっか食って……美味そうじゃないか」

 

 リンリンは肉じゃがの入った茶碗に直接ご飯をよそって牛丼もどきにしてしまった。

 

「もったいないなあ、せっかくの白米のつぶつぶ感が……」


「そう? これ無茶苦茶美味いけど」


「ほな、うちは別々に頂くわ、混ぜてしもたら見た目も悪いさかいな」


 ナンシーだったっけ? 怪しげな関西弁の金髪娘はなんだかんだ言って器用に箸を使いこなしている。リンリンみたいにイモに箸を突き刺したりもしない、かなりちゃんとした作法を教わってきているようだ。


「なんやこれ、舌の上でライスがダンスしとる」


 ナンシーのリアクションを見てリンリンも別の茶碗にご飯をよそい始めた。おいこら、そんなにてんこ盛りにして食えるのかよ?


「肉じゃが最高、まさかイモ食って感動する日が来るとはねえ」


「ほならポテトは譲ったるわ、チキンは全部うちのもんやで」


 ナンシーは肉じゃがの鶏肉をつまみにすでに白ワインを二本空けてしまっている。リンリンはウイスキーをストレートでお茶みたいに飲んでるし、こいつら化け物か?


「いいからバランスよく食えよ」


 といってもいつの間にかほとんど残っていない、炊飯器も空っぽだ、二合じゃ全然足りなかったな。

 

 

 結局、ナンシーの奴は俺が食事の後片付けをしている間に寝室に入って鍵をかけてしまった。自分の部屋に帰ればいいのに俺の寝室を占領しやがったのだ。

 

 リンリンは酒瓶片手にソファーで泥酔してるしどうしようもない、空調が効いてるから風邪もひかんだろう、こいつは殺そうとしてもそう簡単には死なないと思う。

 

 とはいえ仮にも美女の範疇に入る若い娘だ、同じ部屋で寝たりしたら後から面倒な言いがかりをつけられかねない。ハニートラップ? そんな甘い罠じゃないぞ、どちらかといえば火薬庫か地雷原だよな、こいつは。

 

 幸いもう一部屋あるからな、俺はオフィスルームに入って中から鍵をかける、ここにはシャワーもトイレもあるからな、鍵をかけてしまえばこっちのもんだ。

 

 パソコンもあることだしネットで情報収集、と一瞬思ったが、さすがに眠い。このまま椅子で寝てしまおう、適度なクッションは会社の椅子より遙かにすわり心地はいい。

 

 ん、あれはなんだ? 壁のパーティングラインが少し気になる、取っ手のような金具があるし、これはひょっとして。

 

 取っ手に手をかけて引き倒すだけで仮設ベッドができあがった。新素材でできた毛布は、薄くて羽根のように軽いにもかかわらずぽかぽか温かい。潜りこんでみると、これは……快適だ。


 ベッドのクッションが不思議な弾力で俺を受けとめてくれる、堅いような柔らかいような抵抗感。まるで磁力で宙に浮いているみたいな、スライムに捕食されたような、とにかく癒されるなあ。

 

 この仮設ベッド、会社にも欲しいな。そんなことを考えながらいつしか深い眠りに落ちていった。

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[一言] 12時過ぎってことは夕食後長くて4時間経ってる?
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