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俺のロボ  作者: 温泉卵
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甘いメロンに火薬の匂い

「デザートの夕張メロンでございます」


 アンドロイドのウエイトレスが切子ガラスの器に盛られたメロンを俺達の前にそつなく並べていく。


 オートバランサーがいい仕事してるな、人間より素早く、静かに、優雅な動作だ。食器を落とすようなトラブルは滅多になさそうだな。

 

 バイトの給料よりアンドロイドの維持費が安くなるのも時間の問題だ、あと数年もすれば一般の飲食店にもアンドロイドが普及するだろう。そうなったら、今度は高級店では人間を使って差別化を計ったりするかもしれないな。


 経営者側にとっては雇用の選択の幅が広がって良いこと尽くめだろうが、労働者はますます足もとを見られることになる。これ以上の労働力のディスカウントは勘弁して欲しい、最低賃金ってものがある以上サービス残業がさらに増えることになりそうだ。


 日本人は大人しいからいいが、外国じゃアンドロイド破壊テロなんてのも最近は珍しくない。世界的超お金持ちのビリー氏が日本好きなのもそのあたりが理由かもしれないな。

 

「デザートはどっちのコースも同じみたいね」


 リンリンはすでにメロンを半分食べてしまっている。お嬢様ぶるのはやめたらしくスプーンを使わず直接かぶりついている、おいおい、メロンの果汁は顔につくと結構痒くなるぞ。


 それにしても魚のコース料理のデザートがメロンとはな、無難なところで柑橘系のシャーベットあたりが出て来ると予想してたんだがな。


 まあ、ただのメロンじゃない、俺でも名前は聞いたことがある超高級品の夕張メロンだ。ご祝儀相場だと一玉で俺の給料より高値がつくことも珍しくないとんでもないメロンだ。カボチャのようにオレンジ色の果肉をスプーンですくい、ゆっくり舌で味わう。


 ううむ、こりゃ美味いわ。糖度が高いせいかすごく甘い、あくまで爽やかな甘さで、メロンの香りとのハーモニーがまた素晴らしい。ただ切って出すだけでこれほど美味いんだからチートなメロンだよな。


 俺は何かに取り憑かれたように瞬く間にメロンを食べ尽くしてしまった。コース料理はこれで終わりだが、中央の島には食べ放題の料理が山のように並んでいる、デザートのコーナーにはもちろん夕張メロンの皿もある。


 腹八分目といったところだが俺はまだまだ食えるぞ、第二ラウンドといきますか。


「そろそろ部屋に引き上げた方がいいんじゃない? 明日も戦うんでしょ」


 小娘め、なかなかいいことを言うじゃないか。俺は別にストイックな方じゃないが、今日のところはこれくらいにしておくか。どうせ明後日はクリスマスなんだ、もっとすごいご馳走が出るに決まっている。

 

 それにホテルの部屋には夜食も準備してあるからな、出がけに炊飯器もセットしてきた。小腹がすいた頃に炊き立てご飯を軽く食ってそのまま布団に直行だ、食べてすぐ寝ると牛になるとよく言うが、どうしてあんなに気持ちよく眠れるんだろうな。健康的とは言いがたいが、最近痩せ気味だから問題あるまい。



 乱痴気騒ぎをしているプレイヤーたちを尻目に、さっさとエレベーターに乗り込む。せいぜい遅くまで酔っぱらっていてくれ、俺はたっぷり寝てベストコンディションで試合に臨ませてもらうよ。


 リンリンも当然のようにエレベーターにすべり込んできた。まさか、こいつ俺の部屋に来る気じゃないだろうな? ハニートラップはやらないとか言ってた癖に。


 俺の部屋は確か九階だったよな、ルームキーを出して確認する。フェザータッチでボタンに触れると驚くほど静かにエレベータが動き始め、振動をまったく感じさせずに九階に停止する、さすが日本製だ。


 音も立てず扉が開く、なんとなくリンリンを先に行かせる。別にレディーファーストとかを気取ったわけじゃない、虫が知らせたのかもしれないな。


 廊下は間接照明で薄暗く、足下の絨毯は音を吸収してしまう。突然、脳内にアラームが響いた気がした、ゲームで敵にタゲられた時みたいな感覚だ。


 目の前の空間にゆらりと魔法のようにサイレンサー付きのピストルが出現する、酔ってなんかいないぞ、今日はアルコールは一滴も口にしていないからな。


 銃口が俺に向けられた瞬間、手袋を嵌めた指がゆっくりトリガーを引くのが見えた気がした、反射的に右にダッシュして避ける。リンクスよりレスポンスが鈍い、情けないな、自分の体なのに。


 バスンと重く空気が鳴る。銃弾が俺のいた場所を通過し、頬をぶん殴られるような衝撃波が襲って来る。背後の壁のどこかに銃弾がめりこんだのだろう、ミシッと着弾の音が聞こえた。

 

 全ては一瞬のできごとで思考が追いつかない、敵の存在を認識して反射的に攻撃を回避する一連の行動、体が勝手に動いてくれている。おかげで一発目は回避できたが次弾はヤバそうだ、俺の体はリンクス程タフじゃない、すでに全身の筋肉が悲鳴をあげている。


 パスパスパスと軽い音が続く。


 目の前にマントを着た不審者がドサリと倒れる、リンリンが樹脂製の拳銃を抜き打ちで三連射したのだ。

 

 オモチャっぽい蛍光グリーンの拳銃だが、凶器としての性能は充分備えているようだ。こいつ、スカートの下にこんなもの仕込んでやがったのか、太腿にホルスターとか映画の女スパイみたいだな。

 

 それにしてもいい腕してやがる、距離が近いとはいえ突然出現した相手に全弾命中かよ。素人技じゃない、なにより人間相手にまったくためらいが無い。


 不審者は両腕と肩を撃たれたようだ、頭を狙わなかったのは一応手加減したのか? うめき声をあげつつも立ち上がろうとするので急いで銃を取り上げる。サイレンサーのついた小さなピストルだったが、金属製でずしりと重い。


「光学迷彩服ね、大層なもん用意しやがって」


 リンリンは容赦なく相手の肩をゲシゲシ踏みつけ、床に押し倒す。


 光学迷彩……実用化されたニュースは知っていたがこれがそうなのか。不審者のマント表面の素子には向こう側の映像が表示される仕掛けになっているみたいだ、もの凄い画像処理能力だが原理は単純だな。本当に透明になっているわけじゃないから、カラクリがわかればまったく見えないわけじゃない。


「動くんじゃないよ、いいか、面倒かけるなら殺す」


 小娘が樹脂製の拳銃でテロリストの額をこづいている、なかなかシュールな光景だ。軽口を叩いているような口調だが、こいつには本当に躊躇なく人を殺すだろうと思わせる迫力がある。

 

 一応味方の筈の俺ですらぞっとしたのだから、銃口を突きつけられているテロリストはさぞ恐ろしかったんだろう、失禁して大人しくなってしまった。


 だが、まだ嫌な感覚が消えない、廊下の先の自販機の影に、殺気のようなものを感じる。


 何かいるよな、多分あそこにもう一人いる。


 殺気が膨らむ、攻撃が来る! 気づいた瞬間、俺は反射的にピストルを投擲していた。


 ゴチッと鈍い音が聞こえた、もう一人のテロリストが床に崩れ落ちる、額にピストルがクリーンヒットしたようだ。


 やばい、やりすぎたか、慌てて助け起こすと額が大きく割れている。顔面に物が飛んできたらちゃんと避けろよ、まさか死んだりしないよな。出血はさほどでもないが、ピクリとも動かないぞ。


「さすがはニンジャマスターだね、まさか銃を投げるなんてどこまでも普通じゃないぜ、こんなの誰も予測できるもんか」


 リンリンがまたニンジャとかわけのわからないことを言っている。まさか本物の銃なんて撃てるかよ、でも投げるのも駄目だなこりゃ、咄嗟に重いものを投げてしまったせいで肩の筋がおかしくなってしまったし。


「ショットガンか、こいつをぶっ放されてたらヤバかったかもね、こいつら腕は素人以下のくせして装備だけは本格的に揃えてやがる」


 俺が半殺しにしてしまったテロリストはマントの下でショットガンを構えていた、これなら正当防衛だよな?


 リンリンはテロリストたちの装備を手際よく剥ぎ取っていく、これじゃどっちが悪党かわからない。

 

「面倒な手続きは全部あたしがやるからさ、賞金は六四でいいね」


 賞金ってなんだよ? 俺を妙な世界に引きずり込まないでくれ。 


「金とかいらないから、俺はやってない、何もやってないぞ」


「ああ、ニンジャの正体は秘密にしときたいってことね。でもそういうのここじゃ無駄だと思うよ、その辺に山ほどカメラあるし」

 

 そうだった。このホテルの内部は無数のカメラで監視されてるんだった、奴らの光学迷彩は伊達じゃなかった訳だ。

 

 どうしよう、正当防衛だよな? だが下手すると過剰防衛とかもあり得る。

 

 幸い俺が怪我させた男は脈があり、気を失っているだけのようだが、傷口からは白い骨みたいのまで見えている。顔面の怪我だからな、整形治療も含めてとんでもない治療費とか請求されるんじゃないか?

 

 嬉々として略奪を続けるリンリンを横目で見ながら、俺は生きた心地がしない。

 

 

 しばらくするとカメラで異常事態を察知したのだろう、ホテルの警備員らしい連中が大勢駆けつけて来た。

 

「姐さん久々のお手柄じゃないか、賞金に多少色をつけといてやるからさ、後のことは全て我々に任せてもらおうか」

 

 リーダー格らしい警備員はリンリンと知り合いのようだな。

 

「こいつらの装備もどうせそっちで欲しいんだろ、こいつは売れば何年か遊んで暮らせる代物なんだ。手柄は全部譲ってやるからさ、ボーナスをケチるんじゃないよ」


 リンリンはこれ見よがしに光学迷彩服を見せつける。


「物分りのいい女は好きだぜ、姐さん。この後ゆっくり飲まないか?」


 リーダーは迷彩服を受け取るとカッコつけてウインクして見せるが、なんかダメっぽいなこいつ、映画なんかだと真っ先にザコに殺されそうなキャラだ。


「お生憎様、こっちは先約があってね。そっちはお仕事頑張ってね」


 リンリンは俺と腕を組むとそのまま俺の部屋へ。おいおい、頼むから俺を余計なしがらみに巻き込まないでくれ。

 

 

「これであんたのご注文通りってわけだ。感謝してよね、分け前は七三だからね」

 

 彼女が何を言っているのか最初は理解できなかったが、どうやらあのやりとりだけでテロリストたちは警備員だけでやっつけたことになるらしい。

 

 警備員はテロリストに侵入を許した失態をなかったことにできる、リンリンは金が手に入る、俺は犯罪者にならずに済む。三方良しでめでたしめでたし、かな?

 

「ド素人に特殊部隊並みの装備、あいつら一体何者だい? 思ってた以上にあんたは大物だったって訳だ」

 

 リンリンは備え付けのワインセラーから勝手に何本か取り出すとソファーにどっかり腰を下ろして一杯やり始めた。

 

 こいつ、高そうな酒を……俺だって我慢してるのに。運営持ちだからいいようなものの、本当だったらそれ一本で俺の月給くらい軽く飛んでいくんだぞ。

 

「ガーディアントルーパーだっけ? あれは只のゲームじゃなさそうだねえ」

 

 彼女はゲームに関しては詳しくなさそうだな、まあ、それもフェイクかもしれない。


 こいつが一体何を考えてつきまとってくるのかは知らないが、俺としては襲って来た連中についての情報が欲しいところだ。

 

 スポーツドリンクとえびせんとチーズを抱えて彼女の向かいに座る。

 

「奴らは一体……」

 

 俺が話し始めるのとほぼ同時に扉がノックされた。

 

 リンリンは野生のイタチを思わせる動きで素早く銃を抜くと俺にアゴで合図する。

 

 なんだよ、俺に開けさせるつもりか。

 

 おっかなびっくり扉に近づいて覗き窓から見る、レストランで会った関西弁の金髪娘だ。時刻はすでに十一時過ぎ、若い娘が男の部屋を訪れるにはちょいと遅い時間だぞ。

 

 リンリンの知り合いみたいだし、テロリストの仲間ではないか。扉を開けてやるとルームサービスのワゴンを押して入ってきた。

 

「ちょっと早いけどメリークリスマスや」

 

 芝居がかった口調で大きな声でそう言うと、金髪娘は指を口に当てて俺とリンリンに喋るなというジェスチャーをする。


 物音を立てずに台車から妙な装置を取り出すと、アンテナみたいな棒を伸ばして部屋中を探し始めた。まさか、盗聴器でも探してるのか?

 

 テロリストの次は盗聴器かよ、まったく勘弁してくれよ、明日は朝から対戦なんだぞ。今日はいろいろあったから精神的にも肉体的にももうへとへとだ、正直さっさと風呂入って寝てしまいたいんだ。


 ゲームの大会に来ただけなのにおかしいだろ、どうして俺がこんな目に遭うんだよ。このままベッドに潜り込んで寝てしまうのは駄目だろうか? 駄目だろうなあ。

 

 一つ目の盗聴器はテーブルの裏から見つかった。うとうとしかけてたが、実際にこうしてモノが出て来ると一気に目が覚めるな。金髪娘はライターサイズの白いプラスチック片を剥がし、丈夫そうなチャック付きの小さな袋に慎重に仕舞う。あの袋は多少の爆発なら大丈夫なやつだ、俺知ってるんだ、リチウムバッテリーに無茶な充電する時に使ったことあるし。

 

 二つ目は窓際のカーテンの陰、三つ目はカーテンレールの横で見つかった。

 

 全部別の袋に回収すると、さらに金属製のトランクに入れる。爆発とか勘弁してくれよ本当にもう、早く持って帰って欲しい。


 すぐにボーイさんがやって来てワゴンを持って帰ってくれて一安心したのだが、金髪娘は帰ろうとしない、携帯端末に外国語で何やら早口でまくしたてている。英語じゃない、ような気がする。もちろん俺には何を言ってるかわからん、リンリンの奴は言葉がちゃんと理解できてる顔つきだ、なんとなく悔しいぞ。

 

「レーザー通信で盗聴とか、どこの組織か知らんけど今時珍しい働きもんや」

 

 どうやらカーテンレールに設置されていた装置から、海上で待機している中継用無人機にレーザー通信でデータを送っていたようだ。警備の連中が早速無人機の捕獲に動き出したらしい、指向性が高いレーザー通信は探知機に見つけられにくいが、一度見つかってしまえば受信先の発見も容易だ、何しろピンポイントだからなあ。

 

 他の二つは通信用の帯域に紛れ込んで来るオーソドックスなタイプで、俺の携帯端末に偽装していたようだが、俺が定量制で契約していたため上手く動作しなかったようだ。対戦動画の確認とかしてたせいで、今月分の通信量はほとんど残ってなかったからな。

 

「わざわざ定量制で契約してるなんて、さすが用心深いわね」

 

「通信速度が極端に落ちたせいで偽装がバレバレや、想定外の事態ちゅう奴やな」


「ナンシー、てめぇも盗聴しようとしてやがったな」


「リンリンはんのことが心配やったんや。なあ、この子こう見えて結構おぼこいとこあるんやで」


「俺としては、そのあやしげな関西弁が一番気になってるんだが」


「なんでやねん。関西弁のアクセントは世界一優雅やおまへんか」


 女二人でも結構姦しい。すでに日付が変わってしまっている、いいかげん寝ないと明日の対戦がやばいんだ、二人ともそろそろ帰ってくれないかな。



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