最初の晩餐
ゲームが終了し、リザルト画面に上位十六位までのプレイヤーリストが表示される。
俺は……あったぞ、ブルーの枠が点滅している。
『十四位おめでとうございます』
ベティちゃんが祝福してくれる、結構ぎりぎりだったな。最後にムスカが飛び込んで来てくれなかったら届かなかったかもしれない。
まあ、次に繋げたので順位なんて何位でもかまわないんだが、どうせだったら十三位の方がなんとなくダークヒーローっぽくてよかったのに。
『お疲れさまでした』
「おう、明日もよろしくな」
Xキャリヴァーの耐久は心配していた程には減っていなかった、明日の対戦までには完全に回復している筈だ。自己修復機能が毎時4%というのはレア武器の中でも結構優秀な方だ、今まで耐久が半分以下になったことはないが、放置しておけば翌日には全快しているというのは俺のプレイスタイルにぴったりの神性能だ。スコアポイントを使って修理することもできるが、武器アイテムの修理は一定の確率で失敗する。失敗すれば最大耐久値が減ってしまうため、一度しか入手できないXキャリヴァーでそんな真似はとてもできない。
機体の最大耐久値はいくら修理しても減らないが、スコアポイントを消費することに変わりは無い。自己修復はロハなので俺の場合は機体のダメージも原則は放置して回復している。金を節約するためだけじゃない、俺がプレイしていない時間もゲームが動き続けている感覚がなんかいいんだ。
「さすがは全国から集まったエースパイロット達、見所の多い戦いとなりました。すでにネットの方も大いに盛り上がっているようです、今夜はお祭り騒ぎでしょう」
アリサ大佐は相変わらず張り切っている、少し声が枯れてきているようだがな。
トリスキーさんたちはネットで見てくれてるんだろうな、そんなに恥ずかしい戦いはしていないつもりだ。そういえばサジタリウスのパイロットの名前を聞いてなかった、どう発音するのかわからないが、ローマ字表記でStなんとかさんだった。まあ、後でログを見ればわかるだろう、あちらさんが通信音声の設定をいじってなきゃ声を聞けばわかると思う。
「さて、残念ながら敗退してしまったパイロット諸君はバッテラを持って帰ってもらおう、なんてセコイこと言わないから安心しなさい。決勝戦までの滞在費は軍が支給するからゆっくりしていってね。この後は当ホテルの食堂街で大阪名物食い倒れ残念大会を予定しているわ、タダメシだからって飲みすぎるんじゃないわよ」
なるほど、負けても結構楽しそうじゃないか。運営は驚くほど太っ腹だ、余程儲かってるんだろうな。
「勝ち残った十六名の諸君には最上階の展望レストランで豪華ディナーを用意している。私も参加するので楽しみにしていてくれたまえ」
すごく楽しみだとも、騒がしいアリサちゃんはどうでもいいが、ご馳走には期待している。キャビアやフォアグラなんてのも出るかもしれないな、食ったことがないからどんな料理になるのかとても興味がある。
一度部屋に戻って背広に着替えるつもりだったのだが、レストランにそのまま直行するようだ。
まあ、俺以外にもジャージ姿の奴はいるし、別にいいだろう。背広を着てる人もいれば革ジャンの兄ちゃんもいる、中にはふわふわフリルの昭和のアイドルみたいなドレスを着てる変わった娘もいる。
変な奴が多いせいで軍服のコスプレをしているコンパニオンさんがまだ普通に見えるな、俺としても自分の身だしなみに気を遣わなくていいから助かる。
二十人まで一度に乗り込めるでかい展望エレベータで最上階まで一気に上がる。ガラスのチューブ越しの夜景は素晴らしいんだが少し眠たくなってきた、一度部屋に戻ってたらそのまま寝てたかもしれない。
最上階の展望フロアは丸ごとレストランになっていた、屋上庭園にはオーナーの屋敷があるらしいから正確には最上階じゃないけどな。
今日は貸し切りのようで、俺たち以外には従業員しかいない。眺めがいい以外はわりと普通のレストランに見える、サラダバーには野菜の他にマカロニサラダなんかも山と並べられており、ドリンクバーには高級酒も並んでいるもののファミレスとそれ程変わらない。なんでもオーナーの米国人が日本のファミレスが好きなんだそうだ。
セルフサービスの立食形式かと思ったらコース料理も用意してくれているようだ。自由に席を選んでいいみたいなので窓際の小さなテーブルに一人で座る。他の連中は明らかに知り合いだったみたいで、普通に楽しそうに話しているから少し入りづらい雰囲気だ。別にぼっちなんかじゃないぞ、俺は孤独を愛する男なんだ。
「お待たせしたわね、ボスのご入場よ」
俺達の次のエレベータでアリサ大佐が連れて来たのは、派手な軍服のコスプレをした貧相な中年の白人男だ。ピカピカのオモチャの勲章を山ほどぶら下げているが、ゴールドの質感がやけにリアルだ。多分、本物の勲章より高価なオモチャだな。
「日本のみんなこんにちは、ボクはビリーだよ」
外見通りの貧相な声だが……ビリーって、まさか世界的お金持ちのビリー・レイス氏か? お小遣いでどこかの小国を買ってニュースになってた人だ。
そういえば前の総理がこの人に大喜びでぺこぺこしている動画を見たことがある。見た目は駄目そうなオヤジなのに、ギャップが凄すぎて逆に強烈な個性になってしまっている。
ビリー氏の周囲には絶世の美女が山ほど付き従っているが、ビリー氏がインパクトありすぎるせいで美女達がモブにしか見えない。
「えーと、まあ、みんな頑張って優勝狙ってね。どんな戦いになるのかボクも楽しみだよ」
ビリー氏は棒読みのようにそれだけ言うと、さっさと一人でエレベータに乗って帰ってしまった。仕事が忙しいんだろうな、超金持ちでもある意味哀れな人なのかもしれない。
入れ替わりにいかにも偉そうな人たちがぞくぞくとやって来たが、ビリー氏を見た後ではもはや中ボス程度にしか見えない。この人達だってうちの社長くらい鼻毛の先で吹き飛ばせる程の権力者なんだろうけどさ。
黒幕がビリー・レイス氏なら資金が潤沢なのも納得できる、彼が日本オタクでゲームオタクなのは有名な話だ、“ガーディアントルーパーズ”を開発・運営しているのは単なる趣味ということも考えられるし、何か革新的なビジネスの一環だという可能性もある。
このホテルが彼のオモチャなのは間違いない、ひょっとしたら大阪カジノ特区自体が彼の思いついた座興だったりしてな。
まあ、彼に群がる連中にとってはオタク趣味だろうが死のビジネスだろうがどうでもいいことだろう。大金が動けば周囲に金が落ちる、金を目当てに人が集まり、人が動くからさらに金が集まるわけだ。
所詮、縁の無い世界の話だ、俺的には“ガーディアントルーパーズ”のサービスが続いてくれればそれでいい。何故、今夜ビリー氏が正体を現したのかは気になるけどな、特に口止めもしていなかったし、明日くらいには大スクープになってるんじゃないか?
「あの、相席、よろしいですか?」
突然、若い女性に声をかけられる。考え事をしていたせいか気配にまったく気づかなかった、女の子に話しかけられて驚いたと思われるのもバツが悪いので、ポーカーフェイスを装う。
プレイヤーでもコンパニオンでもない。後から偉いさん達と一緒に来た招待客の一人だろう、スーツ姿で地味目の印象だ。日本人、だよな? とびきりの美女という程でもないが、娘十八番茶も出花と言うからな。まあ、若く見えても十八はさすがにないか、多分二十は超えてるんだろうな。
他に空いた席は沢山あるだろうにとは思うが、断る理由も特に無いな。若い娘と同席するのは不快でもないし軽く頷いてみせる。
「さすがに隙がないですね、背後をとれたと思ったのに、最初から私の気配に気づいていらしたんですね。」
一体この娘は何を言ってるんだ? 俺の後ろに立ったらいきなり殴られるとでも思ってたんだろうか。
「ビーフがよろしいですか、魚がよろしいですか?」
女が席に着くと、近づいて来た給仕が恭しく聞いて来る、どうやら彼もアンドロイドみたいだな。
「魚で頼む」
今夜は魚が食いたい気分なんだ、それに上質な魚は最近じゃ最上級の牛肉よりも高価だ、滅多に食えるもんじゃない。
「私はビーフで」
若い子は肉がいいか、肉のコースだとどんな料理が出てくるか興味もあるし丁度よかった。
「さすがですね、彼を一目でアンドロイドだと見抜いていたみたいですけど」
「まあ、それなりによくできてはいるけどね。ここのホテルのアンドロイドは全部同じ顔だしね」
「そうなんですか?」
「メイクでバリエーションをつけてるみたいだけど、顔パーツは男女共通で使ってると思う」
このホテルで使われているアンドロイドは業務用のハイエンドモデルのようだ、高級品でも個人向けの製品とは方向性が違う。業務用に求められるのは安全性と耐久性、そしてコストパフォーマンスだ。
特に自然な表情を作るための顔パーツはデリケートで壊れやすい部品だ、少し汚れたり痛んだりするだけでも大変目立つ。ここのアンドロイドたちの状態が新品同様なのは、定期メンテの際に新しい顔パーツに交換してるんだと思う。
メンテの効率を考えれば全ての顔パーツを共通化するのは合理的だ、在庫の管理も楽だし、表情の制御ソフトも同じのが使える。
スマートな美男美女の顔って没個性的だからみんな同じ顔でもそれ程違和感がないな。ウイッグとメイクと服装の組み合わせを変えるだけで、従業員に必要なキャラクターは全て揃ってしまうというわけだ。
さすがに男女で身長は変えているようだが、ボディのパーツもどうせほとんど共用だろう、フレームのパイプの長さを変えているくらいだと思う。下で見たバニーちゃんは露出が高い格好だったからボディもそれなりに造り込んであったが、給仕の彼は服の下は緩衝用のカバーを被せてあるだけだろう。センサーは手以外は省略されてるかもな、部屋中に死角なく設置されている監視カメラとリンクしているならカメラアイだってダミーかもしれない……
「言われてみれば本当にどれも同じ顔ね。鋭い観察力、さすがはニンジャマスター、ってところかしら?」
ニンジャマスターって何だよ? さっきから何を言ってるんだ、この娘は? 電波系ってやつなのか?
「隠しても無駄ですよ、柿崎源五郎さん。あなたがニンジャマスターの家系であることは調べがついてるんですから」
こいつ、探偵か何かか? 俺の恥ずかしい本名をどこで調べたのかは知らないが残念だったな、我が一族は忍者まったく関係ないし。柿崎家のご先祖様には田舎侍もいたらしいが、御一新以来うちはずっと農家だよ。
俺は特に下の名前が恥ずかしくて極力自分の名前は秘密にしているんだが、乗船名簿でもチェックしたんだろうか? 素人娘にパイロット登録のデータを覗かれてたとしたら運営はザルだぞ。
「己の心を澄んだ鏡とし、相手の心を映すことができれば例え銃弾であろうと避けることが出来る。そうなんですね?」
いきなり変なこと言ってきたぞ、時代劇とかでよくあるセリフだよな。だが少しばかり心の琴線に触れるものがある、リンクスで鬼回避している時はちょっとそんな感じかもしれない。
だが、目の前の娘が何故突然そんな話をするのか訳がわからず俺は固まってしまう。不思議ちゃんはちゃんと計算してキャラを演じてるからウケるんだぞ、忍者とか素で言ってるならちょっと怖い人じゃないか。
「だんまりですか、ニンジャの秘密の奥義ってことですか。でもご安心を、私も師匠から奥義を授かった者、秘密は守ります」
妙な奴に目をつけられてしまったな、タイミングよく前菜が運ばれて来た、この女は無視して食事に集中することにしよう。俺の方は縁側のカルパッチョ、女の方はコンソメのゼリー寄せっぽい。あ、一口で呑み込みやがった、こいつ、見た目ほどお嬢でもないようだな。
「ゲームにはあまり興味なかったんですけどね、目の前で人間が本当に銃弾を避けるのを見て驚いたわけですよ」
こいつ、俺のあの大活劇を見てやがったのか。あれはアトラクション、の筈だ。
忍者マニアのお嬢様があれを見て俺をニンジャマスターだと信じ込んでしまった、といったところかな? ヒーローショーを本気にして喜んでいいのは小学生までだぞ、体ばかり立派でも脳味噌が子どもじゃなあ。
まあいい、たまたま相席になった見ず知らずの相手だ、露骨に無視……するのはやり過ぎだな、話しかけられれば軽く相槌をいれる程度にして自分の食事に専念する。
女の前にコーヒーカップに入ったスープが運ばれて来た。カップはパイ生地のドームで蓋をされている、ポットパイスープって奴だな。
俺の方はクエ鍋スープだった、茶碗サイズのミニチュアの土鍋に白身魚のスープが入っている。高級魚のクエという魚は知っているが、食べるのは初めてだ。
女はスプーンでバリバリとパイ生地を崩していく、中身はコンソメスープっぽいが、浮いている赤いのはトマトソースか、それともチリか?
「よかったらシェアします?」
魅力的な提案だな、お互いの料理を少しずつ交換すればどちらのコースも味見することができる。だがこの女とはこれ以上関わり合いたくない。
「いや……料理人に失礼だしな」
適当な理由をつけて断る、コースメニューは全体の流れを考えて作られてるんだから間違いでもないだろう。
「こういう料理って工場でオートメーションで作ってるんじゃないの?」
実際その辺はどうなんだろうな、さすがにホテルのコースメニューなんだから人間が作っていると思いたい。クエらしき白身魚をじっくり味わってみたが、違いはわからなかった。
「神戸ビーフの天ぷらとスプラウトサラダでございます」
俺がまだクエ鍋スープを飲み終わっていないのに、次の料理が運ばれて来てしまった。プチ土鍋は熱くてそう簡単には飲み終われないんだよ。
「お造り盛り合わせでございます」
綺麗な刺身だ、量は少な目だが種類が多い、本物のワサビはチューブとは違う香りがした。
女は給仕に高そうな赤ワインのボトルを持ってこさせると結構なペースで飲み始めた。くそ、俺もビールくらいは飲みたいが、明日の対戦に二日酔いで臨みたくはないしな。
メインディッシュは鱸の奉書焼きだった、女の方は分厚いステーキだ。少しパサついた白身魚は期待していた程ではなかった、ステーキは美味そうじゃないか、メインディッシュでは負けたかな。
俺がチラチラ見ていると、女は少し酔っちゃったとか言いながら胸元を緩め出しやがった。色仕掛けのつもりか? わかっていてもついつい視線が向かってしまうのは男の性だろうか。俺はチラ見するくらいなら堂々と見る派だぞ、こいつ、結構胸あるな。
「なんや、リンリンはんもこんな所でハニートラップ仕掛けとったんかい、商売熱心やなあ」
怪しげな関西弁の突然の闖入者は、料理を山盛りにした皿を抱えた白人のブロンド娘だった。
黙っていればファンタジー映画のヒロインも務まりそうな可憐な娘なのに、時代劇の悪徳商人のような喋りが台無しにしている。彼女は自分の皿からキャビアのカナッペらしき料理をつまむと口に放り込む。
中央の大テーブルにはいつの間にか色鮮やかなフィンガーフードが並べられている、立食パーティーが始まっているようだ。腰を落ち着けてフルコースを食ってるのは少数派なのか? まだまだ腹八分目だし、食い終わったらあっちにも参戦できそうだ。
「てめぇ、このっつ、邪魔すんじゃねぇ」
リンリンと呼ばれた目の前の娘が、驚くほどドスの利いた声を出してブロンド娘を睨みつける。気の小さい人間なら動けなくなりそうな殺気だ。
「あらまあ怖いわあ、地が出てまっせ」
殺気をぶつけられて平然としているブロンド娘の方もいい根性してそうだな。二人とも運営の関係者かその招待客の筈だが、ここはカジノだからな、マフィアが紛れ込んでいてもおかしくない。
「ほな、またなあ」
視線による一瞬の対決の後、ブロンド娘は他のプレイヤー達の方へ飄々と歩き去って行く。そういえばプレイヤーグループは新しく来た美男美女に囲まれて随分と盛り上がっているな。
「もうやだなあ、リンリンって言うのはほら渾名よ渾名、私の本名は鈴木リンだからさ。生粋の日本人よ」
ブロンド娘を追い払った女は、先刻の荒々しい態度が嘘のように甘えるような声で話しかけてくる。国籍か……そういえばここの特区は華僑系のマフィアも多いらしいよな。
「ハニートラップか、ふうむ」
スパイ映画でよくある色仕掛けで敵を篭絡する奴だよな。プレイヤーなんか篭絡したって仕方がないと思うが、マフィアがらみだったら、八百長の仕込みとかはありそうだよな。
「あー、もうやめだやめだ、猫っかぶりは窮屈でいけねえや。ハニートラップなんかじゃねえよ、まあ、美人計だって立派な兵法の一つだけどさ、あたしはそっち系はなんとなく苦手でね」
女は態度を豹変させるとメインディッシュのステーキにフォークを突き刺し豪快にかぶりつく、肉食系女子ってやつか? 間違いなくこっちが地のようだ、さっきまでとは打って変わって表情が生き生きしてやがる。
「あんた、船で襲撃して来た連中に狙われてるんだろ? あたしゃこう見えてもここじゃちっとばかし名の知れたバウンティハンターでね」
バウンティハンター、つまり賞金稼ぎのことか。特区内じゃ日本の警察はあてにならず、マフィアの私兵が自警団みたいなのを組織していると聞いた。テロリストに対抗するために銃の所持まで認められているみたいだ、何しろ最近のテロリストはAKやらグレネードランチャーまで持ち出して来るからな。
目の前の小娘は賞金稼ぎには見えないが、殺気はすごかったしな、それに銃の引き金を引くだけなら腕力は関係ない。
「あんたの腕が相当だってのは見せてもらったけどさ、狩るつもりがないなら獲物を譲ってくれてもいいだろ?」
船での襲撃はやっぱり本物だったってことか? 観客席から発砲したのはこの娘じゃなかったが、あいつもバウンティハンターとやらなのだろうか?