8時に全員集合
船が特区に近づくと客たちが甲板に出て騒ぎ始めた、何事かと思って覗きに行って思わず息を呑む。
空を覆わんばかりに林立するライトアップされた巨大なビル群、これが地上の光景か? まるでSF映画の宇宙要塞だ。
指定のホテルは港のすぐ横にそびえていた、今年の夏に完成したばかりのジェネラルヘッドホテルだ。アメリカ資本で、ついたあだ名がホテルGHQ。そのせいでもないだろうが実際に米軍関係の利用者も多いらしい。
地上120階のホテルの中にはカジノや巨大アミューズメントセンター、食堂街にショッピングモールまで揃っている。もはや建物自体がちょっとした都市だな、これで特区に立ち並ぶビルの中では中規模だというのだから恐れ入るぜ。
炊いた肉号からムービングウォークを乗り継いでホテルGHQのロビーに向かう。といっても俺は何もしないでいい、ムービングウォークのパネルが勝手に分岐点で行き先の方に流れて行く。一瞬すぎて仕組みはよくわからなかったがとにかくすごいな、本当にSFの世界だ。自分が回転寿司の皿に乗せられてるような気分だ。
ホテルのロビーで紹介状を見せると渋いホテルマンが部屋まで案内してくれた、ひょっとして俺VIP待遇? 自慢じゃないが生まれてこのかた丁重に扱われた経験がないのでなんだかムズ痒い。
923号室、9階だ。もっと上の階の方が眺めはいいんだろうが、どうせ外の景色なんて見ないんだ、俺には関係ない。案内してくれたおじさんにチップをあげた方がいいのかもしれないが、よくわからないので放置していると何も言わずに帰って行った。別にいいよな? 一応ここは日本なんだし。
無駄に広い部屋だった、10畳以上ありそうな部屋の突き当たりは全面が窓になっており、カーテンを開ければ海の夜景が広がる。思わず見入ってしまいそうになる、海はいいよな。
ゆったりしたソファーがテーブルを囲んでコの字に並んでいて、天井には最新式のプロジェクションシステムが設置されている。時間が余れば映画でも見るかな。
入り口のすぐ横が小さなシステムキッチンになっており、冷蔵庫にワインセラー、レンジやオーブンまで完備している。炊飯器はあるかな? 冷凍庫に冷凍ピザと枝豆が入っているのはサービスか? 酒類もかなり充実している、ミネラルウォーターにソーダ、オレンジジュースまである。
小腹が空いていたので思わずナッツの袋を開けてしまう、アルコールはやめてオレンジジュースにしておこう。
集合時間は20時だからまだ2時間近くある、まずは窮屈な背広を着替えたいな、その前にトイレだ。
部屋の左右に扉がある、トイレは右かな、と思って扉を開けると広い部屋だった。パソコンやプリンタ、コピー機やシュレッダーまで整然と設置されていてまるでオフィスだ、セレブな実業家とかは休暇中にも株取り引きとかするんだろうか?
オフィスルームの隅にはユニットバスがあった。シャワーを浴びてジャージに着替える。
スーツのズボンが裂けてしまっているのに気がついた、足にもうっすら火傷のようなかすり傷がついている。どこかで引っ掛けたんだろう、一張羅の背広だったのに。
もう一つの部屋は寝室かな? 入ってみると想像以上に豪華な馬鹿でかいベッド、大きなクローゼットに立派な化粧台まである。
こっちの部屋にもバスルームがあり、広い風呂場には四人は入れそうなバブルバスの浴槽が設置されている。
一泊いくらするんだろう? 本当にホテル代が全部只なんだろうな、心配になってきた。
集合時間までまだしばらくあるので買出しに行ってみることにする、2階のショッピングモールにはコンビニもあるみたいだ。
ジャージ姿でホテルの中をうろうろするのもどうかと思ったが、俺以外にもジャージや浴衣を着ている客がいるので安心した。ドレスコードの指定があるような格式ばったホテルは別にあるらしい。
お目当てのコンビニは百貨店の食品売り場並みの品揃えだった。キャビア、トリュフ、フォアグラなんて高級食材まで並んでいる。
ここでの買い物はホテルのカードキーでもできるようになっていて、その分の支払いまで全て運営持ちらしい。どうせ只ならキャビア買ってみるか? 一度食べてみたかったんだ、でもそういうのも何か浅ましいよな。
とりあえず普通の食材とスポーツドリンクを買い込んで部屋に戻る。ビールが飲みたいところだが操縦の前はアルコールは自重しよう。
部屋に備え付けの炊飯器は国産メーカーの超高級品で、新品同様に見える。早速買って来た米をセットする、どれ程の炊きあがりになるか高級機の実力とやらを見せてもらおうか。
他にも恒温調理器や圧力釜など面白そうな調理器具が揃っている。キッチンつきのホテルなんて初めてだよ、海外の客は自炊するのかな? 食事に関してはアレルギーや宗教上の理由などいろいろありそうだしな。
8時10分前、パイロットカードを持ったのを確認して集合場所に指定されたホテルの5階に向かう。
エレベーターがなかなか来なくて焦る、コンビニに行った時はすぐ来たのにどうなってるんだ? 階段を降りる方が早くないか?
待ちきれなくなって階段を駆け下りる、豪華ホテルなのに階段は飾りっ気がない。空調も効いていないし照明も最低限で薄暗い、非常時以外は階段を使うことなんてないのかもしれないな。
降りて行くと大勢の人の気配がしてきた、7階と6階は広い観客席になっていて、5階のフロアを見下ろせるようになっている。
5階には見慣れた筐体が何十台も並べられている。上の階の観客席から観戦するんだろうが、筐体を見て楽しいか? 天井からは巨大スクリーンが吊り下げられているから、多分あれでプレイ内容を確認するんだろうが、別に携帯端末でネットの動画を見てればいい気がする。それにしても観客の雰囲気が妙だな、明らかにカジノの客やゲームマニアとは異質な連中が大勢いる。
すでに他のプレイヤーは全員筐体に搭乗しているのだろう、俺がステージの前でまごついていると観客の目が一斉に注がれる。恥ずかしいなあもう。
「こちらです、お急ぎ下さい」
ネコミミのバニースーツ? を着た女の子が筐体まで案内してくれる。
整った顔、声と口の動きのシンクロに微妙に違和感がある。この娘はアンドロイドだな、なかなかよくできている。
「どうぞ」
トレイに乗ったグラスを差し出される。中の液体はまったく揺れていない、素晴らしいバランス制御だ。
「アルコールは遠慮するよ。」
「スポーツドリンクです、運営が監視中のグラスですからご安心ください」
プレイヤーが変な薬を盛られないように無数のカメラで監視しているらしい。それでも抜け道はいくらでもあるだろうが、運営のアンドロイドなら下手な人間より信用できるか。
この娘がハッキングされている可能性もあるが、証拠を残さずネットワークに侵入するのは難しいだろう、そこまでのリスクを犯して俺を妨害するのは割があわない。それだけの技術があればディーラーのアンドロイドをハッキングしてカジノで稼ぎ放題だ。
階段を駆け下りて喉も渇いていたのでありがたく頂く。
「俺が勝ち残るのに賭けたいんだけど、できる?」
差し出されたトレイの上にポケットに入れてあったチップを全部置く。
「確かに承りました、頑張ってくださいね」
さすがはカジノ特区のアンドロイドだ、優秀じゃないか、これなら人間の従業員なんていらないぞ。それにしてもチップというのは恐ろしいな、オモチャのお金のような感覚で気軽に扱える。これがリアルマネーだったらプレッシャーが怖くて賭けられないと思う、換金すれば価値は同じなんだけどな。
筐体に乗り込むとシートが勝手に最適のポジションに微調整してくれる。シートのクッションが適度に硬くてなかなか座り心地がいい、いつものゲーセンの筐体より明らかにグレードが上だ。
ジョイスティックを動かした感触も全然違うな、早くリンクスを動かしたいぜ。
『遅刻は即失格なんですよ、ザック曹長。もう少し余裕を持った行動を心がけて下さい。』
ベティちゃんに小言を言われてしまう。
「おう、今日も頑張ろうな。」
カウントダウンが始まり、20時になった。本当に結構ギリギリだったな。
スクリーンがステージ中央を映しているカメラに切り替わった。スポットライトを浴びながら見覚えのある顔が登場する。
「さあ、お待ちかねの皆様、8時になったヨ。兵士諸君は全員集合したかしら? 司会はもちろんこの私、みんなのアイドル、戦場に咲く一輪の薔薇、アリサ大佐よ。それじゃあいってみようカシラ?」
アリサ大佐、ノリノリじゃないか。船で見た時よりさらにテンションUPしている。
「まずみんなが気になってしかたがないルールを説明するわね。勝負の形式はバトルロイヤル、予想していた人も多かったんじゃないかしら?」
予想してたよ。ボッチの俺には不利だが、ひたすら逃げ回ってやるぜ。
「戦いの舞台は今回特別に用意された特設ステージよ、兵士諸君は何をしても自由。仲間と組んで共同で戦ってもかまわないわ、ただし、勝ち残れるのはスコアポイント上位16名だけ、逃げ回って生き残るだけじゃ勝ち残れないわよ。」
なるほど、そのルールなら仲間と組めば分け前が減るわけだ。共同作戦だとスコアポイントはダメージベース+トドメとかMVPとか、まあ、とにかくややこしい分配式でごっそり減ってしまう。ソロだと獲物を独り占めにできるメリットがあるよな、不利とはいえないかもしれない。
「なお、今回は生還ボーナス以上の高得点が得られるターゲットをマップ上に多数放流しています。要するに、スコアをガンガン稼いじゃえば撃墜されても全然OK! みんな死ぬ気で頑張れ!」
観客席から歓声が沸き起こる。要するに高得点のザコ敵も配置してあるから取り合いしろってことだろ? 状況次第では死んでもOKなのか、消極的な逃げ回り作戦を封じるためのルールだろうな。
「17位以下になったパイロットさんたちとわぁ、残念ながらここでお別れなんですけどぉ。特別におみやげがありますよぉ。行列のできるナニワの名店、カタル寿司の限定バッテラをもれなくプレゼント。サバイバルだけにサバ・イバルなんちゃって。」
会場は凍りついた。アリサ大佐渾身のギャグだったんだろうが、力いっぱい滑ったな。俺としてはこういうヒネりのあるダジャレも嫌いじゃないが、観客にはほとんどウケなかった。バッテラが大阪名物のサバ寿司だと知らなければ面白くもなんともない、外人の客にはハードル高すぎだろう。
美味いバッテラとやらを食べてみたい気もするが、ここは勝ちに行くぞ。