ログタイムショウ
『17時より船内イベントホールにて歓迎レセプションが開催されます。“ガーディアントルーパーズ”のパイロットの皆様はふるってご参加下さい。』
船内放送が繰り返されている、5時までもう10分もない。参加はしたいんだが船内マップをいくら確認してもイベントホールというのが見当たらない。多目的ホール鳳翔の間というのがあるが、多分これだろうな?
軍人っぽいコスプレをした連中が結構いる。揃いの制服をビシっと着こなしている美女たちはイベントコンパニオンさんだろうな。華やかな職業に思えるが、一日中立ち仕事で笑顔を絶やさずいるのもそれなりに大変だろう。
大半がバイトの女子大生だと聞いたことがあるが、最近は美容整形の技術が発達して美女のディスカウントが酷いらしい。コンパニオンのバイトといっても最低賃金に毛が生えた程度で、整形にかかった費用なんぞとても回収できない、儲けてるのは整形外科医と派遣事務所だな。
整形美女が増えすぎて最近じゃ整形をしていない女性の方が「個性的」とか「天然物」とか言われて人気があるくらいだ。蓼食う虫も好き好きというのもあるが、人工的な美しさがいいのならアンドロイドの方が理想的だからな。
船内カジノでは見かけなかったが、特区に行けば最新モデルのアンドロイドがたくさん見られるだろう、少し楽しみだ。船内でアンドロイドを使ってないのはおそらく僅かな揺れが常時続くとスタビライザーに過剰な負担がかかるからだ。消耗パーツの寿命が大幅に縮むしメンテのコストだって馬鹿にならない。
中学の時に貯金をつぎこんで40センチサイズのトイアンドロイドを組み立てたことがある、部品の耐久性が低くて毎週のようにパーツ交換をしていたのを思い出す。今でも実家の押入れを探せばどこかに埃をかぶっている筈だ。最近じゃずっと高性能な完成品のオモチャが雑誌の付録になったりしているが、当時の俺にとっては宝物だった。
その後、俺はロボットエンジニアを志し、二流の工業大学を出て、今じゃブラック企業の社員か。俺の人生、どこまで落ちていくんだろうな、老後のことなんて想像したくもない。
だが、まあ、しかし、夢中にパーツを弄り回していたあの頃、少年の日々の思い出は今の俺に残された数少ない大事な宝物だ。あの頃は未来に無限の可能性があると本気で信じてたんだ、人生が終わる時に走馬灯が見えるならあの時の幸せな気持ちを思い出しながら逝きたいな。
完全に迷子になってしまったので適当に見当をつけて進んで行く、コスプレイヤーの多い方へ行けばそのうち会場に着くだろう、多分。
階段を上ったり降りたりしているうちに機関室のような場所に迷い込んでしまった。明らかに関係者以外立ち入り禁止ゾーンだよな。
焦って賑やかな方へ向かうが、機関区はまるで立体迷路だな。熱いパイプの間をおっかなびっくりですり抜ける、完全に迷子になった気がするぞ。
そうこうするうちに、非常階段の下の狭いスペースでむさ苦しい三人の男たちの着替えシーンに鉢合わせしてしまった。
布で包んだ銃らしいものを見て一瞬ぎょっとするが、彼らもコスプレイヤーなのだろう。油まみれの作業着の上に防弾チョッキを着込み、腹巻のようにダイナマイトをぐるぐる巻きにテープで貼り付けるのに悪戦苦闘しているところだった。軍人と言うよりテロリストのコスプレだな。
この人たちもイベントのスタッフだろうな、可愛そうに下っ端の男たちには着替える場所も用意してもらえないのだろう。上の人間からすれば些細なことなのかもしれないが、こういう軽い扱いの一つ一つに心がごっそり削られていくんだよな。彼らの表情からは人生の悲哀すら感じられる、こんな情けないシーンを部外者の俺なんかに見られたくなかったろうにな。
「あ、失礼。ご苦労さまです。」
笑顔で温かく声をかけてみる。
「はあ、どうも。」
男たちは恥ずかしそうに顔を見合わせて力なく笑った。覇気のかけらもないな、こんなのでテロリスト役が務まるのだろうか?
非常階段を上がるとステージ裏への入り口があった。ウレタン製のスキュータムの着ぐるみを着た外人さんが俺に気づいて慌ててヘルメットをかぶる。動くと関節に皺がよるが、結構よくできた着ぐるみだ、どんなイベントになるか楽しみだ。
やはりこの先が鳳翔の間で正解だったようだ、入り口では軍服姿のコンパニオンさんたちが受付を始めていた。誰でも入れるみたいだが、パイロットカードを提示すると一回り大きい紙袋を貰えた。
広いホールの中は結構ガラガラで、100人程しか人がいない。ジミー君はまだ来てないようだな、そもそもあいつ来るんだろうか? 彼女とやらとのデートに夢中でそれどころじゃない気がする。
座席の配置はまるで映画館だ、実際に映画館としても使われてるのだろう。全ての座席をアコーディオンのように収納できる構造で体育館としても使えるようだ、天井に折り畳まれたバスケットゴールが収納されている。
最前列の席まで降りれば本当の床だ、右側の壁には丸い舷窓が並んでいて、一番前の舷窓は非常口のハッチに取り付けられている。覗いてみると可愛らしいプールがある小さな甲板に出れるみたいだ。扉はロックされていて普段は出られないみたいだな。
空は藤色でなんとも美しい、海で見る空がやたら綺麗なのはやはり視界が広いせいだろうか? 周囲の船や建物には灯りがすでにともり始めている。
丁度一番ドラマチックな時間帯だな、このクソ寒いのに空港側の岸壁ではカップルたちが等間隔に並んで海を見ている。いや、別に暮れなずむ海を眺めるのはかまわないんだが、見事にカップルしかいない。一人で海を見てる勇者が一人もいないとはな。
釣り船がすぐ近くまで近づいて釣り客たちが竿を下ろしている。浮きがチラチラ発光して幻想的な雰囲気だ、何が釣れるんだろうな?
何やら汽笛のような音がすると思っていたら船がゆっくり動き始めた。出航か? 座席の方向と逆に進み始めたので驚いた、船の前後を勘違いしていたようだ、ここからじゃ船首も船尾も見えないからな。座席が進行方向と逆向きなのは船が衝突した時の安全性を考えているのか? 船が大きいせいか思ったほど揺れない、外を見てなかったら出航に気づかなかったかもしれない。
そろそろイベントも始まりそうだ、舞台に軍人っぽいコスプレをしたコンパニオンさんの一人が上がっている。
まだまだ空席が多いがそれでも半分近くは埋まっている、200人以上、300人未満というところだ。招待されたプレイヤーは50人程らしいから、他は見物に来た一般のお客さんかな? やっぱり外人さんが多いな。
急いで空いている最前列の席の一番端に座る。俺としてはもっと後ろの席がよかったのだが、今更全観客の前を横切って上への通路まで行く度胸はない。
「皆様、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。私が本日の司会を務めさせていただきますアリサ大佐であります。」
肩まであるピンク色の髪をかき上げながらわざとらしく敬礼したのは、背の高い美人さんだ。
まあ、会場にいるコンパニオンさんは全員美人でスタイル抜群なのだが、このアリサ大佐とやらは特に存在感があるな。髪の毛は明らかにコスプレ用のウィッグだろうが、顔立ちが特徴的だ。コーカソイドの精悍さとモンゴロイドの柔和さをいいとこどりした感じだ、ハーフかな? 喋りは完全に日本人だ。
少々鷲鼻なのは好みが分かれそうではある、簡単な整形で修正できそうなのにもったいない気もする。生まれつき美人な人の中には自分の顔に誇りを持っていてプチ整形すら嫌がる人もいるからな。鼻のせいで随分気が強そうに見えるが、偉そうな上官役ならちょうどいいかもしれない。
「どうしたの? みんな元気ないわね? 私は大佐様よ。そう、とても偉いの。みんな私の命令をよく聞くのよ。」
芝居がかったノリと大げさなジェスチャーでアリサ大佐が頑張っている、おそらく彼女は劇団の見習い俳優か何かだろう、素人にしては演技が上手すぎるが、プロにしてはアドリブが下手糞だ。客席から少しだけ笑いが起きるが、大部分の客は置いてけぼりだ。
ヒーローショーのノリで突っ走るには客層が悪いだろう、俺が司会だったらこの白けた空気には一秒も耐えられないだろうな。だがアリサ大佐は顔色一つ変えずに司会を続けていく、いい根性してるぜ。
「アルカディア傭兵団の勇猛なる戦士諸君! 諸君には戦場に到着次第さっそく腕試しをしてもらうことになるだろう。戦いのルールは諸君らがコクピットに座るまで秘密とさせてもらうが、いまだかつて経験したことのない壮絶な戦いになるだろうとだけ言っておく。」
特別ルールで戦うのか、面白そうだが俺の場合は近接戦闘以外がまるで駄目だからな、下手をするといきなり敗退なんてことにもなりかねない。
「戦いの後には盛大な宴会を準備しているから楽しみにしていてくれたまえ、ただし、招待するのは勝ち残った16名のエースパイロットのみだ。」
周りの連中が一斉に携帯端末をいじり始めた。ああそうか、こいつらはカジノの客だった、勝ち残るパイロットに賭けるつもりなんだ。
貰ったチップを換金するのも面倒みたいだし、いっそ全部自分に賭けるのもいいかもな。少なくとも勝敗をディーラーに委ねるよりも、自分の力で勝ち取る方が納得できる気がする。オモチャみたいなチップを見ているうちに、こんなものを賭けたところで大したプレッシャーにはならない気がしてきた。
参加者が50人だとして、今日の戦いで16人に絞り込まれるわけだ。だいたい三分の一か、宴会もあるなら時間も限られてくる。一試合してスコアの高い者から16人? バトルロイヤルの可能性もあるな。まあいい、とにかくやれるだけやってみよう。
一瞬、殺気のようなものを感じた。やる気になった他のプレイヤーからの視線かとも思ったがそんなものじゃない。何か、本気の、恐ろしい狂気のような。
「う、うごくなっ。この会場はわ、我々、環境保護団体、地球の味方団が占拠したっ。」
突然、舞台の暗幕の影から飛び出した目出し帽の男が、アリサ大佐に拳銃を向ける。大部分の客たちは何かのアトラクションだと思ったようだが、ホールのそこここから沸きあがったすごい殺気は一体何だ?
これはヤバそうだ、ひょっとして本物のテロリストなのか?
地球の味方団といえば数年前に変電所に侵入して感電死した事件があったのを覚えている。お笑いテロリストとして掲示板のネタになっていたが、本物の武器を持って目の前にいれば結構怖いもんだな。
目出し帽の男は、さっき階段の下で着替えてた三人の中にいた気がする。殺気立っていて雰囲気が少し違うが、作業服の袖の油汚れに見覚えがある。
作業服の上に防弾チョッキを着て、その上にダイナマイトっぽい筒をテープでぐるっと巻きつけている。自爆テロでもする気か? 爆発したら防弾チョッキを着ていても全身バラバラになると思うんだが。
銃は見るからに安っぽい自動拳銃タイプだが、ボロっちいところがかえってリアルに見える。
ゲームでリンクスを操縦している時なら拳銃などどうってことはないんだが、さすがにリアルだと銃弾を避けるのは無理だしなあ。
拳銃より怖いのがダイナマイトだ、爆発したら部屋ごと吹き飛ぶんじゃないか?
今のところ皆はイベントと思ってるみたいで落ち着いている。パニックになったらやばいよな、一斉に出口に殺到したら逃げ場がなくなる。
いざとなったらさっき見た非常口から逃げようか? 他の二人のテロリストはどこだろうな、最前列だから後ろの様子は見えない、目立つから振り返るわけにもいかない。
アリサ大佐は顔面蒼白で固まっている、まあ、只のコンパニオンのお姉さんだしなあ。この状況で立っているだけでもたいしたもんだ。
一瞬、テロリストの男と目が合ってしまった。やばいな、俺はさっきこいつの顔を見てるんだ。
男は俺に気づいたみたいだ。
「お、おい、そこのお前、ゆっくりこっちに来いっ。」
指名されてしまった。しぶしぶ立ち上がって歩き出す。
男の手が震えてる、瞬間的に今がチャンスだと悟った。戦場に訪れる一瞬だけのチャンスだ、考えたり迷ったりしている奴はせっかくのチャンスを取り逃がす。
気がついた時には非常口にダッシュしていた。テロリストの殺気が膨れ上がり、銃が発砲される。
案外チャチな銃声だな、反射的に軽く左に飛んで避ける。発射されてからじゃ間に合わないが、トリガーが引かれるタイミングに合わせて30センチも動けば当たらない。怖いのは相手の射撃が下手すぎることだな、避けた方向に弾がそれてたらヤバい。
まあ、ガトリングガンじゃないんだ、単発の拳銃は点の攻撃だ、素人が射っても動く相手に当てる方が難しい。
男もそれを悟ったのかパンパン手当たり次第に射ってきた。こうなると運次第だが、まあ、弾に当たり難い回避パターンというのは存在する。ゲームで毎日のようにやってるんだ、自然に体は動く。
8発で弾切れか、リアルの拳銃なんてこんなものか。
次の瞬間、客席の方から別の銃声がした。慌てて横にジャンプするが今更動いても遅い、だが、体はどこも痛くないな。
顔面を撃ち抜かれて倒れたのはテロリストの男だった。射ったのは客席にいた男で、樹脂製のオモチャのような銃を素早くコートの下に隠すのが見えた。距離を考えれば恐ろしい腕だ、プロか? プロなのか?
「あ、て、敵のテロリストは、我が軍の特殊部隊によって無事排除されました。」
アリサ大佐の言葉に拍手が巻き起こる。まさか、今のはアトラクションだったのか? 必死で避けてた俺が馬鹿みたいじゃないか。
その場にへたり込む、リンクスと違ってリアルの俺はこの程度でスタミナ切れだ。大事な試合前に無駄に精神力と体力を消耗してしまった。
アリサ大佐は引っ込んで、着ぐるみのスキュータムが二体、舞台の上で何事もなかったようにチャンバラを始める。倒れているテロリスト役はタンカで運ばれて行った。
テロリスト役はあと二人いた筈だが、彼らの出番はなしか、俺のせいで段取りが狂ってしまったのかもしれないな。それにしてもとんだ醜態を晒してしまった、芝居だとわかっていれば逃げたりせずにアリサ大佐を助ける真似くらいすればよかった。