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俺のロボ  作者: 温泉卵
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俺、西へ

「有給三日もとりたいですって、あんた社会人ナメてんの?」


 総務のお局様に睨まれて立ち竦む、すごいプレッシャーだ。これに比べたらレオに二刀流でボコられるのなんてどうということはないな。

 

「いや、だって、ここ数年有給使ったことないから。貯まってる、というか溢れてるんじゃないでしょうか?」


 有給なんて使ったのは入社した最初の年だけだ。上司に有給促進期間だとか言われて、実際に使ったらえらい目に会った。


「いいから男は黙って働け、でなきゃ簡単にクビよ。うちの社長は権利ばっか主張する社員が一番嫌いなんだから。」


 管理職と女子社員は休みまくってるんだよなあ、今なんてプロジェクトが動いてないから有給を消化するいい機会だと思うんだが。


 昨日、“ガーディアントルーパーズ”運営からクリスマストーナメント本戦の招待状が届いた。大阪の関西カジノ特区で三日間盛大にイベントをやるらしい、豪華ホテルの宿泊チケットから往復のリニアの切符まで同封されているという大盤振る舞いで、さらにカジノの10万チップ3枚がオマケに入っていた。

 

 よく考えれば別に有給じゃなくてもいいんだけどな、今月の給料よりオマケのチップ代の方がずっと多い。カジノで換金すればそのまま30万円になるからな、ついでに結構貯まってるスコアポイントも日本円に換金しよう。


「とにかくその日は休みますから、今は仕事もないんだし。」

 

「あんたがクビになるのは別にいいけどさ、労働基準法とか持ち出してゴネるのはやめてよね。こっちには弁護士の先生だってついてるのよ、会社と喧嘩して勝てるわけないじゃない。」


 ああ、そういえば田畑先輩がクビになって会社を訴えたらしいな。日頃からいろいろ証拠集めしてたみたいだし、バックについてるのが労働問題のプロ集団らしいし、果たしてどんな結果になることやら。


 まあそんなことはどうでもいい、あっしには関わりのないことでござんす。明後日からの大会が楽しみだ。

 

 

  

「近接さん関空までリニアで行くんスか?」


「応援に行きたかったが野暮用があってなあ、ネットで応援させてもらうよ。」


 ゲーセンでもトーナメント本戦の話題でもちきりだった。掲示板は見ていないがどこもお祭り騒ぎらしい、何しろゲームのイベントと思えないほど金がかかっている。

 

「やっぱ向こうの会社はやることが派手っスねえ、世界中から有名人とか招待されてるみたいっスよ。」


「やっぱり賭け試合なのかな?」


「特区じゃ合法っスからね、近接さんも自分に賭ければ儲かるっスよ。」


「怖いこと言うなよ。」


 俺は根っからの小市民だからな、賭け事に手を出す度胸はない。というか、自分に賭けるとか余計なプレッシャーがかかるじゃないか。


「あ、よかったら近接さんのリニアの座席番号教えて下さい。俺も一緒に行きたいっスよ。」


「あれ? ジミー君勝ち残ってた?」


「まさか、彼女の応援に行くっスよ。」


 ジミー君の彼女か、勝ち残ったってことは凄腕なんだろうが、今までそんな話聞いたことがなかったぞ。

 

「昨日ネットで知り合ったばかりっスから。」

 

 昨日って……まあ、なんでもいいや。とりあえず頑張れ。

 

 予約したリニアの座席番号を教える。関西空港が目的地なら国内線を利用する方が安いが、今回のリニアのチケットは向こう持ちだ。


 ジミー君は若いのに金持ってるんだな、俺だったら新幹線にするぞ。たかが数時間のために倍以上の交通費を使うなんて小市民にはできないのだ。



 

「さすがに速いな、ほとんど揺れないし。」

 

「近接さん、リニアは初めてっスか?」

 

「関西に行くなら新幹線か飛行機だなあ。」

 

 まあ、どちらも数回しか乗ったことはないがカッコつけて答える。

 

 俺が子どもみたいに流れる風景を楽しんでいる間、ジミー君はずっと携帯端末を弄っていた。例の彼女さんかな。これが若さというものか、ふとそんなことを考えてしまうのは、それだけ俺がオヤジになったということだろうか?

 

 豪華な限定リニア弁当を堪能している間に新京都についてしまった。中身はよくある幕の内スタイルの駅弁だったが、さすがはお高いだけあって美味かった、タダ飯だから尚の事だ。


 駅弁の容器はリニアの先頭車両をモチーフとしたデザインで陶器製、洗えば弁当箱として利用できるコレクターズアイテムだ。“ガーディアントルーパーズ”運営に対する俺の評価もウナギ登りだ、駅弁の手配までしてくれるとはな。ちなみにジミー君は軽定食のサンドイッチだった。

 

「新京都で乗り換えじゃないのか?」

 

「直行便っスから、このまま座ってれば関空までもう少しっスね。」

 

 カジノ特区のガイドマップにある座標が正しければ、特区の場所は淀川河口域の埋立地あたりの筈だ。関西空港で調べるとずっと南で和歌山に近い場所に印がついた、40キロくらい離れてるじゃないか。わざわざリニアで関西空港まで行って船に乗り換えて戻るのは遠回りなんだが。

 

「演出じゃないっスか? 特区まで豪華客船に乗って気分を盛り上げるっス。」

 


 淀川を越えると海側に高い壁が見えてきた、津波対策の堤防とされているが、まるで特区を隔離する長城のようだ。

 

「高さは18mあるっス、高圧電線が通ってて犯罪者も入り込めないっス、特区の治安は万全っス。」


 カジノの経営には有名どころのマフィアが絡んでいる、世界中から押し寄せたゴッドファーザーたちは金ヅルである特区内では治安維持に一役買っているらしい。

 

 だが、お行儀よくしているのは特区の中だけで、特区を囲むドーナツ状のエリアは世界有数の犯罪都市と化してしまった。


 リニアが速度を落としたため、街の異様な光景が目に付く。道路はゴミで溢れかえっており、マフィアが抗争でもしているのかバリケードが積み上げられている所まである。マフィアは絶対鉄道には手を出さないとわかっていてもちょっと怖い、一刻も早く危険地帯を通り過ぎることを祈るばかりだ。


 バリケードの様子を一応録画しておこうとしたのだが、この地区は撮影規制がかかっているようで無理だった。報道カメラマンがわざわざ旧式のデジイチを使ってるのはこんな時のためか、オークションで古いカメラがやたら高値で取り引きされてるから不思議だったんだよな。


 カジノ特区に隣接した地区に、マフィアの構成員やその家族が住み始めたのが発端だと言われている。次第に治安が悪化して住民がどんどん逃げ出し、日本人が逃げ出したあとに大量の密入国者が流れ込んでさらに治安が悪化した。負のスパイラルが加速し、あっという間にOSAKAはまっとうな日本人が住めない危険地帯になったのだ。


 高い堤防で特区を隔離した時にはすでに手遅れで、今では警察も入り込めないアンタッチャブルゾーンが広がっている。

 

 カジノ特区のもたらす莫大な経済効果の裏で、治安維持のための費用も膨れ上がっている。トータルではマイナスなんじゃなかろうか?


 特区を作った政治家はよかれと思ってやったわけだろうし、そんな政治家に投票した有権者達も景気がよくなって欲しかっただけだ。誰も悪くないのに結構大変なことになってしまっている、こういうのが民主主義の弱点という奴だろうか?

 

 柄にもなく天下国家のあり方について思いを巡らせているとすぐに空港島に着いてしまった、さすがはリニアだ。

 


「出国ゲートはこっちっスよ。」

 

「国内なのにパスポートがいるのか?」


 まあ、招待状に持って来いと書いてあったから持って来たけどな。パスポートなんて学生時代に一度使っただけだったから、探すの大変だったんだぞ。


「特区は法的には出国ゲート内って扱いっスからね、外人さんは入国審査なしで直行できるっス。」

 

 ジミー君が言ったことはよくわからんが、とにかく列に並ぶ。クリスマス前なので人が多い、ジミー君は相変わらずずっとメールをしている。


 ようやくゲートを抜けると、高速ムービングウォークに乗って移動する。金持ちそうな外人さんが大勢いる、日本人はわりと普通の格好だ、背広姿は俺だけじゃなかったので一安心だ。


 飛行機の待合ロビーを抜けてさらにどんどん進む、ジミー君は相変わらずメール中だ、そのうち痛い目にあうぞ。

 

 

「あれがスキヤキ号か、ふざけた名前なのになかなか豪華そうじゃないか。」


 ガラス張りの通路の向こうに白い豪華客船が見えてきた。以前は地中海航路で活躍していた船だそうだが、今は改装されて特区と空港島をひたすら往復している。


「スキヤキって名前つけたの外人さんっス、船板では炊いた肉号とも呼ばれてるっス。」


 フネバン? 乗組員か何かのことかと思ったら、船マニアの掲示板というのがあるらしい。炊いた肉というのはタイタニックのダジャレなのか。


「縁起でもない、簡単に沈みそうじゃないか。」


 ムービングウォークに乗ったまま船内に入って行く、便利だがこれじゃ風情がないなあ。

 

 彼女に会いに行くジミー君と別れて自分の船室を見に行く、1時間足らずの船旅にわざわざ船室まで用意してくれたらしい。

 

 小さな部屋を想像していたのだが、俺のアパートより広かった。ベッドにバスルームまでついている。料金票を確認してみると俺の月収より高い、この値段でも外国の金持ちとかが利用するんだろう。ちなみに、普通に乗るだけなら片道1200円だった、思ったより安いな。


 風呂なんて入っている間に到着してしまいそうだが、出航まであと2時間以上もあるのか。ふかふかのベッドで寝てしまってもいいが、せっかくなので船内の見物にでも行くとするか。

 

 まずは甲板に出てみる、結構風が強い。さすがに寒いので人影はほとんどない、夢中で飛行機を撮影しているカメラ小僧がいるだけだ。

 

 救命ボートの入ったポッドが無数に並んでいるのを確認。ちゃんと人数分用意されているので本物のタイタニック号みたいにはならないだろう。

 

 まあ、沈没なんてする訳はないが、こんな大きな船に乗るのは初めてなので一応確認しておきたかっただけだ。

 

 暖かい船内に戻って案内板を確認する。免税店の他にカジノもある、どうやらこの船内も特区扱いのようだ。


 気の早い客がすでにギャンブルを始めている、ここで負けてしまったらどうするつもりなんだろうな。

 

 カジノで負けて多額の借金を抱え込んでしまい、自殺したり犯罪に走る者は少なくない。ギャンブルの借金は自己破産もできないらしいからなあ。

 

 俺は絶対ギャンブルはしないぞ、何しろ小市民だからな。貰った30万円分のチップはそのまま換金してしまおう。

 

 と思ったのだが、どうやら貰った分はそのままでは換金できないチップのようだ。一度スロットでもやって換金可能なチップに変換しなくてはならない。

 

 儲からなくてもいいが、できればあまり目減りしないのがいいな。様子を見ているとシンプルなスロットマシーンでも何やら目押しのようなことをしている。テクニックで左右されるようなのは初心者には不利だよな。


 ルーレットは赤か黒かの確率は二分の一のようだが、見た感じディーラーが意図的に操作している。まあ、スロットとかだってカジノ側が有利になる設定にしてあるんだろうけどな。

 

 カジノ側が勝つようになっているなら、掛け金が少ない方に少しずつ賭けていけば勝てそうな気もするが、それ程単純でもないようだ。ギリギリになって賭けたりする客もいて、瞬時の判断が必要になる。ディーラーは大した判断力だ、コンピュータのアシストとかもあるのかもしれない。そこら中に無数の小型カメラが設置されているしな、最近マシンの視線に敏感になった俺にはわかるんだ。あるいはルーレット台そのものが優秀なコンピュータで、ディーラーの方が操り人形なのかもしれない。

 

 俺だってベティちゃんのサポートがあれば勝てるかもしれないな、賭けられたチップの総額を瞬時に計算するだけの簡単なお仕事だが、こういうのは人間様ではコンピュータには勝てない。


 まあ、船内では見ているだけにしよう。特区のホテルなら換金できないチップでも買い物に使えるみたいだからな、堅実にお釣り狙い作戦だ。

 

 

『17時より船内イベントホールにて歓迎レセプションが開催されます。“ガーディアントルーパーズ”のパイロットの皆様はふるってご参加下さい。』

 

 案内にはそんなイベント書かれてなかったぞ。面白そうだから参加したいが、イベントホールって一体どっち行けばいいんだ?

 

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