忍者は五月の蝿
クリスマスが近づいた街は電飾で賑やかに飾り付けられ始めた。
クリスマス商戦、経済活動の一環として踊らされているだけとわかってはいても、幸せそうな道行く人々を見て惨めな気持ちになっていたものだ。そう、去年までは。
今の俺にはリンクスがある。それ以上に何が必要だ? 胸ポケットに入っているパイロットカードを意識するだけで血湧き肉躍る。生まれて初めてのデートの時だってこれほどのときめきはなかった。
闘争本能を解放することこそが究極のエクスタシーを産む、生命とは闘争だ。安寧の家畜ではいかんのだよ、ヤマネコは生きろブタは死ね。
いかん、まだアルコールが抜けていないようだ、あれ程反省したのに昨夜も飲みすぎてしまった。試合前の緊張感との相乗効果で神経が妙に高揚している、心臓のドキドキが止まらない。
試合まであと2時間もない、六回戦は運営から対戦時間が指定されているのだ。トーナメントもここまで来ると対戦相手も少ない、マッチング相手を探さなくていいのはありがたいが、時間に遅れると不戦敗になってしまう。酔い覚ましに野菜ジュースをたっぷり飲む、頼むぜ野菜たち。ニンジンのビタミンAには動体視力を高める効果もあるらしいしな。
スポーツ選手は体調管理が基本らしいが、自分が体験してみると試合時にベストコンディションに持って行くのはなかなかに難しい。特に禁酒が。
最近までほとんどアルコールは嗜まなかったというのに、トリスキーさんに誘われると何故か無性に飲みたくなるのだ。
試合30分前にトイレを済ませてゲーセンに向かう。酔いは醒めたと思うが、喉も渇いたので念のためにスポーツドリンクを飲んでおく。少しでも血中のアルコール濃度を下げるのだ。
ゲーセンにはすでにトリスキーさんたちが応援に駆けつけてくれていた。
筐体が1台、俺のために確保されていた。なんでも朝からここのスタッフがコントローラを新品に交換して調整してくれていたそうだ。ボタンの反応が多少悪くても誤魔化して使っていたが、新品とは実にありがたい。
早速乗り込んでCPU戦を始める、予定時刻になれば割り込みがかかって対人戦が始まる筈だ。
バスターソードでビームを切り払ってみる、問題ない、アルコールは抜けているな。
それにしても新品のコントローラというのは実にいい、笑ってしまう程正確に微調整できる。普段はハードが原因の細かい入力エラーは全てベティちゃんが自動補正してくれているのだが、やはりダイレクト感が違う。スタッフさんにはあとでよくお礼を言っとかないとな、まあ、勝つのが一番のお礼だが。
今日の武装はどうしようかな? どうせ使わないXキャリヴァーは外して行こう。バスターソードと38銃でいいかな。
銃剣として装着するために、ソードブレイカーとショートサーキットを両足のラックに装備しとこう。
ショートサーキットは先日の対戦でゲットしたレア武器で、ソードブレイカーのビームソード版といったところだ。
見た目はビームナイフだが分類上はシールド扱いなので攻撃力は低い、ただし特殊効果としてビームソードに特化した武器破壊性能を持つ。
敵が実剣ならソードブレイカーでへし折る、ビームソード使いならショートサーキットで破壊。まさに鬼だ、俺は近接戦の鬼となる。
大部分のプレイヤーは射撃戦重視で近接戦闘は最初から捨てているからなあ、武器破壊武器が役に立つ可能性は低いが、レオに斬り殺されることだけは避けたい、主に俺のプライドの問題で。
射撃戦で負けても諦めはつくが、得意の近接戦闘で負けるのはカッコ悪すぎだろう。相性が悪いとかキャラ負けしてるとか言った所で言い訳にしか聞こえない、それこそカッコ悪い行為だ。
せめてゲームの中でくらいカッコつけたいんだよ、オジサンとしては。
ステージ5が始まった直後、サジタリウスの開幕ビームを避けようとした瞬間に割り込みがかかった。
落ち着け、俺。準備は万全か? まあ、ベティちゃんに言っておいたから武装のミスはないと思うが。
くそ、またトイレに行きたくなってきた。これは緊張のせいだ、さっき行ったばかりだしな。
今度の特設ステージも五回戦と同様に森林だった。
前回より多少木々の間隔がスカスカだ、前回ステージの別の場所なのか、それとも似ているが別のステージなのか。
夕暮れの赤い空がドラマチックだが、太陽が見当たらない。日没直後の設定なのか? 太陽を背負って戦う作戦は使えそうにないな。
まばらに生えている木には要注意だな、中途半端に障害物があると却って回避しにくい。この大木は脆くて弾除けにもならないから尚の事だ。
『ターゲット急速接近、上空です。』
うあ、隠れる気もないのか、アクティブレーダー全開で突っ込んでくる。
それにしてもいきなり上空からとはな。
見慣れないシルエットの機体が高速で真上を通過しながらパルスビームガンを乱射してきやがった。
パルスビームガンはビームマシンガンとも呼ばれている。コマギレのビームを一斉射で10発近くバラ撒けるので当て易い武器だ。
しかも直上からの攻撃というのは初めてのシチュエーションだ。くそ、頭上は死角か、こんな状況なら前のフェイズドアレイセンサーの方がよかったな。
半ば勘でなんとか全てのビームを回避する。
敵機はジャンプではなく、明らかに飛行していた。
あれが噂の飛行タイプか、確かムスカとかいう機体だった。ムスカというのはラテン語でハエのことだそうだ。
軽量、高機動の偵察用の機体で、背中の小翼で短時間の飛行が可能。確かにハエっぽいな。
ガトリングガンがあればあんな奴ただの標的なんだが、38銃じゃなあ。まあ、飛び道具があるだけマシか、剣だけならどうしようもなかった。
奴の狙いは明らかだ、当て逃げで判定勝ちするつもりだろう。この戦い、1発カスっただけで負ける。
『ターゲット、ロストしました。』
ムスカはステルス性能もずいぶん高いようだ。パッシブスキャンだけでは追いきれないか。
どうする? こちらの居場所はバレてるんだ、アクティブスキャンを使うか?
いや、駄目だ、それでは奴の思う壺だ。いい手は思いつかないが、こんな時はとにかく相手のペースに乗っては駄目だ。
地形を見ながら慎重に移動する。こっちだってステルス性はそこそこ高いんだ、かくれんぼなら負けないぞ。
こちらの現在位置をロストすれば奴はアクティブスキャンを使うだろう。そうすれば奴の居場所はこちらのパッシブスキャンに引っかかる。不毛ないたちごっこだがそれでいい、イーブンの状況を維持するのだ。
『4時方向、また来ます。』
再度アクティブレーダー全開で飛んで来る、芸のない奴だな。頭上からのパルスビームのシャワーも二度目なら余裕で回避できる。
と、思ったらビームに紛れて変なの投げやがった。十方手裏剣だ、しかも刃がビーム。
『あの武器はデータにありません。』
「大丈夫。」
俺は忍者映画が結構好きだ、十方手裏剣の弱点ならよく知っている。
十方手裏剣は刀で簡単に弾くことができる、回転軸に沿ってはたけば素手でも容易に落とせるのだ。天下の八代将軍が言ってたんだから間違いない。
俺は少しも慌てず38銃を軽く振って手裏剣を叩き落とす。手裏剣はビームナイフを四本組み合わせたような構造をしていた、使い捨てるには勿体無い武器だな。
どうやらムスカの隠し玉はビーム手裏剣でネタ切れしたようだ、その後は同じような一撃離脱をひたすら繰り返し続ける。
俺はただ完全回避するだけだ、状況としては依然として俺が一方的に追い込まれているのだが、こういう勝負はメンタルがものを言う。負けたと思った方が負けなのだ。残り時間がなくなるにつれて、明らかに敵の方が焦ってきている。ドローだと双方負けだからな。
戦いの主導権は敵にあるだけに、焦ったら迷うだろうな。迷えば思わぬ判断ミスもする。
俺は無心になって回避に専念する、38銃すらわざと射たない。俺にとっては正確にロックオンされた方がむしろ避け易いのだ、敵さんには回避に気をとられず射撃に専念して欲しい。
何より相手には圧倒的な機動力がある、こちらから勝負をかけるとしたら1回だけ、時間切れ寸前を狙う。
残り10秒で敵が突撃して来た。おそらくこれがラストアタックだ。俺は38銃を構える、この一撃で決める。
突然、敵機が炎に包まれる、まるで火の鳥だ。これぞ、忍術火の鳥か。
今までの数倍の速度で急速接近して来る。ムスカのオーバーヒートの効果はどうやらスピードアップみたいだな。敵は最後に切り札を使ったか。
俺は急遽方針を変更、攻撃は中止して敵をギリギリまで引きつける。敵が至近距離からパルスビームを射ったその瞬間に横にダッシュ、さらにワイヤーアンカーで直角に方向転換して木に衝突するのを避ける。
火の鳥の術は見た目こそ派手だが、攻撃が直線的すぎる。タイミングさえ合わせれば避けるのは容易だった。
ここでタイムオーバー、俺の判定勝ちになった。
オーバーヒートのダメージがルール上どういう扱いになるかわからなかったのでちょっと心配だったんだが、普通に減点されるようだ。下手に使えば自滅ということだな。