熱血最強オーバーヒート
「五回戦突破おめでとさん、ネコミミオヤジ。」
「ネコミミで可愛くなっちゃって。」
「対戦動画見たっスよ、これからはネコミミさんと呼んでいいっスか?」
「ネコミミなんて見損なったぜ、アニキ。」
昨日の対戦の動画はすでにみんなに見られてしまっているようだ。再生回数がすでに八千を越している、自動編集で遭遇戦開始までがバッサリとカットされてしまっているため、俺が一生懸命デコイを作っているシーンが映っておらず、一番の見所が敵のリンクスⅡの一斉射撃だというのが悲しい。クリスマストーナメントの対戦動画はギャランティシステムの対象外なのがもっと悲しい。
仲間内では何故かリンクスのネコミミにばかり注目が集まっているようだ、俺はネコミミフェチという重い十字架を背負ってしまったのかもしれない。
「まあ、何はともあれ目出度いぜ。せっかく金曜なんだしパーっと飲もうや。」
トリスキーさんは何かと理由をつけて飲みたがる。
おいおい、俺は今来たばかりだぞ、まだ一回もプレイしてないんだぞ。
それに俺は土曜でも休みじゃないし、どうせブラック企業の社畜だよ。
まあいい、こうなったらとことん今日は飲んでやる。二日酔いで出社してやる。どうせ土曜に会社に出て来る管理職はいないしな。
ゲーセンからそう遠くない鳥鍋屋に皆で押しかける。トリスキーさんの知り合いが経営しているらしく、最近よく利用する店だ。騒いでも大丈夫な部屋を用意してもらえた。
とりあえずビールで乾杯する。
鳥鍋屋なのにカラアゲセットとビールで盛り上がるのがいつものパターンだ。結局皆でゲーム談義を楽しみたいだけなんだよな。
「ラジエータ設計図の落札価格が鰻登りですよ、今朝は2Mで買えたのに、10Mの壁を突破してまだ上がり続けてます。」
飲みながらも公式サイトのチェックを欠かさないのはホークアイ軍曹だ。この男、一流大学在学中に起業して今や上場企業の社長様だそうだが、少し、いや、かなりの変人だ。
ラジエータ設計図とはクリスマストーナメント五戦目の勝利者全員に配布された超限定アイテムらしい。当然俺も手に入れている筈だがまだ確認していない。
実はこれまでイベント等で配布されたアイテムがギフトボックスに結構溜まってしまっている。
一般的なゲームでは期限が過ぎたギフトアイテムはクリアされることが多いのだが、“ガーディアントルーパーズ”の公式サイトにはギフトは無期限に保存されると明記してある。システムとしてはどうかと思うが、プレイヤーにとっては実にありがたい。
使わないアイテムはできるだけ取り出さないことにしていたら、ギフトボックスの中身がいつの間にか100アイテムを超えてしまった。とはいえ、取り出してしまうと倉庫の空きが減るんだよな。まあ、ギフトボックスの容量も事実上無制限ぽいのでこのまま塩漬けアイテムが増え続けると思う。
本当は自分に必要のないアイテムは、スコアポイントに変えてしまうのがいいのだ。スコアポイントはカジノ特区のターミナルでリアルマネーに換金できる仮想通貨だ。“ガーディアントルーパーズ”ではゲーム内アイテムをオークションにかけることができる。オークションだけならゲーセンに行かなくてもネットから利用できるので、転売を繰り返してスコアポイントを増やしていく転売屋という人たちもいるらしい。
オークション機能はあるのに何故かトレード機能はない。俺は特に困ったことはないのだが、トレード機能の実装を熱望しているプレイヤーは多いようだ。まあ、実装されたら詐欺まがいのトラブルが続出しそうな気はする。
それにしてもラジエータ設計図が10Mで売れてるのか。
スコアポイント1kのレートがだいたい100円なので、10Mは日本円で約100万円になる。ゲームのアイテムに100万ってどうかとは思うが、最近じゃ他のゲームでも珍しくない話だ。
いや、まてよ、今売れば100万手に入るのか… 売ろうかな? 売っちゃおうかな?
「売りに出す奴はあまりいないだろうからな、転売屋も動いてるし多分まだまだ上がるぞ。」
「近接さんはもう使ったんですか? 設計図。」
「いえ、その、設計図って何か生産したりできるんですかね?」
「使用すると機体に特殊機能を追加できるんですよ、って、ちょっとは公式チェックしましょうよ。」
おっしゃる通りなんですが、最近歳のせいかすぐに寝ちゃうんだよな。エアコン壊れてて寒いし、ガスも灯油も高いし、冬場は布団に入って寝てしまうのが一番だ。去年の年の瀬は仕事が忙しくて社内に監禁状態だったことを考えれば、布団で眠れるだけで天国なんだけどな。
そういえば最近はネトオクもサボり気味だなあ。ギャランティシステムで簡単に稼げるのでチマチマ稼ぐのが面倒になったのもある。発送とかクレーム対応の手間を考えると割が合わないしな。その時間でもうワンプレイした方が確実に稼げる。
まあ、一番割が合わないのが会社の仕事だというのが笑えない現実だ。冬のボーナスが出ないどころか基本給も大幅に減らされてしまった。なんでも会社の危機を社員一丸となって乗り切るんだそうだ、社長もヒラも一律3割減給。ゲームで稼いでなきゃ家賃も払えず、危うく寒空の下を彷徨うところだったぜ。
「ラジエータの効果は大きく二つ、クールタイム全般の短縮と、オーバーヒート時の継続ダメージの軽減です。効果量は機体によって異なるみたいですね。」
「要するにビームガンが連射しやすくなるんですかね、剣で戦う俺にはメリットないよなあ。」
メリットがないどころか、相対的に俺は弱くなるじゃないか。敵のビームガンのクールタイムが短くなるのはかなり辛いぞ。
「オーバーヒートをそんなに気にしなくてよくなるんですよ、無茶いいじゃないですか。」
「俺、オーバーヒートしたことないから。」
部屋の空気が一瞬で凍りつく。あれ? 俺、また何か変なこと言ったか?
「嘘だろ、おい。」
「ちょっと激しく動けばすぐオーバーヒートするでしょ? 近接さんはあれだけの立ち回りするんだからヤバいでしょうよ。」
ふむ、いや、俺だってエネルギーゲージの下に熱量ゲージが表示されてるのは知ってるよ。あれはブースト移動とかするとピクっと表示が跳ね上がるよな。
でも俺は基本的にブースト移動は瞬間的にしか使わない。エネルギーゲージも熱量ゲージもすぐに回復してしまう、イエローゾーンにすら滅多に入ったことはない。
「普段からブースト移動してたら、いざという時ブースト移動に頼れないじゃないですか。」
「その理論はいろいろおかしいですよ。」
「近接さんがいろいろおかしいのはデフォだしな、今更驚かんよ。」
「ブーストなしであの動きだとしたら、リンクスってもしかしてチートな運動性能なんじゃ?」
どうやらラジエータは俺には必要なさそうだな、100万で売れるなら迷わず金にすべきだろう。こちとらいつ失業者になってもおかしくない身の上だ。
学生時代から愛用している年代物のスマホで公式サイトにログインする。まずはギフトボックスから取り出さないとな。
設計図をギフトボックスからドラッグし、格納庫にドロップする。
あれ?アイテムが落ちないぞ。
ギフトボックスを必死で確認するがゴミアイテムばかりで見当たらない。
格納庫内のアイテムをリスト表示にしてソートしてみてもどこにもない。
まさかゴミバコに放り込んでしまったか? そんな筈はない。それでも念のため確認するが、ゴミバコの中はやはり空だ。
背中にサーッと冷たい汗が噴出す。
「どうしたんだ、顔色悪いぞ。」
トリスキーさんが心配して声をかけてくれた。
「設計図が消えちゃったみたいなんですよ。」
「あ、設計図は格納庫にドロップすると使用扱いになりますよ。」
ホークアイさん、知ってたんなら教えておいて欲しかったよ。
オークションボックスに直接ドロップしなければ駄目だったみたいだ。でも貴重なアイテムなら普通は使用確認くらい挿むもんだろう。
「別にいいじゃないですか、六戦目突破を目指す人はみんな自分で使うでしょ。」
「オーバーヒート状態で戦闘可能なんてチートもいいとこですからね、これで我々は近接さんには勝てなくなりましたねえ。」
「ま、最初から俺たちに勝ち目はまるでなかったから同じことだがな。」
「自虐的すぎますよ、俺たちだって修行すればいつかは。」
「俺はなあ、動画を見て気づいちまったんだよ。この世には二種類の人間が居る、ビームを斬れる人間とそうでない人間だ。」
「違いねえな、悲しいけど俺たちパンピーは逆立ちしたってビームを斬れるようにゃなれないのさ。」
「だが近接オヤジ、忘れるなよ、選ばれし者には我らの期待を背負って勝つ義務があることをなあ。」
「そうだそうだ、絶対優勝してくださいよ。目指せ日本一。」
みんな一見カッコいい事言ってるようだが、酔っ払いがゲームの話で盛り上がってるだけなんだよなあ。
アイテムのことが気になったので、二次会には参加せずゲーセンに戻る。100万円は諦めるとして、せめてちゃんとリンクスに適応されていて欲しい。
「ラジエータの設計図? だったかな、ちゃんと適応されてる?」
どこで確認すればいいかわからず、結局ベティちゃんに聞くことになる。こうして賢いAIの普及が人間をますますズボラに堕落さていくんだな。
『適応済みですね、効果の詳細は未知数です。実戦でのデータ収集を提案します。』
実戦といってもゲームなんだけどな。
まずはCPU戦で様子を見よう。38銃装備で出撃だ。
38銃を連射してみると、確かにクールタイムが若干短くなっている。2発射ってた間に3発射てるようになったような感じだ。ビームガン使いには嬉しい効果だろうな。
連射できる分、エネルギーゲージの減りも多くなる。ジェネレータ出力の低い機体だとすぐにエネルギー切れになってしまうかもしれない。
今度は普段は一瞬しか使わないブースト移動を連続使用してみる。急発進、急制動を繰り返すとエネルギーゲージがぐんぐん減り、熱量ゲージが上昇していく。
以前どうだったか気にしたことがなかったので、違いがよくわからない。
ブーストの多用はやってみると案外悪くない、単純にトップスピードは上がってるんだからな。ただ、やはり制動時の隙が大きい。
ま、今日はテストなんだ、とにかくオーバーヒートまで持っていかないとな。別に難しいことじゃない。ブースト移動を続ければいいだけだ。
『オーバーヒート!』
「うん、わかってるし。」
『ですよね。』
機体が赤いエフェクトに包まれている。徐々にHPゲージが減っていくが、ブースト移動をやめるとゲージの減りは僅かになり、しばらくすると熱量ゲージがイエローゾーンに戻ってオーバーヒート状態が解除された。
なんだ、これだけのことか。
『もう一度お願いします。今度はオーバーヒート状態でターゲットを斬り付けてみてください。』
やれやれ、注文の多いベティちゃんだ。
背中のラックからバスターソードを外し、代わりに38銃を固定する。
片手で持てるバスターソードだと上手に交換装備できるんだ。Xキャリヴァーでこれをするには腕のパワーがいささか足りない、抜いた勢いで片手でXキャリヴァーを保持できるのはせいぜいコンマ数秒程度。その間に素早く38銃を背中のラックに固定して両手でXキャリヴァーを握りなおさなければならない。
完全に静止した状態なら成功するが、動きながらの換装は難易度が高い、失敗すると武器を落っことしてしまうことになる。
これでは戦闘中にXキャリヴァーの換装をするのはリスクが高過ぎる。38銃を投棄してからXキャリヴァーを抜くのが確実だ。
バスターソードを構えてブースト移動でクモ脚メカに突進する、いつもの癖でつい反射的に斬ってしまった。いかんいかん、オーバーヒートしてから斬るんだった。
ブースト移動で左右に激しくフットワーク、再びオーバーヒート突入。
新たなクモ脚メカに斬りつけると両断してしまった。斬ったというより力任せに叩き割ったような感覚だった。
「おいおい、パワーアップしてるんじゃないか? 絶対強くなってるって。」
『不安定ですがやはり50~80%程パワーアップしてますね。ジェネレータ出力も10%前後向上しています。』
オーバーヒートでパワーアップって、どんな熱血スーパーロボットだよ。
上手く使いこなせば面白そうだが、対戦相手も同じ能力を手に入れてるんだよな。
まあ、なんだ。怪我の功名というか、オークションで売り飛ばさなくてよかったかな。
俺も着実にゲーム廃人になりつつあるようだ。まあいい、廃人上等じゃないか、こうなったらとことんこのゲームを極めてやる。