タイガーVSバニー
瑞々しい新緑の森の中を足音も立てずに進む。分厚い落ち葉に覆われた地面の下は柔らかい泥炭層で、リンクスの足跡がくっきり残っていく。
クリスマストーナメントもいよいよ5戦目だ、勝敗は気にせず平常心で勝ちに行くぜ。勝つと思うな負ければ勝ちよ。
今回の決戦の舞台は初見の森林ステージだ。BGMをOFFにして聞き耳を立てているが、聞こえるのは木々を抜けて行く風のかすかな音だけで、その音も湿った地面に吸収されていく。実に静かな森だ。
生い茂る木々はどう見ても普通じゃない。トグロを巻いたワラビのような芽が地面を割ってそこここに生えている、どうやらこの森の木々はシダっぽい植物のようだ。
設定ではリンクスの身長は10mくらいのはずで、今はネコミミの分さらに少し高くなっている。そこから推定すると頭上を覆う森の天蓋の高さは20m近くもあることになる。
巨大シダ植物のジャングルステージだ。下草がほとんどないため、雰囲気的には熱帯のジャングルというよりよく手入れされた竹林に近いかもしれない。恐竜映画で見るようなジャングルに比べると地味な印象を受けるが、この方が戦いやすくていい。
このステージは太古の地球がモデルなのだろうか? まさか恐竜が飛び出して来たりしないよな。
パッシブスキャナには何の反応もない、つまり敵機はステルス性能の高い機体だということだ。今回の対戦相手はスキュータムではなさそうだな。
高性能な専用盾が使いやすくプレイヤーに人気のあるスキュータムだが、上級者同士の対戦ではステルス性の低さが泣き所になってきている。相手を見つける前に遠距離からの狙撃で撃墜されてしまえば自慢の盾も役に立たない。狙撃性能が高い機体といえばサジタリウスだが、こいつもステルス性能はイマイチなので今のところ狙撃最強という程でもない。
このゲームのゲームバランスは悪く言えば無茶苦茶、よく言えば自由度が高い。工夫次第でどの機体でも戦い方はある筈だ。
ネタ機体だと言われていたリンクスで俺が結構楽に勝てているのも、早い段階で実剣でビームを切り払えるようになったからだ。公開されている動画では切り払いを使いこなせているプレイヤーは今のところ俺以外に数名しかいない。リンクス乗りでは有名なピンクハンターさんだけ、他はレオ乗りに3人ほどテクニシャンがいる。
両手剣が基本のリンクスに比べると双剣を振り回せるレオは切り払いに向いている。二刀流だとカバーできる範囲が広いのでタイミングさえ合っていれば成功判定になりやすい。
一方でリンクスのXキャリヴァーなら大口径ビームも完全に相殺できるので、どちらが強いとかは一概に言えない。巨砲主義の相手にはリンクスが強く、弾幕大好きな敵にはレオの方が相性がいい、それだけだ。
まあ、俺はできるだけ大口径ビームは回避することにしている。回避すると思わせておいてたまに切り払いを混ぜるからこそ相手の意表をつけるのだ。いくらテクニシャンでも勝てなければ意味がない。
とはいうもののレオが強敵なのは間違いない、今回の敵さんがレオだったら嫌だなあ。今回は血迷ってメイン武器に銃剣装備で出撃して来ているので、二刀流のレオ相手だと近接戦闘はかなり厳しい。
一応虎の子のXキャリヴァーを背負って来ているので、いざとなれば銃剣を投棄してXキャリヴァーで戦うこともできるが、投棄は最後の手段だ。サンパチ銃はロストしてもたいして惜しくないけど銃剣として装着しているソードブレイカーまで一緒に失うのはもったいない。
その点ではバスターソードは実にいい武器だ、店売りで安く買えるので壊れてもロストしても気にならない。結局のところ武器は消耗品なのだ、チートな性能のXキャリヴァーがイマイチ活躍できていないのもロストすれば補充のあてがないからだ。
このゲーム、本来悩む必要のないことで悩まされることが多すぎる。対戦を重視するなら各機体の武装は固定にした方がよかったかもしれない。業界最大手のゲーム雑誌の最新号にもゲーム性が問題と辛口のレビューが並んでいた。“ガーディアントルーパーズ”はその手の雑誌に広告をまったく出さないからレビュアーは容赦ない。
ゲーム業界からすればいろいろ特異すぎるタイトルだからな、業界通のレビュアーはインカムがいくら伸びても開発費すら回収できないだろうと書いていた。要するに普通のゲームとは桁違いの開発費がつぎ込まれていて、1プレイ500円ではいくら大ヒットしても投資を回収するのは絶望的という話だ。
“ガーディアントルーパーズ”を開発した米国企業のバックに兵器メーカがついていることは結構よく知られているので、実はロボット兵器のパイロットを養成するためのシステムだという荒唐無稽な説まである。
俺はパイロット養成説は見当違いだと思う。ゲーム中には現用兵器っぽい味付けの実弾兵器も登場するが、どちらかといえばビーム兵器などのSFチックな武器が主流だ。いくらなんでもビームソードで戦う巨大ロボが実在するとは思えない。
パイロット養成が目的なら軍の内部でこっそりやればいい話だ。俺の想像ではこのゲームの裏の目的は将来のロボット兵器開発に備えた操縦システムのテストだ。
今では俺はコントローラを意識せずにリンクスを操縦している。どんなゲームでもやりこむうちに操作方法など特に意識しなくなるものだが、このゲームの場合特にそれが顕著だ。複雑極まりない操作も今では俺の脳内で無意識のうちに処理されている、俺は鼻歌を歌いながらコントローラをガチャガチャしていれば労せずに巨大ロボをリアルタイムで動かせるわけだ。
昔のSFならパイロットの脳に電極を埋め込んだりしてやっていたことを、AIのサポートがあるとはいえ普通のコントローラであっさり実現してしまっているんだ、これって結構すごいことじゃないか?
“ガーディアントルーパーズ”の全プレイヤーの操縦ログを解析すれば、本物のロボット兵器を開発するのにも結構役立つと思うんだ。何しろ毎日数万人のプレイヤーが情熱を傾けて鎬を削り続けているわけだしな。
兵器ってのは単価が高いからな、ただの戦闘機でも1機何百億って世界だ。そんな業界ならゲームの開発費くらいどこからでもひねり出せるだろう。あくまで俺の推測にすぎないが、それ程見当外れじゃないと思う。俺のプレイが兵器開発に利用されていたとしても別に忌避感はない、本当に巨大人型ロボットなんて開発できたらむしろ建設現場とかで大活躍するだろうしな。
気配を殺して抜き足差し足で森の中を進む。足跡だけは隠しようがないがそれは敵も同じだ、敵の足跡が残されていないか注意しながら歩く。
シダの巨木の梢を抜けてきた木漏れ日が、リンクスのグレーの装甲の上を踊る。木漏れ日がまるで虎縞のようだ、そういえば虎の派手な縞々は森の中で狩りをする時はむしろ迷彩効果が高いらしい。
「俺はトラだー、獲物を狙うー、トラだートラだートラになれー、猫じゃないー、猫じゃない猫じゃないー。」
即興で出鱈目な歌を口ずさみながら進む。プレイの直前にトリスキーさんとゲーセンの向かいの立ち飲み居酒屋で軽く一杯やったのがいけなかった。どうもおかしなテンションになってきた。
梅酒ソーダを飲んだだけだがアルコールは判断能力を低下させる。今の俺じゃ敵の弾を切り払うのは難しいだろう。何より戦闘ロボの酔っ払い運転は死亡フラグだ、今度から気をつけよう。飲んだら乗るな、乗るなら飲むな、だ。
『該当する楽曲データが見つかりませんでした。何というタイトルですか?』
なんだ、ベティちゃんは戦闘中に何を検索してるんだ? まったく変なところでも高性能なAIだよなあ。
「曲名は俺のロボはトラトラタイガー、作詞作曲俺、今作った。」
すでにどんな歌詞だったのかもよく覚えていないが別にいい、酔っ払いの歌なんてそんなものだ。ベティちゃんの妙なツッコミが入らなかったら歌ったことすら忘れていたに違いない。
『了解しました。』
自然に顔がにやけてきた、アルコールが入っているせいか大真面目なベティちゃんの対応が無性におかしい。よくできていても所詮はAIだなあ、冗談は理解できないか。
馬鹿なことを言ってる間に残り時間がなくなってきてしまった。敵も焦っている筈だがいまだアクティブスキャナを使ってこない。
そういえばネコミミにしたから俺だってアクティブスキャナを使えるんだよな。先に使って敵に場所を知られてしまうのは負けたみたいで悔しいが、このまま時間切れだと双方負けになる。よし、使うか。
その時、目の前の地形を見て天啓のようにいいアイディアが閃いた。まあ、本当にいいアイディアかどうかは実際に試してみないとわからないんだけどな。酔った勢いでやってしまえ、ゲームで負けても本当に死ぬわけじゃない。
ほんの一瞬だけアクティブスキャナを作動させる。敵の居場所はつかめなかったが、敵にはこちらがだいたいどの辺りにいるかわかった筈だ。今のを見逃すようなら大した奴じゃない、まあ、ここまで勝ち抜いて来た相手だ、大丈夫だろう、ちゃんと気づいたさ。
木を切って簡単なリンクスのダミーを作った後、急いで自分の足跡の上を逆向きに戻る。足跡がズレないように上手く重ねるのがポイントだ、酔っ払っているにしては上手くできたと思う。
少し戻った所で大木の間にワイヤーアンカーを張り渡して、足跡をつけずに近くの岩陰まで移動する。後はじっと隠れて待つだけだ。
しばらくするとパッシブスキャナが敵の接近を感知した。まんまと俺の罠にひっかかってやって来たようだ。
こっちは岩の陰にしゃがんでいるし、停止しているからまだ敵には感知されていない筈だ。万一感知されていれば終わっている、このゲームじゃ動きを止めるのは自殺行為だからな。
動いてさえいればビーム兵器が命中したとしてもダメージはかなり軽減される。二次大戦の時に某国が火炎放射器で飛行機を撃墜できなかったのと同じ原理で、ビームは一瞬だけかすめる程度ならどうということはないのだ。機体の装甲は微弱なバリアー的な何かで覆われてるようだしな。
逆に完全に止まった状態でビーム攻撃がヒットすれば、ビームの粒子を全て食らうことになる。装甲を貫通すれば大ダメージを受ける、下手をすれば即終了だ。
初心者プレイヤーがステージ2のザコ敵のビームですぐに撃墜されてしまうのは、動きを止めて慎重に敵を狙おうとするからだ。静止せずに適当に動き回っていればステージ2で撃墜されることはまずない。
普通のゲームならビームの当たり判定を計算して一定のダメージ処理をするだけなのに、このゲームでは強引に物理エンジンで処理してしまっているようだ。まさかビーム粒子の一つ一つまで計算してはいないとは思うが、それに近い処理がされている。きっと普段はゲームなんて作ったこともない技術者が作ったプログラムなんだろうな。
そんな馬鹿げた処理を力技でやってのけるコンピュータもたいしたもんだ。“ガーディアントルーパーズ”の各筐体には一昔前のスパコン並みの性能のCPUが内蔵されているそうだ、いくら安くなったといっても軽自動車並みの価格のCPUをゲーム用に使ってしまうんだからクレイジーな話だ。
筐体が全てレンタルなのも当然で、販売するとなると自家用ヘリが買えてしまう金額になるらしい。こんなだからパイロット養成装置だのと変な憶測を呼ぶんだろう。
案外、ゲームマニアの大富豪が道楽でやってるだけだったりしてな。個人資産が1兆円超えの死の商人ビリーレイス氏が“ガーディアントルーパーズ”関連企業のトップだと経済ニュースでやっていた。1兆って、毎日1億円使っても30年くらい遊んで暮らせるよなあ。俺だったら老後の生活費に数億とっておいて、残りを趣味に全額つぎ込むと思う。
敵の反応が鈍い、気づかれたかな?
気づかれてるなら今すぐにでも飛び出さないとやばい。じっと隠れている今の状態でビームをくらえば大ダメージ確定だ。
敵機が視界に入って来た。ウサミミだ、リンクスⅡだ。同キャラ対戦ならぬ系列機対戦か、リンクスとリンクスⅡでは機体特性がかなり違うから見た目以外あまり関係ないと思うけれど。
ウサちゃんの両肩の武装はシルエットから見てどうやらガトリングガンみたいだな、かなり嫌な相手だ。両腕に持っているのもひょっとしてガトリングガンじゃないのか? まさかのガトリングガン四連装だよ、どれだけガトリングガン好きなんだよこいつは?
ネタ装備とは笑えない、上手く使いこなせればある意味最強装備だろう。ここまで勝ち残って来た相手だ、弱い筈がない。
それにしても背中に装備している大きなバックパックみたいなものは何だ? あんな武装あったかな?
敵機は足跡のトリックに騙されたらしく、突然見当違いの方向をガトリングガンで掃射し始めた。
降り注ぐ弾丸の雨に木々が粉砕されすごいことになっている、敵機はゆっくり旋回しながら容赦なく森をなぎ倒して行く。
無駄弾を使ってくれるのはありがたいのだが、このままではいずれ俺もやばい。飛び出すタイミングを狙っていると射撃がやんだ。
ほんの数秒で森が扇形に刈り込まれてしまった。ゲームじゃなければとんでもない自然破壊だ。
どうやら敵は弾切れのようだ、ガトリングガンの欠点は一瞬で弾を射ち尽くしてしまうことだ。これはチャンスだ、俺のターンだな。
敵は背中のバックパックを地面に降ろすと何やら始めたようだ。あれは輸送用のコンテナだったのか、中身はガトリングガンの予備弾倉のようだ。
まさか、弾を補充する気か? 冗談じゃないぞ、あんな一斉射撃を何度もやられてたまるものか。
リロードを阻止すべく飛び出す。敵はこちらに気づいたようだが黙々と作業を続けている。まるでベテランの兵士のような落ち着きぶりだ、奴は自分が今何をすべきかよく理解しているのだろう。恐ろしい相手だ。
俺の剣が先か、奴のリロードが先か。
あ、俺の武器は剣じゃなく銃剣だったな、投棄してXキャリヴァーに持ち替えるべきか?
いや、そうじゃなくて、まずは射撃だ射撃。有効射程圏内なんだから命中しなくても威嚇くらいにはなるだろう。敵がビビってリロードをミスるかもしれないしな。せっかくビームガンを持って来たのに一発も射たないのは勿体無い。
ダメでもともと、当たれば儲けものだ。敵に突撃しながら狙いも適当に射ちまくる。
いや、まさかビームが敵に命中するとは思わなかったよ。ロックオンすらせずに射ったのに。
それにしてもサンパチ銃のショボいビーム一発で敵を撃破してしまうとはなあ。静止した目標に対してはビームの効果は抜群だ。
これからは戦闘中に絶対立ち止まらないようにしよう。
勝つには勝ったのだが、こんなに簡単に勝ってしまっていいのだろうか? 相手を斬らないとなんとなくやり残ししたみたいで不完全燃焼な気分だ。