俺は皆とキスをする
月の方から地球に突如飛来したUFO。いや、正体はわかっているから厳密にはUFOじゃないけど。
UFOってのは未確認飛行物体の略だからな。ウルトラフライングフォートレス? 違うか?
携帯端末で調べるとunidentified flying objectらしい。フライングのFしか合ってなかった。
とにかく宇宙海賊が好んで使う円盤タイプの突撃艇が飛んで来た。
なんたって俺は今や宇宙海賊王だからな。連中のメカにはかなり詳しくなったぞ。
その円盤に大海賊キリギリスの手下が伝令として乗っていた。大急ぎで飛んで来たもんだから、光学迷彩も省略しやがった。
ちょっと前なら大騒ぎになっただろうが、今や地上でのんびり空を見上げている人間なんてそういない筈だ。まあ大丈夫だろう。
UFOは地球の宇宙船より圧倒的に高速とはいえ、電波の方がずっと速い。
だからトリックスター星系との通信のため、月の転移門の両側には中継用に連絡艇を常駐させている。
重要なメッセージを受信したら、すぐに転移門を通過して知らせてくれる手筈だ。月から地球までレーザー通信なら二秒もかからない。
わざわざ地球まで飛んで来たってことは、通信じゃマズイ内容なんだろうな。嫌な予感がする。
半ば崩壊したビリーのホテル跡地を宇宙港として使っているので、伝令との面会用の施設もビリーに借りる。
それこそモニター越しで用件だけ聞けばいいじゃないかと思うんだが、直接顔を合わせるのが大事だって考える奴もいるからな。キリギリスの奴は昔気質の宇宙海賊らしく、なんかその辺もこだわりがあるっぽい。
海賊王としては、部下のそういうこだわりも尊重してやらんとな。でなきゃあいつら、すぐに反乱とか起こしそうだし。
わざわざ立派な服に着替えて会議室に向かう。ナポレオンが皇帝になった時に着ていたのよりお高い服だそうだ。なんか緊張してきたぞ。
「大親分てえへんだ! 銀河連邦の清掃船団が動きやしたぜ!」
伝令はキリギリスの手下だという地球人タイプの女だった。カリブ海あたりの海賊風コスプレをした、ボーイッシュな美女だ。リンリンが喜びそうだ。
宇宙海賊といってもあいつら普段こんな格好はしていないので、俺に忖度したんだろう。
忖度と言えば、奴の部下は人外の方が多いのに、ヒューマノイドタイプを送ってきたのも俺への忖度か。
外見が人間に近いタイプの宇宙人は、銀河のあちこちに結構いるみたいだ。
大昔に凄い文明を持った奴らがいて、自分達の姿に似せた生物をあちこちの惑星に放しまくった結果らしい。
それでヒューマノイドタイプ同士が仲がいいかというと必ずしもそうではなく、自分達こそがスゲエ奴らの直系の子孫だとルーツを巡って不毛な争いが絶えないようだ。
銀河連邦って争いを禁じてるんじゃなかったのかよ……
メッセンジャーの話が理解しやすいように、ビリーがスクリーンに星図を表示してくれる。
トリックスター星系……俺がそう呼んでいたせいで、いつの間にか正式名称にされてしまったようだな。忖度にも程がある。
そのトリックスター星系には七つの転移門があって、銀河のあちこちに繋がっている。
宇宙旅行のハブみたいな役割を果たしているんだな。
地球の月上空の転移門は、トリックスター星系の第五惑星トリックスターにある転移門とリンクしている。
現在使用されているのはそれを含めて三つだけっぽい。あとの四つは繋がっている先がすでに滅びた宇宙らしい。行っても無駄な袋小路ってことだな。
キリギリスからの緊急報告によると、第三惑星アルカナと繋がっているアルカナ星系とやらに、銀河連邦の清掃船が来航したそうだ。
清掃船とか戦列艦とかいろいろ好き勝手に呼ばれているが、要するにブラックホール砲を搭載した銀河連邦の主力艦のことだ。前にオリジナルリンクスの記憶で見た超巨大な宇宙要塞艦だな。
その清掃船はアルカナ星系で護衛船団と合流した後、トリックスター星系を経由して太陽系に攻め込んでくる計画みたいだな。
つまり今は単艦。戦艦の一人歩きなんて沈めてくれってなもんだぞ。
「それで、地球にはいつ来るんだ?」
そこが一番肝心なところだ。
キリギリスの奴、銀河連邦の作戦計画まできっちり入手してくれていた。あいつはできるキリギリスだ。
「早ければ一年後くらい、遅ければ千年後とかそれくらい?」
ビリーがクリスタル状の記録メディアを読み解いて解説してくれる。
アバウト過ぎる計画だな。銀河じゃそれが普通なのか?
「銀河中から船が集まって来るからね、なかなかスケジュールが合わないんだと思うよ」
無計画というか、銀河連邦って馬鹿だった。
「大型艦はとにかく質量が凄いからね。移動に時間がかかるんだよ」
転移は一瞬でも、転移門から転移門へは通常空間を移動しなければならないわけで、重いといろいろ大変なんだそうだ。
宇宙要塞が護衛を待たずに単艦で今から動き出したとして、トリックスター星系を通過して月の転移門までたどり着くのに一年程かかるってことか。
「なら今のうちに沈めちまおうか」
千年も待ってられないし、どっちにしろ護衛がいない今はチャンスだ。
アルカナ星系を戦場にしてしまって迷惑をかけるかもしれないが、まあ仕方ない。銀河連邦に所属している以上、アルカナ星系人も地球の敵だしな。
「いや、でもねえ。こっちもまだ戦力が整っていないし」
ビリーの言う戦力とは量産型バンダリアのことか? あんなのはハナから当てにしていない。
宇宙海賊連合のことだとしても、戦力的にはぶっちゃけ屁のツッパリにもならん。
「俺一人で行くよ。動力源をリンクスでぶっ壊せばなんとかなるだろう?」
宇宙要塞っぽいのをやっつける時のお約束だからな。というか、エンジンぶっ壊すかコントロールルームを占領するくらいしいかどうにもならんだろう? あんなデカブツ。
「それは、まあ、そうだろうけど。こっちから先に手を出すのはマズいんじゃない? 相手に地球攻撃の大義名分を与えてしまうよ?」
いじめられっ子の論理だな。そういう考え方だといじめっ子にカモられるしかない。
「相手は太陽系を消滅させようと動いてるんだぞ? 攻撃されるまで待ってたら終わるじゃないか」
「そりゃあそうだけど、たとえ勝ったとしても銀河の歴史にだまし討ちの汚名を残すことになるよ。銀河連邦を本気で怒らせることになりかねないし」
ビリーは頭がいいせいで、ごちゃごちゃ余計なことを考え過ぎるからいけない。
要は勝ちゃいいんだよ。
でもまあ、そうだな。いい策を思いついたぞ。
「かつて、銀河連邦を敵に回して戦った奴らがいた。オリジナルのリンクスとか使ってな。そいつらの残党は今でもまだ戦い続けている。今回清掃船とやらを沈めるのもきっとそいつらだ。地球は関係ないと思うぞ」
「あー、それボクが以前から考えてた作戦だよ?」
「なら問題ないだろう?」
リンクス一機で特攻することが決まった。
貧乏くじは俺一人だからな。反対する奴はいない。その筈だった。
「また、遠くに行かれるのですね」
誰にも告げずに出発しようとしたのに、ナージャちゃんに何故かバレていた。本当に何故だ?
「今度はちょっと時間がかかるかもしれない。まあ、大丈夫だ。俺が超強いの知ってるだろう?」
「私も一緒に戦えればいいのに」
ナージャちゃんが戦えば強いだろうな、豪運だし。タケバヤシなんかより余程頼もしい。
でも、正直言ってバフをかけてくれる方が有難い。
「地球で祈っててもらえると本当に助かるんだ。宇宙の彼方で迷子になっても帰る場所を見失わずに済むからね」
転移門に頼らないランダムワープでも、地球に戻れる可能性がかなりアップするらしいからな。
ナージャちゃんの豪運は、賽の目を彼女の望む未来へと導く能力だ。不可能は可能にできないようだが、可能なことであればどんなに確率が低いことでも実現できてしまう。まさにうってつけなんだよなあ。
ランダムワープは、銀河連邦製のスターゲートを使わず帰還できるという点で超重要だ。
「ご無事を祈ってます。ずっと」
突然首に腕を回され、柔らかい唇が押し付けられる。
咄嗟に回避しなかった自分を褒めてあげたい。
下手糞なキス? いや、こういうのは初々しいというんだ。
モテ期到来? いや、吊り橋効果? いやいや、ストックホルム的なアレだろうか?
俺が失敗すれば地球も彼女達も終わりだからな。
いやいやいや、ナージャちゃんはピュアでいい娘なんだよ?
そんな打算とかなしに、純粋に俺のことを心配してくれているに違いないんだ?
「この小娘! 抜け駆けは許さないって言ったでしょ!!」
ドヤドヤとリンリン達まで押しかけてきた。
まあ、リンリンは打算の塊だが、最初からそうと知っていればある意味付き合い易い奴ではある。
結局、女の子達全員とハグしてキスして記念撮影をすることになる。これで絆とやらは随分深まったかな?
旅立つ際にいつも思うことだけど、死地に向かう男の胸には綺麗なラブの欠片があればいい。それがたとえフェイクだとしても、そこはあまり重要じゃない。どうせ死ぬかもしれないんだしな。
考えてもみろ、訳の分からんことばかりほざく自己中な老害政治家達ばかり見ていたら、地球なんて滅んじまえってテンションになるからな。
ここで調子に乗って婚約なんかしちまうと死亡フラグが立って逆効果なんだよ。
賢い娘達だ。俺をやる気にさせるべく、完璧なヒロインを演じきってくれた。これで相当頑張れる。
ナージャちゃんはひょっとしたら本気かもしれない? いや、ないない。あんな若い娘が、三十路のオッサンに惚れるもんか。
いや、初心な娘は盲目な恋をしたりするからな。悪い男に引っかかって人生を棒に振るなんて、よくあることじゃないか。
でも、もし本当にそうだとすると、なんかもう勇気百倍って感じだな。もうそれでいいや。
自己暗示で、女の子達が全員俺にラブラブだという妄想をしてみる。
よし、超やる気出たし。
柿崎源五郎 二十九歳と十六か月 独身。
今回もサクっと地球を救ってくるぜ。
鹵獲船にリンクスを搭載して地球を発った。
月までたったの数時間。トリックスター星系をアルカナの転移門まで飛ぶのに十日ほどかかった。やっぱ宇宙は広いわ。
この鹵獲船は銀河連邦の艦船の中でも高速な部類だからな。逆に地球に向けて侵攻される場合も、その程度の時間はかかるってことでもある。
ここから先、アルカナ星系内はリンクス単機で行く。その方が発見されにくいだろう。
敵船にとりつくには転移門の出口で待ち構えるのが、宇宙海賊の常套手段らしい。
だけど銀河連邦だって馬鹿じゃない。転移門を通過する際には最大限の警戒をするんじゃないか?
それに今回の作戦は合流前に単独行動中の要塞艦を狙うことに意味がある。待ち伏せはできない。
安全な場所で安心している敵に忍び寄り、奇襲をかける。これだよ。
この作戦、長ければ数か月はリンクスに乗りっぱだ。まあ、のんびりできるな。
座席に長時間座り続けていると病気になるらしいが、前回も俺は平気だった。
ベティちゃんがナノマシンで健康管理してくれていたらしい。
ガリーナに輸血とかいろいろした際に、俺もナノマシンに感染してしまってたんだな。ベティちゃん曰く酷い粗悪品だったみたいだが、ナノマシンにナノマシンを改造させることで銀河レベルで通用する高性能なものにバージョンアップさせたんだそうだ。
せっかくだし、ガリーナ達には俺のスーパーなナノマシンを逆移植しておいた。
すでにロシア製サイボーグはほとんど死に絶えているらしい。良く分かりもしないで宇宙人のテクノロジーに手を出した奴らは馬鹿だろ。
敵要塞艦はトリックスターへの転移門目指してゆっくり移動を続けている。
その超巨大な船体は、光学ズームでもうここからでも確認できる。
一見ただの小惑星のようにも見えるな。所々に突き出している綺麗な円錐状の山が人工物であることを主張している。
アレに直接接近する軌道をとるのは良くないらしい。
敵のAIは接近する物体を脅威度別にフィルタリングしているんだそうだ。
「つまりアレだな。近づこうとしないで近づけば見つかりにくい?」
『だいたいのニュアンスはそれで合ってます』
ベティちゃんもいっぱしの口をきくようになったもんだ。リンリンあたりの影響か?
ナージャちゃんやベティちゃんがリンリンに汚染されていく……黒と白の絵の具を混ぜれば、出来上がるのは黒に近い灰色だ。おのれリンリンめ。
まあいい、敵に発見されてしまったら強襲に切り替えるまでだ。
慎重かつ大胆に、要するに適当にノリと勘で動くことにする。
ドキドキしながら忍び寄るのって面白いじゃないか? どうせ一度の人生、運が悪くても死ぬだけだ。スリルを楽しまなくちゃあ嘘ってもんだ。
『外装をオリジナルリンクスのデザインに変更したため、ステルス性能はむしろ低下していますが』
「いいんだよ。それも作戦のうちだ」
オリジナルリンクス、見慣れれば結構カッコイイと思う。ベティちゃんは不満なようだな。
たとえ発見されたとしても、遠当てを使いこなせれば宇宙戦だって余裕だと思う。あれって出現場所がターゲットからの相対座標みたいで、高速戦闘時の相対速度とか気にしなくて良くなるからな。
敵が幾万ありとても、一斉に襲って来なきゃ多分大丈夫だ。
ただなあ、リンクスを残して俺だけ瞬間移動してしまうとヤバイ。
生身の俺が宇宙に飛び出してもヤバいし、戦場に乗り手がいないリンクスだけ置き去りにしてしまうのもヤバイ。
常にリンクスと一緒に瞬間移動できればベストなんだよ。
多分だけど、使用する武器のイメージが大事なんだと思う。
あの時はきっと髭ジジイにデコピンするイメージだったから、俺だけワープしてしまったんだ。
つまりXキャリヴァーで敵をぶん殴るイメージなら大丈夫。きっと、多分、ぱはっぷすだ。
不確実過ぎてモヤモヤするが、学者センセイに言わせると不確実性こそが瞬間移動の原理らしいので仕方ない。
俺という存在は、今ここにいるかもしれないしいないかもしれない。宇宙全体に俺が微レ存? その可能性とやらを適当に弄ることでワープできるのではないかと言ってたな。
いや、そんな訳ないな。少し考えればわかる。学者って実は馬鹿なんじゃないだろうか?
宇宙船の航路を飛んでいる筈なのに他の船を見ない。どうも宇宙人には定期航路の概念とか無いらしいな。恒星間の交易船とかは年に数隻ってレベルみたいだ。
そもそも転移門の使用にも結構なエネルギーを消費するので、星間貿易はなかなか難しいらしい。
転移におけるエネルギーの消費は質量に比例するため、交易品としては軽くて価値が高いものが適している理屈だ。
質量がゼロの情報、つまりソフトウエアとかがいいんだな。そういうのは理想的な商品になる訳だ。
地球の歌や踊り、絵画や文学などは大昔から記録されて持ち出されていたようだ。
その他、動植物のDNA情報や魂なんかもな。
反面、重い物質を他星系に運んでもほぼ赤字になるらしい。金やプラチナですら大して儲からないという。
ちなみに宇宙海賊達が地球の各陣営に売りつけていた量産型スキュータムは、ほぼ全ての部品を太陽系内で生産していたらしい。現地生産のモンキーモデルだな。
リンクスはどこで作られたか不明だけどな。遠い宇宙のどこかだ。
ツノゼミンミンはオリジナルリンクスのレプリカなのは間違いないと言っていた。
おそらくだが、銀河連邦が戦勝記念のトロフィーとして作ったんだろう。
地球でも昔の貴族とかが狩った鹿の首をはく製にして飾ったりしているから、そういう感覚は理解できなくもない。
俺はオリジナルリンクスの記憶を覗いたからな。負けた側の無念も知っている。
長い年月の果てに、代打とはいえその思いが叶うんだ。ま、痛快じゃないか。
すぐ近くに見えているようでも宇宙ではかなりの距離があった。
一週間ほど宇宙を漂流して、やっと要塞艦にある程度近づけた。
「前に見たのより小さいぞ」
オリジナルリンクスの記憶で出て来たのはもっとでかかった。
時代が進んで小型化したか? 軽薄短小?
『質量は平均的な戦列艦より大きいですが? 球形に近い形状のため、最深部への階層数も増加していると推定されます』
ああ、そういえば内部は階層構造になってるんだよな。タマネギみたいなもんだ。
階層とか、ダンジョン攻略みたいで面白そうではある。
堅実に一層ずつ全ての重要施設を潰していくもよし、最短コースでひたすら最深部を目指すもよし。
アメリカ映画なんかだと、あの手のデカブツはラスト十五分でメインリアクターを破壊すればイチコロなんだが、現実の宇宙戦争はそんなに甘くない。
キリギリス情報だとメインリアクターだけで三桁は存在する。それはもうメインとは言わんよな。
リアクターをハジけさせればそれなりのダメージは入るだろうが、それが致命傷になるかといえば……果たしてどうだろうな?
まあ、サイズがサイズだし、あんなの外から攻撃してもどうにもならないから、乗り込んで暴れ回るしか選択肢はないんだ。
あの手の要塞艦を俺が沈めることができれば、前人未到の快挙だとキリギリスが言ってた。
真・宇宙海賊王の爆誕だな。
12月24日。アリサちゃんからのメリークリスマスなメッセージが届いた。爺さんからのクリスマスケーキもだ。
もちろん地球出発前から保管されていたものだが、退屈してきてたところなのでちょっと嬉しい。
去年の今頃も命懸けで戦ってたよなあ。そういえば、あれからもう一年たつのか。たった一年で地球が大変なことになるとは予想外だ。
俺個人にとってはこの一年は常に死と隣り合わせだったから、今更ピンチとか言われてもな。ずっとピンチだったよ?
総人口の半分以上が失われたことで、平和ボケしていた連中もやっと危機意識に目覚めてくれた。俺の方が意識高い系だったな。
馬鹿どもめ。まったく、核戦争まで起こしやがって。すでに死んでいった人達は、この世の終わりが来たと思ったことだろうなあ。
残された俺達だって、いずれ死ぬ。いつかは死ぬ。
そりゃあ死ぬのは怖いさ。
銀河連邦の処刑執行はもしかしたら千年先になるかもしれない。
何もしなけりゃ今生きている人間は天寿を全うできるかもしれない。
だが、ただ震えて待つのは違うだろ。
別に地球を守るために命を張るなんてカッコはつけない。
明日なき惑星のために戦ってやれるほど聖人じゃないしな。
俺はただ、やりたいようにやるだけだ。
目標はでっかい方がやりがいがあるって言うじゃないか。
直径700kmオーバーの宇宙要塞はかなりでかいぞ、狩りの獲物としちゃ立派なもんだ。どうせならもうちょい頑張って1000kmを超えて欲しかったけどな。
「まだちょっと距離があるけど、そろそろ仕掛けるか。幸いこの辺は宇宙ゴミとかもあまりないみたいだし」
『光学スキャンでは進路オールクリアです』
どんどん加速していけばそれだけ高速で接近できる理屈だ。小石に当たっても大ダメージになるのが怖いが、ベティちゃんの太鼓判も出たし、いっちょやったりますか。
「鍋奉行のいない食い放題の始まりだ」
カッコイイ台詞をニヒルに呟いてみるが、ベティちゃんには響かなかったようだな。
すでに視界一杯になった要塞艦に向かってどんどん加速していく。減速も同じくらい大変になるので、あまり調子に乗ってはいけないが……まあ、どうせ接近すれば戦闘になるだろう。その際にでも減速を兼ねた回避運動をとればいいことだ。
オリジナルリンクスの記憶では、無数の円盤に進路を阻まれて苦労していた。
今回は一機も迎撃機が上がって来ない。こっちが心配になって来るくらいだ。奴ら寝てるんじゃないだろうな?
仕方なく普通に減速を開始する。
要塞艦にとりつく寸前になって、やっと小型円盤が何機か飛び出して来たがもう遅い
対空ビーム砲座にもようやく火が入ったか。そんなもの、当たらないけどな。
「そのくらい見えるさ。今日の俺には敵がよく見えてるぞ」
ブルーベリー入りのケーキをたっぷり食ったしな。行くぞアントシアニンパワー!
腑抜けたビームを全て躱し、迎撃機の発進口からそのまま内部に滑り込む。
このタイミングで入り口を開くなんて、わざわざ敵を招き入れているようなものだ。罠か? それとも敵が余程アホなのか?
格納庫だろうか? 発進前だから円盤がぎっしり詰まっている。積み重なっている。食器洗い機の中みたいだ。
一応、軽くXキャリヴァーで撫でておく。一振りで三桁くらい? まとめてごっそり敵小型円盤が壊れていく。脆いな、脆過ぎる。
こんな格納庫一つ全滅させたところで、この船の戦力の何千分の一なんだろうがな。
それでも塵も積もれば山となる。略してチリツモ作戦だ。
残しておけば飛び回られて鬱陶しいだろうしな。楽できるときに楽して何が悪い。
敵の準備が整う前に中枢を目指すべき? そんな正論……もっともですよね。
ハッチを見つけたので、とっとと下の階層に抜ける。インベントリから核爆弾を取り出して格納庫に放り込む。俺からの置き土産だ。
キロトン級の核兵器が手榴弾感覚だな。これが宇宙レベルの戦いか。
ま、密閉空間で使えばそれなりに破壊力はある。便利は便利だ。
分厚い外殻層を抜けると、そこはジャングルだった。天井までの高さが数十キロの不思議空間。地平線の彼方まで見渡せば、天を支えている柱が何本も視界に入る。
銀河連邦の連中はなんで艦内で植物を育ててるんだ? 理屈じゃないのかもしれない。俺達だって受付ロビーには大抵観葉植物の鉢植えを置くもんな。様式美って奴かもな。
文化というものは、余所者から見れば珍妙なものだ。分からなければ無理に理解する必要もない。
「知る必要があるのは次の階層への通路の位置だけだ。あ、いや、重要施設があればその場所も知りたいな」
『二十キロ程先に、推進用リアクターがありますね』
ああそうか、そういう施設は当然表層付近にあるよな。
小手調べに潰してみるか? フライトユニットを装備してすっ飛んでいく。
天井を支える柱にはビーム砲座が多数くっついているのに、何故か撃って来ない。ひょっとしてまだ奇襲の効果が続いてるのか? だらしのない敵だな。
ふうむ、リアクターってあれか? 桃の種みたいな形の山が、天井を突き破って宇宙までそびえている。
エネルギーフィールドのようなものが星空めがけて噴き出していて、まるで火山だな。でも、この巨大な要塞艦を加速させるには、これでもちょっと頼りないかも。
リアクターは何階層も貫いて設置されているようで、周囲の隙間から下の階層が見えている。
この端っこ通れないかな? 一気に10層くらいショートカットできそうだ。
行きがけの駄賃に、リアクターにも切り目を入れて核爆弾をぽいぽい放り込んでおく。
一瞬、エネルギーフィールドがせき込むように揺らいだが、それだけだった。
これだけでかいと、この程度では機能停止に至らないか。
リアクターの構造を正しく理解して、適切な場所を壊せばまた違うんだろうがな。
難易度高けぇな、おい。
観測データを基にベティちゃんがこの艦の三次元データを更新していってる。
未踏査エリアの方がまだ遥かに大きいのでなんとも言えないが、仮に艦表面全体に均等に分布していると考えると、このクラスの推進用リアクターだけで三桁はありそうだな。
作戦変更だ。重要施設を全部壊すとかやってられん。
ブラックホール砲とやらをピンポイントで狙おう。
「ところで、ブラックホール砲ってどの辺にあるんだろうなあ?」
砲と言うからには、外から見える場所にありそうではある。少なくとも撃つ時には外に出て来る筈だよな?
『銀河連邦の最重要機密ですからね。どんな装置かすらわからないのですよ』
誰も見たことのない秘密兵器とか……まあ、秘密なんだしな。あるいはガセネタって可能性もあるのか?
考えろ、考えるんだ俺! 固定観念に縛られてちゃいけない、ぶっ壊すんだ常識って奴を!
映画とかでよくある自分を励ますアメリカ人的思考を試してみた。
馬鹿っぽいと思ってたけれど、やってみると案外悪くない。ベティちゃんに何か言われそうなので、口には出さないぞ。
よし、とにかく最深部を目指そうぜ。
そこに山があれば登り、ダンジョンがあれば潜るのが冒険者だ。理屈はいらない。
俺がいつから冒険者になったかって? HAHAHA! 男は誰も皆冒険者だぜ。バカだからいつも危険を冒している。おっと、バカはバカでも愛すべき方のバカだぜ?
はあ、やっぱりこの思考方法はやめようか。
テンションが高過ぎて無駄に疲れる。
やはり最深部を目指してみよう。こんなことをする機会は二度とないだろうしな。
無謀なことをしてるのは最初から百も承知。今更中途半端に命を惜しんでどうする。
前人未到の最深部に挑もうか。意味があるかどうかはわからんが、好奇心を満足させるってのは大事なことだ。
昔、ユーラシア大陸の西の果てには、好奇心は猫を殺すという諺があったらしい。
猫は好きだが俺は猫じゃない、果たして好奇心は俺を殺せるかな?