空飛ぶ円盤と紅蓮の台座
「他人を思いのままに操る超能力? アタクシの妲己ちゃんプレイを完成させるためにも、ぜひ欲しいわね」
リンリンがまた訳の分からないことを言っている。どうせまたアニメネタだろう。
今や趣味が高じて、リンリンは日本のアニメ業界のトップに君臨している。
地下シェルターでの避難生活もそろそろ半年、こんな非常時でもアニメ業界だけは空前の活況らしい。引きこもり生活が続いて皆が娯楽に飢えてるんだろうな。
「何がエスパーだよ。単に金と権力で従わせていただけだろうが」
センセイの反応はネット番組のコメンテーターとほぼ同じ。現在の世論とやらも妖怪ジジイを全力で叩いている。
日本の影の支配者とやらも、一度落ち目になると哀れだな。忖度しまくってた連中の手のひら返しは笑うしかない。
他人を操るエスパー能力それ自体は、そう大したことなかったようだ。なんだかんだで最後は金の力に物を言わせてたようだな。
政官財マスコミの四権全てを裏から支配か、そんなことして何が楽しかったんだろう? まったくご苦労さんなことだ。
「今やエスパーは世界中で出現しているわ。メルボルンで保護されたチャオリーは、豚肉を切り分ける能力者だったそうよ」
ランネイの話だけ聞くとえらく地味な能力だな。案外凄く役立つエスパーかもしれない。
豚縛りがネックだが、精肉業界に貢献できそうだ。ああ、でも今はオーストラリアでも家畜は激減してるのか。二本足の羊はヤバいな、凄くヤバイ。
「ロシアには有名な空を歩く人がいたのよ! 凄くない?」
スカイウォーカーか、英語だとカッコいな。陸上競技の世界記録を次々に塗り替えていたのに、エスパー認定されたせいで取り消されてしまったらしい。
動画を見ると普通に歩いてるみたいだな。奇妙でユーモラスでちょっと不気味だ。
うーむ、なんとなくできそうな気はしないでもないが……俺の方が難易度高くないか? 瞬間移動だしな。リンクスなら空だって飛べるし。
残念ながらこの人は去年戦死したそうだ。戦いは苦手だったか。
「インドにも昔、ロープで空に登っていく大道芸があったそうです」
ナージャちゃんまで、お国自慢?
大道芸はトリックじゃないか? まあ、全てはエスパーの定義が曖昧なせいだな。
俺にとってはエスパーだろうがどうだろうが、銀河連邦に抗える力であればなんだってかまわない。
ありふれた手品が戦場で強力な武器になることだってあるんだ。
さて、遠当ての術がそれなりに使い物になるのはわかった。
だが、まだまだだね。使いこなせてからが本番だ。俺の本気はこんなものではない。
襲撃事件の際に確認できたのは、遠当てを踏み込み過ぎると瞬間移動に化けてしまうってことだな。
さらに、図らずも生霊みたいなのがノコノコ出て来てくれたおかげで、遠くの敵に攻撃が届くことも実証できた。
問題は他の星まで届くかってことだ。届くよな?
何億光年も遠くにいる敵に攻撃すれば、当然ながら光の速さを超えてしまう。何故そんなことが可能なのか、アインシュタイン先生に聞いてはみたいけれど、既にお亡くなりだしなあ。
瞬間移動は移動じゃなくてワープだから別にいいのか?
遠い星から生霊で攻撃してくれば試せるんだけどな。そもそも生霊の方は光速を超えられるのか?
あくまで勘だが、多分できる。そんな気がするんだ。
本当に遠当ての技で銀河連邦の幹部連中をぶっとばせれば、地球は生き延びることができる。
強力過ぎる技だから使用条件がいろいろ厳しいのは仕方ない。
自宅にいながらラスボスを攻撃できるとか、ゲームだったらゲームバランス崩壊レベルだ。
本物のゲームにはもっと酷い隠し技とか用意されてるけどな。コマンド一つでラスボス即死とかな。当然、簡単過ぎるゲームなんて面白くもなんとも無い訳だが。
本来はデバッグ作業用に用意されているものだ。存在しない筈のバグを探し求めて延々と敵キャラと戦い続けるのは非効率的だから、即死コマンドを使う訳だ。他にも所持金マックスとかいろいろある。
無双プレイ好きのプレイヤーも一定数いるので、発売日から一定期間でチートコードとしてリークされるのがお約束になっている。
案外この世界は本当にゲームで、宇宙の創造主が用意したチートコードがエスパー能力だったりしてな。
「悪いけど、あんたのエスパー訓練には付き合わないぜ。寸止めできるかもわからんのだろう?」
新技の特訓相手を頼んだらセンセイに断られた。こいつは基本臆病なんだよ。本人曰く臆病だから今まで生き残れたそうだ。
遠当ては精神的なダメージも与えるみたいだし、確かに手加減は難しいだろうな。そこまで使いこなせていないからこそ練習したかったのに。
「あの、私、志願します。サイボーグだから死んでも死にません」
サイボーグでも死んだら死ぬだろう。でも、せっかくだしガリーナにドロイドを操ってもらうか?
いや、遠当ての精神攻撃っていろいろ未知数だし、ドロイドを攻撃してもガリーナ本人にダメージが通るかもしれない。
何が起きてもおかしくないので、ぶっ殺しても問題ない相手で練習すべきだ。そういうところが面倒くさいなあ、超能力って。
カニメカは……駄目だ。あいつら最近は凄く臆病になって、リンクスを見たらひたすら逃げるようになった。
攻撃して来る、殺意を向けて来る相手でないと、遠当ての発動は難しい。
超恨まれて、俺を殺したいと思わせればいいんだろうか? 乱獲はすでにやったし、これ以上カニメカに恨まれる方法とか想像もつかんな。
困った、敵がいない。敵がいないのは無敵ってことだし、まあいいことなんだが。
カニメカの星が駄目となれば、トリックスターの方はどうだ?
髭ジジイが宇宙海賊王になるとか言って制圧に向かってだいぶ経つ。今頃あっちの宇宙は戦国時代に突入していることだろう。バトる相手には事欠かない筈だ。
トリックスター星人に恨まれるようなことをしてから、地球に逃げ帰ればいい。生霊となって追ってきたら練習台にしてやる。
殺しても心が痛まないような悪党で、とことん執念深い奴がいい。そんな奴いるかな?
トリックスター星は地球の月と転移門で関連付けられている。あっちに行きたければ、まずは月まで行かなければならない。
結構遠いんだよなあ、月って。
待てよ。こんな時こそ瞬間移動じゃないか?
髭ジジイに貸した宇宙船をイメージして、そこまで瞬間移動できないか?
ふと思いついた。難易度は高そうだ。そもそも可能かどうかも良く分からん。
想像するだけで宇宙の彼方まで飛べるなら、転移門が必要なくなる。
銀河連邦の統治体制が土台からひっくり返るぞ。
うーむ……とりあえず集中力、コンセントレーションを高めていけば、なんとかなるかも。
集中力にはいささか自信がある。わかってきた、わかってきたぞ。
月に向かうのはやめだ。リンクスで格納庫の中をうろうろする。
あの宇宙船をできる限り正確に思い出し、えいっと空間を飛び越えるイメージで。
何百回となく繰り返す。途中でうっかり格納庫内で瞬間移動を暴発させたりもした。
目を開けていると見ている場所に影響され易いようだ。
かといって目を閉じてやると、実家の近くの山にワープしたりする。
住民は皆避難していなくなっているけれど、意外にそのままの風景が残っていた。国破れて山河在り、敗れてないけどな。
変なところに瞬間移動してしまうと、いちいち戻るのが面倒だ。瞬間移動で戻れればいいんだろうが、人間はそんなに便利になれないのだ。
規則性が良く分からん。今のところ俺が一度行ったことのある場所ってのは共通している。ゲームでもワープは大抵そうだよな。
カニメカの星に一人で残された時に比べれば、こんな修行は楽なもんだ。疲れたらいつでも休憩できる。
爺さんの試作スイーツを食ったり、温泉に入ったり、リンリン達のハーレムごっこにつきあったり……優雅な修行もあったもんだ。
リンリンプロデュースの合成ワインでほろ酔いになったところで修業を再開する。
アルコールの力を借りて酔っ払い運転だ。当然判断力はかなり低下している。
飲んだら乗るな! 普通なら絶対しないことだが、超能力の訓練は普通じゃないからな。この手のオカルト現象はトランス状態に入るといろいろ成功しやすいらしいし。
それにリンクスに乗っていれば何が起きても安心感がある。ベティちゃんに頼めば一瞬で酔いを覚ますことだって可能だ。
あー、俺だけが瞬間移動してしまうケースは想定してなかったな。そのシチュエーションだと結構困る。
生身の俺だけアメリカに瞬間移動してしまったら、もう戻れないじゃないか。宇宙空間だったら死ぬしな。
いかん。考えないようにしようとすればする程、危険な場所が脳裏に次々と浮かんでは消える。
そういえば、髭ジジイの奴、地球人の魂を回収して売りものにしていたらしい。悪魔かよ。
魂の売買は日本の法でも国際法でも禁じられていないから、俺が法だと言ってやめさせた。
すでに売られてしまった魂たちはどこへ行ったんだろうな?
なんかムカついてきたぞ! やはりあの髭には悪の報いを受けさせてやるんだった。
気がついた時には髭ジジイにデコピンしていた。
髭は派手にスッ転んで何やら大声で喚いていたが、俺に気づくと慌てて這いつくばる。
あれれ? 何がどうなった? リンクスのコクピットにいた筈だ。
酔っ払い過ぎて夢でも見ている? いや、多分これは瞬間移動しちまってるな。
「これはまた突然のご降臨を……」
ブリッジのスクリーンには星空と眼下に広がる茶色い惑星。あれが噂のトリックスターか?
宇宙を飛び越えて瞬間移動できたのか? くそっ、リンクスを置いてけぼりにして俺だけ来てしまった。
最悪のパターンじゃないか? 髭ジジイが裏切ったら地球に帰れなくなる。
瞬間移動で戻ればいい話ではあるが……実家の近くに飛び出した時に、それは既にさんざん試した。戻るのはできないんだって! 何故だ!!
反省しよう。もう二度と酔っ払い運転はしないぞ。
「それで? 宇宙海賊王とやらにはなれたのか?」
バカに弱みを見せるとつけ上がられるから、ここはあくまで強気でいく。
「そのことでしたら今まさに最終決戦の最中でして……こちらをご覧ください」
スクリーンにレイヤーが重なった三次元チェスっぽいのが表示される。
昔一時期ブームになってたな。俺はやっぱり普通のチェスや将棋の方が面白いと思う。
駒の一つ一つが本物の空飛ぶ円盤なのか。酔狂としか言いようがない。
衛星軌道上に綺麗にフォーメーションを組んで浮遊している。反重力装置か何かだな。
円盤上面は土俵のようになっていて、何者かが素っ裸でとっくみあってレスリングしている。空気とかどうなってるんだこれ?
「これは何かの遊びか?」
「いえ、その。海賊王を決めるための儀式といいますか……」
「まさか、相撲で勝ち負けを決めてるのか? なんとも平和的だな」
あ、首を引きちぎられた。野蛮で残虐だな。
「申し訳ありませぬ。ワタクシめとあろうものが、伝統海賊団である宵越しのキリギリスを最後に攻略するというミスを……」
良く分からんが、ヴァルキリアでゴリ押しすれば勝てるだろうに。まんまと相手の土俵で相撲をとらされてどうする。
勝てればなんだってかまわないが、負けるようなら髭が無能だってことだ。
しばらく観戦してルールはだいたい理解できた。要するに立体将棋と相撲のコラボだ。
駒が重なったら戦闘開始、勝敗は相撲で決める。
負ければ終わりだから将棋じゃなくチェスだな。
「なあ、あれはいいのか?」
アルマジロ怪獣みたいなのが、裸の男のはらわたを食いちぎっている。
「身一つで戦うルールですから、種族は問いません」
人間は素手だとライオンにも負けるんだぞ。クマにも負ける。ゾウにもキリンにも負ける。
レギュレーション的なものは必要だろうに。
「なんか味方が負けてないか?」
「戦闘種族の数の差ですな」
敵の戦士は人外が多いってことか。そのくらい戦う前からわかってたんじゃないか? やっぱ髭ジジイは無能か。
「ここは一つ陛下のお力をお貸し願えませんか。地球人が真に銀河最強の伝説の戦闘種族であれば、奴らを蹴散らすなど、いとたやすきことであるかと」
髭ジジイめ、悪い顔をしてやがる。これは罠か?
俺が殺されれば、髭はヴァルキリアを借りパクしてしまえるわけだ。勝っても負けても髭は得をする。
値踏みをするように俺を見てにやける髭。
力ある者に従うってことは、力なき者には従わないってことか。
「敵戦士のデータを見せろ。詳細がわからなければ種族的な特徴だけでもいい」
人型なら多分なんとかなるとは思う。プラズマ生命体やスライムみたいなのは……ちょっとわからん。
せめて木の棒でも使えれば負ける気はしないんだが。
俺はまだ出るとは言ってないのに、嬉々として準備を進める髭ジジイ。
やはり悪党だけあって性格が悪い。
俺のために用意された王台とやらは、フチが赤い炎のようにデコられていてなかなかカッコよかった。
縄文土器みたいなデザインの円盤だよ。案外、縄文時代にはこういうのが日本上空を飛んでたのかもしれない。
すっぽんぽんになるのは少々抵抗があるものの、宇宙人に見られても別に恥ずかしくはない。
ヒューマノイドタイプの女戦士もいるけど、全裸で堂々としている。裸だから何? って感じだな。
リンリンが力説していたように、エロスはコスチュームに宿るのかもしれない。あと羞恥心は大事な?
こちらの王将が配置されたことで、敵の駒の動きが大きく変わる。ひたすら王手を狙う作戦か。まあ、当然そうするよなあ。
宇宙ルールだと盤面に王将を配置していないでもいいみたいだ。それならば、果たして配置するメリットはあるのか?
王将を突撃させるのは、俺も小学生の頃よくやった手だ。ヘボ将棋レベルの戦いにおいても、とんでもない悪手だ。
髭ジジイは余程俺を殺したいのか、それともやっぱり馬鹿なのか。
そして、こんな状況でもワクワクしてしまう俺も馬鹿なのは間違いない。
戦闘狂? 違うな、これはそう、地球人の本能みたいなものだ。仕方ない。
接近して来る敵円盤に乗っている戦士は……タコか? 触手に吸盤はついていないようだ。猛毒持ちの種族だそうだから、どっちかと言えばクラゲか。
露骨に向けられる殺意がビンビン伝わって来る。これは、やり易そうだ。
円盤が接触する直前に、鞭のように飛んでくる触手。
お、別にこういうのもフライング扱いはされないのか。想像通りの何でもあり具合だ。
触手の直撃を避けたとしても、周囲に無数の刺胞が飛び散る二段構えの攻撃。
宇宙レベルの相撲は別次元に凶悪だ。
予備知識がなければ避け切れなかったかもしれない。初見殺しって奴だな。
こんなモンスターとがっぷり組み合うのは御免こうむる。
「はあっ、あちょー! あちょっあちょっ」
怪しげな拳法家のように拳を振るってアピール。
『ナンダソレハ? イカクノツモリカ』
びっくりした。こいつ、喋るぞ。
「悪いが、お前はすでに死んでいる。死の定義にもよるがな」
遠当てで相手の臓器に手をつっこみ、適当に引きちぎってやった。
ニンジンくらいの神経っぽい塊が抜けてしまう。これは脳か? 違ってたか?
『ウゴケナイ! コワイ! シニタクナイ! コウサンダ!』
「……助かるといいな」
降参すれば治療を受けられるシステムのようだ。宇宙の医療レベルとか凄そうではある。
遠当ての術で神経系にダイレクトアタックするのは有効みたいだ。
硬い甲羅や鋭い爪、毒までもが認められるなら、エスパー能力だってアリだろう。
頑丈な骨格を避けて柔らかい重要組織を狙わないといけない。これって簡単なようで難しいぞ。
次の相手は耳のない黒ヒョウのような生物だ。頭部だけ見ればアシカやオットセイっぽくもある。こんなのでも宇宙人か? 宇宙人って何だろうな?
やはり接舷前に飛び掛かって来たか。それならそれでこっちもやり様がある。
「しゃうっ!」
白鳥のポーズから、両手の爪の先で宙を切り裂く。
狙うのは目玉だ。修行の結果、見えている個所へなら、ほぼ百パー遠当てが発動するようになった。
空間を超えて眼球を引っ掻いた。指先に残るのは、生温かいものをムニュっと潰した感触。
突然の痛みにヒョウもどきは空中でバランスを崩し、着地に失敗して勢いよく転がる。無様な。
それでも戦意は喪失していないようで突進して来る。たいしたガッツだ。
視力を失った今、奴が頼るのは嗅覚か?
噛みつき攻撃の瞬間、カウンターで鼻先を蹴ってポンとそのまま飛びあがる。ガチンと凄い牙が空を噛む。
トランポリンのようで結構楽しかった。
うっかり台座の円盤から飛び出さないようにしないとだな。場外はアウトというか、そのまま落ちて大気圏突入だな。なにげにハードだこのゲーム。
身体能力の差があるといっても、この程度ならまだなんとかなるようだ。
黒ヒョウ? は、土俵の上を高速で跳ねまわりながら隙を見て突っ込んでくる。良く動くよ、なかなかのスタミナだ。
獣の噛みつきに合わせて、今度は下から鼻を蹴り上げてやる。タイミングさえバッチリなら何も問題はない。
下手に怖がって体がすくんだりしたら一巻の終わりだ。さんざん修羅場をくぐってきたおかげで、恐怖にも随分慣れた。どうせ死ぬのは一回だけだ。
数回鼻を蹴ってやったら噛みついてこなくなった。可哀そうに鼻血をダラダラ出している。血は赤かった。ヘモグロビンかよ?
残る武器は前足の爪だな。
隣家の猫に猫パンチされたことがあるから知っているが、あれはなかなか大した攻撃だ。
見てから避けようとしても間に合わないから、先読み回避が必須だ。
幸い前足は奴らの移動手段でもあるから、攻撃のタイミングは読み易い。当然相手はフェイントを織り交ぜてくるが、こういう駆け引きは得意なんだ。むしろ大好きだ。
「視覚と嗅覚を奪われても諦めないか。殺すには惜しい勇者だな」
目玉で駄目なら脳を潰すしかないか? 猫はわりと好きなんで、できれば殺したくなかったんだけどな。
「あーみーだーばー」
両手を怪しく動かし、気を操るように指をわきわき動かして見せる。目玉が潰れていても、怪しい気配は伝わるだろう。
生かしたまま無力化するには四肢の神経を切断してやればいいんだろうけど、正確な場所がわからんから難易度高いな。
とにかく柔らかそうな場所を狙おうか。肺とか肝臓とかその辺をぐちゃぐちゃにすれば、そのうち動けなくなるだろう。大丈夫だ。宇宙の医療レベルなら多分死なない。
怪しい踊りを始めると、俺の周囲に血が飛び散る。
それなりにダメージはあったようで、相手は見るからに弱ってきた。が、それでも降参しない。
ああ、解説役がいないから、何が起きてるかわからんのか。
仕方ないなあ、セルフ解説してやるか。
「地球流暗殺真拳奥義、死霊の怪しい盆踊り! 地獄から呼び出した亡者どもが貴様の内臓を喰らいつくす!」
適当に必殺技っぽく説明してやる。まあ、口から出まかせなんだが、内臓にダメージが入った自覚はあったんだろう。大人しくサレンダーしてくれた。
遠当ての術の使い方もコツがわかってきた。今のところ苦戦はしていない。
問題はやはりスタミナだな。
生身の体がついて来なくなれば、そこであっさり終わりだ。王将に連戦させるとか馬鹿なのか? ……絶対後であの髭をむしってやる。
地球の拳法使いは不可視の気を飛ばして攻撃できるという設定で解説してやったら、挑んでくる敵はぐっと減った。
ゴゴゴとか言いながら不思議なポーズをとるだけで、戦う前からサレンダーしてくれる。いい流れじゃないか。
リンリンに見せられたアニメが思わぬところで役に立ったな。
そして最後は大将戦。敵はヒグマサイズのキリギリス怪人だ。
全身がトゲトゲの分厚い甲殻で覆われている。こんなのと相撲か、普通なら勝負にならんだろう。
『地球人か。卑怯な手ばかり使いおって。正々堂々肉弾戦で勝負しろ』
「地球防衛拳は無敵の拳。哀しみを知らぬ者に負ける道理はない」
『地球流暗殺拳じゃなかったのかよ?』
口から出まかせだし、そんなのいちいち覚えているもんか。こいつはわざわざ覚えてたのか、ヤバイ奴だな。
「……地球に伝わりし百と八の流派の正統継承者。それがこの俺だ」
複数の拳法を使える設定にした。
『そ、それはどういう?』
「……簡単に言えば、とにかく俺は超強いってことだ。試してみるがいい」
身長三メートルを超す怪人が悩んでいる。こんなハッタリでビビッてるのか?
『えい、クソッ! 我が甲殻は大ネズミの牙でも貫けぬ。気の針ごとき恐るるに足らぬわあっ』
あ、突進して来た。さすがは武闘派海賊団のボスだ。
大ネズミってどんな生き物なんだろうな? なんか弱そうな名前の生き物だけれど……文脈から考えれば多分それなりに凄いんだろう、自動翻訳が悪いと思う。
突進を避ける? いや、インパクト直前に、踏み切る脚の筋肉を切り裂く。遠当てはもうね、ズル過ぎる技だ。
ダメージはほんの僅かだが、刺激によって奴の筋肉が痙攣する。
突進がただの転倒になれば、避けるのは造作もない。
滑らかな床は適度に柔らかく、それでも巨大キリギリスのトゲトゲはへし折れて体液が流れ出す。
この体液には粘着性があって、おまけに触れるとヤバイ麻痺毒が含まれているらしい。厄介なモンスターだなあ。
めげずに口撃しよう。いや、解説だ。
「説明しよう、これがスパルタニアン柔術奥義、空気投げだ。相手に触れず投げ飛ばすことができるので便利だ」
『そんな、嘘だろ。訳わかんねえぜ』
もちろん嘘だ。せいぜい混乱するがいいさ。
確かに奴は強い。肉体のスペックも素晴らしいし、相当戦いの場数も踏んでいる。
俺の超能力のネタがバレたらちょっとヤバいかもな。
これほどの強者とは、できれば剣で戦ってみたかった。
『俺様はキリギリスだ! 負けねえ! 絶対に地球人なんかに負けねえ!』
同時通訳のせいで緊張感がなくなるなあ。種族名とかは無理に訳さない方がカッコイイと思うんだ。キリギリスはちょっとないだろう。
やけっぱちになったみたいに、俺の周囲をドッタンバッタン跳ねまわり始める。
自分の体液をぶちまけてネバネバトラップを設置するつもりだろうな。空気投げが余程怖かったらしい。
大量の体液を失うことで自らも相当ダメージを受ける筈だ。リスク覚悟の必殺の罠か。
とうとう俺の逃げ場が全てなくなった。
『これでえ、おわりだっ』
よろめきながらボディープレスしてくる。何故か自分の体液にくっついたりしないのな。
「量子神拳奥義! 箱の中のリンゴは猫である!」
『わけがわからねえっ!』
だろうな。言ってる俺も意味不明だ。翻訳ソフトのせいだとでも思ってくれ。
『いつの間に俺の背後に回ったあ! 見えなかったぞ! まったく見えなかった!』
驚いているな。そういえばこいつ、動体視力も凄いんだっけ。
瞬間移動なんだからいくら動体視力が良くても見えるわけがない。
ふーん、見えないのがわかったのか、それってつまり凄い奴だってことだ。
「なるほど。いい目をしてるな」
『馬鹿にしてるのか?』
「素質はあると言っている。そうだな、お前なら鍛えればまだまだ強くなりそうだ」
強い奴なら味方にしたい。こいつとならば、髭ジジイよりよっぽど分かり合えそうだし。
『ワハ! 俺様をひよっこ扱いかよ。地球人が一番最後に作られた奴隷種族ってのはやはりフェイクだったか。知ってるぜ。最強最悪の戦闘民族の正体は、先代銀河文明の残した秘密兵器だったってなあ!』
いや、俺は紳士的な農耕民族だぞ。勝手にトンデモ設定を盛り込まないで欲しい。
まあ、なんだかんだで体育会系は扱いやすい。力を示せば従うからな。
最後まで抵抗していたキリギリス団に勝ったことで、俺は正当な宇宙海賊王として認められた。
これで一気に戦力は数千倍、数万倍だ。
海賊円盤一機でも地球を滅ぼせる力があるからな。
だが、ヴァルキリアが数機もあれば、宇宙海賊の全軍を殲滅できる。正規軍との戦力格差はいかんともしがたい。
銀河連邦と直接戦わせるよりも、諜報部員として使った方がいいだろう。
銀河連邦は連邦国家なんだから、国家単位に切り崩していけばいいんだ。
馬鹿げた相撲大会も、後から振り返ると超能力のいい修行になった。
遠当ての技は、やはり超使える。リンクスに搭乗したまま自在に使いこなせれば、正規軍のヴァルキリアも瞬殺できるだろう。
ただしキリギリスから気になる情報も入ってきた。
銀河連邦の上層部は、敵意や殺気を持たないように生まれた時から特殊な訓練を受けているようだ。
理想主義者のカッコつけでもなく、平和ボケしているわけでもない。
つまり遠当ての術への対策だよ、間違いない。
銀河連邦が軍隊を持たないタテマエなのも、エスパー対策の一環だったってことだ。
空間を超越して攻撃できる能力は確かに強力だが、すでに対策をとられているとなると切り札としては弱い。
かつて、銀河連邦を崩壊寸前まで追い詰めた奴らがいたようだ。ガオーが地底で眠ってたのも何か関係あるかもしれない。
とにかくもうちょっと情報が欲しいところだ。戦うだけが道じゃないしな。
俺としては太陽系さえ無事なら、別に銀河連邦がどうなろうが知ったことじゃないので。
自力で地球に瞬間移動しようとずっと頑張ってたんだが上手くいかず、結局、髭と一緒に地球に凱旋した。
突然いなくなった俺を皆が心配しているかと思ったらそうでもなく、涙の再会とはならなかった。
アリサちゃんのエスパー能力で、俺の居場所を把握していたそうだ。便利な超能力じゃないか、でもちょっと怖くもある。
相撲大会で土俵に使った俺専用の赤い円盤は記念として貰った。小回りが良くてなにげに重宝する。
本来は荷揚げとかに使用するランチ的なマシンらしい。
サイズ的にガオーの台座としてもぴったりだ。ガオーは自力じゃ飛べないので丁度こんなのが欲しかった。
円盤の上で座禅を組ませて、付属の照明機能で頭上にリングライトを点灯させると、仏像のようで神々しい。
いや、これだと天使の輪っかだよ。照明パターンをいろいろ試すと仏さんの後光みたいなデザインのもちゃんと用意されていた。
「何これ? 新しい宗教? いいね」
リンリンにいいねを貰ってしまった。