伝説のガオー
壁に並んだクリスタルの球が淡い光を放っている。電球か?
よく見ると球の底に溜まった灰みたいのが発光してるんだな。ラジウムか何かだろう。
まあ、人体には良くないだろうな。ミイラマンは宇宙線に被爆しても大丈夫なドロイドだから、どうということはない。
長期的にはどうなのか知らんが、所詮は使い捨てられるのが兵器の定めなのだ。
さだめとあれば、まあしかたない。
台座に突き立った伝説巨人の剣を見上げる。
ふむ。おそらく刃渡りだけで20mを超える諸刃の直剣だ。
果たして切れ味はどうだろうな? 材質は石なのか金属なのかよくわからんが、刃こぼれ一つない。新品か?
ま、これだけデカけりゃ、ただの剣でもそれなりの破壊力だろう。倒れて来ただけで押しつぶされるぞ。
おっかなびっくり、そそり立つ刀身にピタピタと触れる。
おう! なんか走馬灯みたいなカットインが来たぞ。
最近はこういうのにも随分慣れたなあ。手を当てるだけで伝わるパターンか。
あー、わかっちゃったかも? こいつは超ヤバいシロモノだわ。ある意味銀河最強の武器だと言えるな。
でもまあ、俺には必要ないというか……ガチャで激レアアイテムを引き当てたら、ダブリだった。そんな感じ?
ズズズと洞窟全体が振動し、巨人が動き始める。泥棒から剣を守るためのガーディアンとして配置されていたんだな。
「お勤めご苦労さんだな。俺は泥棒じゃないよ」
剣から手を放し、一歩下がって様子を見る。
巨人は困ったように動きを止める。ほう、問答無用で攻撃してこないか。最近の若いのより理性的じゃないか。
顔の造形は遮光器土偶にちょっと似ているが、額にもモノアイがついている。トリプルアイ? 三つ目族の末裔か?
轟々とチェロかコントラバスのような重低音で唸り声をあげる巨人。昔の怪獣映画みたいだ。
「よし、お前の名前はガオーだな。理由はそう聞こえたから」
俺が名前をつけてやると巨人は再度雄たけびをあげる。そうか、嬉しいか。
「俺の名は柿崎源五郎だ。喜べよ、お前の名付け親のネーミングセンスは今の時代じゃ天下一なんだぜ」
これだけの巨大ロボを作った超文明だ。AIの技術だって大したものだろう。言葉は通じなくても分かり合えるんじゃないか?
戦闘モードが解除されたガオーは、まともに歩くことさえできないようだった。通常モードはへっぽこかよ。
長い年月の間に忘れてしまったのか、余計なプログラムを用意する余裕がなかったのか、あるいは本来の仕様なのか。謎だ。
そもそもの話、この遺跡が何のための施設かすらわからんからなあ。神殿か? アミューズメントパークか?
神殿だとすれば巨大な剣が御神体なんだろうが、ガオーだってなかなかのものだ。見た目は邪神だが……邪教の神殿か? でも、異文明ならデザインセンスも違って当然だからな。
俺は遊園地だと思う。
もし遠い未来に、現代の遊園地が遺跡として発掘されたとしたら。考古学者達は絶対困ると思うんだ。絶叫マシンを軍事施設と思うかもしれないし、観覧車とか意味不明だろう。
ふむ、案外ガオーは古代のロボットアニメの主人公メカで、このダンジョンはそのテーマパークだったりしてな。
「ほらこうだ。足をこうして。そうそう、そこで重心を動かす」
俺の真似をしてガオーが巨体を動かして立ち上がる。
結構物覚えがいいなコイツ。教えがいがある。
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやれば巨神も動く。
一通り体を動かせるようになったら、簡単なスポーツでも教えてやりたいが、ここには剣しかないからなあ。
「カムヒヤー! デッキブラシ!!」
デッキブラシを召喚し、ゆっくり演武して見せる。ガオーの奴は興味津々だ。
自分も真似したいのか、巨大な剣を気にし始めた。
「え? 別に抜いちゃっていいんじゃないか? サイズ的に考えて、その剣はお前専用だろう?」
ガオーは納得したのか、一気に剣を引き抜く。あ、剣先は丸くなってるんだな。まるで靴ベラのようだ。
エクツベラーとでも名付けようか。あ、でも石に刺さってた剣はエクスカリバーじゃなかったらしい。
性能を考えるとグングニルとかそっち系か? でもグングニルはたしか槍だしなあ。
まあいい。ネーミングの極意はシンプルイズベストだ。ベラー、いや、ベーラと名づけよう。元ネタが靴ベラだと知らなければ、ラーマーヤナとかに登場しそうな厳かな響きがあるよな。
しかしガオーの奴、せっかく腕が六本あるのに剣が一本とは勿体ないな。
いや、これはつまり、古代剣術の極意を示しているのではないだろうか? 腕が何本あろうと、敵を斬る剣は一本でいいとか、そんな感じ?
一刀流か。当たり前のことでも、改めて言葉にするとやけにカッコイイ。
「それにしても、お前どうやってここまで入って来たんだ?」
ボス部屋の扉はガオーには小さすぎる。ゲームじゃこういうのは当たり前のことだけれど、現実だとどうやったか気になるよ。
奈良の大仏は、多分建物を後から作ったんだろう。
こいつもそうなんだろうか? ガオー本人に聞いてもわかんねえだろうなあ。
アニメなら、どこかに秘密の発進トンネルみたいのがある筈なんだが……なんで無いんだ?
ああ、インベントリか。
「お前、一緒に来るか?」
地球最後の日までここで寝ていても仕方ないしな。
ガオーも穴の中にいるのは退屈だったようで、二つ返事で了解した。多分。
ガオーと叫んだだけだが、なんとなく俺にはわかるんだ。
インベントリにちゃんと入るか心配だったが、何も問題はなかった。
そりゃそうだ。ここに入れた時もインベントリを使ったんだろうしな。
古代人いろいろ凄いぞ。まあ、オリジナルリンクスだって古さじゃ負けてないし、昔はどこでも似たような技術があったんだろう。
ガオーは結構筋がいいから、暇なときに鍛えてやろう。素直な奴は迷いがないから、いい師匠が教えれば伸びるぞ。
結局、間接的ではあるが、伝説の巨人の剣を手に入れてしまった。伝説の巨人ごとな。
昔話の正直爺さんみたいなオチだな。
それはそれとして、また来た道を戻るのか。想像するだけでげんなりする。
あれだよ、ゲームでボスを倒せば帰還できる仕様を最初に考えた奴は頭いいだろ。これはなあ、相当に、テンションが、下がる。
真っ直ぐな一本道だから迷いようもないけどな。どんな迷宮だよ、いや、これじゃあとても迷宮とは呼べない。
やっぱり迷宮じゃないんだろうなあ。
ここを作った奴は、とにかくひたすらに距離を稼ぎたかったんだろう。
距離って……地上からの距離だよな? 核シェルター的な何かだろうか? あるいは宇宙からのスキャンを逃れようとしてたのか? 結局発見されたけどなあ。
もしかすると他にも未発見の遺跡が、もっと深い場所に眠っているかもしれないぞ。
最近はいろいろあって自分の中の常識がどんどん崩れていく。
宇宙人の次は核戦争、今度は超古代文明か。この歳になっても、世の中は知らないことだらけだ。
俺も若い頃は、常識なんかぶち壊せと粋がってたもんだが、変わらない日常がどれだけ貴重なものだったか。
まさか人が虫みたいに死ぬ時代になるとは予想外だった。歴史をちゃんと学んでいれば、むしろ二次大戦後の日本の平和の方が異常事態だったと気づけた筈なのにな。
最終戦争の恐怖が作り出した究極のパワーバランスが作り出した異常な平和を、お花畑達は人類の英知の結果だと勘違いしちまったんだ。
人間がそんなに利口なら、虐めも犯罪も起きるもんか。
各国の指導者が量産型スキュータムを手に入れた時、核は使っていい兵器になったんだ。
あれは戦力としては微妙でも、放射線には十分耐えられるからな。爆心地付近にいれば、吹っ飛んでくる瓦礫とかに当たってアウトだろうとは思う。
自分だけ助かっても、飯とかをどうするんだって話になるのになあ。結局、悪魔の誘惑に耐え切れなかった馬鹿が大勢いたわけだ。
結局、俺達は試されているのかもしれない。
人は誰でも一度は死ぬんだから、俺は怖くないけどな。
油断して雑魚敵に殺されるのも、核で死ぬのも、太陽系ごとブラックホールに飲み込まれて死ぬのも、結局死ぬだけだ。大して違いはない。
俺に子孫でもいれば、地球を守って死んでもいいんだろうけれど。
子供の前に嫁さんか……あれ? 結構チャンスはあるんじゃないか? 考えてみればブラック企業で社畜していた頃より状況は好転してないか?
あの無能な社長は、どうやら俺にとって銀河連邦以上の脅威だったらしい。
「また一つシェルターが壊滅したのか? 食料備蓄はまだ尽きた訳じゃないだろう?」
帰還して早々に嫌なニュースを聞かされた。
「オーストラリアやアメリカでさえ凄い勢いで復興しているというのに、一番生き残りが多い日本は暗いニュースばかりですね」
「つまり老害も一番多いってことだからね」
「お前らなあ、こっち見ながら老害言うな」
三人娘とセンセイがシャレにならない漫才をしている。良かった、俺はまだ老害じゃないらしい。
「上級国民が備蓄食料を抱え込んじゃってるからね。庶民はもうそろそろ駄目かも」
「私達の食料を分けてあげることはできないんですか?」
リンリンは他人事みたいだな。ナージャちゃんは相変わらず優しい。それはバッドエンドに至る道だけどな。皆で仲良く全滅コースだ。
大丈夫だ。食料工場はあるんだ。問題は電気だけなんだろう?
「よし、発電所を作っちまおう。俺が責任をとる……とらせる」
主に肉体言語で。
「お前さんは大丈夫だろうがな、奴らも本気で来るぜ。ホラ、こいつがうちへの襲撃計画だ」
いや、奴らって誰だよ? なんで発電所がそんなに嫌いなんだ? 電気がなけりゃ自分達だって不便だろうに。
センセイの入手した情報によると、すでに空挺部隊がイタミにスタンバっているらしい。うわあ、なんかマジなやつだ。
人殺しの計画書ってなかなかシュールだよな。だけどこれはダメな奴だ。いかにも凡愚な将軍が書きました感がにじみ出ている。
どうせ敵対するんなら、もっとこう天才軍師的な奴はいないのかね? アニメだとそういうライバル的な敵が出て来るのがお約束なのに。
いかんいかん、リンリンに名作アニメを見せられ過ぎたな。気づかない間に洗脳されていたかもしれん。
「本気で俺達と戦うつもりか? クーデター政府も一枚岩じゃないみたいだな」
「何よこの詰めの甘い作戦。空から急襲? 迎撃されないって前提の作戦じゃない。降下中を狙えばハンドランチャー一発でイチコロよ」
リンリンは迎撃するつもりなのか? こっちが先に手を出したら、単なるパトロールだったとか訓練をしていたとか言い張られると思う。
「シェルター内に筋肉弛緩剤を散布して突入、対象を排除ってか。突入部隊は400人程度か、なら俺が一人で相手しよう。一騎当千するには600人くらい足りないけどな」
「おいおい、相手は防衛軍の精鋭だぜ。あんたへの対策だってしてる。グレネード大量装備だぜ」
ああ、グレネードランチャーね。飛んできて爆発する奴な。爆風は避けられないと思ってるんだろうな。鉄片も飛び散るし、確かにその辺は面倒ではあるよ。
「ナージャちゃんのバフがあれば、ラッキーで切り抜けられるんじゃ?」
「娘を無意味な危険に晒すわけにはいかねえ」
親馬鹿だなあ。いや、いつも通り安全な場所で祈ってくれればいいんだが。
「大丈夫だ。戦うのは俺一人だ」
「私達も戦います!」
相手は軍の精鋭だ。三人娘じゃ互角かちょっと上くらいだろ? 数の暴力で押し切られて負けるな。
「策とか使わず真正面から戦ってみたいんで、ぶっちゃけ足手まといだな」
「いや、策は……使わんと駄目だろう。どんな武器で戦うつもりだ?」
「そうだな、今回は木刀でも使うか。大丈夫、百本以上用意してある」
四百人相手じゃ足りないか? 京都や奈良の土産物屋を探してもっと補充しておくべきか。
「何故なんだ?」
センセイが真面目な顔で聞いてくる。
「極めたい太刀筋があってな」
ガオーのあの剣を見ちまったしな。あの能力は……俺に同じことができるか確かめておきたい。
命を狙って来る相手がいるなら、練習相手に丁度いい。
バンダリアのジェネレーターは基本的には核融合炉なので、ビリーに頼めば数日で原発に転用できた。戦闘用じゃないからマテリアルもほとんど消費しないらしい。良く分からんが、安上がりなんだそうだ。
燃料も高価なヘリウム3じゃなくてただの水らしい。
おかげで電気代はタダみたいなものだ。節電とか馬鹿々々しくなるぞ。
食料工場はフル稼働している。これで日本も安泰だ。
まあ、出力はたかだか十万キロワット程度の小型発電所なので、他のシェルターにまで電気は回せない。
発電所を全国のシェルターに配布するとなるとバンダリアの量産計画に支障が出るらしく、ビリーが嫌がった。
電気を独占してるとか言われて、案の定、各方面から非難が殺到した。リンリン達がネット放送を駆使して煽りまくっているせいでもある。悪戯っ子かよ。
おかげでイタミ基地の戦力が随分補充されたみたいだ。一騎当千できるかな? 黒幕が誰かは知らんが、激おこか? いよいよ来るか?
懸念があるとすればシェルターの一般住民への被害だが、大半は食品工場で雇ってしまったので素直に避難誘導に従ってくれる。
言うことを聞かない天邪鬼もいるが、まあ、突入して来る軍人の理性を信用するしかないだろう。
民間人に死傷者が出た時は、こっちが先に非難声明を出せばいいらしい。言ったもん勝ちかよ。
リンリンは情報戦に備えてスタンドアローンの隠しカメラを設置しまくっている。突入して来た連中が民間人に銃を向けることを、むしろ期待しているようだ。
現在ネットの世論では、原発建設を強行した俺達は随分嫌われてしまっている。
特に近隣のシェルターは、事故が起きるのが確定しているかのように騒ぎまくりだ。ナージャちゃん達が炊き出しに行ったのも逆効果で、彼らのプライドを傷つけてしまった。
むしろ九州や北海道などの遠くのシェルターの方が、発電所建設を支持してくれているようだ。
ビリーによればバンダリアの融合炉はわりと安全らしいんだが、天才以外には理解できないので結局皆怖がっている。
もう少し飢餓が深刻になってから動けば、流れは違っていただろうか? その場合、備蓄食料をエサに食糧庁がもっと勢力を拡大しているだろうからなあ。
あ、俺分かったぞ。原発反対の黒幕は食糧庁の偉いさんじゃないか?
地上はそろそろ実りの秋だ。アンドロイドや武装難民達は稲刈りをしている。
放射能汚染を気にしなければ食べられるので、闇で流通するんだろうな。
工場で製造している合成米は、あえて真球に成形しているそうだ。見た目は違和感があるが、食感は悪くない。むしろ本物より好きだと言う者も多いくらいだ。
地下シェルター内は季節感とは無縁だが、せめて食事だけでも秋を味わおうと合成サンマの配給が始まっている。
食品開発部主任である爺さんがわざわざ来て、七輪でパタパタと焼いてくれている。
そんな昼飯時のシェルターに、警報のサイレンが鳴り響く。
「これって、また避難訓練か? 炭火の始末が面倒なんじゃが」
「いや、ビリーから緊急通信が来た。強襲部隊が動いたみたいだ」
壁面の大きいモニタに、ローターのない大型ヘリみたいのが映し出される。
「全部で六機来たよ。本当に撃墜しないでいいんだね?」
ビリーが律儀に確認してくれる。
「ああ、大丈夫だ。俺一人でなんとかする」
「この程度で狼狽えてちゃ、銀河連邦とは戦えないからねえ」
勝って当然の戦いだ。それでも少し緊張するな。
シェルターの隔壁が派手に爆破され、ガスマスク装備の特殊部隊が突入して来る。
致死量は下回ったとはいえ、まだまだ地上には放射性物質が残留している。
シェルターに穴を開けることの意味をわかってやってるんだろうな? とにかくバッチリ映像は記録した。責任者には後できっちり責任をとってもらおう。
注入されたガスで避難しなかった住民達はバタバタと倒れていく。これって後遺症とか大丈夫なのか?
俺はドロイドを使うから大丈夫と思うが、一応マスクはしておこう。
今回使うのは俺そっくりの影武者ドロイドだ。筋力も反応速度もあえて俺自身と同じに調整してある。
超人ミイラマンを封印した代わりに、戦場には一工夫させてもらった。といっても、遮蔽物となるコンクリート製のオブジェを配置しただけだ。相手方も利用できるんだから不公平とは言えない。
敵の狙いは俺一人だろうから、誘導は簡単だ。
他の皆はシェルター内シェルターに避難してもらった。あっちはブービートラップてんこ盛りで、容赦なく酷い。近づいた愚か者達は悲惨な末路をたどるだろう。
敵の先鋒が接近して来たな。偵察用のドローンとか飛ばして警戒しているようだ。
ここまで抵抗らしい抵抗を受けず、拍子抜けしているか? 有能な奴なら逆にビビってるだろうなあ。
俺は木刀を正眼に構えて待ち受ける。今回、狙うのは必中の剣だ。
ただ当てるのではない。遠当て……距離を無視して叩き斬るちょっとおかしい技だ。
斬撃を飛ばすとかそういう正統派じゃあない。空間越しに剣を当てる。
まあ、途方もない話だが、俺は既にリンクスで似たようなことを何度か成功させている。
小さなワープゲートを開いて遠くの敵に攻撃できたしな。あれはてっきりリンクスの新しい機能かと思っていたが、それにしちゃあ滅多に発動しない。
ガオーの剣、靴ベラみたいな伝説の剣ベーラに触れた時に、わかってしまったんだ。あの剣に備わった特殊能力も似たようなものだったからな。共感するところがあったのだろう。
俺は遠くの敵でも斬れる。らしい。
超能力なのか、魔法なのか、スキルなのかは知らんが、コツをつかめば多分できる。
重要なのは、その射程距離だ。おそらくだが、物理的な距離とか意味ないし。
つまり、何億光年離れていようが、距離自体はあんまり関係ない。
考えようによっては、こんなに強い技はない。自宅で素振りをしているだけで、銀河連邦の元老達を全員撲殺することだって、一応できる理屈だ。
あくまで、狙って発動できればの話だがな。
それに当然デメリットもある筈だ。薄々気づいてはいるが、空間を超えて攻撃する瞬間に反撃されたら、当然カウンターでダメージをくらう。一方的に攻撃できるわけじゃないんだ。
ガオーやベーラだって大昔から存在したんだ。無限に広がる大宇宙を探せば、似た技の使い手は無数にいる理屈だ。
銀河連邦の偉い連中なら当然知ってるだろうし、対策だってしている筈だ。
迂闊に使えば手痛い反撃を受ける超必殺技。伝説の剣ベーラが封印されていたのも、多分その辺が理由だろう。
ならば、どうする? そんなの剣の腕を鍛えればいいだけの話だ。
剣を振るえば反撃されるのは当たり前。だからこそ昔から剣術なんてものが盛んなわけで、斬られずに斬るためにいろいろ練習していたわけだ。
間合いを詰める苦労がなくなるというだけでも、とっても便利だと思うんだ。
とにかく、まずは自在に発動できるようになろうか。
この襲撃を奇貨として修行させてもらうぞ。
心を澄ませば、周囲からの微妙な殺気と、無数の奇妙な視線が感じられる。
偵察用のドローンでも飛ばして来たか。
戦いの前のこの一瞬が一番緊張するな。始まってしまえばやる事をやるだけだしな。
そうか、遠当てをするんだった。
まとわりつく殺気を断ち切るように、演武のように木刀を振り回す。二十回以上振って、手応えがあったのは一回だけか。
目の前に破壊されたドローンが転がった。接近して来た偵察用のクアッドコプターか。
直接殴った訳じゃない。少なくとも十メートルは距離が開いていた。衝撃波とか飛ばしたわけでもないし、これは遠当て成功と見ていいのか?
だが、視認できる距離で発動してもあまり意味がないよな。それなら拳銃で事足りる。
俺としては、東京あたりのどこかでふんぞり返っている事件の黒幕に直接攻撃したいんだけど。
理論的には可能だと思う。この技に空間的な距離は関係ないんだから。
東京まで届かないようなら銀河の果てまでも届くまい。それじゃ駄目だ。
額に飛んで来た銃弾を、ブンって木刀を振って叩き落とす。狙撃ポイントは限られてる以上、こんなの簡単な曲芸だ。
木刀は銃弾の一撃に良く耐えた。土産物クオリティにしては頑張ったんじゃないか? 即座にベティちゃんが新しい木刀に更新してくれる。
見た目はほぼ同じ木刀だ。今度の銘は清水寺とある。卸元の倉庫を押さえたから全国の観光地が揃っているぞ。
ふむ、敵は周囲への部隊配置を終えたか。よく訓練はされているようだ。
「問答無用!! テエッ!」
一斉射撃キター。四方八方から銃弾が飛んでくる。
正確な射撃だが、一瞬早く俺が駆け出したので全て当たらない。止まっている的じゃないんだ。動いている目標には先読みしなきゃ当たらんよ。
小銃弾なら走りの緩急だけでもある程度躱せるが、ショットガンを持ってる兵が随分混じっている。
これも俺対策か? 市街戦なら普通に使い勝手もいいだろうしな。
散弾といってもそこまで散る訳じゃないが、横の動きも混ぜて避けにゃならんから、自動小銃の連射に混ぜられると難易度は上がる。
トビトカゲやミイラマンくらいの身体スペックがあれば、それでも余裕だった。
今回のドロイドの身体能力は俺並みだからな。結構ギリギリだぞ。だがそれが面白い。
ドロイドである以上、死んでも死ぬわけじゃないからな。ゲーム感覚だ。
回避するだけでなく、同時に木刀を振り回す。避け切れなかった弾丸を叩き払いつつ、遠当ても混ぜていく。
この新必殺技、なかなか思うようには発動しないもんだな。
ヤバイ、久々にピンチかも。超楽しい。
指揮官ぽい男の顎を粉砕した。切っ先の数センチが掠っただけで即死じゃないが、このまま放置しとくとヤバイかもな。知らんけど。
殺すつもりはないが、手加減してやる義理もない。
乱戦に興奮して暴れているうちに、自分でも何が何やらわからなくなってきた。
リンクスで戦ってる時はベティちゃんが情報を整理してくれてたんだな。
乱戦になったら、とりあえず敵の懐に飛び込んでしまうのが俺のやり方だ。同士討ちを忌避する相手なら、これが一番楽だからな。
今回はどうなんだろうな? 超必殺を会得するためには楽しちゃ駄目なんじゃないか?
鬼だ! 鬼だ! 俺は鬼になるんだ! 阿修羅のごとく、感じた殺意全てを手当たり次第に刈り取っていく。
振るう木刀は一本だが、気持ち的には六刀流なイメージで。
残念なことに、遠当てはまぐれでしか発動してくれない。それより俺自身が瞬間移動してないか?
そもそも縮地って技は、昔から剣の達人とかがわりと普通に使っている。相手から見れば瞬間移動して見えるだけで、実際はそこまで高速でもない。一種の心理トリックだな。
いや、どうなんだろ? 今、確かに瞬間移動しなかったか? まあ、空間を無視して敵を斬れる技があるんだ。自分自身が瞬間移動するくらいできそうな気もする。似たような原理じゃないかな。
格ゲーとかでも瞬間移動は普通にあるが、ゲームじゃそこまで強くはない。当たり判定が消える訳じゃないから、カウンターで迎撃すればいいだけだし。
まあ、どんな技も使い方次第だ。これだって使いこなせばいろいろできそうではある。
このドロイドボディ、性能的には生身の俺とそう変わらんが、スタミナ切れがないのが地味に有難い。
人間には体力の限界がある。アドレナリンがドバドバ出ている間はリミッター解除で暴れ回ることができても、わりとすぐにガス欠になる。
ドロイドだと、ベティちゃんが適宜燃料補給してくれているようだ。
一見ワンマンアーミーに見えるが、俺には潤沢な兵站の後ろ盾がある。
逆に突入部隊には補給線がない。飽和攻撃で俺を葬る作戦自体は悪くないが、あっという間に弾薬が底をつくよなあ。
一度ちょっとミスをして爆風に突っ込んでしまったが、火傷した筈なのに無傷だ。
ベティちゃんがドロイドごとすり替えたのだろう。
自機のストックがあるとか、ますますゲーム感覚だな。
敵の弾薬残量から考えて、飽和攻撃はできてあと一回くらいだろう。
そもそも飽和攻撃なのに俺を狙ってくれるから楽に避けれるんだよ。
狙いをつけずに、ひたすら空間を弾幕で埋め尽くすことに注力されたらもっと厄介だった。
作戦を立てた奴はそこそこ有能だったが、現場の指揮官はそこまでじゃないな。
最後の総攻撃のための再編成を待ってやるか?
負傷者の回収に人手を割かれ、敵の残存兵力は百人を下回っている。
今回は舐めプはしないつもりだったんだがなあ。
ただ待つのも退屈なので、回り込んで敵陣後方の様子を見物に行く。
シェルター内に戦闘指揮車を持ち込めなかったらしく、対人地雷を散布して仮設の本陣みたいなのを作ったようだな。後片付けを誰がすると思ってるんだ、まったく。
宙に張り巡らされたワイヤーはブービートラップか? 試しに壁走りですり抜けてみる。
生身の人間程度の筋力でも、タイミングとバランス次第でちゃんと三角飛びもできるな。
人間捨てたもんじゃないよ。
木刀片手に突っ込むと、パワードスーツの小隊が慌て始める。
「バケモノだあっ!」
いや、パワーで言ったらパワードスーツの方がバケモノだろうに。
小銃弾程度は跳ね飛ばす装甲だ。木刀で普通に殴ってもあまり効果はない。
慌ててショットガンを向けて来るが、銃の取り回しに関しちゃ素手で扱った方が倍は速い。
懐に飛び込み、柔道技っぽいので転倒させる。本物の柔道技だと経験者は対応して来る奴がいるからな。
パニクって体当たりして来た奴は、脇の下の装甲の隙間に木刀で突きを入れる。
高分子なんちゃらの薄膜で守られているから貫通はしなかったが、内出血でとても痛いだろうな。
あ、戦場の空気が変った。敵の戦意が喪失し、総崩れになって逃げ出した。
最新装備の特殊部隊が木刀一本に怯えて逃げるとか、情けないとは思わんのか?
腰を抜かした中年男が一人取り残されている。
大尉の階級章をつけていた。こいつが指揮官か?
太ってるし筋肉ついてないし色白肌だし、軍人には見えない。ジムカタってのだろうか?
「たひゅけておりゃれわりゅくない!」
モニョモニョ何か叫んでいるな。拳銃を引き抜こうと焦っているようだが、ホルスターの扱いが良く分かっていないようであわあわしている。
防衛軍にもこんな腰抜けがいたのか。指揮官がこれじゃあ死傷者は浮かばれないなあ。
セーフティーをしたままで弾が出ないという一幕はあったが、やっと拳銃をパンパン撃ち始めると多少は落ち着いたようだ。
銃を撃っている間は恐怖を感じない人間はわりといる。まあ、下手過ぎるから避けなくても一発も当たらない訳だが。
「やられはせん! やられはせんぞおっ!」
狂気を感じさせる男の背後に、地獄の餓鬼のようなオーラが浮かび上がる。
背後霊って奴かな? 俺に対する強い敵意を感じる。
「俺は人は殺さない。怨霊とかそういうのは叩き斬る」
実際は今日も何人か殺したけど、それもこれも全部この化け物が悪い。何故かわかるよ、もしかしたらそうなのか?
「天・誅・剣!!」
気合一閃! 咄嗟に思いついた必殺技名を叫びながら、実体のない醜い亡者を斬り捨てる。
確かな手応え。醜い皺首がへし折れ、影はもがき苦しみながら消滅していく。
ついに妖怪退治までしてしまったか。
遠当ての技を狙って発動できたし、天誅剣というカッコイイ技名もできた。
俺の超必殺技の完成だ。
「完全勝利おめでとう。わかってたけどさすがだね、凄い凄い。おまけに敵のボスが勝手に倒れたみたいだよ。やっぱり持ってる男は違うねえ。ラッキーガイだねえ」
ビリーからの通信で、官界の大妖怪と呼ばれていた食糧庁OBの老人が危篤になったことを知った。
どうやらそいつが今回の襲撃の黒幕っぽい。画像を見ると、雰囲気が天誅剣で倒した餓鬼に似ている。
なるほど、あれは生霊って奴だったか。
事件の責任者達は軍法会議にかけられ、何人かは銃殺刑が決まったらしい。それでも憑き物が落ちたように晴れ晴れとした顔をしていたそうだ。
くだんの老人には他人を操る不思議なカリスマがあったようだ。エスパー能力の一種かもしれないとして、ビリーが研究材料として確保した。意識が戻らないのをいいことに格好のモルモットってわけだ。
エスパーの概念が曖昧だよな。未知の能力を何でもかんでもESP研の管轄にしてしまうのはいかがなものか。
妖怪ジジイはどうでもいいが、最近は俺もエスパー呼ばわりされて腫物扱いされているから他人事ではない。
まあ、カタカナ言葉でカッコイイ感じなのが救いか。奇人変人よりエスパーの方がだいぶマシだな。