三日月にほえろ!
もう何度目のチェックメイトだろうか、こうも一方的に追い込まれるとはな。
奴らとの機体性能の差、そのくらい腕でカバーできると思っていた。
甘かったぜ。あいつら、リンクスの回避パターンを分析してハメにかかってきやがった。
数手先まで読み切った上での連携攻撃。やられる側になってみると相当に厄介だ。奴らもエスパーってことか? 俺にできることが、敵にできてもおかしくはない。
奇妙な先の読み合いは、ナージャちゃんとの試合を思い出させる。あの時の経験がなければ、対応できずにあっさりやられていただろう。
この勝負、未来を制した方が勝つ。詰むや詰まざるや。
まあ、悪い意味で安定した盤面だけどな。
詰めば俺の負け、詰まなくてもせいぜいドロー、俺の勝ちは見えない。
それでもギリギリ首の皮一枚で繋がったまま、リンクスを駆る。
生への執着? まあそれもある、というか生存本能は戦いの基本だよな。
死線を超えるたびに成長していく実感があるから? それも大きい動機だ。ゲームでいうところの経験値稼ぎみたいなもんだ。現実の世界では敵を倒しても経験値は入らないが、そんなものがなくても自分が上手くなっているのはわかる。
昨日の自分を、いや、一瞬前の自分を越えていけ。
初見の攻撃を凌ぎさえすれば、次からは格段に難易度が下がる。同じ攻撃を食らうほど、俺はノロマじゃない。
奴らは切り札をまだまだ隠し持っていそうだがな。
宇宙の戦いでは、これまでの常識は通用しない。こうして戦っているうちに、なんとなくコツはわかってきた。
俺の戦い方は我流だが、奴らは正統派なんじゃないかな。学べることも多いさ。
大事なのは、とにかく撃墜されないことだ。
粘っていればチャンスもあるさ。いや、チャンスが転がり込むまで粘る? まあ、どっちでもいいことだ。
奴らが俺の癖を見抜いたように、俺だって相手の癖を分析している。連携の指示を出しているのは、どうやら下手な方の機体だ。それが判明してからは、一息つけるようになった。
勝負ってのは、ほんの些細なことの積み重ねなんだよ。
よく見るとあの二機、パイロットの腕に差があるだけでなく、機体性能も若干違うな。あるいは装備の差によるものか? 突撃特化型と指揮官機仕様?
連携を見る限り、何らかの方法で通信しているのは確実だ。二機の行動には僅かにタイムラグがある。言語によるコミュニケーションだろうか?
まだまだ反撃に転ずる余裕はないが、一応真・Xキャリヴァーを飛ばしたつもりになってイメージトレーニングはしている。仮想の剣を意識して、敵の機体に追従させるつもり。つもり攻撃だ。
想像するだけなら、そんなに難しくはないさ。そうしていると、何故か奴らの位置を見失わない。
脳内に第三者視点で彼我の位置情報が表示されている感覚? ゲーム感覚だな。
戦闘中に敵を見失うことは、致命的な隙に繋がる。リンクスのスキャナは残念ながら宇宙用じゃないので、しばしばターゲットをロストしてしまう。
つもり攻撃なら、ちょっと意識を飛ばしているだけで敵機を捕捉していられるのだから、これって凄く便利じゃないか? つもりビジョンと名付けよう。
回避しながら加速し続けた結果、リンクスの速度はいまだかつてない領域へと踏み込んでいる。宇宙は基本空っぽだからいいようなものの、この速度だと小石一つと接触するだけで致命傷になりかねない。運動エネルギーってのは、地味に侮れんなあ。
速度を上げまくっているのは、リンクスを追って来ている敵も同様だ。敵の攻撃よりデブリが脅威になる状況かあ。そして高速になればなるほど桁違いに拡大するバトルフィールド、これが宇宙戦なのか。
未だかつて地球人類が経験したことのない戦闘だ。アニメとかじゃ日常茶飯事だけどな。
単純な戦闘力より、空間把握能力が活きる盤面に変わりつつある。つもりビジョンがますます役に立つぞ。
周囲に意識を広げて、敵の機体だけでなく戦場全体を把握してみようか。危険なビー玉サイズ以上の宇宙塵だけでも何万とある。一つ一つに意識を割いてはいられない、ふわっと知覚していればいいさ。要は進路上に障害物がなければいいんだよ。
耳を澄ませば宇宙の声が聞こえる? キーンってハミングしているようだ。俺の耳鳴りか? あるいは、クジラの歌的な空間把握能力に覚醒したんだろうか?
少しずつ、少しずつ、天秤が俺の方に傾いてきた。奴らも宇宙塵を警戒しているな。ヴァルキリアだってスキャナの性能はそれ程でもなさそうだ。
リンクスのスキャナはといえば、とっくに敵機をロストしてしまってる。モニタ越しにたまに見えるのは、宇宙を切り裂くビームだけ。絵面的には宇宙戦って、地味だ。
高速戦闘に慣れると、ビームがやたらゆっくりに見える時がある。ビーム粒子だって機体と一緒に加速してると思うんだが、その辺どうなんだろう? そもそもビーム粒子って何だよ?
アインシュタインを信じるなら、光速のレーザー兵器が一番速い筈だ。が、俺の武器コレクションにはあまりいいレーザーガンがない。
レーザーガンは威力の面でビームガンに大きく劣るから、ゲームじゃ使ってるプレイヤーはほぼいなかった。メリットは水中でも使用可能なことくらいか。そもそも機体を鏡面仕上げにすればノーダメージという時点で終わっている。
まあ、ゲームじゃフィールドが狭かったから、光速でもそこまでメリットはなかった。だけど広い宇宙じゃ便利じゃないか? 敵の機体もレーザー対策はしてないみたいだし……試してみるか。
左手のバスターソードをレーザーガンに換装する。
スキャナで補足できないターゲットに火器管制装置は使えないから、手動で狙うしかない訳だ……当たるかこんなもん! エネルギーの無駄でしかないな。むしろ敵にこちらの位置を教えてやってるようなものだ。
奇跡的に命中したとしても、一瞬じゃダメージなんて与えられない。うーん、意味がない。
挑発用としては使えるかな? 今必要なものじゃない。大人しくインベントリに収納しようか。
それはたまたま起きた事故だったのかもしれない。
奴らの放ったビーム同士がリンクスの至近距離で衝突し、飛び散ったビーム粒子が暴れる蛇のようにのたうち回る。
威力は減衰しているとはいえ、リンクスにとってはビームの断片ですら十分脅威だ。慎重に全て回避する。
あ、しまった! かな?
敵は俺の動きを見逃さなかったようだ。リンクスのバリアが奴らより薄いことに気づきやがった。
わざとビームを衝突させ、リンクスの周囲に火花を撒き散らす戦法をとるようになった。くそっ、汚え花火だぜ。
仕方ないなあ。ランダムに飛んでくる無数の光の蛇を、丁寧に全て躱していく。
宇宙空間で機体を操る練習だと思えば、こういうのもありか。
空中での回避機動とまあ似たようなもんだ。空気抵抗がなくて、重力なんかも気にしなくていい。ある意味シンプルで楽じゃね?
実戦中にトレーニングとか、狂気の沙汰だな。
まあ、この程度のピンチは何度もくぐり抜けて来たし。俺にとっては日常茶飯事だぜ。
将棋なら、盤面の隅に追い詰められたら詰んでしまうが、宇宙は無限に広がっているんだ。
どこまでも逃げて、逃げて、逃げることができる。なんだよ、発想の転換じゃないか。俺、コペルニクスを超えたかもしれん。
キンギョモの隙間を逃げ回るミジンコのように、ピンピンと回避しまくっていたら、上下の概念は完全に喪失してしまった。これって、宇宙飛行士が宇宙で溺れるって奴じゃないか?
だが、俺は溺れない。脳内に周囲の宇宙を飲み込んでやったからな。
無数のチリの一つ一つ、ビームの粒子の全てが見える。
むしろ水を得た魚、泥んこの中のドジョウだ。
来たな、これはスイッチが入った時の感覚。アスリートが言うゾーンに入った状態だ。
あまり意識し過ぎると終了してしまうので、平常心を保つのがコツだな。
ホラ、気にしない気にしなーい。
俺の中の膨張する世界が月までも飲み込んでいく。
たまに流れ弾、いや、流れビームが月面にヒットしているな。さっきまではそんなことに気づく余裕すらなかった。
ヴァルキリアのビームは下手な核兵器より遥かに強力だ。月、大惨事だな。
月面にあるのはビリーの発電所やゴミ捨て場くらいだ。完全に無人ではなかったかもしれないが、あっしには関わりのないことでござんす。
まあ、隕石や宇宙線対策で居住区角は地下深くの筈だから、直撃じゃなきゃ大丈夫じゃないか?
流れビームが地球に当たったら? さすがに距離があるから、それなりに減衰するんじゃないか?
オゾン層とか大気もあるしな。大気って奴はなかなか高性能なバリアだよ。
一応、配慮はしておこうか。そう難しいことではない、地球や月を背にしない位置取りをすればいいだけのことだ。
太陽を背にして戦うのもいいな、いい目くらましになるんじゃないか? 流れビームが太陽に当たる心配は……いらんだろう。
ヴァルキリアのビームがいくら凄くても、本物の太陽に比べればハナクソみたいなものだ。恒星ってのは常時爆発している超巨大な水爆だからな。
銀河連邦のブラックホール兵器は、そんな太陽すら消滅させてしまうというからシャレにならん。
あいつら、地球人類の消去は口実で、地球のスターゲイトを消滅させるのが目的なんじゃないか?
マテリアルが超大事みたいだから、あの星への裏口を潰しておきたいんだろう。兵法としては理解できない話じゃない。
地球人にしてみれば理不尽極まりないがな。
俺は……本当に地球を守りたいんだろうか? それを口実に戦いたいだけじゃないのか?
いや、さすがにそれはないな。それじゃあ、ただのバトルジャンキーじゃないか。
仕方ないだろ、まるで少年漫画の主人公のように、戦えば戦うほどに強くなれるんだ。この誘惑には抗いがたい。
思春期のガキみたいだと笑わば笑え。いや、地球人類そのものが、思春期を迎えつつあるんだ。俺はその進化の先頭ランナーってだけだ。
ああ、ビリーの絵の意味が完全に腑に落ちた。時代の最先端である棍棒を持った原始人、つまりあの猿みたいなのが今の俺の本質だ。
ここ数か月の騒動で地球人類の大半が失われたらしいが、それでも二十世紀の人口より大勢生き残っているそうじゃないか。世界の終わり? とんでもない、これから始まるんだ。
新たな力に手が届けば、宇宙が俺達の新天地となる。邪魔する奴らはぶっ倒すだけだ。
敵の小賢しい先読みが、まるで手に取るように見えるようになった。さっきまで苦戦していたのが嘘のようだ。
俺はまた一つ壁を越えたようだな。こうなるとスーパーヴァルキリアもカニメカと同じポジションだ。
ひょいひょいとビームのシャワーを潜り抜ける。奴らからすりゃ、理不尽に未来が書き換えられているように見えるかもしれないな。相手の視点とか考えると、結構こんがらがって来る。
よし、次は勝つための算段をつけないとな。負けないだけでは結局ドローなので。
手持ちのビームガンじゃ、当ててもどうせバリアで弾かれる。Xキャリヴァーくらい攻撃力があれば、バリアごと斬り裂けるが、近接戦闘したきゃ相対速度を合わせてやる必要はあるな。
むむ、機動力は奴らの方が上なんだよなあ。
別に、武器を使わなくても、なんとでもやりようはあるか。
お互い馬鹿みたいなスピードで飛び回ってるんだからな。質量さえあれば石ころでもなんでもいいわけだ。相対速度による運動エネルギーが、強力なバリアをも貫通してくれる。
デブリの多い場所に誘い込んで、今みたいな高速戦闘を続けていれば、奴らは勝手に自滅するんじゃないか? 俺はただ回避に専念していればいい。
いや、そんな勝ち方でいいのか? なんかもったいないぞ。
せっかく巡り合えた好敵手だ。とことんしゃぶり尽くして、成長の糧にしなければ。
左手の装備は空けて、真・Xキャリヴァーの一刀流で戦うことにする。
初心に立ち返り、ごくごく普通の近接戦闘を狙ってみよう。
宇宙でわざわざこちらから相対速度を合わせるとか、本来ならハイリスクローリターンでしかないわけで……これだけ馬鹿々々しい行為は、存外、敵の意表をつけるかもしれないぞ。
舐めプ? 縛りプレイ? そうとも言えるか。だが超真剣にそれをやるんだ。
自分自身を囮にして、敵が最接近してきたタイミングで強引に相対速度をゼロにする。チャンスは一瞬。
この時、剣が届く間合いでなければ意味がない。
優秀な敵は、もちろん俺の意図を見抜いて対応してくるだろう。無理ゲーだよなあ。だが、無理を通して道理を引っ込ませるくらいの覚悟はある。
昔むかし、誰だったか、三日月に七難八苦を願ったサムライがいたな? 今はそいつの気持ちがよくわかるぞ。
こちとらヘルモード上等だ。バッチ来いやあ! ヌルいことやってんじゃねえぞ!
一方的にビームを浴びせられている状況は、今までと何も変わっちゃいない。俺の心の中でだけ、狩るものと狩られるものの立場は逆転している。
奴らがそれに気づいた時にはもう遅い……という流れが理想ではあるな。
俺も余裕が出てきて気づいたことがある。リンクスが必ずしもヴァルキリアに劣っているわけではないということだ。
パワーでは負けているが、小回りに関しては数段勝っている。
スーパーヴァルキリアはわりと大雑把な動きだ。奴らの戦闘スタイルだと、細かい回避機動とか必要もなかったんだろうがな。
あとはそのことをどう勝負に活かすかだが……
一瞬で数十キロを詰めて来る敵機。凄腕の方だな、よし来い!
いつものタイミングでビームが薙ぎ払われる。一本、二本、そしてクロスして、リンクスの周囲に乱れた粒子を撒き散らす。またそれか、ワンパターンだな。
こっちもいつもと同じく回避すると見せかけておいて、強引にブースト加速して軌道を変更。
相対速度を落とすと言っても、別にゼロにする必要はない。真・Xキャリヴァーがインパクトの衝撃に耐えられればいいんだ。なんとなくだがマッハ10くらいなら平気な気がする。秒速にして三キロ程度か?
剣よりリンクスのマニュピレーターが先にブッ壊れそうだな。ヤバそうならすぐ手を離せるように、軽めに握っておく。
よし、ここだ!
予想した空間目掛けて剣を振り抜く。
『ああっ! 惜しい!』
いやいや、ベティちゃん。今のは完全に振り遅れだよ。おまけに剣の間合いから百メートル近く離れていた。これはちょっと恥ずかしい。
だが、コツはわかった。次こそは斬ってみせる。
さあ、Uターンして戻って来い……あれ、来ないな。逃げるのか?
仕方ないので加速して追いかける。
『一機は等速直線運動していますね』
「戦闘中に不明瞭な言い回しはやめてくれ」
『加速も減速もしていないってことです。つまり、慣性で流れているだけ』
「なるほど、故障か? 凄腕の方だな」
あいつはハッスルしてたからなあ。機体に無理がかかったのだろう。
リンクスが近づくと残りの一機が攻撃してくるが、今更怖くもなんともないぜ。
相対速度を合わせて、斬る……いや、動かない的じゃあ斬っても面白くもなんともないな。
「これって、回収できないか?」
『やってみましょうか』
いつ反撃されてもいいように、油断なくランデブーする。
『回収成功』
あっけない。スーパーヴァルキリアをゲットだぜ! ビリーが欲しがりそうだ。
ともあれこれで敵戦力は半減、難易度はぐっと下がった。下がり過ぎた気もするが、まあ、油断せず一騎打ちするか。
「あいつ、慎重だな」
慎重過ぎだ。俺がさっき剣で斬りつけたのをしっかり見ていたんだろうな、一定以上近づいて来なくなった。石橋を叩いて渡るタイプだな。
『敵のビームガンの出力が落ちてきていますね。収束率も大幅に低下』
壊れてきてるってことか? 奴らのビームガンには自己修復機能はついていないのか。
「なんか太くなってきて怖いんだが、ビームが拡散してるってことか?」
威力が多少落ちたところで、元々オーバーキル過ぎる兵器だ。当たり判定がでかくなる方が厄介は厄介だ。
いや待てよ、今くらいのビーム加減なら斬り払いも可能か?
あえて避けずに、迫るビームに斬りつけてみる。タイミングを合わせるだけだから楽なもんだ。
「おおお! ノーダメージ?」
『今のはバリアの許容量ギリギリでした』
ふむ。散らしたビームの残りカスみたいのを食らったか。これだけ極太のビームだと、全てをかき消すのは無理ってことか。
だが、ビーム斬り払いの極意に開眼したかもしれない。そもそも何故剣でビームを消せるのか、俺は何もわかっちゃいなかった。ゲームだからそういうものかと思っていた。
「よし、次来い!」
ビームの流れを見切る。川の流れのようなものだ。剣で斬りつけて、ぶわっとした感じに流れを散らす。そうやって散らしたビームで後続のビームを邪魔してやればいい。
「これぞ奥義、玉突き事故で交通渋滞の術!」
『長い上に意味不明です』
「じゃあ、パチパチファイアー! まだ長いか? パチふぁ?」
技名はどうでもいいか、結局は斬り払いだしな。
それよりも、コツを忘れないうちに何度も反復して定着させねば。
「なんか、撃って来なくなったぞ……あいつも流れてる?」
『スキャナで補足できません。もう少し近づいてみてください』
二機目も故障か? 案外、銀河連邦の兵器って粗悪品なのか?
追いかけてみると、さっきの奴同様に動かなくなっていた。放っておけば、このまま宇宙の彼方に流れていくんだろうな。
『おそらくはエネルギー切れ、マテリアル切れでしょうね』
「マテリアルってそんなに嵩張らないだろう? そもそもインベントリに入れときゃいいのに」
『スーパーヴァルキリアにインベントリの機能は実装されていません』
なんだよそれ、所詮は量産機扱いってことだろうか? 量産機なんだろうなあ。となると、銀河連邦の指揮官専用機とかって、どれだけ強いんだよって話だ。
さすがは宇宙、強キャラのインフレが止まらないぞ。よしよし。
「ベティちゃん、こいつにマテリアルを補給してやることは可能か?」
『正気ですか? 敵に塩を送る、みたいな?』
「いや、そういういい話じゃなくって、少し戦い足りない、みたいな?」
『リスク管理が滅茶苦茶ですね……仕方ありません、少しだけですよ』
なんだかんだ言っても、ベティちゃんはチョロい。
『あの、結論から先に言うと、失敗しました。結果的には大成功なんですが』
「意味わかんねえよ」
目の前のスーパーヴァルキリアはむっくり動き始めたのだが、攻撃してくる素振りも見せない。
『マテリアルを与えた者の指揮下に入る仕様だったようですね』
なんだよそれ、餌付けしたってことか?
いや待てよ、それが宇宙のルールなのか。労働の対価は先払いとか、なんてホワイトなんだ。
それは悪くない。悪くないぞ、銀河連邦。
「それじゃ、リンクスを攻撃するように命令してくれ」
『それは無理なんです。先例がないことはできないみたいです』
こんなところにまで先例主義の弊害が……いや、違うだろ。アルゴリズムを組んだ奴の手抜きだな。自由度が足りないぞ。
『約八時間後に敵の増援が出現しますので、それまでお待ちください』
敵の増援? モニタに宇宙船のシルエットが表示される。
「これは、宇宙空母か?」
『銀河連邦には軍艦はいないという建前ですので、環境調査船ということになっています。大出力のビーム砲とプラズマ兵器を装備、さらにスーパーヴァルキリアを14機搭載しています』
バルジみたいなもっこりパーツが多分砲塔なんだろう、結構な重武装じゃないか。空母というより戦艦だな。
「いきなり14機は多過ぎだ。せめて3機くらいで来いよ」
『敵はこちらの都合に合わせてはくれませんよ』
「確かに正論だな。一眠りするから、一時間前に起こしてくれ」
まあ、なるようにしかならんだろう。眠い頭で作戦を考えても碌なアイディアは出まい。それより寝たいときに寝る、これだよ。
最後の晩餐、いや最後の睡眠になるかもしれん。ゆっくりいい夢でも見るか。
『そろそろ起きてください』
結構いい夢を見てた筈なんだが、思い出せない。目の前の現実も、夢みたいなもんだがな。戦闘ロボのコクピットだぜ。外は宇宙だぜ。
これが夢オチだったとしても何の不思議もないと思うんだが、そういう訳にはいかんよなあ。
さて、目を覚まして、シャッキリといきますか。
まずは手ごろなサイズの岩を探す。宇宙ならそういうのゴロゴロしてそうなもんだが、意外と少ないから困る。丁度良さげな大岩を見つけるのに半時間近くかかってしまった。
この岩は太古の昔から地球を周っていた衛星っぽい。歴史的、科学的に貴重なものかもしれないが、まあいいか。どうせ人類が滅びれば、こんな岩に何の価値もなくなるんだし。
「このまま岩を持って加速して、スターゲートから出て来たタイミングで敵艦にぶつけるんだ」
『バリアで防がれますよ』
「だから、むっちゃ加速する。運動エネルギーで押し通る」
最初にマテリアルの供給源を断ってしまえば、スーパーヴァルキリアがどれだけいても、逃げ回っていれば勝てる。ガス欠狙いだ。
『タイミングがキモですね。早過ぎれば失敗、遅過ぎれば迎撃されます』
AIがキモとか言うの、なんか違和感あるよなあ。ベティちゃん人間臭すぎる。
味方にしたヴァルキリアの姿が見えないと思ったら、インベントリに収納してしまったようだ。まあ、いても邪魔なだけか。
残念なのは、一眠りしたことでスーパーモードが解けてしまったことだ。
あの状態なら、どんなピンチでもわりと余裕だったのになあ。
『3,2,1……出て来ませんね』
くそ、失敗か。いや、出て来た出て来た。滑り込みセーフ! 超ギリギリで間に合った。
左腕で大岩を投擲すると、反作用でリンクスは後方に押し出される。
岩は敵艦中央に大当たり! いや、少し角度が甘かった、バリアで弾かれた。
だが、このタイミングならば。
「奥義! 交通渋滞斬り!!」
ダメ押しの切り払いで、いけると思ったんだがなあ。ビームは斬れてもバリアは斬れないか。いや、このバリアが強力過ぎるんだ。
それでも、それなりに負荷は与えたようだ。一瞬、バリアに網の目状の隙間ができる。
リンクス本体は通過できなくても、これならば!
片腕が通る程度の転移門を開き、艦内のマテリアル保管庫に直結する。
マテリアルの収奪に関しちゃセミプロだからな。一気に吸い取ってしまう。
『敵艦、出力低下。こんな裏ワザが……よくマテリアルの保管区画がわかりましたね』
「匂いでな、わかるもんさ」
『わざわざ岩をぶつけなくても、敵機が発艦するタイミングでバリアは解除されたのではないでしょうか?』
そんな簡単な方法があったのか。まあでも、転移門って狙って使えるものでもないしな。戦闘中に、なんか勢いで開いている感じ? というか、あの技はベティちゃんがフォローしてくれてるとばかり思ってたぜ。
まあいいや、バリアも完全に消滅したし、今のうちに制圧してしまおう。
格納庫内ならチャンバラも可能だろう。出会いがしらの一発を警戒しながら艦内に突入する。
……敵部隊はまだ何の準備もしていなかったようだ。スーパーヴァルキリア、追加で14機ゲットだぜ。
ついでに艦長らしき存在も捕虜にした。クリスタルのボトルに入った原形質っぽい何かだ。一応、知的生命体らしい。
いや……こんなに簡単に勝っちゃ駄目だろう。ふざけるなよ、こっちは一応死まで覚悟して来たのに、油断してましただと?
奇襲なんて成功すればこんなものだろう。それを狙ってやったのも確かだ。
ただ、釈然としない。
現実はゲームじゃないから仕方ないとはいえ、ゲームバランスが悪すぎるよなあ。