悪の天才は時に敗北を知る
トーラスの中の人は、きっとあいつだ。ゲーム大会で俺に勝ち逃げした奴だ。
パーティーで女の子を何人も連れ歩いていた金髪のチャラ男だよ。テロリストにあっさり誘拐されやがって、今じゃ悪党の仲間入りか? それとも最初から奴らの仲間だったのか?
まあ、そんなことはどうでもいい。量産型スキュータムは想像以上にザコ性能であることが判明している。
機体性能の差がここまであると、まともに戦っても勝ち目がない。
先手必勝。こっちを舐めている今のうちに一撃で決めてやる。
両腕のビームガンは発射可能になっている。そうそう、背中のコクピットハッチを開けておかないとな。
3、2、1、よし。
発射直前に左手のビームガンを投擲し、それを右手のビームガンで打ち抜く。
よし、暴発した。白いスパークが派手にまき散らされる。
案の定、周囲の機体は全てフリーズしてしまった。素早く飛び出してトーラスにとりつく。
バリアが再起動するまで、何秒もない筈だ。
原理は不明だが、ビームガンの暴発に巻き込まれると機体が勝手に再起動してしまうことがある。一瞬でもバリアが使えなくなるのは、戦場では致命的な隙だ。
つまり、ビームガンはスタングレネードとして使うのが正解なのだ。
自分がされたら嫌なことを敵にするのが兵法というものだ。
卑怯? ニンジャは汚いのだよ。
素早くトーラスの胸部装甲を時計の針で刻み、侵入口を開く。バリアが再起動する前に、安全地帯に潜り込めたら俺の勝ちだな。
装甲の内部は予想に反してメカメカしくなかった。身の詰まったカニみたいだな? こいつ、生ものかよ。
グロいが仕方ない。バリアが再起動してしまう。意を決して、ドロッとしたササミのような筋肉をかき分けてダイブする。
幸い、ドロドロは片っ端からシュワシュワ気化していっている。カニメカのマテリアルと似たようなものか。
奴はもうどうすることもできまい。一寸法師も使った兵法だ。チェックメイトだな。
コクピットのある筈の場所まで、時計の針で道を切り開いて進む。体内の骨も相当硬い筈だが、問答無用で切断できる。骨の断面が刃物のようにシャープになるので、触れないよう注意だな。
ん? 妙だな? この辺にコクピットがなきゃおかしいんだが。身長十メートル程度のトーラスの胸部は、迷子になるほど大きくはない。
このごついのが背骨だとして、両脇の二本の管は動力パイプ的な何かか? 切断したらヤバイやつだよな。
まあ、インベントリだって謎仕様だし、コクピットが実際に機体内にあるとは限らないわけか。
ぐらり、と傾く。この浮遊感は、トーラスは絶賛転倒中だな。覚悟を決めてインパクトの瞬間を待つ。
予想通りズシンときたぜ! 本当に目から火花が出たように見えた。視神経が混信したんだろうか。
これだけの衝撃、ドロイドでなければ即死だったな。
外に這い出すと、お供の二機の量産型スキュータムが、トーラスに肩を貸そうとしている。
目の前にコクピットハッチがあれば、斬るよな? 据え膳食わぬはニンジャがすたる。
ハッチだけじゃなく、中のパイロットまで切断してしまった。苦しむ間もなく即死だな。おそらく狭いコクピットは血の海だ。
こいつを分捕ってもう一機を倒そうと思ったんだが、気が変った。
最後の一機にそのまま飛び移る。バリアーを斬れるか? 空振りだと? 抵抗もなく肩の上に取りつけた。
バリアは故障中のようだ。
頭バルカン、じゃなくてパルスレーザーがゆんゆん煩い。どこを狙っている? こいつ、完全にパニクってやがる。
延髄あたりを狙って剣を振る。わりと生き物っぽい設計みたいだし、ここいらあたりは弱点だろう。
そのまま飛び降りて、背骨を真っ二つに切断する。ついでにコクピットのパイロットも両断しただろう。
悪いが手加減はしない。いつか地獄で会おうぜ。
この機体、背面装甲はあってないようなものだ。ハイローミックスは合理的だが、ローな機体に乗せられるパイロットは可哀そうなもんだ。
量産型スキュータムにはインベントリみたいな不思議空間を扱う機能がないからな。転移で脱出なんてできないし、前面装甲を厚くするには背中側を薄くするしかなかったわけだ。
そもそも身長10メートルの人型ロボットって時点で無理があるんだ。バリアがなければ、その辺の装甲車よりペラッペラだぜ。
結局、時計の針だけで勝ってしまったな。何でも切れる剣か、思った以上に使えるぞ。
「ベティちゃん、頂きマンモスー」
インベントリに回収してくれって意味なんだ。わかるかな? わかんねえかなあ。
量産型スキュータムはともかく、トーラスの方は残骸であっても手に入れておきたい。
お、トーラスが消滅した。さすがはベティちゃんだ。ついでに量産型スキュータムまで全て消える。そっちは別にいらなかったんだがな。
実際に操縦してみた感想としては、量産型スキュータムよりスキュータムIIの方が明らかにハイスペックといえる。
まあ、スキュータムIIはマテリアルをガンガン消費するからなあ。大気中のマテリアルを回収できるアドバンテージは大きい。
出力の違いが戦闘力の差に繋がるということは、ゼロ戦の戦訓が教えてくれている。
ヴァルキリアが厄介なのも、リンクスがパワー負けしているからだしな。
お、なんか基地全体がぐらぐらしてきた。すわ自爆か? いや、これは!
マズいな、悪党どもは基地ごとトンズラする気だ。反重力エンジン特有の振動が伝わって来る。
この時計の針がある限り、逃がすものかよ。
エンジン音は下から伝わって来る。ならば、床を斬る!
缶詰の蓋を開けるように丸く切断してやると、スポンと抜け落ちる。逆テーパー気味に斬るのがコツだな、でないと綺麗に抜けなくなる。
壁だろうが天井だろうが気にせず穴をあけて、エンジン音目指して突き進む。通信ラインぽいのは気にせず斬るが、動力パイプっぽいのはさすがに避ける。
多分、この基地全体が巨大UFOの中にありましたってオチだろうな。細長いレイアウトのようだから、葉巻型か? 少なくともアダムスキー型ではない。
うっかり外殻を突き破ってしまい、吸い出されかける。外はもう真空の宇宙だ。
月の近くにあるという転移門を使ってトリックスター星に逃げるつもりだろう。その前にエンジンを潰してやる。
周囲の動力パイプがどんどん太くなってきているから、もうすぐ機関室だと思う。
うーん、別にトリックスター星まで逃げ込まれても良くないか? 本気でリンクスで暴れまわったら、星の一つくらいぶっ壊せるんじゃないだろうか。無益な殺生はしたくないが、その辺は臨機応変に成り行き任せだ。
勘を頼りにひたすら突き進み、ようやくそれっぽい部屋にたどり着く。ルルルルと虫が鳴いているようなエンジン音がなんか可愛い。内部は一体どんな構造なのか興味はつきない。
素人が反重力エンジンの分解なんかしたら壊すに決まっているが、どうせ破壊が目的なんだし別にいいんだった。
工具など使わず、時計の針で適当に切り分けていく。
ネジとか見当たらないんだが、これってどうやって組み上げてるんだ? 俺の科学知識では、この材質が金属なのか粘土なのかすらわからん。
お、エンジン音が聞こえなくなった? 内部に回転しそうな部品は一つもなかったな。何故あんな音が出るのか、ますます謎は深まった。
メインエンジンを壊したことで、UFOのシステムがサブに切り替わったみたいだな。今度はそっちを壊せってか?
『おのれ! 家畜である地球人の分際で、よくも大天才であるこのワシのウーハラに傷をつけてくれたな!!』
なんか立体映像で俺に文句を言ってくる爺さんがいる。凄い髭だな。髪型もファンキーだし、ただものじゃない。
こいつがボスか? ボスっぽいよな。
「なんだお前?」
相手はしてやろう。破壊の手は休めんがな。だって、時間稼ぎするつもりなのがミエミエだし。
『ああっ! 貴様!! 粒子コンバーターには手を出すなっ!!』
ほう、これが粒子コンバーターなのか? 大事な装置らしいし、念入りに壊しておこう。
しっかり何本も切れ目を入れてやると、内部でバチバチっとスパーク音が始まった。宇宙人なのに、まだ電気なんて使ってるのかよ? なんかちょっとがっかりだ。
『きさまあ、このワシと心中するつもりかあっ!!』
焦ってる焦ってる、これは相当危険なものらしいぞ。
「変な奴だな? 死ぬのが怖いのか?」
地球人をさんざん殺しておいて、死ぬのは嫌とか自分勝手にもほどがある。それはいけません、とおりません。
大きいヒョウタンっぽいパーツに手にかけても顔色が変わらないな、これじゃないのか。
ん? 今ピクッとしたよな。大事なのはこっちの玉か!
『ダメじゃあっ!! 補助リアクターは駄目なんじゃあっ! 暴走が止まらなくなるぞっ』
暴走するらしい。いいぞ、ぶっ壊してやる。
「そんなに命が惜しけりゃ降参しろよ」
『誰が下等生物なんぞに』
「ならば斬る」
『ちょっと待て! 考えさせてくれ』
ん? 表情が変わったな。これは……悪いことを企んでる顔だ。
なんか床が振動し始めたな。あ、こいつめ! エンジンブロックごと切り離すつもりだな。
急いで来た道を引き返す。うわ、分離した?
UFOがスッパリ二つに分かれていく。
逃がすかよ、壁を蹴って本体側に飛び移る。
数秒間の宇宙遊泳。ドロイドは短時間なら宇宙でも活動できる性能がある。まさかここで実践することになるとは予想外だったがな。
生身の体で宇宙遊泳とか、人生何が起きるかわからないもんだよ。意外に楽しいかもしれない。
これは宇宙世紀の新しいスポーツになるだろう。宇宙オリンピックが開催されるような平和な未来が来るといいな。
大きな月がすぐ近くに見えた。
思った通りだ。月の転移ゲートを通って逃げるつもりだったな。そうはさせん。
ゆっくり離れていくエンジンブロックがなんかヤバそうな感じだ。絶対爆発する兆候だよな。
こんなところで月を眺めていたら、爆風で吹っ飛ばされる未来しか見えないぞ。とっとと船内に潜り込もうか。
何層目かの隔壁に穴をあけていると、UFO全体が地震のようにゆらゆら揺れた。爆発音は聞こえなかったが、エンジンブロックが爆発したんだろうな。
白いキリンを仲間にするという当初の目的とか、もうどうでも良くなってきたな。やってやるぜ。
耳を澄ませば、微かにエンジンの音が聞こえる。予備のエンジンがまだあるみたいだぞ。もちろん、そいつも破壊だ。
音を頼りに、手当たり次第に壁を切り裂いて突き進む。俺の前に道はない、俺の後ろに道ができる。だから迷子にはならない。
さっきのより小さいエンジンルームにぶち当たった。補助エンジン? 予備エンジン? これを壊せば逃げられなくなるかな?
ん、殺気を感じて軽くステップを踏めば、避けた場所にビームガンのシャワーが降り注ぐ。間近で見るビームは随分とまぶしい、床が赤熱して少し溶けている。
警備ロボ? いや、あいつらもドロイドか。三体? いや、もう一体隠れているな。
『ガハハ! 銀河連邦の最新鋭ドロイドだ!! 劣等人種には勿体ないが、貴様はワシを怒らせたあっ!』
髭ジジイ、意外に面白い馬鹿だな。トリックスター星人ってこういうキャラなのか?
対人用ビームガンの厄介さは、拳銃以上ショットガン未満ってところか。射程がやや長いのが面倒だが、狭い閉鎖空間じゃあまり関係ない。
敵ドロイドの身体能力は俺のトビトカゲより明らかに上。ジジイが自慢するだけのことはある。
だが、奴らはエンジンを傷つけることができないようだ。位置取りを意識して立ち回れば、どうということはない相手だった。
いくら反応速度が凄くても、戦い方がまるで素人だ。間合いが甘い、甘すぎる。
すれ違いざまに二体を袈裟切りにし、三体目は唐竹割にする。時計の針は刃こぼれとか無縁だから、こんなこともできる。
最後の一体は多少は頭が働くようで、障害物の影に隠れたまま出てこない。別にいいけどな、俺が壊したいのはエンジンだ。
『ちょちょちょ、ちょっと待て! 降参、降参するから!』
髭ジジイが露骨に焦っている。もう他に予備のエンジンはないってことかな、わかりやすい奴だ。
年寄りなら腹芸くらいできそうなもんだが、負け慣れてないのかもしれない。
人生たまに負けるくらいが丁度いいんだよ。負け癖がついてはいけないが、勝ってばかりでも駄目だな。
「どうせ嘘なんだろ? 本当に降参する気なら即時停船しろ」
『宇宙船が急停止とかできるかあっ』
「ならば斬る」
部下として利用できそうなら少しは考えたが、無能はいらん。
ドロイド一体相手にあっさり壊滅させられる組織なんか、手下にしたところで役に立つとも思えんしなあ。
『やめてっ! 戻しますっ!! 地球に戻せばいいんじゃろ? な?』
なんか半泣きになってきた。せっかく立派な髭なのに、すでに威厳のかけらもない。
『トホホ。非売品の最高級ドロイドが束になっても歯が立たんとは……』
実際にトホホなんて言う奴、初めて見たぞ。そういやあいつって英語で話してるんだろうか? 自動翻訳が適当な仕事してるんじゃないだろうな?
非売品のドロイドってことは、噂のよいこポイントで貰える景品か。
銀河連邦正規軍の備品だそうだが、当然フルスペックではなくモンキーモデルだろう。
まあ、反応速度だけは一級品だった。トビトカゲを圧倒的に上回っていたからな。
生き残った最後の一体は油断なくこちらを窺っている。中性的なデザインで、アニメとかのエルフみたいな奴だ。一見華奢に見えるが、骨格は結構ごついぞ。身長はニメートル近くありそうだし。
半自律型のドロイドか、今は素人同然だが、学習を重ねられると厄介なことになりそうだ。今のうちに始末しておくか。
時計の針ばかり使っていたので、ビームソードで試し斬りだ。
構えて近づくと後ずさりする。怯えていやがるぜ、いっちょ前に自我があるのか?
『おい、壊すんじゃない! それ一体で地球人奴隷百万人分の価値があるんじゃぞ!』
なんだ? 地球人を奴隷にしてたのかこいつ?
「ならさっさとコントロールを解除するんだな」
二刀流でブンブンと演武して見せる。
『わかった! わかったから壊さんでくれ』
髭ジジイは簡単にビビり過ぎだ。まるで俺が弱い者いじめしてるみたいじゃないか。
『まったく、これだから野蛮人は』
ぶつくさ言いながら、ドロイドの機能を停止させるジジイ。
「ドロイド、ゲットだぜ」
片手を突き上げながら、キメ台詞を口にする。
破壊済みのも含め、全てのドロイドが瞬時に消滅。ベティちゃんはいい仕事するねえ。
これでさらに高性能なトビトカゲマークIIが作れるかもしれない。
正直、今のトビトカゲドロイドじゃ反応が遅すぎるんだ。
考えてみれば、生身の人間の肉体に閉じ込められていた俺が、リンクスやドロイドを操ることで、より自由に動けているわけで……ここまで来たらどこまで行けるか気になるじゃないか。
『異次元収納だとお! キサマ、いや、あなた様は監察官なので?』
なんだ。トーラスをちょろまかした時にインベントリに気づいてなかったのか。悪党をやるには観察力が足りないぞ。
観察官というのは、多分、銀河連邦の隠密的な何かだろう。ブラック企業に査察が入るようなシチュエーションかな?
「死して屍シシじゅうろく、捨てる神あれば拾う神あり」
せっかくなので時代劇のナレーション風に、渋めにカッコつけて言ってみる。こういうのは馬鹿々々しくても照れてはいけない。大事なのはノリと勢いだ。
『フム、アナグラムですな。ワシは天才ですから、わかりますぞ』
凄いな、さすが自称天才だ。お笑いの才能はあるかもな。
何か勘違いした髭ジジイは手のひらを返したように協力的になった。面従腹背してるだけなのはミエミエだがな。
UFOのコントロールルームで直に会ってみると、貧相なただの髭ジジイだった。立体映像は相当盛ってたな。
「これはこれは監察官様。このアスラビッチ・カイゾクハクシャクは連邦法の忠実なるシモベであります」
俺の足元に五体投地で跪くジジイ。土下座する宇宙人とか、昭和の特撮かよ。
「いろいろツッコミどころ満載だな」
「申し訳ありません、申し訳ありません。ワタクシメがこれまで積み重ねて来た評価ポイントをご確認いただければ、悪い奴じゃないとわかるんじゃよ。命ばかりはお助けくだされ」
ふむ、よいこポイントって、そんな風にも使えるものなのか。
「そこまで死ぬのが怖いか?」
「わ、ワタクシメが死ねば、宇宙は偉大な大天才を失うことに」
「天才ねえ? それにしちゃあ弱過ぎる」
「弱くても大天才なんじゃよ? 力の論理が全てではないんじゃ……」
恨めしそうに俺を睨んで、何かブツブツ恨み言を言い続けるジジイ。
まあいい、こいつがロボット軍団を使って何をしていたのか洗いざらい吐かせてやるか。
ん? また殺気か。随分遠い、UFOの外からだな。
一呼吸おいて船体が揺れ、サイレンみたいのが響き始める。
何者かにビーム攻撃されたか。
自分で宇宙海賊とか名乗ってたし、海賊ならよくあることだろう。
「そんな! 浄化隊ですと! ワシがこんなに頭を下げてるのに、どうして赦してくれんのじゃあっ!」
モニターを見て泣き叫ぶビッチ爺さん。おお、ヴァルキリアが二機、ビームを乱射しながら近づいている。容赦ないなあ。この船ももう終わりだな。
周囲に他の船が見当たらないところを見ると、あの二機だけでスターゲートを抜けてきたんだろうな。
「攻撃される心当たりがあるんだろう?」
「そんな! どうせ太陽系は消去されるんじゃ。その前にお宝を頂戴してどこが悪いんじゃあっ!」
白いキリン、思ってた以上にセコイ組織だった。
「悪党なら悪党らしく、少しくらい抵抗して見せろよ」
「海賊が正規軍に勝てるわけないでしょ! わしゃ負ける戦いはしない主義じゃからして。お願い、赦して。賄賂ならできる限りお渡ししますからあ」
あくまで俺に媚びるジジイ。負ける喧嘩はしないという考え方は、別に間違っちゃいない。
だが、その前に、俺が幕府の隠密だというのが勘違いなんだがな。
「わかってないなあ、自分より強い相手に勝ってこそ面白いんじゃないか」
小道具の巻物を口に咥え、片手で素早く印を結ぶ。
「ニンッ」
ニンジャ風の掛け声と共に、出現するリンクス。
同時にドロイドのトビトカゲを回収、コクピット内の自分の体に意識が戻る。
うーん、やっぱり人間っていいな。
リンクスは各部に装甲が追加されたフルアーマー宇宙戦仕様だ。実際は装甲というより、ブースター的な機構のようだがな。薄いフィンの積層構造の間に、磁場のような何かを発生させて真空中でも加速できるらしい。シンプルに加速装置と名付けよう。
唯一、額の三日月の鍬形だけがニンジャっぽいといえる。せっかくギャラリー受けを狙ったワンポイントだが、見てるのがビッチ爺さんだけとは残念だ、
『月影の使者ゲッコー魔人、定刻通りに即参上! 有象無象の悪党どもよ、月光の輝きを恐れぬならかかってこい! お仕置きタイムの始まりだ』
それっぽく出撃の名乗りを上げると、ヴァルキリアっぽい二機は慌ててビームを向けて来る。宇宙は広いんだよ、遠距離ビームがそう簡単に当たるかよ。
奴らは当たり判定の大きな極太のビームを、連続照射しながら振り回している。これはもう、ビームガンではなくビームソードの一種ではないか?
まあ、長い長い槍でハエを叩こうとするようなものだな。余裕で躱せるさ。
宇宙空間での機動プログラムはビリーからもらった。軌道計算とか特に意識しなくても、自在に動けるところがいいな、さすがだ。奴も伊達に天才を自称してるわけじゃないな。
ビームを避けるのは造作もないからいいが、敵機の機動性はシャレにならんレベルだ。
前に戦ったヴァルキリアと比べても圧倒的に高性能だ。よく見るとだいぶ違うし、ヴァルキリア改と呼ぶべきか? いや、スーパーヴァルキリアの方が語呂がいい。
ヴァルキリアがモンキーモデルだとすれば、こいつらはフルスペックの正規軍仕様か。
敵のインフレが、とどまるところを知らない。
ビームを回避しながら、右手に真・Xキャリヴァー、左手にバスターソードを装備する。宇宙だと両手剣を片手で扱えるのが便利だ。
真・Xキャリヴァーは念動でも操れるので、手にするだけで運動性アップだぞ。
剣の間合いにさえ入れば、負ける気はしないんだがな。
ただなあ、宇宙でチャンバラするチャンスはなかなかなさそうだ。空中戦でも難しかったが、あんなもんじゃない。
敵機との相対速度が桁違いなんだよ。ランデブーの難易度が半端ないって。
いや、よく考えたら、これだけの運動エネルギーで斬りつけたら、衝撃で共倒れじゃないか? インパクトの瞬間に双方木っ端微塵だぞ。
なんてこったい、宇宙では剣の出番はないというのか?
だが、ビームガンで射ち合うのは問題外だな。こっちのビームガンじゃ奴らのバリアに弾かれるだけだ。勝ち筋が見えない。
剣を飛ばすのが一番正解なんだろうが、真・Xキャリヴァーを使い捨てにするのはもったいなさすぎる。
銀河連邦と戦うなら、宇宙戦で敵の大軍を相手にすることもあるだろう。敵の数だけ剣を用意するのは無理だよ。
この機会に宇宙戦での立ち回りをしっかり身につけておかないと、そのうち詰むな。
相手のパイロットは、なかなかいい腕をしている。特に、上手い方の奴がヤバイ。俺より強い奴に会うのは久しぶりだな。
機体性能で負け、操縦の腕で負け、数でも負けているのか。ここまでの大ピンチは初めてじゃないか?
面白いな。何故だろう?
ああそうか、この戦いで命を落としたとしても、それはそれで俺は結構幸せなんだ。
さっき髭ビッチにも言ったばかりじゃないか、敵は強けりゃ強いほど楽しいってね。
先読みで放たれるビームの奔流を、さらに先読みして剣を振った反動でひらりと避ける。それをさらに先読みしたビームが置かれているんだから、こりゃたまらんなあ。
こんなこともあろうかと、おまけバリアーを斜めに展開しておいて良かったぜ。ビームの反動でスイっとリンクスの軌道がズレる。ほぼノーダメージだ。
ははは、だんだん俺が追い詰められてきてるぜ!
生命の鼓動が、狂おしいくらいに全身を駆け抜ける。この一瞬、今こそ俺は生きている。