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俺のロボ  作者: 温泉卵
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水との遭遇

 ステージ7はまさかの水中マップだった。

 

 どこかの海のど真ん中らしく、周囲に陸地は見当たらない。水深が浅いためか水はあまり綺麗とはいえず、水中の視界は悪い。波間を抜けてくる光がカーテンのように見えるのがちょっと幻想的だ。こういうのをチンダル現象とか言うんだっけ?

 

 すでに何人かのプレイヤーがこのステージに到達しているらしい。情報が伝わるにつれて攻略板は祭り状態になりつつあるようだ。理不尽、無理ゲー、確かにその通りなんだがこのゲームの場合は何を今更という気がしないでもない。

  

 俺がまず悩まされたのは浮力だ。リンクスは案外軽くて、何もしないでいると少し水に浮いてしまう。比重って奴が僅かに水より小さいんだろうな。

 

 水中戦で浮き上がってしまうと戦いにくいので、トマホーク(笑)というアイテムを両足のラックに装備してバラスト代わりにしている。

 

 トマホーク(笑)というのは、見たまんま、斧のような武器だ。ガチャで稀に出るアイテムで、自己修復機能付きなので一応レア武器といえる。名前が変なのは第一発見者のせいだろうな、俺ならトールハンマーとかカッコいい名前にしたのに。

 

 問題は武器としての性能の低さだ。刃は鈍らで、重さに任せてぶん殴るしかないのだが、攻撃力がとにかく低い。バスターソードに比べるとリーチが短くて使い難い上に、敵に与えるダメージは一割にも満たない。耐久値が高いのはいいが、これじゃさすがに使い物にならない。

 

 オークションで捨て値で売りに出ていたので試しにいくつか買ってみた。反撃して来ないステージ1の敵なら当然倒せるが、それなりに時間がかかるのでクリアタイムボーナスが勿体ない。何かのイベントのキーアイテムかもしれないし、これほど性能が酷ければいずれ上方修正が入るかもしれないと思って、しばらく倉庫の肥やしにしていたのだ。まさかオモリとして役立つ日が来ようとは予想外だった。

 

 水中の移動にはブーストダッシュが使えるものの、著しく効率は悪くなる。エネルギーを節約するためにバタ足で泳ぐのもいいかもしれないが、重りをつけて海底を歩くのが一番正解だと思う。リンクスの場合は両腕に内蔵されたワイヤーアンカーを使っての移動ができるので、まだ恵まれている方かもしれない。

 

 ワイヤーアンカーには外付けのランチャーポッドタイプが店売りであるので、肩にウエポンラックがついている機体なら装備可能だ。

 

 ウエポンラックというのは簡易ラックのいい奴なんだろうと思うのだが、残念なことにリンクスには簡易ラックしかないので違いはよくわからない。武装を固定するだけなのが簡易ラックで、その上位互換がウエポンラック、さらに上等なのがウエポンベイだった筈だ。多分だが、上等なラックにはエネルギー用のコンセントとか、トリガー用のスイッチみたいのが繋がってるんだろう。


 リンクス以外の大抵のロボは、両肩に2箇所のウエポンラックがついていて、強力な武器を装備できるようになっている。攻略板等でリンクスの評価が著しく低い理由の一つが、両肩にウエポンラックがついてないからだそうだ。


 ひょっとしてリンクスの両腕にワイヤーアンカーが内装されてるのは、肩にウエポンラックがない救済措置なのか? まあ、別にウエポンラックなんていらないけどな。だいたい肩にそんなのがついてたら動きにくいだけだ。

 

 水中移動だけでも一苦労なのだが、水中戦における最大の問題は大半の武器が使用不可能になるってことだ。ビームはもちろん、ビームソードも使えない。実弾兵器も同様で、ミサイルもロケット弾もガンもキャノンも使えない。地雷や投擲用のグレネードは問題なく作動するようだが、まともに使えるのはそれくらいだ。攻略板の連中が大騒ぎしてるのも当然だろう。リアルさを追求してるのかもしれないが、ゲームとしていろいろおかしいだろう。

 

 実剣であるバスターソードは一応使えるが、突き推奨だな。水の抵抗が馬鹿にならないため、素早く斬りつけるという訳にはいかない。まったく困ったもんだ。



 キューキューと甲高いイルカの鳴き声のようなソナー音が聞こえて来る。ソナーは水中ではこちらのスキャナより索敵範囲が広いようで、見えない相手から一方的に攻撃されることになる。

 

 まあ、ソナー音のする方向から敵の居場所はだいたいわかるんだけどな。

 

 水中を高速で突進して来るのはトーペードという魚雷の様な水中ミサイルだ。今のところ店売りアイテムにはない敵専用武器である。

 

 ギリギリまで引き付けて回避。すり抜ける瞬間に剣の突きで慎重にトーペードのヒレだけを破壊する。放置するといつまでも執念深く追いかけてくるからな。

 

 ヒレを失ったトーペードは明後日の方向へ流れて行く。あと3発だ。トーペードの装弾数が4発ポッキリというのがまだ救いだ。

 

 

 このステージの敵は二機。人魚の様なパイシーとカニに似たキャンサーだ。

 

 トーペードを装備しているのはパイシーの方だ。水中を自在に泳ぎ回る厄介な相手だ。キャンサーだけが相手なら勝てそうなんだが。

 

 パイシーはトーペード以外にも槍のようなジャベリンを装備しており、他にも水中用レーザーガンとワイヤーアンカーを腕に内装している。

 

 レーザーガンは距離による減衰が大きいため、遠距離なら当たった瞬間に避けてしまえば大したダメージにはならない。バグなのかノーダメージで済むことも結構ある。


 パイシーの方からジャベリンで近接戦闘を挑んで来ることもあるので、その瞬間が俺にとってはチャンスだ。ただ、悲しいかな水中では機動性で負けている。リーチを活かしたジャベリンの突きも少々厄介だ。

 

 一番の問題はチャンバラの最中であっても奴がすぐにジャベリンを投擲してしまうことだ。剣で払うのは難しくないが、パイシーは投げたジャベリンを拾おうともせずに近接戦モードを終了してしまうのだ。そうなると残り時間は周囲を遊弋しつつ、たまに思い出した様にレーザーガンでチクチク攻撃して来るだけの消極的な戦法をとるようになる。

 

 クリア条件が敵2機の破壊だというのが厳しすぎる。近接モードの間にパイシーを倒せなければまず無理だと思う。パイシーにジャベリンを投げさせない方法さえ見つければなんとかなるかもしれないのだが。

 

 

 今回は高速で泳ぎ回るパイシーは無視してキャンサーを探す。キャンサーはひたすらこちらに近づいて来てくれるのでその点は楽だ。

 

 ステージ3のカニメカがサワガニだとすれば、キャンサーはワタリガニだ。二本足なのがむしろグロテスク。まるでカニ怪人だ。


 キャンサーの武装はシンプルで、両腕の内装武器のみだ。右腕に強力なレーザーガン、左腕には大型ワイヤーアンカー。

 

 内装武器というより腕がそのまま武器になっている、いわゆる武器腕だな。指がないので汎用の武器は扱えそうにないが、そもそもこの機体はプレイヤーに支給されるのだろうか? こんなのもらっても水中ステージ以外では役立たずな気がする。

 

 キャンサーのレーザーガンはバスターソードを盾にしてできるだけ防ぐ。やはりレーザーガンは直撃でもノーダメージの時がたまにあるようだ。バグだとしてもありがたい。修正されると困るので報告しないでおこう。

 

 怖いのは奴の馬鹿でかいワイヤーアンカーだ。リンクスのそれの数倍はあり、射程もかなり長い。キャンサーはアンカーを制動の手段としてではなく攻撃用として発射してくる。飛んで来る途中で方向転換もできるようだ。まるで有線ミサイルじゃないか。

 

 あれ? ワイヤーアンカーって発射後に方向を修正できるのか?

 

 試してみるとリンクスのワイヤーアンカーでも同じことができるようだ。知らずにずっと使ってたぞ、これは便利かもしれない。


 水中を突き進むアンカーの方向転換を繰り返しているうちに、互いのワイヤーがからまってしまった。丁度いいので巻き上げる。チェーンデスマッチだ。

 

 相手もワイヤーを巻きとりながらレーザーで狙い撃ちして来る。軌跡が光って長い長い光の剣にも見える。連続で照射し続けてくれる方が剣で防ぐのは楽だな。

 

 互いにワイヤーを巻いていくので、結構なスピードで間合いが縮まる。みるみる敵の姿が大きくなる。リンクスより二回り以上大型だが、でかい的だと思えばいい。

 

 頭部ユニットの継ぎ目っぽい部分にバスターソードの突きを叩き込む。会心の一撃だったのだが衝撃で剣がぽっきり折れてしまった。

 

 レーザーで耐久を削られてたのか? 困ったことにXキャリヴァーは装備して来なかった。武器がなくなってしまったぞ。

 

 いや、武器ならあるじゃないか。両足のトマホーク(笑)を両手に装備する。

 

 斧で二刀流だ。最近二刀流のプレイヤーと戦ったばかりなのでイメージはしやすい。太鼓を叩くようにゴチゴチ叩きつける。猛烈なラッシュで相手に反撃の隙を与えず殴り続けるのがコツだよな。敵にやられるとうっとおしかったが、やってみると結構面白い。だが効果はイマイチのようだ。キャンサーの装甲が硬いのか、トマホーク(笑)の攻撃力がショボ過ぎるのか。

 

 敵だっていつまでも黙って殴られっぱなしではない。ラッシュの隙を狙ってトゲトゲのついた両腕を振り回して反撃してくるようになった。俺の攻撃が単調なのか? 所詮付け焼刃の二刀流だからな。相手の動きを先読みしてリズムを変えるべきだろうが、逆に相手のフェイントに殴るタイミングを崩されてしまっている。

 

 それでもまだ手数では圧倒的に上回っている。有利な立ち回りをしている筈なのにジリジリ削り負けているのは与えるダメージの差だ。トマホーク(笑)の攻撃力はただのトゲトゲにも劣るようだ。

 

 諦めてイジェクトボタンを素早く押すが、少し遅かった。リンクスのシールドが零になるまで挑戦者は乱入して来ず、ゲームオーバー。

 

 まあいいや、いろんな意味でなんだかとても疲れてしまった。どうせ対人戦をする気力は残っていない。そういうことにしておこう。

 

 

 筐体から這い出してしばらく脱力する。壁面の大型ディスプレイに映る対戦シーンをぼんやり観戦。最近は皆かなり上手くなって来たな。近接戦をするプレイヤーはまだまだ少数派のようだ。この前戦ったスキュータムの格闘仕様はレオというそうだ。派生型だが、スキュータムとは一応別の機種扱いになるらしい。

 

 そろそろ帰るか。その前にターミナルで武装を変更しておこう。筐体で次回の出撃前にやってもいいんだが、順番待ちのプレイヤーをそれだけ待たすことになるからな。これもひとつのマナーだ。

 

 ターミナルの脇にはジミー君と友人らしい連中がタムロっていた。少々マナーが悪いな。

 

 髪の毛を奇抜な色に染めて、全身にシルバーアクセをジャラジャラつけている奴がいる。いわゆる若さ故の過ちってやつだな。学生時代は同年代のこういう連中にわりとビビっていた方だが、どうして怖かったんだろうな。先入観なしに曇りなきマナコで観察してみれば、トロピカルなインコみたいな派手な身なりも彼らなりのファッションだということがわかる。顔つきもまだ幼い連中だし、精一杯背伸びしているつもりなんだろうな。


「なんだオッサン! 見てんじゃねえぞコラ」


 おっと、いきなりからまれてしまったぞ。どうしたものかな。自分は最強だと思っているやんちゃなお年頃か? いや、彼のニヤけた目は鎖に繋がれた犬をからかって喜ぶ子どものそれだ。少年法を盾にオヤジ狩りをやってる連中と同じ匂いがする。


 サラリーマンは絶対に反撃しないと思ってるならまだまだ世間知らずだな。

 

「ジミー君、彼は友だちじゃないのか?」


 とりあえず、知り合いから話をしてもらおうか。


「ハイっ、すみません。おい木村、この人はやめようよ」

 

「なんだ、このオヤジ遠藤の知り合いかよ? 飯でも奢らせろよ」


 いや、奢らないよ。俺は気持ちよく奢ることのできる相手にしか奢らない主義なんだ。金を払って不愉快な気分になってどうする。ましてやこいつの場合、やり方がほぼ恐喝だからな。


 人権派弁護士と少年法が育てたモンスターチルドレンって奴だな。ちょっと頭のいい子がどこかでボタンを掛け違えて調子に乗るとこうなる。本人達にはそれ程悪気がないんだよな。悪党ごっこでもしているつもりらしい。

 

 まあ、今はこんなでも成人式を過ぎれば大半は空気の読める立派な社会人に化けるので案外捨てたもんじゃない。中には好き勝手やってきたツケが回ってくる奴もいるが、そいつらだって社会の片隅に自分の居場所を見つけていく。そんでもって部下ができたら酒の席で昔はやんちゃしてたとか笑って語るんだよ。


 結局、一番救われないのはモンスターチルドレンに大人しくやられる被害者なんだよなあ。そこそこいい会社に勤めてるサラリーマンなんかだと、被害に遭っても泣き寝入りだ。下手に反撃して相手に怪我させようものなら過剰防衛だし。


 ブラック企業の社畜みたいな底辺層だと、中には喜々として過剰防衛に励んじゃう奴もいるけどな。なにしろこの国の法は加害者には優しい。前科がつくことさえ気にしなければ豚箱の方が人間的な生活を送れるそうだ。


「いや、この人はそんなんじゃなくって、ランカーにも勝ってる強い人なんだ。トーナメント3戦目も勝ち残ってるし」

 

「俺だって勝ち残ってるさ。見てみろよ。今さっきの勝負で520戦438勝になったぜ」

 

 木村とやらはパイロットカードをわざわざ取り出して俺に見せつける。キラキラした部分に数字が表示されているが、これは対戦成績だったのか。

 

 自分のパイロットカードを取り出して見るが、数字がいろいろ並んでいてよくわからない。

 

「どんくさいなオッサン、貸してみろよ。おい、3戦1勝だよ。てんでお話になりませーん。ど素人もいいとこじゃねえか」


 そういえば対人戦モードでゲームスタートなんて最初の頃に数回試したくらいだな。CPU戦スタートから乱入された分の戦績やトーナメント戦での対人戦は別枠ってことか。

 

「いるんだよな。CPU戦ばっかやって調子乗ってるこういうダメオヤジが」

 

 順番待ちをしているサラリーマンたちがこちらを睨んでくる。この時間帯はプレイヤーの大半が仕事帰りのサラリーマンだからな。少しは空気を読めばいいのに。

 

 俺もパイロットカードを投げ返して来た彼の態度には少なからず腹が立つ。

 

「メモリーチップが入ってるんだ、乱暴に扱うんじゃない」


「おいおい、誰に向かって口聞いてるんだ、上下関係をはっきりさせとこうぜ」


 おいおい。それはこっちのセリフだよ、ボウヤ。

 

「勝負しようぜ、負けたらオッサンが俺の舎弟な」

 

「そんな賭けで俺に何の得があるんだ?」


 こいつを舎弟にしたって面倒なだけだしな。

 

「聞いたか、こいつのチキン発言!」


 木村君はどこかの劇団員のようなオーバーなジェスチャーをしながら仲間に賛同を求めたが、他のメンバーはここの常連だったから首を振る。

 

「やめとけって、この人マジ強いから」

 

「俺は近接さんに一度当て逃げで勝ったことあるけど、知らずにガチバトルしてたらヤバかったと思う」


 当て逃げというのは射撃を一発当てた後はひたすら逃げ回る戦術だ。あまり褒められたものではないが、ルール上は問題ない。対戦動画の公開を考えるとカッコ悪くてできないけどな。


「ウッシーに負けるレベルじゃん。大したことねえって、俺がボコボコにしてやんよ」


 妙なことになってしまったぞ。こういう勝負はあまりしたくないんだがな。勝っても負けても後が面倒だ。まんまと挑発に乗せられた気もするが、帰りの路地裏で闇討ちされるよりフェアな戦いにはなるか。

 

 

 順番待ちをしていたプレイヤーが勝負する俺たちのために筐体を譲ってくれる。


「頑張れ近接オヤジ! 生意気なガキは叩きのめしちまえ!」


 筐体に乗り込む時、強面の壮年オヤジに声援されてしまった。どっちがオヤジだよ、まったく。

 

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