9-4
The 1st year
Side:Luna
シルヴァの元から消えてすぐ、私はまずオルドのギルド支部へと向かった。
理由は簡単、ギルドから脱退するためだ。
私はシルヴァとパーティーを組んでいる。
こんな状況になって依頼を受けてなどいられないし、彼との繋がりが多ければ多い程シルヴァと鉢合わせる事もまた多くなってしまうから。
……ただギルドを辞める、とだけ言って詳しい説明も何もせずギルド証を返したヒルルクには、少し悪いことをしたかもしれないが。
そしてその後私はギルド本部へと飛んだ。
私の脱退の知らせはこの時点ではまだ伝わっていないらしく職員は通常通り私を迎え入れてくれたし、総代に会いたいと言えば私の希望は簡単に通った。
まあ、脱退のことは総代とその側近二人に伝わっていたみたいだけど。
「ギルドを退いた人間が、今更何用で参った」
こちらを射抜くような視線。
部屋に入ってすぐ向けられたそれに内心笑いながら部屋の中心、卓を挟んだ位置で総代と対峙する場所へ。
側近達は警戒するようにそれぞれの得物の柄に手をかけた。
「ふふっ、覗き見が得意だね」
「知らぬふりを通した者がよく言うわ」
その言葉には肩を竦める。
“聖国”にいた間は魔術を散らしていたがオルドにいたときはそれをしなかった。
下手に何度も口で言うのが面倒だったから、知られるならそれでいいと思ったのだ。
「それで、何の用で来たかだったっけ。
君の首をとりに、とかだったらどうする?」
側近二人が即座に動いた。
刃がこちらに向かうが、以前にも防がれただろうに。
学習しない飼い犬達だ。
「だから【動くな】って。
今私、ちょっとしたことでも我慢がならないんだ。
下手なことするようなら殺すよ?」
ちょっとした可愛い冗談だろうに、ジョークのわからない二人だ。
まあもしもこの後の交渉が決裂に終わるようなら、それもやむ無しってところだけど。
「退け。宵闇に今のところその意思は無い」
「総代!」
「ついでに退出してくれる?
私、彼と二人だけで話そうと思って来たんだよね」
納得がいかなそうに唸った犬共はすぐに噛みついてきた。
「ぬけぬけと…!」
「別に話すだけだって、今のところ。
ね?総代もいいだろう?
私と二人で話した方が静かだし」
「……よかろう」
彼の方もこのままでは埒があかないと思ったのか、それとも飼い犬があまりにも五月蝿かったからなのか、案外了承はあっさりと得られた。
ならばと手早く側近二人を転移させ、その先で結界内に閉じ込める。
話の途中に割って入ってこられることほど邪魔なものはない。
「さて、これでいい。
君とゆっくり話したかったんだよね」
「ほう?」
「……あの時の、君の狙いがようやく分かった」
ピクリと彼の体が動く。
あぁやはり。私は相当愚かだったらしい。
こんな簡単なこともわからず、結果的に遅れをとった。
「君はセイの時のように、シルヴァを私を扱う上での駒にしようとしたね」
以前総代が彼を自分のもとへ一人で呼び寄せたのは、シルヴァが私への人質の役に値するかどうかを確かめるため。
彼を失われた魔術で包み送り出した私は、まんまとそれを助けたことになる。
だって私は本当なら、この世界の誰に裏切られてもいいって思うはずだから。
私はこの世界の人間全部が嫌いで、微塵も信用などしていないはずで。
けれどそんな私がシルヴァが総代の術中にはまり、彼の手先となることを厭った。
――それだけで、冷静な第三者の目から見れば私の思いは一目瞭然だ。
あの後総代は本格的にシルヴァを罠にはめる策を練り始めた事だろう。
そして彼の身の安全と引き換えに、私を利用しようとしたに違いない。
「気づいたか」
「ついさっきね」
本当にシルヴァはなんというタイミングで想いを告げたのか。
これがもし、あともう少し遅ければ。
「気づくことが出来てよかった。
おかげで君が動き出す前に、こうして話が出来るのだから」
「話、か」
笑う総代に、私も笑った。
「シルヴァに手出しはさせない。
あれは憎らしくも愛おしい私の大切な狼だ。
あれを守るのも傷つけるのも私だけ。
もしもそれが覆るようならば君のことも君が大切にするすべても、私が汚ならしく地に堕として壊してやろう」
「聞くと思うか」
「君は聞かなければいけない。
もう気づかなかった頃の私ではないからね。
あの狼を守る策はきちんと用意してある」
それこそセイの時と同様か、それ以上に。
セイには“王国”という盾があったけれどシルヴァにはそれが存在しない。
それどころか彼はギルドに所属する人間だ。
この老人の手によって如何様にもその立ち位置は変わってしまう。
でもそんなことを、私は許さない。
「禁術って、全部で3つあったよね。
君はそのうちの1つがとても得意みたいだけど、私もこれでなかなか使えると自覚している。
そして私が扱えるのは1つだけじゃない」
これは脅しだ。
私だって支配の魔術は使えるし、彼には扱えないであろう記憶の魔術だって。
必要なら記憶の全てを消すと、そういうこと。
禁術を扱うことは公には認められていないから今まで黙っていたけれど、この間のシルヴァの一件でバレたようなものだったし別にいい。
それに禁術について言及されて困るのはあちらも同じだ。
「――“聖国”のあれは、主の仕業であろう 」
おや、そこを突いてくるか。
まあ痛くも痒くもないけどね。
「うん。だってあそこ、許せないことをしたから。
私の唯一で絶対で最愛で一番近い特別な人を汚そうとしたから」
陽を汚そうとした。
汚ならしいその腕で、忌まわしいその魔術で、憎らしいこの世界で。
それは万死に値する。
だから殺すのも壊すのも当然のことだ。
「君だってやりやすくなったろう?」
問いかければ黙り込む。
元々ギルド組織は勧告に従わず鎖国体制を貫き好き勝手していた“聖国”を厭っていた。
それこそ、いっそ滅びてしまえばいいと思う程度には。
「ねぇ総代、私と取引をしないかい?」
君にもきっと、都合がいいよ。
そう囁けば黙ったままの彼は片眉をあげた。
話を聞く、そういった意味の返答ととり笑みを深める。
「あの場所――“聖国”があったあそこに、誰も入らないようにして。
そしてシルヴァに手を出さず大人しくしていてよ」
「こちらの利は」
「私を好きにできる権利」
ピクリと老いて萎びた手が動いた。
この老人が私の力を欲しているのは随分前から知っている。
「私の力が欲しいんだろう?
君が欲するだけ、望むだけあげる。
シルヴァとセイルート、二人以外なら何だって殺して壊してあげる。
あの二人に手を出さないなら、私は君に飼われよう」
君は、それを望んでいるよね?
もしもシルヴァを利用して私をギルドのために働かせようと思えば、どうしたって裏切りや反逆の可能性が出てくる。
もしくは利用できずにシルヴァを私が殺すという選択肢も、この老人は消しきれていないはずだ。
ならば彼はより安全で確実なものを選びとる。
そしてそれは私も同じだ。
大切な存在のためなら何をしたって心は痛まない。
私の行動、選択、思想、それらすべてを費やして、それであの二人を守れるのならば。
「“聖国”の消失について、ギルドはまだ調査中のはずだ。
君の方で何かそれらしい理由でもつけて、私や二人の名前は出さずに片付けて。
それであの場所に誰一人立ち入らないようにしてよ」
まあ一番他人に踏み込まれたくないあの魔方陣の周囲は私が張った結界で囲われていて、絶対に触れられはしないけど。
ただ調査の結果、あれが私の手によるものだという事実が公になるのはまずい。
私一人ならば構わないけれど、私の弟子ということ、私と親しくしているということからシルヴァとセイへ調査の手が伸びるとも知れないのだから、保険は必要だ。
それにあの国があった場所にイキモノがいるということが既に私にとって既に許せないことになりそうだから、無駄な人殺しを避けるためにも世界的に立ち入り禁止にして欲しいんだよね。
「それでシルヴァとセイの身の保障を誓うなら、私は君に飼われてあげるよ。
――あぁでも、飼われるのは時間制限付きだ」
「どういう意味だ」
「あれ、興味出た?」
即座に答えた総代を嘲笑えばそれに負けない強い光がこちらを射る。
肩を竦め机に腰掛けて、私は仕方なく分かりやすいように教えてやった。
「私は今シルヴァと賭けをしているんだ。
私を捕まえられたらずっと彼の傍にいて、彼を愛してあげるってね。
たぶん彼に捕まったら私はギルドに復帰すると思うから、別にいいだろう?」
それに私がシルヴァの傍にいるなら、彼のことは総代との取引なしに守ることができる。
それが彼にもわかったんだろう、考えるように瞳が眇められる。
そもそも総代がシルヴァを利用する場合も、そして私が提案する案もシルヴァが死ねば効力を失うのだ。
でももしシルヴァが私を捕まえられて、そして彼が死んでしまった後。
その場合私はまだギルドに所属しているはずだから、もしかしたらその後もギルドで活動を続けるかもしれない。
そう考えれば総代の答えも自ずと知れてくるというものだ。
「……よかろう」
「ありがとう。
それじゃあ結ぼうか、この大切な約定を」
手を伸ばせば同じく皺だらけのそれがこちらに向けられ、強くふたつが重なりあう。
これは契約だ。絶対に破ってはならない、命をかけるだけの。
「【我が名は“宵闇”のルナ。
盟約の続く限り我が力はユエに】」
「【我が名は“朔夜”のユエ。
盟約の続く限り我はルナの求めるままに】」
【盟約の反故は我が命を以て】
最後にそう同時に呪を紡ぎ触れていた手を離す。
相変わらず考えを読ませないための無表情にわざとらしく笑って、私は小首を傾げた。
「君の名前、久しぶりに呼んだよ」
「それはこちらとて同じことよ」
「ねぇユエ、あんまり君を嫌いにならせないでね。
どうせ君も老い先短いんだ、最期は安らかに老衰とかが魅力的だろう?」
「よう言う。主は元より全てを厭い憎んでおろう。
そも、主に我が死に様を語られたくはないわ」
「んふふ、それもそうか。
……でもね、私気がついたんだ」
座ったままの彼から視線がきちんと向けられるのを感じる。
これに気づいたのはシルヴァのおかげとも、逆にシルヴァのせいとも言えるだろう。
彼と同様、この愛しくも憎らしい私の心の変化。
「私案外、君達のこと言うほど嫌いじゃいられなかったみたいだ」
憎しみと愛しさの狭間で心がぐらつく程度には。
それでも大切な彼らと天秤にかけなければいけない事態がくれば、切り捨ててしまうのだろうけど。
「……ふ。戯れ言を」
「あぁ、本当に笑えるくらいの戯れ言だと私も思うよ。
――さて、私はもう行く。
あまり長居をすると君の飼い犬が五月蝿そうだ。
何か用があれば連絡は結んだ契約の印からして」
こういった契約系の魔術は対価(この場合は命だ)が大きければ大きいほど契約をした印というものが現れる。
私は飼われてやるといういう言葉がそうさせたのか、首元に黒いチョーカーの形をとった。
首輪代わり、ということなんだろう。
対してユエ――総代のもとには額部分をぐるりと囲うやはり黒い金属の輪。
イメージとしては孫悟空が頭につけさせられていたと伝えられるもの。
総代の場合シルヴァを利用しない、私のだした条件に反しないという意思を誓ったものだからたぶんそうなったんだろうけど。
そしてこれらは互いに通じているため、印に魔力と意識を移せば連絡を取り合うことも可能だ。
「待て。折角だ、仕事を与えておこう」
「えぇ?もう?面倒だな……一体なんだい?」
「あの飼い犬二匹を殺していけ。
教育を続けようにも使える様子が見えん。
そも、主がこの場に来たことを他に知られたくはなかろう」
「……まあ、確かに君以外に知られたくないな。
どんな風に話が広まるかわからないし、君も自分自身の黒い噂はなるべく消しておきたいよね。
わかった、帰りがけにやっておくよ。後始末は?」
「構わぬ」
「それは助かるよ」
さっさと帰ろう。
まあ、私に帰る場所なんてないけれど。
あぁでもセイのところに行かないといけないな。
ちゃんと、彼と話をしなくちゃ。
「ルナ」
扉に手をかけたところで呼び止められて動きを止める。
珍しい。彼がこっちの名前を呼ぶなんて。
「何?まだ追加の仕事があるのかい?」
「息災でな。明星に捕らえられたのならばまた来い。
呪を解かねばならぬ」
「………うん。それ以外でもまあ、たまに来るよ。
憎らしい君の顔を見にね。じゃあね、ユエ」
ほんと、お互い歪んじゃって。
今更元には戻れないし、戻ろうという気もないけれど少し勿体無いな。
もうこんな風にしか会話できない関係になってしまったから。
ギルド本部を出たときには既に朝日が昇っていた。
“聖国”の魔法陣の傍でセイやシルヴァと話をしたのが夜、その後転移先を解析されないようかなりの遠回りをしてオルドに向かった時には深夜で、そこから歩いて本部まで向かったのだからそれも仕方がない。
さて、セイのもとへ行こうと思っていたけれど……
「行きたくないなぁ…」
こんなことを思うなんて初めてだ。
けれど二人できちんと話をしなければいけないのも分かっている。
「【セイのもとへ】」
だから逃げ出したがる気持ちをどうにかおさえて転移したけれど、やっぱり逃げたい。
なんで彼はまるで待ち構えるようにまだほの暗い私室で起きているのか。
「……やっと来た」
「……」
やっぱり止めよう。話は次の機会に。
そう思って私は直ぐ様身を翻した。
……すぐに手を掴まれて、逃げられなかったけれど。
「ちょっと月、どこ行くの」
「帰る」
「だーめ」
「………私、君に言いたかったことがあるよ」
諦めて真っ直ぐセイを見つめた私に、彼は促すように首を傾げた。
話を聞く。そういう意味にとって腹に力を込める。
そして掴まれたままの右手にも。
「………このっ、馬鹿!」
そのまま私は勢いよく一本背負いを決めた。
「………びっ、くりした」
避けることも反撃することもせずにただ投げられたセイは言葉の通り驚いたように瞳を瞬かせ天井を見上げる。
彼が何もできなかったのは自惚れでなければ相手が私だったから。
私もそうだけど、相手が彼だと思えば対応できることにもそれがしきれず、ただされるがままになってしまうのだ。
「……私は、怒っている」
床に転がったままのセイを見下ろし、私はできる限り力強く言い放った。
「どうしてシルヴァの手助けをしたんだい?
私は君がいれば壊れたりはしなかったし、消えたりもしなかった。
なのにそれを理由にして、シルヴァを後押ししたのは何故?」
ポツリとセイの頬を雫が伝う。
ずっと我慢していた。約束だったから。
でももう無理だ。心が散り散りになって、耐えられない。
「どうして、私を今までのままでいさせてくれなかった…」
きっと酷い顔になっている。
堪らなくなって床に膝をついた私は両手で顔を覆った。
「――だって、心配だったんだよ。
俺が死んだ後の貴女のこと、本当に心配だったんだ」
真っ暗に閉ざされた視界の中、ただセイの声だけが響く。
それも分かっていた。
セイはどうにか私に彼以外の大切なひとを作ろうとしていて、何度私が否定を返してもそれを止めることは無かったから。
「シルヴァ君が月の大切なひとになってよかった。
なんて言ったって俺が認めたヤツなんだから安心だもん」
「私は全然、安心なんて出来ない。
シルヴァへの感情に気づいたとき、私、自分が憎くて憎くて仕方かなかったんだよ?」
憎んでいる相手をいつの間にか愛していた。
自分の心が自分を裏切った瞬間。
そして私が四人を、セイを裏切った瞬間だったのだから。
例えそれが、他ならぬセイの後押しによるものであっても。
「大丈夫。俺はどんな月も愛してるよ。
貴女の大切な人が俺だけじゃなくったって、そんなの関係ないくらいに」
「どうして?」
とうしてそんなことが言えるの?
私はセイを裏切ったのに。
「だって俺への好きと、陽さんへの好き、それにシルヴァ君への好きは全部違うでしょ?
それに月は言ったじゃん。
俺が何をしても好きって。
俺が別の人と結婚して子供をつくっても、貴女は俺を愛してくれる。
それと似たようなものだよ」
「違うよ。だって君は……私の自惚れなのかもしれないけど、私以外を愛したり、しないじゃないか」
「うん、その通りだね」
なら今の状況とセイの語るそれは全く違う。
そう言いたい気持ちが伝わったのか、彼のため息が聞こえた。
そっと手が外され、いつの間に起き上がったのか視界の中にしゃがみこんだセイが現れる。
「俺を信じて」
「………」
「俺は何があっても月が好き。
この言葉を信じて。
それで貴女は心のままに行動して」
「……っ」
君と出会わなければよかった。
その優しさに今にも死んでしまいそう。
「月、勘違いしてるよ。俺は狡いんだ。
俺は俺とシルヴァ君の間にある決定的な差を分かってるからこうやって余裕を持てる」
「決定的な、差?」
「そう。月は言ったよね?
俺のことは何があっても嫌えないけど、シルヴァ君はそうじゃないって」
確かに言った。
それは偽りでも何でもない。
例え自らの心の内が最早分からなくても、口にできたのだから紛うことなき真実だ。
「それはつまり、俺とシルヴァ君、それぞれに向ける想いの形が違うってことだ。
だから俺は余裕なの。月は俺を嫌わないし、俺への想いと彼への想いは違うものだからどちらか一方にそれが傾いてしまうこともない。
わかるかな?俺とシルヴァ君は同じものを分けあってるんじゃない。
貴女から別々の感情を受け取ってるんだよ。
だから俺は貴女がシルヴァ君を愛していても平気。
そりゃあ嫉妬はするかもだけど、それは陽さんにするのと同じ様なものだから」
「………じゃあ君は、これからもこんな私の傍にいてくれるの?」
なんて馬鹿な人なんだろう。
そんなこと止めてしまえばいいのに。
けれど私はそれを渇望しているのだ。
シルヴァを愛していると言ったその口でセイに愛を求めてしまう。
「何、そんな当たり前な事聞かないでよ」
少し強引に奪われた唇は、やはり彼なりに呑み込みきれない気持ちもあるのではないだろうか。
それとも彼の言う嫉妬の表れ?
どちらかなんて、そしてこの考えが合っているのかすら分からないけれど。
「……セイ、私はシルヴァから逃げるよ。
例え彼を愛しく思っても、私は全力で彼を遠ざける」
私が今の私のままでいるために。
そしてこうすることがせめてもの償いだから。
「いいよ。月の思う通りに」
セイは苦く笑って小首を傾げた。
「でも、俺のところには来てくれるよね?」
「うん。シルヴァと君は違うから。
私はこれまでと同様君の隣に居続ける。
――でも、それに耐えられなくなったら君が拒んで。
私にそれが許されるのなら、君も君の心のままに」
いつ彼にこの感情を否定されたっていい。
それだけの事を私はしていると、分かっているから。
「もう……月は相変わらず心配性だね。
わかったよ、そんな日が来ることはあり得ないけど約束する。
まったく、この世界で一夫多妻とか一妻多夫に慣れてるくせに」
確かに“帝国”や“教国”、そして以前の“王国”でもそれらは認められ一般的なものだ。でも。
「君は私の特別だから、とても不安なんだよ」
「……月は俺を喜ばせる天才だね」
「悲しませてもいる」
「ううん。シルヴァ君の言葉を借りるなら、貴女が俺に与えてくれるのは喜びと安堵と幸福だけだよ。
その辺りも彼と違っていいよね、ほんと」
にっこり笑ってセイはもう止まりかかった私の涙を拭った。
そのまま指先が頬を滑り首を伝い。
「――それで?この趣味の悪いものは何かな?」
怒っている。私の勘違いでも何でもなく。
魔力の殆ど無い彼にはこのチョーカーが何であるかも分からないはずなのに。
「……私が心のままに動いた結果」
「月?」
目をそらした。
それでも彼の視線が追ってくるのを感じて、これでは誤魔化しきれないことを悟る。
「セイ、セイルート。愛している」
だから狡いと、最低だと自覚しつつ私はそう告げて彼の唇に自分のそれを押し付けた。
彼が驚き一瞬硬直した隙を見計らって彼の持つ転移の魔導結石の力を無効化し、そして自らは転移術を編む。
瞬きする間もなく目の前から消えたセイは、今頃もっと怒っているだろうか。
でも総代との取引の話を彼にすれば、ギルド本部に乗り込んでいくか責任を感じて泣きそうな顔をするかのどちらかだ。
私はそのどちらも望んでいない。
それにセイが許してくれたのだ。
私が思うままに行動することを。
「……まだ答えは出ない」
セイが許し、私も引き下がったけれど、セイとシルヴァ、二人を愛しているという私の心の絡まりは解けないまま。
本当にそれでいいのかと心で叫ぶ声が止まないから。
私がシルヴァに捕まったとき。
あるいはシルヴァが諦めるか、天寿により死んだとき。
もしくはセイが私を拒絶したとき。
問いの答えは明らかになるのだろうか。
私の世界を憎む心は、破壊への衝動は、それを是とするのだろうか。




