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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
銀色の喪失
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9-3

Side:Luna





触れた指先から魔術が展開しシルヴァを包む。

それを見たセイは驚いたようにこちらを見つめた。


「月、何したの?まさか…」


「心配しなくても記憶は消していないよ。

むしろ戻してあげたのさ」


シルヴァの口振りからいって恐らく神が戻さなかったであろう記憶。

“王国”の夜に、シルヴァに見せた私の狂気を。

与えられた記憶に対して、今は脳が必死に処理をしようとしているのだろう。

シルヴァはぐらつく頭を手でおさえ、ゆらゆらと視線を彷徨わせた。


「これ、は…」


「懐かしいだろう?

君が忘れて平和に過ごした夜の記憶だよ」


ようやく落ち着いたのか、シルヴァが手を下ろし私とセイを交互に見つめる。

その様子にセイにも彼が与えられた記憶がいつのものか、大体の予測がついたようだ。


「何で、今更これを」


「全部思い出さなければ意味がないだろう?

君があの日抱いた感情もすべて。

それをしてようやく全てを知ることになるのさ」


そのまま当時の感情に引きずられてしまえ。


「神喰らいと私のただひとつの違いは、さっき言ったように理性があることだ。

私の久遠月としての感情やこの世界にいる四人の魂、そしてセイの存在が私の衝動を繋ぎ止める鎖。

それがなければ私はとっくに全てを壊していただろう。

憎らしいこの世界の子供なんて、煩わしい限りだ。

シルヴァ、私は優しくなんてない。

誰かを助けたいなんて思わない。

みんなみんな憎くて仕方がない、そしてその憎しみ故に衝動を抑え望みを叶えていく」


自分がどれだけおかしいかなんて分かってる。

でもそれでいい。

だって化け物って、そういうものだろう?

そんな思いを抱えつつくつくつと愉快に暗く笑んでみせた私に対して、シルヴァはどこか泣きそうな顔をした。

それは何に対する表情なのだろうね?

私には分からない。分かりたくもない。

けれど彼は口を開く。

自らの感情を私に伝えるように。

嗚呼、身勝手で我儘な子供だ。

そう育てたのは間違いなくこの私だけれども。


「なら………ならルナ。

ルナはどうして俺を拾った?

どうして笑顔を向けてくれた?

どうして優しくしてくれた?

ルナは俺を拾って、俺を育てて、何を、思った……?」


シルヴァを拾い育てた理由。

そう言えばそれについては話していなかったのだっけ。

けれどたくさんの真実の欠片を持つ彼ならば、もうそんなこと分かっているだろうに。


「そんなの、君に望まれたからに決まっている」


シルヴァの瞳が大きく見開かれた。


「最初君は私に望んだね。

私の弟子となり私と共にいることを。

私はそれを聞いて、なんて皮肉な話だろうと思ったよ」


私は召喚されて一番傍にいたかった人の隣にもういられなくなったのに、そんな私にこの世界の人間が傍にいて欲しいと望むのだから。

心に浮かんだのは憎悪。

けれどそれを押し留めたのは彼の薄墨の瞳だ。


「君がその瞳を持っていなければ、私はきっとあの時点で君を殺していた。

君の瞳が薄墨色で、もしかしたらあの四人のうちの誰かの生まれ変わりなんじゃないかって、そんなちっぽけな願望が私のなかにあったから私は君の望みを叶えることにした。

それに拐われてそこから逃げ出し弱り果てた子供なんて、正にあの時の私達のようじゃないか。

色々なことが重なって私の心を動かして、だから君はここにいる」


「俺に、同情した…?」


「おや心外だ。私は自分がされて嫌なことはしないって、前に言ったじゃないか。

それに“王国”で君は新たに望んだだろう?

私の本当を見せて欲しいって」


私の中でシルヴァの価値がただの憎らしい子供から変わったのはあの瞬間だ。


「私はあの時、君を利用することを考え付いた。

その内容については前に話したね。

私を師と慕う君が私を化け物として怖れ拒絶する。

その瞬間が来れば、私はもっと人間の汚さを感じられると思った。

同情した人間を利用する者はいないだろう?」


そもそも売られ苦しい幼少時代を過ごしたことだって、少し私達の過去に重なりはすれど憐れみなんて感じない。

むしろこの世界の人間にはいい気味だと思う程度だ。


「でも結局君は、今日まで私のことを拒絶してくれなかったね。

私が育て方を間違えてしまったか、はたまたこれも神の差し金か。

……まあ、今日で全てが終わるけど」


「終わったりなんか、しない」


「おや、何を根拠にそんなことを言うの?」


おかしなことを言う。

つい笑い声が口をついた。


「ルナは、俺を利用したかもしれないけど……でも俺はそれを利用されたとは感じない」


「君の感じ方なんて聞いていないよ」


「なら、俺もルナの感じ方なんて気にしない」


「あははっ!君は口が上手くなったね」


ついそれを黙らせてしまいたくなる。

漂い出した濃密な殺気にセイはどうしようかと迷うように私達を見た。

別にすぐに殺そうとは思っていない。

それにセイの言った、シルヴァの話を聞くというのがまだだ。

私がここでしっかりとシルヴァの言葉を聞き、その上で彼を遠ざけなければきっとセイは納得しないだろうから。


「それだけじゃない」


「ふぅん?」


「俺がルナに新しく望んだとき、ルナは言った。

俺に選択肢を与えて、それを間違えたら置いていくって」


「確かにそうだね」


その事は勿論覚えている。

本当を少しずつでも見せるというのは少なからずシルヴァを自らの裡に近づけるということだ。

それが行きすぎてしまった時、そしてシルヴァが私の引いた線を踏み越えた時に、彼を遠ざけることが必要だったから。

けれどそれが何だと言うのか。

私の疑問に答えるようにシルヴァは唇を開いた。


「“王国”で、ギルドの呼び出しから帰ってきたとき」


「………」


ピクリと、自分でもその言葉に反応したのが分かった。

それに勇気付けられでもしたのか、シルヴァは強い口調で続ける。


「あの時ルナはふたつの選択肢を俺にくれた。

全てを知らないで傍にいるか、全てを知ってその場で死ぬか。

俺はどっちも選べなかった。

でもルナは俺の傍からいなくならなかった。ただ記憶を消しただけで。

それは、ルナの正解がどちらも選ばない事だったということ。

それは、俺が勝手に考えたら」


シルヴァは緊張した面持ちでそっと唇を動かす。


「ルナは本当は、どっちも選ばないでどっちも選ぶことを正解にしてたんじゃないかって。

全てを知って、それでも隣に。

それを俺に望んで欲しかったんじゃないかって、俺は思った。

これは、間違っている?」


目の前のシルヴァと全く同じ答えを出したセイが息を呑む音が聞こえた。

おかしなことだ。

彼だって私に同じことを指摘したくせに。


「……身勝手な幻想だね」


「明言しない?間違っているって。

なら俺は俺の考えが合っているって思うことにする。

だってルナは嘘は言わないから。

本当のことしか言えないから、今のは誤魔化したって思う」


「シルヴァ……っ」


「ごめんなさい。

ルナはこれを言ったら怒ることも、悲しむことも分かってる。

でも俺は言いたい。思ってること全部。

だってそうしないとルナは行く。

俺はルナを俺の傍に引き留めたいから、全部貴女に言う」


ギリ、と噛み締めた歯と歯が擦れる。

今すぐこの煩わしい口を閉じさせたい。

目の前の存在を消し去りたい。

けれどそれはまるで彼の言葉が当たっているのだと明言するようで、それを思えば私は動けない。

それをいいことにシルヴァは更に言葉を続けた。


「ルナ。ルナはこの世界が嫌いだって言う。

でもヒルルクをからかって、ジークやフレオールと話して、ジョーカー達と過ごして、煌炎や氷雨と一緒に戦って。

この世界に生きるうちの、たった何人かだけど、ルナはその人達と笑いあってる。

そういうときのルナは、皆を殺したいって思っている?」


「……何が、言いたい」


「皆、ルナが好き」


何が言いたいのだ、この子供は。

皆が私を好き?

だから何だっていうんだ。


「私は、……私は世界を憎んでる。

この世界の人間達が私を好いていたとして、そんなの私には関係ない。

だってそんな感情じゃどうにもならない憎しみと狂気が私の中にあるんだから」


「俺はそうは思わない。

やっぱりルナが教えてくれたから。

自分が把握している感情だけが、自分の心の全てじゃないって」


「君は!私の心のどこかに、この世界を思う気持ちがあるって?」


そんなのあり得ない。

あるはずがない。

あっていいはずがない。


「ううん。この世界じゃない。ルナの関わった人達。

その人達はちょっとでもルナの中で他の人達とは違う存在になってるんじゃないかって俺は思う」


違う。そんなの詭弁だ。


「ルナ。俺の全てはルナがくれたもの。

俺の心、知識、触れあった人達、全部ルナがくれた。

だから俺が持っているものはルナも持っているということ。

だってルナが知らなければ俺はそれを教わっていないはずだから」


シルヴァはとても穏やかに微笑んだ。

真っ白な景色の中で、銀色が輝いた。

私の目には、それが痛くて堪らなかった。


「俺は人を大切に思う気持ちを知ってる。

俺には親しくしてくれる人がたくさんいる。

ぜんぶぜんぶ、ルナがくれたもの。

それに、何より俺はルナに一番大切なものをもらった」


彼は真っ直ぐに私を見た。

今では誰のものとも重なることのない薄墨の瞳。

ただこの世界に住むシルヴァの瞳だ。


「一番大切な存在。それを俺にくれた。

ルナ。俺にたくさんのものをくれたひと。

嬉しさと悲しさを、苦しさと切なさを、そして何より幸せをくれた。

それをくれるのは俺にとって、この世界でルナだけ。

俺の大好きな、いとしいひと」


告げるシルヴァの声は瞳は、まるで私を追い詰めるよう。

そんなことを感じて、けれどあり得ないと首を振る。


「愛しい?……ははっ、笑えるね。

何とも頭のおかしい言葉だ。

自分を嫌い世界の全てを壊したいと願う化け物を、言うに事欠いて愛しているだって?」


「そんなの関係ない。

俺は身勝手なこの世界の人間だから、ルナの気持ちなんか関係ない。

ただ俺がルナを好き。

出会った時からずっと、貴女が俺の特別で大切な唯一のひと」


もう一度笑おうと思って、喉が張り付いたように動かなかった。

シルヴァ。身勝手なこの世界の加害者。

彼は身勝手であるからこそ私を愛していると言う。


「返事をちょうだい、ルナ。

貴女は俺を、愛してる?」


「ついさっき私の思いなど関係ないと言った口で、私の答えを求めるの?」


「そう。俺は勝手だから。

それにルナは聞かないと答えてくれない。

そうやって俺のことを誤魔化そうとするって、俺はもう分かってる」


身勝手だからこそ、こうして私に応えを求めるというのか。

知った風な口を利く子供。何て憎らしい。でも。


「…そんなの、初めから決まりきってる」


そう、悩む必要なんて感じない。

私はこの世界の人間を憎んでいる。

そして目の前で私に愛を乞うシルヴァはこの世界の人間だ。

私を故郷から、陽から引き離した。

同胞を殺した。私を化け物にした。

今尚私に苦痛を与える、この世界の人間。

ね?何て簡単な問いなのだろう。


「私は君を―――」



愛してなんかいない。



答えを告げようとした瞬間だった。

私にとっての真実を、真実と信じてきた言葉を告げようとした、その時だった。

チリ、と無視することの出来ない胸の痛み。

心の臓を焼かれるようなそれ。

身体を造り変えられたあの時から、長い日々の中で幾度も味わってきた刺激。


偽りを口にしたために課せられるペナルティの、前兆とも呼ぶべきそれ。


「………う、そだ」


「ルナ?」


思わず口をついた否定に、シルヴァは首を傾げた。

彼に動揺は見られない。

いっそおかしいくらい冷静な表情。

自らの心に秘めた思いをようやく打ち明けて、彼の憂いは晴れたのだろう。

それと対称的に、私の心にはどんどん不安と焦りが広がった。


「違う、嘘だ、私は……私はっ、君を愛してなんかいない……!」


私の言葉に目の前の彼の表情が悲しみに歪む。

けれどそれに対して何かを感じる前に、私の身体は痛みに悲鳴を上げた。


「ぅ、……っ、なんで、どうして…?」


「ルナ!?」


「月、まさか……」


「違うっ!!」


私の様子に何かを悟ったらしいセイが、それを口に出す前にありったけの力で否定した。

違う。違う違う、絶対に違う。

私は、絶対に、シルヴァを。


「愛していない、愛してなんかいないっ……君を、愛してな、っ……ぁ、ぐっ……」


心の臓を灼く痛みに耐えきれずその場に膝をつき踞る。

喉が狭まりひゅーひゅーと空気が漏れた。

痛い。どうして?

悲しい。それは、何が悲しいの?


「ルナっ」


シルヴァがこちらに手を伸ばす。

その手が私に触れる。

ただそれだけで、何かが壊れそうな気がして。


「触るな……!!」


痛む身体でどうにか振り払った手。

それだけで肉体は相手を傷つけようと働く。


「…………っ」


ポタポタと目に映る手のひらから、真っ赤な雫が垂れた。

それは次々と彼の肌を伝い地面に落ちて、真っ白な雪を赤黒く染めた。

そう、私が傷つけたのだ、シルヴァを。


「あ……」


何故。こんなの慣れたことだ。

私はそういう生き物。

そして目の前で血を流す自らの手をおさえる男はこの世界の人間。

なのに、どうして。どうして私は。


「ルナ」


呼び掛ける声に知らず身体が震えた。

それを目に映して目の前の男は優しく微笑む。


「大丈夫だから。

俺はルナが好き。

だから、こんなの平気」


「―――っ」


何て事だろう。

違うはずなのに。

そんなことあり得ない。

ねぇお願い、否定してよ、私の身体。


「わた、しは……」


震える唇で言葉を紡ぐ。

こんな恐怖、私は知りたくなかった。

嗚呼どうか私の心。私の感情。

どうかどうか、私の望みと憎悪を裏切らないで。


「私は君を、あいしてる……?」


スゥッと引いた痛みが、答えだった。


真実を知った私の、何と愚かしいことか。

私はこの銀の獣を愛しているのだ。

確かにこの世界を、この世界に生きる生命の全てを憎んでいてなお。


「ルナが、俺を、好き………?」


「……」


私の吐き出した答えに、シルヴァは信じられないとでも言うように目を見開き。

セイはすべてを分かっていたような表情で息をついた。

信じられない。信じたくない。だって私は。


「この世界が憎い。この世界の人間が憎い。……君が、憎い」


ほら、だってこうして口にできる。

歪む表情に心がちくりと刺されたような感覚さえすれど、偽りへの罰は科されない。

だからこの私の感情は真実のはずで。


けれど同じくらい、私は。

世界を、シルヴァを憎む程に。

そうする程、同じくらいの愛しさが。


「……っ、…ぅあ…」


涙が零れた。

突きつけられた真実。私が気付かなかった感情。

憎しみと同じくらい私の中にある想い。

憎むほど愛しさは芽生え、そして愛しさを感じるほど憎くなる。


そう、私はシルヴァを、愛してしまったのだ。


認めたくなくて、でも認めるしかなくて、私は涙で歪んだ視界でセイを探した。

彼は穏やかにほらね、と笑った。


「月はわかりたくなかっただけなんだよ」


そう。その通りだった。

いつだったか、やはり同じようにセイに言われた言葉。

それをもう認めなければならない。

確かに私は何もわかりたくなかった。

他の誰でもない、ただ私自身を守るために。

向けられる恋慕も、縮まる距離も、何よりそれを受け入れてしまっていた自分も。

知ってしまえば、私はきっと壊れてしまっていたから。


「君は、やっぱりこの世界の人間だ」


未だに返った言葉が信じられないのだろうか、呆然と立つシルヴァに言う。

身勝手な人間。自分の都合でこうして私に知りたくなかった真実を突きつける。

それに私が何を思うか、わかりもしない癖に。


「ルナ………?」


「こんな選択肢なんて与えていなかったのに、いとも容易く選び取る。

私のつくりあげた壁を壊し、私の中に踏み入ってくる。

それこそ最悪のタイミングで、最低な結末を私に与えようとする」


もしもシルヴァが今より前に私に想いを告げていたなら、私はきっと彼のことを殺していたか、この世界を壊していただろう。

だって彼はついさっきまで、何も知らないこの世界の人間だった。

そんな彼が私に愛を囁いたとして、ただの戯言かそれ以下のものにしか思えなかっただろう。

たくさんの私の真実の欠片を拾い集め、そしてこの荒廃した真白の大地に降り立ち私の狂気と憎悪に満ちた昔語りを聞いて、その上での事でなければ。

そして何より、私が陽の手を自ら離していなければ。


彼がいなくなって、彼の手を離して、私の心には大きな穴があいた。

その隙間を埋めることは誰にもできないけれど、まるで無いように――その痛みに知らないふりが出来るように、穴を覆い隠すことは出来る。

今までそれをしてくれていたのはセイだった。

突発的な別れに、同じような経験を持つ彼と傷を舐め合うことで痛みをどうにか誤魔化した。

でも、今は違うから。私がこの結末を選んだから、心の痛みは倍になった。

セイだけでは足りない、いいや、きっと本当は彼からの想いだけでも満ち足りた。

けれど未だじくじくと痛む傷口にシルヴァからの想いが落とされ、私の心は簡単にそれをセイのものと同様、隙間を隠す覆いのひとつとして受け入れた。


「私はシルヴァ、君を愛してる……」


涙は止まった。一度気づいてしまえば波打つ心は簡単に鎮まる。

ひたりと見詰めれば、彼はようやくその表情をほころばせた。

出会ったその時は何も知らない雛鳥であった子供は、今や重さをもって私の心に落ちている。

これも運命だというのなら、なんと残酷なことだろう。

この世界はどこまでも私を堕とそうとする。

私は永遠にただ憎んでいたいのに。

望みを叶え続けて、それだけをよすがに生きていたいのに。

世界が、シルヴァが、それを阻む。


――だから大切な、愛しい君を。

他の誰でもない、ただ私の手で傷つけさせて。

そして私が陽を喪ったように、君もすべてが壊れるほどの痛みを味わってよ。

そうすれば君は傷を与えた私を諦めてくれる?


「愛している…………だから私は、君から逃れよう」


今にも触れあうほど近くに立つシルヴァから距離をとる。

私の言葉と行動に驚いた彼は手を伸ばすけれど、それは魔術で弾いた。


憎い。憎い憎い憎い。

心を憎悪で満たせ。感じる愛しさも憎しみで染め上げろ。

そうすれば私はまだ動ける。

まだ私は、世界を憎み望みを叶えるだけの存在でいられる。


「――私は君を捨てる。

置き去りにして、目の前から消えて、君の全てを拒絶しよう。

君の想いも望みも、その全てを忘れて」


黒の瞳が歪む様が私を心地好い愉悦に浸らせる。

ねぇ、ゾクゾクするな。君は今どんな気持ち?


大切な大切な唯一に否定され拒絶され捨て置かれるその感覚は、君を絶望させるだろうか。


トン、と軽く踵を鳴らせば足元に魔法陣が展開する。

一足先にセイを“王国”の城へ。

結末はもう定まった。ならば一先ず役者は舞台から降りなければならない。

私は逃亡を。セイは傍観を。そしてシルヴァは。


「……っ、ルナ!」


消えたセイと私の足元に広がる魔法陣から事態を悟ったのだろう。

シルヴァは悲鳴のように小さく私の名を叫び、接近を阻むために張り巡らせた障壁に縋りついた。

きっとその様子に彼を拾ったばかりの頃の私は苦笑し、数日前までの私は気付かぬうちに躊躇いを覚えて動作を止めていただろう。

けれどねシルヴァ、知ってしまった私は違うんだよ。


「嫌だ、行かないで……ルナ!!」


君のその絶望に染まる声も、私を想うが故ならば今は甘美な響きだ。


「可愛い弟子だった君。憎らしいこの世界の人間。

私の――大切な、愛しいシルヴァ。

もし私を愛し、そして変わらず私に共にいて欲しいと望むのなら私を追っておいで。

君に私を捕まえることが出来たなら、私は真に君のもの。

命が消えるその時まで私は君の望みを叶えよう。

君が諦めても構わない。諦めず、けれど私を捕まえることが出来なくったって。

だってシルヴァ、私は君を愛しているから。そして同じくらい、憎んでいるのだからね」


「待っ………!」


その言葉もみなまで聞かず、私は転移の魔術を発動させた。

一先ずは“帝国”に飛び、一瞬の後に続いて“教国”に向かう。

一度の転移ではシルヴァに魔術を解析され、追われてしまう危険性があった。

――まあ、今の彼は絶望でそんな余裕もないかもしれないけれど。


何にしろ、賽は投げられた。

きっとこの世界の神は君の味方。

憎らしいことだけれど、幸せをと言う神の言葉は真実だ。

セイとシルヴァ、この二人がいれば私は幸せだから。

きっとこの二人という楔が打ち込まれれば、私の破壊衝動も弱まるだろう。

セイに加え、シルヴァの存在で私の世界への憎悪が薄まってしまうから。


セイはこの世界に大切と言えるような存在があるが、それは私を止めようとする程のものではない。

けれどシルヴァは真にこの世界の人間だ。

私は私に害の無い限り、私の大切な人の大切なものを守りたいと思う。

だから彼を大切と思い共にいればいるほど、憎悪は色をなくしていく。

今はシルヴァを拒めたけれど、もしももう一度こんなことがあれば次は難しい。

だって彼は憎いこの世界の人間だけど、同時に私の大切なひとなのだから。


けれどシルヴァが死ぬまでずっと、彼から逃げ続けることが出来れば。

私は神に、運命に抗えたことになる。

その歓喜と共に、私は死の直前までこの世界の人間達の望みを叶え続けよう。

そして死の瞬間、心に抱く憎悪と共にこの世界を壊そう。

その頃には既にセイも亡い。

私を留める楔は完全になくなり、壊れた体と心のまま死ぬことになる。

八百年をかけるのだ、きっと四人の望みだって叶えられるだろう。

もしそうでなくても、それがただの私が抱く希望的観測でしかなくても、きっとその頃には限界だから。

今抱く憎しみも記憶も失って再びこの世界に生まれる屈辱は、私には耐え難い。

それがこの世界への私の復讐だ。


だから私は私の持つすべての力を以って、愛しい人の手から逃れる。


「嗚呼、愉しいな」


ねぇシルヴァ、本当はね。

私は、君を、―――してしまいたいよ。





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