8-10
残酷描写があります。ご注意ください。
Long,long ago
Side:Luna
あれからどれだけの月日がたっただろうか。
―――そう、確か五年だ。
召喚された当時17歳だった私もとっくに成人を迎え、今はもう21歳。
……まあ、だからどうという訳でもないのだけど。
皆を失ったあの日から、私はただひたすらに努力を続けた。
この世界の知識を少しでも頭に入れようと書物を読み漁った。
監視の目を欺き外の世界へ魔力を飛ばし、この国以外の各国の在り方を知った。
魔術の知識だけではなくその実践、応用の術を磨いた。
無意識ではない、自分で自分の身体を動かせるようになった。
そして人の殺し方を覚えた。
あの日以来、私の生活の場は地下ではなく城の塔に変わった。
噂に聞くに、罪を犯した貴族を幽閉するための場所らしい。
身を繋ぐ鎖などは一切つけられなかった。
そんなもの必要がなかったからだ。
首席魔術師がただ一言、ここから逃げるなと言うだけで全ては済んだのだから。
首席魔術師は私に様々なことを教えた。
尊厳を踏みにじられる苦しみ、現実に突き落とされる絶望。
けれどそれらは間違いなく私を強くし、同時に私の望みを確固たるものとした。
だから私はどんなことをされても首席魔術師に唯々諾々と従い、時には尊敬を、時には憧憬を、時には親愛を、時には媚を言葉に含ませあの老人に従ったのだ。
それでもあの老いた魔術師はなかなかに手強く、私への縛りの手を弛めなかった。
だからこそ私は狙いを変えた。
首席魔術師と同じく私と多く関わり、そして私が殺したいと思っている人間。
“聖国”聖王に取り入ろうと、私は彼のもとへ通った。
初めあの聖王は私を凶暴な珍獣か、若しくは美しくも忌まわしい魔物か何かのように思っていたようだった。
けれどほんの一年いただけで、その観念はガラリと変わる。
少し微笑めばいい。少し甘い言葉を吐けばいい。少し親密な様子で触れればいい。
それだけで、本当に簡単に聖王は私という存在にのめり込んだ。
それに対して首席魔術師はいい顔をしなかった。
当然だ、私は使役で、しかも彼等に恨みを抱いている。
魔術で縛っているとは言え、聖王が私を重用するのは危険な行為以外の何物でもなかった。
けれどそんな彼の言葉を聖王は聞き入れなかった。
変わらずに私を寵愛する日々。私が望んだ展開。
あとはたった一言、聖王の耳に囁けばそれでよかった。
首席魔術師は聖王陛下に対して苦言ばかり言うが、反逆の意思でもあるのだろうか。
それだけで本当に簡単に、聖王は首席魔術師を信用できなくなった。
次第に厄介者を見るような視線を向けられ、重用するのは他の家臣ばかり。
自らの聖王に対する忠誠は何も変わりはしないのに周囲の様子ばかりが変わっていく現実に、首席魔術師も動揺した。
私は狙いを聖王に変えた後も変わらず首席魔術師に接していたから、その動揺につけ込むのは簡単だった。
聖王はその頃には私を自ら傍に置くようになっていたから、それに少し困ったように、あるいは仕方なく従っているように見せれば首席魔術師からの信用も勝ち得た。
そして私は弱った首席魔術師に囁いた。
聖王は首席魔術師を邪魔に思っている。
きっといつか、私を自分のものとするために首席魔術師を処刑するだろう、と。
きっと首席魔術師の、聖王に対する忠誠が曇ったのはこの瞬間。
今までの聖王の行動が足掛かりとなり、私の言葉が確実にその一歩を踏み出させた。
死にたくないと言う首席魔術師に、私は慈悲深く微笑んで見せた。
私に考えがある、と。
愉快だった。散々私を使役扱いして、最後はその使役に頼るとは。
その全てが私によって仕組まれたものとも知らず。
「ねぇ、首席魔術師様。
本当に笑ってしまうと思わないかい?」
笑いが腹の底から込み上げてきて、私は上機嫌で足元に転がる老人を見つめた。
真っ赤な水溜まりに横たわる彼は物言わず、ただ私を恐怖をもって見つめ返している。
口を開くもそこから言葉が紡がれる事はない。
だって私の復讐にはそれが必要だったから。
召喚術による私への縛りに対して、私は様々な実験をした。
命令の範囲、効力、そして発動の条件。
検証の結果、魔法陣に元々組み込まれていた命令はいついかなる時も私を縛っていた。
ただ例外があるようで、首席魔術師が魔法陣の命令に反することを命じれば一時的にそれは打ち消される。
そして首席魔術師からの言葉での命令だが、これは文字通り言葉として、声によって私に伝えなければならない様だった。
つまり、首席魔術師の声さえ封じてしまえば彼には私を縛る力はないと言うことだ。
けれどその状況を作るために邪魔なものがあった。
魔法陣に組み込まれていた、術者に逆らわないこと、術者を傷つけないことだ。
私は事前に、首席魔術師からどんな魔術も彼に行使することを禁じられていた。
恐らく私の反逆を警戒したのだろう。
私に対して初めて命じたのがそれだった。
そして術者を傷つけないこと。
この縛りが有る限り、私は聖王はともかく首席魔術師を殺すことができない。
だから私は首席魔術師に言った。
私が魔術をかければ聖王の真意がわかると。
首席魔術師はその国民性から聖王に対してかなりの忠誠心を持っている。
僅かばかりそれが曇ったとして、それでも聖王を害する感情が欠片も浮かばない程度には。
だからこそ私はその真意を確かめることを提案した。
首席魔術師はそれに食いついた。
けれど人の心を覗く魔術などありはしない。
私は想像すれば出来るのだろうが、その力のことを首席魔術師に伝える気は無かったために首席魔術師に姿を隠して聖王の部屋に忍び込むことを提案した。
私が聖王の真意を問い質す。
それを隠れながら聞けばいいのだと。
その為の魔術は心当たりがあった。
姿、気配、五感に関わる全ての感覚を消す魔術。
勿論他の人間もそれは使えたが、そこまですべてを隠せるような技術を持つのは私だけだった。
首席魔術師が聖王の心を疑い、その部屋に忍び込んだと知られれば極刑は免れない。
そのために他の人間をこの計画に使うのも不可能だ。
秘密が漏れることを恐れた首席魔術師は私に命じた。
自分の身を隠す魔術をかけること、その事を決して口外しないこと。
すぐ近くに命じればそれを決して裏切らない使役がいるのだから、彼のその選択は当然のものと言える。
狙い通りの展開に私は笑み、けれどと首席魔術師に言葉を返す。
私には首席魔術師を害することを禁じられている。
その害すること、というのは彼に対して魔術をかけること、攻撃を加えることなど、様々な害を加えるかもしれない状況を禁止するものだった。
私にはその命があるために術をかけることはかなわない。
そう言えば首席魔術師は何でも無いことのように、ならばそれを撤回すると言い放った。
私は内心、笑いが止まらなかった。
この状況は予想以上に首席魔術師を動揺させているらしい。
そして私はこの老人から予想以上の信頼を勝ち得ているらしい。
それが分かって、愉快でたまらなかったのだ。
首席魔術師は自分に魔術をかけることを禁じるという命令を撤回する、とは言わなかった。
ただそれを撤回すると、言ってしまえば私が口に出した命令すべてを撤回すると取れる発言をした。
身の裡にかけられた鎖がカチリと音をたてて外された気がした。
けれど、まだ早い。
殺すのは聖王と首席魔術師両方だ。
同時に実行しなければ、片方に逃げられてしまうかもしれない。
私は何でもない顔をして、首席魔術師に彼の望んだ魔術をかけた。
そして聖王の元へ、他の人間には見えない彼を伴い向かう。
私の訪問に、聖王は目に見えて機嫌をよくした。
首席魔術師が部屋の隅に控えるのを感じながら、まずは他愛のない話をする。
そして気づかれないように少しずつ、首席魔術師の周囲の空気を遮断した。
声が他人に伝わるのは空気の振動によるものだ。
首席魔術師の命令が私の耳に届きさえしなければ私の体は縛られない。
だからこれで、全ての準備は整った。
五年間ずっと待ち望んでいた復讐は、案外他愛のないものだった。
命令の権利さえなければ私の足元にすら及ばない魔術師。
その上に立ち、けれど威張ることしか能のない聖王。
どちらも最早原型をとどめないただの物体になって床に転がっている。
豪奢な金の王座は血に塗れ、そこかしこから腐臭が漂っている。
けれどこれだけしてもまだ足りない。
「【こんなものじゃ死なせない。
喉以外の全ての器官を蘇生させてあげる。
そうすればまだ生き返ることができるだろう?】」
魔術師に生命の魔術が扱えるように、私にだってそれは出来た。
けれどこの術を使うのは真実これらにだけだ。
忌まわしいこの身体を形作った魔術、口にすることすらおぞましい。
「……!……………!!」
蘇ったふたつの物体が何か言っているが、その喉からは一切の音が漏れなかった。
それに気をよくして左手で聖王の身体を持ち上げる。
人の身には似つかわしくない腕力。
左腕の一部を覆う鱗。
強靭な体力と肉体を持つ竜族の左腕。
それを私に押し付けたのもこれら。
「よく聞こえないな。おかしいね?
耳は良いはずなのだけど。
君達自慢の獣人族の五感でも拾えないだなんて、残念だね?」
聴こえすぎる耳、利きすぎる鼻、刃のように伸びる鋭利な爪。
生命の魔術で私に混ぜられた獣人の力。
「どうしようか?
さっきは魔術だったかな?
確か空間魔法で身体を引きちぎったんだっけ?」
余程の適性がない限り精霊族にしか使えないとされる空間、幻惑、時間、付加の魔術が扱えるのは朝と夜、両方の精霊族が使われたから。
獣人族、竜族、精霊族と、この世界で数の多く力の強い種族を掛け合わせた身体。
変わらない外見と、変わり果てた中身。
好き勝手に混ぜたために身体の中はぐちゃぐちゃだ。
どうやらあべこべに混ぜられたのがいけなかったらしく、同じ臓器が二つあったり逆に無くなってしまっていたりと、私の身体は大分出鱈目な出来になっている。
一番悪いのは足だろうか。
何がどうしてそうなったのかは分からないが神経が繋がらない。
まるで下半身ですっぱり切られてしまったかのように、私の足は自力で立つことが出来なくなってしまっていた。
ただそれを知る者はいない。
余計な弱点を教えるわけにはいかなかった。
だからこそ知識を総動員して、私はどうにか魔力を流し操ることで両足を変わらず動かしていた。
そして恐らく戦いのために意図的に消された痛覚。
痛みで動けなくなる使役はいらないと、そういうことなのだろう。
ただ痛みという危険信号を発しない身体は自分でも気づかぬうちに限界を迎えることが多く、だから私は魔力を紡ぎ自分で痛覚を甦らせていた。
膨大に体内に蓄えられているはずの魔力の、ゆうに3割を消費するような肉体の正常化。
それでも効果は一時的なもので、供給する魔力が途切れれば全てが元の形のまま、私の身体はただのガラクタになってしまう。
「お前達には散々な目に遭わされた。
私も、私の同胞達も。
この時をずっと待ってた。
その為に私はずっと耐えた。
今までの私の気持ちがお前達にわかるかい?」
まあ、言ったって分かるはずもない。
必死に首を縦に振る様が無様で腹立たしく、私はすぐにその首を斬り飛ばした。
もう飽きた。悲鳴も上げない相手への行為はそれほど楽しいものではないらしい。
「【その魂すら残さず粉々に砕けてしまえ】」
ありったけの感情を込めて放った言葉は、自分でも驚くくらい不気味に響いた。
そしてその言葉の通りにふたつの物体が崩れ落ちる。
目にいれるのも厭わしい程にぐちゃぐちゃになったそれらを一瞥し部屋を出る。
あれらを殺した今、最早この場所にいる意味はない。
本当は国ごと、世界ごと消滅してやりたいがあの四人の生まれ変わりがいるかもしれないと思えば行動に移すことは出来なかった。
「これから、どうすればいいのかなぁ…」
もうあの四人はいない。
あの四人を犠牲にした私は元の世界への帰還を望めるはずもないのだから、目的も失ってしまった。
いっそこうして息をしていることすら億劫だ。
――けれど、私は四人の命を吸っているのだ。
それをして、だと言うのに自ら命を絶つことは許されない。
けれど目的も持たずに長い時を生きるのは辛すぎた。
あの時、神に告げられた。
こちらの世界と元の世界では時の流れが違うのだと。
こちらでの十年があちらでは一年になる。
寿命はある種、運命のようなもの。
召喚され、世界を渡った存在はその世界の神の管理を受けない。
つまり私の寿命はあの世界の時の流れのまま。
だから私がこの世界にいる限り死の瞬間は先伸ばされ、およそ日本人の平均寿命から換算して八百年などというふざけた数字になってしまった。
「死ぬのは駄目、世界を壊すのも駄目、かと言ってあの人達を探すことも出来ない」
どうすればいいのだろう。
五年間、復讐だけを考えてきた。
でもそれを達成した今、私はどうしたらいいのかが分からなくなってしまった。
今この瞬間も正面から、背後から、横から兵士が魔術師が向かってくる。
当然と言えば当然だった。
全身に返り血を浴びた私はそれを落とすこともせずにゆっくりと城内を出口に向かって歩いているのだから。
それでも私に敵う人間などいない。
五年という歳月は私を十分に化け物にした。
向かってくる何もかもを視線のひとつで遮ることができ、そして瞬きひとつで相手の命を奪うことができる。
もしかしたら今殺した相手が四人のうちの誰かの生まれ変わりかもしれない。
そんな考えが過らないわけではなかったが、同時に四人の魂を持っているならばそんなことはしないだろうとも思っていた。
そもそも私の中で唯一解かれていない鎖、向かってくる全てを退けよという命令があるのだから仕方がなかった。
この世界の生物に対して何の感情も抱くことがない私にとって、その命令の抜け道を探す必要もなかったし。
そうしているうちに、いとも簡単に城の正門へと辿り着く。
あぁ、こんなに他愛のない事だったのだ。
あのときにも、こうできたらよかったのに。
「……宗一郎さんは、森に行こうと言っていたんだっけ」
あまりに微かな記憶。
直後の惨劇に今にも塗り潰されそうな言葉。
けれど私は覚えていられたらしい。
なら、行こう。
あの時は出来なかったけれど、森へ。
私のなかにいるであろう、そして同時にこの忌まわしい世界へと生まれ落ちているであろう四人と共に、目指した場所へ。
そしてまた五年間、私は“聖国”の情報屋の情報を頼りに探し当てた森で過ごした。
この身体は便利なもので、魔力さえあればある程度は飲まず食わずで生きていける。
春は新芽を、夏と秋は木の実を、冬は雪解けの水を。
それなりに外界の物質を摂取しながら生きていた私はある意味仙人のような生活をしていたと思う。
「……何これ」
けれどそこへ一人の人間が現れた。
と言うか、森を歩いていたら道に倒れていた。
見たところ外見はまだ若い。
外見の年齢は二十代くらいだろうか。
ただこの世界には様々な種族が存在し、そして種族によって寿命もまちまちなのでその予想が正しいかは分からない。
「捨て置くか拾うか……」
選択肢は二つに一つだ。
正直なところ拾いたくはない。
この世界の人間と馴れ合うなんて不愉快以外の何物でもないのだから。
けれど外界の情報を仕入れるという意味ではこの闖入者は重宝するだろう。
見たところ外傷などは一切なく、従ってただの行き倒れ。
世話を焼くとしても簡単なもので終わりそうだ。
こちらに害意をもって向かってきたとしても殺せばいい。
考えた結果、私はその人間を引き摺ってねぐらにしている場所へと戻ることにした。
男が意識を取り戻したのは案外すぐだった。
男の名はユエと言うらしい。
目が覚めてすぐにこちらを警戒し、けれど周囲の状況から私が彼の面倒を見ていたことを察するとユエは直ぐ様謝罪と共に名を名乗ったのだった。
話によると彼は森で薬草を探していたらしい。
けれどその日は霧が濃く、気づいたら迷っていたのだとか。
その後数日程森を彷徨い歩き、つい今日の朝飢えと渇きにより倒れたそうだ。
「はい、これ」
そんな彼に私は取り合えず水と植物の芽を与えた。
ちょうど今は春なので食べられるものはこれくらいだ。
実の成る植物など生やそうと思えば魔術でいくらでも生やせたが他人にそれを見せるつもりはない。
それに私が一人で暮らしていた今までの五年間でその手段を使ったことは一度もなかった。
これだけあれば十分だったし、そこまで食事に意味を感じなかったからだ。
けれどユエは違ったらしい。
「…お前、いつもこんなものを食って生活しているのか?」
「まあ、大抵は」
胡乱げに見つめられ肩を竦める。
そうしてから、いやに人間臭い仕草ができたものだと自分で自分に感心した。
“聖国”の城にいた頃は無駄に表情や身体を動かすことは一切なかったから。
「あり得ないぞ、どう考えても」
「なら食べなければ良いだろう」
「そうはいくか。一日中飲まず食わずだったんだ」
それはそうだろう。
だったら無駄な文句をつけなければいいのにと思いつつ頷いておく。
「お前は変わり者だな。
こんな森の奥に住むような人間は初めて見た」
「別に。外は煩いし、不自由はしていないから」
嘘ではなかった。ただ黙っていることがあるだけで。
私は首席魔術師から、嘘をつくことを禁じられている。
命令に背けば身体の内部からそれに対するペナルティが加えられるものだ。
首席魔術師が死んだ今もその命令は私のなかに残り、だから私は嘘がつけない。
けれど勿論抜け道はあった。
要は虚言を口にしなければいいのだ。
真実を口にしないことは嘘をつくことと同義ではない。
問いに対する答えを誤魔化してしまうことも。
私は嘘をつくことを禁じるという命令に対してそうして首席魔術師を欺いてきた。
「不自由ね……
俺からしたらこの食生活が既に不自由だが。
しかもお前のような若い女が一人で、だろう?
訳ありといった感じだな」
「確かに、訳がないわけじゃない」
「だろう?気になるな」
「話す義理はないと思うけれど」
そう、そんな義理は欠片もない。
けれどユエの瞳にはただ興味の色だけが広がり、久しぶりに濁りのないそれを見た私はつい口を滑らせた。
「……森に行くのは約束だったんだ」
そう言葉を発してしまった私は、本当は他者との触れ合いを求めていたのだろうか。
四人を失い、彼等と目指したはずの森にいるのはただ私一人だけで。
そして目指した場所に突然現れたユエを、私は彼等のうちの誰かの生まれ変わりだったらと馬鹿馬鹿しい希望を持ったのかもしれない。
「だから五年くらい過ごしてみたんだけど、やっぱり会いたい人達には会えないものだね」
「待ち合わせでもしていたのか?こんな森で?」
「そうでもないけれど、会えたらなって思ってた。
会って、何かしてあげられたらって」
彼等の願ったこと、そのすべて。
それを叶えたかった。
あの時は出来なかったこと、彼等を守りたかった。
「会いたいなら会いに行けばいいたろう。
相手もこんな森の奥深くでは来にくい」
「見つからないんだ。探すのが難しい」
容姿も性格も分からない。
今この世界に生きているのかすら。
だからこその言葉だったが、勿論そんなこちらの事情がユエに伝わるはずがない。
彼はふん、と鼻を鳴らしこちらを半眼で見つめた。
まるで責められているような視線だ。
「なら手当たり次第行け。
俺は姉が重い病でな。どこの医者にも首を振られたが、こうして手当たり次第薬草摘みに励んでいるぞ」
「あぁ、薬草を探してたってそういうこと」
「そうだ。他にギルドの仕事も請け負っているが、時間があるときは大抵探している」
ギルド。その組織には聞き覚えがあった。
確か依頼を請け負って金銭を稼ぐ荒仕事だ。
大抵は魔物の討伐などの仕事が多いと。
目を覚ました時の様子からそこそこの実力はあるような気がしていたが、そういった仕事をしているなら納得だ。
「どうしてギルドの仕事を?」
「金が必要なのと、上手く名が売れれば貴族との繋がりができる。
俺の当たった医者はどれも民間のものだからな」
「なるほどね。色々考えているんだ?
そのわりには地道に薬草摘みなんてこともしているみたいだけど」
いっそギルドの仕事の方に本腰を入れた方が効率が良さそうだが、彼の考えは違うのだろうか。
「もしかしたらまだ発見されていない特効薬があるかもしれないだろう。
適当に数をあたればいつか奇跡にぶつかるかもしれない」
「下手な鉄砲数打ちゃ当たる、ね…」
確かに日本でも昔から諺としてある。
それにしても手当たり次第に、ね。
私は彼等の望みを叶えたい。
彼等を守りたい。
彼等はこの世界のどこかにいつか生まれ変わる。
――ならこの世界の人間の望みを全て叶えていたら、いつか彼等の望みも叶えられるだろうか。
「なるほど、新しい発想だ」
「そうだろう。物事は見方を変えて見る必要があるからな」
「わかった、じゃあ取り合えず旅をしてみる。
出発するからついでに君のことも送ってあげるよ」
「………今何と言った?」
久しぶりに意識がハッキリとしたような、目の前に道が拓けたような。
晴々しい気分だった。そして同じくらい憂鬱でもあった。
けれど目的が出来た。皆の望みを叶えること。
私の言葉に耳を疑う様子のユエに構わず問いかける。
「君、どこから来たんだっけ?
それかそこに近い有名な場所を教えてよ」
「有名?王都のような場所か?」
「王都って“王国”の?
わかった、じゃあそこまで送るよ。
ついでにこれもあげる」
この世界の人間に恐怖や痛み以外のものを与えたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
そもそもこんなに会話を交わしたのも首席魔術師や聖王以外には初めてだ。
私が放った透明な液体が入っている硝子瓶を危なげなくキャッチして、ユエは首を捻った。
察しが悪いと言うか、いや、この場合は単純な実力不足という感じだろうか。
「何だこれは」
「聖水。お姉さんが病気なんだろう?
兄妹は絶対に大切にしないといけないから。
信じるかどうかは君に任せるけれど、一応聖なる水だから身体にいいよ。
少しは病状も安定するだろう」
「おい、聖水って色々条件が揃わなければ作れないはず……」
「見方を変えなよ。
条件が揃えば簡単にできるだろう」
聖水の作り方なんて神の知識に入っているし、その条件も実現不可能なものでは決してない。
私にとってはいっそ簡単すぎるものだ。
「じゃあユエ、お姉さんによろしく」
だからと言って色々と聞かれるのも面倒だったため、手早く彼の足元に転移の魔法陣を展開させる。
それにかなり驚いたらしい彼は目を見開いて私を見つめた。
「お、おい、お前―――」
「私はルナ。今はただのルナだ」
この世界に生きる人間に私の名を正しく発音できないことは分かっていた。
言語の違いにより操ってきた音が違うためか、どうしても差異を感じるものになってしまう。
けれどそれでいい。この世界の人間などに名前を呼ばれたくはなかった。
「もしも次に会うことがあればまあ、その時には違っているかもしれないけれど」
消え去る彼にヒラリと手を振り転移を終わらせる。
魔術で覗き見たところ、きちんと転移出来たようだ。
さて、私も出掛けてみよう。
いつか巡り会えるであろう、彼等に会うために。
あぁ、もしも彼等に出会うことができて、そしてもし彼等に前世、所謂あの時の記憶があったなら。
もしかしたら帰還を望むかもしれない。
私は帰ることは出来ないけれど、でもそれを考えたらその手段だけは探してみようか。
今から私は望みを叶える者。
憎らしいこの世界の住人の望みを叶え続けるために存在する化け物。
それを続ければきっといつか、彼等の生まれ変わりの望みも叶えることが出来るかもしれない。
そして憎んだ相手の望みを叶えることで、その欲望を知ることで、その汚ならしい人間の性を見続けることで、きっと私は私の憎悪を忘れないでいられる。
私はもう久遠月ではない。
私はこれからルナになる。
彼等の望みを叶えるために。
私がすべてを忘れずにいるために。
ねぇ、ごめんね。
ずっと君と一緒にいたかった。
ずっと君と同じでいたかった。
でももうそれは永遠に叶わない、叶えてはいけない望みだ。
私は何も望んではいけない。そんな資格はない。
私はただ他者の望みを叶え続ける。
それだけが私の存在理由になる。
だから、さよなら、陽。




