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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の慟哭
92/178

8-7

Long,long ago

Side:Luna





「あー、ホント馬鹿みてぇ……」


楓さんは小さな声でそう言った。

それに恐らく朝食と思われる(私達の体内時計が正しければ、だが)パンを千切る手を止めてそちらを窺う。

床に寝転んだ彼の目はぼんやりと虚空を見つめていて、残念ながらあまり意思を感じさせるものではない。


「何がですか?」


「や、なんつーか俺、大人げなかったなーって」


いやまあ君らが落ち着きすぎなんだけどさ、などと続けて呟く楓さんに苦笑する。


「突然どうしたんです?」


「いや、そういうとこもさ……あれ、俺のが年上ですよね?」


「当然じゃないですか。それとも老けて見えます?」


「まあある意味ね」


聞き捨てならない言葉だ。

片眉を上げてみせれば楓さんも私に苦笑を返した。


「なんつーの?自分で言うのもアレだけどさ、俺昨日すごい最低なこと言ったじゃん。

なのにこうやって看病してくれたりとか、申し訳なさがひしひしと…

逆に優那ちゃんくらいよそよそしくして欲しいわ」


この口ぶりから言って、楓さんは少し優那ちゃんのことを気にしているらしい。

確かに昨日一悶着あったばかりだし仕方がないのかもしれない。

ちなみに彼女は少し離れたところで楓さんと同じく横たわっている宗一郎さんの具合を見ている最中だ。

私としてはどちらの世話をするとして構わなかったが、どうにも優那ちゃんが微妙な反応をしたため楓さんを受け持つことにした。

けれど彼の様子を見る限りもしかしたら余計なお世話だったかもしれない。


「優那ちゃんは別に楓さんのことを嫌ったわけではないと思いますよ。

たぶん、優那ちゃん自身も貴方に反抗するような態度をとったことを気にしているんでしょう。

楓さんから話しかけてあげてください」


「何だろう、月ちゃんから俺が敵わないような大人の落ち着きを感じる…」


「誉めすぎですよ。そんなに気を遣わなくとも、私も昨日のことは気にしていません」


「いや、マジでなんだけど…」


なんだ、優那ちゃんにするように気を遣われたのかと思ったのだが。

まあ、どちらにしろ私はそこまで昨日のことを気にしていない。

彼が混乱するのも普通のことなのだ。

私だって先に神と出会い、陽との別れを告げられた時にはきっとあんな風に我を忘れていた。

だから彼の怒りも、その怒りを手近にいる相手にぶつける行為も当然のことで。

神に出会い、あの存在と直接対話したことを黙っている私には楓さんにとやかく言うような資格はないのだ。

そんな私の内心など露知らず、彼は深々とため息を吐いた。


「昨日あれだけ騒いどいてなんだけど、今自分がこういう状態になると逆に落ち着くんだな」


「………別に楓さんも慶介さんのようになるとは」


「どうだろうな」


諦念を含んだ言葉。

それに何を言うこともできずに黙り込む。

正直に言ったところ、楓さんや宗一郎さんが慶介さんのようになってしまう可能性は高かった。

恐らく床に描かれた魔法陣が私達の生命力か何かを吸収する役割を持っているのだろう。

いいや、生命力、などという言葉では生温い。

この魔術は私達のすべてを吸い取ろうとしているのだ。

そうでなければ慶介さんがあのように――肉体すら残らず溶け去ってしまうはずが無いのだから。

吸収された慶介さんという存在はこの魔法陣に蓄積されているのだろう。

何となくではあるが初日よりも魔法陣の色が濃くなっているような気がする。


今のところ私は体調の悪さを自覚していない。

恐らくこの魔法陣にはあの魔術師の、もしくはこの世界の基準で力が弱いとされる者から順に吸収がなされていくのではないだろうか。

だから魔術師が彼の言葉で言う使役として利用するのは最後に残った一人か、彼が決めた期日までに魔法陣に吸収されなかった者。

後者ならどうにかすれば残った私達四人は生き残るかもしれない。

ただ、前者であったなら。


……私はいっそ死んでしまいたいのだろうか。

陽のいない世界で生きることに絶望しきって、もう何も考えず、感じずにいられるようになりたいのだろうか。

それとも結局はまだ希望を捨てられずに彼のもとに戻る未来を夢見て足掻き、生き残りたいのだろうか。


「月ちゃんはさ、戻ったら何したい?」


「え?」


物思いに耽っていたせいか反応が遅れた。

それを気にすることなく楓さんは言葉を続ける。


「俺はさー、彼女に指輪とか……あげたいんだよね」


「指輪と言うと、薬指にはめるものですか?」


「そ。まだ俺もあいつも学生だからはめるのは右手になるけど、でもあげたい。

何だろうな、こんな風になるまで、俺ってあいつとずっと一緒にいられるって勝手に信じてたんだよな。根拠もないのに」


「………わかりますよ」


私だってそうだった。

陽とずっと共にいられると信じていた。

そのための約束だってして、なのに。


「ははっ、月ちゃんブラコンだもんな。

だからさ、向こうに戻ったら指輪買って言おうと思って。

今は無理だけど、お互い働いて、自分のことに責任持てるようになったら結婚してくださいって」


「………いいですね、それ」


それがどうか叶えばいい。

楓さんの言う望みはそう思わずにはいられないような、そんな微かでいて幸せと切なさに満ちたものだった。


「――なんだ、男共は使えぬか」


けれどそれを壊す声が響く。

即座にそちらを向けばいつの間にか檻の外に立つ老人の姿。

楓さんの顔が強張るのを感じる。

そして牢の奥側にいる優那ちゃんと宗一郎さんが警戒を抱くのを。


「また何かをするつもりかい?」


「ふん、お前はまだ使えそうか……そちらの女も」


チラリと私と優那ちゃんを見てそうひとりごちた老人はつまらなさそうな表情を浮かべる。


「さっさと結果が出れば良いものを……陛下が今か今かと待ちわびているというのに」


「どういう意味だよ?」


「お前達には今は関係のないことだ。

だがもう何日もこうしてただ待つのはもう我等も飽いた。

……どうだお前たち?我等と遊戯でもするか」


「遊戯?」


どこまでもこちらを下に見た物言いに眉が寄る。

そこへ優那ちゃんの手を借りながら宗一郎さんもこちらへやって来た。


「一体どんな考えがあるというのか、聞かせてもらいたいね」


それを見て魔術師はふん、と鼻をならす。


「なに、お前達はここから出たいのだろう?

いいだろう、【この場所から逃げ出すことを許してやる。だがお前達はこの城から離れられん】。

――精々足掻いて我等を楽しませるのだな」




相変わらず自分の言いたい事だけを告げ姿を消す老人は、嫌に私達が逃げ切れないことを確信しているような様子だった。

それだけ向こうは自分達が上だと過信しているのか、それとも本当にそれが事実なのか。

けれどそれを判断するには私達は何もかも知らなすぎる。

この数日間、私達だってずっと現実を悲観しているばかりだったわけではない。

ここから逃亡することだって考えた。

ただ問題はどうやってこの檻を破壊するか。

そしてこの中からは存在を確認できないが、恐らく外にいるだろう見張りの人間からどう逃げ切るか。

相手は魔術という不可思議な力を使うことのできる相手だ。

何も考えず逃走し、その結果もし再び捕まりでもしたら事態がどう転んでいくかわからない。

そもそもこの場所の外がどうなっているのか、それすら私達は知らないのだ。

そんな状態での行動はあまりにも先の見えない非現実的なもので、結局私達は最後の一歩を踏み出せずにいた。

そんな中で慶介さんがああなり、そして宗一郎さんと楓さんもそれに続こうとしている。


――本当は、私にひとつだけ考えがある。

この頑丈な檻を破壊してここから出て、見張りの人間も撃退する方法。

けれどそれは本当に実現可能かどうかもわからない、不安定で不確かなものだった。


「……宗一郎さん、歩けそうっすか?」


思考がぐるぐると回る中、静かになった空間に声を響かせたのは楓さんだった。

驚き見つめれば先程までの諦めに満ちた瞳は確かに希望と決意を宿している。


「……少し動きは遅いかもしれないが、まだ歩けるはずだ」


「なら、逃げましょう」


断固とした言葉に優那ちゃんが息を呑む。


「……楓さん、本気ですか?」


「だって俺、さっき月ちゃんに言ったろ?

彼女に指輪渡すって。

そのためには帰らなきゃいけない。

俺は、あいつのところに帰ることを諦めたくない」


「………」


諦めたくない。

それは本当は、私だって同じだ。

だってそれくらい、陽は私のすべてだから。

でもずっと希望を抱き続けることはとても困難で、永遠に続くんじゃないかという苦しみをもたらす。

だって陽に会いたいという望みを持ち続けるということは、同時にもしかしたら会えないのかもしれないという不安を抱くことだから。

だから私は諦めようとした。

諦めて現実に流されて、いっそのこと死んでしまいたかった。


――でも、ねぇ、陽。

もし声が届くなら、君は諦めるなって言ってくれるのかな?


「…………わっ、私も!」


黙っていた優那ちゃんが声を発する。

少し泣きそうになりながら、それでも決意に満ちた表情。


「私も、帰りたい…!

家族に会いたい、友達と笑いたい、皆のところに……帰りたい、です…!」


「……そうだね。私も息子に子供が生まれるまでは死んでも死にきれないな」


それに続いて宗一郎さんもそう言った。

あぁ、三人は不安を抱えながらも希望を持ち続けようとしているのだ。

宗一郎さんと楓さんはいつ慶介さんのようになってしまうかも分からないのに。


この人達が諦めないでいるうちは、私も諦めないでいられるかな。

陽のもとに帰ることを、諦めないで望んでいられるかな。


「………わかりました。逃げましょう」


「皆で一緒に帰ろう、俺達の世界に!」


「ただ、どうすれば逃げられるんでしょう……

この檻はすごく頑丈だしって、今までの話でもなってましたよね?」


「う……そこは考えてなかった」


小首を傾げた優那ちゃんに楓さんが目をそらす。

その様子に彼女は苦笑した。

どうやら今回のことで昨日から続く二人の関係はもとに戻ったらしい。

それに微笑みながら、私も少しの覚悟を決めた。


「うまく行くか分かりませんが、私に考えがあります」


「考え……?」


バッと優那ちゃんと楓さんがこちらを見つめ、宗一郎さんは思慮深く言葉を繰り返した。

これから私が話すことは今までなら滑稽な妄想じみたものだったが――良くも悪くも私達が置かれているこの状態がおかしなものなのだから大丈夫。


「あの老人は以前ここへ来たとき、召喚によって私達に魔力を持たせたと言いました。

だから私達も魔術が使えるはずなんです。

ここから逃げるために魔術を使えばいい」


恐らくこの空間で魔術がかかっているのは足元の魔法陣のみ。

こちらが魔術を使うことを視野に入れていないのだろう、檻はただの鉄製のもののようだった。

当然だ、魔術のない世界にいた私達が、魔力を与えられたからと言ってそれをなんの知識もない状態で行使できるはずがない。


「それは、そうかもしれないが……本当にそんなことが出来るかどうかが問題だ」


だから宗一郎さんの言う通りでもある。

口で言うのは容易いが、出来なければ意味がない。

けれど私には神から与えられた知識がある。

それをどうにかボカしながら伝えれば、他の三人も魔術の行使が可能なのではないだろうか。


「試すだけなら簡単ですよ。

取りあえず一番簡単で小説などにもよく出てくるイメージでもしてみましょう。

駄目なら他の手段も試せばいい。

時間はたっぷりある……とまでは言えませんが、まだもう少しくらいは猶予があるはずです」


それは老人が再びやって来るまでの。

そして宗一郎さんと楓さんの体力が失われてしまうまでのタイムリミット。

それを察してか男性陣二人は黙り込んで互いを見つめ、優那ちゃんは瞳に強い意思を浮かべた。


「……私、やってみます!」


「優那ちゃん…」


「私、ここに来てから皆さんに支えて貰ってばかりで、だから少しでも出来ることがあるなら、その可能性があるなら頑張ります!」


本当に彼女は素直でいい子だと思う。

まだ中学生で、普通ならずっと泣いていても責められないような立場なのに。


「ありがとう。……と言うか実は、私もう魔術が使えるみたいなんだ」


神とのことはまだ口にする勇気はないけれど、どうにか話せるところまで。

私は臆病なのだ。

陽がいなければ自分を保つことすら難しい。

彼と再び出会えることを信じるには他人が信じているという後押しがなければいけない。

そしてそんな私の後押しをしてくれた人達に、奇異の目で見られたくない。


「【火】」


指先に蝋燭の火が灯るイメージを脳裏に描く。

そうすれば思い描いた通りにそこに明かりが現れた。


「……えぇ!?」


「はぁっ!?」


「これは驚いた……」


「二人とも、あまり騒ぐと気づかれます。

実はこっそり一人でやってみたんですよね、出来るかどうか。

流石に言っておいて出来ないのは恥ずかしいので内密にしておこうと思って」


練習をしたのは本当だ。

あの老人が私達に魔力があることを口にしたその日の夜、倒れた慶介さんの看病を交替でしている間に。

他の三人は仮眠をとっていたし、慶介さんは意識がなかったから色々と試すことが出来た。

頭の中の知識によるとこの世界の魔術のは一定以上の魔力さえあれば詠唱により発動することができる。

そしてその詠唱は魔力が多ければ省略可能。

召喚までされたのだ、恐らく私達にはある程度――あの老人達が使役したいと思う程度の魔力が備わっているはず。

だからこそイメージと詠唱の中に含まれている単語ひとつで魔術は発動する。


「これはイメージしたものが蝋燭なので小さいですが、炎を思い浮かべればまた違った結果になると思うんだ。

それに魔法でイメージ出来るものは火だけじゃなくて他にもあるだろう?」


そのまま続けて水や風など色々と出して見せる間、三人は面白いくらいに呆然としていた。


「……と、いうわけで。

優那ちゃんもやってみて」


「えぇ!?」


「え、やるって言ってたよね?」


「そ、それはそうですけど…」


先程まであんなにやる気満々だったのに、一体どうしたと言うのか。

首を傾げれば楓さんがため息を吐く。


「いや、そんなの見せられたら逆に自信なくなるって」


「そうですか…?

私にできたんですから、皆さんも出来ると思います」


「その期待が重い……」


「まあまあ。月君だから仕方がない。

ともかく私達もやってみよう。やるだけならタダだからね」


「いや、出でよ炎!とかやって出てこなかったら相当イタいっすよ…

俺も隠れてやっとけばよかった……月ちゃん絶対恥かくの防ごうとしただろ?」


じっとりした楓さんの言葉と目線は取りあえずスルーした。


「あくまで私が色々と一人で検証した結果だけど、火って言えば火が出るし、水って言えば水が出るよ。

それをどんな風に出すかは頭の中のイメージ次第だね」


「なるほど……」


「あ、月ちゃんも優那ちゃんも俺のこと無視?」


本当は、ここでも伝えていないことがひとつ。

この世界の人間は既存の魔術しか使えない。

昔は違ったのかもしれないが、新たな魔術を作り出すことが出来ないのだ。

何か新しく複雑なことを魔術で成そうとするならば、この世界の人間は現存する魔術をいくつも組み合わせることで求めた結果を起こさなければならない。

だから例えば木を一瞬で生やそうとするならば木を出現させる魔術、成長を促進させる魔術、木の存在を維持する魔術の三つを組み合わせて一つの魔術という概念で使う必要がある。

そしてもし目的を達成するために必要とする効果のある魔術が存在しなければ、この世界の人間は永遠にそれを魔術で成し遂げることが出来ないのだ。


けれど私は違う。

これも神に与えられた力なのか、それとも召喚の副産物なのかは分からないが、私は頭にしたいことをイメージするだけでそれを成し遂げることが出来る。

一瞬で木を生やしたければそれを考えるだけで成功するのだ。

ただ私が上手くイメージ出来ないもの――それこそ元の世界へ戻ることや、目の前にない複雑な作りの物体を出現させることなどは不可能らしかった。


この力自体はかなり便利で都合のいいもので、だからこそ逃走にも使っていくつもりがある。

でも、この能力が他の三人に備わっているのか、それが分からなくて恐ろしい。

だから言えない。

もしも私の杞憂で、皆に備わっている力ならそれでよかった。

そうだとして告げない私の責任なのだから、私が他の3人分の働きをするつもりもある。


自分でも細かいことを気にしすぎているという自覚はあるのだ。

でもそれでも、例えば皆の言葉の端々に私との差異を感じてしまって。

こうしてたくさんの事を知ってしまっている自分が、異端であるような気がしてならないのだ。






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