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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の慟哭
90/178

8-5

Long,long ago

Side:Luna




牢に入れられてから――つまりは私達がこの世界に召喚されてから、一週間ほどがたった。

実際のところ正確には今が何日目であるかは分からない。

全て私達の体感的なものと、ここで日に二回出される食事の回数で判断しているだけのものだ。

この場所が地下だからなのか、それとも元々の建物の構造によるものなのか窓はない。

そのため外の様子を確認することも出来ず、いつ終わるかも分からない幽閉と時折様子を見に来る魔術師の老人の存在、そして何より元の世界とは何もかもが違う環境に、私達の精神は大分参ってしまっていた。


「月さん、ごはん、食べないんですか?」


「……あぁ、ごめん。ちゃんと食べるよ」


これから一体どうなるのか、それともどうにもならずに死ぬまで幽閉されるのか。

考え込んでいたら食事の手が止まってしまっていたらしい。

優那ちゃんから声をかけられ慌てて誤魔化すために笑顔を向ける。


「でもそんなこと言いながら優那ちゃんも全然食べてないじゃん。

オニーサン心配になっちゃうわー。

まあこんな不味いメシじゃ手が進まないのも同感だけど」


日向さん―――いいや、楓さんの言葉は確かに的を射ていた。

ここで出されるものといえば乾ききった固いパンに味の薄い汁だけのスープ。

どれも死なないためにというだけで口にしてはいるが、正直食欲はなくなるばかり。

ただこんな過酷な生活が連帯感を高めたのか、私達は今では互いを名前で呼び合う程の仲になっていた。


「だって……あんまり美味しくないから。

それに動かないからお腹もすかなくて」


「そうは言っても食事はとらないといけないよ。

特に優那君はまだ成長期だ。心なしか少し痩せたような気がするし…」


宗一郎さんの言葉にまじまじと彼女を見てみれば、なるほど確かに痩せた気がする。

頬は少しこけてしまっているし、目の下の隈も痛々しかった。

やはりあまり眠れていないのだろう。

こんな寒くて毛布の類も用意されない劣悪な環境ではそれも無理はない。


「そう、ですか……?でも本当にお腹がすかなくて…」


「空腹じゃなくても食べないと。

いつか戻った時に家族に心配されるんじゃん?こんなに痩せてー、って」


「お母さん達に……そうですよね」


楓さんの言った、いつか戻った時。

そんな時は来るのだろうかと思ってしまうのは私だけだろうか。

――いいや、周囲を見回してみれば誰もが痛々しい感情を瞳に浮かべていて、それが私だけではないと分かる。


陽。私は君のもとへ帰れるのかな?

今はまだ鮮明に君を思い出すことができるけど、いつかそれすら出来なくなってしまいそうで恐ろしいよ。


「そう言えば優那ちゃんの家族は?

どうせこんな牢屋の中なんだから、皆の家族の話なんてどうだろう?」


どこか重苦しさの付きまとう空気をどうにかしようとしてか、慶介さんが明るくそう言った。

もしかしたら家族が懐かしくて話がしたくなったのは慶介さんの方かもしれない。

軽く聞いた話では彼には幼い娘がいるそうだ。

妻と二人取り残してきてしまった存在が心配で堪らないだろう。


「いいんじゃないですか?俺も興味あるな」


話に一番にのってきたのは楓さん。

明るくムードメーカーである彼は空気を読むことも上手いから、いち早く話の流れを察したのだろう。

宗一郎さんも異論はないようで穏やかに頷いている。


「……じゃあまずは優那ちゃんから。

元々は君の話を聞こうというのが慶介さんの提案だしね」


こうして進行役のような立ち位置を買って出たのは、出来るなら私はあまりそういった話をしたくなかったから。

他人に話せば話す程、もう陽に会えないという思いが強まるような気がして、出来るなら私は私の心の中にだけ彼の存在を留めておきたかった。

勿論場の空気を壊すわけにはいかないから求められれば話すつもりだけれど、かわせるものなら上手くかわしておきたい。

そんな私の思惑も知らず、優那ちゃんは少し照れくさそうにしながら口を開いた。


「えっと……私の家はよくある一般家庭だったんですけど…

お父さんとお母さん、あとお兄ちゃんの四人暮らしで、それに犬を一匹飼っていました」


「お兄ちゃんがいたんだ?」


「はい。でもすごく意地悪でした。

すぐ私のことからかってきて、私すぐ泣いちゃってそのたびお母さんが叱ってくれるんですけどまたすぐからかって。

……でも、意地悪だけどすごく優しいんです。

私が困ってたら助けてくれるし、近所の男の子にからかわれたら怒ってくれて」


話している間に色々と思い出したのだろう、みるみるその瞳に涙がたまっていく。

私達はそれに何を言うでもなくただ静かに耳を傾けた。


「あの日も、もうすぐお兄ちゃんの誕生日だったから、友達に付き合ってもらってプレゼントを買いにきたんです。

お兄ちゃん、携帯に何もつけてないからストラップとかどうかなって考えて、買ったのに、結局渡せなかった……こっちに来てから探したんですけど、むこうで落としてきちゃったのか、どこにもなくて。

お兄ちゃんにだって話してあったから、友達が気づいてくれてたらいいんですけど……でも、直接渡したかったな…」


それ以上は言葉にならなかったのだろう、優那ちゃんはぼろぼろと泣き崩れた。

それを見ていられなくて目をそらしたのは私と楓さん。

年長である慶介さんと宗一郎さんはそうかと言って彼女の背を撫でていた。


「大丈夫、きっと友達が気が付いて渡しておいてくれているよ。

それに今回直接手渡せていなくても来年や再来年の誕生日がある。

俺も娘の我儘にのせられて買い物に来ていたけど、あの日は結局何も買ってやれなかったからね。

帰ったら抱き上げて、たくさん我儘をきいてやるつもりだよ。

妻にもきっと心配をかけただろうから労わってやらないといけない」


「娘さんは確か小学生だったかな?」


「ええ。もうすぐ優那ちゃんと同じく中学生になるんですよ。

公立のところだからもしかしたら優那ちゃんの後輩になるかもしれない」


その言葉に優那ちゃんもどうにか微笑んだ。

自分の家族を心配しつつもどうにか彼女を慰めたいという思いを感じ取ったのだろう。

そうなったら絶対に仲良くなる、と本気混じりの冗談を返していた。


「楓君はどうだい?確かあの日は友人と来ていたと言っていたが」


「あー……」


楓さんはまだ涙まじりの優那ちゃんの様子を気にしつつ、少し気まずそうに頭を掻いた。


「実はそれ嘘で…」


「嘘?」


「本当は彼女と来てたんです。

でも何て言うか……言える空気じゃなかったっていうか。

それで友達って言っておこうと」


「何だ、そんなことか」


本当に居心地悪そうな楓さんの様子に、失礼かもしれないけれど私達はつい笑ってしまった。

もしかしたら彼はお調子者のように見えて案外照れ屋なのかもしれない。


「彼女さんと買い物ということは、やっぱりデートかな?」


「や、まあ、そうなんですけど。……俺の話はこれで終わりでよくないですか?」


「いえ、私も気になります!お付き合いってどんな感じですか?」


「ちょ、優那ちゃんマジで勘弁して…」


やはり女の子、恋の話は気になるのだろう。

涙をぬぐって楓さんを見つめるその瞳は泣いていたせいだけではなく確実に輝いている。

楓さんもそんな目を向けられてしまえば無下には出来ないようで、眉を下げ参ったような顔だ。


「大体そういうのって女子高生の専売特許でしょ。ね、月ちゃん」


「あ、そっちも興味あります!

月さんすごく美人ですもん、やっぱり彼氏さんいますよね?」


とかなんとか思っていたらこっちにまで飛び火した。

内心の動揺は見せずに小首を傾げて誤魔化してみせるけど。


「いや、私は彼氏いないよ。だから楓さんに色々教えてもらいたいな」


「そうなんですか?意外です…」


「裏切り者!絶対いるだろ!」


「いませんよ、本当に」


噛みつくような勢いの楓さんには苦笑しながらそう返しておく。

そういったことにはあまり興味がないし。


「確かに月君にそういった相手がいないことは私も納得だ」


そう思っていたところに宗一郎さんから言葉をかけられつい瞬く。

私は彼とは面識はなかったはずだが―――いや、柊?


「宗一郎さんは月ちゃんと面識が?」


「いや、直接はないよ」


「なら一体どうして…」


「まあまあ、それは後のお楽しみだ。

月君も頑張って考えていてくれているようだしね。

まずは楓君の恋人の話から楽しもう」


「覚えてたんですね……」


上手く慶介さんの問いをはぐらかした彼の言葉に、自分の話は流れるだろうと高をくくっていたらしい楓さんはガックリと肩を落とした。


「一体いつからお付き合いされているんですか?」


「優那ちゃん、遠慮ないね…」


溢れる女子力に楓さんはタジタジだ。

ちなみに残る私達三人は彼を助けるでもなくただ生暖かい眼差しで見守っている。


「それで、いつから」


「あー、わかりました、答えます。答えさせていただきます。

付き合いは高校の時からだから、もう4年くらいにはなるかな。

お互い近くにある別の大学に通ってるんだけど、地元にあの店がオープンしたって聞いて折角の休みだからって彼女誘って来てたんだよね」


「デートですね!」


「あぁうん、デートです……中学生マジこえぇ…」


はしゃいだ様子の優那ちゃんに向けたらしい楓さんの言葉には皆が聞かなかったふりをした。


「あ、じゃあ写真とか。携帯もってますよね?

というか私以外の人は皆持ってますよね?」


「えっ、更なる要求」


中学生の優那ちゃんは高校生になったらという約束だったらしく携帯、スマートフォンの類は所持していない。

対して私達他4人は仕事の都合などの理由で当然所持しているし、ここに入れられてすぐ電話はつながらないかと電波の確認をしたので皆がそれを把握している。

ちなみにお決まりと言うか何と言うか、やはり圏外だった。


「ないないないないない!」


「確か楓さんはスマホの待機画面が彼女らしき人とのツーショットだったよ」


「怖!!何でそんなこと月ちゃん知ってんの!?」


「圏外の確認をしている時に目に入ったので。彼女さん、お可愛らしいですね」


「やめて!なんか辛いからやめて!」


褒めたのだが駄目だったらしい。

両手で顔をおさえた楓さんはすごいリアクションだ。


「えっ、私にも見せてください!」


「それは俺達も気になるなぁ」


「そうだね、それにしても若い頃を思い出して微笑ましい」


「皆が俺に羞恥プレイを強いてくる…」


そうは言いつつも皆からの視線の圧力に負け、結局楓さんはスマホを差し出した。

電波の確認をして以来まったくいじっていないそれはまだ電池がもっていたが、それでも既に半分を切っている。

恐らくあと数日で使い物にならなくなるだろう。

それでもそんな現実から目を背け、私達は画面に映る可愛らしい感じの茶髪の女性を見つめた。


「可愛いー!」


「一緒に映っている楓君、デレデレだね」


「宗一郎さん、あまり言うと楓君が可哀想ですよ」


皆かなりニヤニヤしている。

それに対する楓さんは最早燃えカスのような状態だ。

少し同情するが、面白いことは確かなので止めることはしない。


「ちくしょうすごく恥ずかしい…」


「いいじゃないですか。こういう事も含めてこその恋愛ですよ」


「月ちゃんなんでそんな悟りきってんの…

てか、俺もちらっと見たけど月ちゃんの待機画面だってなんか人物だったじゃん!」


見られていたのか。

そう思うより早く優那ちゃんが勢いよくこちらを振り返った。


「彼氏さんですか!?でもさっきいないって言ってましたよね!?」


……うん、確かに女子中学生怖い。

心の中で楓さんに同意しつつ私は自分のスマホを取り出した。

そして彼とは反対に躊躇いなく画面を開きそれを4人の眼前に晒す。


「兄の陽です」


「…………チクショウ!」


何故か楓さんは勢いよく、そしてわざとらしく拳を床に叩きつけた。

恋人ではなく兄だったことが悔しかったのだろうか。

この感じ、私の事をからかい返すことができると期待していたに違いない。


「うわぁー、イケメンさんですね…」


「お兄さんと言っていたけど、この写真を見るに年が近いんだね」


「いや、彼等は双子だからね。同い年だよ。そうだろう、月君?」


「えぇ、その通りです」


それにしてもやはり宗一郎さんは私のことを知っているらしい。

いや、この場合は久遠家の双子の事を、と言うべきだろうか。

反対に私の方は自分で物事を覚えるのは結構得意だと思っていたのだが、柊という苗字になかなか当てはまる出来事がなくて困惑中だ。


「双子さんですか…!何だか憧れます。

そう言われてみると確かに顔も似てますね。

それにしても宗一郎さんは月さんと知り合いだったんですか?」


「いいや、会ったのは初めてだよ。

ただ以前私の息子が開いたパーティーでその姿を見たことがあってね。

柊という姓だけでは難しいかな。……息子は冬星というのだが」


「あぁ、冬星氏のお父上だったんですか!」


ようやくピンときた。

そう言えば1年ほど前にそんな催し事に出席した気がする。

逆に他の3人はぽかーんとこちらを見ていたが。


「パーティー、ですか……?」


「え、もしかして二人ともブルジョワ?」


「うーん、でも確かに久遠も柊も聞いたことがあるような…」


「慶介君はもしかしたら知っているかもしれないな。

久遠と言えば古くから伝わる家柄で、今は金融関係の事業に手をつけている。

確か今回私達が行った大型商業施設も久遠家がかなりの融資を行っていたと聞いたが」


うーん、宗一郎さん、結構詳しいな。

息子さんが会社を継いで現場からは退いたはずなのに。

やっぱり彼ほどの者になると引退した今でも色々と情報が入ってくるということだろうか。

会社や現在の経営者である息子さんのいい相談役にもなっているって聞いたことがあるし。

取りあえず皆から凝視されるこの時間が何となく居心地悪いものなので、私も宗一郎さんについての情報開示をしてみよう。


「そう言う宗一郎さんは一代で会社を築き上げた方ですよね?

今でも社の重役たちは貴方に頭が上がらないとお聞きしましたよ」


「うぅ…そういうの詳しくなくて全然わからないです……」


「もしかして建築から室内インテリアまで手掛けてる、あの?

うわ、俺の彼女あそこのインテリア大好きなんですよ!」


頭を抱えた優那ちゃんとは反対に楓さんは分かったらしく興奮した様子である。

慶介さんは慶介さんで先程から久遠、久遠、と私の姓を呟き記憶を漁っているようだ。


「それはありがとう。単なる年寄りの道楽のようなものだが、そう言ってもらえると嬉しいよ」


「道楽などと、デザインは未だに殆どを父が受け持っていると冬星氏も仰っていましたよ。

久遠の家や関わった建造物にも多くそちらのインテリアを使用させて頂いております」


「月ちゃん、すっげー口調変わってるけど」


「……あー、すみません。つい」


スイッチが入ったと言うか、久遠としての意識が先に立ってつい商談の応対をしている時のような感じになってしまった。


「いや、流石は久遠の直系のご令嬢と言ったところか。

私の会社も君のお父上が当主であった時代に世話になったものだ」


「……思い出しましたよ!久遠桐夜(とうや)氏ですね!

私の勤めている会社の株主の一人でした。しかし確か…」


「はい、父は亡くなったので今は私と兄が父の持っていた株の半分にあたるものを持たせていただいています」


こうしてみるとなかなか世間は狭いと言うか………いや、久遠も柊も広く手を伸ばし過ぎなのか。

それにしても話についてこれない優那ちゃんと楓さんの視線が痛い。


「やっぱりブルジョワってやつだ。すげー」


「もう皆さんが何言ってるか分からないです…」


「まあまあ。そう言えば元々は家族の話をするはずだったね。

私は見ての通り老い先短い老人だ。

妻にも先立たれてしまったから時折息子を助けながら一人で静かな老後を送っているよ。

あの店にも息子が店舗を出したと言うから少し覗こうと思ってね。

ついでに自分の買い物もしていたんだが、いやはや、この年でこんなことに巻き込まれるとは」


そう言ってにっこり微笑む姿は流石と言ったところだろうか。

今まで数々の苦境を自らの力で乗り越えてきたのだろう宗一郎さんはこの事態にもそこまで冷静さを欠いていない。

かと言って根拠のないおかしな自信などを抱いているわけでもないことも察することができる。


「さてそれじゃあ月くんの話に移ろうか。

久遠の双子の話は業界では有名な話だよ。秀でた能力やその容姿の美しさもね」


「確かにすごい美人とイケメンだった。神様ってやつは不公平だな…」


「私も気になります、月さんの話」


「そう言われてもな…」


特に大した話はない。

陽のことはあまり詳しく話したくないし……別に嫌と言う訳ではないけど、私にも独占欲というものがあるのだ。

私の様子に渋っていると勘違いされたのか宗一郎さんがにこにこしながら爆弾を放り込んできた。


「君達兄妹はそれぞれ互いを溺愛していると聞いたけど、あの日も兄の陽君と来ていたのかい?」


「溺愛!」


「でも確かに写真はかなり仲が良さそうだったね」


「いや、それは何と言うか……」


確かに私もある程度自覚はしているけど。


「……まあ、その通りですね。

あの日は私と陽の誕生日だったので、優那ちゃんと同様プレゼントを買いに来ていたんですよ」


「そうか……それは災難だったね」


私達の家庭の事情はある程度宗一郎さんも耳にしているんだろう、その言葉には確かな労りが含まれていた。

けれど私が心配なのは自分の身よりも陽のことだ。

彼が悲しんでいることが簡単に予想がついて、それだけが気がかりで仕方がない。


「いえ、最低限陽の身が無事だということは分かっていますから」


最後の瞬間、彼の傍にどうにかして警護の人間が近づこうとしているのが見えた。

だからあの後すぐに陽は保護されたことだろう。

彼に何も起こらず、その身が無事であること。

きっと私を喪った心は自惚れでは無く傷だらけだろうけれど、それでも最低限安心することができる。

そういった思いと共に告げた言葉に、四人は何とも言えない表情をした。


「何て言うか、マジで溺愛だな」


「月さんはブラコンなんですね」


二人の、特に優那ちゃんの言葉が心に刺さる。

その通りだけど。


「そんな様子では恋人が出来ないことも納得がいくね。

彼の前ではどんな男も霞んでしまうだろう」


「まあ確かに陽以上の男性はなかなかいませんが……

別にだからと言って必要とあらばお付き合いも結婚も考えていますよ?」


「せ、政略結婚ってやつですか!?」


まあそんなところか。陽は反対してるみたいだったけど。

頷けば正に唖然、といった表情が返ってきて何だか私が悪いことを言ったような感覚だ。


「だが話で聞いた限り陽君がそれを認めるとは思えないが」


「そうですね。まあまだ先の話なので」


「そうか……それにしても結婚か…」


「おや、娘がいる身としては他人事ではないかい?」


重く呟きため息を吐いた慶介さんに宗一郎さんがからかう様に言う。

それに強く頷く彼の様子を見る限り、慶介さんは娘さんをかなり溺愛しているようだ。

私と陽のことをとやかく言えないと思うけどな…


「娘がいつかどこの誰とも知れない男のところに嫁に行くかと思うと…」


「あはは、慶介さん気が早いですよ」


「父親としては娘が生まれた瞬間から考えることなんだよ。

楓君も今の彼女と結婚したいなら向こうの家族への挨拶はしっかりしないといけないよ」


笑っていた楓さんがその言葉に顔色を悪くする。

やはり男性にとって恋人の父親に結婚の許しをもらいに行くのはなかなかハードルが高いことなのだろうか。


「やっぱそうですよね……うわ、考えるだけで緊張で吐きそう」


「楓さんも気が早いですよ。やっぱりもう少ししてからじゃないと」


「ふむ、確かに優那君の言う通り、自分である程度稼ぎが得られるようになってからでないと難しいだろうね」


「宗一郎さんが言うとすげえ説得力…」


楓さんは見事に撃沈した。

優那ちゃんはませたことを言いながらもまだまだ結婚に夢見る年頃なのだろう、目を輝かせている。


「でも結婚って憧れますよね。いつか私も素敵な人と結婚したいなぁ…」


「その年からそんな事を言っているとお父さんが悲しむよ?

それこそ今の慶介さんみたいに」


それに冗談めかして答えれば慶介さんも笑って頷く。

その表情に少し元気がないのはやはり娘が嫁にいってしまうことが想像でも悲しいのだろうか。


「その通りだよ。親にとってはいくつになっても子供が可愛いものだからね。

だけど俺もいつかは娘を嫁に出さないといけな……、…………」


「慶介さん!?」


ぐらりと慶介さんの身体が傾いた。

手に持っていたパンが床にこぼれ転がる。


「え!?どうしたんすか!?」


「慶介君?慶介君!?」


すぐに傍によって様子をみるが、その顔は血の気が引いていて真っ青だった。

気が付けば普段は鈍く輝いているだけの魔法陣がそれまでより強く輝いている。

あぁこれは命を吸う魔術だと、頭が勝手に理解した。






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