表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の慟哭
89/178

8-4

Long,long ago

Side:Luna






「陽、嫌だ、陽―――!」


叫んだ瞬間、私の身体は真っ白な空間に投げ出された。

天井も床も壁もない、真っ白な空間。

訳が分からない。突然地震が起こって自分の周囲を気味の悪い輪が包んで、そうしたら陽の声が聞こえなくなって、まるで心が引き裂かれるみたいに痛んで。

陽。痛そうな顔をしていた。悲しそうな顔をしていた。

最後に見た表情を思い出すだけで胸が痛む。

そして何よりも、彼の存在が欠片も感じられないことが私を何よりの恐怖に落としていた。


「陽、陽……どこ…?」


不安定になった心が救いを求めるように唯一の名を呼ばせる。

けれどそれに返ってくるのは沈黙ばかりで、余計に心が痛かった。

どこにいるの。私はどこに連れてこられたの。

耐え切れず、情けないけれどボロボロと瞳から涙が溢れた。

寂しい。辛い。切ない。悲しい。

それらの感情が混ざり合い溶け合って涙に変わる。


【―――泣くな】


「……っ!?」


突然響いた声に身体が震える。

どこともわからないような場所で知らない相手に会う。

そんなもの恐怖でしかなかった。


【頼むから泣くな。すまない、私がもっと…】


「誰、だ……?」


恐る恐る顔を上げて周囲を見回す。

けれどそこにあるのはただ真っ白に染まった空間だけで、私以外の人間がいるとは思えなかった。


【ここだ、月】


「……!?」


どうして名前を知っているのか。

それについても動揺したが、それ以上に突然目の前に現れた存在によって私の喉から悲鳴じみた声が漏れた。

だって、有り得ない。

目の前に立つ存在は真っ白だった。髪も肌も服も。

それはまだいい。けれど何より異質だったのがその瞳だ。

白目がなく見える範囲の全てが黒目らしき漆黒で染まっている。

いくらなんでもこんな人間がいるはずがない。


【……怯えるのは分かるが、話を聞いてくれ】


「何、を……」


【私は神と呼ばれる存在だ。

ただ月の世界での神ではない。別の世界の管理を司る存在だ】


「か、み?」


何を言っているんだ、この男は。

いいや、男なのかどうかも怪しい。

何となくそう思ったけれど、服装は体の線がわからないものだし容貌も中性的。

実際のところ判断は難しいと言える。

それに、こともあろうに自分の事を神様だなんて……確かにこの空間や人間ではありえない瞳をみれば納得しそうになりはするけれど……


【疑う気持ちも混乱する気持ちもわかる。

だが話を聞いてくれ。時間がないんだ】


「どういう…」


けれど神と名乗る存在は話し方が陽に似ていて、まるで彼に語りかけられているようで無下には出来なかった。

何より混乱していた頭が段々と落ち着いてくるのが分かる。


【……よかった。そのまま聞いてくれ。

月、お前は異世界に召喚された。

今もその最中だが、地球から私の世界へ引き込まれる瞬間をどうにかつかまえて私がここへ呼び寄せた】


けれどその心も新たな言葉によって再び混乱に陥れられる。


「は……?召喚とか、何を言って…」


【本当だ。もうじきお前はあの世界との繋がりを断ち切られてしまう。

そうなれば二度とあの世界に戻ることは出来なくなるだろう】


戻ることができない?

それはつまり陽に会えなくなるということだろうか。

離れ離れになる?私と、陽が?

私達はずっと一緒のはずなのに。ずっとずっと、死ぬまで一緒だって約束した。


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……、っ、嘘だ」


【本当だ。すまない】


「なんで、そんなの信じられるはずがない、だって私と、陽は…!」


【強い絆で結ばれていた。けれどその繋がりは断ち切られた。

お前も感じているだろう?例えようもない喪失感を】


否定なんて出来なかった。

今なおじくじくと痛む心。

これは私が陽を喪ったから?そして陽が私を喪ったから?


【そしてもうじきお前の中のあの世界とのつながりも途切れることになるだろう。

本当にすまない。他にも大勢、無関係の別世界の人間を巻き込んでしまった……】


「どういう、ことだよ…!なんで、だって私は何も特別な事なんて無い、普通の!

そんな、召喚なんて知らないし、そんなもの日本にはない……!

それがこんな、もう会えないとか、帰れないとか、私が…………っ、私が、何を…」


私は何も悪いことなんてしてない。

なのにどうしてこんなことになるの。

陽。きっと陽が泣いてる。

私と同じように心が裂かれるような痛みを感じてる。

なのに、もう触れることすら許されないなんて、そんなの嘘だ。


【……すまない】


神を名乗る存在はもう一度そう言った。

謝ったからってどうなると言うんだろう。

謝るくらいなら、そして神を名乗るくらいなら私を元の、陽のところに返して。

痛い。心が痛い。陽がいないって、全部の感覚が訴えてくる。

そんなものに私が耐えられるはずがない。


【それは出来ないんだ……

一度途切れた繋がりは余程のものがないかぎり紡ぎ直すことはできない。

何より私はただの管理者。いかに自分の世界だろうと、直接的な手出しは許されていない】


「………っ!なら!何で私の前に来た!

薄っぺらい罪悪感で近づくな!謝罪なんていらない!さっさと消えろ!」


陽がいないなら全部いらない。

何もかも消えてしまえばいい。

私の存在だって彼の隣になければ不要にしか感じることができないのに。

最早止まることを知らない涙は永遠と流れつづける。

それを拭うのは慣れ親しんだ温かな指では無く、知らない温度の真っ白なそれだった。

一瞬固まり、それでもすぐさま振り払う。慰めなんかいらない。


「触るな………!」


【泣かないでくれ…】


「五月蠅い、触るな…!」


変わらず手を伸ばしてこようとする存在を拒みじりじりと後退する。

それを切なそうに見た彼は小さく指を鳴らした。

途端に自分の身体が意志に反して動かなくなり、いとも容易く真っ白な指が頬に触れる。

あぁ、気持ちが悪い。気持ちが悪い。どうして陽がいないの。どうして陽のように触れてくるの。


「触らないでよ……嫌だ、嫌いだ………気持ち悪い…」


【すまない。すぐに済むから】


響く声は申し訳なさそうでも、指はひたすらに私の目元をなぞっていく。

陽ではない指で陽のように触れられる。

それは訳の分からない安堵と嫌悪を同時に私にもたらした。

堪らなくなって強く目を閉じればそれを合図に私の目蓋は意志に反し開かなくなる。


「何を……!」


【すぐに済む。どうか許してくれ…】


ふわりと目蓋に感じる温度。

右目、左目と移動したそれはすぐに離れたが、何故か感じた熱はなかなか引かず、むしろ熱さを増していく。


「あ、つい……何、嫌だ…………」


【お前を守りたい。お前を悲しませたくない。お前に幸せをやりたい。だから】


何を言っているの。私から陽を奪った癖に。

ならばその全てがもう叶わない。


【どうか、お前から奪った全てがいつかお前に返るように】


最後に目元をたどる指先は陽そのもので、それが更に私をどん底まで突き落した気がした。

その時確かに、私は私の心が壊れる音を聞いたのだから。

残酷で澄んだ、崩壊の音を。
















「起きろ!おい、さっさと起きろ!!」


ドン、と腹部に衝撃が走った。それと同時に目が覚める。


「……っあ、……ぐぅ…」


痛い。一体何が起こったのか。

さっきまで私は真っ白な空間にいて、わけのわからない存在から話を聞かされて、それで――


「何をグズグズしている!起きたのならばすぐに立て!」


ぴしゃりとすぐそばの床を鞭が強く打った。

慣れない暴力の音に思わず身が縮む。

見上げた先には古臭い、物語で魔女が纏うようなローブを着た老人。

いつの間にか周囲はさびれた石畳に変わっていて、離れた位置にやはり見慣れない服装の人間達が並んでいる。


「おい、止めろ!女の子だぞ!」


それを止め鞭を持った男との間に立ちはだかったのは四十代くらいの男性だった。

彼の見慣れた服装に安堵する。ジーパンにワイシャツ、よく見る休日の父親のような服装。

周囲をよく見れば他にも何人か私と同じく普通の服を着た人たちがいて、それに例えようもなく安堵した。


「黙れ!我らの使役の分際で身の程知らずが!」


男性の介入に激昂した老人はもう一度鞭を振り上げた。

今度はそれが床では無く男性の身体に当たる。


「っつ!」


痛みと衝撃によりその場に尻餅をついた男性は打たれた箇所をおさえた。

その様子に鼻を慣らし、老人は男性の後ろに座り込んだままの私へと目を向ける。


「お前もいつまで座っている!早く立ち上がれ!」


「ひ…ぁ…………」


これは現実なのだろうか。

信じたくなくても肌を刺すような異様な寒さと体の震えがそれを物語っていた。

ガクガクする足をどうにか動かして立ち上がると老人はじろじろと私の全身を見回し、そしてその視線が目元で止まった。

ニィ、と愉悦に歪むその表情に全身が総毛立つ。


「なるほど………聖王陛下、この者で最後の様です。

我が総力を挙げて用いた召喚術は成功いたしました」


召喚。その言葉に目を見開く。

あの空間で神を名乗る存在が言っていたことだ。

俄かには信じがたいけれど、それなら私が異世界へ召喚されたというのは、本当に、真実だと?

そしてあの存在は他の人間も巻き込んだと言った。

ならここにいる人達は私と同じように召喚された日本人?


「そうか……して、この後はどうする?」


老人が聖王陛下と呼んだ、並み居る人間の中でも特別豪奢な衣を纏った人間が応える。

その瞳にはギラギラと汚らしい欲望が渦巻いているような気がして私は自然と目を背けた。


「まずは幽閉を。何分初めての試みに、やはりほつれがあったようです。

そちらの修正を行いますので、計画はその後に……」


「よかろう。働きに期待している」


「は」


「では皆の者、見世物はこれで終いだ。

次の楽しみはまた後にとっておけ。これから我が国が世を支配するのだからな」


聖王のそんな言葉を合図に人垣はこの場から去っていった。

人間がいなくなると今までよりもなお寒さが増す。

それに震える私達は自然と集まって一か所に固まった。

ふん、と様子を見ていた老人が鼻を鳴らす。


「何をしている、さっさと牢に入れ!」


「牢……?そんな、何で…」


「五月蠅いぞ!」


再びぴしゃりと鞭がしなる。私達は身体を震わせた。

それに気をよくしたように老人は笑い、鞭で家畜を追うように私達をその場から移動させていく。

私を庇ってくれた男性はまだ立てていないから、このままではまた叩かれてしまうだろう。

慌てて傍に駆け寄り手を貸して一緒に移動する。

老人はそれに何を言うでもなく無言で鞭を振るった。


結局追われるようにして私達が入れられたのはいくつもあるうちの牢屋。

床には赤黒い液体で魔法陣のようなものが描かれていて時折鈍く発光している。

鉄柵の向こうで愉快そうに笑んだ老人はちらりと暗い中に目をやった。


「【灯をここに】」


その声とともに牢屋の中にある燭台に火が灯る。

満足そうにした老人とは逆に、有り得ない現実に私達は息を呑んだ。


「何、あれ……」


「手品、だろ?」


ざわつく牢の中を一瞥し老人はニタリと笑う。


「お前達の世界に魔術は存在しないようだな。

それならば重畳。ここから逃れることも出来はしないだろう。

だが【逃げることは許さん】。絶対にな」


そう言って老人はその場から消え失せた。

立ち去ったのではない、文字通り消えたのだ。

これも老人が言った魔術なのだろうか。もしそうならここは本当に異世界ということになる。

そして神を名乗る存在が言った通り、私はもう二度と元の世界に―――陽のもとに帰れないと。


「……一体どうなっているんだ」


自失しそうだった私はすぐ傍から聞こえた声に我に返った。


「あの、助けてくれてありがとうございました。怪我は…」


私を助けてくれた男性。ここまで私が手伝って歩くことは出来ていたけど、鞭に打たれたのだ。

痛みが無いはずもなく、ましてやそれは私を庇ったせいだ。

ともかく床に座らせて感謝の意を示せば彼は人のよさそうな顔でにっこり笑った。


「いや、大丈夫だよ。娘がいるからついやってしまった。君こそ怪我はないかい?」


「はい、おかげさまで」


「ならよかった。……それにしても、一体ここはどこなんだか」


男性は周囲を見回してため息を吐く。

どこかも分からないような場所に突然連れてこられて、暴力にさらされて。

今も何もかもが分からないまま閉じ込められている。


「異世界トリップ、ってやつでしょうか?」


男性の疑問に答えるように傍にいた女の子が口を開いた。

中学生くらいだろうか、短い髪を揺らしながらおどおどと視線を揺らしている。

元々この牢屋は狭く、中に入る人数も少ないたしかった。

一緒に召喚されたのも私も入れて五人だけの様だったから当然かもしれない。


「君は?」


「あ、私、齋藤優那といいます。中学三年生です」


「そう言えばまだ自己紹介もしていなかったね。

俺は伊藤慶介。しがない会社員だよ」


「私は久遠月といいます。高校二年生です」


それぞれ名乗っている間に他の二人も傍に集まってきた。

一人は伊藤さんよりも年上の初老の男性で、もう一人が大学生くらいの同じく男性だ。


「自己紹介なら私達も混ぜてもらえますか?

私は柊宗一郎という者です」


「俺は日向楓。よろしく。それで齋藤さんが異世界トリップとか言ってたけど……」


初老の男性が柊さん、若い男性が日向さんというらしい。

柊、という姓が少し記憶に引っかかったが、それは後だろう。

問題は年齢も名前も性別も違う私達五人がどうしてこんな目に遭っているのか。

私と同じくそれを考えていたらしい日向さんからちらりと視線を向けられ、斉藤さんは眉を下げた。


「あの人達、召喚って言ってましたよね?

私、ファンタジー物の小説とか読むの好きで、その中にあるんです。

こんな風に異世界に召喚される話」


彼女の言った内容は私も思い当たる節がある。

友人に昔勧められて読んだことがあったからだ。

そうは言ってもすぐに興味が失せて読破することなく返したのだが。


「あー、俺も何となく分かるかも。伊藤さんと柊さんはわかります?」


「いや全く」


「申し訳ない。最近の流行には疎くてね」


中高年の人達には確かに馴染みがないだろう。

異世界を題材にしたファンタジーを読むのは大抵中高生などの若い者が多い。


「取りあえず魔法で呼び寄せられたかもしれない、っていうのだけ分かってもらえれば大丈夫ですよ。

俺もそういう小説読んだことあるけど、確かにそれと同じって言えるかもしれない。

問題は小説の中では召喚された主人公は召喚先の人達から歓迎されて、それこそ凄い活躍をしていくけど俺達は牢屋の中に入れられてることか」


冗談交じりに日向さんは言うが、それでももたらされた沈黙は重苦しいものだった。

それが息苦しくどうにか混乱する頭をまわす。


「あの、私はここに来るまで最近できた大型の商業施設にいたんですが、皆さんもそうですか?」


「あ、そうです!私、友達と来てて…」


「俺も友達と」


「俺もだ。家族で噴水のある広場で休んでいたら急に真っ黒な輪が現れて、気づいたらここに」


「……ふむ、皆同じくあの場所にいたようだ。

ちなみに私も一人で買い物に来て、休んでいたところを輪に囲われたよ」


召喚対象はあの場にいた者、ということだろう。

召喚術を用いた召喚には二種類あり、一つは召喚物のある場所を指定するもの、もう一つは召喚する個体を指定するものがある。

恐らく今回あの老人が使ったのは前者のはずだ。

―――そこまで考えて、私は愕然とした。

だって、なんで魔術のことなんか分かるの。

私はただの日本人で、魔法なんて存在すら信じていなかったのに、それが、どうして。


けれどある程度考えを巡らせれば魔術について気味が悪い程たくさんの知識がわいた。

老人が燭台に火をつけた方法もすぐに思い当たる程。

不意に、脳裏に神を名乗る男の姿が浮かんだ。そして目蓋にぬくもりが触れる感触も。

まさか彼があの時私に何かしたのだろうか。


「訳が分からないな……

ここがどこかも、どうして俺達が召喚されたのかも、魔法があることも」


日向さんの言葉に、そしてそれに頷く他の三人に神という存在に出会ったのが私だけということを悟る。

だって彼に出会ったのならば私と同じように魔術に対する知識があるはずなのだ。

それがないということは、あの不可思議な邂逅を果たしたのは私だけということ。


「………そう、ですね。一体何が何だか…」


自分一人というのが恐ろしく、結局私は神を名乗る存在との話を皆に打ち明けることができなかった。

何て浅ましく臆病な事だろう。そう自己嫌悪しても勇気は出ない。

ここで彼等に奇異の目で見られたら私はこれからどうすればいいか分からない。


「………とにかく休みましょう。

こうも混乱した頭ではいい考えも浮かばない」


しんと黙り込んだ皆を気遣って伊藤さんがそう声をかける。

確かに、最年長の柊さんもそれに同意した。


「その方がいいかもしれないね。

特に齋藤さんと久遠さんはまだ若い。精神的疲労がたたって体調を崩したら大変だ」


「そうですね。とりあえず牢に入れられたくらいで今のとこ俺達をどうこうするつもりもないみたいだし、一旦休憩。

えっと、久遠ちゃんと齋藤ちゃんは近くで一緒に寝るといいよ。ここ寒いし」


「でも……」


休むことを勧めてくる男性陣に齋藤さんは躊躇いを見せた。

けれど私としても休むことには賛成だ。

身体面でも精神面でも自分の身体がそれを欲していることが自覚できる。

もっともこんな場所で休めるとはあまり思えなかったが、それでも男性陣としても私達が休んでいる間に話したいことや整理したいことがあるはずだ。

私も、他人を気にせず現実と向き合う時間が欲しい。

それには眠るという口実で目を瞑ってしまうのが一番に思えた。


「お言葉に甘えさせてもらいます。

齋藤さんも、たぶん眠った方がいいよ。

その方が頭もすっきりして、不安も少しは軽くなると思うから」


「そう、でしょうか…」


この中では自分以外唯一の女である私の意見を重くとらえてくれているらしい。

少し考えるように下を向いた齋藤さんは暫しの後こくりと小さく頷いた。

三人もそれにホッとしたように表情を僅かながらゆるませる。


「皆さんも身体を休ませて下さいね」


きっとそうしないだろうが、何も言わないよりはマシだろう。

そう告げて齋藤さんと二人、牢の奥、端の方へ腰を下ろす。

不安そうに眉を寄せる表情は暗く、確かに休息が必要だろう。


「大丈夫?」


「はい………あの、久遠さんは…」


「月でいいよ。……私も優那ちゃんって呼んでいいかな?」


恐らく彼女にはこういった近い距離にいる誰かが必要だろう。

けれど年齢が離れすぎている残り三人では荷が重い。私が一番の適任だ。

私も陽を喪ったことでぬくもりを求める心もそれを了承している。


「……はいっ。月さん……私達、元の場所に戻れますよね?

きっときっと、どうにかなりますよね?」


優那ちゃんの問いは何よりも私の心に突き刺さった。

そんなこと、本当は私が聞きたい。

誰かに縋って、何をしてでもあの場所に、陽のもとに戻りたい。

けれど同時に神の言葉が残酷に響くのだ。もう帰れないと。


「…………うん。きっと大丈夫だよ」


それでも私は彼女にそう答えた。そう言うしかなかった。

僅かな、叶わないかもしれない希望や慰めだとしても必要なものに思えた。

この時の私には、真実それが正しいことの様に思えたのだ。


「そう、ですよね。きっと、大丈夫…」


「さぁ、もう寝よう。少しでも体を休めて」


「はい……」


優那ちゃんと並んで疲れた体を固く冷たい床に横たえる。

すぐ傍にある少女の体温は温かく心の痛みが少しだけ和らいだけれど、それでも唯一の君には及ばない。


陽。ずっと傍にあったぬくもりと優しさ。それがない今。

悪い夢なら早く覚めて。それで、陽、私に微笑んで。

馬鹿だなって、こんなの夢だって、そう言って私の傍で。

そんなの叶わない望みだって、もう私は気づきそうだけれど、どうか。








神の独白




【本当に、すまない…

けれどどうか幸せに。私の愛し子】


そう呟いて彼女を送る。

自らが管理するあの場所へ。

人の醜さと欲望が渦巻く地獄へと。

他でもない、私自身が送ったのだ。

違う世界に生きていたとして、慈しまずにはいられない魂の輝きを持つ彼女を。


彼女、久遠月は私にとって特別と言える存在だった。

美しい煌めきを持つ魂はどの世界に住まうものでもいずれかの神に愛される。

世界はそれこそ星の数ほど存在し、その一つ一つを我々神と呼ばれる存在が管理しているのだからそれは自然の摂理と言えた。

月の兄、久遠陽も同じく美しい魂を持つ者である。

ただその輝きは異なり、彼が太陽のような強い光ならば彼女のそれは夜空の月のような穏やかな煌めきだろう。

私はそんな彼女のやわらかな魂の輝きに惹かれた。

そして彼女のいた世界を管理する神に許可を得て、月を見守っていたのだ。

だからこそ今回の悲劇にも気づくことができた。



――本当は、召喚の対象は月と陽の二人だった。

同じく強く美しい魂を持ち、神に愛される者。

そういった存在は召喚によって更なる力を得る。

だからこそ“聖国”は魂の輝きが強いものを召喚対象として指定し術式を編んだ。

けれどそれは世界のバランスを崩すこと。

あの二人が共に異世界へと旅立てば、あの世界が紡ぐ筈だったたくさんの運命は乱れ崩壊してしまう。

そしてそれはこちらの世界の運命とて同じこと。

この世界で召喚された者は私の管理する運命から逸脱する。

だからこそ召喚者自身のそれは勿論、召喚者が関わった者の運命までもが変わっていく。

そうなれば世界が辿るべき大きな道筋から、私の世界が外れてしまうかもしれない。


だからこそ私と、月達の世界を管理する神は二人の召喚を阻もうとした。

けれど私達にそれぞれの世界への直接的な干渉は許されていない。

そのために術自体を消すことは出来ず、また月と陽の二人を一緒に術から逃すことは不可能だった。

召喚に用いられた魔力がかなり強く、また二人を術の対象から外せば術自体が求める魂の輝きが足りず、それこそ何千人という人間が召喚の巻き添えになってしまうことが分かっていたからだ。


私とあちらの世界の神は選ばなければならなかった。

月か、陽か。どちらをこの世界へ連れ去るか。どちらをあの世界へ留めるか。

どちらを選んだとして強い繋がりを持つ互いは不幸のどん底にまで堕ちる。

それが分かっていて尚、私達にはそれしか選択肢が残されていなかった。



そうして私は選んだ。

月を自らの世界へ迎えることを。

あちらの神は選んだ。

陽を自らの世界へ留めることを。


結局のところ自らが慈しむ魂を傍におきたいと思うのはすべての神に共通のことで。

これにより二人の魂がどう濁ろうとも私達は永遠に彼らを慈しむことを決め、そして選択を行動に移した。

月の召喚に巻き込まれたのは彼女の近くにいた四人の人間。

彼らとその家族にも、私達は非道なことをしたのだろう。

召喚された彼らには既に言語を自動翻訳する力を与えてある。

どうにか最低限困ることは無いはずだ。

尤も召喚された場所を考えれば最低限という言葉などたかが知れているが。


【………あぁ、そうか。お前も…】


自失状態でいる彼女の片割れである陽。

彼のことも気にかかって様子を覗かせてもらっていたが、それとは別の人物の姿がその映像の横に映し出される。

今まさに車にひかれ息を引き取った青年。

昨日月とぶつかった彼だ。

彼は本来なら今日の交通事故で死ぬ運命ではなかった。


商業施設からの帰り道、歩いていた月が彼が車にひかれそうになっているところを目撃し助ける。

それと同時に互いが昨日も会った人間だということに気づいた二人はそのまま親しくなっていく筈だった。

月は彼の、運命の相手だったのだ。


けれど月の召喚により青年の運命が狂う。

青年は死んだ。運命の相手は転生を繰り返しても変わることがないが、月の魂は私の世界から戻ることはない。

このままでは青年の魂は永遠に孤独なまま、何度生まれ変わっても短い間しか生きることはできないだろう。


それが憐れでならず、私はついあちらの神に無理を言った。

もう一度二人で無理をして、青年の魂を私の世界へと移す。

月の傍にいられるよう、あちらの世界の記憶を持たせたままの転生だ。

召喚ではなく転生の形をとったことで世界へのバランスも少ない。

そうは言ってもこれは特例で、同じことを何度も繰り返すことは出来ないが。

彼には力も持たせた。そうでなければ彼女に守られるだけの存在になってしまうし、彼もそれを望むだろう。

そして慣れない世界で困ることの無いよう、何不自由無い生活が送れる家庭へ。

たくさんの付加をつけたために転生には時間がかかるだろうが仕方がない。

――彼女にも、こうして出来る限りのことが出来ればよかったのに。

力を使い果たし休息代わりの眠りが訪れる意識でそう嘆く。


どうか彼との――草薙誠司との出会いと絆が、彼女を少しでも慰めたらいい。


そして月という新たな存在が私の世界へやって来たことで、変化がひとつ。

月のこの世界での運命の相手の魂が生まれようとしている。

鮮やかな銀の魂。あぁ、月のための命だ。

私が選んだ彼女のために、私と私の世界が生んだ魂。

ならばきっと、これの器にはあの銀の狼の一族が相応しい。

強大な力を持つであろう彼女と、それに並び立つ力を与えた彼に比肩するだけの力を得ることが出来る種族だ。

私もその銀を目印にしていつでも月を見守ることが出来る。


この魂との――銀狼との出会いと絆が、彼女を少しでも癒せたらいい。


月。私の愛し子。

これだけしてもまだ足りない。

私がお前を選んだ罪、あの世界の神がお前を選ばなかった罪。

それらは重く、永遠にのし掛かる。

守りたい。悲しませたくない。幸せをやりたい。


そのすべてが、私が奪ったものだと分かっていて。



あの二つの魂は、お前の孤独を埋めることが出来るだろうか。

陽を喪ったことでその魂は変質した。

今までならば運命の相手であるだけで簡単に進んだ物事も、その相手が二人いること、何より陽を欠いたその魂により私ですらどうなるか分からない状態だ。


けれど、どうか幸せを。


眠りの淵で、私は祈る相手も知らないままそう願った。








*申し訳ありませんが私事のため6月後半あたりまで更新は一週間に一度、毎週金曜日22:00とさせていただきます。

また落ち着いたら4日に一度のペースに戻したいと思っていますが、取りあえずのご報告をさせていただきました。

それではこれからも限りなく人っぽい何かと銀と金をよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ