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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
金と銀の確執
83/178

7-9*

Side:Silva




俺が洞窟内に足を踏み入れた瞬間入り口は再び閉ざされ、中は完全に外界から遮断された。

これはあらかじめ古文書で分かっていたことだから焦りはない。

ただ、早く儀式を終わらせてルナのところに戻りたいだけだ。


儀式は目の前で不思議な輝きを放つ泉に俺が浸かり、その中央で祈りをささげれば完了する。

歩みを進めてみれば思っていたよりも泉は浅いようだった。

中央まで進んでも腿の中ほどまでしか濡れることは無い。

そしてこんなにも寒い雪国の水だと言うのに体を包む液体はどこかあたたかく、覚えてはいないけれど母親の胎内を彷彿とさせた。


「【我は銀の獣。我が身体に流れる血と我が祈りを以って、我に力を】」


祈りの文言は古文書に記されていたそのまま。

ここに自分自身の願いを足して、力を与えるに相応しいかの審判が下される。

そして俺の願いはずっと前から変わらない。


「俺に、大切な人の隣に立てる力を」


どうかどうか、ルナの傍にずっと。






言い切った瞬間。

カッ、と泉の水が光を放つ。

あまりに強すぎる光の奔流に目がくらみ眩暈すらした。

思わず瞳を閉じると、まるで強く手を引かれる様な強制力が体に加わる。

感じたことのない妙な浮遊感。

これも儀式に必要な過程なのだろうか。

古文書には儀式に必要な条件などは詳細に記されていても実際のところ儀式を行えばどんなことが起こるのかなどは一切書かれていなかった。


【やっと来たんだね】


「………?」


すぐ傍で囁かれる様な、けれど頭の中に直接響くような。

おかしな響きを持つ声に閉じていた瞳を開く。

どうしてか危機感は全く感じなかった。

声がどこまでもやわらかで、包容力を持っていたからかもしれない。


【やあ、二人目の子】


「………?」


正直、意味が分からなかった。

向けられた言葉も、目の前に立って(浮いて?)いる相手も。


さっきまで確かに狭い洞窟の中、泉の中央に立っていたはずなのにいつの間にか真っ白な空間に投げ出されている身体。

天も地も分からないような全てが白に包まれたそこで、俺の目の前に立って(いや、やはり浮いて?)いる人(なのかどうかも正直怪しい)はにっこりと微笑んだ。

真っ白な髪に真っ白な肌、男なのか女なのかよくわからない、たっぷりとした体の線を隠すやはり白い衣。

その中で瞳だけがルナの髪のように漆黒で、けれど普通の瞳ではない。

目蓋につつまれた全てが真っ黒で、白目の部分が一切ないのだ。

世界にはたくさんの色々な身体的特徴を持った種族がいるけれど、こんな目は見たことがなかった。


【困惑しているようだね。まあそりゃそうか、私は君達が神と呼ぶ存在だ。見るのは初めてだろう?】


「…………」


正直、確かに戸惑っている。

ここがどこだか分からないし、俺は儀式を受けている途中だったわけだし、何だか目の前の彼だか彼女だかは自分が神だと言うし。

どうしよう、怪しい大人とは目線を合わせたらいけないってルナから教えられたけど、現在進行形でばっちり目が合ってしまっている。

危なかったら戦わずダッシュ、とも言われたがこの空間で変質者から逃げられる気がしない。


【……ちょっと。変質者っていうのは酷くないか?】


「……!なんで、考えてること」


やっぱり変態だ。


【違う!あぁもう、彼女はどんな教育をしてるんだ!

これも私への嫌がらせか?…………有り得る】


「……彼女と言うのは、ルナのこと?ルナの知り合い……?」


なら変質者の類ではないのだろうか。

ルナの知り合いだと言うのなら目の前の相手が神でもあまり違和感はない気がする。

前に依頼で“教国”に行ったとき、偶然大教会で教主に会ったら今日こそは神とお話を、とか泣きつかれていたこともあるし(結局ルナは蹴倒して帰ったけど)。


【そう!知り合い……うん、私はあの子の知り合いだよ!

というわけで私が神様だって信じようね!

と言うか信じなかったら君の力を引き出してあげないから】


神(仮)は俺の言葉に途端に勢いづいて言い連ねた。


「力を引き出すって……儀式?」


【そうだよ。銀狼という種族は元々私に近い存在でね。

ほら、私って全体的に漂白剤を使ったのかってくらい白いだろう?】


「ヒョウハクザイ?」


【あ、しまったあの子の方の言葉が混ざった…

ともかく真っ白ってことだけ分かってくれればいいよ】


「……確かに、目に痛い」


神(仮)はどうやら内側から光を発しているらしくぼんやり輝いている。

正直目に悪いと思う。近づいたら眩しそうだ。


【いや、うん、……いいけどね。

それでまあ、銀狼って銀の体毛を持ってるだろ?

神代の時代――つまりこの世界ができたてホヤホヤの頃は銀狼は神の使いとして皆に敬われたものさ。

実際私との感応能力も強かったから私の声を届けてもらったりしてたし】


「へぇ……」


【うわ、興味なさそう】


そう言われても、興味なんてさらさら湧かなかった。

それにしてもさっきからこの神(仮)はまるでルナとセイルートを混ぜたような話し方をして何だかそこはかとなく嫌な気持ちになる。


【話し方だけで!?……ほんと、二人目の効果はすごいって言うか】


「……さっきから、その二人目って何だ」


嫌な呼ばれ方だと思う。

じっと見つめれば神(仮)は分かりやすく顔を背けた。

………絶対これは、何かある。


【いや、何もないから!もう気にしないでよ!

そんなことより君は早く儀式を終えて、あの子のもとへ戻りたいんだろう?】


「……確かに、そう」


そうだ、こうしている今もルナはセイルートと二人っきり。

目の前の相手の発言なんてそれに比べれば些末なことだ。


【些末って……それはそれで複雑だ】


「さっきから俺の考えていることが何で分かる」


【そりゃ神様だし】


そういうものなのだろうか。

けれど下手につっこめば話が長くなりそうで仕方なくそのままにしておく。

この思考も読まれているらしく微妙な顔をされたが、神(仮)は何を言うでもなかった。


【……本当に君は、あの子が大切なんだね】


「あの子というのはルナのことか?だったら当然のこと」


【そう】


しみじみと言われ一も二も無く頷けば仕方のなさそうな表情をする。


【君はそれが仕組まれたものでも、やっぱりそう答えるんだろうね】


「仕組まれた……?」


【そうだよ。ねぇ、二人目の子。

君は君の思いが、あの子を愛しく想うその思いがずっと前から決められていたものだって私が言ったらどう思う?】


神(仮)の言うことは抽象的で、よく分からなかった。

でも別に何を言われたって今俺がルナの事を大切だと思うのは真実だから、それを覆すことも無い。


【そっか。ならいいや。

私は君にも申し訳なく思ってるけど、それ以上にあの子に申し訳なく思っているから。

君が納得しているなら私としては大助かりだよ。

だからどうかこのままの勢いであの子の心をつかまえておあげ】


「………応援してくれているのは、ありがとう?」


何となくそう感じたので感謝の気持ちを伝えたのだが、目の前の神(仮)は何故か爆笑した。


【あっははは!うん、やっぱりあの子はいい子だね!

だって私の世界の人間である君にも、そんな風に大切な事を教えてあげるんだから!】


「さっきから、意味が分からない」


【分からなくていいのさ。私が真実を語るべきではないってこと。

君が知りたいあの子のことは、ちゃんとあの子の口から聞かないと意味がないだろう?】


それは確かにその通りだった。

その道のりはまだまだ遠そうだけれど。


【おや、そんなことは無い。

……きっともうすぐ、君は真実を知るよ。

神様が言っているんだから間違いはないさ】


「真実を………でも、そうしたら、ルナは」


悲しむかもしれない。

ルナが悲しむのは、俺は――――


「………?」


同じことを俺は、以前にも思わなかっただろうか。

それにルナは驚いて、動揺して、それで―――


【おや、驚いた。……記憶の魔術が解けかかっている】


「記憶の、魔術?」


ルナに教えられたことがある。

禁術とされている失われた魔術のひとつで、確か対象の記憶を。


【そう、対象の記憶の消去と改竄を行うことが出来る魔術だ。

……あの子は酷く怖がりだから、そうやってずっと身を守ってきたんだよ。

でも、もうすぐ訪れる未来では君にかかったその術が邪魔になってしまうかもしれないね】


私はあの子を悲しませたくないんだ。

私にそんな事を言う権利はないって、分かっているけれど。


そう悲しげに言って、神(仮)はこちらに手を伸ばした。


【君に力を返そう。そして封じられ歪められた記憶を元の形に。

銀狼の儀式は古の昔、力を制御できずに大切な者を失った一人の銀狼に望まれたもの。

その約定により人型となった銀狼は一時的に私の元へ本来の力を預け、真にすべての力を自らのものと出来る時まで真実の力を眠らせることになった。

……君は大切な人に出会って、その人の隣に立ちたいと願ったね。

その願いを叶えるためには力と記憶が必要だ。

どうかこの力で、あの子をこの世界から守っておくれ。そしてあの子の言葉を思い出してあげて】


淡く輝く指先が額に触れたその刹那。

そこから強い力が流れ込み、全身を巡る。

返された力は酷く熱く苦しい程。

そして同時に脳裏に展開されるたくさんの声と映像。




『あと百年くらいか?』


『嬉しかったよ』


『私はルナなんかじゃない、私は月だ。久遠月』


『君が全部を知ったら、私は君を殺す』


『選べ、死ぬか、生きるか』


『……それが、君の望みなの?』


『君が嫌いだ。君だけじゃない、この世界の人間、みんなみんな大嫌いだ』


『忘れてしまえばいい。そうすればきっと私達はこのまま。私は君の傍にいることができるんだ。だからシルヴァ、お願い、全部忘れてしまって』




君に、私は私に許されるだけ、やさしくしたいな……




「なん、で………」


【思い出した?】


思い出した。俺がルナに抱いた疑問と感情。

そしてルナが俺に向けた憎悪と悲しみ、そして優しさ。

呆然と目の前の相手を見つめる。

切なく微笑む相手は、間違いなく神なのだろう。

そうでなければルナの全てを込めた記憶の魔術を破り、あまつさえ消去された記憶を取り戻すことなど出来るはずがないのだから。


【……こんなことをされているって分かって、あの子の事を嫌いになってしまった?】


思い出させてくれたのは神自身で、そして神には俺の心が読めているはずなのにどこか不安そうにそう尋ねられるのは何故だろう。


【人の心の、全てが読めるわけじゃ無いよ。

私が読みとることができるのは表層部分の、それも頭で言語化されたものだけ。

今の君の心は混沌としていて、私も完全には思考が読めない】


「………俺は、それでも、ルナのことが大切」


例え記憶を消され、憎悪を向けられたとしても。

それはルナの感情で、俺の想いではないから。

でもただ彼女の憎しみの理由が知りたい。

どうしてそんなにも瞳を翳らせるのか、狂気に身を焦がすのか。

何より、憎いと言いながら記憶を消して俺の傍にいてくれるのはどうして?


【よかった。やっぱり、君は君だね】


神は俺の返答に安心したように微笑んだ。

そして軽やかな仕草で俺に近づく。


【君の疑問は、きちんとあの子に伝えてごらん。

でも時を見誤ってはいけないよ。

もしも不用意に君がそれを告げればあの子は君を切り捨てるだろうから】


「………っ!」


【大丈夫。君はあの子の心を動かすことができる可能性を持っている。

君はそのために私が遣わした神の使者と言っても過言ではないからね。

頑張って、二人目の子。一人目はもうその役割を理解してあの子の傍にいる。

後は君が君に出来ることに気が付きさえすれば、きっと誰もが望むハッピーエンドだ】


神が言っていることの内容は、やはりよく分からない。

けれどそっと眦に触れる仕草がルナと重なって、何だか勇気をもらえた気がした。

それが分かったんだろう、神はその笑みを深くして唐突に―――何故か俺の額に口づけを落とした。


「!?」


【ふふ、神様(わたし)からの祝福だ。

君がこれから迫りくる恐怖と悲しみに呑まれないように。君の願いが叶うように】


「祝福………」


ありがたくはある。何しろ神なのだ、その力は強大だろう。でも、何と言うか。


【あの子以外からそんなものはいらないって?

純愛もそこまで来ると私に対して罰当たりだよ、まったく】


神からしたら祝福を授けたというのにあんまりな対応をした俺。

けれどどこか満足そうに笑う相手を見る限り怒ってはいないようだ。なら……


【……いくらなんでも拭ったら怒るからね】


その言葉に慌てて上げかけた手を下ろす。

やっぱり流石に手で擦って痕跡を消そうとするのは駄目らしい。

……後で、ルナにねだったらしてくれるだろうか。


【ほんと、大物だよ、君。

さ、もう時間だ。早くしないと事が動き出してしまう。

力も記憶も戻った君は、頑張りさえすれば一人目の子に負けないくらい強くなれるだろう。

頑張ってあの子の心を溶かしておくれ。そして傍にいてあげて】


「言われなくても。……と言うか、さっきから一人目って」


そこはかとなくどころではない、かなり嫌な響きだ。

大体俺が二人目、つまりは二番目というのはつまり一人目が一番ということ。

そして俺の予想が正しければその人物は―――


【あはは、いや、細かいことはトップシークレットだ。

あんまり深く考えないようにね、うん、順番とか関係ないし!】


「それに事が動き出すというのも、どういう意味


【もう時間だからさようならだ!】


俺の言葉を途中で見事に力ずくでぶった切って、神は全てを誤魔化すように笑みを浮かべた。

同時に最初にここに来るときに感じたのと同様強く引っ張られるような感覚が襲う。

一気に遠ざかっていく神の姿と真っ白な空間。

最後に遠くから微かな神の声だけが届く。


【気を付けて。あの子から目を離してはいけないよ。

そうでなければまたあの子は雪の中に囚われてしまう】











「………っ!」



グラ、と眩暈がしていつの間にか閉じていたらしい目を見開く。

気付けば既に周囲は洞窟、泉の中央で俺は目を瞬いた。

夢、では無いはずだ。意識がはっきりし過ぎているし、身の裡に戻って来た力やなくしていた記憶がそれを証明している。

それよりも神は絶対俺が言いたいことを分かっていたはずなのに無視した。

一人目はセイルートなんじゃないかって質問に答えないようにするために決まってる。


「……確かに、セイルートの方が会ったのは早いけど、だからって俺が二番なのは納得いかない」


たぶん神様だし、この言葉も聞こえているだろう。

これからは呼び方を改めて欲しい。

もう話すことも無いのかもしれないけど。

それにしてもどれくらいの時間が経ったんだろう。

神とは結構な時間話していたように思うが、洞窟の中は時間の経過を感じさせる変化がないからよく分からない。

あまり待たせてしまっていたらルナに悪いし、早く戻らないと。

思い出した記憶のことは――――神もああ言っていたし、この国を出て落ち着いてからにしておけばいい。



泉から上がって魔術で濡れた部分を乾かし、入ってきたときと同じように結界に触れる。

そうすれば岩肌を模していた結界はすぐに透明になり再び口を開いた。

潜り抜ければまた透明な壁として入り口を閉ざすこれはなかなか高性能らしい。

銀狼の一族の誰かが大昔にやったのか、それとも神がやっているのだろうか。


「お、終わったの?」


こちらに気づいて声をかけてきたセイルートの横にはルナ。

丁度欠伸をしているところで、やっぱり長い時間待たせてしまったのだろうか。


「無事に済んだ。力も戻って来たし、これでやっと“聖国”を出られる」


「はー、長かった。ほんとこの国に来るなんてこれっきりにして欲しいよ」


「それはそう。俺もさっさとセイルートにはいなくなって欲しい」


「あっはは、シルヴァ君てば相変わらず生意気」


返ってきた答えに思わず首を傾げてしまった。

一緒に旅を始めてからセイルートの方からもよく突っかかって来たのに、今はそれが無くなっている。

俺が儀式を受けている間何かあったのだろうか。

この男が変わる理由なんて、ルナがらみでしか考えられないけど。

そう思ってルナを見つめる。彼女の様子から何かが分かるとは思えないが――


「………?」


『うん?どうかしたのかい、シルヴァ』


何だか、変な感じだった。

ルナ、だと思う。たぶん。

でも何だか変だ。違和感というか、何か違うと思わせるような。

やっぱり俺が儀式をしている間に何かが?


「ルナ、何だかいつもと違う」


『………そう、かな?』


何となく彼女の表情がひきつった気がする。


「……ルナ?」


『…………』


確認のため名前を呼んでも返事をしてくれない。

ルナは嘘をつかない。そのかわり黙ったり話を変えたりして俺を誤魔化そうとする。

素知らぬ顔で彼女の横に立つセイルートをギロリと睨みつければへらへらした笑顔。


「セイルート、これは何だ」


「え?何のことー?」


「これ、ルナじゃない」


「……感心だね。ルナと式神の区別つくんだ?」


『あぁー………』


ヒュウ、と口笛を吹くこの男はやっぱり俺を苛立たせる天才だ。

ルナと彼女の式神を入れ替えて俺を試すなんて絶対セイルートの発案に違いないのだから。

彼の横でがっくりと肩を落とし息をつく式神の様子からもそれが見て取れる。


「ルナは?どこにやった?」


「心配しなくても祠の外にいるよ。

シルヴァ君があんまり遅いから気分転換に出ていったんだ」


「そんなに?」


時間は少しはかかったかもしれないが、俺の体感では精々が三十分程だ。

それともやはり神のいる空間は時間の流れが違うのだろうか。


『あぁいや、それ程時間は経っていないよ。

大体一時間弱と言ったところか。

騙すようなことをしてごめん。そして儀式が無事に済んでよかったね、シルヴァ』


「ん。ありがとう」


ただいまと言いたいのは申し訳ないけど式神にじゃない。

それが彼女も分かっているのか、おかえりとは告げられずただ微笑まれた。


「はぁ、こうなってくるとやっぱり俺の選択は間違ってなかったって言うか。

……うん、早いとこ納得できてよかったよ」


そしてそんな俺達を見ていたセイルートはしみじみとそう言った。

何を言いたいのかさっぱり分からない。

やはり俺がいない間にルナと何かあったのだろうと怪しんで胡乱な視線を向ければへらりと笑みでかわされる。


「さーてと、ルナのとこ行こっか。

本当は俺が念話で呼びだす約束だけど、驚かせたいし」


「念話?……セイルートは魔術を使えないはずだろう」


魔力があるにはあるが、術として発動させるほどの量ではないから不可能なはずだ。


「あぁ、ルナに魔導結石もらったから大丈夫なんだー。いいでしょ、ルナに直通」


「………別に、俺はルナに頼らなくても自分でできる。どこかの誰かと違って」


「……うわー生意気。まあいいや。

俺はもう大人の階段を君より一歩先にのぼって余裕のある大人の男になったからね」


意味が分からない。


「ちょっと、そんなおかしな人間を見るような目しないでもらえる?

君に色々喧嘩腰だったこと反省したんだよ。

シルヴァ君がいてもいなくても俺とルナは変わらないんだって分かったから」


「………?」


それはどういう意味なのだろう。

真意を測りかねて問いただそうとすれば呆れた顔の式神がため息を吐いた。


『ほらそこ、もういいだろう。さっさと外に出よう。

この国に長居したくないのはルナも私も同じなんだから』


「……まあね。それじゃ式神さん、ルナのとこまで案内よろしく。

あ、俺達が行くこと教えちゃ駄目だからね?」


「ルナだから近づいたら気配で分かるだろう」


彼女相手に驚かすなんて無理な話に思う。

例えセイルートがかなりの実力を持っていたとしても、やはり察知されるのではないだろうか。


『確かにシルヴァの言う通りだ。

別に黙っているのはいいけれど、やるだけ無駄だと私は思―――』


言葉を途中で途切れさせた式神が勢いよく虚空を凝視する。

それと同時に感じる強い魔力のざわめき。

感知したのはセイルートも同じなのか、弾かれたように顔を上げた。

発生源はかなり遠い。それでもはっきりと感じることのできる魔力。

恐らく“聖国”内部での事だろう。

この国の国境には結界の存在がある。

結界を隔てては外の魔力の流れをこんなにも正確に感じることは出来ないはずだ。

そして同時に、ぶわりと周囲に濃密な殺気が充満する。

二重のそれはこの場にいる式神と、すぐ外にいるであろうルナのもの。


『あの、虫けら共…………!』


ギリ、と力の限り噛み締められた唇。

一瞬の後に式神はすぐにその姿をただの紙片に変え燃え消え失せた。

そして外からは爆発音。同時に遠くなる殺気。

一体何が起こっているというのか。

何か事情を知っているのかとセイルートを振り返れば紙の様に白い顔をしていた。

本当に、一体何が起きている?


「おい、セイルート!一体……」


「………っ、飛ぶぞ!月のところに!!」


「ルナの?そんな事言ったって、一体どうやって」


「いいから!!」


叫ぶ声は悲鳴の様だった。

骨が軋むくらいの力で肩を掴まれ、その迫力に口を閉じる。

漆黒の瞳を動揺に揺らし、セイルートは懐から魔導結石を取り出した。


「【はやく、はやく月のところへ!】」


そうじゃないと、あの人がいなくなる……!

そう続く言葉は転移の魔法陣が渦巻く最中であっても嫌にハッキリと俺の耳に届いた。








全ては神のみぞ知る



あーぁ、行っちゃったか。

結局この先に起きる悲劇は変えられなかった。

草薙誠司とシルヴァをもってしても。

彼等の存在で変わるのはこれから先ということだろう。

もしも私に運命を変える力があれば、どんなことをしてでも回避させたのに。

私はこの世界の神だ。だからこの世界の命が徒に喪われるのは嫌だ。

そして何より、あの子がまた悲しむのが嫌だ。


月。今は私の形作る世界に取り込まれた子。

私が選び、同時に選ばなかったことでこの世界に堕ちた可哀想な少女。

君はこの邂逅を歓び、そして何より悲しむのだろう。



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