7-7*
Side:Seilute
とある建物の本棚の奥、まるで隠されるように他の本の陰に置かれていた古びた紙の束はやっぱり銀狼の儀式についてのものだった。
古文書によると儀式――成人の儀と呼ぶらしいそれにはいくつか守らなければならない決まりごとがある。
一つ、儀式を受ける者は人型を手にしていること。
一つ、儀式を受ける場所は聖なる泉。
一つ、儀式は満月の輝く晩。
その条件が一つでも満たなければ祠の結界は解けず、儀式を行うことは出来ないらしい。
条件さえ分かってしまえば後は簡単だった。
シルヴァ君は既に13歳、立派な人型だし泉の場所も分かっている。
満月の晩さえ待てばそれで今回の“聖国”での旅は表向き終了だ。
勿論、“聖国”の上層部の動きについて探っている月からしたらまだまだ終わりなんて見えそうにもないんだろうけど。
「それじゃあシルヴァ、気を付けて」
満月を待って何回かの夜を過ごした後のとある晩。
少し離れたところで月はそう言ってシルヴァ君の頭を撫でた。
それに頷いて答える彼に緊張は見られない。
儀式が上手くいくと確信しているのか、それとも先のことなんて考えていないのか。
気楽なようで何よりだ。
………いいや、そうでもないのか。
駄目だよね、最近。どうにもシルヴァ君に強く当たっちゃって。
自分でも分かっているけど止められない。
こんな風に上手く自分をコントロールできなくなるなんて、こんな子供相手に何やってんだか。
「セイ、君も何か応援してあげたら?」
「あのねぇルナ……」
そして月はそんな俺の心情を分かっていてこんなこと言うんだから、何か俺に対して酷くない?
シルヴァ君だって振り返った彼女の死角で凄い嫌な顔してるし。
「別にこれ、古文書を読む限り危険な事は何もないじゃん。
ただ泉に浸かって一、二時間祈ったら終わりでしょ?俺に何を言えと」
「まあそうだけどね。
でも儀式の間私達は中に入れないし手出しができないんだ。
少しは心配になるというものだろう?」
全然。大体月だってシルヴァ君じゃなきゃこんなことで心配したりなんかしない癖に。
そんな文句は心の中に留めて、俺はふん、と鼻を鳴らした。
だって今までは月が心配するのは俺だけだったはずなのに。
月本人は気付いてないけど、俺からしたらすごく分かりやすい。
何で他のやつの心配なんかするの、って思わず言いそうになるよ、馬鹿。
「まあ頑張ってね。君が儀式を済ませれば俺達もこの国から出ていけるんだし」
「別に心配ない。早く終わらせてまたルナと二人旅に戻る」
「あっそ。まあルナは“王国”に絶対寄ってくれるけどね」
自分で言ってて子供の喧嘩みたいだと自覚があるけど、むしろその程度で済ましてやってるのを有り難く思って欲しいくらいだ。
俺にはないものをいくらでも持っている目の前の男。
気を抜いたら殺したくなってしまう。
「君達………はぁ、まあ君達はこんなものか。
さて、そろそろ満月も顔を出した頃だろう。
シルヴァ、結界に近づいてごらん」
隠れた俺の殺意を月も分かっているんだろう、水を向けたのは彼女自身だけど早々に話を切り上げる。
それに素直に従ったシルヴァ君は洞窟の入り口に立ちそっと結界に向かって手を伸ばした。
指先と結界が触れ合うか触れ合わないかの刹那に結界の表面が波打つ。
興味深げにそれを見つめる月には魔術の構造が見えているんだろう。
また何かに応用できないかとか考えてるな、これ。
そして波紋が入り口全体に広がった瞬間、結界はパチン、と音を立てて割れ道を開いた。
それを見届けたシルヴァ君は一度中に入りかけ、直前で一度振り返る。
「ルナ、いってきます」
―――その言葉が、無性に切なかった。
「うん、いっておいで」
応える月のそれも、また。
今の月にはいってらっしゃいと告げる相手がいて、あの頃の、出会った当時の様に俺のいってらっしゃいに泣きそうな顔をする彼女はもういないんだって。
そう証明された様で、悲しかった。
シルヴァ君が洞窟内に入った途端再び入り口は結界で閉ざされる。
先程までは透明だったそれは今は周囲の岩と同化しており、中の様子を外から窺い知ることは出来なくなっている。
全てを見届け息を吐いた月はくるりと振り返り俺に笑顔を向けた。
「さて、しばらくここで待機だね」
それには答えずに月の傍によってぎゅっとその細い体を抱きしめる。
まだ、彼女のこの世界での“大切”は俺のもの。
ずっとずっと俺だけのものがいい。
誰にも明け渡したくない、彼女の“大切な人”の座。
でもそれは叶わないし叶えちゃいけないって知ってる。
「セイ?」
戸惑うように名前を呼ぶ月はされるがままだ。
嫉妬なんてカッコ悪い。
陽さんのことだって俺は受け止められたのに、どうしてあいつのことは駄目なんだろう。
月が気にやまないように、本当は俺が背を押してあげるべきなのに。
「なんでもない………でも、もう少しこのままがいいんだ」
「本当に?何でもないなんてことは無いと思うよ」
そんな風に話を掘り下げようとしなくていいのに。
今俺に喋らせると月を困らせる結果にしかならない。
――でも逆に、今がそういうタイミングなのかな。
月とちゃんと、誤魔化しや虚栄心なしで話をする機会。
嫌だな。あぁもうほんと、子供みたいに駄々をこねたい気分だ。
それを誤魔化すために白い肩口に顔を埋めれば、きゅ、と抱きしめ返される。
この温もりを、俺は手放すことになるのかな。
「ごめん……ちょっと、話していい?」
「うん。私も君の話を聞きたい」
「じゃあ座ろ?長くなるから」
抱きしめて離さなかったのは俺だけどわざとらしくそう言って抱擁を解く。
でも離れがたくて、一度月を抱き上げ座った俺の膝の上で横座りになるようにした。
それにここは少し冷えるから、体に悪い。
「あったかいね」
くすりと笑う彼女はそう言って俺に身体をあずけた。
そんな風にされると自惚れるよ。
「月の悪女……」
「ちょっと、なんで今の流れでそうなるんだい」
「別に」
月は自覚がないし気づいていないから仕方がないことだし。
「で、話だけど………儀式が終わったらさ、どうするの?」
「まずはその話からかい?」
「まずはって」
「だって他にも何かあるんだろう?
私としてはそっちの方が聞きたいよ。
君にとっても私にとっても大切な話なんだろうし、君がピリピリしている原因でもあるはずだから」
「………この話して、時間があったらね」
本当に、そうやって俺のことをわかってる月が憎らしい。
彼女がもう少し察しが悪かったらいいのに。
それか気づいてもそれに触れないような、そんな薄っぺらい関係性だったら。
―――いいや、どっちも有り得ない。
特に後者、もしもそんな関係だったら俺は今こんな風に思い悩んでないのに、でもそんな関係は嫌だと心底思うから。
「だから、まずは“聖国”の話から。いいでしょ?」
「わかっているよ。お好きにどうぞ?」
「そんな風にしてられるのも今のうちだから。
シルヴァ君の儀式はあと数時間で終わる。
……月はこれからどうするの?
神喰らいの件についてももう一つの方についても、全然調べられてないよね?
この二つについて納得がいくまで探らないと月はこの国から出ない気がしてるんだけど?」
でもそんなの絶対反対だ。
それか俺も付き合ってもう少しの間この国に滞在する。
それが分かっている月は苦笑した。
「本当のことを言うと、もう手は伸ばしてあるんだ」
「……俺、聞いてない」
「今言っただろう?」
そういう問題じゃない。
手を伸ばしているということは既に“聖国”の中枢、城に探りを入れているということだ。
でも彼女はここにいるから遠隔地からの魔術での透視か式神を飛ばしているということなんだろう。
一体いつの間に………あぁうん、分かるよ。この村に来る前だ。
「俺達を眠らせて情報屋のところに行っただけじゃなく、そんな裏工作もしてたんだ?」
「……ごめんね。怒らないでくれると嬉しいのだけど」
「怒るよ。もうすごい怒ってる」
何で内緒にするの。シルヴァ君はわかるけど、俺にまで。
俺はシルヴァ君と違って月の全てを知っている。
でも彼と同じように同行を許されず魔術で眠りに引き込まれていたというのは、まるで彼女の中の俺とシルヴァ君が同列にいるようで心臓が締め付けられた。
俺がシルヴァ君の位置まで下がったの?
―――それとも、シルヴァ君が俺のところまで上がってきたの?
これは八つ当たりだって、ただの醜い嫉妬だって分かってる。
でもムカつくものはムカつくし、悲しいものは悲しい。
「俺のこと信じてないんだ」
「違うよ、そうじゃない」
「どこが。結局昔と変わんないじゃん。
自分のことは俺にひた隠しにして、俺ばっかり月にたくさん知られて支えられて。
俺だって貴女のことを支えたいし貴女の全部を知りたいのに…酷いよ……」
ねぇ、今の俺はすごく打たれ弱いんだ。
ただ貴女からの言葉だけにこんなに簡単に傷つくことが出来る。
腕の中の月は動揺を露に俺に手を伸ばしかけ、けれど自分の指先を目に映してその手を止めた。
貴女を躊躇わせたのは何?
情報屋の命を絶ったであろう血に染まった指?
それともあの銀色の男に触れた指?
「月の馬鹿……俺の気持ちも知らないで、ずっと知らないふりなんかして…
そんなだから俺、変な風に不安になるし意固地になるんだよ」
「知らないふりなんかしてない」
「してる。今だって。でも俺も怖いから、本当はずっと知らないふりをしてて欲しい」
そうすれば月の中の真実はどうあれ、表面的には俺はずっと月のたった一人の“大切”。
でもそうしたら月は俺が死んだあとずっと孤独なまま。
もしかしたらそうじゃないのかもしれないけど、月の性格上死んだ俺を想って誰かを大切に思うことが難しくなってしまうだろう。
だから本当は、こうして俺が生きているうちに俺の手で彼女の背を押してあげないといけない。
正解が分かっているのにそれを選び取れない罪悪感と選び取らないからこそのほろ苦い幸福が渦巻いて吐き気がしそうだ。
あぁ、先に“聖国”でのこれからの話をしようと思っていたのに、結局話がこちらにそれてしまった。
でも今更話の矛先を修正するなんて無理な話だ。
「月は、さ。俺がシルヴァ君を殺したら、俺のこと、嫌いになる……?」
ある意味これは選択を迫る問いになってしまうのかもしれない。
月は大きくその紫の瞳を見開いて、戸惑いに視線を揺らした。
「何を、急に」
「教えて。月の、今の答え」
前に王城で話した時、月はそんな俺を嫌いにならないって言った。
俺がどこの誰をどれだけ殺したって、自分が何者なのかわからないままの殺戮者になったって、嫌いにならないって。
でも今とあの頃じゃ何もかもが違い過ぎる。
月の中のシルヴァ君の重さ、俺の中の彼に対する強い嫉妬と憎悪。
それらが降り積もって、ちょっとした切欠で引き金は簡単に引かれるだろう。
だから教えて欲しいんだ。貴女の言葉で俺はちゃんと踏みとどまれる。
俺は貴女に嫌われたくない。貴女を大切にしたい。
そのために、俺をちゃんと縛って楔を穿って。
「…………嫌いになんかなれないよ」
でも貴女はそんなことを言うの?
そんなこと言われたらいざってときに止まれない。
俺が貴女の可愛い弟子を殺しても知らないよ?
「ねぇ、信じてもらえないのかもしれないけれど、私の中で君は、すごく絶対的な存在なんだ。
この世界に来て孤独で、そんな時君と出会った」
月は少しだけ心苦しそうに言葉を続けた。
「君がどんなことをしたって私は君を嫌いにならない。
君を疎ましく思うことも、憎むことも、嫌悪することも、想像だって出来やしない。
だってそれをしたら私は君を通して見るあの世界を憎んだことになるんだから」
反対にもしも君からそう思われれば、私は私の世界に拒絶された様に思ってしまうんだろう。
ごめんね、という謝罪と共にそう締めくくられた言葉。
俺を見つめる時、ただ真実俺だけを見つめることが出来ずにその奥に故郷の色を探す。
彼女の謝罪はそれを心苦しく思っていることの表れなんだろう。
でも、そんなの俺だって同罪だ。
「俺だってそうだよ。あの時、城で言った。
俺も月にあの世界を投影して懐かしんで愛おしんでる。
俺が月を想う気持ちの中にあの世界を想う気持ちが混ざってないなんて、そんな事は嘘でも言えない」
「じゃあ、信じてくれる……?」
どこか縋るように俺を見る月は、彼女自身が言った通り俺に嫌われることを恐れているんだろうか。
そんな事は有り得ない。もしも月がこの世界の人間の事を愛したとしても、きっと俺は月を嫌ったりできないんだろう。
そしてそれは、月も同じなの……?
「……じゃあ月は、俺がシルヴァ君に殺されたら、シルヴァ君のこと嫌いになる?」
でも俺は疑り深いから、もう一つだけ答えをちょうだい。
きっと月にとってもまだ答えの見えない問いなんだろうけど、曖昧でもいい、それを言葉にして、俺を安心させて。
俺を狂わせるのは俺の世界である月だけど、同時に彼女だけが俺を安心させるんだ。
「君は、酷く意地が悪い」
月は苦く笑みを零しそう言った。
ある意味それが答えでもある、けれどもう一歩が足りない。
視線で続きを促せば吐息と共に瞳が俺からそれる。
眼差しが向けられる先はあの銀の狼が消えた泉への道筋。
「……きっと、私はシルヴァを憎むだろう。
私にとっての幸福、私にとっての大切なものがありすぎる世界を映す君をこの世界の人間が殺したら、相手が誰であろうと私は許すことが出来ない。
それこそ私を召還したこの国の人間と同じことをしているようなものなのだからね。
ねぇ、でも、ごめんね………」
瞳が伏せられ、言葉に苦さと戸惑い、何より後悔が混じる。
こちらに伸ばされた手はやはり一旦留まって、それでも祈るように俺には触れず、俺の衣服だけを弱い力で掴む。
「憎んでも、私は、シルヴァの事を殺せないのかもしれない……」
言い切って、縋る手が力を失い滑り落ちる。
それを拾い上げれば泣き出しそうな紫の瞳と視線が交わって、手が振り払われ強く首に腕が巻きついた。
自分に言い聞かせるような抱擁。
俺が大切で、でもシルヴァ君への感情の名前が分からない。
でも分からないままが幸せだって、そう言い聞かせるような。
あの頃には簡単に殺せると苦く笑っていた貴女は、たった数ヶ月でこんなにも変わった。
「俺のことは殺せないし憎まないのに、シルヴァ君は憎むの?」
髪を梳くようにして問いかければ小さく頷く。
難しいね。どうしてこんなに、俺達は複雑な関係になってしまったんだろう。
「言っただろう?君は絶対なんだ。ある意味陽と同じくらいの。
あの世界で私は陽だけを目に映して生きてきた。
勿論他の親しい人だっていたけれど、どうしたって彼の比重が一番重い。
でもこの世界に来て陽と引き離されて、絶対的なものが何一つない私の前に君が現れた。
私はセイのこと、陽のようには思えない。
セイは陽じゃないからそれは当たり前のことで、たぶんそれが正解なんだと思う。
そして陽と同じようには思えなくても、陽くらい絶対的に、私の中に君はいるんだ」
「……嬉しいよ、陽さんとそんな風に並べて語られて。
それに陽さんと同じように思ってくれなくてむしろ満足。
だって俺は陽さんになりたいわけじゃないから」
これは俺の本心だ。俺は陽さんに追いつきたいけど、陽さんと同じになりたいわけじゃない。
そして月に陽さんの様に思って欲しい訳じゃない。
でもじゃあ、シルヴァ君は?
「……でもシルヴァのこと、私は分からないから」
分からないんじゃなく、分かりたくない。
それが分かっていて尚月はそう言った。
でも今更俺はそんな彼女を責めることも出来ない。
「あの仔狼と、私は長く共にいすぎてしまった。
憎いこの世界の人間なのに、私のこと、大切な人から引き離した人間達と同じなのに……
シルヴァのことを殺せるかどうか分からない。
憎くて憎くて、そんな人間が大切な君のことを殺したらそれこそ殺したいくらい憎らしいはずなのに、手が止まってしまいそうで、確かめたりもしていない、確証なんかはゼロに等しいのに、恐ろしい。
憎いはずなのに命を刈り取る手が止まってしまったらと思うだけで、そして実際にそうなって、殺せないんだと明確に目の前に示されるかもしれないことが、怖くて仕方ないんだ…
私は君をこの世界でこれ以上ないくらい大切に思っているはずで、私はこの世界をこれ以上ないくらい憎んでる。
この二つの事実があればそれだけで答えなんて分かってるのに、私はそれに確信が持てない。
そしてそのことを君に知られた今が、すごく悲しくて悔しくって、申し訳なくて、許して欲しくて……駄目なんだ」
月はこれを話すことで、俺に嫌われるとでも思ったのだろうか。
馬鹿な月。さっき自分でどんなことがあっても嫌う事なんて出来ないって言ったくせに。
その言葉は俺にとっても真実だ。
俺だって、何があっても、月が何をしても貴女の事をずっと大切で、愛してるって思うよ。
「いいよ、それで。ううん、それがいい」
分かった。俺がどうしてもシルヴァ君の存在を許容できなかった理由。
月は彼女が俺にそう思うのと同様、俺にとって遺してきたあの愛おしい世界そのものだ。
だからこそそんな月があちらの世界の陽さんはともかく、こっちの世界の人間を大切に思うことが許せなかった。
だって俺にとってそれはあの世界がこの世界に汚染されて塗りつぶされて消される事のように思えたから。
でも違うんだ。そうじゃない。
だって例え殺すことは出来なくても、俺と違ってシルヴァ君のことは憎むんだって。
それは元々彼が月にとって憎むべきこの世界の人間であることも関係しているのかもしれないけれど、それでも。
明確に示された線引きが俺の心を晴らす。
月はシルヴァ君を憎んでも殺せないことを気に病んでいるのかもしれないけれど、俺にとってはそれでいい。
仕方のない事だって分かっていても、やっぱり貴女が狂気に染まって人殺しを重ね、結果的にどんどんあの世界から遠ざかっていくことを俺は見たくないから。
ただ憎いと思ってくれる、それだけでよかった。
だってそうでしょ?俺のことは絶対に憎まないのに、シルヴァ君にはそうじゃない。
殺せないくらい情がわいていても、確かに憎しみを持ってくれる。
それは月があの世界を絶対に忘れないということで、いくらこの世界に近づいても同じものにはならないということで。
あぁ、説明が難しい。でも俺の心は今、とんでもなく晴れやかだ。
もうシルヴァ君のことも気にならない。
だっていくら彼が月に近づいて月もいつか彼の事を愛したとして、俺と月の絆は絶対に消えないから。
俺にとって月が特別であるように月にとっても俺は特別。
そしてもしかしたらシルヴァ君も特別なのかもしれないけれど、俺への特別と同じじゃない。
月から陽さんに向かう気持ちと俺へ向かう気持ちが似ていても同じじゃないのと一緒で。
「それがいいって……」
不安そうに俺を見つめる月にとっては俺の返答は予想外だったらしい。
そうかもしれないね。少なくともここ最近の俺はシルヴァ君を意識し過ぎて、かなり余裕がなかった。
でももう大丈夫だよ。貴女に寄りかかるだけの自分でいたくない。
そう思っているのはいつだって同じだ。
「うん、いいの。俺、結局のところ月が大好きだし、愛しちゃってるし。
よく言うでしょ?恋は盲目って。
その恋が愛になっちゃったらもう、盲目程度じゃすまないよ。
月のそういう、なんだかんだ狡くて曖昧で弱いとこも俺は愛してるからもういいや」
「意味が、わからない……」
「俺がわかってるからいいの。
意味が分かんなくても、月はとりあえず俺が貴女のこと何にも代えがたいくらい愛してて、これからも愛し続けるってことだけ分かっててくれればそれでいいしね」
「…………」
「あれ、感動で泣いちゃった?」
「馬鹿」
うん、俺って馬鹿だった。
可愛い罵倒の言葉も今は甘んじて受けるよ。
俺は不安だった。恐ろしかった。
月がシルヴァ君を想う過程で、俺が彼女にとって不要になることが。
彼女の“大切”ではなくなって、孤独になることが嫌だった。
でも違うって。そう月が俺に教えたんだよ。
俺は俺で、シルヴァ君はシルヴァ君。
その違いは彼女にとって明らかなもので、俺が気にしていたのは些末な事柄で。
なら陽さんのことを気にしないでいるみたいに俺は彼に接することが出来る。
もしもいつか――もしかしたら既にそうなのかもしれない、月がシルヴァ君への想いに気が付く時。
その時、きっと自信を持って俺は立っていられるだろう。
月の“大切”は俺だから、って。
“大切なひと”が一人から二人に増えても、二人から三人に増えても俺は構わない。
月の大切な人ごと、俺は月を受け入れる。
「大好きだよ、月。何があっても、絶対に」
「………うん。ごめんね」
「こら、そこは私も、でしょ?
俺は告白の返事にごめんなんていりませーん」
「……君が好きだ。この世界で一番」
「うん、ありがとう」
いつかその一番を誰かと分け合うことになっても、貴女を愛してる。
俺は選んだ。
月の大切な存在たりえるこの世界の人間を受け入れること。
二人はどうだろう。
月はシルヴァ君の自分の中での存在価値を。
シルヴァ君は月の全てを知ってそれでも彼女を求め続けるかどうかを。
二人は、選択することが出来るのだろうか。
シルヴァ君はどうだっていいけど、月が選び取った選択肢に悲しむことがなければいい。
貴女が笑っていてくれれば、俺はそれでいいから。




