2-6
Side:Luna
「――それじゃあ、頼んだよ」
ヒルルクとの念話を切り、私は息をついた。
全く、国と金と権力が絡む依頼はまどろっこしくてならない。
セイの護衛でなければ受けなくて済んだものを……
まあ、久し振りに会う口実になったから、いいのだけど。
ついつい不貞腐れたような気持ちになる私を隣にいる鳥は不思議そうに眺めて首を傾げた。
だがいい風が吹けばそれにのってどこかへと飛び立っていってしまう。
今いる場所は王城の塔の先端だから、私の傍にはこれで誰もいなくなったことになる。
文句だって愚痴だって言い放題だ。
例えばセイのこととか、シルヴァのこととか、私自身に関することとか。
「………子供か、私は」
自分で自分を諌めるように呟いても心の靄はあまり晴れなかった。
それに気づかないふりをしながら、さて、この後はどうしようかと考える。
すぐに首都におりてもいいけれど、それではやはり味気ない。
――あぁ、そう言えば挨拶がまだの人物がいたのだった。
折角思い出したのだし、顔を出してみるか。
そうと決まれば話は早い。
取り敢えず気配を探ってみれば、目当ての人物はどうやら自分の部屋にいるらしい。
それは今私が立っている塔の中の一室だ。
「……先触れを出した方がいいのかな」
相手は一応身分ある身だ。それもかなり高位の。
一瞬私は考え―――今までの自分の行いを思い返してすぐにやめた。
うん、今までそんな作法に則ったことしてない。
今更礼儀正しくしたって奇妙な目で見られるだけなのだし、いつも通りに行こう。
ひとつ頷いて、室内にいきなり転移などという不粋な手段は使わずに私は塔の先端から飛び降りた。
空気の抵抗を数秒感じ、目的の部屋のベランダへ降り立つ。
我ながら重さを感じさせない動きで、着地時は殆ど音が立たなかった。
さて、お目当ての相手は………おっと、お邪魔だっただろうか。
「殿下、わたくしは貴方様のお力になりたいのです……」
「その必要はない。いいから出ていってくれないか?」
「そんなっ……わたくしは貴方様の婚約者ですのよ?」
室内で密やかに話す男女というものは、なかなかどうして色気を感じさせるものだ。
その内容がどんなものであれ。
なんだこれ、修羅場?
だがまあ迷惑しているようなので突っ込んで行ってあげようではないか。
「やあ、こんにちは」
一応の礼儀として軽く硝子を叩いてから、私はそこを開けて室内へ入りこむ。
そうすれば今まで深刻な表情で語り合っていた男女はハッとしたように勢いよくこちらを振り返った。
「ルナ!?」
「……何者ですの!!ここは第一王子であるフレオール様の私室ですわよ!」
全く違う反応が面白い。
だが高い声でキャンキャンと喚かれるのは嫌いだ。
耳障りで仕方がない。
「当然知ってるよ、そんな当然のこと。
だって私はフレイに会いに来たんだからね」
私が彼を愛称で呼べば、目の前の少女(とギリギリ呼べる年齢の女)は顔を真っ赤にした。
この部屋の主、フレオールは彼女も言った通り“王国”の第一王子である。
要はセイのこちらでの兄だ。
よくセイの元へ遊びに来ていた私はわりと自然な流れで彼とも仲良くなったため、フレイと呼ぶ許しもタメ口をきく許可も得ている。
現にフレイも驚きから立ち直ったのか、今はその儚げな美貌に微笑みを浮かべて私を見つめていた。
「な、何様のつもりですの、貴女…!」
「えー」
何様と聞かれても。
それが私の偽りない感想である。
あまり宵闇の名は名乗りたくないし、かといって本名を名乗っても彼女は分からないだろう。
そもそも目の前の彼女が求める答えはそういったものではないのだろうし。
「……そうだね、まあフレイとは並々ならぬ関係だとでも言っておこうか。
私は君などよりも彼を知っているし、彼も君のことより私のことを理解しているはずだ。違うかな?」
同意を求めれば、彼からは苦笑が帰ってきた。
そして否定の言葉を期待していたらしい彼女はその態度が大層気にくわなかったらしい。
「……わたくし、失礼いたしますわ!」
仮にも淑女たる者がどかどかと足音を立てて歩くのはどうなのだろう。
そんな感想を抱きつつ、彼女が部屋からきちんと出ていったことを確認して改めてフレイに向き直る。
相変わらず病弱そうだな。あ、別に悪口ではなく。
「災難だったね、君。
そして久し振り。元気だったかい?」
「……災難を大きくしたのは、貴女のように思うが。
けれど助かった。こっちは疲れているというのに、あれはなかなか出ていかないからな」
「おや、なら私も出直した方がいいかな?」
肩を竦めれば、フレイからは予想通りの答えが返ってくる。
「構わない。ルナ相手なら気を使わないからな」
言って、彼は疲れたように体をベッドに預けた。
フレイは体が弱い。
外界の物質に対する耐性が体に殆どないのだ。
私達の世界でなら簡単に治せたかもしれないが、科学の代わりに魔術が発達しているこの世界では難しいだろう。
せいぜいが体調を安定させる程度のものだ。
けれど何もやらないよりはずっとマシだろう。
私は手を伸ばして彼の額に触れた。
「相変わらず無理をしているようだね。
弟を大事に思うのもいいけれど、自分の体を労った方がいい。
君が早死にすればセイを支える人間がいなくなってしまうんだから」
「別に私がいなくとも、セイルには貴女もジークもいる」
治療を受けながら呟く彼は、相当お疲れのようだ。
こんなに簡単に弱音を吐くだなんて珍しい。
「けれど家族はやっぱり少し違うものさ。
……特に、兄弟というものは。
さて、今日来たのは君に顔をみせるのと、きちんと宣言しておこうと思ったんだ。
君の弟は私が責任もって守ると誓おう」
きっと君が頑張っているのも、自らを推す貴族を抑えようとしての事なんだろう。
「だからまあ、君は君の仕事だけしてもう少し休むといいさ」
「……相変わらず、貴女はなんでもわかっているようだな」
「ジークにも似たようなことを言われたけれど、そんなことはないよ」
セイではないが、流行っているのだろうか。
私としては思いついたことを言っているだけなのだが。
「そうして自分の仕出かしていることに興味もないとは。
まあ、だからこそ周りは貴女に振り回されるのだろうが」
「振り回す?私がかい?
それは心外だな。私の方がきっと振り回されてるよ」
「自覚がないのも考えものだな…」
フレイは失礼なことを言ってため息を吐く。
そして気をとりなおしたように私を見つめ、シルヴァのことを口にした。
「そう言えば、弟子をとったと聞いた」
「そうだよ。今はセイの護衛をしてる。シルヴァというんだ」
「師匠がこんな人間では、弟子は苦労するだろう」
失礼な。
確かに私は自分でもちゃらんぽらんだと思うが、一応師匠っぽいことはしているというのに。
「私は案外ちゃんと教えられるんだよ。
君のとこの弟のようなタイプじゃないさ」
セイの説明は最悪だ。
一度自分の騎士団に指導してるところを見たけれど、バーッていってカンカン、バッ、ズンってやれば楽勝だよ、とか言ってた。
因みに細かく説明すると、バーッが相手に近づく音、カンカンは打ち合うこと、バッで一旦距離をとり、ズンで再び接近して一撃で決める、という内容である。
これはひどい。
フレイも擁護できず目をそらすばかりだ。
「まあ、あれはな……」
「その点私はまともだからね。
さて、ところで私への依頼だけれど」
軽やかに本題を混ぜこめば、フレイはすぐに表情を真剣なものにする。
さすがは王族と言ったところかな。
「セイの護衛と、暗殺者へ依頼を出している黒幕の正体をつかんで引っ張り出すこと。
勿論君の立場だとかを壊すことなくね」
本当は依頼内容を他者に漏らすことはよくないけれど、彼は知りたいだろうし依頼主であるセイも話すなとは言っていない。
たぶん下手したらフレイ、黒幕捕まえるときに自分も同罪とか言っちゃいそうだし。
変なところで彼は責任感が強いのだ。
やっぱり兄というものは損な性格なのだろうか。
だが、下はそんな兄のことを理解している。
だからこその私へのこの達成条件なのだ。
「全く、出来すぎた弟をもつのがこれ程大変だとは」
「いいじゃないか愛されてて。
それでさ、黒幕に心当たりはないのかな?
暗殺者はこの間集団で捕まえたんだけど、国外のものだったりどうやっても口を割らなかったりで手懸かりがなくてね」
案外根性があることは認める。
まあこの城で行われる拷問じゃそんなものかなとも思うけれど、セイが許可をくれないから私が直々にやることも出来ないし。
「黒幕か……やはり侯爵ではないか?」
侯爵というのはフレイの一番の後見である50代のおじさんだ。
なんと言うか、いかにも悪役です、という顔をしている。
まあ悪い顔してるから疑うのも無理はないけどねぇ。
「彼は違うと思うけど」
「何故だ?」
「うん?女の勘」
私がそう言えば、フレイは呆れたようだった。
女の勘は結構当たるんだぞ。
「それよりさっきの彼女はなんなんだい?
婚約者とか言っていたけれど、君にそんな相手いたかな?」
「いるはずがないだろう、私には彼女がいる」
フレイは愛おしそうに目元を和ませた。
そう、こう見えて彼には相思相愛で将来を誓いあった女性がいるのだ。
その人は伯爵家の娘で、城で侍女として働いている。
第一王子の相手としては少し身分が低いかもしれないが、フレイはそれさえも利用して「王位を継がない私には身分はないほうがいい」と国王夫妻を説得してみせた。
まあ彼女は王妃の侍女だから、王妃は元々賛成派だったんだけどね。
「じゃあ向こうが勝手に言っているだけってことかい?」
「あぁ。大方私の立場と顔が欲しいのだろう」
「うっわ、出たイケメン発言」
顔って。顔って言った。
「顔がよくなければ王族はつとまらん。
それに、貴女には言われたくない」
確かに王公貴族は皆顔がいい。
そういう風に生まれなければ貴族などやっていけないのだ。
人と人との付き合いが重要だから、やっぱり顔を重視する。
それは分かるけれど、最後の言葉はどういうことだ。
「君達王子は人を誉めるときにそんな言葉しか使えないのかい?」
「真実だろう」
「彼女にこのこと話してこようか。
フレイが寝室で女と二人っきりだったって」
「………彼女はそんな言葉に惑わされたりしない」
「へえ。それじゃ、ちょっと私は王妃のところへ……」
「待て」
なんだこのコント。
けれど思いきり私の手首を掴み引き留めるフレイは案外必死なようなので、一応告げ口は止めておこう。
「それより、いいのか?恐らく誤解されたぞ」
「誤解?なんの話だい?」
ちょっと話を誤魔化そうとしている感があるのは気のせいだろうか。
だがフレイの顔は真剣だ。
「あの女、私と貴女の関係を誤解したようだ」
「あぁ、別にいいよ。
君もむしろその方が助かるんじゃないかい?
ただ君の大切な人にはきちんと弁解しておいた方がいいと思うけれど」
下手に彼女との関係を公にすることで、彼女が危険にさらされることをフレイは恐れている。
その点私なら害される心配もないし安心なんじゃないだろうか。
「確かに助かるが……」
「私には君のように弁明しなければならない相手もいないしね」
「相変わらず、他人に興味がないようだな」
私はその言葉に苦笑した。
まあ、間違ってはいない。
間違ってはいないけれど、面と向かって言われると困る。
雲行きが怪しくなってきたし、そろそろ退散しようかな。
「それじゃ、私が矢面に立ってあげるよ。
報酬は彼女お手製の菓子がいいな」
「伝えておこう」
私の考えを察してくれたのか、フレイは今度は引き留めることはせずに頷き一つで見送ってくれた。
このまま休めるように外にいる侍従に話を通しておく。
侍従は室内にいるはずのない私の登場に驚いたようだったが、名前を告げれば納得したように承ってくれた。
まあ、よくあることだしね。
さて、いい感じに時間も経ったし、そろそろ王都に行ってみようかな。
そして昼を少し過ぎた頃、私は城の廊下を大荷物を持って歩いていた。
王都で思いの外はしゃいでしまったから、荷物が増えてしまったのだ。
亜空間にしまってもよかったのだが、他の人の前でやると驚かれるしタイミングがつかめなかった。
今も串に刺された焼き鳥(っぽいもの) を食べつつ白亜の城を歩くという暴挙の真っ最中だ。
でも知り合いも怒る人もいないしいいかな。
「……宵闇殿」
と、思っていたのだが、どうやら甘かったようだ。
呼びかけに仕方なく立ち止まり、相変わらず食べかけの串を持ったまま振り返る。
そこに立っていたのは武骨な壮年の男。
“王国”騎士団の総団長である。
「おや、団長。久し振り。
串焼き食べるかい?」
「……いただかせて貰いましょう」
食べるのか。
そう思いつつたくさんあるので差し出す。
彼は一本を手に取ると、私と同じようにかぶりついた。
これにより美しい城の一画で立ったまま串焼きをかじる男女の図が完成したことになるが……うん、何か変だ。
というか目の前の彼は無言で肉を食べているが、何か用があったのではないだろうか。
「それで、何か用だったのかい?」
「いえ、国王陛下から宵闇殿が来ていると聞いたもので。
手合わせ願おうと探していたところに丁度当たったのです」
「えー」
手合わせ、ね。正直面倒くさい。
それに彼に話がいったということは……
「魔術師長も探しています。
手分けをしていたので。
結果的に俺が先に見つけたわけですが」
「やっぱりかい。君と師長を一緒に相手しなければならない私を少しは労ろうと思わないのかな?」
騎士団長と魔術師長は案外仲がいい。
この二人の連携技はかわすのが面倒なのだ。
「いつものごとく礼ははずみます」
「遠慮するよ。君達の礼というものは少しずれていることを自覚した方がいい」
毎回筋力を上げるための道具とか、ちょっと怪しげな魔道具とかを受けとる私の気持ちを彼らは考えたことがあるのだろうか。甚だ疑問だ。
そうこうしている間に魔術の気配がして、私はその場から飛び退いた。
「……何故そのように避けられるのか」
「誰がスライムまみれになって喜ぶんだい」
私が今まで立っていた場所には緑の巨大スライムが蠢いている。
ねばねばしたあれに包まれるとか…どんな罰ゲームだ。
そして心底不満そうにする、団長とは正反対の今にも折れそうな体つきの彼が魔術師長である。
「折角捕まえられるかと思ったんですがね」
「私をなんだと思ってるんだい。
捕まえなくても相手くらいするよ。久し振りだしね」
「ならば早速参りましょう。【転移】」
正直五年も経っているので代替わりしたかと思っていたのだが、二人はまだまだ現役らしい。
私の答えに浮かれたような笑みを浮かべると、そのまま問答無用で転移させられた。
「……危うく荷物を取り落とすところだったじゃないか」
転移先で手荷物をひたすら亜空間にぶちこみながら文句を言う。
まだ全部食べきっていないうちに落とすとショックが半端じゃないのだ。
そんなこちらの様子を全く気にする様子はなく、団長と師長は観客への注意に勤しんでいた。
――そう、この私対二人の戦いは結構城の風物詩である。
切欠はセイのところに通い始めて三、四年目、毎度のごとく護衛の兵士を撒いて城の外へセイを連れ出す私に二人が喧嘩を売ってきたこと。
護衛を撒くほど自分の力に自信があるんだろう、とかいかにもこちらを馬鹿にしくさったようなノリで来られたから、私も少しムキになってしまってこてんぱんに倒し彼らのプライドを木っ端微塵にしてみた。
そして何故か認められ、年に一度手合わせをするという約束まで取り付けられた結果がこれである。
まあこの二人、きちんと手合わせで私が注意したところを改善して一年後の戦いに挑んでくるので今では結構気に入っている。
そのお陰なのかは知らないが、今では歴代最強の呼び声も高いらしい。
「宵闇殿。準備は終わりましたぞ」
団長と師長の指示により魔術師団全員の力で張られた観客保護用の結界の周囲には見習い騎士や魔術師、古参の武人達と、老いも若いも大集合している。
彼らが言うに、実力者の戦いを目の前で見ること以上に勉強になることはないのだとか。
「はいはい。私もまあ、準備は終わったかな」
手に持っていたお土産である食べ物類は全てしまったし、服装とかは基本的に気にしたことがないので普通の服でも問題ない。
ただ一応、普段は冒険者らしさを出すために動きやすいチャイナ服のような服を着てはいるが。
……スリットは恥ずかしいが、こちらの世界は基本的に女がズボンを履く習慣がないのだ。
絶対に女性差別だと思う。
「では、胸をお借りいたします」
「なんだか変態臭いなぁ」
勢いよく向かってきた団長の刃(因みに正真正銘の真剣)を避けることはせずに周囲に張った結界で弾く。
結界にはゴムの特性をつけたので、トランポリンのように彼の勢いを殺すことなく吹っ飛ばした。
そしてその間詠唱をしている師長は大技でも出すつもりだろうか。
「うーん、受けるか消すか、それとも喉を潰すか」
独り言のように選択肢を呟けば、耳に入ったのか師長はぎょっとした顔でこちらを見た。
あ、潰すのは駄目か。
最近ギルドで討伐などの荒仕事ばかりしていたから、どうにも考え方がそちらの方向にいってしまう。
考えてみれば手合わせなのだから、後で治せるといっても大怪我を負わせるのはいけないね。
「【大火球】」
そうなると残った選択肢は受けるか消すかだ。
ただ私は寒がりだが暑さに強いわけでもないので、目の前に浮かぶ太陽のような大きな火の玉に近づかれるのは御免被りたい。
「はい、退場」
パチン、とわざとらしく指を鳴らせば一瞬で火の玉が消える。
師長は悔しそうに顔をしかめ、観客からはどよめきが上がった。
おっと、団長が真後ろから斬りかかって来ている。
それを肘鉄で吹っ飛ばし回避、さて、次の魔術は何だろうか。
「私が三年かけて編み出した術を…」
「あっはっは。あんな風に点として火が集まっていれば消すのは簡単さ」
要はこれ、小学校の理科の実験である。
火は酸素がなければ燃えない。
だから一瞬の間だけあの火の玉の周囲の空気を避け、真空状態にしたのだ。
ただこの世界、前にも言ったように科学が全く発展していないため酸素だとか二酸化炭素だとかの認識がゼロである。
従って彼らは私がどうやってあの魔術を消したのか全く分からないのだ。
「それで……君はさっきからちょこまかと煩いねぇ」
何度吹っ飛ばされてもめげない団長。
最早鋼の肉体と精神力を持つと言っていい。
五年ぶりだけれど、こんな猪突猛進っぽい戦いをするようなキャラじゃなかった筈なんだが。
いくらなんでも路線を変更しすぎだろう。
「ぬんっ!」
「おぉ?」
ずっと単調に剣をふるって来ていたと思ったら、今度は少し様子が変わった。
剣に火の魔術が付加されている。
そうそう、彼らはお互いをカバーし合う戦い方が得意だった。
横薙ぎに向かってくる剣を手で掴みながら団長の腹に蹴りを一撃。
「あぁ、忘れ物だよ」
剣をこちらに置いたままだったので(まあ私が掴んでいたから当然なのだが)彼の後を追うように刃をそちらに向けて投げてやれば、鬼畜か!と叫ばれた。
だって一応戦いだし。
師長は見ての通りヒョロヒョロで折れそうなので直接攻撃はしないが、団長はマッチョだから何をしても大丈夫なのだ。……たぶん。
「じゃあ私からも反撃しようかな」
二人の体にかかる重力を五倍にする。
おお、地面に二センチほど埋まった。
「またこの魔術か…!」
「一体どの様な原理を使っているのか…」
「それを話すと長くなるんだ。
まずニュートンという人がリンゴの枝をひたすら見つめていた話から始めなければいけないからね」
「いや、そこからじゃなくていいでしょ」
…………おや?
こちらでは一切通じないネタに突っ込みが入った。
ぐるりと周囲を見回すが、生憎むさ苦しい男達でよく見えない。
取り敢えず懲りずに突っ込んできた団長には重力を十倍にし、私は一度踵で地面を叩いて宙に浮かんだ。
上から観客達を見下ろすと――あ、いた。やはりセイである。
そしてその横に眉をよせてこちらを見るシルヴァも発見。
そしてこの数秒間、勢いよく放たれる炎の矢だとか礫だとか氷の棘だとかは全て片手で弾いている。
詠唱をずっと続けた師長は息がきれていた。
「二人とも、残念だけど迎えが来たようだからそろそろ戻るよ」
「なに!?」
「まだ勝負はついておりませんぞ!」
「わかったわかった、勝負をつければいいんだろう?」
仕方なくもう一度地面に降り立ち、二人にかけた魔術を解除する。
すると再び団長が向かってきた。
どうにも今日は、突撃が多いな。
降り下ろされる刃を弾こうとして――うん?
剣は私ではなく、私の目の前の地面に突き刺さった。
団長がニヤリと笑い、彼の後方で素早く師長が紡いだ言葉と共に地面が輝く。
「今までの突撃は宵闇殿の気をそらすためと、地面に魔法陣をひくためです」
「それには捕縛の術も組み込まれているため、いくら宵闇殿であろうと逃れるのは困難。
これが五年で培った新たな術です」
――なるほど、それで今回はいつもの連携技がなかったわけだ。
最初からずっとこのために動いていたのなら単調な攻撃も頷ける。
「それで?この後はどうなるんだい?」
「見ていればわかりますよ」
師長の言葉通り、魔法陣の外側に私を囲むようにして無数の光の十字架が浮き上がった。
あれに串刺しということだろうか。
こうなってくると私が串焼きを買ったのも運命的な話だ。
「【行け】」
短い言葉と共に、浮かんだ十字架は私めがけて凄まじい速度で向かってきた。
その衝撃に大地が削れ、もうもうと土煙が立ち込める。
その向こうからふはははは、という高笑いが聞こえてきた。
どうやらこれで勝ったと思っているらしい。
「……君達ねぇ。
これで私が負けるって?勘違いも甚だしいね。
五年会わない間に、私の力を忘れてしまったかな?」
思わず溢れた苦笑混じりの声に高笑いがピタリと止む。
五年分の集大成と言うからわざわざ避けたり消したりせずに受けてあげたのに、まさかこんな勘違いをするとは。
全く、まだまだ子供だね。
「それじゃあ君達に、圧倒的な力というものの見本を見せてあげよう。
もう二度と敵の前で勘違いして高笑いをするなんてことがないように、ね?」
トン、と再び踵で音を鳴らす。
そうすれば先程私がかけられたものと寸分狂いのない魔法陣がそれぞれの足元に展開された。
勿論、そのまま丸パクリでは味がないので多少手を加えてある。
例えば十字架を二倍にしてみたりとか、瞬きすらも禁じるような条件にしてみたりとか。
「あとこれに氷と雷と光の属性を付加して……うん、こんなものかな。
ぎりぎり体力が1残るように設定したから、死んだりはしないよ」
にっこり微笑んで言ってやれば、二人は瞬きができず乾き気味であるはずの目を潤ませた。
「ふふっ、涙が出るくらい嬉しいって?
照れるじゃないか。それじゃ、逝っておいで」
サービスとしてウィンクしてやれば、それを合図に魔術が発動した。
やれやれ、ようやく終わった。
ちゅっどーん、というお約束的な爆発音を背景にうんと伸びをする。
このままでも仕方がないので張られた結界を破壊して外に出れば、観客は物凄い勢いで私から距離をとった。
なんだい、人を危険人物みたいに。
代わりに近寄ってきたのはセイとシルヴァだ。
「ルナ、怪我は?」
「あるはずがないよ」
「おつかれー。なに、ルナさんまた絡まれたの?」
「まあね。それよりセイ、君は仕事があるんじゃなかったのかい?」
駆け寄ってきたシルヴァを撫でながら問えば、彼は唇を尖らせて(全く可愛くない)ご機嫌顔のシルヴァを見つめた。
「それが聞いてよ。シルヴァ君が俺に暴力ふるうんだけど」
「は?」
どういうことかとシルヴァを見れば、彼はそんなことはないと首を振る。
「仕事をやらなければ実力行使で構わないとジークが」
「君の自業自得じゃないか」
「え、ルナさんまで酷い」
泣き崩れる(ふりをする)セイは放置して、私はシルヴァに向き直った。
……?何だか左手を見られているような?
「それでシルヴァ、ジークはどうしたんだい?
それにここにいるという事は、この馬鹿王子の仕事は終わったとみていいのかな?」
「ジークは急用ができて昼前からいない。
お陰でずっと二人でいないといけなかった。
仕事はまだ少し残っている。
でもルナの魔力を感じたのと、どうしても気になると言われて来た」
「………セイ、君ねぇ」
仕事が終わっていないなら来なければいいものを。
まあ彼がその気になれば書類はすぐに片付くが、普段はやる気のないあの態度なのだ。
きっと彼は今日もジークに叱り飛ばされることだろう。
「だって何かあるかと思うじゃん。
シルヴァ君もそんなこと言ってるけど、すごい心配そうにチラチラ窓の外見るからさ」
得意気にシルヴァのためだとかいう大義名分を振りかざすセイは、精神年齢三十五歳とは思えない。
――あぁいけない。思わず駄目な中年を見るような目で見てしまった。
「ルナさん、考えてること分かるからね?
そのゴミ見るような目やめて」
「私にそうさせるのは君だろう」
このまるで駄目な王子め。
そして先程から私の左手を注視していたシルヴァはいよいよ眉間にしわをよせ、その手を持ち上げた。
一体なんだろう。
「ルナ、誰?」
「誰?どういう意味だい?」
「知らない男の臭いがする……」
クン、と手首に鼻を近づける様は殆ど犬だ。
本人は狼と言うけれど。
それにしても知らない男の臭い、ねぇ。
今日は人混みを歩いたし、さっきは戦闘もしたし……
たくさんの人間と会ったからシルヴァの言う臭いの主なんて……ん?
「あぁ、フレイかな。一度手を掴まれたし」
恋人をつかってからかったとき、左手を掴んで引き留められたのだった。
私の言葉にシルヴァは更にしわを深くして誰?と再び問う。
「セイの兄で、“王国”の第一王子だよ。フレオールというんだ」
「……フレオール」
「うっわ、兄貴が敵としてシルヴァ君の頭にインプットされてる」
敵認定とはどういうことだろう。
そして今度はシルヴァの手のひらが私の左手首を包み込んでいる。
「シルヴァは何をしているんだい?」
「他の男の臭いを消してる。もう少し待って」
「……?」
うーん、マーキングのようなものだろうか。
犬や狼といった種は自分の縄張りを大切にすると聞いたことがあるし、きっとシルヴァとしては自分の気に入っている電柱(私)に他の犬(この場合フレイだ)の臭いがして嫌な気持ちになったのかもしれない。
ふむ、と一人納得して頷いた私にセイから声がかかった。
「あのさ、たぶん今ルナさんが考えてること、限りなく正解に近いけどすっごい間違えてると思う」
失礼な。
・フレオール 男 (20)
“王国”の第一王子。苦労性。
弟が天才だけどちゃらんぽらんなのですごくしっかりしたいいお兄ちゃん。
セイルートが生まれ、その頭角をあらわす前までは第一王子という地位であるにも関わらず体が弱いことから色々と屈折した思いを抱いていたが、セイルートの才能を目の前で見せつけられ自分の悩みが馬鹿らしくなった結果、弟を支えようと決意。
自分を王にしようとしてくる貴族たちがウザくてたまらない今日この頃。
恋人である伯爵令嬢とは週一のペースで人目を忍びつつ会瀬を重ねている。
因みに交際五年目である。
・“王国”騎士団総団長 男 (47)
“王国”の騎士団は五つの師団と、その下に十の分隊が連なっている。
総団長なので正真正銘そのトップ。
マッチョなオジサン。
熱血漢系な人なので最初はつかみどころのないルナのことを不審な人物だと思っていた。
が、よくも悪くも熱血なため自分よりかなり強いと知るやいなや急に仲良くしだそうとした。
だがそんな分かりやすいところも魅力のひとつ(たぶん)。
・“王国”魔術師団長 男 (47)
魔術師団は特に隊が別れているわけでもなく(魔術師の数も多くはないため)、全体で百人程。
魔力を持っている者が少ないのではなく、魔力を武力として使えるほど多く持っている者がいない。
普段は結構研究が主体なのでヒョロヒョロ。
たぶんルナがその気になれば全身複雑骨折をさせることも可能。
性格的には総団長とは正反対なのだが、いい感じに凸凹コンビとしてうまくやっている。




