7-5*
Side:Silva
セイルートは果てしなく邪魔だ。
起きてすぐに見えるルナの寝顔、それはいいけれど、彼女の腰あたりでその体を拘束している腕が気に入らない。
セイルートの癖に、ルナを独り占めなんて。
無理矢理彼女を取り返そうとすれば起こしてしまいそうだけど、かと言ってこのまま放置なんて論外だ。
仕方なく投げ出されている白い手をとり指を絡める。
反射なのか偶然なのかわからないけど、力を込めるとゆるく握り返されたそれに不満な気持ちも少しは減った。
「……ちょっと、何してんの」
「……起きていたのか。ならさっさとその邪魔な腕を離せ」
俺の言葉をまるごと無視して、寝たふりを決め込んでいたらしいセイルートは腕に力を込めたようだった。
ルナの体が遠ざかる。
何だか負けたようで癪だった。
「ちょ!」
「五月蝿い。ルナが起きる」
騒ぎだそうとする男にそれだけ言って、俺は作業を再開した。
握り締めたルナの手の甲や指先に何度も口づけを落としていく。
上体を僅かに起こしその様子を見留めたセイルートは眉間にこれでもかと皺をよせ、対抗するように彼女をベッドに座った自らに寄りかからせるようにして抱き込んだ。
「さっさと手離せば?
そんな風に引っ張って、ルナが起きちゃうじゃん」
「引っ張っているのはそっち。
お前こそルナを寝かせろ。そんな体勢じゃ落ち着いて眠れない」
「ルナは嫌がってませーん」
「それで言ったらこっちだって、ルナは嫌がっていない」
「んん………?」
静かに眠っていたはずのルナが唸る。
口論を重ねているうちにお互い力が入ってしまったらしい。
慌てて俺もセイルートも握る手の力を弛めるが、ルナは起きてしまったようだ。
「……何しているの?」
俺が握っていない方の手で目元を擦り何度か眠たげに瞬いたルナは胡乱気に俺達を交互に見やった。
何だか視線が痛い。
「ルナ……おはよう」
「………おはようシルヴァ」
「ルナ俺にはー?」
「セイもおはよう。と言うか挨拶はいいからまず説明してよ、この状況について」
二度も言われてしまえば誤魔化すこともできない。
「セイルートがルナを引っ張るから…」
「違うでしょ、シルヴァ君が手を離さないからですー」
「……なんとなく分かったからもういいよ」
分かったからとりあえず離して、と告げられ渋々手を離す。
セイルートも同じくそうして、ルナは自由になった体でうんと伸びをした。
そして欠伸をして一言。
「朝御飯でも食べようか」
宿の食堂は人目があるから断ってある。
だから朝食は昨日のうちから部屋でルナの亜空間に貯蔵されている食糧を漁り食べることに決めていた。
「てかさ、今回の旅の目的はとりあえずシルヴァ君の故郷探しじゃん?」
サンドイッチ(とんでもなく高級な材料が使われていたりする)を頬張りながら言ったセイルートにルナはクスクスと笑いながら頷いた。
「そうだね。セイ、リスみたいになっているよ?」
「可愛いでしょ?」
どこがだ。
「馬鹿も休み休み言え。それで、続きは?」
「シルヴァ君には聞いてないっつうの。
んで、この国のどこにあるかはまだわかってないわけじゃん。
てかそもそもこの国にあるのかも確かじゃない訳でしょ?
どんな風にルナは情報を集めていくつもりなのかなって」
「そうだねぇ…」
ある意味尤もな質問にルナは曖昧に視線を泳がせた。
「顔見知りの情報屋にでも聞いてみようかな」
「情報屋の知り合いがいる?」
ルナは昔この国で暮らしていたのだから不思議ではないのだが、嫌っているこの国でもそんな風に訪ねる相手がいることがなんとなく意外だ。
それに城に仕えていたのなら聖都から離れたこの街に来ることは少なかったのではないだろうか。
そういう事を前提として考えると、知り合いの情報屋という存在はやはり気になる。
「んー、まあね。たぶん無料で働いてくれると思」
「却下」
セイルートが話の途中でピシャリと言い放つ。
この男がこうしてルナの言葉を遮るのは珍しい。
けれどルナはそう言われることが分かっていたかのように動揺など見せずに笑った。
「おや、どうしてだい?」
「昔の顔見知りと会うってことはルナがこの国にいるってそいつにバレるって事でしょ?
そこから鼠算的にルナのことが広まったらどうすんの」
「情報屋はそういうの、気を遣うと思うけどな。ねぇシルヴァ?」
そうやって話を振られると困る。
セイルートの心配も尤もだし、ルナの言葉も納得できる内容だ。
ルナは“聖国”の城で働いていて、そこで与えられていた地位を捨てて国を出た。
城の人間は今でも優れた術者であるルナを探しているだろうし、だからルナは顔を晒さずに過ごそうとしているんだろう。
もしも国が情報屋にルナの情報を求めていれば、情報屋は恐らく国からの命令を優先してルナの事を報告する。
そうなれば面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。
けれど同時に情報屋というのは信用が商売の命と言える。
客の情報を漏らさないこと、売る情報が正確であることが職を続けるために必要不可欠な決まりだ。
だからこそ例え国からの通達が来ていてもルナの事を誰にも話さずにいるかもしれない。
「どっちもあり得るけど……確かに、誰かに会うのは必要最低限にした方がいいと思う」
「おや、君までセイの味方か。
なら仕方がないかな。その案は諦めよう」
俺の言葉もルナはあっさりと認めた。
不思議に思ったのはセイルートも同じらしく、怪訝そうに、あるいは警戒するように眉を寄せている。
「……嫌に諦めがいいね」
「まあ予想していたし。
別の案も考えてあるから、困ることはないさ」
「別の案?」
首を傾げるのとほぼ同時に部屋の窓を何かがコツコツと叩く音。
そちらを見ると真っ白な鳥がとまっている。
ルナはそれににっこりと微笑んで窓を開けた。
「ルナ、それは?」
「式神だよ。正確には式神が変化した姿、かな」
その言葉を合図に部屋に入ってきた鳥が姿を転じる。
こちらを見てにっこりと微笑んだ式神は見慣れつつある幼いルナだ。
「式神なんていつの間にやってたの」
『昨日だね。お風呂に入っていた時に。
君達も流石にそんなところまではベッタリ張り付かないから隙を見てやらせてもらった』
たぶん止められることを避けての選択なんだろう。でも、別に俺は。
「セイルートはともかく、俺は何も言わない」
「まあそうかもね」
「ちょっとどういう意味」
セイルートはふくれるがそのままの意味だ。
目の前の彼は何だか今回余裕がないように思える。
ルナを心配しての事なのだろうが、何もそこまでと思わなくもないのは事実だ。
ルナもそう思っているのだろう、写し身である式神と共にため息を吐きつつ苦笑した。
「セイ、そんなにピリピリしないでよ。
君達がいてくれるのだから大丈夫さ」
「こういうタイミングでそんなこと言われても複雑」
「それは申し訳ない。
さて。話を戻すけど、考えていた二つ目の策はこれだ。
実は昨日から今まで式神にこの国を探ってもらっていてね」
ルナの言葉を引き継ぐように式神が口を開く。
『“聖国”の北の森の中にそれらしき跡を見つけた。
随分くたびれてしまっていて私じゃ判断は難しいからシルヴァに確かめてもらわないと確固たることは言えないけれど、たぶん合っていると思うんだ』
「本当?」
早く見つかったのならよかった。
まだ確定してはいないけれど、ルナが言っているのだから確率は高いんじゃないだろうか。
喜びの声をあげた俺に式神も微笑んでくれる。
『うん。だから食事が終わったら宿を引き下げて向かってみよう』
「………随分都合よく見つかったんだね」
対してセイルートはじっとルナを見つめた。
「うん、聖地だけに限定して探ってもらったからね。
ひとつの一族を滅ぼす程の事をしたのなら聖地に数えられているだろうと予測したんだけど、ドンピシャだったみたいだ」
「……ルナさ、昨日の夜宿から出た?」
突然の問いにルナは小首を傾げた。
「どうしたんだい、突然」
「いや、気になって。で?出た?出てない?」
本当に突然何を言い出すのだろう。
昨日は部屋をとってから俺達三人全員、一歩も建物から出ていない。
“聖国”について必要なことを聞いたりでかなりの時間を消費したし、その後は食事をとって入浴してすぐにベッドにもぐり込んだ。
セイルートもそれを忘れたわけではないだろうに。
『………勿論、一歩たりとも出ていないさ。
さて、私の仕事はもう終わったし消えるよ。じゃあね』
セイルートの質問に答えて式神が消える。
何だか急いでいるような感じがしたけど、込められた魔力が無くなりそうだったのだろうか。
「そういうことだ。セイ、満足した?」
「………わかったよ。
それで?そのシルヴァ君の故郷かもしれない場所には転移で行けるの?」
何かをのみ込むように大きくため息を吐いたセイルートがこちらを見やる。
彼は納得のいかないことがあったのだろうか。
俺が気づかない何かに気づいた、とか。
「うん、近くまでは。その後少しだけ歩くけれどね」
「了解。じゃあさっさと食べて行こっか」
「随分急ぐね。まあ私もシルヴァの望みを早く叶えてあげたいけれど」
にっこり微笑んでこちらを向いたルナは本当にそう思ってくれているのだろう。
俺としてはそんな言葉が嬉しいような、相変わらず望みばかり優先する姿勢が恨めしいような複雑な気分だ。
「シルヴァ君の望み云々はともかく、さっさとこの国から出たいもん。
ルナだって長居はしたくないでしょ?
ならちゃっちゃと用事を片付けないとね」
「確かに、それには賛成。
それで早くまた二人旅をしよう?」
セイルートが同行するのは“聖国”だけ。
つまりここから出てしまえばまた彼は城に戻るのだ。
儀式を済ませたとしてもすぐに潜在能力の全てを発揮できるはずがないから、ルナは俺の修行にかかりきりになるだろう。
彼女に伝えてある俺の望みは強くなることで、尚且つ銀狼の潜在能力にルナは興味を持っている。
なら少なくとももうしばらくの間はルナが傍からいなくなってしまう心配をしなくていい。
そんな想定を頭に描き言えば、セイルートはひくりと口の端をひきつらせた。
文句があるなら言えばいい。
自分の立場上言えるはずがないだろうけれど。
そもそも何故セイルートは何故王位継承権などを得たのだろう。
かなり癪だが、セイルートとルナの絆はわかっている。
彼の性格上、さっさと出奔してルナの傍で過ごすという選択をする方が“らしい”のに、次期国王などと面倒でルナから距離を置かれそうな役割を負うのは不思議だ。
何か彼なりに考えがあるのか、やはり王になりたいのか、それとも周囲の期待に応えなければならなかったのか。
――まあ、俺が考えてもわかるはずがないけれど。
きっとこれは昨日彼が言っていた、ルナの為に諦めた色々な事のひとつなのだろう。
「君達は本当に……もう少しお互い穏やかに会話出来ないのかい?」
でも、俺だったら。
例えば諦めることがルナの為になったとして、彼女を、彼女に繋がるたくさんのことを諦めたくはない。
そして本当はセイルートも同じなんじゃないだろうか。
宿を出て人気のない路地裏で転移の魔術を行使したルナに連れられて着いた場所は鬱蒼とした森の中だった。
足元はかなりの雪が積もっていて、彼女が気を利かせてくれたんだろう、埋まることのないように体が数センチ程浮いている。
今のところ雪は降っていないが空は曇っていて、いつ降りだしてもおかしくはない天気だった。
「ここが?」
「そう。君の故郷かもしれない場所だよ、シルヴァ」
そう言われても、当時は幼かった事が原因なのか景色にあまり見覚えはない。
黙ったままの俺に対してフードを取り払ったルナは手を伸ばし、そっと髪を撫でた。
「とりあえず行ってみよう。
こんな木ばかりの景色じゃどうしようもないだろうしね」
「ルナ、フードとって平気なの?」
「予め結界を張っておいたからね。
ここは“聖国”の北、森しかない辺鄙なところだし、聖地巡礼の客以外は足を踏み入れないだろう。
セイももうメガネ、外していいよ」
「てか俺、実際変装する必要無かったと思うんだけど」
邪魔臭そうに眼鏡を取り去りルナに返したセイルートの言葉は分からないでもない。
けれど一応は王族なのだし、その辺りをルナも心配したのではないだろうか。
と、俺はそう思っていたのだが。
「まあその通りだね。
でもメガネがあった方が家庭教師っぽいだろう?」
どうやらただの彼女なりの遊び心だったらしい。
楽しげに笑うルナの横でセイルートは疲れた顔をした。
「要はただのコスプレもどきだったわけね…」
「こすぷれ?」
聞き慣れない言葉だ。
そう言えば闇ギルドで仮面を被るとき、ルナもそんなことを言っていた気がする。
「変装の簡易版を表す言葉だよ。
変装ほど本気じゃないけど何もしない訳じゃない、みたいな感じかな」
「じゃあルナのフードもこすぷれ?」
「いや、何かになりきる、という意味あいもあるから私のは少し違うかな」
なかなか定義が難しい。
む、と眉を寄せるとセイルートがげんなりした顔をした。
「そんな真剣に考えなくていいから。
それにルナ、なんかちょっと違くない?」
「私はそういう理解をしているんだ。
まあともかく村の跡地っぽいところに行こうか。
ちゃんとそれらしき泉も見つけたんだよ」
笑って歩き出すルナの隣に急いで並び手を握る。
今日はスキンシップ不足だ。
それに朝からセイルートに嫌なものを見せられたし。
掴まれた手にルナは一度きょとんと俺を見たけれど、いつもの事と言えばそうなので何を言うでもなくそのままにしてくれる。
「あ、ズルい」
ただそれをよく思わない人間がこの場には一人いたけれど。
セイルートは俺達が手を繋いでいることを見咎めて直ぐ様ルナのもう片方の手をとり、指を絡めた。
雪深い森の中、横一列に並んだ三人の影が雪に写り込む。
「……三人で横になると、歩くのに邪魔」
「へー。ならシルヴァ君離せば?
俺は別に平気だもん」
「そっちこそ。利き手が使えないといざというとき危険」
俺はルナの右手を握っている。
右利きだから、そうしないと咄嗟に剣を振るえないのだ。
勿論左手でもある程度は扱えるようルナに教えられたけど、出来るなら右手を空けておきたい。
そして俺が右手を握っているということはセイルートはルナの左手と自分の右手を繋いでいることになる。
確か戦うとき、彼は右手で剣を握っていたはずだ。
「残念でした、俺は両利きですー」
「チッ…………」
「こらこらシルヴァ、何を舌打ちなんかしているんだい」
注意されてしまった。
でも思わず舌打ちしてしまうくらい、セイルートが鬱陶しかったのだ。
自らの頭上で散る視線の火花に気づいているのかいないのか分からないが、ルナは俺とセイルートを交互に見つめ、そして繋がれた両の手をみやり、最後に雪に投影された影を見てどうしてか嬉しそうに微笑んだ。
「君達の理論でいくなら、私は両手が塞がって咄嗟に動けなくなっているのだけどいいのかな?」
「ルナの分も俺が頑張るから平気」
「俺が守るからそんな必要ないの」
同時に放たれた言葉に再びギロリと睨み合う。
けれどルナはなんだか上機嫌だった。
「ふふっ、ありがとう。
それじゃあしばらくこのままで頼むよ」
滅多にないルナからのおねだり。
俺とセイルート二人に対してのもの、というのが少し不服だけど、頷かないわけがなかった。
そして簡単にルナの言葉にほだされて、視線での争いもやめ上機嫌に歩く俺達にルナからもう一言。
「まあ、そんなこと言ったって私が一番強いんだけどね」
反論は何一つ出来なかった。
そうして辿り着いたその場所は確かに跡地と表現するに相応しい場所だ。
建物であったのだろう破壊された建造物、燃えて黒く染まった木材。
殆どが雪に埋もれその姿を隠している。
しんと静まり返った静寂の中、俺達が歩く音だけがその場に響いた。
「シルヴァ、見覚えはある?」
「………わからない」
穏やかにかけられた問いに対する言葉は真実だ。
全てが破壊され原型を留めない中、幼い頃の記憶を辿ってここが故郷なのかを確信するのは困難だった。
「そう。少し歩いてみようか。
それとも一人の方がいいかい?」
「一緒がいい」
ここがふるさとかなんてまだ分からないけれど、それでもこうも恐ろしいほど静かな場所で一人にはなりたくない。
「わかったよ。セイはどうする?」
「俺も行くよ。何かあっても大変だしね」
三人で廃墟となった雪原を歩く。
どうやら酷く荒らされ破壊されているのは村の外側部分のようで、奥へと足を踏み入れるごとに建物の破損は少なくなっていった。
その中の一点、同じ様な建物が多くあるうちのひとつに目がいく。
木の壁、傾き役目を失いかけた扉。
それでも目に馴染んだ、懐かしさが溢れるソレ。
立ち止まった俺に続いて残る二人も足を止める。
「シルヴァ君?」
「……あれ、俺の家」
半ば一人言のように呟けばルナが一歩前に出て、歩き出そうとしない俺の手を引いた。
「入ってみよう。君の家に」
彼女の隣でセイルートも頷く。
「………ん」
自分の故郷というのはどこか懐かしくもあるけれど、過去に立ち帰ったような感覚もあり少し恐ろしい。
そもそも生まれてすぐにここを離れたのだから俺の中にある思い出は恐怖ばかりだ。
それをルナは見抜いて、だから先に立って手を引いてくれたのだろうか。
傾いた扉を少し強引に開き入った中は大分荒らされていて、倒れた椅子や戸棚の中からひろげられた品が床に散乱していた。
「たぶん、“聖国”の兵が入ったんだろうね。
聖戦と銘打って略奪を行うのは彼等の得意技だから」
「………モノは別にいいけど、ここ、さっきから死体がひとつもない」
室内や外に辛うじて残る建造物には血のあとがいくつか見受けられた。
けれど亡骸は不思議なことにひとつもないのだ。
全て野生の獣に喰われてしまったのだろうか。
それとも雪の中に埋まって?
だとしても室内にも見つからないのはおかしい。
当時家の中に隠れていた戦えない者もいただろうし、扉さえ閉まっていればその者達に野生の獣は手出しができないはずだから。
「…そうだね。雪の中にいるのか獣に喰われたか、あるいは………」
あるいは?
ルナを見つめると彼女は一瞬瞳を揺らがせ、けれどすぐに微笑む。
「いいや、気にしないで。
それよりもっとよく見ていいんだよ?
と言っても君にとっては嫌な思い出ばかりだからそれも複雑かもしれないね」
「………?」
何だか気になる。
さっきのは絶対に何かを誤魔化した言葉だ。
「ルナ、あるいは、の続き」
「気にしなくていいと言ったじゃないか。
それより家の事とかを見なよ」
「ここはもういい。
どうせ大して覚えていない場所だし、今の俺はギルドに所属しているルナの弟子のシルヴァだから」
だから続きを教えてほしい。
そう目に力を込めて見つめれば、ルナの体がさがった。
彼女が自発的に動いたわけではない。
セイルートが手を引いたからだ。
「家がもういいならさっさと儀式っての受けようよ。
そしたらすぐに用事も済むんだしさ」
「セイ、そう急かすものじゃないよ。
シルヴァにとっては大切な故郷だ。
故郷を奪われる悲しさは君も想像がつくだろう?」
「つくよ。でもシルヴァ君はそこまでの気持ちを抱いてないみたいじゃん。
子供の、それも生まれてすぐの頃の事だったからそれも当たり前だろうけど、だからこそもういいでしょ。
シルヴァ君にとっては故郷っていうのはその程度のものなんだよ。
本人だってそういうこと自分で言ってるし」
セイルートの言葉は真実だった。
俺にとっての故郷は朧気で不確かなもの。
足を踏み入れてもすぐには思い出すことすら出来ない程度の存在で、今傍にいるルナや関わりを持つ様々なものと比べれば些末なもの。
だから彼の言った事は紛れもない事実だけれど、でもそこにかなりの棘を感じて眉を寄せる。
「――喧嘩はしないでね、二人とも。
でもシルヴァ、セイがごめん」
「ルナが謝ることじゃないじゃん。そもそもこいつが」
「セイ、気を張りすぎだよ」
「……………だって」
言い訳のようにそれだけ言うと、セイルートはふいと顔を背けた。
それを優しく見つめルナは息をつく。
「さて、シルヴァがいいなら泉へ行ってみようか。
儀式を受けることが今回の目的というのは間違っていないしね。構わないかな?」
「……ん」
渋々頷いた俺にもルナはふんわり笑って、俺達二人の手を引いた。
結局セイルートのせいでルナに聞きたいことも聞けなかったし、気を遣わせてしまった。
やっぱりセイルートは邪魔な奴だ。




