6-13*
Side:Seilute
知ってるかな?
本当はね、俺、すごく寂しがり屋で嫉妬深いんだよ。
月とシルヴァ君が城に来て六日目。明日には二人は“聖国”に向けてここを出る。
そして初日に約束していたこの勝負をしていたら今日はきっとすぐ終わってしまうだろう。
夜にはたぶんまた月がシルヴァ君を眠らせて俺の所に来るんだろうけど……
「君とこんな風に剣を合わせるのは久しぶりだね」
「うん、五年ぶり。下手したらもっとかな?」
「……だから、それはごめんって」
互いに真剣を手に取りながら間合いを測る。
六日目になら粗方の回復は済んでいるだろうと了承した彼女との勝負だけど、月の身体に異常はなくてもその精神が疲弊しているんだから意味はなかったかもしれない。
勿論周囲からあの段ボールや最近少し口煩い側近を排することが出来ているから、その点では助かるんだけど。
「月。この勝負さ、一つ賭けない?」
「賭け……?」
少しだけ考えていることがあるんだ。
俺達が今いる、殆ど俺達の勝負の為にあると言っていい荒野(大抵いつも月の転移でここに来て勝負するんだよね)には人っ子一人見当たらない。
二次災害がないように完璧に月が周囲を結界で囲っているし、観客であるシルヴァ君やジーク、それとどこから噂を聞きつけてきたのかは分からないけど騎士団の面々も、ジークが用意する映像の魔術で城からこの勝負を見守っている状況だ。
そして俺たちの戦いは大抵丸一日続くから魔力の持久力的に映像のみ――つまりは声は観客席に届かない。
月と内緒の話をするには、もってこいの状況だよね。
―――ただ、月を泣かさないようにだけ、気をつけないといけないけど。
「剣だけで勝負しよ。それで、負けた方は勝った方のいう事何でも一個聞くこと」
「セイ……?別に私は君の望みなら何だって…」
「望みじゃないの。これは公平な賭け事なんだよ」
賭け事に公平も何もあったもんじゃないかもしれないけど、俺は絶対に月に何かを望みたくない。
望んだとしてそれは月のためのもので、俺のためじゃ駄目なんだ。
だから我儘で屁理屈と言われたらそれまでだけど、賭けという形をとった。
「俺が勝ったら、式神の魔術を俺の為に使ってよ」
「式神を……?どういうこと?私の分身を傍に置くの?」
「それは内緒。ね、いいでしょ?」
月は俺の言葉に否とは言わない。
勝てばいいと思っているだろうし、俺が月にとって悪い結果をもたらすような事は言わないと信じているから。
「……まあ、いいけど」
ほらね。可愛い月。
でも今の貴女じゃ、剣だけではきっと俺に勝てない。
精神状態がボロボロだよ。
本当に妬けるけど、シルヴァ君のせいで。
昨日ルシルと話していくらかマシになったのかもしれないけど、それでも。
たぶん、ううん、絶対俺が勝つから。
「じゃあ決まりね。―――手加減しないよ、月」
勢いよく振り下ろされた剣がそのまま大地を割る。
それすらただの布石で、飛び上がって避けた瞬間を手刀が狙ってくる。
慌てて空中で体勢を変え手でそれを受ければ、ちょっと力が足りなかったのか少し飛ばされた。
「セイ、もういい加減本気出してよ」
「出してるって。月こそどうなの?なんか集中できてなさそうだけど」
「そんなことはない」
嘘吐き。まあいいけどね、俺が嘘って分かってるんだから。
飛ばされた(ちなみに元の位置より5mくらい離れた位置)場所で一気に剣を横に振り(これは月が打ってくれたヤツ。レナードのでもいいんだけど本気で勝とうと思ったら月のじゃないと最悪折れるし)剣圧を飛ばした。
漫画や小説でしか見たことないような技だってこの世界でチートがあれば可能だ。
まあさっきの俺みたく飛び上がって避けられたけど。
犠牲になったのは会っていなかった五年間で僅かばかり成長していた植物たちだ。
あーあ、今日のこれが終わったらまたこの辺りは何もなくなるんだろうな。微妙に緑が増えてきてたのに。
―――さて、勝負を始めてもう10時間は経過してる。
昼飯のおにぎり(月特製のやつ。美味しかった)を戦いつつ適当にかき込んだのも既に遠い思い出だし、日も暮れてきているからそろそろかな。
月に揺さぶりをかける。グラついて不安定な精神を、もっと揺らして。
そうしないとそれこそ決着がつかずに日が沈んで昇ってを何回も繰り返すことになりそうだし。
ただ、お願いだから泣かないでね、月。
「月はさ、シルヴァ君の記憶をどうして消したの?」
近づきざまにそう問いかければ、月の瞳がほんの少し翳った。
同時に強い斬撃での拒絶。
そんなに加減もなしに振るなんて、よっぽど俺には聞かれたくなかった?
「あの子供はそんなに貴女に近づいてた?」
それこそ記憶を消してしまわなければいけないくらい。
「……違う。だって、あの仔狼が望んだから」
「望んだ?貴女に関わることを忘れたいって?」
ほら、この問いかけには口を噤む。
上手い言い回しが思いつかなくて、いつもみたいに誤魔化して嘘を吐くことが出来ないんだね。
嘘がつけない月の身体はやっぱり召喚の代償で、それが厭わしいのに同時にそれに助けられている自分がいる。
もしも月の身体がそうなっていなかったら、彼女はもっとたくさんの秘密を持てただろう。
求められる真実が重大であればある程彼女の体内で強制力が働き、嘘が吐けなくなる。
ほんの些細な冗談だって、すぐにそれが真実ではないことを告げなければペナルティが課せられる身体。
今だけはそれを利用させて。
「……私はあの仔狼と約束をしたんだ。選択肢を与えるって」
「選択肢…?」
「そう。私の提示するそれらの正解を選び損ねたらそこでサヨナラ。
そして彼はあの日だって選んだ。
私の真実を知ってサヨナラすること、ずっと何も知らずに共に過ごすこと。
その両方を選び取ることを彼は選択した。
だから私はそれを叶えた。でもその二つは両立するはずがない」
だから月は真実を告げシルヴァ君の記憶を消した。
きっと彼女が言いたいのはそういうことだろう。でもそれは。
「月にとって、両方を選んだシルヴァ君の答えが正解だったの?」
一瞬。ほんの一瞬だけど、月の動きが止まった。
浮かべられたのはそれこそ愕然とした表情。
ねぇ、気づいていなかったんだよね。
ううん、もしかしたら分かっていたのかもしれない。
でも必死に誤魔化して、考えないようにしてた。
誰にも、それこそ俺にも――――いや、違うのかな。俺にこそ、知られたくなかった。
ずっと気づかないでいたかったよね。
俺にこんなこと、言われたくなかったよね。
ごめんね。それは貴女の心を守る大切な鎧だったのに。
「それは裏を返せば、」
「……っ」
俺の言葉に小さく声を上げる貴女は、やっぱり脆くて壊れやすい。
シルヴァ君はまだ知らない、泣き虫な貴女。
それを知られないように貴女は無理矢理体を動かして、強く刃を振るって。
「月はもっと、シルヴァ君と一緒にいたくて、自分の事を知って欲しかったってことだ」
それに応える声は、むしろ悲鳴に近かったかもしれない。
これ以上は駄目だ。月が泣いてしまうから。
今これ以上を彼女の前に提示したら、きっと彼女は壊れてしまうから。
俺の言葉を振り払うように、更に強くなる斬撃。
でも俺にはそれじゃ勝てない。むしろ隙だらけだよ。
力を込めた剣戟が彼女の剣を弾いて、勢いに負けた華奢な体はそのまま地面に座り込んだ。
少し荒くなった息をほんの数秒で整えて、気持ちをどこかにやるみたいに何度か瞬いて。
「……負けてしまったね。あーぁ、魔術ありなら勝ったのに」
月は今までのことをまるでなかったことにするようにへらりと笑う。
―――そうやって、月は知らないふりをしていたいんだね。あの時の俺みたいに。
それは悪いことじゃないのかもしれない。
月なりの、精一杯の自分と、自分をとりかこむ周囲を守る手段だから。
でもまるで無理矢理自分に暗示をかけてるみたいで、俺は、見ていて少し辛いよ。
「そうかもね。月、ジークの魔術妨害できる?
俺の頼みごと、あんまりこっちの奴には知られたくないんだ」
こう言ったのは月に疑われる事なく他の人間の目を取り払うため。
だってたぶんこれから酷いことになるし、そんなことこの世界の人間には見せたくない。
それに知られたくないというのも決して嘘ではないのだ。
「うん、わかった。―――ちゃんと魔術は切らせたよ。
勝った方のいう事を何でもひとつきく、だったよね?
一体君はどんな無理難題をふっかけてくるの?」
悪戯っぽく月は笑うけど、確かに俺が今から言う事は貴女にとって無理難題かもしれない。
もしかしたら月の事苦しめるか怒らせるか困らせるかするかも。
いいや、絶対この三つのうちどれか一つ――あるいは全部が起こるだろう。
「始める前に式神の魔法を使って欲しいって言ったよね?
それを俺に使って、俺の分身を作ってよ。
そしたらそれを城に置いていくから、本体の俺を“聖国”での旅に同行させて」
「………え?」
笑顔が剥がれ落ちたその表情に、確かに良心は痛むけど。
もう決めたことだ。引き下がったりはしないよ。
今日まで俺にはたくさんの考える時間があった。
そしてシルヴァ君という情報源から必要な話を聞いて、現状とおおまかな月の状態を把握することもできた。
そういうアドバンテージを俺に持たせたことがある意味彼女の敗因だ。
この話だって、だから俺は押し通す。
「お願いね?ノーなんて聞かないから。
賭けに負けた月は、俺のいうこときかなきゃいけないでしょ?」
「だって、そんな事……
式神の魔術は模倣する相手の血を必要とするんだよ?
長期間、それも城におくなら君と同じだけの力が必要だ。
必要な血の量だってどれくらいになるか……それに、一緒に“聖国”に行くなんて」
「いいんだ」
「よくないよ」
「いいんだよ!」
叫んだ俺に、月は驚いたように瞳を揺らした。
ごめんね、怒鳴ったりして。
俺も少し冷静じゃなくなってきてるみたい。
それはさっきまで全力で戦っていたこともあるし、何より大切な貴女のことだから。
ねぇ、知ってるかな?本当はね。
俺は寂しがり屋で嫉妬深いんだ。そして付け加えるなら心配性。
「これ、急な思い付きでも何でもないよ。
ずっとどうしようか考えてたんだ、あの国に行くって聞いてから。
最初は念話がこっちからもできるようなものでも強請ろうかと思ってた。
でも月はどんどん不安定になってくし、神喰らいまで現れて、そんなんじゃ絶対足りないだろ?
遠く離れた場所じゃ月に気づけない。それこそすぐに触れられるくらいの場所じゃないと。
それくらい、月が俺の知らないうちにあの国で壊れちゃったらって、俺、すごく不安なんだよ」
今ならあの時の――八年前の貴女の思いが分かるような気がするんだ。
いつ大切な貴女が壊れてしまうか、俺は気が気じゃないんだ。
あの時の貴女もそうだったのかな?
どうすることが相手にとって一番いいのかもよく分からなくなって、それでも自分が思う最善を選び取って。
選んだものが貴女にとって一番いいのか、俺には分からない。
でも、後悔だけはしたくないんだ。貴女を喪う後悔なんて、死んだってしたくないんだよ。
「ついて行くのは何も知らないあの子供だけ。
あいつじゃまだ月のことを守れない。
月の心も身体も、何もかも守れない力のないガキなんだよ。
そんなの、俺、安心できるわけないじゃんか……」
大切なものができるのは、別に悪いことじゃない。
俺は貴女と同じだけは生きられない。
それは獣人で人族と同程度の寿命を持つシルヴァ君だってそうなんだろうけど、でも彼は俺とは違う。
俺は神サマから、呪いをもらっているから。
俺のチートは前世の知識と身体能力の強化、そして武術の知識。
分かっているのはそれだけで、そしてそれだけだとしても俺は確かに他の人間より強い。
でも同じく分かっていることだけど、俺は同じく呪いを持ってる月とは違う。
この世界に召喚された瞬間、彼女のその身体はもう変えられてしまったから。
だから彼女はどんな強大な力を使ったって平気で、ずっと続く終わりの見えない結末までを生きなければいけない。
でもね、俺の身体は。
俺の身体はたぶん、何でもない生身の、人間のもので。
月にも言ってないけど、本当は俺、凄く不安なんだ。
もし、もしも、俺の身体が俺に与えられたチートに耐えられなかったら。
月が思っているよりもっともっとはやく、俺は貴女とサヨナラすることになるかもしれないんだ。
シルヴァ君はチートを持っている訳じゃない。
正しく自らの種族に見合った能力と身体を持った子供。
俺よりも若くて、正しい力と身体を持つ彼はきっと俺より長く貴女の傍にいられるはずなんだ。
だから彼が貴女の大切なものになるのは、貴女にとって幸いなことのはずで。
それにやっぱり少しだけ俺の心は痛むし、嫉妬に黒く染まるかもしれないけど、それでも貴女が少しでも寂しくないなら我慢できる。
――ねぇでも、どうして今なの。
貴女はあの国に行くんでしょ?
神喰らいのことを探るために。シルヴァ君の故郷を見つけるために。
貴女があの国を出てから、もう45年もの月日が経っているのは確か。
でもあの国では何が起こるかわからないじゃないか。
心配性でネガティブだって、貴女には笑われちゃうかもしれないけど、でも、それでも。
“聖国”に向かう貴女が、あの真っ白に降り積もる雪の中に消えちゃいそうな気がするんだ。
泣きそうだよ。それくらい怖いんだ。
「月が壊れちゃうんじゃないかって怖い。
月がまたあの国に囚われるんじゃないかって怖い。
月が―――貴女が、俺のところにもう戻ってこなくなりそうで、嫌だよ…」
座り込んだままの月の姿がぼやける。
目の奥が熱くて、あぁもう、情けないな。
月は俺の泣き顔、嫌いなのに。何度も見せちゃってる。
「わ、たしは……平気だ。
もう弱かった私じゃないから、囚われない。
君の所にちゃんと戻ってくる」
「嘘だ。俺に負けたくせに。月は弱くて脆いよ」
「それは、だって、傷だって…」
「言い訳するの?もう治ってるって、月が言ったのに」
ごめんね、責めてるみたいに言っちゃって。
でも俺もいっぱいいっぱいなんだ。
だからその動揺につけこませてよ。
シルヴァ君とのことだって俺は利用する。
貴女を頷かせるためなら貴女を少しだけ傷つけたって構わない。
「月はいろんなことに気づきたくないでしょ?
シルヴァ君のことだって、だから貴女は彼の記憶をいじった。
そうすれば少なくともしばらくの間はこのままだもんね。
でも今の貴女が“聖国”に行ったら、きっと襤褸が出る。
弱った貴女の心はきっとうまく真実を彼に隠し通すことができないよ」
「……っ、そんなこと、ない…」
「あるよ。そしたら月はどうするの?どうなるの?
きっと衝動を抑え込めずにシルヴァ君を殺すか、昔みたいに“聖国”の人間を殺す。
でも俺は、そんなのやだよ。
そうなったら月はそれだけじゃ止まれない。
それこそボロボロになるまで、衝動がおさまるまでたくさんのものを傷つけて、自分だって傷つく。
月が傷つくのは嫌だ。月が悲しいのも痛いのも、俺は嫌なんだよ」
ねえ、もう頷いてよ。泣きそうな顔しないで。
さっきみたいに俺に負けて。仕方ないなって俺の要求を呑み込んで。
あんまり頷かないと、俺だって泣き止めないじゃんか。
「月が誰の事大事でもいい。
ずっと陽さんだけが貴女の一番で唯一の大事な存在でもいい。
俺の事、陽さんの事、シルヴァ君の事、みんな大切だって、そんな結論でもいいよ。
でも今貴女の事守れるのは俺だけだって、俺は自惚れてるんだよ。
ねぇ、俺は間違ってるかな?俺じゃ貴女の事を守れない?」
シルヴァ君じゃまだできない。
だってあの子供は弱くて、まだ貴女のことを何もかもは知らないから。
陽さんは違うけど―――あの人は貴女の傍にはいないんだ。
貴女の傍にいるのは俺でしょ?
貴女を今この瞬間、一番ちゃんと守れるのは、俺だけでしょ?
今だけ、俺は貴女の完全な唯一だ。
「八年前、月は俺の事を守ってくれたよね?
じゃあ今度は俺の番だ。今貴女を守るのは俺だよ。
俺にしか出来ない事だ……っ、だから…」
それくらいさせて。
ずっと傍にはいられない俺に、それくらいは許して。
苦しくて切なくて、ぼやけた視界じゃ貴女を捉えられない。
抱きしめた体は震えていたから、たぶん俺は月を泣かせちゃったんだろう。
はやく頷いて。お願いだから。
「式神の魔術で俺の分身を作って。俺の血、どれだけ使ったっていいよ。
分身は城に置く。それで、俺を貴女の傍にいさせて。
俺は賭けに勝ったんだから、お願いだから、いうこときいて、るな……」
貴女に永遠なんて望まない。
ただ、ほんの一瞬。刹那の間だけでも、俺を貴女のぜんぶの世界での一番にして。




