6-12
Side:Luna
軽い足取りで城内の廊下を歩き目的の部屋の前で一度落ち着きノックする。
「おはよう、ルシル」
「ルナさん。おはようございます」
日本人の私としては他の色よりか随分馴染みがあると言える茶色の髪を揺らし、“王国”第一王子フレオールの婚約者シルファーナは微笑んだ。
今日はフレイを間に通して約束していた彼女との“お出かけ”の日だ。
最近色々と疲れることが多いから、これをいい気分転換にできたらと思っている。
「珍しいですね、髪を結われているなんて」
…………。
うん、まあ、そうだよね。
今日も今日とて私は髪を結っている。
昨日とは違う髪型だし、昨日とは違う髪飾りで。
同じなのは髪を巻いていること、それらを成したのが我が弟子だということくらいだ。
「そうかもしれないね。
君と出会ってもう六年ほどだけど、初めて見せるかな」
「ご自分でなさったのですか?」
その言葉には苦笑してしまった。
伯爵家令嬢として、王妃の侍女として、そして王子の婚約者として様々なことをこなす彼女ほどの女子力は持ち合わせていない。
「まさか。フレイから聞いていないかな?
前回と今回、私は弟子を連れてきたんだ。その彼がやってくれたんだよ」
「あぁ、確かシルヴァさんと。
それにしても器用ですね。殿方でこんなに上手い方がいるなんて」
やはり彼女から見てもシルヴァの技術はかなりのものらしい。
一体奴隷の時にどれだけの教育を受けたのだか。
「そうだね。私も流石に少し落ち込みそうだ」
「どうしてですか?とても似合っていますよ?」
「だって私より女性として必要な能力があるということじゃないか」
と言うか、私の周囲の男性は女子力が総じて高いのだ。
セイだって器用で色々できるし。
そういった内容のことを伝えれば、何となく彼女も分かる部分があるのか苦笑した。
「確かに分からなくもありません。
でもここまでルナさんに似合っていると、それでいいのではとも思いますよ。
シルヴァさんは貴女の事をよく分かっていますね。
それくらい、とても似合っていますから」
「……複雑な気持ちだね、それはまた」
「何か不用意な事を言ってしまいましたか?」
「いや、ちょっと最近悩ましいことが多くてね」
もう、ここまで来ると最近の私は躁うつ病か何かかと自分ですら思う。
ちょっとしたことで一気に気持ちが不安定にグラつく。
だから今日みたいにシルヴァやセイと離れて一日過ごすことはかなりの解放感を私にもたらした。
ただその代わりと言うか何と言うか、昨日は二人が何かとこちらに絡んでくることが多かったけど。
それに、別に彼等に問題があるわけじゃないんだ。
問題があるのは立て直しが上手くきかない私の心の方だし。
ルシルは考えるように視線を泳がせて、では、とにっこり笑った。
「今日は色々と、聞かせて頂ける範囲で根掘り葉掘りお聞きしますね。
そして気分転換に色々と散財致しましょう。
私も色々―――そう、本当に、色々、お話ししたいことがあるんです」
「………君の方は、相変わらずみたいだ」
何だか迫力のある笑顔というやつを、この子も会わないうちに出来るようになったんだなぁと何とも言えない気持ちになる。
それはやはりほぼ間違いなくフレイのせいなのだろう。
束縛激しいし、嫉妬深いし、微妙にルシルには俺様だし、うん、残念なことに要因はいくらでも見つかる。
「―――でも、そうだね、今日は楽しもう」
明日には色々と考えることや話し合う事がたくさんある。
日中はセイとの勝負の約束があるから、きっとそれらは夜中、誰にも内緒で行うことになるんだろうけど。
“聖国”のこと、神喰らいのこと。それらを探るために私はどう動くべきか、そしてそれをシルヴァの故郷を探すこととどう両立させるか。
それにただでさえこの不安定な心が“聖国”という土地で揺らぎに耐えられるか。
本当に憂鬱になる―――――いいや、これも、考えるのは明日でいい。
今日はともかく、先のことは考えずにルシルと過ごそう。
彼女のような何も知らない第三者にほんの欠片だけを語って相談の答えをねだるのは、案外心が楽になる。
さて、彼女はどんな答えをくれるのか。
そして彼女はどんな悩み事があって、それに私はどんな答えを返すのかな。
「そもそもルナさんとは会うのは五年ぶりですけれど、その間はずっとお弟子さん――シルヴァさんの修行を?」
並べられた服を漁りながら――いいや、言い方が悪いか。
そう、気に入る服がないかどうかを探しながらルシルが首を傾げる。
そちらは見ずに同じ様に――もう漁りながらでいいか、服を漁りつつ私は頷いた。
「そうだね。五年間、ずっとそうしていたよ。
私の依頼に同伴させたり山に籠ったりシルヴァだけに依頼をこなさせたり。
最近は彼もランクが上がっていたから、私の付き添いとかオマケじゃなく彼とチームを組んで一緒に依頼をこなしていた」
「その間ずっと城を訪ねてくれないというのは予想外でしたけど…」
「うん、それは私なりに、少しだけセイと距離を置こうかと思ってたんだ。
彼はもうすぐ結婚を考えないといけない年だし、私のような女が傍にいればいらない噂が出回るかなと思って。
シルヴァの修行で忙しかったというのもあるけど、そちらは体のいい口実のようなものだね」
本当はゆくゆく現れるセイの妻となる人間が彼の傍にいて、その間に私が入れないと思っていたからだけれど。
彼に長く会わない日々に慣れようとして、そして最終的に訪れるだろう彼が死した後の日々の真似事――予行練習でもしておこうかと思って。
「でも前回のような依頼でなくまた城に来たということは、それはもういいんですか?」
「うん。いいって、セイが言ったから。
私も変に意地を張っていたんだなって分かったんだよ」
「それはよかったです。ルナさんがいないと私はこうして自由に買い物にも行けませんから」
「ふふっ、分かっていたことだけど、フレイは君に対して相変わらずかい?」
隣からむくれた気配。聞くまでもなかったということだろうか。
つい苦笑してしまう。
「えぇ。この間も少し出歩いたくらいで…」
その先は思い出したくもないという風に黙り込むルシルには同情する。
たぶんたっぷりお仕置き(まあ彼女は別段悪いことはしていないが)されたのだろう。
それが口頭での事なのか、それとも寝台の上での事なのかは分からないけれど。
「フレイはまだ昔のことを引き摺っているからねぇ。
と言っても……その辺りがまた、君にとっては複雑なのかな?」
「何でもお見通しですね」
「そうでもないよ」
フレイには以前――それこそ十年程前のことにはなるが、ルシルとは別に婚約者がいた。
ちなみにその頃は彼女も城に出ておらずフレイと出会ってすらいないので浮気だとかそういうことではない。
そしてその婚約者は貴族に特有の権力争いに巻き込まれ、無残に殺されてしまった。
更に悪いことに、その惨殺された亡骸を幼いフレイは見てしまったのだ。
幼い子供にとって死体の目撃などトラウマでしかなく、しかも婚約者が殺されたのは将来的に王になるかもしれない自分の妻という立場を妬まれてのものだということが後から発覚した。
そういう過去があってフレイは“婚約者”を束縛する。
自分の傍に縛り付けてそれ以外の全てから守りたいと思っているから。
「……結局私は身代わりなのかと、たまに思うこともあるんです」
そしてそれを知っているルシルは、その事にどうにも複雑な気持ちを抱いているのだ。
「――――ここはもういいよね。
私、靴が欲しいと思っていたんだ。次は靴屋さんに行こう」
「……はい。そうしましょう」
“聖国”は雪が深く積もっているから、丈の長い革のブーツが欲しい。
いっそのことまあ材質にはこだわらない。
どうせ後々自分の魔術で補強するし。
というか実際には自分で作れるんだけど、自分でデザインしたものを自分で身に着けるとか、ちょっとね。
そういうわけで合うブーツを探しつつ。
「私が城にいるのは明日までなんだけど、その後思い出の場所に行くんだ」
「思い出の場所、ですか?」
「うん。思い出と言っても、嫌な方なんだけどね」
忌まわしい国。聖なる名を冠する悪魔の国。
「聞いてもよろしいですか?」
「うん。そのつもりで話しているから。
私ね、故郷から出て暫くの間その場所で過ごしてたんだ。
そして君も知っての通り私はなかなか強いから、その場所の結構大きな権力者に仕えていたわけだ」
正しくは故郷から引き離されて、そして仕えさせられていたわけだけど。
「でもその権力者というのがなかなか人間の屑のような奴でさ。
仕えている間に嫌気がさして、私はその場所を去った。
そしてふらふら放浪している間にギルドに登録して今の状態になっている訳なんだけど…」
「その場所に行くことになったと言う訳ですか」
「そう」
「嫌な場所にどうして足を運ぶのか、聞いても?」
うーん、どう言ったものか。
流石に神喰らいの件は国家機密だから言えないし…
「シルヴァの故郷がその近くにあるかもしれないんだ。
勿論しっかりした確証があるわけじゃなくて、可能性としては七割程度なんだけど。
そして最近例の権力者――今は代替わりしていて、その息子らしいんだけど、そいつがどうも何か企んでいるらしくて。
私は当時その権力者に仕えて、やっぱり人に言えないような悪いことをしたこともあったから、何て言うか、責任、かな?ちょっと放っておけないんだ」
本当は悪いことをしたなんてこれっぽちも思っていない。
責任感なんて感じたことも無いし、感じる必要もないと思っている。
だって私は被害者だから。
加害者であるこの世界の人間が私の行動でどんな目に遭っていたとしたって、そんなの呼び寄せたそっちの責任だろう?
でもそんなことを話せるわけもないから、とりあえず、ね。
それに放っておけないのは本心だ。
もしもあの国がもう一度アレをしようとしているなら、私は今度こそあの国を滅ぼすだろう。
聖王の首をとり私を召還した魔術師を嬲り殺し城の主要な魔術の全てを破壊しただけのあの時のようには済まさない。
私の召喚への関連、私への直接的なさまざまな行動、それらに関わらずあの国に住む総ての生き物を滅ぼすと決めている。
「そうでしたか……では、それがルナさんの最近の悩み事ということになるのでしょうか?」
「まあそれもなんだけど―――一番の悩み事はシルヴァのことかな」
「お弟子さんの?」
「うん。―――――店主、このブーツをもらえるかな?」
いいものがあった。
サイズぴったり、オーバーニーで膝まであったかいし。
これにタイツも買っておかないとね……
流石にあの寒さの中をストッキングや生脚は無理だ。
それになんだか昔を思い出しそうで怖い。
「ルナさん、そろそろ昼食を摂りませんか?」
「あぁ、もう昼時か。そうだね、そうしようか。
どこか行きたいところはある?」
「いいえ、何分あまり外出しないので」
それはそうだ。それなら久しぶりの彼女の外出を祝って、何か時別なところでも―――いいや、こういう場合はそれは避けた方がいいか。
それに豪華なところとかはフレイが連れて行ってそうだし。
やっぱり女子会(二人だけど)っぽい感じを出せるようなお店が一番な気がする。
「じゃあ私のおススメに行こうか」
女子会っぽいのって、私的にビュッフェだと思うんだよね。
あとケーキバイキングがついていると尚良し。
と言う訳でルシルを伴ってきたのは間違ってもフレイが足を運びそうにない、市井や一般的な中流貴族の女の子に人気そうな可愛らしい外観の店。
この世界ではバイキング形式は殆ど城のパーティーでしか見られないんだけど、この店は家庭的なものや一般的な料理にちょっと工夫を加えたものをリーズナブルな価格で提供している。
それでいてバイキング形式ということで高級感も味わえ、しかもデザート食べ放題ということで話題沸騰中らしい。
「前にセイに教えてもらってね。
料理はどれも美味しかったし、時間は二時間半も用意されている。
君が気に入ってくれるといいのだけど」
普通は一時間半何だけど、料金を少しだけ追加すれば二時間半まで延長できる。
追加利用金はほんの少しだし、私もルシルも普段そこまで使わないのでこういう時にたくさん使わなければと思っている人間だから問題はない。
確認のため顔を覗き込めばルシルは瞳を輝かせて何度も頷いた。
どうやらかなり喜んでくれているらしい。
「嬉しいです…!こういうところに女同士で行くのが憧れで!!
今はこんな身分になってしまいましたし、難しくて」
「そんなに喜んでくれると私も嬉しいな。それじゃあ入ろうか」
「はい!」
ついでにここでルシルの悩みも晴らせればいいけれど。
まあでもその前に腹ごなしかな。
やっぱり重い話をしながらだと箸が進まなくなるし。
そしてある程度胃にものがたまったところで、そろそろ別腹のケーキと重い話でもしようか。
「君の話に戻るとさ」
ルシルの手が一瞬止まって、それでもフォークを動かしてケーキを口に運ぶ。
店の外観だけでなく料理も彼女のお気に召したらしい。
ふんわりと一瞬浮かぶ笑顔はそれこそフレイならば狂喜乱舞するだろう。
「一応フレイは君のこと、ちゃんと君として見ていると思うよ。
まあ確かに君に前の婚約者を重ねることもあるだろうけど」
「ルナさんは確信しているんですか?」
「うん?……うーん、まあそうかもね。
彼は確かに残念な男だけど、でも馬鹿ではないから。
もしも君のことを完全に身代わりとして扱っていれば私は彼を――」
「か、彼を……?」
「――――内緒」
ごくりと息を呑んだルシルには悪いけど、こんな食事の席で言う事でもないしね。
にっこり笑って誤魔化して見せれば逆にそれがいけなかったのか彼女は少し顔色を悪くした。
「私、そういうの嫌いだからね。
大切なものに代わりなんてないんだよ。代わりがいないから大切なんだし。
私がそう思っているから、個人的に代わりを用意する人間はそりゃあもう殺しちゃいたいくらい大嫌いなんだ」
あ、言っちゃった。
「……でもまあフレイは私の友人だしセイの兄だから、いくらそういう人間だったとしてもお説教くらいで済ますだろうけどさ」
「お説教………本当ですか?」
「うん。私こう見えて他人にものを教えるの得意なんだ」
闇ギルドのメンバーだって私が教師役をしたし、シルヴァにしたってそうだ。
それにお説教なら別に死なない程度にメッタメタにしても許されるし。
ルシルも弟子のシルヴァの存在を思い出してかそうかもしれませんねと頷いてくれた。
「あくまで私の主観だけどさ、フレイは確かに過去を思い出して君に対して過剰に多大に過保護だ。
でも君のことを見ていない訳でも、君の声を聞いていない訳でもない。
だってそうなら君は例え私が一緒でも外出なんてできなかっただろうしね」
フレイの以前の婚約者は護衛と共に外出している間に攫われ殺された。
だからもしもその婚約者の身代わりにルシルを使っているのなら、それこそ城から出すことはしないだろう。
例えこの世界で一番の実力を持っている私が一緒でも。
実際のところ信用できるのは自分だけなのだから。
「それは、そうかもしれません……」
「それにフレイは君の名前を呼ぶだろう?」
それこそフレイしか呼ばない名だ。
シルファーナ。彼にとって最早その名前は自分だけのもの。
それだけフレイの彼女への想いがわかろうと言うものだ。
それこそその行為は私の事を正しく“月”と呼ぶセイと同じものに思えるし。
ルシルも何となく私の言いたいことを察してくれたのかほんの少しその頬を染めた。
可愛らしいことだ。なにかと愚痴が多いのも、身代わりではないかと心配するのもそれだけ彼女がフレイを好いているから。
そう思えば全て微笑ましく感じられる。
自分でもにやにやしているのは分かっていたけど、それを見咎められて軽く睨まれてしまった。
「……ルナさんも、そうではないですか」
「うん?私?」
そう、というのはやはり名前の呼び方のことだろう。
さっきも考えていた“月”と“ルナ”の違いのこと?
でもセイはそういうところ凄く――それこそフレイを笑えないくらい本当に気を付けているから、“月”という響きをこの世界の人の前で口に出してはいないはずだ。
―――あぁでも前の訪問の時にシルヴァには言っていたっけ。
まあその響きも今のシルヴァは忘れているだろうからいいけれど。
あの時彼にかけた記憶の魔術は【私に対して疑問に思っている内容とそれへの違和感の削除と書き換え】だから。
だからこそシルヴァは私の年齢、変わらない姿、私が彼を憎んでいることを既に忘れている。
そしてきっと、日本特有の“月”という音のことも。
うっかりそうして深く考え込んでいると、正面のルシルは頬を膨らませた。
「誤魔化されませんよ。セイル様のこと、ルナさんだけ別の呼び方をするでしょう?」
「あぁ、そっちね。まあ、確かにそうだけど…」
あれは何と言うか、セイは誠司だったから。
セイルートという名をセイルと縮めてしまったら、誠司の部分が残らない。
でもセイなら違う。誠司の誠の部分だから、私もそう呼びたかったのだ。
だから私としてはフレイのそれとはちょっと違うと思いたいんだけど……
「納得がいかなそうですね」
「あははは…」
「ではルナさん以外の人がセイル様をセイと呼んでいたらどう思われます?」
「………その聞き方は狡いよ」
ため息を吐いて降参の代わりにした私の思いをルシルは正確に察したらしい。
にっこりと笑みを深められてもう一度ため息。
まあね、確かに嫌だ。なんていうか、まあ私も独占欲とかあるし。
“セイ”、“月”というのはあの世界を知っている私達だけのものだから。
「でも、嬉しかったです。ありがとうございます、ルナさん」
「君の役に立てたのならよかった」
「……では次は、私がルナさんの役に立ちます」
ルシルはキリリと表情をつくり立ち上がった。
ケーキの追加だろう。私も行こう。この後も長話になるし。
「それでシルヴァさんに関連する悩み事とはどういったものなのでしょうか?」
とってきた数種のケーキを食しつつルシルが首を傾げる。
自分の悩みが解決したからかその運びは先程よりも早い。
「どういったもの、と言われると私も困るな…
まあ簡単に言うと最近、弟子との距離感が分からなくなってしまったんだ」
「距離感、ですか」
「そう。例えるならそれこそセイは私の全てを知っていて、私に一番近い。
私はこの世界でセイ以外にそんな人はいないし、つくろうとも思っていない。
……でも、何だか知らない間にシルヴァが私に近づいていて、どうしても困るんだ」
思っているより本当はずっと近くまでシルヴァが来ているようで、だから私は恐ろしい。
シルヴァが私の真実を知りそうで、そして有り得ないけれど彼が私の特別になってしまいそうで。
私はずっとこの世界の人間達を憎んでいたいのに、そんな特別はいらないのに。
「セイル様以外に特別な相手がいるのは、いけないのですか?」
「え?……あぁそっか、うーん、君が言いたいのは一夫多妻とかそういうことだよね?
私が言いたいのはそういうのとはちょっと違うんだ。
ただ単純に私は私の身勝手な思いで、特別な相手をつくりたくないんだよ」
この世界は案外多重婚を簡単に認めるから戸惑ってしまう。
まあ私としては特にそういう考え方に対して批判的な考えを持っている訳でもないからいいんだけど、今回の話とそういう事はちょっと別物なのだ。
だって多重婚を考えるということは私がシルヴァを特別に想っていることが前提になっているということだから。
私はシルヴァを特別に想っていなくて、これからもそうであるんだからそれは違う。
否定の言葉にふむ、と小首を傾げたルシルは難しい顔をした。
まあ自分でも難しい奴だなと思うよ。
「ルナさんはそう言いますが、特別な相手をつくらないのは難しいかもしれません」
「どうして?」
「人は生きる上で必ず何かと関わらないといけませんから。
そして人と人との関わりは必ず何かしらの感情を生みます。
だから、ルナさんの言うことは難しいかもしれません」
「……関わり、か」
それで言ったらシルヴァを弟子にとってしまったことがそもそもの彼女が言う関わり合いの始まりで、そこから私は間違っていたことになる。
そう思っていたのが顔に出たのか、ルシルは困った顔をした。
「シルヴァさんと関わったことを後悔していますか?」
「……どうだろう。
でも、シルヴァと出会わないのは少し寂しいかもしれない」
出会わないということはあの仔狼が傍にいないということで、あの分かりにくい笑顔を見ることも無かったのだろう。
手を握られることも、あの髪を撫でることも、そもそも名をつけてやることだってなかった。
そう考えれば確かに寂しさを感じて、複雑な気持ちになる。
「寂しい……ルナさんは寂しいんですね?」
「そうだね。もう五年もずっと傍にいたから、それがなくなるのはやっぱり寂しいな」
「そう、ですか……」
少し躊躇いつつ私が出した回答にルシルは微笑んだ。
どこか満足そうな彼女はそのまま机越しに私の手を握り瞳の光を強くする。
「ルシル?どうしたの?」
「私はルナさんが感じた通りに動いてみればいいと思います。
今の様に戸惑ってしまっても、悩み事を抱えていても。
そんな状態でそんな状態なりにルナさんは動いていいんです。
ルナさんは魅力的ですから、それくらいしてもいいと思うんです。
男には苦労をかけていいんですよ、ルナさんくらいの人ならば」
「……君が何を言っているのかちょっと分からないんだけど」
「それでもいいんです。ともかくルナさんのこと、私は応援しています」
「応援……?」
私の一体何を。
そう聞きたかったけれど聞ける雰囲気ではなかった。
それに彼女の言葉からは嘘が感じられず、真摯な響きで満ちている。
たぶんこういうところがフレイも好きなんだろうな、なんて感じるくらいには。
「ともかく私はルナさんを応援しているので、ルナさんがどんな勝手な事をしても怒りません。
セイル様やシルヴァさんをたくさん困らせていいと思います。むしろ困らせましょう」
「う、うん……?」
「何かあればすぐ私に言って下さい。
こうして話を聞きますし、微力ながら相談にも乗ります」
「えーっと……ありがとう、そうするよ…」
よく分からなかったけれど、ルシル的に言えば私の現状は許されるものらしい。
むしろ直そうと思わないでそのまま行け的なことまで言われたし。
……にしても、どんなことをしても怒らないしシルヴァ達を困らせていい、だなんて。
何とも無責任なような、どんと構えられたような。
何だか笑えてきてしまう。あまりにも予想外な返答すぎて。
――――うん、何だかいいな、こういうの。
別に代わりになんてならないしするつもりもないけれど、まるで友達みたい。




