6-10
Side:Luna
「ねぇルナ。何があったの?」
そんな風にセイに声をかけられたのは城に滞在して三日目の朝、食事を摂り終えて部屋を出ていく時だった。
「……別に、何も」
そう、何もない。問いかける声に一瞬動きを止めてしまったけれど。
セイは私の答えにため息を吐いて、こちらに近づき顔を覗き込んできた。
「………平気なの、ルナ?」
「だから、何もないよ。君が心配するようなことは、何も」
こんな言葉でセイが信じてくれるだなんてこれっぽっちも思ってはいないけど、これ以上食い下がることも無いだろうと分かっていた。だって。
「セイルート、邪魔。今日ルナは俺と一緒に過ごす約束」
「セイル様、仕事が溜まっていますよ?」
こんな風に、周りには他の人間がいる。
そんな中で彼は私を徒に追い詰めたりはしないだろうし、私だって弱みを見せたりはしない。
セイもそんな私の考えを読んだんだろう。
肩を竦めて顔を離し、もう一度深いため息を吐いた。
「……分かってるよ。
あ、でもジーク、今日俺その溜まってる仕事片付けたら暇だよね?」
「えぇ、そうですが……一体何を企んでいるんです?」
「企んでるなんて酷くない?仮にも主に」
どこがだ。この顔、ろくでもないことを考えているに決まってる。
シルヴァだけが興味なさそうにする中、セイは部屋全体に宣言するように口を開いた。
「じゃあ午前中で仕事全部終わらすから、午後は俺とシルヴァ君で勝負ね」
「……勝負?今日?」
そこでようやく視線をセイに移したシルヴァは訝しげに眉を寄せる。
それは確かにそうだろう。
初日にシルヴァから勝負したいと言いはしたが、今日は私との先約があるしセイも仕事が溜まっている。
普通に考えれば他の日に回すべきだ。
「あ、仕事の事心配してる?
そっちは問題ないよ、今日は本気出すから」
「今日はって、いつも出しなよ」
「あはは、だって疲れるんだもん。
ね、いいよねシルヴァ君?」
「……さっきも言ったけど今日俺はルナと一日一緒に過ごす約束をした」
了承する気配を見せないシルヴァにセイは考えるように視線を彷徨わせた。
―――あぁ、嫌な予感しかしない。
にんまり笑う笑顔にそう思ったのはきっと私だけじゃ無いはずだ。
その嫌な予感というのがどこから起因するかは別だけど。
「あれ?シルヴァ君怖いんだ?
確かにそうだよね、負けて恥ずかしいとこルナに見せることになっちゃうもんね?」
「………」
「じゃあ仕方ないし諦めるよ。
まあ俺は六日目にルナと互角の勝負するから別にいいしね。
シルヴァ君相手じゃ弱いものイジメみたいになりそうだし」
「……まて。やっぱりやる」
ほら、やっぱり。ついため息が出る。
シルヴァは外見はどうあれまだ子供だ。
だからわかりやすい挑発にも引っかかりやすい。
最初から気を付けていればもう少し違うのだろうけど、今日みたいに日常の一コマではどうしても、ね。
私も彼相手にはたまに使うことがあるからあまり強くは言えないけれど、セイはどこまでも大人げないと言うか。
「あはは、いいの?メッタメタにされるとこルナに見られるけど」
「そんな風にはならない。
確かにまだ勝てないだろうけど、情けないところは見せない」
「あれ、負けるの分かってるんだ。成長したんだね」
少し驚いたように言うセイの言葉は本音だろう。
正直後ろで聞いている私も驚いた。
また前みたいに熱くなって絶対勝つ、とか言い出すと思ってたのにな。
シルヴァも成長しているということの表れなんだろうけど、無性にそれが虚しく感じられてそんな自分が嫌になる。
最近の私は、簡単な事で心を揺らし過ぎるんだ。
それがいけないと分かっているのに、いつもみたいには上手くコントロールが利かなくて困る。
「別に………
じゃあ、勝負は昼食の後。
自分で言ったんだから、仕事はちゃんと片付けろ。
出来なかったら不戦勝で俺の勝ち」
「……言うようになったじゃん」
「ですがシルヴァ様が正論です。
さあ、ご自分で仰られたのですから言い訳は聞きませんよ?」
「分かってるって。じゃあ午前中はルナさんとごろごろしてればいいよ。
後で恥かかすんだし、今のうちに甘えとけば?」
ふん、とそっぽを向いて去っていくセイは一体いくつなんだと言いたくなるような子供っぽさだ。
シルヴァに精神年齢が引き摺られて、それだけじゃおさまらずにシルヴァ以下になっている気がする。
そんなことを考えながらジークを連れて歩くその背を見送っていれば、くいと手を引かれた。
顔を上げると手を引いた当人である我が弟子は眉を下げてこちらを見つめている。
「どうしたんだい、シルヴァ?」
「……ルナとの約束だったのに、午後はセイルートと勝負することになったから」
「うん?……もしかして、約束を破ることになったって気にしているの?」
「ん。確認もとらなかったから」
本当に生真面目で真っ直ぐな子供だ。
別にそんなこといいのに。
「構わないさ。君の成長ぶりが見られたからね。
それにセイと君の戦いも少し楽しみになったかな」
「?」
首を傾げるシルヴァに引かれた手を逆にこちらから引いて部屋へと戻る。
ここにいたら片づけをする使用人達の邪魔になりそうだし。
「君は成長したんだなって思ったんだよ。
さっきセイに対して言った内容もそうだし、昨日は昨日で一人であの頑固爺と張り合ってきたしね」
室内に入ってそう小首を傾げれば、シルヴァはむうとやはり眉を寄せた。
彼なりに今日はともかく昨日の事は気に入らないというか、あまり納得はいっていないようだ。
「でも、帰ってきてすぐ疲れて寝たから、あんまり……」
「あはは、いいじゃないか、可愛らしくて」
シルヴァは本部から帰ってきて少し私と話をしているうちに自分が寝てしまったと思っている。
―――いいや、そう記憶している。そんな記憶を私が植えつけた。
本当に、可愛らしいと思うよ。そんな風に全てを信じる君が。
「それに夢見も悪かった」
「うん?そうなの?」
それは初めて聞いた。
でも確かに起きてすぐの彼の様子は少しおかしかったかもしれない。
……術に、何か不備があったのかな。
彼の精神に悪影響を及ぼしていなければいいだなんて、記憶の改竄を平気でする私が言える事じゃないけど、記憶の魔術は複雑だから。
一番術をかける対象に害が及びやすいし、少し操作を誤れば相手の人格すら変えてしまう恐れがある。
いつもはなるべく冷静に、時間をかけて術をかけるけど昨日は私も焦っていたから。
もしかしたらシルヴァの中で術が変な風に作用してしまったかもしれない。
彼の人格が変わってしまったり、必要のない記憶の消去がなされてしまっていたら、それは、嫌だな。
「………ねぇシルヴァ、私と君はいつ出会ったんだっけ?」
「?ルナ、急にどうかした?
俺がルナに拾われたのは今から五年前の春」
「……じゃあ、君が初めて一人で依頼を片付けたのは?」
「ん、と……弟子になって三年目。山籠もりから降りた後。
でも一人じゃなくて、じつはルナがずっと隠れて見てた」
じとりと、恨みがましいような気恥ずかしそうな視線を向けられ苦笑する。
どうやら大抵の事は憶えているみたいだし、問題はないのかな。
「だって流石に心配だろう?
君はまだたったの11歳だったんだから」
あの時はまるでは◯めてのおつかいスタッフにでもなったような気分だった。
勿論あんな大人から見たらバレバレの変装とかじゃなかったけど。
弟子に気づかれないように姿と気配を隠しながら尾行したりとか、さ。
「でも、俺としては複雑」
「おや、酷いな。……ねぇシルヴァ、もうひとついいかい?」
「?」
「私の年は何歳くらいだと思うかな?」
「………難しい、質問」
私の問いにシルヴァの表情が強張った。
―――まさか、こっちは憶えている?
記憶の消去と改竄はやりすぎたんじゃなくて、足りなかったんだろうか。
「前、オルドの受付のレイラが言ってた。
女の人の年はすごく注意しないといけないって。
本当に思ってるより若く言わないと怒るから」
「………っぷ、あはは!
なんだ、………ふふっ、そういう、ことか」
「………!で、でも、ルナのこと若くないなんて思ってない!
ルナはその……少し、顔立ちが幼いし、高く見積もっても、23とか、むしろ17で成人前と言われても、納得する!」
私の笑いをどうとったのか知らないけれど、シルヴァは焦ったように弁明した。
どうやら私の魔術はきちんと効いているらしい。
今のところどこにも問題は見当たらない。
……でも、成人前っていうのはどうなんだ。
流石にそれは若すぎるというか、そこまで幼くはないつもりだけど。
確かに人種的に日本人は幼く見える顔立ちをしているが、私は同年代から見ても大人っぽいって言われてたのに。
「ふふっ、別に怒ったりしないよ。
可笑しな事を聞いて悪かったね。それと、私はちゃんと成人してる」
「……それは、分かってる。お酒もよく飲んでるし。
でも、ルナはすごく若く見える、と、思う。年齢は知らないけど…」
「うん、教えていないしね。
レイラの言った通り女性にとって年齢というのはなかなか大きな問題なんだ」
「ルナは秘密が多い……」
そうかもしれないね。
でも一度はその秘密を教えてあげたんだよ?
私は君達が大嫌いだって。それを忘れたのは君だ。
君に忘れさせたのは私だけれど。
「ふふ、秘密は女を美しくするって、私の故郷の有名な女性が言っていたからね」
「別に秘密なんてなくてもルナは綺麗」
「おや、嬉しいことを言ってくれる」
「………ルナ、今日、髪をいじってもいい?」
流した私に、弟子はそれ以上の問答を諦めたようだ。
その選択は正しいだろう。
だから私もちゃんとそれにのってあげる。
「うん、それは構わないけれど」
「ありがとう。今日、午前中だけになったから、外出とかは諦める。
セイルートの言った通り部屋で過ごしたい。
ルナの髪を結って、さっきみたいに、思い出話がしたいって思った」
「そう。君の望むとおりに。
ただ、髪型はあまり寒くないもので頼むよ」
「任せて」
このタイミングで思い出話だなんて、彼なりに何か思うところでもあったのだろうか。
それともやっぱり魔術がうまくかかっていない?
―――なんて、思い過ごしかな。年を取ると疑り深くなってしまっていけない。
鏡越しに見えるシルヴァの表情は穏やかだ。
そして表面上は、私も。
「ルナ、髪を縛るのは何を使う?」
「……君の好きにするといい」
ううん、私の心も穏やかになっているのかもしれない。
シルヴァに髪を結われるようになってから、彼は色々な髪飾りを私の為に買うようになった。
彼のバッグにはその為だけのスペースが用意されるくらい(外ポケットや内ポケットなど、収納スペースによって亜空間もわけてあるのだ)。
任せた私に、シルヴァは少し考えつつバッグから二つの物を取り出す。
金色と、銀色のリボン。
セイとシルヴァ、二人からそれぞれ贈られたもの。
「……どっちがいい?」
難しい質問だった。こんな風にするのは狡いと思う。
きっとどっちを選んでも、選ばなかった方は少し悲しそうにするんだろうと、私は予想できるんだから。
「君は随分と意地が悪くなったようだね。
………そうだな、どっちも使ってくれるかい?」
「……どっちも?」
「そうだよ」
驚き止まった彼の手からリボンをとって、二重にして空中で結ぶ。
私はそれほど器用でもないからリボン結びが限界だけど、私の弟子は違うだろう。
落ち着きのある金と銀が両方外から見えるように工夫する。
うん、真逆と言っていい色合いだからどうなるだろうかと思ったけど、結構いけるじゃないか。
「こんな風にして欲しいな。
縛り方は君に任せることになるけれどね」
「……ルナは、金色を選ぶかと思ってた」
「どうして?」
「……だって」
それきり黙り込むシルヴァに息を吐き目を伏せる。
「君がそう言うのなら、金にしようか」
「……駄目!金だけなのは、駄目。ふたつでいい」
「そう。じゃあそうして。ほら、ね?」
この言い方は狡かっただろうな。
でも分かっていても、私には答えなど導き出せないし導き出そうという気さえない。
そしてシルヴァもそう思う理由を明かさないのなら、きっとこうするのが一番楽だ。
「ルナは、俺の事を分かってないみたいで分かってる」
「褒めてくれているの?
ありがとうと、言っておこうか」
伏せていた目蓋を上げ鏡越しに見るシルヴァは困ったような嬉しそうな顔をしていた。
そんな顔をする必要はないのにね。
「ルナはいつも俺の事を分かってくれてる。
あんまり顔も動かさなくて、分かりにくいって言われるのに。
小さい頃なんか、きっと俺はもっとよく分からなかったと思う」
「そんなことはない。
きっと小さい頃の君が一番素直だったよ」
小さな表情の動き、触れる手の強さ、視線の向かう先。
その全てが自らの欲求を、願いを、望みを示していた。
それこそいつかの私の様に。
前、セイにはシルヴァを拾った理由はジョーカーに感じたような仲間意識ではないと言ったけど――彼を拾ってからの日々はそうじゃなかったのかもしれない。
だって一人きりで、何もかも許されない姿が私みたいだったから。
それに辛く当たるのは私にそうした“聖国”の人間達のようで嫌だった。
だからきっと、私はこの仔狼にうんと優しくしたんだ。
「ルナは不思議。そういうことを言う人は、少ないと思う」
「そうかな?」
「ん」
シルヴァの手が優しく髪を滑っていく。
「ルナ、ルナはどうして俺を拾ってくれた?
弟子にしてくれたのは俺が望んだから。でも、あの時拾ったのは?」
「どうしてって、道端に幼い子供が落ちていたら気になるじゃないか」
「………そう言われたら、そうかもしれないけど」
でもだからと言ってわざわざそのまま連れ歩くまではしないのではないか。
そう私の弟子は言いたいんだろう。
確かに私は自分自身来るもの拒まず去る者追わずのスタンスを貫いているから、その疑問は尤もだ。
「君が暴れて、だから私は君が着地ができるものだと思って手を離した。
なのに君ときたらそのままベシャリと地面にぶつかって気を失ってしまっただろう?
流石の私も責任を感じるさ」
「…………」
背後の弟子ががっくりと肩を落とすのが鏡で見えた。
どうやら昔を恥じているらしい。
でも今となってはなかなか可愛らしい幼少期だと思う。
「それに、君には話したけれど私は黒が好きだ。故郷の色だから。
――君は、気分を害するかもしれないけれど、君をあの時拾ったのは君の瞳が薄墨で、暗い森の中で普段よりもっと黒に近く見えたからというのもあるんだ」
きっと今までの私なら話さなかっただろう真実。
それを語ったのは単純にシルヴァの前に望まれた本当の私を見せて欲しいというものに沿った行動なのか、それとも私が彼を近しく感じているからか。
でもそんな私の中の欠片さえ見えもしない真実よりも、これから見えるこの仔狼の反応の方が私にとっては重要だ。
君はどんな顔をするのかな。悲しむのか、怒るのか。
「………」
でも、シルヴァは何より驚いたようだった。
「すごく、ビックリした顔だね」
「……ん。驚いた。ルナがそんなこと言うって、思わなかったから」
「ごめんね。気を悪くしたかい?」
「ううん。逆に嬉しい」
「え?」
やっぱりこの子供は、私の予想もしない反応で私を戸惑わせる。
「たぶん今までのルナなら黙ってたはずだから。
それを言ってくれたのは嬉しい。
ルナが前俺が望んだ通り、ルナの本当を少しずつ見せてくれているということ。
だから嬉しい。それに目がこの色でよかったと思う」
「……変なの。君は、すごく変だ」
「最近ルナは俺によく変というけど、俺にとっては全然変じゃない事」
「私からしたらすごく変なんだ。
……まあ、この話は別にいいんだ。
君の話でもしよう?話を変えさせてもらって悪いけれど。
君は瞳の色がそれでよかったと言ったけれど、銀狼は皆その色じゃないのかい?」
「………そういうのは、狡い」
「大人の話術というやつだね」
にっこり笑ってそう言えば、シルヴァは困った顔をした。
こういう所はまだ子供で、安心する。
結局彼は諦めたのか少し拗ねた顔で髪をいじりつつ口を開く。
「生まれてすぐ滅ぼされたからうろ覚えだけど、瞳の色は皆違った。
けど髪は皆銀色。それが銀狼という種族名の由来だから」
「ふーん、じゃあ君の瞳は銀狼の色じゃなくて君の色なんだね。
……こう言っていいのか分からないけど、とても綺麗だと思うよ」
「嬉しい。ありがとう。ルナの紫と黒も綺麗」
「ふふっ、ありがとう」
ただ瞳の色を褒められるのは、そんなに嬉しくないな。
別に紫が嫌いなわけじゃない。暗がりなら黒く見えないことも無いし。
でもやっぱり、私の本当の瞳の色は黒だから。
それは流石に彼に言いはしないけれど。
「君の両親はどんな色の瞳だったんだい?」
「……そう言えば、母親はセイルートみたいな真っ黒だったかもしれない。
父親は目も銀色だったけど。……たぶん。
ルナは、真っ黒な目の人が気になる?」
シルヴァの言葉は過剰に反応してしまった私を分かっての事なんだろう。
だって、漆黒の瞳だなんて。
この世界には、日本人のような黒い瞳を持つ人間がいない訳じゃない。
赤とか青とか金とか緑とか、確かに奇抜な(それこそカラーコンタクトのような)色の人間が目立つけど。
でもいない訳じゃないんだ。私だって今までに何人か、そういう人間と出会っている。
そしてそういう人達はもしかしたら同胞の生まれ変わりなんじゃないかって、私はどうしても期待してしまうんだ。
だから何だって望みを叶えたくなるし、妙に愛おしく感じてしまう。
勿論その人間達が同胞の魂を持っているかなんて、私には分からないのだけど。
「うん。ねぇシルヴァ、君は知っているかな、輪廻転生という考え方のこと」
「輪廻、転生……?」
「そう。生まれ変わり、というようなやつだ。
この世界はね、世界で死んだ人間の魂をずっと離さない。
死んだ人間の魂は生まれ変わってまた別の体に宿るんだよ」
「それを、ルナは信じてる?」
「うん。そして私の故郷の人は皆黒い瞳と髪を持っているから。
そのどちらかひとつでも持っていると、故郷の人の生まれ変わりなんじゃないかなって、どうしても思ってしまうんだ。
私は私の故郷がとても大切で、愛おしいから。
そうなのかなって思ったら無条件でその人達の望みを叶えたくなる。
その人達の為に、私に出来ること全てをしたくなる。
私の力の全てを捧げたってまだ足りないくらい、それくらい強く多く深く、その人達のためになることをしたい。
………ごめん、おかしいよね。よく言われるんだ、故郷を大切に思い過ぎているって」
話を止めて我ながら情けなく笑ってみせたのは、これ以上は語りすぎてしまうと分かったからだ。
あの世界の事となると熱くなってしまう。
そんな自分を自覚しているから、ちゃんとここでストップをかけないといけない。
この気持ちは私だけのものだから、この世界の人間なんかには知られたくないんだ。
でもシルヴァは笑ったり戸惑ったりせずに真剣な表情で首を振った。
「故郷が大切なのは、普通の事。おかしくない。
輪廻転生というのは初めて聞いたけど、それをルナが信じてるなら俺はそれでいいと思う。
それにルナがどうしてそんなに黒い髪や瞳の人が気になるのか、教えてくれたのが嬉しいから」
「……君は、簡単に嬉しいというね。
こんなことでそんな風に喜ぶ事なんてないのに」
それにここで嬉しいのは、きっと私の方だ。
「簡単じゃない。少なくとも、俺にとっては。
俺はもっとたくさんルナの考えてることとか、感じてることが知りたい。
――――できた。ルナ、どう?」
鏡越しにシルヴァがあたたかく微笑む。
また、そんなおかしなことを言う。でもこれで話が一区切りしてよかった。
少しうねる髪はシルヴァの魔術によるもの。
熱を手に纏わせてアイロンがわりにした結果だ。
少し前に私が目の前でやって見せて、興味を示した彼が頑張って一日で覚えたもの。
魔術による熱で、同時に魔力で髪の補強も出来るからあまり痛まない。
元々私の髪はもう殆ど余程のことがない限り痛むことがなくなってしまっているのだけれど。
片耳の上で複雑に髪と一緒に編まれたリボンは花の形を象って結ばれている。
その先も同じようにくるくると遊ばせて、シルヴァは少しだけ残念そうにした。
「もう少しリボンが長かったらよかったけど、これでも可愛い」
「……もう少しって、どれくらいだい?」
「肩につくかつかないか、くらい…?」
それくらいなら伸ばせる。
指を鳴らしてシルヴァの望むとおりの長さにリボンを変えれば、背後の彼は目を瞬いた。
「………」
「ふふ、私に出来ないことは少しだよ。こんなものでいいかい?」
「う、ん。……どうやった?」
「内緒だ。私にしか出来ない事だと言っておこう」
これも神に持たされた必要のない呪いのひとつだから。
でも君を喜ばせることが出来たのなら無駄ではなかったのだろう。
「さて、今度は君も座って話をしよう。
昼食まではまだまだ時間がある。
君の望んだ昔語りも、まだ殆ど終わっていないからね」
わざわざ今日、仕事を強引に終わらせてまでシルヴァとの手合せを求めたセイの考えは分かっている。
きっと昨日の事を私に聞くだけじゃ埒が明かないと思って、シルヴァの方から攻めるつもりなのだ。
そんなことしたって無駄なのにね。
シルヴァは色々な事を忘れている。だから何を言ったって無駄だ。
もしかしたら私が彼に禁術を使ったことはバレてしまうかもしれないけれど、それだってセイにはどうすることも出来ないから。
たぶん彼はこの事を知っても、私を怒ったり責めたりはしないだろう。
それが少しだけ苦しくもあるけど、それ以上に呼吸が楽になるから、そしてそんな私の思いを知っているから、セイはただ悲しそうに笑うんだと思う。
でも、それはもう少し先の事だ。
今くらい先のことも自分の中にある真実も考えずに昔語りに興じることを許されたい。
「ん。……ルナ、言い忘れた」
「何を?」
「可愛い。綺麗」
「おや、どうしたんだい?」
「ジャックが言ってたことに従った。
思ってすぐに褒める。そうしないと嘘くさくなる」
「ありがとう。―――君は本当に、可笑しな子だね」
だから私はこうして逃げたくなってしまうのかもしれないね。




