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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の本当
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2-5*

Side:Seilute




一瞬のうちに転移でこの場から立ち去った(ルナ)さんに、俺は思わずあちゃーと呟いた。

正確には見事に置き去りにされた彼女の弟子であるミカン箱……ではない、シルヴァ君に向けての言葉だけれど、それを言うと彼がもっと落ち込んだり隣のジークに睨まれそうなので止めておく。


「行ってしまわれましたね」


「まあ昼過ぎには帰ってくるって言ってたし、それまで気長に待とうよ」


「………」


なんかシルヴァ君がじっとりした目でこっちを見ている。

耳と尻尾は月さんが消えた瞬間に仕舞い込まれたけど、たぶん出ていたら両方毛が逆立ってるんだろう。

彼には敵視されてるんだよなぁ。

ジークにはなついてるみたいだし、やっぱり月さん関連の嫉妬なのだろうか。


「そんな睨まないでよシルヴァ君。

ルナさんの弟子の君とは仲良くしたいんだ」


これは俺の正直な心境だ。

月さんが久しぶりに“王国”に――と言うか城に立ち寄ってくれた今、彼といい関係を築かなければシルヴァ君が月さんの弟子である間一切城に顔を出さない、なんてこともあり得る。

月さんは大抵のことなら何でも望みを叶えちゃうから。

でも俺は、それじゃ寂しい。絶対に嫌だ。

電――念話もいいけど、やっぱり直接会ってゆっくり話したいし。


「別に、睨んでない」


けれどそんなことを言いながら、シルヴァ君は顔を背けた。

これはなかなか、親しくなるのに時間がかかりそうだ。


「親密な関係になるにはしばらく時間がかかりそうですね」


耳元でジークが思ったそのままを楽しそうに囁いた。

仲良くなったからって余裕の態度だ。

自分だって最初の頃、月さんのこと嫌ってるのを隠そうともしなかったくせに。






***






俺が久遠月―――月さんに会ったのは、“セイルート”になってから三年ほどたった頃。

そう、丁度農地改革をやりとげた辺りだった。

その日はやけに意識がピリピリしていて、その頃から乳兄弟として長い時間を共に過ごしていたジークでさえも鬱陶しく感じていたのを今でも覚えている。


昔の俺は自分が異世界に転生したことによってどこか選ばれた英雄(ヒーロー)気取りで、そのくせ自分のことを分かってくれる同じ様な境遇の人間がいないことを心細く思っていた。

今じゃ冷静にただの中二病だって過去の自分を振り返ることが出来るけど――訂正、やっぱり人生の汚点だ。闇歴史だ。

まあともかく、俺は自分のいる立場やそれに対して感じていることへの共感者が欲しかったんだ。

そこへ並み居る護衛の兵達を蹴散らして、彼女が現れた。


「……君が、“王国”の第二王子?」


足首まで届くんじゃないかというぐらいの長く艶やかな黒髪を揺らす彼女は、孤独を宿した紫の瞳で俺を見つめた。

そして目と目がしっかりと交わって、その瞬間わかったんだ。

――俺達は“同じ”だって。


「……名前は?」


(ルナ)


熱に浮かされたような気持ちになって、ただ短く名前を聞いて。

懐かしい発音に、心がじんわり温かくなった。

俺は一人じゃないんだって、何より明確に感じることができたから。

そして、彼女は。


「月、さん」


名前を呼んだ、ただそれだけなのに、月さんは今にも泣きだしそうな顔をしたんだ。

俺も彼女も均等に手を伸ばして体で互いの存在を感じあった。

一緒にいたジークの存在なんか端から頭になくて、ただ馴染んだ黒が嬉しかった。

そして俺の耳元で囁く声が、愛しかった。


「ねぇ、君の……君の名前は?」


「セイルート。いや、誠司、だよ」


「誠司――君は、(セイ)というんだね」


彼女があんな表情をした理由が、正しく理解できた。

この世界には俺達の名前をきちんと発音できる存在はいないから。

胸がいっぱいになって、俺達は年甲斐もなくただお互いに縋っていた。


「セイルさまから、はなれろ!」


そして意識がようやく現実に立ち返ったのはそんな舌足らずな声が近くで響いた時。

それまで呆然とただ様子を見ているだけだったジークが、跪いて小さな俺の体を抱き締める月さんを精一杯叩いていたのだ。


「止めろ、ジーク」


「どうしてですか!こいつはふしんしゃです!

しろのへいしをたおしたわるいやつですよ!」


「この人は……」


何と説明すればいいのだろう。

俺は困ってしまった。

彼女とはその時が確かに初対面だったし、俺は自分が転生者であることを誰にも言うつもりがなかったから関係性を問われても明確な答えなどなかったんだ。

そして言い淀んでいるうちに同じく冷静になった月さんは立ち上がって、感情を感じさせない硝子玉のような瞳で自らが入ってきた扉を振り返った。

そうするとまるで人形か何かのようで、俺はなんだか悲しかった。


「………私のことはこれから来る侍従が話してくれるよ。

今日は君に会えてよかった、誠。

また来るから、その時は君の話を聞かせて」


誠、と彼女は切なく優しく、俺の名を呼んだ。

そしてまるで幻のように目の前から消えてしまう。

慌てて手を伸ばしたけれどそれは一瞬で、俺の手は何も掴めずに空を切った。

同時にこの世界での親父――“王国”国王の、直属の侍従がかなり慌てた様子でやってきて月さんの所在を聞いてきた。

その時に俺とジークは彼女がギルドランクSSの冒険者であること、“王国”は彼女に借りがあること、他国はもとより“王国”にとっても特別な存在なのだと教えられた。

ジークは驚きを露にして不満そうだったけれど、俺にしてみれば彼女の立場や経歴が凄まじいことはある種当然だった。

だって彼女だってどのような手段でこの世界にやってきたにしろ、何かしらの力を持っているに決まっているのだ。

この時点で俺は自分の体にある強い力を自覚できていたから、その結論に至るのも当たり前で。

彼女はやっぱり俺と同じ。

それが嬉しくて、その日から俺は彼女が言った“その時”を心待ちにして毎日を過ごした。






そして、それは最初の出会いと同じく突然やってきた。


「誠」


彼女の声、彼女しか表せない音、彼女しか呼ばない名。

それが響いて、俺は手に持っていた羽ペンを放り投げた。

俺の執務のために用意された部屋の扉に立っていたのは笑みを浮かべた親父の侍従と、反対に不機嫌を隠そうともしないジーク、そして待ち望んでいた彼女。


「月さん!」


「今日はきちんと国王に許可をもらってから来たんだ。

君と、たくさん話したいと思って」


「……俺も。俺のことも話したいし、月さんのことも聞きたい」


月さんはどうやってこの世界へやってきたのか、今までどんな風に過ごしてきたのか。


「うん。――さて、案内ありがとう。私は彼と二人だけで話したい」


月さんは二人を振り返りそう言った。

心得た優秀な侍従は嫌がるジークを半ば無理矢理、引きずるようにして去っていき、それを確認した彼女は扉を閉め、更に鍵もかけた。

当然だ、俺達の話は誰にも聞かれたくないものだから。


「……鍵もかけたし、魔術で結界も張った。

私の魔術を解ける人間はこの世界(・・・・)にはいないから、誰にも盗み聞きされる心配はないよ。

――改めて、初めまして。私は久遠月といいます」


「俺は草薙誠司。

久遠さんはどうしてこの世界に――」


「……落ち着いて」


矢継ぎ早に問いを重ねようとした俺の言葉は、唇を軽くおさえる彼女の指に塞き止められた。

この時の俺は、がらにもなく焦っていたのだ。

またいつ立ち去るかわからない彼女のことを少しでも多く知ろうとして。

月さんは一度断って俺を抱き上げると部屋のソファに座らせ自らも隣に腰を下ろした。

そして何もないところに手を突っ込んで、そこからグラスとボトルを取り出したのだ。


「四次元ポケット、だよ」


悪戯に微笑んだ彼女はグラスに飲み物を注いで俺へと差し出した。

その中身はこの世界にはない炭酸飲料で、ひどく驚いたことを覚えている。

あの頃から月さんはあちらの世界のものをこちらの材料で作っては郷愁の念を紛らわせていた。


「私のことは月で構わない。敬語もいらないよ。

その代わり、私に君を誠と呼ぶことを許してほしい。……いいだろうか?」


「そんなの、勿論だよ」


「ありがとう」


俺達はグラスをあわせ、暫しの間無言でお互いの間に流れる独特の懐かしい空気を味わった。






「……さて、今更だけど確認させて欲しい。君は日本人だよね?」


小さく息をついた月さんは、穏やかな沈黙を裂くように口を開いた。

きっと本当は彼女だって初めて会った時から色々聞きたくてたまらなかったんだろう。


「うん。俺はたぶん、転生者ってやつなんだと思う。

元々日本ではその辺にいる高校生でさ、下校途中で車に轢かれて、気づいたら赤ん坊になってた」


「転生、か……私は君と違って召喚された身の上だよ。

当時はやっぱり誠と同じ高校生で、道を歩いていたはずなのにいつの間にかこっちにいた」


「俺達の他に日本人って…」


「……いないよ。一人もね。

私も君に会うまで色々な国を回ったけど、会えたことはなかった」


「そっか……」


彼女は召喚者、俺は転生者。

その時は俺達の間に横たわるこの小さくて大きな隔たりに気がつかなかった。

彼女の言葉の端に滲む思いも分からず、俺はただ自分のことばかりに目を向けていたから。


「――あ、召喚って言ってたよね?

ってことは月さんを喚んだ人がいるの?

いたとして他に日本人を喚んだりしてないわけ?」


「まあ、ね。それより誠はどうなんだい?

王子として生まれて、不自由とかはない?」


不自由。

上手くかわされたと思う。

そして今にして思えばそんなことにも気づかない自分が情けない。


「うーん、やっぱ城の外になかなか出られないこと?

ほら、俺って一応ここでは三歳だし、周りが過保護なんだよね」


「あぁ、そっか。誠は元々高校生だから年は――」


「十七だった」


「じゃあ精神年齢的に二十歳か。

……二十で幼児の真似って、なかなか苦しいね」


「それ言わないで。俺も心底そう思ってるから。

月さんはギルドに入ってるし、さっきの話でもいろんなとこ回ってるんだよね?」


彼女の言葉に軽くショックを受けながら、俺はある種異世界トリップの定番とも言えるギルドについて尋ねた。

きっとまだ自分が経験したことのない、“異世界”らしい物事が城の外にはたくさんあるのだろうから。

王子として生まれて保証された身分や安全な生活に感謝しつつ、そういった日本からはかけ離れた非日常が羨ましかったのだ。


「そうだね。一応この世界の四ヵ国は全部回ってみた。

あと戦闘もしてみたよ。

それこそファンタジーにしか登場しないようなドラゴンとかと」


「ドラゴン!てか魔物って滅茶苦茶強いらしいって聞いたんだけど」


「そこはやっぱりチートがあるから」


「やっぱりあるんだ、チート」


予想はしていたけれど、はっきりと肯定されて俺の心はわきたった。


「例えば私がこうしてこの世界の言語を話せていることだってチートの賜物だからね。

私は日本語を話しているつもりだけれど、他からしてみれば違うんだろう?」


確かに月さんが話しているのはこの世界の共通言語だった。

俺は生まれてから覚えなければならなかったが、召喚の場合は違うらしい。


「後は、そうだな……魔力と知識かな」


月さんが言うには、この世界の人間が束になってもかなわないような膨大な魔力を与えられ、それを扱うための知識も知らぬ間に備わっていたらしい。

この世界の魔術師は魔術を扱うには詠唱を覚えることを必須とする。

頭で覚えてさえいれば詠唱破棄なんかも出来るようになるらしいけど、彼女の場合は詠唱の記憶を必要とせず頭で想像するだけで魔術の行使が可能だと言う。

他にも例えばドラゴンを倒そうと思えばどんな魔法が有効で、何が弱点かがすぐにわかるのだとか。


「だから案外不自由や困ったことはないかもしれないね」


そう締め括った月さんは目を細めた。

そして何かを懐かしむような、悲しむような表情を一瞬で消して立ち上がり、俺に手を差し伸べた。


「……あまり昔の話ばかりしていても、仕方がないね。

それじゃあ君の不自由を解消するために一緒に外へ行かないかい?

私も、誠と一緒に改めてこの世界を見たいんだ」


俺がそれに頷きその手をとったのは、当然の反応だったと思う。






***






当時伏せられていたたくさんの彼女の事情は、すべてを聞いた今となっては俺のためだったとわかる。

きっとあの時に真実を聞いてしまえば俺は今こうしてこの国を、世界を憎みつつ少なくとも最低限大切だとは思えなかっただろうから。

でも同時に彼女の気持ちをすべて理解したいという感情も欲求も確かに存在していて、俺達はどこまでも相手に寄りかかり縋りあってしまいそうになるんだ。


「セイル様。ぼんやり考え込んでおらずに仕事をしてください。

ルナ様との思い出を懐かしむのは今でなくても出来るでしょう。

シルヴァ様に刺されますよ」


「……ははは、ジーク何言ってんの。

俺別にルナさんのことなんか考えてないし」


俺を回想から呼び戻した側近にゾッとする。

何で考えてることわかるかなぁ。

そしてシルヴァ君からの殺気がやばい。

自分だって勝手に距離とったりしてたくせに。

大方初めてのガッツリな嫉妬と、それに付随する月さんへの不満とかに戸惑ってたんだろうけどさ。

それで壁作ってみたはいいけどそれを簡単に月さんに察知されてそっちからも距離とられちゃって、寂しがってたところに過去の思い出(キャラメル)ご褒美(えがお)もらって簡単に壁崩壊、ってトコでしょ。

月さんってば本当タラシこむの上手い。

俺もジークもそのタラシ込まれた人間の一人だからあんまシルヴァ君のこと言えないけど。


「なら宜しいのですがね。

それで申し訳ありませんがセイル様が呆けていらっしゃる間に念話が参りまして、私は少々出て参ります。

安全面からセイル様にはシルヴァ様と二人でこの部屋に残っていただきますから」


「え、なにその死亡フラグ」


勿論暗殺者を警戒しての言葉じゃない。

言うまでもなくシルヴァ君だ。


「……別に、護衛対象に怪我はさせない」


「その発言が既に問題だからね?

それ俺が護衛対象じゃなかったら怪我させてるってことでしょ?」


「………」


「否定してよ!」


酷すぎる。俺ってそんなに嫌われてるわけ?

ジークは俺達のやりとりをニヤニヤ顔で見つめて(俺的な目線だけど。実際には真面目な顔してるし)立ち上がった。

席をはずすのは俺へのブラックジョークではなく本当のことらしい。


「では、昼までには戻りますので」


「あーはいはい、いってらっしゃい」


「それまで今ある書類をすべて片付けておくように。

シルヴァ様、セイル様がサボるようなら遠慮なく叱り飛ばしてやってください。

実力行使でも構いませんから」


「わかった」


二人とも鬼か。

月さんは一体シルヴァ君にどういう教育をしたんだか。

一礼して部屋から去ったジークの足音が遠ざかり、俺はシルヴァ君を見つめた。

あ、一瞬嫌そうな顔した。ショック。


「……シルヴァ君さぁ、俺のこと嫌いすぎでしょ。

どこがそんなに気に食わないわけ?

あ、ルナさん関連の嫉妬なのはわかってるから」


「全部」


「うっわ、それ本気の返事じゃん」


しかも返事に悩む時間が皆無だった。


「別にさ、俺の方が年上だからルナさんと知り合ったのが早くて当然だし、その分俺がルナさんのこと詳しいのも当然のことだと思わない?」


「その余裕が気に食わない」


「えー、余裕なんてないよ」


「それに話し方がルナに似ていて嫌だ」


それはテンションだとか言い回し的なことかな?

まあ同じ日本人だし元高校生だし、無理もない話かもしれない。

ジークに言わせれば俺の方が軽そうに見えるらしいけど。


「長い付き合いだからね。

あ、今すごい嫌そうな顔した」


「……俺の方がずっとそばにいるのに。

こんなのの何がいいんだ」


それ本人の前で言うかな。

大体、残念だけどその考え方から間違ってるんだよね。

うーん、あんまり話すつもりはないけど、ちょっとくらいのヒントならいいかな。


「ルナさんにとっては一緒に過ごす時間なんて関係ないと思うよ?」


「……?」


お、シルヴァ君が食いついてきた。

このままついでに助言をしたということで好感度も上げてしまおうという少し狡い考えとともに、俺は口を開く。

バレたら月さんに怒られそうだなぁ。


「ルナさん的には十年一緒にいるのも一日一緒にいるのも同じってこと。

あの人年月に興味ないし」


心当たりでもあるのか、シルヴァ君は眉間にしわをよせている。


「だからさ、シルヴァ君もこのままだと危ないよ?

ルナさんは必要ならちゃんと物事を切り捨てられる人だからね。

まあ基本は優しいから、頼りにされたら無下には出来ないんだけど」


彼女の心はとても複雑だから。

彼女にとって年月も他人の目もどうだっていい物。

自分と自分が大切にしている存在以外は全て同じだから。

そしてその大切な存在以外のモノで彼女が興味を持つのはひとつだけ。


「ルナさんにとって重要なのは“相手の望み”だけだから」


「………」


「あはは、そんな落ち込ませる気はなかったんだけど。

そういうわけだからさ、あんまり望みを叶えられっぱなしにならないようにね。

まだまだルナさんと一緒にいたいなら」


とは言っても、このままが続くなら彼は月さんに捨てられるんだろう。

あ、言い方が悪いか。

一人立ちさせられる、とでも言った方がいいかな。

彼女はあまり一人の人間と一緒にいたがらない。

俺としてもどうにかしたいけど、仮にも王子だし。

俺が平民か、“王国”を継がなければきっとずっと月さんの傍にいたのに。

でも俺はこの国を継ぐって決めたから。

月さんが少しでも穏やかに過ごせる場所ってやつを作りたくなっちゃったんだよね。

だって国なら、俺が死んだ後もずっと残る。

俺はこの“王国”を、あの人にあげたい。

そのことは本人には内緒にしてるから、月さんは俺がこの国を真剣に守りたいって思ってるって勘違いしてるんだろうな。

あの人案外鈍いし。

月さんは笑ってそうか、って言ってたけど………あれ?


「それで言ったら俺の方が距離おかれる確率高いじゃん」


「?」


「あ、ごめん、独り言」


つい口に出しちゃったよ。

うわー、何で気づかなかったんだろ。

月さん国とか滅茶苦茶嫌いだし、え、これ絶縁フラグ?

いやいやいやいや。

月さんすっごい心広いし平気だよねきっと。うん、信じてる。


………でもやっぱり、後で二人だけになるチャンスあったら聞いてみよう。

月さんってあれであんまり本心明かしたがらない人だし、なかなか骨が折れそうだけど。

昔、彼女の過去を聞き出した時もそうだったなぁ。








***






「……はぁ?私が召喚されてからの話?」


俺と月さんの二人しかいない室内で、彼女は珍しく思いきり顔をしかめた。


「そうそう。俺があんなにイタくて恥ずかしい時期をさらけ出したんだからさ、月さんだって教えてくれてもいいじゃん」


彼女と出会って約七年、その間にたくさんのことがあった。

月さんには俺の中二な英雄ごっこも見られたし、号泣してるところを慰められもしたし、うん、ともかく本当に恥を晒した。

でも彼女はいつだって泰然としていて、動揺したところだって殆ど見たことがない。

そもそも表情が主に笑顔ってできた人間過ぎるでしょ。

そして何より俺は、月さんが巧妙に会話を運ぶことで自分の過去を話さないようにしていることにもう気がついている。


「まあ確かに、君はなかなか痛々しかったよ。

私にしがみついて声をあげて泣き叫んだ時にはジークもかなり驚いていたようだしね」


「俺の心のヒットポイントがどんどん削られてくんだけど」


「ふふっ、いいじゃないか。

あのおかげで彼は私を認めてくれたようなものだ」


確かにあれ以来、ジークは今までが嘘のように月さんになつき始めた。

ルナ様ルナ様と後を追い、自分の邸へ連れ帰られる時は珍しく駄々をこねていたし。

……って、また話をそらされてる。


「だからさ!月さんの、昔の話!

日本の話はもう殆ど聞いたし、そろそろ話してよ。

……それとも、俺のことまだ信用できないわけ?」


月さんってこう見えて警戒心が強い人だと思う。

いつも笑顔だから、余計に。

でも俺としてはもう月さんは家族以上の存在だし、信用されてないっていうのは寂しい。


「……別に、そういう訳じゃないよ。君は私の、大切な同胞だ」


下を向いた俺の耳に月さんの優しい声が響く。

こんな声を出すなんて狡いと思う。

俺が我儘を言って彼女を困らせてるみたいだ。

確かにこれは、ただの我儘なんだろうけど。


「でも、だからこそ君にはあまり話したくないな。

誠、君はこの前の事件で明確にこの世界で生きる意思を持ったはずだ。違うかい?」


彼女の言う“この前の事件”とは、俺が彼女に泣いて縋る原因となったあの出来事だろう。


俺がずっと心の底では分かっていて、それでも知らないふりをしていた真実に気づいてしまった事件。

それによってようやく確かに俺のいるこの世界が虚構でもなんでもなく、人々が日々の生活を営む“現実”なのだと痛感させられたのだ。

そしてこの場所で俺は、セイルートとして生きていかなければいけないと思った。

月さんはそれを感じ取っていたのだろう。


「……確かに俺は、ちゃんと“王国”のセイルートになろうって思った。

でもそれとこれとは関係ないじゃん」


「そうでもないよ。

私は出来れば君の決意を揺らがせたくはないんだ」


「……やっぱり、召喚されたとき何かあったんだ」


確認するように言えば、月さんはあからさまにため息を吐いた。


「わかっているなら聞かないでくれないかい?

君だって聞いて気分の悪くなる話は嫌だろう」


「でも俺は、話して楽になった部分もあったんだよ」


ふと、月さんが表情を消して俺を見つめる。

たぶんここが踏ん張りどころだ。

今俺は誰よりも彼女の傍にいて、その心の扉の目の前に立っている。

俺の拙いノックで、彼女は扉を開いてくれるだろうか。


「本当はあの事件だって、俺が全部背負わなきゃいけないことだった。

でも俺は月さんに縋ることでその重荷を月さんにまで背負わせたんだ」


「別にそんなことはないさ。

君はきちんと負うべき荷を十分すぎるほど抱えている」


「でも話して俺が楽になったのは事実なんだよ。

これは俺の自覚的なものだから、月さんには否定できないよね?」


「肯定もできないけれどね」


ああ言えばこう言う。

なんてもどかしいんだろう。

ねぇ、俺は貴女に縋ったよ。

だから月さんも、俺に重荷を預けて。

貴女がこの世界の話をする時、あちらの世界の話をする時、その瞳が悲哀と憎悪に翳る事、俺がずっと気づかないと思った?

そんな事ない。だって俺達は同じ世界の人間だ。


「どうしても、話して欲しいんだ。

月さんの哀しみとか憎しみを完璧に共有することは出来ないと思う。

でも、教えて欲しいんだ。

俺は貴女の過去じゃなくて、心を知りたいから。

――これって、望みでしょ?」


彼女が息を呑む。

俺は今まで、一度だって月さんに何かを望んだことはなかった。

ずっと同じ場所に立っていたかったから。

でもそんな俺のこだわりなんてもうどうだっていいんだ。


「……酷い人だね、君は」


月さんは困ったように、いっそ泣きそうな顔をした。

絞り出すようにそう告げる。

そんな顔をしないで欲しいという思いと、俺の前でだけはそうしてすべてを曝け出して欲しいという感情が同時に湧き起って、辛い。


「君だけは私に何も望まなかったのに。

ようやく求められた内容がそんな――酷くて、優しいものなんて」


「月さん……」


再び紫の瞳を開いた彼女は、酷く疲れた表情をしていた。

そんな顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、もう退くわけにはいかない。


「そんな顔をしないで欲しいな、誠。

話す。話すよ。……でも、勘違いをしないで。

私は君が望んだから過去を話すんじゃない。

さっきのは望まれたことには絶対カウントしないからね。

君になら話してもいいと思ったから話すんだ。

――聞いてくれるかな、誠司?」


「……うん、勿論。

ごめん、ありがとう月さん」


彼女の言葉に嬉しくなって、胸がいっぱいになる。

ようやく笑みらしきものを浮かべることができた俺に月さんは長くなるからと、いつかのようにグラスを差し出した。











そして語られた彼女の過去は、壮絶なものだった。


「………あぁ、随分遅くなってしまったね。

私の話はこれで終わりだよ。

この後私は(るな)からルナになった」


俺に背を向けて硝子越しの空を見つめる月さんに、震える唇でどうにか声を出した。


「……ほん、とに?」


「嘘を言ってどうするんだい?

流石にこんな真剣な空気のなかで大法螺をふけるほど度胸はないよ」


「違うよ。そういうことを言ってるんじゃない……

月さんだって分かってるだろ?」


どうしてそんな、何でもないことのように笑みさえ浮かべて言葉を紡ぐのか。

月さん、貴女はずっと知ってたんだろう。

俺と貴女、同じ様で全く違うその差異に。

けど俺はそんなことには全く気づかずに、馬鹿みたいに笑って、泣いて、悩んで、そして貴女を一人にした。


「……どうして泣いているのかな?」


「……月さんが、泣かないから。

ごめん。俺、泣く資格ないのに」


子供の体は涙腺が緩くて、涙がボロボロと簡単に零れる。

月さんは苦笑すると俺の頭を撫でた。


「そう。ありがとう。

君は少し思い違いをしているようだけど、私は一度だって君を恨んだことも羨んだことも、妬んだこともないよ。

それに、君とこうして出会えてよかったと思っている」


「………」


「君の存在は私の歯止めのようなものだ。

君がいるから、一人じゃないと思えたから私は今もこうしていられる。

この世界を憎しみながらも、壊さずにいられるのだしね」


そうだろうか。

俺は本当に、貴女の役に立てているのだろうか。


「この話を聞いて、きっと君の決意は揺らいだだろう。

でも君ならきっと、改めていい選択ができると信じているよ」


「……月さんてさ、ほんと、何でもお見通しだよね」


確かに俺の決意は揺らいだ。

この世界でセイルートとして生きる。

それで本当にいいのだろうかと、考えが根本から覆されそうになったから。

でも、それでもやっぱり貴女の話を聞けてよかったと思うんだ。

俺は月さんがそうであるように、貴女のただ一人の理解者であり、拠り所でいたいから。


「でもそうだね……君と出会って、一つだけ悪いことがあった」


「なに?」


「……君が」


彼女は囁くように言った。


「誠が死んで、一人になってしまったらどうしようって、私はずっと不安で堪らないんだ…」






***






「……わっ!」


突然座っていた椅子が揺れて、俺は意識を強制的に過去から現在へ呼び戻された。

顔を上に向ければ、無表情のシルヴァ君がこちらを見下ろしている。

どうやら後ろから椅子を蹴られたらしい。

この椅子結構値段するんだけど。


「仕事をしろ」


「……はい」


ついに命令形で指図され、唯々諾々と彼に従う。

何だか月さんとのことを思い出していたこと、感じ取られてる気がするし。

………怖。

背後からの圧迫感と冷気がすごい。


たぶん今、そこへ辿り着く過程は百八十度違うけど俺とシルヴァ君の思いは一緒だと思う。

――月さん、早く帰ってこないかなぁ。





・侍従長

ジークの父親。国王とは悪友的な関係で、滅茶苦茶腹黒い。

いつも王妃と一緒になって国王を苛めている。

でもそれも愛の証。

ジークはそんな父の背を見て育ったため、それが現在のセイルートへの態度に直結している。

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