6-7
話がシリアスモードに入ってまいりましたので箸休め感覚でお楽しみください(笑)
Side:Luna
「………ルナは、鍛冶もできる?」
そう呟く弟子の声は何だか疲れたもの悲しいそれだった。
「なんだいその反応。
まあ趣味でね、昔やっていたんだ。
出来ないことはいくつかだって、言っただろう?」
「おいやめろ趣味とか言うな、俺が虚しくなるじゃねぇか」
「何だか最近、ルナのことで驚く方が悪いんじゃないかって思ってきた…」
「あ、あの…!」
哀愁漂うシルヴァとレナードをいくらか気にしつつ、そこで声をかけてきたのは並み居る弟子達だ。
たぶん代表と言うか、恐らく一番弟子なのだろう一人の男が恐る恐る私とレナードを窺いつつ前に出る。
まあ下手なことをしたら師匠にまた怒られそうだしねぇ。
「宵闇様は鍛冶職の経験が?」
「経験もなにも、俺をここまでの職人にしたのはルナだ」
「ちょっと誤解を生む言い方はやめてよ。
私がこういうのにハマってた時横で見てただけだろう?」
「ルナは俺の目標だ」
「だから誤解を……」
「ルナがレナードの目標の人…
と言うことはセイルートの剣を打ったのはルナ……」
あぁもう。横のシルヴァが不満そうだ。
そしてセイの剣、というワードにレナードが反応しちゃって更に面倒な事態。
「おい、もしかしてルナ、打ったのか?
いつ?二十年前にはやりきったって言うか飽きたからもうしないって言ってたじゃねぇか」
「あ、それ黒歴史」
あの頃の私、ちょっとグレてたし。
まさに傲岸不遜、唯我独尊を地でいってたからなぁ。
「八年前に打ったらしい。セイルートに。
今朝見せてもらって少し俺のものと刃を合わせてみたけど…」
大きく刀身に傷のついた自らの剣を抜き放ち、シルヴァは窺うようにレナードを見つめた。
左手で受け取った彼はそれをしげしげと観察し段々と眉を寄せる。
後ろから覗き込んでいる弟子達もざわついているし、あぁ、これはレナードの悪い癖が…
「俺の剣が……」
「すまない」
「いや、それはいい。ルナ、打ったっていう剣はどこだ?」
「……はいはい、これだよ」
適当に取り出した剣を放る。
レナードはそれをキャッチしようとして、しかし止めたようだ。
そうなると当然剣は床に当たるわけで、そのまま床に深く突き刺さった子供用の剣を囲んだレナードとその愉快な仲間達……いや、間違えた、弟子達はそりゃもう舐めるように剣を見つめた。
職人ってこわい。
「おい、お前ら分かるか?
これが匠だ。俺なんかまだまだ足元にも及ばねぇ」
「投げたわけでもなく力もこもっていなかったのに、刺さった!?」
「この床師匠が作ったやつですよね!?」
「この刃の輝き、それに付加効果…」
「刀身なんか鏡じゃないですか!」
「…………ルナ、あれは」
「うん、放っておいていいと思うよ」
ちょっと一般人には理解しがたい行動だ。
そして観察し終わったのかレナードはようやく刺さった剣を抜き、自分が作ったシルヴァの剣を弟子に持たせた。
「おい、それで全力で斬りかかれ」
左手で私の打った剣を握り顎をしゃくる。
それに弟子ももう戸惑ったり文句を言ったりはせず、真剣な面持ちで頷いた。
「いきます……!!」
え、なにこの空気。
というかむしろ私とシルヴァがすっかり空気だ。
そして私には予想がついていたことだが斬りかかったシルヴァの剣は相手に触れたところから真っ二つに切断され、離れてしまった刀身はカラン、と虚しい音を響かせながら床に転がった。
あーあ、折っちゃうなんて勿体ない。
てかあれシルヴァのなんだけどな。
チラリと隣を窺えば可愛い弟子は何だか遠い目をしていた。
こうしてまた一歩大人の階段を上ったということだろう。
「ルナ、この剣くれ!」
「えぇー」
「どうせこのままだと亜空間に放置だろ」
「だって君、あげたらこれを上回るやつを作れるまで納得しなさそうじゃないか」
今だってうずうずしているに違いない。
このままあげたら店中の剣でさっきと同じことを試して全部折りそうだ。
「と言うわけで、これは廃棄だ」
魔力を使って剣をレナードから取り返し、そのまま握り潰す。
こうすればただの丸い塊になるから楽なんだよね。
レナード以下弟子達は泣きそうな顔をしているけど。
「……さて、それでシルヴァの剣だ。
まだギリギリ無事だったのに君達が折ってしまったからね。
流石にレナードの腕が治るまで武器なしでいろというのは難しい」
じっとシルヴァを見上げる。
「シルヴァ、私でいいのなら君の剣を打とう。
セイにも新しいものを頼まれているし、自分の剣も少しいじりたかったからね。
それが嫌なら今は仮のものとしてこの店にあるものを使って、レナードが完治してからちゃんとしたものを、という感じになるけれど」
「……ルナのものがいい」
シルヴァは少しレナードを気にしながらそう答えた。
でもその気遣いは不要だと思う。
「よっし!おいお前ら炉の準備だ!
シルヴァのと第二王子ので最初から行程が見られるし、手直しも楽しみだな。
ちゃんとお前らもしっかり見とけよ!」
だってこんなにはしゃいでるし。
見ていてシルヴァも悟ったのか、何だかすごく微妙な顔をしていた。
で、店内から場所を移して工房へ。
驚くべき事に全員ぞろぞろとついてきた。
店の方に臨時休業の看板をたててまで。
炉の火は煌々と燃えて、今は冬なのに少し暑いくらい。
準備は満タンって感じだ。
「えーっと、それじゃあやるけど……まずはシルヴァのからいこうか」
数年ぶりだけどたぶん平気だろう。
材料は腐るほどあるから駄目だったらもう一度作り直せばいいし。
にしても…………
「君達さ、そんなに囲まなくても」
私と用意された作業スペースの周囲には人人人。まさに人垣だ。
ちなみにシルヴァをそんな職人コワイな状態に放り出すのは忍びなく、特別に作業スペース内に席を用意してそこに座らせている。
だって周り、テンションに任せて何をしだすかわかんないし。
「俺にとってもコイツらにとっても貴重な体験なんだよ。
まあいいからやれって。
ほら、お決まりの言葉あったろ?
俺に見せるときいつもやってたじゃねぇか」
レナードの言葉に私は分かりやすく顔をしかめて見せた。
だから、黒歴史なんだって。
それを知らないシルヴァやレナードの弟子達は首を傾げているけど。
「………くっ、やればいいんだろう」
確かに言わないとなんか違和感あるし。
「…本日の、三十分武器メイキングー」
ちょっとレナードの弟子達が引いたのが分かった。泣きたい。
過去の私ほんと馬鹿。
そして言っておくがこれは本当にレナードに見せるとき用で、三分ク○キングを元にしたアレで、決して、決してそれ以外の時はやってない。
「さてまずは材料から紹介しよう。
今回製作するのは特に装飾もない簡単なロングソードだ。
持ち主は少なくとも体は成人男性だからなかなかの長さと重さが必要になるね。
そのために用意するのがこれ」
ちなみに長さは元々使っていたものそのまま、重さの方は予めどれくらいがいいか確認ずみだ。
一度始めてしまえばすらすらと言葉が出てくる自分に本気で落ち込みつつ亜空間に手を突っ込む。最早ヤケだ。
「まずは剣を形作る主体となるミスリルだ。
ちなみにこれは事前に一月ほど月の光に当てて神聖な水の中で保管し完璧に浄化、強化が施されているものだね。
まあそれなりの品ならただのミスリルでもいいけれど、より品質を上げるためにはこの過程を間に挟むことをお勧めするよ。
時間がないなら作業の一日前にやるだけでもいい。
ミスリルは元々光や水、もしくは氷などと相性がいいからね、これをすると鉱石が持つ力が最大限まで高められるという寸法だ」
おいこら何故そう紙にペンを走らせる。
そんな重要な話か。てか書かずに覚えろ。
「長くなってしまったね。
さて、そこに色々な素材を混ぜていくのだけど――今回作る剣の持ち主は魔術を戦闘に使う魔法剣士だ。
だからこそ魔術耐性の強いものにしなければいけない。
やっぱり魔術を使うのにより魔力を通らせやすくしたいし、向こうの魔術に対して全部剣で斬って捨てるという戦法も使わせてあげたいからね。
そしてそういう時にはこの組み合わせ。
フェンリルの牙、淫魔王の爪、フェニックスの灰、暗黒竜の心臓だ」
ぽんぽんぽんぽん、と作業台に置いていく。
周囲の人間が一気に群がったが今更気にするほどのことでもないだろう。
「見てわかると思うけど、これは正と負のバランスを考えた配合になる。
牙と灰は正、爪と心臓は負だ。
負の方が少し効果が強いように思えるかもしれないけど、これはミスリルが元になることで完璧に相殺される。
相反するものを混ぜ合わせるわけだからどんな魔術も扱いやすくまた対処可能、その分作り手の力量が必要になるけど、まあその辺りは各々でね。
勿論これらにもミスリルと同様、下準備をしてそれぞれが持つ効果を上げてある」
フェンリルの牙は日の出の光だけを当てフェニックスの焔で三日三晩包むこと。
そして牙を得る個体は千年以上を生きた力のあるものにすること。
フェニックスの灰は何度でも再生するフェニックスを完全に再生不能にして討伐した時に得たものであること。
淫魔王の爪は魔王自身の血で染めること。ついでにその配下九百九十九体の息の根をその爪で止めると更に良くなる。
暗黒竜の心臓はベタではあるが生きたまま取りだし一度それを竜自身に飲み込ませその胃の中で数日間熟成させるくらいだろうか。
ちなみにその間竜を死なせないようにすることも必要になってくる。
以上のことをさらっと簡単に説明すれば、ペンを走らせる手は進むものの周囲の面々は一気に諦めムードを漂わせた。
どうしたのだろうと首を捻ればシルヴァが眉を寄せて発言する。
「ルナ、それは流石にここにいる人じゃ無理。
全部ギルドのAからSランクまでに分類される。
俺もさっきのはフェンリルと淫魔王とフェニックスしか出来ない」
「あぁなるほど。まあただの追加説明だしね、しなくてもまあまあ平気な工程ではあるから」
ただこれをすると出来映えが段違いに上がるんだよなぁ。
それはレナードやその弟子達も分かっているのか、羨ましそうに私の出した素材達を見つめている。
「……続けるよ。まあ材料は出揃った。
これから本格的な作業に入ろうか」
けどまぁ、ここから先は結構単純な作業だ。
恐らく用意してくれたのだろう工具を右手に取り、反対の手でミスリルを。
うーんと、説明した方がいいのかな。
「まずはこう、ハンマーでミスリルを粉々にする」
コツリとハンマーを当てれば文字通り粉々になって指の間をさらさらとこぼれ落ちるミスリル(粉)。
勿論これは作業台の上でやっているため床にこぼす心配はない。
ところで周囲が一斉に噴き出す音がしたんだけどどうしたんだろう。
「勿論これだけじゃ足りないからもっとだね。
大体塊で十個ってとこかな。ほら、どんどんいくよー」
「ちょ、ま、」
「ストップ!一旦止めてくださいお願いします!」
後にもやることがたくさんあるし、さくさく進もうと思ったんだけど止められてしまった。
仕方なくハンマーを持つ手を下ろし何事かと目を向ける。
「え?え?なんで粉に?」
「諦めろ」
「あれうちの工具ですよね?
宵闇様は一回しか叩いてませんよね?」
「………ルナだからな…」
レナードが目をそらしつつ弟子達の疑問に答えるのはいいけれど、何だか失礼な気がするのは私だけだろうか。
「私だからって、これくらいシルヴァも出来るよ。教えたからね」
「ん。一年前に出来るようになった。
……体得するのに二年かかったけど」
「それでも君は優秀だよ。
どうせだから君もやってみるかい?
ついでに彼等に説明もしてくれると助かる」
「…………ルナの後は、少しやりにくい」
席から立ち上がったシルヴァは少し失礼なことを呟きつつ、私が手渡したミスリルを持った。
ちなみに彼はまだ道具を使ってあの技を繰り出すことは出来ないためハンマーではなく素手だ。
あまり他人に対してこういった説明をしたことのないシルヴァは少し困った顔をしているが、何事も経験だよね。
「……さっきのは、原理自体は簡単なもの。
ルナが言っていたことの受け売りだけど、世界にある物質は元々細かな粒が固まって形になっている」
ちなみにここで彼が言っている粒というのは分子とか原子の話だ。
この世界にはそういう考え方はないので、説明する時に簡単にまとめさせてもらった。
「だから衝撃を加えればその粒の繋がりが切れて、物が壊れたりする。
でも、その壊れ方は衝撃の度合いによって違う。
例えば俺がこれを普通に殴ると…」
軽い動作で降り下ろされた拳がミスリルに触れ、バキリと彼の手のひらの上でそれが中くらいの塊に分かれる。
それを示しながらシルヴァは熱心に説明を聞く生徒達(レナードとその弟子だが)が理解しているかを確認するように首をゆるく傾けた。
「こんな風になる。さっきくらいの衝撃だとこれくらい。
衝撃が大きければ大きい程、あと多ければ多い程衝撃をぶつけた粒の繋がりはたくさん切れるようになる。………ここまで、わかる?」
「すげぇなシルヴァ、分かりやすいぞ」
「はい、バッチリです」
シルヴァの説明はなかなかに好評だ。
彼は案外教師とか向いているのかな。
………いや、生徒の心のケアとかに無関心そうだから駄目だな。
しかも説明以外はずっと黙ってそうだし。
「じゃあ次の段階。
どうすれば衝撃を強くして増やせるか。それには魔力を使う。
俺がルナに教えてもらった練習法としては、こんな風に魔力に弾性を持たせて具現化すること」
一旦ミスリルを台に置いて開いた左手の上に四角い箱(シルヴァの魔力の塊だ)を浮かべると、彼はそれを指でぷにぷにと押した。
「こうやって、弾性を持たせると押したら返ってくる。
厳密に言えば少し違くて、実際物体に対してやろうとするとコツを掴むまでかなりかかるけど、ともかくこうやって具現化した魔力で力を跳ね返せることが大事。
これが出来たら最終段階に進む」
箱を消して、先程砕いたミスリルの一欠片を持つと、シルヴァは一気に真剣な顔をした。
まあ彼はまだこの技に慣れていないからね。
戦闘でもよほど実力差がある敵を相手にしたときじゃないと余裕がなくて使えないし。
一年前に出来るようになったというのは、全力で集中して他に気をとられるような事がない状態において成功率100%になったという意味だから、集中が途切れると確率は五分五分だ。
「拳で衝撃を加える瞬間に、ミスリルの表面全てにさっきの魔力を1ミクロン単位で張り巡らせる。
魔力の厚みは全部均等、魔力とミスリルの距離はゼロが絶対条件。
どこか一ヶ所でも狂うと衝撃が全体に反射されないで偏りが出るから失敗する」
打ち出された拳と、一瞬の後粉末状になり手のひらから零れるミスリル。
どうやら説明しながらでもきちんと出来たらしい。
シルヴァも安心したように息を吐き、ついで嬉しそうにこちらを見つめてくる。
「良くできたね、シルヴァ」
「ん。説明、出来てた?」
「うん、完璧だったよ。
たぶん私がするよりも分かりやすかった」
私の場合どうしてもあちらの知識とかが頭にあるから、こっちの表現に変えて伝えようとするとちょっと変になるんだよね。
その点シルヴァはそんな私の説明を自分なりに解釈して完璧にこちらの表現で周囲に伝えることが出来るから、聞く側も助かるだろう。
「………あのな、二人とも」
「うん?」
「理解は出来た。けどな、同時に俺達には不可能だってことも分かったぞ」
レナードの言葉に弟子達もうんうんと頷く。
まあ確かに。かなりの実力がないと駄目だ。
「じゃあ君達は地道に粉にしていくといいよ。
さて、ともかく全部やってしまおうか」
私が残っている全てのミスリルを一ヶ所に集め始めると、シルヴァは慌てて距離を取った。
うん、正しい判断だ。
「おいシルヴァ、どうしたんだ?」
「レナード達も、離れた方がいい。近くは、すごく危ない」
そしてシルヴァの忠告にサッと周囲が遠巻きになるのはなんなんだ。
私は爆発物か?
……確かに危ないけど。
「よいしょ、っと」
ドギャッという何とも言えない音が響いてしまったが、まあ仕方がない。
作業台の方は潰れないように私の魔力でコーティングしたし、ちょっと余波で強風が室内に吹いたくらいだ。
予めそれを予想していたシルヴァは防御のため顔の前に掲げていた腕を下ろし、普通に隣に戻ってきて材料の確認をする。
「………これ、どうやってるかさっぱり分からない。
1つの物体じゃなくて複数なのに、一緒に粉々になる。
俺がやろうとすると一個しかこうならないのに」
いや訂正。普通にじゃなくてちょっと不満げだ。
「ふふ、どうやるも何もないさ。
これは単なる力押し。魔力も何も使わずに単純に殴っているだけだよ」
「…………殴ってる、だけ?」
「そう。例えば砂の塊を押し潰せば砂になるだろう?それと一緒さ。
ある意味何の細かな作業も要らない簡単な手法だね」
ただ左手だったから勢いがつきすぎた。
あんなわざとらしい音が出てしまったのは反省だ。
「………俺、頑張る」
「うん?どうしたの急に?」
「頑張る」
「………」
よく分からないが頑張れと言っておいた。
そしてレナード達はそろそろ近づいてこい。
別に急に他人を殴ったりはしない。
「……さて、じゃあミスリルは粉になったし、次だ。
この粉になったミスリルを手で集めて、剣の形にする」
「待って!待ってくださいすいません追いつかないんですけど!!」
「何で素手で成型!?」
「えっ、火は?炉の火で熱して成型は?」
うーん、面倒な外野だ。
レナードだって分かっているんだから説明してやれ。
じろりと目で促せばようやく気づいたように頭をかく感じからして、全く気づいていなかったな。
「あー、ルナは魔術師だからな。
ほら、アレだ。魔術師だから手の表面に魔力を展開させて1000℃くらいの熱を発することくらいは魔術師だから…」
「1000℃!?手で!?」
「魔術師だからはたぶん違います師匠!」
「師匠が毒されてる!」
毒されているとは何事だ。
むうと眉を寄せれば結局隣で作業を見学することにしたらしいシルヴァが慌ててルナ、と呼び掛けてくる。
分かっているさ、このくらいじゃ怒ったりしないとも。
「続けるよ?で、長さと形を整えて、聖水に浸ける」
展開させた空間の切れ目に未完成の剣を差し込めばじゅわ、と音がして煙があがった。
ちなみにこの亜空間の中は全て聖水で満たされている。
「で、こう……これを今度は炉の中に突っ込もうかな。
もう少し熱い方がいいから温度上げるよ?」
赤かった火が魔力を注ぐことでより温度を増して青へ。
あまり熱すぎるのもいけないから、私的にはこれくらいがベストだ。
「で、数分置いといて……その間に他の素材の準備ね。
まずは正の方を先に混ぜちゃおうか。
ミスリル自体が聖なる鉱石だし混ざりやすいんだ。
混ぜ方としてはこんな風に寄せ集めてぐしゃってやって一纏めにして…」
牙(50センチ)と灰(30グラム)を魔力で一纏めにし、手を握り込む動作で圧縮する。
指をくるりと回して両者を満遍なく混ぜ合わせ、そろそろ一分たったかな。
「まあ君たちの場合はハンマーとか工具を使ってやるんだろうけど、こんな風にミスリルに混ぜ合わせる訳だ」
纏めた素材を炉から取り出した剣(未完成)の上に浮かべ、その上から一気に拳を降り下ろす。
ガキン、と今度は高く澄んだ金属音が聞こえたから、結構いい感じだ。
牙と灰も綺麗に剣に溶け込んで神聖な光を放っているし。
「でまあ、これでこの剣は正の属性を持って破邪の剣的なものになった訳だけど」
「え?」
「アレ、おかしいな…」
「終わった?これで終わった?」
……ここの外野、いちいちざわつくなぁ。
「俺達はあれを五時間かけてやるんだ。……そういうもんだ」
そしてレナードのこの悟りきった感は何事。
シルヴァは心底悲しそうにそんな周囲を見つめている。
自分を見ているみたい、と聞こえるのは気のせいだろうか。そうに違いない。
「で、次に負の素材を混ぜる」
もう一度剣(破邪バージョン)を炉にくべ数分。
こっちはちょっと面倒な作業なんだよね。
この剣今破邪の剣だから生半可な負の素材だと浄化して消し去っちゃうし。
まあ暗黒竜とか単体でランクS相当だし生半可じゃないけど。
十分に熱された剣の上に未だ鼓動を打ち続ける心臓を掲げ持つ。
「まずは暗黒竜から。
こうして握り潰してミンチにして、血と肉を満遍なく滴らせる訳だけど…」
この時の抵抗が凄いんだよね。
剣の方もだけど、心臓も。
「えぇぇぇぇえぇ!?」
外野が驚くのも無理はない。
溢れた血や肉が重力に従って落ちずに私の手に絡み付いてくるんだから。
「ルナ、」
「まあまあ、これは仕方ないんだ。
それに身体と一緒ならまだしも、たかが臓器じゃねぇ?」
体は私の作った特製の亜空間スペースで暴れてるだろうけど。
「【従え】」
血肉が絡み付いた状態のまま手のひらを刀身に押し付ける。
正も負も最終的には力押しだ。
強いものには自然と首を垂れるものだし。
事実心臓は絡み付く力を失い、剣の方も浄化の力を弱め渋々感は満載ながら暗黒竜を受け入れ始めた。
「この隙に淫魔王の爪も粉にして配合するよ」
ぶくぶくと不気味に泡立つ血肉の上から粉末を振りかける。
で、その上からもう一度拳をバーンと。
うん、混ざった混ざった。
聖なる光を放っていた剣はその光を失い片側は白銀、反側は黒銀に輝いている。
「で、ある意味一番気を遣う最後の微調整のためにもう一回熱して……」
これで全体の形と長さと重さを整えるからなぁ…
「うーん、ちょっとこれ重いし短いよね、予定してたやつよりも。
つまり刀身を伸ばしつつ不要な部分は消さないといけないわけだ」
「いやいや伸ばすのはわかりますけど消すって」
「またですか?また殴るんですか?」
「………ルナだから」
ついにシルヴァまでも遠い目でそう言ってきた。
失礼な、練習すればたぶん大体出来るようになる。
え?重さの減らし方?
そんなの原子レベルで衝撃を加えて消せば軽くなるよね?
そして過去の経験から次の手順を察したレナードは我先にと工房の隅、最も被害が少なそうな場所に避難した。
「お前らさっさと距離をとれ!
吹き飛ばされるぞ!」
「自分が逃げてから言いますか普通!?」
さもありなん。
まあレナードは過去何の準備もせず無防備な状態で傍にいて、10メートルくらい吹っ飛ばされた過去があるからなぁ。
作業中に近くに他人がいるのが初めてで、そうなることなんて全く予想していなかった私はちっとも悪くないと思うよ、うん。
「今度は気合い入れるよ。
これで強度も決まってくるからね。
シルヴァ、私の周りに結界。
修行の一環だ。これで君の張った結界が全て崩れたら補習ね」
「補習は嫌……」
まあ補習だと私、スパルタだしね。
「【全てを塞ぎ全てを防ぎ全てを遮断する絶対の壁。我を守り敵を阻め】」
「おや、これは驚いた」
なかなか本気で我が弟子は補習を嫌がっているらしい。
上級魔導書第27巻二章五節の中略詠唱とは。
まあ全部呪文を唱えようとしたら時間かかるし当然か。
「じゃあいくよ?せぇ、のっ!」
結果的にシルヴァの結界はほぼ全壊、しかし僅かに一部分だけが消滅せずに残ったため補習は免れた。
そして今日のことをレナードの弟子の一人はまるでお伽噺でも見ていたようだと(いい意味と悪い意味両方で)後に語ったらしい。
三十分程で最高まで鍛え上げた剣を最後に聖水でも魔水でもないただの清浄な水に浸け込み熱を取り払う。
最後の仕上げで刀身も両面とも鏡みたいになったし、うん、完璧。
柄の方はあの後特別に加工した金属をやっぱり手作業で成型して嵌め込んだ。
鞘はいつだったかどこぞの精霊族に迷惑をかけられた時慰謝料として奪った特別な樹の枝を削りそれに漆その他素材を塗布して強度を上げたものだ。
まあ元々樹だけでもかなりの耐久を持っていて、そこらの刃物じゃ傷もつけられないんだけどね。
「はい、できた。どうかなシルヴァ?」
剣を鞘に納めた状態で本人へと手渡せば、彼はその頬を少し紅潮させつつゆっくりと剣を抜き放った。
うんうん、端から見てもいい出来映え。
まあ親馬鹿ならぬ作り手馬鹿も入ってるかもしれないけど。
その辺りが少し自分でも否定はしきれず、私は黙ったまま剣を見つめ続けるシルヴァを急かすようにもう一度問いかけた。
「気に入ってくれた?」
「気に入らないわけ、ない……」
ほうと息を吐いたシルヴァは一度刃をおさめぎゅうと抱きついてきた。
相変わらず外国式だなぁ。
「そんなに喜んでもらえると私も嬉しいよ」
「当然喜ぶ。だってこれは、ルナが俺のために形も大きさも重さも効果も考えてくれて、俺だけに作ってくれたもの。
ルナが作った、他にない俺だけのための剣。
絶対これ以上のものなんて他にない。今、すごくすごく嬉しい」
「べた褒めだねぇ……」
「………なぁ、そろそろいいか?」
すりよってくる彼の髪を軽く撫で呟けば、恐る恐る横から声がかかった。
途端にシルヴァからむすりとした空気が漂いだす。
仮にもギルドランクA+だ、素材の収集は出来ても戦いに関しては素人と言っていいレナードとその弟子達は怯んだように少し距離を取った。
「……何」
「シルヴァお前恐ろしいやつだな…」
「そっちが邪魔するから。用、何?」
「うーん、レナードの言いたい事は分かるよ」
シルヴァの腕の中からもそりと抜け出し笑む。
眉を寄せる可愛い弟子のことは気にしたら負けだ。
職人気質なレナードのこと、恐らくは。
「試し斬りだろう?」
「そうだ!流石ルナ、分かってるな!」
かと言ってこんなにはしゃぐかな、普通。
一方シルヴァはそんなこと思ってもいなかったのか、新しい剣と私達を見比べて首を傾げている。
「試し斬り……この剣で?」
「あぁ。剣ってのは切れ味が重要だからな。
どれ程の出来映えか、試し斬りで本当の評価が下されるんだ。
なぁ、記念すべきソイツの初太刀に何を斬る?」
「初太刀……」
「確かに最初と思うと特別なものにしたくなってしまうね。
……そうだ、これなんかどうだい?」
確かまだあったと思うんだよね。
亜空間のこの辺りに放置して……あ、あった。
空間の裂け目から取り出したものを見て、その正体を知るレナードはあんぐりと口を開けた。
「あっ、そいつ……!」
「ルナ、それは?」
「ふふっ、レナードは覚えているんだろうけど、シルヴァは知らないよね?
二、三十年前に私が最後に打った最上大業物だよ。
打ったはいいけど何だかんだ使わなくてさ。
ずっと放置しておいたものだし、どうせだから試し斬りしてしまおう」
「おいそれを試し斬りとか何言ってんだ!
それなら俺にくれ!それか買い取る!」
「えー、やだよそんなの」
何で刀匠に剣を売らないといけないんだ。
自分で作ればいい。
それにもう私のなかで試し斬りの対象にするのは決定事項だし。
取り出した剣を斬りやすいよう地面に対して垂直に持ち、未だ不思議そうに瞬くシルヴァに笑みを向ける。
「ほらシルヴァ、やってごらん。この剣をそれで斬るんだ。
やり方は君に任せるけど、きちんと刀身を斬り落とせなかった場合はやっぱり補習だからね」
たぶんあの剣とシルヴァくらいの実力があればどうにか斬れるはず。
補習の言葉に先程と同様やる気を出した彼は真剣な面持ちで剣を抜いた。
「………やる」
じっと目標を見据え、間合いを測るようにじりじりと近づいてくる。
そしてその薄墨の瞳が眇められ――大きく横薙ぎに振るわれる剣、左手に伝わるそれなりの衝撃、床を鳴らす金属音。
刀身の上半分が無くなった剣を簡単に持ち直し、安堵の表情を見せる弟子に一言。
「まあ及第点だね」
「最上大業物が………
国宝級の財産だってのに。
あんなもん打てるの世界に数人だぞ…」
「ちょっと、レナード五月蝿いよ」
折角の雰囲気が台無しだ。
気を取り直しつつ真面目な顔で私の評価を待つ素直な弟子に、床に転がった剣先を拾い上げ断面を見せてやる。
切断面は少しの凹凸が見られ、しかも斬られた部分をくっつけようとしても微妙に隙間が出来てしまう。
「少し余計な力が入りすぎているね。
そしてそれが一点に集まりきらず拡散してしまっている。
こんな風に綺麗な断面じゃなかったり、継ぎ目がうまく合わさらないのがその証拠だ。
それに斬れる瞬間、私の手に衝撃が伝わってきたよ。
動いていたら仕方ないかもしれないけれど、静止しているものくらいは衝撃を与えずに斬れるようにね」
「はい…」
「………でも、成長したね。
正直下手をしたら斬り落とせないんじゃないかと思っていたけど、君は私の予想よりも遥かに成長している。
もう少ししたらランクもSに上がれるよ」
「……!」
ぱぁ、と簡単に輝く表情。単純なものだ。
勿論嘘などひとつたりとも言っていないし、全て正確に客観的に私が判断した事実だからいいのだけど。
ただそんな様子が微笑ましいのは確かで、私はついくすくす笑ってしまう。
それに可愛い弟子が拗ねてしまう前にお手本を見せなければね。
「さて、じゃあ交代しようか。
初太刀は君に譲ったし、私も作り手として自分の剣の様子を確かめたいのだけど」
「ん。じゃあそれは俺が持つ」
「頼んだよ。その方が君も見やすいだろうしね」
見ることは重要な学習手段だ。
シルヴァにこうした剣技や魔術を教えるときには必ず実演を加えるようにしている。
こうして見ることによって気づくこと、感じること、学べることがあるし、教えずとも吸収できるところはしっかり自分で吸収してもらわないとね。
決して細かく教えるのを面倒くさがった訳ではないのだ、うん。
「あ、シルヴァ鞘を貸してもらえるかな?」
「ん」
うんうん、流石今までも色々と教えてきた相手。よくわかっているね。
心のなかで褒め称えつつ剣を一度鞘に仕舞い腰で構える。
「――さて、久しぶりだから腕が落ちていないといいけど。
でもまあ左手だし、恐らく平気なはずだよ、ねっ!」
可能な最速で。
足、体幹、肩、腕、肘、指先の全てに神経を注ぎつつ。
抜き放った刃を振るい、もう一度鞘におさめる。
「うん、問題ないみたいだね。
これも最上大業物っていう区分でいいんじゃないかい?」
言い終わってからようやく継ぎ目同士が離れ床に落ちる刃の部分。
うーん、漫画とかでよくあるシーンだよね。
まるでどこぞの中二だけど、これだけはつい楽しくてやってしまう。
だってこういうのは憧れでしょ。
「斬れ、てる……」
「ふふ、分からなかった?」
「うん……何も感じなくて、ちょっとした風くらい。
腕の動きも殆ど終えなかった…」
「そんなに落ち込む必要はないよ」
ズーン、とそれこそ漫画か何かのように落ち込むシルヴァの肩を叩いて剣を返す。
拾い上げた刃の断面はきちんと綺麗で、あまり剣を使わず魔力ばかりで物事に対処してしまっている私にまだ大丈夫と勇気づけるのには十分だ。
いやまあ、普通は持っている剣が痛まないようにたまには使わないといけないものなんだけどね。
「私は君の師匠なんだから、君よりできて当然だろう?
それに今できなくても将来的にできればいいんだし。
さて、待たせたね見物客の皆」
性懲りもなく刃が斬り落とされた剣を拾うレナードからそれを取り上げ、先程のように丸めながら作業スペースに戻る。
これからまだセイの剣を打たなければいけないし、補強だとか効果を追加しようと思っている手持ちの剣が何本もあるのだ。
セイは夕食を絶対に一緒に食べると張り切っていたし、あまりゆっくりはしていられない。
「二本目を作るとしようか」
やっぱり久しぶりにやると楽しいな、図画工作。




