6-5
Side:Luna
それにしても、話を聞く態勢が少し本気すぎじゃないだろうか。
それは私が侍従長によって部屋に案内されてまず最初に思ったことだった。
きっちりと四方に厳重な結界が敷かれた室内、そもそもこの場所とて王城の中の秘密の通路を通ることで入室できる隠し部屋だ。
同席しているのは“王国”国王とその腹心である侍従長、そして次代の国の参謀となる第一王子。
なんともまあ錚々たる顔触れ。
緊張しちゃうな。まあそんなこと全然思ってないけど。
「来たか宵闇」
「私から足を運んでやったというのに偉そうだね、君。
……まあいいや。侍従長のもてなしは快適だし、フレイも心配していてくれたようだから顔を出すのに丁度いい」
一人掛けの豪奢な椅子に体を預ければすぐに飲み物や簡単な茶菓子(それも私が好きなものばかりだ)が出てくるなんて、やっぱりこういう所でしか受けられないサービスだ。
それにこうして直接顔をあわせれば心配性らしいフレイを安心させることもできるし、それを思えば少しくらい偉そうなオヤジがいたとしてまあ許容範囲だろう。
「あまり父上をいじめないでやってくれ。
数ヵ月ぶりだからな、これでも喜んではしゃいでいるのだ。
それよりもルナ、酷い怪我を負ったと聞いたが」
「心配要らないさ。
私を誰だと思っているんだい?
でも食事に気を遣ってくれたのはありがとう。
数日間何も食べていなかったから、ああいう胃に優しいものは助かったよ」
昨晩は結局何も食べられなかった。
使用人は部屋まで食事について聞きに来てくれていたんだけど、セイが道具で張った結界があったから入れなかったんだよね。
と言うかそもそも私もセイもあんな不安定な状態で他人に会うことなんて出来るはずなかったんだから、ある意味夕食は食べないことが前提みたいな感じではあったんだけど。
そしてそういう事情はともかく、私が夕食を摂らなかった事も予め聞いていての采配だったんじゃないかなと思うのだ。
実際目の前のフレイは頷くだけで私の礼を受けたんだから、やっぱりこの予想は当たっているんだろう。
「わしの事を偉そうだと言う前に自分の発言を見直したらどうだ。
絶対にお前の方が傲岸不遜で偉そうだろう」
「私はいいんだよ、強いから」
「わしだって国王で偉いぞ!」
「そんなの王族に生まれて運がよかったからじゃないか」
「ぐぬぬ……」
まあ実際のところは王族に生まれたとしてそれなりの努力をしていないと国王にはなれないのは私だって分かっているけれど、まあ今はその事は黙っておこう。
悔しがる国王が面白いし。
「陛下、そろそろ本題に入られませんと」
「ぬ、おぉ、そうだな…」
そして頃合いを見て脱線しかけた話を侍従長が戻す。
何度見てもプレッシャーが凄い。
文面だけみたらやんわりした注意なんだけど、実際目にするとただの脅迫にしか見えない不思議。
さて、それじゃあ私もそろそろ真剣モードに入るとするかな。
「宵闇、今回の討伐について話が聞きたい」
「全ては言えないな。私がギルドにクビにされるか面倒なペナルティを課せられるか、若しくはギルドが潰れるかしてしまう」
最後のは勿論私が潰すこと前提だ。
我ながらにっこり極上の笑みを浮かべれば、国王は凄く嫌そうな顔をした。失礼なことだ。
「どうせその辺りはどうでもいいと思っている癖に何を言っている」
「別にどうでもいいとまではいかないさ。
ただどれが起こってもあんまり困らないけどね」
「それがどうでもいいということだろう。
……まあ、話せる範囲でいいから話せ」
国王はなかなか大人になったらしい。
前回は最初に謁見したきりで会話らしい会話もそれほどしなかったから分からなかったけど、これが出会ったばかりの若い彼ならそのままぐだぐだと文句が続いて話が進まないところだ。
まあもう彼も三児の父だし、それでいったら当然なのかな。
「そうだねぇ……と言っても君達は討伐対象が神喰らいだったというのはギルドからの通達で知っているんだろう?
それ以上に何が聞きたいんだい?
神喰らいの個体的な能力?あれによって生じた“帝国”の被害?」
質問の内容によっては答えられないものもある。
と言うか実際答えられないことだらけだ。
神喰らいの能力は大体なら開示してもいいけれど、自らの肉を他の魔物に食らわせて群れ全体の力の向上を行ったことは言えない。
あれは今ギルドの解析部が私達が提出したデータ画像から総力をあげて取り組んで解明しようとしていることだし、まだまだ謎が多いのだ。
真実が定かではない状態で漏らせば余計な混乱を呼び込んでしまう。
また“帝国”の被害にしても“帝国”自体がそれを公式に発表したならともかく、私が勝手にそれを語ることはできない。
神喰らいの出現による国力の低下に乗じて戦を仕掛けるものがいないとも限らないから、国家間の戦争を避け中立な立場で国に関わる存在であるとしているギルドに所属する者が簡単に他国の情報を口に出すわけにはいかないのだ。
「やはり気になるのは神喰らいの能力だな。
そしてその出現理由をルナ、貴女はどうみているのか。
“帝国”の方はしばらくすれば内々で報告があるだろう」
「能力と出現理由ねぇ」
フレイはなかなか良いところを突いてくる。
流石は第一王子と言ったところかな。
さて、どこまで話そうか…
「能力としてはまあ、結局のところ色々なものを食らってそれを吸収、自分の力にしているわけだから色々って感じになってしまうね。
でも何と言うか、今回のあれは器用だったな」
「器用?」
こてん、と首を傾げた国王とフレイ。
こういうところは親子だ。
侍従長もなんだか微笑ましそうに二人を見つめている。
「そう。国王と侍従長は見たことあるから想像できると思うけど、今回の神喰らいも前回と同じ様に触手や羽を持っていてさ。
でもそれを仕舞えたんだよね。
前回のやつはずっと出しっぱなしにしか出来なかったのに」
今思えばあれが羽を出したときに他にも隠し玉があるんじゃないかって気づけばあんな怪我はしなかったかもしれない。
そして結果的にあそこまでシルヴァに心配されることも、セイを怒らせることもなかったのにな。反省しないと。
「他にも私が張った結界の付加条件を解析したりとか、数十キロ離れた位置まで触手を伸ばして捕食を行おうとしたこととか、そういう感じが器用だなって」
「言いたいことはわしらも分かったが、他に言い方はないのか?
言うに事欠いて器用というのは…」
「じゃあ他に何と言うのさ?」
問いかければ国王は黙って目をそらした。
これといっていい案は思い浮かばないらしい。
「なんにしろ、そういった面で今回の神喰らいが進化していたのは事実だ。
まあ、実際にはこの言い方も語弊があるかもしれないけどね。
能力値自体は前回のものの方が高いんだ。
攻撃力や肉体の強度とかを見ると」
「進化しているのは云わば知能、ということでしょうか」
流石侍従長は察しがいい。
「その通りだね。前のやつには知能の欠片も見られなかったけど、今回は違ったから。
それは今君達に話した事もそうだし、話していないギルド内でもまだ詳しい調査が続いているデータ的にも。
それに能力値自体はあれがもっと捕食を続ければ自然と上がる。
実際あと数週間発見が遅れただけで前のものと同等くらいにはなっていただろうしね」
それで言えば今回は運がよかっただろう。
早々にギルドの諜報部が群れを発見したこと。
私達ギルドランクSSが全員揃って討伐に臨めたこと。
場所が国境付近で周囲に殆ど神喰らいの栄養源となる捕食対象がいなかったこと。
これらの要因が重なって、二日間という時間で対処ができた。
「なるほどな……では出現理由はどうみる?」
「君達も分かっているんだろうけど、可能性は三つだ。
大昔に神喰らいは何体も造られていたか、前に私が殺したあれが分裂を行っていたか、つい最近どこかの愚かな魔術師があれを造り出したか。
私としては二番目と三番目が有力と思っているよ」
「何故一番目を除外した?」
「だって同時期に造られたなら同じくらい何かを食らっているはずじゃないか。
能力値が片方だけ低いのもおかしいし、片方だけに知能があるのも変だ。
捕食したものによって力に差が出るといっても流石にあれは大きすぎる」
だからこそあの神喰らいは前回のものより後に生まれたと確信できる。
ただ二つに絞られた可能性のどちらが正しいのかまでは、今の時点では判断が難しいところだ。
ただ私は神喰らいを造り上げることが出来るのは“聖国”だけだと知っている。
だからこそ真実を確かめるためにあの国へもう一度足を踏み入れなければならないだろう。
それにシルヴァの成人の儀式のこともある。
彼の強くなりたいという望みに繋がるそれを済ませるためにもどちらにせよ“聖国”には赴かなければならないのだ、ある意味一石二鳥、同時期で助かった。
――あの国には、出来ればもう行きたくはない。
「……わかった」
思考の海に沈んでいた意識が重々しく呟かれた国王の声で現実に立ち返る。
これだから昔を思い出すのは嫌いだ。
周囲への注意が疎かになる。
「宵闇、最後にひとつ聞きたいことがある」
「まだあるのかい?」
「神喰らいは、再び現れると思うか?」
向けられた問いに思わず笑みが漏れた。
なかなかどうして、いい読みだ。
そう言えば彼は一国の王だったとこういう時に思い出させられる。
だがそれを知ったところで彼にはどうすることも出来ないだろうに。
――いいや、この国はそうでもないのかもしれないな。
「可能性は十分だね。
分裂にしろ新しく造られたにしろ、あの一体だけで済むという保証はどこにもない。
……ねぇ、君達はもしもここに神喰らいが現れたらどうするんだい?」
「その剣呑な雰囲気から察するに、お前も想像がついているんだろう。
徒に国を疲弊させるわけにはいかん。国の兵と、セイルを差し向ける」
だと思った。くそったれ。
「父上……!」
「黙っておれフレイ。国王として当然の判断だ」
確かにそうだろう。
だが私にとっては当然なんかじゃ決してない。
「………まあ、私がどうこう言えることじゃないんだろうねぇ」
苛立ちを抑えて国王に向かってカードを投げつける。
勢いよく頸動脈に向けてやったのはあれだ、可愛らしい反抗心とちょっとした怒りと些細な殺意のたまものだ。
皮膚を裂く前に侍従長に止められたけど。
私が本気で国王の命を狙った訳じゃないことが分かっているから(本気ならそんな簡単に止められるわけがない)、彼はなにも言わずに恭しく主へと私が放ったカードを差し出す。
それを見てちょっと顔色の悪い国王は眉を寄せた。
「なんだこれは」
「私に直接繋がる念話カード。
魔力を込めれば私がどんな状態でも念話ができる。
“王国”に神喰らいが出たらそれで伝えろ。
ギルドを通さずに、真っ先に私に神喰らいを討伐して欲しいと望め」
「……おい、いいのか?
ギルドの、特にSSが特定の国に肩入れして。
規定に反しているととられて何かしらの処罰が」
あぁ煩い。いちいち面倒な男だ。
「私が」
睨み付ければ文句なのか心配なのか分からない言葉を並べ立てる口も止まった。
「セイの安全と自分の地位や命、ギルドの存亡を天秤にかけて、後者を取るとでも?」
「………」
「きちんと連絡をしろ。
ギルドに魔力を感じ取らせない細工はしてあるからこの国に害が及ぶ心配はない。
これならいいだろう、“王国”国王」
セイなら間違いなく神喰らいも討ち滅ぼすことが出来るだろう。
でもそれは決して無傷で済むものではない。
彼の体はれっきとした人間だ。
その傷に耐えられるかも分からず、まして魔術が使えない彼は回復だってできやしない。
なら――私が出ればいい。
そしてこうなったら確実に元を叩かなければならないだろう。
あの神喰らいが分裂によって生じたものならばこの世界の隅々までを探ってその全てを討伐し、新たに造られたのなら術者を殺す。
そうなれば神喰らいはもう現れない。
となればまずは後者の可能性から潰さなければ。
シルヴァと共に“聖国”に入った時点で式神なり何なりを城へ飛ばし探らせよう。
もしも私が考えている通りのことが行われているならば国ごと滅ぼしても構わない。
その可能性が潰えたならまた各地を放浪して野に放たれた可能性のある神喰らいを探してもいい。
問題はシルヴァとギルドだが――シルヴァは着いてくるのならそれでいいし、否と言うならそれまでだ。
ギルドも適当に依頼さえ受けておけばそこまで煩くはならないだろう。
あちらは更なる詳細な神喰らいのデータを欲している。
「……ルナ」
「何かな?」
フレイはフレイで何か文句でもあるのか。
これから先にすべき事の算段をつけつつ視線を向ければ、思いの外思慮深げな色をした瞳とぶつかり目を瞬く。
「弟をそこまで大事に思ってくれるのは有り難いが、貴女もあまり無理をするものではない。
そのたびにセイルもこの世の終わりのような顔をするのだから、貴女達はもう少しお互いと周囲を頼るべきだろう」
「……おや、君に諭されるとは思わなかったな」
「確かに私は貴女より年下だが、何も分からない無能ではないつもりだ。少なくとも最低限は察する」
確かにそうだろう。
それにセイの事もきちんと分かっている。
やっぱり兄弟というのはそういうものなのかな。
「君の言葉は頭に入れておこう」
「つまり実行に移すつもりはないのだな?」
「どうだろうね。
でも君のお陰で苛々はおさまったよ。ありがとう」
確かに私は言われたことを実行する気はない。
セイに神喰らいのことで頼ろうと思わないのは彼の安全を考えた上でのことでもあり、神喰らいを殺すのは私だけでありたいからというのもあるから。
ただそのせいで今回のように彼を悲しませてしまったのだから、確かにそれは頭に入れておくべきなのだ。
それにあの銀色の可愛い弟子だって何度も泣かせてしまった。
それは間違いなく私の行動がもたらしたもので、だからフレイの言葉はきちんと覚えておく。
「さて、話はこれで終わりだろう?」
「待て宵闇」
「……何だい、まったく。
質問はさっきので最後だって君が言ってたんじゃないか」
立ち上がりかけたところに声をかけるなんてタイミングの悪い男だ。
座り直すのが面倒なのと、早く終わらせろという空気を出すために立ったまま話を促せば少しの躊躇。
「もう、何なのさ。
私はこの後弟子と城下に用があるんだ。
さっさとしてくれないかな?」
「ええい!ちょっとは待たんか!
その、だな……だ、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫?何が?
そのカードならさっきもギルドにバレないようにしてあるって言ったよね?
それともあれかい?
この事がセイにバレて怒られないかどうかを言っているのかな?」
「違う!」
じゃあ何なんだ。
シラケつつそう思った私は別に悪くないと思う。
この男はいちいちこういうところが面倒というか、王妃や侍従長に言わせればそこがまた可愛らしく感じからかい甲斐があるらしいが今の私にとっては残念ながら面倒にしか感じられない。
「だから、きっ、傷は、大丈夫なのかと聞いておるんだ!!」
「陛下、それはあまりにも………おいたわしい」
「すまんなルナ、父上は不器用なんだ」
「いや、君が謝る必要はないけどさ」
ようやく絞り出された言葉に侍従長は見ていられないとばかりに手で顔を覆い、フレイは苦笑いで謝罪を寄越した。
あんまりと言えばあんまりだが仕方がない。
確かに不器用すぎておいたわしい限りだ。
「と言うかさ、私、この部屋に入ってすぐにフレイに同じようなことを聞かれて平気だから心配要らないって言ったじゃないか。君の耳、飾りなの?」
「相変わらず失礼なやつだな!
大体お前は何だかんだ何でも平気と言うだろう。
そもそも前回の討伐の折りには三日間眠っていたと聞いたが今回はそう眠ってもいないだろう」
案外勘が鋭い。
確信はしてないみたいだけど。
「別に普通だよ。
大体前より今回の方が戦った時間自体は短かったんだからおかしくはないだろう。
傷だって見ての通り生活に支障なく塞がっているしね」
さて、これで話も終わりだろう。
「ルナ」
「………君達親子は揃って私の出鼻を挫くね」
またフレイか。じとりと見つめても苦笑するだけなのだから困ったものだ。
「ルシルが会いたいと言っていた。
前に訪れたときにはギルドの仕事だからと遠慮していたようだが、今回はそうではないからな。
買い物も貴女がいるなら安心だ。
時間があればつきあってやってくれないだろうか」
「おや、ルシルが?
そっか……私も久しぶりだし、それは嬉しい誘いだ。
わかったよ、彼女はいつ休みなんだい?」
ルシルはフレイの婚約者ではあるが王妃に侍女として仕えている。
正式に結婚するまでは辞めるつもりがないらしい。
フレイはフレイで同じ城の中にいれば顔をあわせやすいと賛同しているし問題はないそうだ。
「確か四日後から数日間の休暇があると言っていたな」
「なら四日後に。間をとると君が五月蝿そうだ」
それなら残りの数日はフレイと水入らずで過ごせるだろう。
フレイに嫉妬じみた目で見られることもないし、ルシルから愚痴混じりののろけを聞く心配もない。
私の精神衛生を考えると最善の選択だ。
事実目の前の彼も上機嫌で伝えておくと言っているし。
「じゃあその日は私が彼女の部屋まで迎えにいくよ。これで今度こそいいね?」
これ以上同じことを繰り返されては堪らない。
こっちのやる気がなくなる。
侍従長は帰りの案内をしようとこちらへ進み出たが、それは丁重に断っておこう。
道はもう覚えたし、もし迷っても転移の魔術がある。
彼だってさっき私から聞いた話を二人と一緒に話し合って国の方針を決めたいだろうしね。
「それじゃあね」
後ろ手に手を振って扉を閉め、ため息。
本当に疲れる。
何て言うか、権力を持った人間と密談とか好きじゃないんだよね。
ある程度は慣れた仲でもやっぱりさ。
それにこういう隠された秘密の部屋みたいなのも嫌いだ。
たぶんここ地下にある感じだし。
城を災厄から守る守護――と言うか魔除けの魔術だか何だかの魔法陣も同じくこの周辺にあるみたいだし、魔術の残滓が凝ってそこかしこに感じられてそれが余計に嫌。
この空間全てが過去の足音のようだ。
それが本当に不快で堪らず、私は足早にその場を後にした。
「あ、ルナ。ちょうどいいところに」
そしてその後、地下から抜け出て貸し与えられている部屋へ戻ろうと歩いていた私はそんな風に呼び止められた。
振り向けば書類の束を持たされたセイの姿。
相変わらず回される仕事は多いらしい。
傍にジークの姿は見当たらないから一人のようだ。
「やあセイ。ちょうどいいって、どうしたの?」
「ん?うーん、実は凄い勢いで仕事入っちゃってさ。
ちょっと昼ごはん一緒に食べられなさそうだから伝えとこうと思って。
ジークも俺に付き合って忙しいし、だから昼食はシルヴァ君と二人で食べちゃって。
城で食べてってもいいし、城下でって言うなら料理人に伝えとくしね」
なるほど。
それにしても本当によく働いちゃって、セイが過労で倒れないか心配だ。
まあその辺りはうまくやるんだろうけどさ。
「わかった。それじゃあ城下の店に行くことにするよ。
君達がいないのにここで豪華な食事をとるというのも少しやりにくいからね」
「そっか、じゃあ――」
「料理人にも私から伝えておくからいいよ。
君、すごく忙しそうだし、これくらいはね」
あまり無理はしないようにねと、老婆心ながら呟けば彼の眉が下がる。
「俺、そんな大変そうに見える?無理してるっぽい?」
「いいや、そこまでではないよ。
君に対して私がだいぶ心配しすぎるだけだ」
「……ありがとね。
でも俺もルナのこと心配してるんだけど」
首を傾げればセイの書類を持っていない方の手がポンと頭に乗る。
そのままわしゃわしゃとかき回された。
「ちょっと、髪がぐじゃぐじゃになるじゃないか」
「んー、そうなったら直してあげるよ。
……ルナ、さっきちょっと怒ったでしょ?
俺のためなんじゃないかって自惚れてるんだけど、間違ってる?」
我ながら素晴らしく素直に、セイに抵抗する手がぴたりと止まる。
それに彼は嘆息して一度自らも手を止め、今度は乱れた私の髪を整えるようにゆっくり優しく手で梳いた。
「やっぱ自惚れじゃなかった?
……それ、嬉しいけど心配だな。
ルナってばどんどんギルド本部に喧嘩売ってくんだもん。
それも俺の知らないうちに、さ」
「別に喧嘩を売ってなんかいないよ。
……これでも、ちゃんと隠してる」
「でもちょっと今も――いや、だいぶ前から危険視されてるでしょ?」
それには否定を返すことができず、私は黙って足元を見つめた。
確かに私はギルドから危険視されている。
言ってしまえばグレーゾーンだ。
八年前だって氷雨から警告されたし、神喰らいのことでギルド本部を訪れたときには総代本人から直接セイとの事を言及された。
決定的証拠が何もなく、かつ私の力が強大で絶大でギルドの戦力としてなくてはならないからこそ何の咎めもなくこうしていられるけれど、そうでなければとっくの昔に処刑されていただろう。
けれど逆を言えばこのまま私が上手くこの綱渡りのような状況を続け何の問題もなく綱を渡りきることが出来れば、それで大丈夫ということだ。
今のところ状況に大きな変化は見られないし、たぶん、平気なはず。
「コラ」
「痛っ」
こちらが集中して考えを巡らせていたところにチョップは、酷くないだろうか。
恨みがましく犯人であるセイを見上げても彼はむうと眉をつり上げたまま。
「また一人で色々考えて納得したでしょ?
そういうのが駄目だって俺いつも言ってるじゃん」
「だからってチョップはないよ…」
「ルナがいけないの。
勝手に考えて納得して実行するんじゃなくって、たまには俺にも話してよ。何のために今一緒にいるの」
それは、そうかもしれないけど。
「いい?俺にちゃんと話して。
少なくとも俺が関わることならその権利はあるよね?」
「う……」
「社会人にはホウレンソウでしょ!」
それはあれだろうか。
報告、連絡、相談のことだろうか。
と言うかそもそも。
「私達って社会人なの?」
「…………仕事はしてるじゃん」
一気に弱まったセイの勢いに苦笑する。
彼がそう言うのならまあ、それでいいだろう。
「わかった。ちゃんと言うよ。お互いに時間ができた時にでも。
少なくとも今日はお互いに用事があるからまた後日ということになってしまうけれど」
「うん、分かってくれたならいいよ」
「でも、それは君もだ」
私の言葉にセイが不思議そうに首を捻る。
それが国王やフレイと重なってちょっと悔しい気分。
「君だって勝手に考えて色々悩んでしまうじゃないか。
だからそういう時、ちゃんと話してよ。
ある意味君がそんなんだから私も過剰に心配して、色々やってしまうんだよ?」
「……なんか最後のは責任転嫁してない?」
「いいやちっとも」
私の望みを叶える以外の行動は大体セイに関わるんだから、全然責任転嫁なんかじゃない。
未だ髪を撫でる彼の手からするりと抜け出し、私はにこりと微笑んだ。
「ありがとうね、セイ。
それじゃあ私は行くから、仕事頑張って」
あまり廊下で長居をしてしまってはずるずると甘えてしまう。
それはセイも分かっていることなのだろう。
同じ様に顔に笑みを浮かべて彼も頷いた。
「はいはい。晩ごはんは絶対一緒に食べるから、そのつもりで」
「わかった」
そのままセイと別れまずは調理場に――と思ったのだけど、何だか気になる魔力を感じてそれは後回しにすることにした。
ギルドが所属する冒険者の情報をギルド証によって把握し、念話をかけるための魔術。
それが現在この城――もっと言ってしまえば城の一室に向かって放たれている。
現在“王国”の城に滞在しているギルド員は私達だけだから、対象は紛れもなく我が弟子であるシルヴァなのだろう。
「一体何の用なんだかねぇ」
単純な依頼の通達なのか、それとも何かしらの思惑が働いているのか。
気になるところだ。
だから、少し混ぜてもらおう。
『――ですから、一度ギルド本部へお越しを』
『……俺が、ルナを裏切るとでも』
おやおや、急にすごくシリアスな話だ。
たぶん話しているのは女秘書かな。
答えるシルヴァの声は剣呑だし、うーん、私に関すること、ねぇ?
『求めに応じなければこちらも権限を行使させていただきます。
明星様、そして勿論宵闇様にも不利益が生じることとなりますが』
『………』
『それでは明日、お待ちしております』
ふつりと切れた回線に、私も盗み聞きをストップする。
それにしても華麗な脅迫だ。
私としてはあっちが言う不利益なんてどうってことないけど、シルヴァは案外こういうのを気にするから断れないだろう。
「板挟みだなんて、大変だねぇ」
他人事のようだけど、これでも彼には少しばかり申し訳なく思っているのだ。
だって私が師匠だからこんなことになっているわけだし。
たぶん本部がシルヴァに求めてきたのは私の監視と、その内容を本部へ報告することじゃないかな。
弟子という立場を使えばどちらも案外簡単に出来るだろうと踏んでの指示な気がする。
実際のところ私はシルヴァに対しても秘密にしていることが多いから、結果的にその作戦は失敗に終わりそうだけど。
「………取り敢えずは、知らないふりでもしていようかな」
シルヴァもその方が気が楽だろう。
何も知らないはずの私が部屋に入って突然、さて君はギルドの指示に従うのかな?まあそれでもいいけどね、だなんて言ったらそれこそ彼の心労を増加させてしまいそうだ。
彼が私を裏切るにしろ裏切らないにしろ、あちらから言われるまで私は知らないふりをしていた方がいい。
「…………いや。裏切るだなんて言い方は、変、か」
だってそれはシルヴァを信用しているということが前提の言葉であるはずだ。
まったく笑える。
そんなことあり得ないのに、何故こうも簡単にそんな言葉が浮かんだのだか。
「動かないと思っていた状況が突然動いて、案外驚いているのかな」
たぶん、きっとそうなのだろう。
揺れる心を苦笑することで誤魔化して、調理場へ向かうため踵を返す。
取りあえず、少し歩いて落ち着いた方がいい。
すぐにシルヴァに会ったら可笑しなことを言ってしまいそうだ。
・解析部
新種の魔物や生態の謎が多い魔物について集められた情報を魔術や過去の書物、時には地道な聞き込みなどでまとめ探っていく。
魔物の弱点などは大抵ここが発見して各支部や国へと通達、それによって魔物の円滑な討伐に貢献している。
仕事柄なのか眼鏡率が異様に高かったりちょっと雰囲気が暗かったり何だかガリガリだったり神経質そうに見えたりする。
ギルド本部で割り当てられている作業のための部屋もなんだかジメッとしていてあまり他の部署の職員は近寄りたがらない。
彼等が解析するデータは大抵SSが集めたものなので実際に戦った感想などを求められることもたまにある。そのため数人とは顔馴染み。




