6-4
Side:Luna
目が覚めてすぐにセイの顔が視界に入るというのは、実際のところ少し心臓に悪い。
「月。朝だよ。そろそろあの段ボールが限界なんじゃない?」
「……朝っぱらからどういう台詞なのさ」
なのにセイときたら当然のように私の視界いっぱいに居座って毎度のごとく私を起こすのだから困ったものだ。
まあ、こんなこと知られたらそれこそ何を言われるか分からないのだから彼に伝えはしないけど。
「だってそうでしょ?
月は昨日段ボールじゃなくて俺の所にずっといたんだから、そりゃあいつも拗ねるって。
今頃捨てられた子犬よろしく部屋でいじいじしてるんじゃない?」
「別に平気だよ、シルヴァだってもう子供じゃないんだし……」
「そうとも限らないと思うけどねぇ…まあいいや、俺今機嫌良いし。
シルヴァ君にはザマア見ろって感じ」
……どこが機嫌がいいんだか。
そう言うセイの表情は昨夜も垣間見た獰猛さに満ちていて、あぁこれは結構不機嫌らしいと悟る。
私のせい、なのかもしれないけど。
「君のそれは、私に怒っているの?
それともよく分からないけれどシルヴァに対して何かあるのかい?」
「ん?……そうだね、まあ両方ってとこかな」
「ふーん。私に対してそう思うのは納得だけれど、どうしてシルヴァにまで?」
今回彼の我儘や望みの内容には手を焼かされたけれどそれをセイは知らないはずだし、一体どこに苛立つポイントがあったんだか。
時々セイは私すら予想だにしないところに怒ったりするからよく分からない。
寝転んだままこちらを覗き込んでくるセイを見上げて首を傾げれば、彼はふと笑って私の頭を撫でた。
「月には内緒。複雑な男心だよ」
「なんだい、それ」
「ほらね、女の月にはわかんないの。
ともかく今俺はすごく月の事独占したいって思ってるんだよ。
短くても、ここにいる間はね」
「ふーん」
「ふーんって。もう少し反応してよ」
苦笑したセイに笑う。
だって私にとってはそれくらいの事だ。
それくらい、当然の事なんだよ。
「そんなの難しくて出来ないな。
ねぇセイ、今回はどれくらいここにいていい?」
本当なら明日か明後日にでも出発してしまった方がいい。
けれど今回はセイがそれを許してくれないだろうし、私だって神喰らいのことや“聖国”の事について彼に相談したいことがある。
何より、もう少しだけ甘えていたいのだ。
ただの私の弱さなのだろうけど、それが今くらいは許される気がしているから。
「……一週間、ここにいて」
問いかけた私に対して彼は寂しく微笑み、指と指をそっと絡ませた。
「今日から七日間俺の傍にいてよ。
目の届くところで、貴女が離れていてもちゃんと大丈夫なんだって俺に確信させて」
「君は欲がない。相変わらず私に何も望んでくれないね」
「何言ってるの、これだってある意味望みでしょ?」
「馬鹿」
私がそうして甘えたいことを分かって言ってくれているくせに。
そういうのを私は望みとは呼ばないよ。
「馬鹿って酷いな。てか、月は罵倒のボキャブラリーが少ないよね。
何でもかんでも馬鹿って言って。
それで俺のこと言い負かせてるって思ってる?
すっごく可愛いだけなんですけど、それ」
「……五月蠅い、馬鹿」
「またそうやって照れ隠しして。
こういうとこは本当に可愛いよね。まあいつも可愛いけど。
ほら、平気そうな顔してても目が泳いでるよ月?」
「………」
くそっ、なんなんだ、この、恥ずかしいやつ。
睨んでもセイは飄々としたまま、上目づかい?可愛いね、だなんて言ってくる。
いつもはここまで言い募ったりしないくせに、昨晩の意趣返しだろうか。
「あはは、別に昨日の事への復讐じゃないよ?
そりゃ寸止めなんてどんな拷問だって思いはしたけど、まあ月とああしてただくっついて寝るっていうのも好きだしね」
そう思っていたことも読み取られたらしい。
「……じゃあなんなのさ、これ」
「うーん、まあ久しぶりだからってのもあるし、何より昨日昔の事思い出してたんだ」
「昔?」
八年前の事だよ。
首を傾げた私にそう言って、セイは隣に寝転んだ。
依然として繋いだままの手が引き寄せられて、そのまま抱きしめられる。
この世界の何よりもあたたかい彼の体温。
この世の幸福を閉じ込めたようなやわらかさと香り。
自然と目を閉じればもう耳に馴染んだ声が届く。
「月は憶えててくれてる?八年前のこと」
「そりゃ、憶えてるよ……私が、君を失いかけた日だ」
「……もう、違うよ。俺が月に告白した日でしょ」
「………………」
何も言えなかった。
何て言うか、すごく、形容しがたい気持ちになったのだ。
嬉しいような悲しいような、笑ってしまいたいような泣き叫びたいような。
「だから、初心を忘れずにと思ってね。
ねぇ月、月が綺麗ですね?」
くすくす笑いながらこんな言葉を投げかけて来るなんて、あんなことを言っておきながら絶対にセイは昨日の事を根に持っているに違いない。
「今は、月なんて見えないだろ」
「そんな事ないよ?現に俺の目の前にすごく綺麗な月があるもん。
まあ確かに恥らっちゃって顔を隠してるけど」
「………っ、あぁそうかい、わかったよ、死んでもいいよ、私は!」
これ以上は色々と限界だ。
やけくその様に言い放ってセイの腕から抜け出そうと動く。
大体私の事を起こしてきたくせにもう一度寝転がるってどういう事だよ。
「だーめ、まだだよ。
……ねぇ月さん、キスしてもいい?」
「ばっ……!」
馬鹿じゃないか!?
罵倒の言葉はセイの口の中に吸い込まれて消えた。
絶対、絶対にセイは昨日の事を根に持ってる。
ちゅうと吸い付いて舌まで入れてきた彼を押し返すように腕を動かしても離れないし、体勢を変えられて上に覆いかぶさられるし、ねちねちしつこいし、これは本当に怒ってるに決まってる。
「ん、まあ今日はこれくらいにね。ご飯食べよっか?」
「どこがっ、これくらい、だ!」
大きく息をついて深呼吸。
肺にもチート機能があればよかったのに。
……いや、そもそもセイがこういうことを仕掛けてこなければそれで万々歳なのだが。
「あはは、怒らないでよ。
ねぇ月、好きだよ。この世界で一番」
けれど呆れや不満もそんなことを言われてしまえば瞬時にしぼんでしまう訳で。
「………私だって、君が好きだ。
この世界で唯一、君が大切で愛しいよ、セイ」
答えて笑う私はお人よしが過ぎると、この後他でもないセイに怒られた。
「ルナ」
それから少しだけまた話をして、ゆっくり着替えて食事の席に移動して。
扉を開いてすぐこちらへ寄ってきたシルヴァはふわりと微かに微笑んだ。
「おはよう」
「おはよう、シルヴァ。昨日はよく眠れたかい?
それと報告を全て君任せにしてしまってすまなかったね」
「平気。俺が話せることは話しておいたけど、後でルナも聞かれると思う」
「そう。それで問題ないよ」
申し訳なさそうに彼は言うけれどそればかりは仕方がない。
今回の討伐にシルヴァは殆ど参加していないし、ギルドもあまり多くが伝わらないように箝口令を布いている。
でも私としても神喰らいの事はあまり他人に語りたくはないから、直接尋ねられたとして誤魔化すしかないだろうな。
「さて、君とも久しぶりだねジーク」
「お元気そうで何よりです。
シルヴァ様から色々と話を聞かせていただきましたが…」
ともかくこの話は打ち切って、シルヴァの横にいたジークに声をかければその瞳が気遣わしげに私の肩周辺を彷徨った。
どうやら心配されているらしい。
どうにも私の周囲には無駄に心配性が多いような気がする。
皆煌炎や氷雨の様に無頓着ならいいのに。
「心配ないよ、治っているから。でも少し休みたいのも事実だ。
というわけで今回は一週間ほどお世話になって構わないかな?」
背後からのセイの視線が痛いのは仕方がない、無視させてもらおう。
他人に大袈裟に心配されても煩わしいだけだ。
真実はセイだけが知っていればいい。
「そうですか……勿論構いません。
どうぞごゆっくりしていって下さい」
「ありがとう」
「ルナ、そろそろ食べようよ。俺腹減ったし」
「君ね………」
そうあからさまに話を終わらせなくてもいいだろう。
一体何を考えているのか分からないけど、セイはツンと私の視線を撥ね退けシルヴァを見つめた。
悪戯にその漆黒の瞳が輝くのが彼も分かったのだろう、シルヴァが訝しげに眉を寄せる。
「久しぶりだね、シルヴァ君?」
「……確かに、久しぶり」
何だか一気に場の雰囲気がピリピリし出したって言うか。
妙に居心地が悪い。食事にしようと言ったのはセイなのに。
「ルナとの旅はどう?足手まといになってない?」
「………」
「セイル様」
分かりやすく喧嘩を売っていることが分かる台詞にジークが声をかけてもセイはスルー。
一体何を考えているのだか。
それにしても朝言っていた通り、本当にシルヴァに対しても怒っているらしい。
少しだけセイから威圧が漏れ出ている。
「いろんなとこに行って、色々経験したみたいだよね。
でも相変わらず弱いままみたいじゃん。
俺心配なんだ。今回は違うけど、いつかシルヴァ君のせいでルナが怪我したらって」
そう言ってからセイはシルヴァに近づいて、耳元で囁いた。
ジークには何を言っているか聞き取れなかっただろうが、私の特殊な耳ならしっかり聞こえる声。
それを分かった上であえてやっているに違いないのだからセイは相変わらず性格が悪い。
「もしそうなったら俺、君のこと殺すから。
傷つけて許さないのはルナの心も体もだよ」
「………確かにまだ俺は弱いし、ルナの足手まといになる。
でもそれをセイルートにどうこう言われる義理はない」
「へぇ?」
グンとシルヴァに向けられる威圧が高まる。
本当に何をしているんだか。
告げられた言葉は嬉しいけれど、そんな中途半端な威圧。
セイの出せる本気の、精々が半分程度だろうか。
忠告には強すぎ、かと言って本気とは程遠い。
セイの目的が全く掴めないから二人を止めることも出来ないし、ジークも戸惑ってるし。
……いや、ジークの場合は威圧に怯えてるっていうのもあるのかな。
確かに常人にはきついかもしれない。
「……それくらいなら、もう俺は揺らがない」
「へぇ、ちょっと感心したよ。
本気のルナのこと見れた?それとも今回の神喰らいの一件?」
「どちらも」
「ふーん。じゃあまあいいや、及第点。ご飯にしよっか」
シルヴァの言葉に頷くと、セイはすぐに威圧を引っ込めて彼の横を通り過ぎ食事の席についた。
結局なんだったのかな。やっぱりセイの心配性?
それにこれくらいじゃもう揺らがないって、前は揺らいだって事。
つまり以前もシルヴァはセイの威圧を受けて、ついでに言えばそれに怯えたりとかしたんだろう。
考えるに思い当たるのはシルヴァが急に本当の私が見たい、と言い出した日かな。
二人だけで部屋で話したし、その時セイが同じ様な事を言ったんだろう。
「君ね、一体あの時何をしたんだい?」
「うん?別に何も。ね、シルヴァ君?」
「……ん。ルナは気にしなくていいこと」
こういう時ばかり意見を合わせるとは、男同士と言うのは難しい。
問い詰める気も失せてため息を吐いて私も座れば、シルヴァも隣にやって来た。
つい呆れて同じくついていけていないだろうジークと目を見合わせる。
まったく困ったものだ。
「仕方がありませんね。食事にいたしましょう」
「そうだね、この二人はあくまで話すつもりがないらしいから。
今日のメニューは何かな?」
「フレイ様の指示で体にいいものを用意してあります。
治ったと言いましてもやはり体力は落ちるものですし、自己治癒力や魔術には限界があるから、と」
おやおや、会っていないけどフレイにまで心配されてしまうとは。
これは後で話をする時にお礼と、あまり心配はいらないことを伝えておかなければ。
「それはありがとう。
さて、今度こそ食事にしようか」
いい加減待ちくたびれた。
それもこれも知らん顔をしている残る二人のせいだ。
そんな私の様子に苦笑して、ジークは手早く食事の用意をしてくれる。
本当は側近の彼がこういうことをする必要はないのだけど、身内だけの空間を好む私やセイのことを考えて彼はこうした給仕の役割まで担ってくれているのだ。
勿論全てを並べ終えたら(正式なマナーではないけれどそういう風にしてもらえるように頼んである)食事も一緒の席で摂るけど、この人数分を給仕するのは結構な手間だろうに。
「それにしましても一週間という期間はどうお過ごしになられるご予定ですか?
今まではセイル様とともに城下を回られたり、あるいは剣の相手などをされていましたが」
「そっか、シルヴァを連れての訪問は初めてなんだっけ」
前回は護衛の依頼という形だったからそういう休暇じみたことは出来なかったけど、今回は行動に制限がない。
今まではセイと一緒に色々好きに動いていたけど、どうしようか。
「ルナはいつもそういうことをしていた?」
「そうだね。ジークの言った通りだ。
セイや団長、師長相手に運動したり、セイと一緒に城を抜け出して買い物をしたり日帰りで他国に出かけたり。
後はフレイとお茶をしたり彼の恋人と街に出たり、城でグダグダしているだけの時もあるよ」
口の中のものを嚥下して首を傾げるシルヴァに同意を示せばほんの少し眉がよった。
一体何に反応したのやら。
「ルナは怪我をしたばかりだから、そういう激しい運動は駄目」
「君ね……治っていると言ってるじゃないか」
「シルヴァ君の意見には俺も賛成。
何言われても絶対手合せとかしないしさせないからね?」
「君までそういうことを言うの?
でも他の人の相手だなんて色々物足りないだろう」
セイもチートなんだから、この城に仕えている人間では相手にならない。
精々が準備運動程度だろう。
そういう運動不足からくる体の鈍りを防ぐために、たまに城を訪れた時にはお互い少し羽目を外していたのに。
「そりゃまあそうだけど」
「ならいいじゃないか」
「んー………じゃあ六日目ならいいよ。
それくらいならまあギリギリ許容範囲内」
許容範囲って。思わず呆れる。
本当に心配性すぎる。少し動かして中の組織に何かあったらって色々考えてるんじゃないかな。
本当にネガティブなんだから。
「ふふっ、君と戦うのは遠慮をしなくていいから好きなんだ。ありがとう、セイ」
「逆に今の状態は俺が遠慮するっつーの。
まあ俺も久しぶりにちゃんと動きたかったからいいけどさ。
何せ五年間も放っておかれたわけだし?」
ジトリとした視線からさりげなく目をそらす。
だからそれを言われたら弱いんだってば。
「……じゃあ、俺がその六日目の前にセイルートと戦う」
そこへ割り込んできた声に私はつい目を瞬いた。
「シルヴァが、セイと?」
「そう。いい修行になる」
「へぇ?シルヴァ君てば俺の相手になれるの?」
何だか今日はやけに二人ともお互いに対して喧嘩腰って言うか、ピリピリしてるなぁ。
でもまあ修行と言うのは確かにいいかもしれない。
シルヴァはジャックにも勝てるようになったし、セイに勝てるはずはないけど相手にならないレベルではもうないだろう。
前回戦った時はそれこそ子供と大人の戦いの様な実力差だったけど、今ならもう少しどうにかなる……はず。
「いいんじゃないかい?
これで結構シルヴァも成長したから、そんなに退屈もしないはずだ。
セイもシルヴァの成長ぶりをいつだったかの念話で気にしていたし、直接確かめてみればいいよ」
「ふーん、ルナがそう言うなら試してみよっかな」
「………」
偉そうに上から目線で言うセイに対してシルヴァは無言で視線を強くする。
我が弟子はかなりやる気があるらしい。
……修行で手合せ、か。
「では政務の時間が空きましたら手配しましょう。
それとルナ様、フレイ様と陛下が今回の事について話を聞きたいと…」
「おや気が早い」
でもまあ“王国”にとっては結構気になる事か。
国王に至っては一度実物を目にしている訳だし。
お疲れのところを申し訳ありませんと眉を下げるジークには笑って首を振っておく。
彼はなかなか腰が低く色々なことを気にする性質だ。
「そんなに気にしなくていいよ。
それじゃあ食事をとってしばらくしたら訪ねよう。
謁見かな?それとも別の部屋?」
「内々にという事でしたので部屋を手配してあります。
恐らく父も同席するでしょうから、案内は父が」
侍従長か。まあ彼も侍従長ながら、いや、だからこそかなりの力を城内で持っているし、宰相とはまた違った国王の参謀役だからそれも納得だ。
となるとこの後は用意してもらった今回泊まる部屋で侍従長を待っていればいいという事かな。
「わかったよ。私が話している間セイやジークは仕事があるからいいとして、シルヴァはどうしている?
今回は仕事じゃないから城下を好きに歩いてもいいし、セイ達がいいと言うなら城内を散策してもいいだろうし……」
「……ルナの話はどれくらいかかる?」
「そうだね……どれくらい彼等が話を聞きたがるかにもよるけれど、まあ半日くらいじゃないかな。
もしかして私を待っているつもりかい?」
予想していたことではあったがコクリと頷いたシルヴァに苦笑する。
「君がそうしたいなら私はいいけれど、暇じゃないのかな?」
「別に。ルナがいないならいつもつまらない」
「相変わらず変わっているね。
わかったよ、出来るだけ話を早めに切り上げてこよう。
それとその後か明日、一緒に王都に行こうか」
シルヴァが首を傾げる。まあ突然だしね。
私もついさっき思いついたことだし。
もしくはセイの様に昔の事を思い出していたからというのもあるのかな。
「君の剣、そう言えば三年前に作っただけだなと思って。
そろそろ刀身が痛んできたし成長してきた身体に合わなくなってきただろうから鍛え直そうよ」
「もしかして、レナードの店を訪ねる?」
「うん、そのつもり。
折角こうして城に用もなく長居をするんだからね。
あ、君が嫌なら他の店でもいいけど」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振る様子からして、シルヴァはなかなかレナードに好印象を持っているらしい。
とは言っても三年前に一度会っただけだけど。
「なら今日か明日にでもレナードの所に行こうか。
………それで、言いたいことがあるなら口にしたらどうかな、セイ?」
さっきからジッと見つめられて居心地が悪いったらない。
一体何を主張したがっているんだか。
水を向ければ少しふくれっ面の彼がため息を吐きながら一言。
「シルヴァ君ばっかズルイ。俺のは全然なのに」
「えぇ?君の剣はレナードが直々に毎年手入れしていると聞いているよ?」
「そっちじゃないもん」
もん、と言われても可愛くもなんともないのだが。
そう冷静に思いつつ様子を窺えば懐から取り出された懐かしい物。
今の彼では少しつけると違和感のあるヘアピンだ。
「あれ、それ……」
「そろそろ流石に新しいの欲しいじゃん?」
八年前セイにあげたヘアピン。
とっくに込めた魔力を使い果たして効力を失っていると思ったのに、まだそれはしっかりと中に魔力が込められたまま形を保っていた。
その中にはあれからセイにねだられ私が作った、当時の彼の体に合った大きさの剣が魔術で収納されているはずだ。
物持ちがいいと言うか何と言うか。
私にとって大切な思い出のものだから込められた魔力を使い果たしても砕けて粉々になったりはしないけど、思えばそれをセイに伝えていなかったような気がするからもしかして壊さないようにと気を付けていてくれたのかな。
「君、レナードの剣があるじゃないか」
「護身用。いつだって剣持ってるわけじゃないけど、これは肌身離さず持ってるしね」
「確かにセイル様は普段からそれを服の内側などに差していますね」
「……まあ、いいけどさ」
そんな風に大事にされるとどうにも嬉しくて断れない。
大人しくセイからヘアピンを受け取ると、隣に座ったシルヴァが不思議そうに手元を覗き込んでくる。
この世界にはあまり見られない装飾だから気になるのだろうか。
「ルナ、これは?少しだけ魔力を感じる」
「昔セイにあげたものだよ。
効果は解毒とかの作用と魔術に対する障壁かな。
あとそれにつけ足して少しだけ空間魔術をね」
つん、と指で軽く叩けばそこに魔方陣が展開され剣が現れる。
と言っても十歳の子供のためのものだから刀身は短く重量もない。
まあ切れ味だとかはそこら辺の物と比べ物にならないような感じにしたけど。チート万歳。
「こんな風に武器を仕舞っておけるんだ。
帯剣が許されない場所というのも貴族社会ではよくあるし、暗殺の危険性が増すのもそんな場所だ。
だから確かにセイ自身が言っていたように護身用だね」
「触っても構わない?」
「セイ、どう?」
「いいよ、それくらいなら。絶対あげないけど」
いや、どう考えてもシルヴァには小さいだろう。
自分の体に合わない武器なんて無用の長物以外の何物でもない。
呆れつつシルヴァに剣を渡せばしげしげと色々な角度から眺め、いきなり自分の剣を抜きだした。
「シルヴァ?」
そのままセイの剣を自らのそれに振りおろし―――あーぁ、刀身に傷がついてしまった。
どちらのって、勿論シルヴァの剣の方。
「……すごい剣。付加効果とか、剣自体の頑丈さとか。
これ、レナードが打った?」
「そんなはずないじゃん。
レナードじゃそこまでは無理だよ。
それにだったら片方だけにそんな大きな傷がつくはずないしね」
案外勢いよく振り下ろしたためにシルヴァの刀身には深い傷が刻まれている。
もう一度同じことをすれば恐らくその剣は折れてしまうだろう。
私の方に意味深な流し目をよこしながら、セイは飄々と言い放った。
「俺の剣を打ったのはレナードが目標にしてる人。
まあそれを見る限り少なくとも三年前のレナードは八年前のその人に全く及ばないみたいだけどね、ルナ?」
「まあ、そうみたいだね……
でもレナードもこの数年で成長したんじゃないかい?
それに彼は少しばかりドワーフの血を継いでいるからこれからもまだ伸びるよ」
まったく目の前の彼は何てやつだろう。
忌々しい思いで目をそらしつつ答えればシルヴァは感心したようにもう一度セイの剣を見つめた。
ちなみにドワーフというのは鍛冶などに向いている亜人の種族だ。
鉱物などを扱うのが上手く、純血のドワーフはいい鍛冶職人として有名な者も多い。
レナードの場合は確か祖父がそうだったと聞いた覚えがあるような無いような。あれ、父親だっけ?
「……ともかく、レナードの店に行こうか。
国王たちの話が早く終われば今日、早めに終わらせはするけど少し時間がかかるようなら明日だ。
シルヴァもセイもそれでいいかな?」
「うん、それは終わるまでルナが持ってて。期待してるね?」
「大丈夫。待ってる」
ならもうこれで問題ないだろう。
素直な弟子と全く素直じゃない王子に頷き、私は待ち受ける面倒な話に向けて食事に集中した。




