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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
銀色の焦燥
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6-2

Side:Luna




転移した先、“王国”第二王子の執務室(今は王太子用になっているけれど)で彼は疲れたようにソファに横になっていた。

転移してきたこちらの気配に気づかずに眠るセイは、珍しく気を抜いているらしい。


「……でも、それも嬉しいものだね」


クスリと口許に笑みが浮かぶ。

彼がそうして何も気にすることなく眠っているのは私が以前あげた結界を張る装置が作動しているから。

それはその装置を――つまりはそれを作った私を信頼していて、何者かから危害を加えられる可能性が無いと確信しているからだ。

実際この結界は術者である私以外の人間の内部への侵入を完全に拒むよう設定されている。

おかげで一緒に転移してきたはずのシルヴァの存在は途中で弾かれてしまった。

今頃“王国”のどこかで驚いているんじゃないだろうか。


「……シルヴァ、無事かい?」


『!! ルナ!』


大方また捨てられたとか勝手に考えているのだろうと念話を飛ばせば、予想通り切羽詰まったような気配。

本当に我が弟子は段ボール思考だ。


「すまないね、セイの部屋に結界が張ってあったみたいで、途中で君だけ弾かれてしまった。

今自分がどの辺りにいるか、わかりそうかな?」


『ん、平気。たぶん“王国”国内のどこか。

これから取りあえずオルドに転移して、そこから王都に向かう』


「あぁ、君は城の位置情報を覚えていなかったんだっけ?」


オルドにあるギルド支部はよく使う場所だから覚えたんだろうけど、城にきたのはこの間の依頼が初めてだったから仕方がないと言えばそうなのだが。


「君がオルドに着いたとき連絡をくれれば、こちらから転移させてあげるけど」


『………でも、ルナは怪我をしていて、それに今日すごく魔力を使った。

これ以上使うのは、良くないと思う』


「別に気を遣わなくてもいいのに」


普段は結構遠慮がないのに、彼はこういう時だけよく分からない遠慮をする。

絶対私が魔術で呼び寄せた方が早くて効率がいいはずだ。

たぶんシルヴァ、オルドから城まで歩いて(と言うか走って?)来るつもりだろうし。


『……じゃあ、そうする。

今からオルドに転移するから、終わったらまた念話を送る』


「わかったよ、気を付けてね」


と言ってもほんの数秒だけど。

しかしシルヴァから伝わる魔力と声はそれだけのことにほんのり和らいだ。


『ん。ありがとうルナ』


「いいよ、別に」


何だか気恥ずかしくなって魔力を切る。

まったく、だから気を遣わなくていいと言っているのに。

どこまでも律儀というか、変わっている弟子を思って息を吐けばすぐさま彼からの念話。

まあそうだよね、転移なんてあっという間だし。


『ルナ、オルドに着いた』


――分かっているよ。

それじゃあそうだな……ギルドの転移陣の上に立っていてくれるかい?――


各ギルド支部や本部の地下には専用の転移陣というものが用意されている。

それを使えば魔術が扱えない人間でも登録された場所に転移できるという優れものだ(結構な料金をとられはするが)。

あそこならたまに使うから位置情報もバッチリだし、失敗することなく無事にシルヴァを城まで呼び寄せられるだろう。


『分かった』


――一先ずセイの部屋は結界が張ってあるし、それを勝手に取り去るのもどうかと思うから城の正門前に君を送ろう。

そこから門番を通してフレイに私と一緒に来たと伝えてくれれば、部屋を用意してくれるはずだ。

伝えるのはジーク相手でも構わないし、その辺りは君に任せるよ――


『ルナは?』


――……うーん、そうだねぇ…

今日はセイに心配かけたお詫びと、怒っている彼に言い訳をしないといけないからそっちにはいけないかもしれないな――


先の事を思うと少し気が重くなる。

今はすやすやよく眠ってるけど、起こしたら何を言われる事か。

……あんまり、怒られないといいなぁ。


『………じゃあ、部屋には、来ない?』


――そうなるんじゃないかな――


一気に落ち込んでシュンとなった声に若干悪いと感じつつ答える。

何だかしおれた様子が目に浮かぶようだ。

でもここまで来てセイを放置なんてできないし、私もセイに聞いてほしい事がたくさんある。


『……明日』


――うん?――


『明日は?』


――えーっと、明日って?――


イマイチ質問の意図が掴めない。

首を捻ると少しだけ声の調子を強くしたシルヴァの声が脳内に響く。


『明日は、そうじゃない?』


つまり明日はセイの部屋に長く居座らないとか、そう言う意味だろうか。


――うん、まぁ……たぶん?――


確約はできないけれど、恐らくそうなるだろう。

だって数年前の様に毎日毎日隣で寝ていたらとんでもない事になる。

氷雨くらい粘っこいと思うのだ、セイは(まあ氷雨のそういうの、全く知らないけど)。

そんな思いと共に、でも先の事は分からないし、特にセイが絡むと色々自分が駄目になると自覚しているために曖昧に返事をすると、魔力越しに不満そうな気配。


『絶対、じゃない?』


――先の事はわからないじゃないか――


『……わかった、それはまた、明日にする。

転移陣の所に着いたし、ルナも眠いと思うから』


――そうしてくれると助かるな。

それじゃあまた明日の朝に会おう――


妙に聞き分けのいいシルヴァを意外に思いながら念話を切り転移を発動させる。

いや、だって普段ならもっと色々言ってくるだろうしなかなか引き下がってくれないし。

何だか逆にこっちがおかしな感じだ。


「話終わった?」


そんな風に首を傾げていると、背後から声。

ちょっとムカッとしてて、でも安心してて、それでいて拗ねているような。

聞きなれた、耳に心地良い音。

振り返ったその先で、相変わらず寝転びながら視線だけをこちらに向けるセイは無表情。

自分は怒っているのだということを表したいのだろうか。


「いつから起きていたの?」


「さっき。シルヴァ君に気を付けてねって言ってたトコ」


「おや、声をかけてくれればよかったのに」


「知らない。こんな近くにいたのに気づかなかったのはそっちじゃん」


……これは、だいぶ怒っているらしい。

正直困った。

だってセイにこういう類のことをされるのは初めてだ。

どう対応していいのやら、さっぱりわからない。

私ほどではないけれどセイも人生経験豊富だし、なにより私をすごく甘やかしてくれるから私の周囲に対し怒ったりすることはあっても私に対してそんな感情を向けてきたことがないのだ。


「あの……セイ」


「何」


「……」


どうしよう。すごく怒っているらしい。

何だかんだいつも彼は優しいからと、少し事態を軽く見ていた私の失態だ。

いやそんなことはどうでもいい。

ともかくどうにかして許してもらわないといけない。


「その……ごめん…」


「それ、何に対するごめん?

俺に黙って神喰らいの討伐に行ったことに対して?

俺がここで待ってるしかできない中、二日間ずっと戦ってた事に対して?

俺の知らないとこで怪我して帰ってきたことに対して?

俺が貴女が考えてたよりずっと怒ってて、でもそれに対してどうしていいか分からないことに対して?」


「………ごめん」


全部だ。

そしてこうしてただ謝る事しかしないで、どこまでもセイに甘えようとすることに対しても。

一言言ったきり黙り込んだ私に対してセイは大きなため息を吐いて、仕方がなさそうにこちらへと片手を伸ばす。


「……おかえり、月」


それだけで何だか泣きそうになる私は、馬鹿だ。


「ただい、ま……」


伸ばされた手をぎゅっと握って、それだけでは足らずにその胸の中に飛び込む。

触れる温かさはあの真っ白で真っ赤な雪の中見た幻影をかき消してくれるようで、あの中で思い返した冷たさを和らげてくれるようで、手放せない。

ほら、こうしていつだって彼に縋るから、彼という楔がしっかりと私を繋いでいてくれるから、私は。


「……よかった、貴女が、生きてて。

ごめんね、俺、最低だけど、そう思ったよ…」


確かに隣にある熱に安堵したのは私だけではないと、そういうことだろうか。

耳元で囁かれた安堵と苦渋に満ちた声に堪らなくなって顔を上げ、セイを見下ろす。

漆黒の瞳はゆらゆらと揺らいで、今にも涙が零れてしまいそう。

でも、泣かないで。

君は私の泣く姿が好きだというけれど、私は君が泣いているところなんて見たくない。


「君が、そう思っていてくれるだけで、私はいいよ」


いつかの時の逆みたいに、君の分も私が泣くから、ねぇ、泣かないで…?


「月……」


「君とまた、こうしていられる。

ならこんな世界で生きるのも悪くはないよ。

……昔、言ったろう?

君を傷つけたくない。君と笑い合いたい。君と触れ合いたい。

それは、私の中の数少ない真実だって。だから、いい」


いつか君が私の隣からいなくなっても。

自分の前でだけ泣いて欲しいと私を甘やかしたセイの言葉通り、真下にいる彼にぼろぼろと雫を降らせながら笑んでみせる。

彼は目を見開いて、やっぱり笑った。

その眦から私のものと同じ雫が流れて、でも見たくないよ。

指で拭えばそれを囚われ口づけられる。


「……俺も、そうだよ。

それでどんなにお互い苦しくなっても、最終的に貴女を泣かせることしか出来なくても、俺だって、そうだ。

……月。貴女が俺の一番で、特別で、大切な愛しい人だから」


「私も……君が、好きだ」


いつかは告げられることのなかった言葉。

数ヶ月前、この城での依頼の最中にようやく明確に言葉にされたそれ。

答えを出したセイの、私に向ける感情の名前と、それに伴う決意。

それに対して同じ言葉を返せない私はとことん逃げる癖が体に染みついてしまっているのだろう。

もしくは彼の存在が今でも脳裏をかすめるから?

馬鹿だよね、この世界で君を一番特別に、大切に想っているのに。

なのに永遠に別たれてしまったあの人のこと、私はどうしたって忘れられない。


「月…そんな顔、しないでよ」


「……だって、君を」


私のすべてでの唯一だなんて、言えない。


「俺はどんな貴女も好きだよって、前に言ったでしょ…?

でもいいよ、全部言って。

いつだって貴女の言葉に応えてあげるし、貴女の不安を宥めてあげるから。

ね……何が不安?何がそんなに、悲しいの?」


「全部だよ。…君が優しいから……そしてそんな君を他ならぬ私が、傷つけている…」


「馬鹿だね、月からのものなら何だっていいよ」


「君は……私の、楔だと、前に言ったけれど……」


本当は、同じくらい。


「…私だって、君の楔になっている」


嗚呼、駄目だ、感情が揺らいで、抑えが利かない。

こんな事言うつもりは無かった。

私達の間での暗黙の了解のようなもので、私達は互いに寄りかかり合って生きているのだからある意味それは当然のもので。

でも互いに互いの楔であることを心のどこかで苦しく思っていて、相手を楽にさせてあげられればいいのにと望む傍ら、手を離すことなんて出来ない。

それを理解していてこんなことを言う私は、ただセイから一言、いいよと、言われて許されたいだけなんだ。


「いいよ、それで」


そしてセイはきちんとそう答えを返してくれる。

少しの悲しさと、たくさんの優しくあたたかい感情でもって。


「ごめんね、また、甘えている…」


「うん、俺にだけだよね。

貴女が泣くのも、甘えるのも、弱音を吐くのも俺にだけだ」


「君がこうして甘やかすからじゃないか……」


「そうだよ。ずっとずっと、貴女が俺を憶えていてくれるように。

何年、何百年経っても俺の事、忘れないでいてくれるように」


「忘れたりなんかしない……だから、その話はやめて…」


先の事なんて言わないで。

君が消えてしまう未来の話なんて、聞きたくもないよ。


「ごめんね、酷い事言って。

少しだけ貴女を揺さぶらせて。

これくらいしないと、月は俺に完全には甘えてくれないでしょ?

俺は俺が貴女の隣にいられる間、貴女が許してくれる範囲で構わないからその心を癒したい。

ただ俺の事を憶えていてほしい、俺にだけその弱さを見せて欲しいってだけの為にね。

ねぇ、神喰らいを殺したの……?」


酷くて狡い君。

きっとこの話を聞いて君は心を痛めるのに。

ただ私の身勝手な感情をぶつけるだけの行為を受け止めてくれる君は馬鹿だ。


「そうだよ、だって、見ていられない…

私と同じ、歪な化け物。

あれの命を絶つのが私でよかったと思う反面、悲しくて苦しくて、やっぱり、嫌だ…」


「これは俺の恨み言だけど、月が俺を呼んでくれたらよかったのに。

そうすれば俺は貴女と一緒にあれを殺したよ」


「ううん、私が一人でやりたかったんだ」


「――そう。意地っ張りだね」


そう言うのはセイだけだ。

他の人間はそんな事思わない。

だからこそ私は私の心を誰にも知られる事なく、全てを終えることが出来たのだけど。


「ねぇ、セイ」


「なに?」


「あの神喰らいは、以前私が倒したものの、分身だったのかな?

それとも、ずっとずっと昔、それこそ私がこの世界に召喚される前に造られた存在だったのかな……」


問いかけに、一瞬自らが下に敷く体が硬くなったのを感じて目を伏せる。


「それとも、また―――」


「それは」


続く言葉を遮るようにセイは声を発して、私は心の隅でそれに小さく安堵した。

本当に私はどこまでも甘えてしまっている。


「また、“聖国”が関与してるんじゃないかって、そういう事?」


「………そうだよ」


あの国は、条件さえ揃えば神喰らいを造り出すことが出来るから。

そしてそれは同時にもう一つの可能性を示唆している。

でもそれは私にとって忌まれることで、できるならそんな事は有り得ないと誰かに言って欲しい。

絶対などなくて、あの国はどこまでも汚くて低俗で力を求めることを、私は知っているけれど。


「あの国が、また神喰らいを造ったのなら」


史実には残っていない、秘された内容。

何百年も前にとある魔術師によって造られたとされる神喰らい。

けれどそれを創造したのは、“聖国”だ。


「私はあの国に行かなければならない」


もしあの国がどうにかして過去を知り、あの凄惨な悲劇を繰り返すつもりならば。

私が、私こそがあの場所に行って、今度こそ。


「……そういう顔、嫌いじゃないけど好きでもないよ」


憎しみと狂気に支配された思考を一瞬で散らしたのはそう呟いて頬に手を添えるセイだった。

今にも噴き出しそうな真っ黒な私の心の中の汚泥がもう鳴りを潜めてしまう。

こうしていつだってセイは私の狂気を宥めて、私を完全な化け物から遠ざけてくれる。


「それについては、俺も考えないといけないとは思ってる。

でも、今はただ泣いていてよ。

これは俺の我儘だけど、今夜くらいは甘えて、弱い貴女のまま眠って」


「………でも」


「俺、まだ黙って討伐に行った月のこと許してないよ?

だから貴女は時間をかけて俺の事、宥めないといけない。

明日にはここを出るなんて、そんなのは許さないから」


「それは……」


私の事を、甘やかし過ぎだ。

そんなことをされれば私の意思が、思いが信念がどろどろに溶けてしまう。


「心配しなくても、こんな事じゃ貴女は駄目になってくれないよ。

そうだったらどんなにいいかって、俺が思っててもね」


そしてそんな思考すら読み取られて、セイは綺麗に、それでいて甘えるように笑って小首を傾げた。


「月。俺のこと、また置いて行くの……?」


「君は酷い。昔、約束さえあれば何年だって待てるって、言ったくせに」


「うん、言ったね。でも仕方ないよ。

確かに俺は約束があれば貴女を待てるけど、その間寂しくて寂しくてどうにかなっちゃいそうなんだから」


やっぱり狡くて酷い。

そう言われたらもう反論なんて浮かばないじゃないか。


「……君は、私を弱くする…」


「それ、よく言うよね。

でも何度も言ってるように、それは俺が特別だって言ってるようなものだから、俺に対しては何の効果もない反論だ。可愛いね、月?」


そしてそんな言葉も、絶対、いらないのに。

目線をそらした私に対しセイは小さく笑った。


「相変わらず弱くて可愛い月で、何よりだよ。

でも、怪我をしたのは駄目。

こんな包帯巻いて、さっきこれ見た時、俺がどんな気持ちになったか分かる?」


「これは……もう、塞がってるよ。

シルヴァとギルドの医療部が煩くて、無理矢理巻かされたもので…」


「他人の名前、今は聞きたくない」


本当にそう思っているらしいセイは眉をひそめて顔をよせ、不快感を露にしたままキスをする。

まるで何かを上書きされているようだと感じながら瞳を閉じれば何度か繰り返されるその行為。

懐かしい、なんて、たった数ヶ月なのにね。


「それに、塞がってるからって、そういうのは違うだろ。

右腕だ。……貴女の腕。

ねぇ、腕を引き千切られなくてよかったって、こんな事言うのはおかしいけど、でも、これだけですんでよかった……ごめん、酷い事、言ってる…」


唇を離した彼の手は私の後頭部から首をすべり右肩へ。

きつく巻かれた包帯を弄ぶように解いて、きちんと締めたボタンを外して、傷一つ見当たらない肩を露にする。

確かめるように触れるのは、君が全てを知っているから。


「酷くなんてないよ。私だってそう思ってる」


「月。貴女の体は、まだちゃんとある…?」


「……あるよ。この右腕は、ずっとずっと私のものだ。

もう、自分を失いたくない。

完全に私のものでなくなった体で、君に触れるなんて、したくないから」


私の言葉にセイはくしゃりと笑って起き上がった。

その上に覆いかぶさる形になっていた私もそれと同様で、座った彼の上に跨っているような状態になる。


「俺は、なんだかんだ、月ならいいけどね。

貴女がどんな体でも、俺は好きだよ?」


「……でも、やっぱり、気持ち悪いし、汚いよ」


「そんな事ないって。

ただまあ、日常的に見せて欲しくはないね。

俺以外に月の本当の姿、知られたくないし?」


悪戯っぽい口調と正反対の真剣な視線。

それからつい目をそらせば隙を狙ったように肩口に唇が触れる。


「痛い……?」


「痛くないよ」


「治ったって、どういう事を指してるの?」


「……っ、」


あまりに私を知り尽くして、的を射た問いにだんまりを通そうとすれば口づけが落とされたそこに軽く噛みつかれる。

強い痛みを伴う程のそれではないけれど、それでも小さく声が漏れて私は口元を覆った。


「例えばこれが、さ」


自分がつけた、うっすらと肌に残る痕をなぞりつつセイが呟く。

声に向けた視線の先で、彼の瞳は少しだけ陶酔と凶暴さを滲ませて私を射た。


「どこぞの捨て犬なら、納得したかもね。

アレの前だと月は弱くなんてならないから。

そしてどんなに治癒の魔術に長けた人間でも、結局貴女には敵わないから騙される」


「………」


「月……俺、さっき黙って行った貴女の事許してないって言ったけど、それ以上に怪我した貴女の事を許してない。

すごく怒ってるんだよ、温厚な俺が」


「温厚って、どこが………痛っ」


確かに彼は優しいけれど、全く温厚ではない。

けれど反論した瞬間に爪を立てられ黙るしかなくなってしまう。

――そんなに、私が怪我をしたことは彼を苛立たせたのだろうか。


「だから、本当に傷が治るまで、月を城から出すつもりはないよ。

ね、治ったって、どういう事を指してるか、俺に教えてよ」


「……表面が塞がって…中の組織が、少し再生、してる」


「ふーん。つまり穴があいた月のここは、まだまだいくつか大きな柱は出来てもその周囲の肉までは再生してない、小さな穴だらけってことか。

それってさ、ちょっと衝撃きたらまた穴空くんじゃないの?

それに普通にしてて平気そうで、俺が押したり噛んだりした途端痛がるとか、基本的な痛覚切ってるでしょ?」


私の体は、少し便利にできている。

だから少しだけ、日常生活に支障がないよう痛覚を遮断することも可能だ。

目の前にいるセイはそれを知っているから注意していなければすぐに真実が露見してしまう。


「沈黙は認めたってとるよ。

ほんと、嘘吐きじゃないけど嘘吐きだよね、月は」


「嘘なんて、吐いてないじゃないか」


「だから言ってるじゃん、嘘吐きじゃないねって。

……ほら、あんまり生意気な事言って意地張ってると、なかせるよ?」


「………どっちの意味で?」


そう問いかけたのは少しだけ反抗したかったから。

なんでも私の事を知っていてくれてしまうセイに対して、少しこちらも意地悪をしたくなったんだ。

傷を負った私に対して彼はそういうことをしないし、泣き止んだ私をこれ以上泣かせるようなこともしないと私は知っていたから。


「確かめてみる?」


「それでもいいよ、私は」


近くにある整った顔を引き寄せ、熱いキスをひとつ。

今日初めての濃厚なそれはセイを少しだけ驚かせることが出来たらしい。

一瞬体が固まって、だから私は遠慮なく彼の咥内で好き勝手できた。


「……っ、だから、月!

俺がどういう気持ちで、色々我慢してるって思ってんだよ…!」


少し言葉遣いが乱雑になったのは、それだけ余裕がないから?


「君の事情なんて知ったことじゃない。

私はとても身勝手なんだ。君も知っているだろう?」


わざと身体を押し付けるように密着させれば大きくなる心音。

人ではないと感じさせる、私に身についた鋭敏な聴覚もこういう使い方ならば悪くはない。


「心臓、早いね?」


「この……、悪女!」


「知らない。君が意地悪をするからだ。肩、すごく痛かった」


そう言えば睨んでいた瞳をすぐに心配そうなそれに変えて私を見下ろすのだから、彼は優しい。


「それは、その…ごめん……

つい、何て言うか、我慢できなくて。

月が俺の前でも変な我慢するから…」


そしてそんな彼につけこむ私は確かに悪女なのかもしれない。


「そう思うなら、おわびに今日は一緒に寝てくれる?」


「………どっちの意味で?」


先程私が言った言葉と寸分たがわず、けれど私よりも切羽詰まったような声音で問いかける彼に笑みを浮かべる。

鼓動が早くて、少し体温が高くなっていて、少しねだるような瞳をしているセイ。

私の行動に反応している証拠で、それは少し嬉しい。

でも、それとこれとは話が別だ。


「勿論決まっている。健全に、私の隣でくっついて眠ってよ」






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