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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
銀色の焦燥
62/178

6-1

Side:Luna




「……何て夢を見てるんだ、私は」


馬鹿じゃないか……!?

そんな夢の中での捨て台詞が終わった直後に目を覚まし、私は自分で自分に対して深いため息を吐いた。

なんであんな、何年も前の事を今更夢に見るんだか。

しかも妙にリアルで嫌だ。恥ずかしいったらない。

その他にもたくさんの過去を夢という形で見ていた気がするけれど、目覚める直前の夢というのは妙に印象的でそればかりが意識に残る。

ああもう本当に、なんだか果てしなくこっぱずかしい。


「―――さて」


少しの間自己嫌悪で頭を抱えてから、ようやく現実に目を向ける。

イマイチ起きたばかりであまり前後がはっきりしていなかったけど、ようやく脳みそも働いてきた。

神喰らいを倒して治療を受けて、ともかく寝たんだっけ。

たぶん寝たのが昨日の夕方くらい、今は一日後のはずだ。

今日の夕飯は氷雨達に誘われたからそれまでには起きようと自分で思っていたのだし。

窓からの光の角度を見るに、今は午後三時くらいだろうか。


で、この動かない体はどうしよう。


別に傷のせいで動かないのではない。

そっちはもう殆ど塞がった状態だし、包帯だってとっていいくらいだ。

ただ目の前ですやすや私を抱き枕にしたまま眠る弟子の腕が、少し邪魔なんだよねぇ。

まあ転移で簡単に抜けられるのだけど。


横になっていた状態から一転、次の瞬間にはベッドサイドに立った状態で転移を終えた私は自分のいた空間に適当にクッションを詰めて寝室を出た。

だって体中血だらけだし、お風呂に入りたい。

昨日はもちろん、討伐の最中を含めると結果的に数日の間風呂なしで生活していたんだから、日本人の私としては限界だ。

久し振りの入浴に浮かれ気分で脱衣場に入り、手早く服を脱いでいく。

と言ってもローブと下着くらいだけど。

包帯もきちんと取って、これで準備は完璧だ。

―――それにしても。


「……よく気のつく子だね、我が弟子は」


あれだけ返り血を浴びたにしては固まらずに背を流れる髪をつまんで呟く。

たぶん寝ている間に気づいて拭いてくれたんだろう。

寝室のサイドテーブルに少し黒ずんだタオルと洗面器が置いてあったし。

そうして色々と世話を焼いて、私が言った通りにきちんと朝食と昼食を食べたら暇になって寝てしまったのかな。

確かに昼寝にはぴったりな時間だし、その行動の選択には頷ける。

昨日はあんなに一緒の布団で眠ることに抵抗をおぼえていたわりに、今日には普通にああして寝ていた彼には笑ってしまうけれど。


――ガタッ、ガタガタ……ガンッ


苦笑しつつ流れ落ちるシャワーで念入りに血とそれが発する匂いを落としていれば、何だか物音。

結構すごい音がしたけど、大丈夫だろうか。


「……シルヴァ、大丈夫かい?」


たぶん目が覚めたら寝ていたはずの私がクッションに変わっていて驚いたんだろうなぁ。

彼を拾ってからも何度かこういうことがあった。

朝シャワーを夏とかにはよくしていたから、シルヴァが起きた時に傍にいないという状況が起きたのだ。

その度彼はかなり驚いて焦って、同時に自分は捨てられたのではと恐怖していた。

だからよくこうして声をかけてあげたっけ。

今も先程の一言を獣人の鋭敏な聴覚できちんと聞き取れたことで、壁で隔てられた隣の部屋はすっかり落ち着きを取り戻している。


「少し長居するから、もう少しゆっくりしているといいよ」


できれば食事にこんな匂いは持ち込みたくない。

だから一度血をお湯で洗い落してから更に石鹸で体を洗っていくつもりだ。

髪なんかはもっと念入りに洗ってリンスをしっかり染み込ませたりしたいし、まだ三十分はかかる。

ここはギルドといってもかなり豪華な部屋だからきちんと浴槽がおいてあって、長風呂にはピッタリなのだ。

でもまぁ、一番はやっぱり“王国”のセイの用意してくれるものに限るけれどね。











「お待たせシルヴァ」


納得がいくまで体を清めて適当に部屋着を纏って浴室から出れば、リビング的な部屋の椅子に座っていた彼は待ちかねたように立ち上がってすぐさまこちらへと近づいてきた。


「ルナ……体、痛いところはない?

傷が完全に治ってないのに入浴して平気だった?

それに医療部の統括が熱が出るかもしれないとも言っていた。

怠かったり、体調が悪かったりとか…」


「あはは、大袈裟だね君は。このくらい平気さ。

それより、おはようシルヴァ。きちんと朝食と昼食をとったようで何よりだ」


「……おはよう、ルナ」


心配そうに表情を曇らせていたシルヴァのそれがようやく和らぐ。

よかった、あまり辛気臭くされたらたまったものじゃないしね。

その髪を一、二度撫ぜて先程彼がしていたように椅子に座れば、シルヴァは嬉しそうに表情をゆるめた。

背後に立ってすぐに用意したらしいタオルを広げる。

本当にこの子はよく気が付くというか何と言うか。


「髪、ふく」


「ありがとう。私が寝ていた間も少しやってくれたんだろう?」


「俺が勝手にしたこと。でも、喜んでくれて嬉しい」


感謝するのも当然だ。あれは助かった。

血って固まるから大変なんだよね。髪も痛むし。

ああして簡単にでも落とされているのとそうでないのとでは色々と段違いなのだ。


「……でもルナ、包帯を外すのは、駄目だと思う」


「おや、どうして分かったんだい?」


髪を拭い続けながら放たれた言葉に小さく首を傾げる。


「肩から見えないから。入浴前に包帯も血がついて汚いからって外して、それで面倒だからそのまま。違う?」


「……よくわかったね」


まさにその通りである。

あと大体治ったからっていう理由もあるけど。

じとりと背後から視線を感じるのは……気のせいにしたいな。


「髪を乾かしたら、医療部の統括の所に行く」


「え、やだよ。彼に知られたらまた小言を言われるじゃないか」


「駄目。ちゃんと包帯を巻くのと、悪いところがないか診察」


「もう腕も動くさ。ほら」


証拠として右腕を大きく回して見せればすぐに慌てて、でも丁寧に腕を掴まれ止められる。


「ルナ、動かすのは駄目」


「あのねぇ、君、心配し過ぎだよ」


「統括も数日は安静にって言ってた。だからし過ぎじゃない」


「余計な事を…」


シルヴァはそういう事はきちんと守るタイプなのだ。

それをこんな風にしたら私は数日の間自由に動くことも出来なくなってしまう。

恨みがましげにつぶやいた私にも、真後ろからは頑として譲る様子がないといった気配が伝わってくる。


「絶対、無理は駄目。安静にしないといけない」


「わかった、わかったよ。でも今夜の食事には絶対に行くからね?」


「それは分かってる。だからルナが安静に出来るように頑張る」


「あぁそう………ん?」


なんだ、安静に出来るように頑張るって。

ちょっと嫌な予感がする。

けれど思考は続くシルヴァの言葉で遮られた。


「あと、煌炎から伝言。七時くらいには準備を終えていて欲しいって」


「七時ね…あと一時間か」


となるとその間に着替えないといけないしシルヴァが言ったように包帯を巻かないといけない訳か。

というかどこに行くつもりだろう。

それによって着替えも変わってくるんだけど。


「どこに行くとかは聞いているかい?」


「分からない。本人が、その……出かけていて、帰ってきていなかった」


「あぁ、いつもの女あさりか」


私の言葉にシルヴァがギョッとする気配。

これは氷雨の事、誰かから聞いたな。


「ルナは、その……知って?」


「ふふっ、勿論だとも。もう結構長い付き合いだからね。

同じSS同士、戦いの後それぞれ何が必要になるのかぐらい把握しているさ」


「……」


「煌炎は食欲。私は睡眠欲。氷雨は性欲。見事に三大欲求だろう?」


「それ、煌炎も言ってた」


シルヴァが話を聞いたのは煌炎だったらしい。

彼は彼で今日は早く(というか普通の時間だが)起きて食事をしたのだろう。

大抵外の店に行く前にギルドの食堂で用意できる食料の半分程度の品を食べつくしてしまうから、その途中か外出する直前にでも会ったんじゃないかな。


「煌炎の場合は種族的なものでもあるけどね。

こうやって欲求を満たすと生きているってことが何より実感できるから、あの二人はなかなかそれを抑えられないのさ」


「生きている、実感?」


「そうだよ。……命をかけて戦う。それも生きていることを、自らがここに存在していることを何より証明する手段だけれど、同時にそれは死と隣り合わせだからね。

だから戦場から帰った時、あの二人はまだ自分が死んでいないことを実感するためああして欲を満たすんだ。

氷雨なんかは私達の中でも特にそれが一番強い」


人に触れ、そのぬくもりをどんな形であれ共有しようとするのが何よりの証拠だ。

そんなことするくらいなら死ぬような戦いに行かなければいいと思うけど、そのあとに何人も抱くことが一番いいんだと本人は言っているからそれでいいんだろう。

ただ殺気を漏らしつつ獣のように強くしつこく粘っこく求められる女性達には同情するが。

あの状態の氷雨が行くと、その店は二、三日営業できなくなる。

文字通り抱き潰すから。

横目で窓を、その先に広がる町並みを見つめる。

あの中のどれかが被害にあうわけだ。

まあその分氷雨はかなり多目の金貨を落としていくけれど。


「それじゃあルナは、寝ることでそういうものを実感する?」


そんなことを考えていたら、シルヴァにそう問われた。


――生きている実感、ねぇ。


「……いや、私の場合少し違うかな」


「?」


「前に君に教えた通り、私の体には眠りの魔術をかけてある。

だからその影響というのが大きいし、単純に眠ることが好きだからね。

私はこれでも、普段過ごしている中で自分は確かにこの世界に存在していると感じているんだ。

だから戦いもその後も、わざわざ強くそれを感じようとしたりは思わないな。

……君はどう?戦いの中に生を見出だしていたりするのかな?」


こんな忌々しい場所でこうして息をしていること、嫌でも実感する。

それで言えば私が眠るのは煌炎や氷雨と全く逆の理由、少しでも現実から逃れるためだ。

ただそうして逃げる自分が少し負けているようで気に入らないのも事実。

それを誤魔化すためにシルヴァへ逆に質問すれば、戸惑ったような気配が伝わってくる。


「………よく、わからない」


「そう」


それもそうだろう。彼はまだ子供だ。

それに戦いの中で生きていることを感じられるほど、強くも異常でもないのだから。


「そもそも、俺もわざわざ戦わなくてもいつも色々実感している」


そうして答えなど返らないと思っていたから、私は続く言葉につい瞬いた。


「いつも、色々実感?」


「そう。例えばさっき眠る前も」


「……ちなみに、どんなことを実感するんだい?」


色々と言うからには複数あるのだろうし、その中には今の話の根幹である生きている実感とやらも入っているのだろう。

けれどいまいち私には、シルヴァがそれを日々感じることが出来るほどの心や精神、感性を持っているようには思えなかった。


「俺は今傷ついて悲しくて、でも嬉しいと思う。

そういう感情の動きとか、そのせいで心が痛んだり弾んだり、それで生きてるんだなって思う」


「うーん……まあ、わからなくもない、かな。

でもさ、寝る前の話だよね?

君、寝る前に何かあったのかい?」


私は寝ていたからわからないけど、傷つくようなことや喜ぶようなことがあったのだろうか。

難儀な子だ。寝る前にそんな疲れることがあるだなんて。

けれどそんな私の感情とは裏腹に、背後の気配は穏やかであり嬉しそうですらあった。

相変わらず不思議。

傷つくことも喜ぶことも、凄く疲れる。

だから私としてはそういうのはなるべく避けたいことだし、色々と経験値だけは豊富だからそういう感情を抑えることが上手くなっている。

なのに彼はそれを感じる事が喜ばしいのだろうか。


「ん。……色々。

ルナ、髪が乾いた。医療部へ行こう?」


「やっぱり行かないと駄目か…」


「駄目。心配」


「わかったよ」


この頑固さ、困ったものだ。

それか何か他の部分に向ければいいのに。

そう思いつつ肩を竦め同意を示せば、すぐに体が浮き上がる。


「……君ねぇ、わざわざ抱き上げなくていいよ」


「傷に障る」


「私の怪我は肩だ。

それももう治っているし、つまり歩けるということだよ。

さっきだって普通に私が動いていたの、見ていただろう」


文句とともに肩を軽く数度叩けば体に回る腕の力が強まる。

ゆっくりと動き出す足、片手で開かれる部屋の扉。

残念ながらシルヴァに止める気はないようだ。


「俺はさっき、ルナが安静に出来るように頑張るって言った。

それにルナはそうかと言って、反対しなかった」


「そうかだなんて言い切ってはいないよ。

途中でおかしいなと思って黙ったじゃないか」


「でも、駄目」


歩きつつこちらを見つめる瞳がふんわり和む。

分かりにくい変化かもしれないが、この距離なら読み取るのも簡単だ。

何をそんなに上機嫌になっているのだか。


「機嫌がよさそうだね、シルヴァ」


「ルナが起きたから。

ずっと寝てるのは、やっぱり寂しい」


話して、笑ってくれるのがやっぱり一番。

そうのたまった我が弟子は器用にも頬をすりよせてくる。


「君、すごく甘えただね」


「今日は仕方ない」


「そういうこと、自分で言うかい?」


「少なくとも俺は言う」


「あぁそうかい……」


何だろう、何故かドッと疲れた。

反抗する気も反論する気も失せて、結局私は遠い目をしながらあたたかな腕に身を任せたのだった。











「宵闇、明星。準備は出来ていますか?」


ノックと共に聞こえてきた声に返事を返して室内を出る。

廊下には既に煌炎と氷雨、そして焔火が待機していた。

全員ある程度正装していて、これから行く店がそれなりの規模でそれなりに格式高いところらしいということが予想できる。

まあ、打ち上げみたいなものだし氷雨自身が依頼達成の報酬を使って思いっきり騒ぐといったようなことを宣言していたから、想定の範囲内と言えばそうだけど。

私とシルヴァも一応それなりに畏まった格好をしてあるから焦るまでも無い。

ただとことんシルヴァはきっちりした服装が苦手らしく、既に首許をゆるめたりカフスを外したりとしているが。


「バッチリだよ。というかこれだけかい?

確か剛毅と風音のことも誘うと言っていなかったっけ?」


しかしどこにも姿は見えないし、探ってみると気配すら感じられない。

首を傾げればその疑問には氷雨が答えてくれた。


「なんか依頼入ったらしいぜ?

今回は結局あの二人殆ど働いてねぇからな」


「おや、それは不運な」


基本的にギルドから冒険者に直接渡す形式の、つまりは厄介で面倒で大変な高ランクの依頼は一度受けるとしばらくは何もしなくて済む。

疲れているだろうからと休養的な感じでギルドが配慮してくれるのだ。

今回なんかはかなりの大事だったから、よほどSSの力を必要とする緊急事態でもない限り一か月ほどはギルド本部からの通達なども無く放置してくれるだろう。

なのにそれから外れてしまったらしい矛盾ペアは早速仕事だなんて。運が悪いとしか言いようがない。


「まああいつ等は次の機会だな。

で?本当に平気なんだろうな?

食ってる最中に寝たりすんなよ?いい店なんだから」


「どんな心配をしているんだ、君は。

平気だよ、満足いくまでとは言えないけどまあまあ眠れたしね」


「貴女はどれだけ眠れば気が済むんですか」


からかうような言葉に半眼になりつつそう返せば呆れたような言葉が煌炎から返ってくる。


「それはそのままお前にも返るだろ。

俺が帰り道で声かけなかったら時間忘れて食い歩きし続けてたはずじゃねぇか」


「おや氷雨、君だって人の事ばかり言っていられないよ?

今日は一体何人を相手にしてきたんだか、是非とも聞いてみたいところだ」


「……おい、さっさと話を進めろ」


おっといけない。

つい嫌味の応酬のようなことをしてしまった。

止めてくれた(苛立ちつつではあるが)焔火には感謝だ。

私はずっと寝続けていたことで数食抜いているからお腹ぺこぺこなんだよね。

と言っても煌炎ほど食べたいとは思ってないけど。


「ところで氷雨、食事というのはどこに行く気だ?」


ようやく少しは気分的にマシになったのか、服の端々をいじる手を止めてシルヴァが首を傾げる。

そんなくだけた格好も似合うイケメン爆発しろと思わないでもないが、それを言うとションボリされそうなので止めておこう。

シルヴァに半強制的に連れて行かれた医療部でまた小言を言われつつぎゅうぎゅうに包帯を巻かれたから少し意地悪したくなるんだよね。


「あぁ、そういや言ってなかったな。

帝都にある最近気に入りの場所だ」


「帝都に?じゃあ転移で戻るという事かい?」


「……そう言えば宵闇と明星はこの辺りに用があるんでしたか」


「あぁいや、それはもう平気になったよ。

どうやら探しているものはこの辺りにはないようだ」


きちんと最初の宮殿での打ち合わせ時に話した内容を記憶していたらしい煌炎が言うが、それはいいのだ。

しかし私の返答にシルヴァが驚いたように瞳を瞬かせるのは―――あ、言ってなかったんだっけ。


「君の村はこの辺りにない。

もしもあったとしたら滅ぼされたとは言え跡地のようなものがあるはずだけど、私がこの北要塞の壁の上から魔術を使った時そんなものは見当たらなかったからね」


そう、あの壁の上からのビーム。

あの時半径数十キロの森の木々が薙ぎ倒されて積もっていた雪も吹っ飛んでいったけど、村の廃墟も儀式を行うという泉も見当たらなかった。

一応これでもちゃんと探してはいたのだ、瞬間的に。

そうなると残る候補地はひとつだけだ。


「でもルナ、」


「続きは二人の時にしようか」


さすがに私も彼等の前で鎖国状態の“聖国”に密入国しますだなんて言えない。

それを悟ったからかそれとも私の笑顔の圧力におされてなのかは知らないが、大人しく黙った弟子の頭を数度軽く宥めるように叩き再び目線を煌炎へ。


「帝都に戻るならそのまま“王国”のオルドに行こうかなと思ってね。

でもそれならさっきも言った私の魔術で色々大変なことになったこの街の周囲をどうにかしておかないといけないだろう?」


「そういや派手にやってたな。修復にどんくらいかかるんだ?」


「うーん、一分もかからないよ」


適当に元に戻れって言っておしまいだし。

そう言えば氷雨には疲れたような顔をされた。何故。


「じゃあもう待ってるからさっさとやってこいよ…」


「どうしてそんな顔をされるのか、理解不能だ」


「俺はよく分かりませんが、明星も似たような表情をしていますから貴女がいけないのでは?」


「……」


振り返ってシルヴァを見つめれば慌てたように目がそらされる。

そうか、君もか。


「わかったよ、さっさとやってくるから君達はここで待っているといい」


こうなったら自棄だ、ちょっと可愛い感じに直してやる。

木とかどこぞのテーマパークみたいに何かの形に枝を整えてやる。


「宵闇、おかしなことをしないで下さいよ?

都市の景観だけでなく“帝国”の威厳にかかわります」


「………」


何故バレた。

仕方なく舌打ちして詠唱する。

事前に注意を受けては仕方がない。

ちゃんとやるしかないじゃないか。

ちょっと皆遊び心ってやつが足りてないと思うんだよね。


「【4日前の状態に戻れ】」


はい、終了。

身体から結構な量の魔力が抜けていく感覚と共にため息を吐く。

時間の魔術を使ったのは久しぶりだ。

他にも色々方法はあったけど、ついこれを選んでしまったのは夢のせいだろうか。

いつだったかセイが壊れかけてしまった時、考えなしにこれよりもっと作用の大きい時を止める魔術を使って駆けつけたっけ。

まあすぐにこの場にいる男のせいで戻らざるを得なくなったんだけど。


「おいおい、マジかよ。よくこんな術使うよな、お前。

確かに一瞬だけどすげぇ魔力食うだろ」


「早くていいじゃないか」


「ルナ、病み上がりなのに……」


「別に病気じゃなくて、怪我だし、もう治ってる」


何で良い事(壊したの私だけど)したのにちょっと責められているんだろう。

ちょっと納得いかない。


「お前ちょっと前にもこういう事してたよな。あの時の方が酷かったけど」


「あの時は急いでたんだよ。緊急事態だったんだ」


「だからって依頼放り出して“王国”の第二王子のとこ行くか?

しかも俺が忠告した直後に」


「放り出してはいないだろう」


ちゃんと時を止めたのはそういうことだ。

そう告げれば確かに、と氷雨は納得したのだが。

セイの名前に反応したシルヴァは更にこちらに詰め寄ってくるのだから困る。


「ルナ、それ、いつ?」


「いつだったかなんてしっかりしたことは覚えていないよ。

君と会う前だし、十年前くらいじゃないかい?」


「………」


ムスリと黙り込んで、この子はまったく何なんだろう。

ただ食事にこの空気はいただけないため再び目の前の弟子を宥めようと手を伸ばした瞬間、この場に新たな魔力の流れを感じ首を傾げてその発生源を見る。


「なんですかね……ガイオスから緊急の文、ですか」


自らの頭上にひらりと降ってきた封筒を危なげなくキャッチしてその表面を見た煌炎が眉を寄せる。

どうやら宮殿に仕える魔術師が飛ばしたものらしい。


「おいおい、これ以上の厄介事は御免だぜ?」


「全くだよ。ギルド側だって休みをくれるだろうし、巻き込まないでね」


これ以上働かされるとか勘弁。

そんな思いを隠すことなく告げる私と氷雨に煌炎は顔をひきつらせた。

しかしそれをぐっと呑み込み封を切って書状に目を通す。

一体どんなことが書かれているのやら。

何となく黙ってそれを見守っていた私達だけど、煌炎が心底――それはもう盛大に疲れた、と言いたげなため息を吐いて顔を上げたことで更に中身が気になってしまう。


「なあ、何て書いてあったんだ?」


「……宵闇、貴女にです」


「えぇ?私?依頼とか絶対嫌だよ?」


「そういったものでは……いえ、ある意味そうとも言えますが」


「どういうことさ」


全く意味が分からない。

訝しげに眉を寄せた私に、どうしてかお前のせいだと言わんばかりに難しい顔をした煌炎がずいと手紙を見せてくる。


「今すぐこの国を出てください。あの王太子に攻め込まれるのは御免です」


紙に書いてあったのはたった一言。

――今すぐ“王国”行って王太子を宥めてくれ――


「…………………あー…」


そう言えば私、セイに神喰らいのこと言うの忘れてた。

どっと嫌な汗が流れる。

え、この文からいって結構セイ、怒ってる?

私の背後から手紙を覗き込んだシルヴァはふんと鼻を鳴らして別に行かなくて平気、と言うけれど、セイは案外あれで心配性だしネガティブだし何より私のことを誰より考えてくれているから、放置なんて出来るはずも無い。

そこへ更に駄目押しの様に頭上から再び手紙。

最早自分で開くこともしない煌炎から差し出されたそれに目を通してみると――



―――“帝国”国主殿、これをギルドランクSS【宵闇】へ渡して頂けると有り難い。

ルナ、まずは神喰らい討伐ご苦労だったと言わせてくれ。

そして疲れているだろう貴女には悪いが、今すぐ城に来てほしい。

どうにもセイルが苛立って不安がって仕方がなくてな。

先程も一週間以内に俺の所に来なければ直接迎えに行くとまで言っていた。

私の経験から思うにあれは一週間も待ちきれずに明日にはそちらへ向かうだろう。

流石に次期国王が供もつけずに勝手に隣国に入って色々苛立ちにまかせてやらかすのは国としても不味い。

それは私達としても防ぎたい事態なのだ。

だからすまない。今すぐセイルのところに転移してやってもらえないか。

今すぐが無理なら明日の明朝でも構わない。

そうでなければ私の弟は暴走しそうだ。―――



あ、これ詰んだ。

瞬間的に私はそう思い、フレイからの手紙を視界から消した。

既に嫌な予感はマックス、というかセイ、王太子がそれは駄目だろう。

………嬉しく思ってしまう私も、駄目だけど。


「と言う訳で宵闇、今すぐ“王国”へ行って下さい。

食事は俺達で楽しんでおきますから」


「……分かってるよ」


あぁ、怒られるんだろうな。

私の今の心境と言えば悪戯が母親にバレて怒られることが確定している少年だ。

怒られると分かっていて向かうのは気が進まないけれど、きっと色々余計なことまで考えて落ち込んだり悩んだり自己嫌悪したりしているであろうセイが頭に浮かぶから知らないふりも出来ない。

それに知らないふりをしたところでどうせ明日の昼頃には強制連行されるんだし、何より私も彼の所で安心して心を落ち着かせたいと本当は思っている。

だから私は結局のところセイのところに帰るのだ。


「ルナ、“王国”に……セイルートのところに行く?」


「そうだね、そうしないと。君はどうする?

食事に行ってきて後で来るでもいいし、城に顔を出さずに一人で依頼を受けていてもいいけれど」


「離れるのは嫌だ。ルナと一緒に行く。

セイルートはどうでもいいけど、ジークには会いたいし、だから」


そう言えば二人は親しくなったのだっけ。

ジークと言えば闇ギルドにいた頃セイから念話で相談を受けたあれは解決したのかな。

そんなことを頭の隅で考えつつシルヴァに頷き、煌炎たちに目を向ける。


「じゃあそういう訳で、私達は行くよ。

食事は残念だけどまたの機会にね」


「えぇ、さっさと行って下さい」


「頑張れよー」


「……」


「君達さ、別れ際にその言葉はどうなんだい」


まるで追い払うような煌炎と完全に他人事扱いの氷雨。

焔火に至っては無視だし。


「仕方がないでしょう。それに俺達の時間は長い。

いつもの通り、またそのうち会うことになるんですから」


「そうだなー、あと百年くらいか?俺の寿命的に」


「まあそうだけどね、それでももう少し別れを惜しめないのかい、まったく」


この中で一番寿命が短いのは氷雨で、彼は今80歳だったと思うからその計算は妥当だろう。

そしてその百年の中でSSの依頼は最低でも一年に一度はあるはずだし、時には一人で十分でも残る二人をわざと巻き込んだりする。

それを思えば確かにこんなものかと納得はするが。

仕方がないと色々諦め、私はひらりと手を振った。


「それじゃあね。また会おう、センパイ方にその弟子」


最後にその呼び方を採用したのはちょっとしたあれだ、遊び心。

決して悪意のあるものではない。

急に渋い顔をした二人のSSを一瞬視界におさめつつ転移を発動させる。

勿論ずっと黙ったままのシルヴァも忘れずに。

目的地はセイの執務室。


―――ねぇ、君は怒ってるかな。

それとも悲しんでるのかな、怖がっているのかな。

これは甘えだってわかってるけど、何でもいいから、なにより先にただお帰りと言って欲しい。




その時のシルヴァ


腕に伝わるやわらかい感覚を頼りにそこに力を込めて、でも何だかいつもと違う。

それが妙に気に障り目を薄っすらと開けばそこに広がるのは漆黒の髪でも綺麗な白い肌でも穏やかな彼女の寝顔でも何でもなく。


「クッ………ショ、ン?」


ルナじゃない。これは違う。

でも、じゃあどこ?

ルナ。ルナルナルナ、どこ?


勢いよく飛び起きて、でも心が焦りでいっぱいで足元すらおぼつかない。

周囲を見回してもどこにも姿はなくて、匂いを辿ろうにも室内全体に血の匂いが充満していて不可能だ。

しっかり抱きしめていたのに、どこに行ったの?

ああしてクッションまで用意して、気づかれたくなかった?

じゃあ、俺は、置いていかれた……?


頭が真っ白になって、それでもどうにかルナを探そうと足を動かす。

でも俺はベッドに膝をついていた状態だったから、やわらかなマットの上で上手くバランスが取れずにそのまま下に落ちる。

ベッドサイドのテーブルに身体が当たって大きな音が響いた。


「……シルヴァ、大丈夫かい?」

「……!」


その時聞こえたルナの声。少し籠っていたから、たぶんバスルーム。

じゃあ、ルナは俺を捨てたわけじゃなくて、どこにも行ってない。

一度冷静になればさっきから水音が聞こえるし、きっと落ち着いていたらすぐ気づいたはずなのだ。

それにクッションも俺を起こさないようにとか、そういうルナの気遣いなんだろう。

こういうことは昔から(特に夏)よくあったのに、全く学習していない自分に呆れる。


そしてルナがきちんと傍にいるのだとわかり安心すれば額の一部分がずきずきと痛んだ。

さっきベッドから落ちた時ぶつけたところだ。

焦ってベッドから落ちて怪我をするなんて、ギルドランクA+としても一人の男としても情けない。

……遅いかもしれないけど、ルナに気づかれる前に魔術で治しておこう。


「……気づきませんように」


何だかとても恥ずかしかった。今更だけど。


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