5-11*
8 years ago
Side:Seilute
朝日が瞼裏に差し込み、一日の始まりを感じさせる。
普段通り比較的気持ちよく目覚めた俺は一度寝返りをうち、その後超至近距離に迫った美貌にため息を吐いた。
「また、寝てるし……」
目の前にはすやすやと穏やかな寝息をたてる月さん。
ある意味いつも通りの光景だけど、微妙にいつも通りじゃない。
「このねぼすけ。あと心配性」
俺の揶揄にも全然目覚める様子がないし、もう、相変わらず無防備。
あの日から既に一週間、その間月さんはずっと城に滞在して俺の傍から離れない。
心配しすぎだと思うんだよね。
……いや、まあ、嬉しいんだけど。
でも全然依頼を片付けに行く気配もないし、またギルドの関係者から色々言われて大変になるんじゃないかって、逆に俺が心配だ。
そしてなんだか今回の滞在では月さんの目覚めが悪い。
目覚めが悪い、と言うと少し語弊があるかな。
声をかければすぐに目を覚ますし、変に寝ぼけたりは決してないから。
でもなんだか、とても長く寝ているのだ。
俺が起こさないと一日中寝てるんじゃないかってくらい。
「………月さん。起きてよ。もう朝だから」
それがなんだか怖くて、俺はここ数日の間自分が起きてすぐに彼女を起こすようにしているのだけど。
そして今日もすぐに寝起きで潤む瞳を彷徨わせた彼女は、上からそれを覗き込む俺を認識しふにゃりと笑んだ。
「おはよう」
「…おはよ」
何だろ、この言い知れない破壊力。
そんなことを思いつつ起き上がる彼女を見守り寝台から下りる。
折角起きたんだし、早めにご飯食べて色々したいでしょ?
「もう朝かい…?」
「そうだよ。月さんも起きて食べよ?
一人で飯って味気ないし」
まあ月さんがいないときは大抵一人で食べてるから慣れたものだけど。
でも折角彼女がいるんだから、やっぱり一緒に食べたい。
俺の誘いにゆるく頷き、月さんも目元をこすりつつベッドから抜け出した。
くぁ、と欠伸をする様に少し起こしたことを申し訳なく思うけど、彼女は怒ることなくいつも上機嫌でいるから止められない。
少しは嫌がってもいいのに。そしたら俺も自重するのにな。
「何をそんなに深く考え込んでいるの?」
そんなことを思っていたら正面から顔を覗きこまれて慌てた。
明らかに誤魔化してます感満載で顔の前で手をふって否定を示す。
「や、なんでも。そんな気にしなくていいことだし」
「?」
「大したことじゃないって」
「なら教えてくれたっていいじゃないか」
うっ、そう言われると…
「……まだ何か心配事や嫌なこととか、不安なこととか考え事があるのかい?」
眉を寄せそっちの方がよっぽど深刻そうに尋ねてくる月さんに、なんだか良心が悲鳴をあげてる気がする。
いや、別にそんな月さんが心配することじゃなくて、むしろ俺が貴女を心配してるって言うか。
「セイ?」
問うように名前を呼ばれて、仕方なく俺は腹を括った。
だって黙ってるとか出来なさそうだし。
「……あーもう。違うって。
月さん、あんま怒ったり不機嫌になったりしないからさ。
俺、気づかないうちにやり過ぎてないかなって考えてたの」
前なら敢えてスルーしてくれただろうけど、最近の月さんは心配性だからそれはきっと無理だ。
まあその原因は俺にあるんだけど。
でももう少ししたら月さんの方も落ち着くんだろう。
……逆を言えば、今の月さんはどこか落ち着きなさげで普段よりかなりガードが甘いってことだ。
「不機嫌?怒る?………私が、君に?」
全く予想外の事を言われたとばかりに彼女は数度瞬き首を傾げる。
「全然しないでしょ?
いっつも笑顔なんだもん、そのせいで甘えちゃって月さんに負担かけてないかなって」
「おや、負担だなんて。
甘えてしまっているのはお互い様だろう?
それに、私は確かに普段から笑みを浮かべて周囲を騙している部分があるけれど、君に見せているのはいつだって心のままの表情だ。
だから君が心配するようなことは何もない」
「月さんはいっつも俺に甘いじゃん」
だからその点では信用できないんだよね。
そういった意味を含ませて告げれば、彼女がむぅ、と眉根を寄せる。
「君だって私に甘いだろう。
別に普通だよ、これくらい。無理も無茶もしていない」
「……俺をあの村まで迎えに来てくれたとき、氷雨って奴に怒られてたじゃん。
すんごい魔法使って依頼放り出して来てさ」
月さんは輝くような笑顔を浮かべた。
それが逆に分かりやすすぎる。
「よく覚えていたね。
あの時君は随分と動揺していたようだったのに、きちんと周囲に意識を向けていたなんて。
これも成長というものなのかな?」
「話そらさないの」
やれやれ。
そう言いたげに肩を竦める月さんをジロリと見つめれば、彼女は案外簡単にあの時の事を話してくれた。
なんでも依頼は片付いたから、SS依頼に対する守秘義務は薄くなってるんだって。
「あの日は“教国”で領地争いが激しくなっていてさ。
私と氷雨はそれをなるべく被害を出さないように止める役割を負っていて、それが依頼内容って言うか、総代から指示された事だったんだけど」
思ったよりもそれが大規模でしかも激しく、武力抗争にまで発展していたらしい。
ともかくそれをどちらにも大きな痛手を負わせることなく終息に向かわせなければならず、しかしいい手段が思いつかない。
考えあぐねている時に、月さんは俺の異変を察知したそうだ。
「……ちょっと待って。
何で俺になんかあったって分かったの?」
「あぁ、それは君にあげたヘアピンに精神安定の効果がある魔術を保険としてかけておいたから。
それが発動したのが分かって、それで君のところに行けたんだ」
「……いやいやいや。なに、精神安定って」
「……だって仕方ないじゃないか」
彼女は言い訳するように横を向いた。
「君がいつ何を切欠に現実に気づいてしまうか全くわからない状態だった。
そして気づいた君がどんな行動に出るのか、私には全く予想がつかなかったし。
……悪いとは思ってるよ。ごめん。
勝手に黙って色々してしまって」
「そんなに俺、ヤバそうだったの?」
「………私は君に対して過度に心配性なんだ」
自覚あったんだ。
そんな思いが顔に出ていたのかジロリと彼女の瞳がこちらを向く。
「………てか、話それてるし!」
そこで俺はハッとした。
なにこれ、元々は月さんがどんな無理をしたかの話だったのに完璧にそれている。
何で俺の話してんだよ。
愕然としたこちらに対して月さんは肩を竦めて嘆息する。
やっぱ分かってて話のばしてたな、この人。
「……で、俺に気づいて月さんはどうしたの?
あの時俺は半分意識なかったようなもんだし時間の感覚は分かんないけど、結構はやく来てくれたよね?」
そうじゃなかったら俺、たぶん自殺してたか他の場所に行ってやっぱり人殺ししてただろうし。
「……いや、時間がかかった。
私が異変に気づいて君のもとへ行けたのは一時間程たってからだ。
そのせいで国王達に余計なところを見られてしまったしね」
確かにあの場には“王国”の上層部である四人が勢揃いしていた。
あの四人は月さんよりも早くあの場に着いていたということだろう。
「ごめん、それ俺が連絡したからだ。
余計なって、なんか迷惑かけた?」
「いや、迷惑って言うか……君は、ああいうところ、見られたくないかなって」
ごにょごにょと小さく言う月さん。
なに、つまりは俺のことを思ってって事だよね?
何て言うか本当にもう……この人は仕方がない人だ。
「そんな気を遣わなくていいよ。
俺は月さんがいてくれればそれでいいし。
他人なんて今更どうでもいいって」
「そうもいかないよ。
君はこれからもここで暮らすんだから。
……君がいいと言うなら、すぐにでも彼等の記憶を改竄するのに」
「それは平気だって言ったじゃん」
月さんが城にやってきてお互い長い話をした後すぐ、彼女は記憶の改竄が可能であることを俺に告げた。
村が滅びたことは事実だから記憶を消去することは出来ないけど、どうして滅びたのかという過程の部分を変えることは出来るって。
あの事は俺だけが覚えていればいいことで、十分すぎるほどに苦しんでいるんだから周囲からそれを責められる謂れはないはずだと月さんは強く主張した。
加害者であるこの世界の人間から更に傷つけられる俺のことを見てられない、なんて言っちゃって。
俺ってすごい大事にされてるよね。
あの日はもうガキかってくらいぐずぐずに月さんに甘えきっていたからその提案には頷きかけたけど、直前で俺はやっぱり首を振った。
「別にあの人達は俺のことを分かることができないんだから、なに言われても最終的にはいいの。
月さんが分かってて、俺のこと責めないでいてくれるんだしね」
「………」
彼女はふいと横を向いた。あれ、拗ねた?
「月さん?」
「……別に。君がいいなら、いいけど。
ねぇ、食事にしようよ。もうお腹がペコペコだ」
え、なにそれ。
結局今どう思ってんのかよくわかんないし、てかだから話それてるし。
「月さん、話の続きでしょ」
「えぇ?もういいじゃないか。
私としてもあまり話したくないんだよ、間に合わなかった話なんて」
「間に合ったよ、月さんは。
ほら、どうやって現場に収集つけて俺んとこ来てくれたの?」
「……あぁもう、わかったよ」
さっきから全く話が進んでない。
朝食はそれが終わってからだと言外に示せば、彼女は観念して息を吐いた。
「ちょっと大掛かりな術を使って、その場にいた全員の時間を止めたんだ。
で、君のところに転移したはいいけど君と話をしている途中で完璧に術がかかっていなかったらしい氷雨が邪魔してくるし、魔力はガンガン削られていくしで結局途中退場さ」
月さんは本当にあの時の事を悔いて、自分を情けなく思っているらしい。
全然そんなことないのに。
それにしてもその話で思い出したことがあった。
「月さん、氷雨ってやつから忠告受けてたの?
俺のとこ来すぎって。
なのにこんなにここにいて大丈夫?
後々なんか言われたりとか」
「あぁ、平気だよ。
私は今療養休暇中という扱いになっているからね」
「ギルドって休暇とかあんの…?」
そんな企業じゃあるまいし。てか、療養って。
「言っておくけど、怪我とかをした訳じゃないし体は健康そのものだよ。
ただちょっと魔力の消費が激しかったから申請したんだ」
「魔力……その時を止める魔法のせいで?」
そう言えば氷雨ってやつも無茶するなとか言ってたっけ。
同じ魔術師だからそういうの分かるってこと?
………俺ももっと魔力あればよかったのに。
「なにもそれだけじゃないさ。
抗争を止めるために大地を割ったり、それを修復したりしたしね。
他にも領地交渉の時に色々小細工したりと、今回は忙しかったんだ。
おかげで眠りが深くなって嫌になる」
「え、月さんが最近起こさないと起きないのって魔力が少ないからなの?」
「うん、まあね。
……もしかして変に気にさせてしまった?」
「や、それはまあ……程々に?」
取り合えず誤魔化しておく。通じたとは思えないけど。
月さんが言うに、魔力を回復させるには睡眠が一番らしい。
だから無意識のうちに体が深く長く眠ろうとして今のようなことになっているんだとか。
「ほら、これでいいだろう?早く食事にしようよ。
君は別にやり過ぎたりしてないし、私は君に対して怒っても不機嫌になってもいないから。
…むしろ心配になるのは私の方だ」
「え?」
「………あー、いや、特に深い意味はないけど」
そう言って目をそらす月さん。
でもそれ、誤魔化してるよね?
「心配って?俺が月さんに怒ったり不機嫌になったりしてるか心配ってこと?」
「いや、何て言うか…」
「そんなのそれこそあり得ないよ」
俺がどれだけ助けられてると思ってるんだか。
けれど彼女はありがとうと苦笑するだけで、どうにも反応が悪い。
ってことは、心配な事はそれじゃないってこと?
「ねぇ、月さん、」
「……もうさすがに空腹が限界だよ。行こう、セイ」
あ、知らんぷりした。
さっさと寝室から出ていっちゃうし、相当言いたくないことなのか。
……それとも俺には聞ける資格がないって事なのか。
そうだったらかなりショック。
でも話の流れ的に俺に関わることのはずなんだよね。
教えてくれればいいのに。
モヤモヤした思いを抱きつつも、結局それ以上はその場では聞くことができず。
仕方なく俺は気をとりなおして彼女の後を追った。
で、食事をとった後。
城の料理長に頼んで厨房を貸してもらって、月さんが作ってくれた弁当を持って俺達は城の外に出た。
ちなみに親父とか侍従長に許可をとった上での外出だ。
目的は魔物退治。
こっちについても周囲に心配されたり渋い顔をされたり止められたりで大変だったけど一応了解を得ている。
月さんが説得に協力してくれたっていうのもあるし、彼女がずっと傍についているなら安心だと周りも思っているのもあるだろう。
「この辺りがいいかな。
個体でも群れでも魔物が現れやすいはずだ。
近くに結構気配を感じるからね」
周囲をぐるりと軽く見回した月さんが呟いてその場にレジャーシート(っぽいもの)を敷く。
靴をぬいでその上に座り込んだ彼女は困った様に小首を傾げた。
「じゃあ、私はここで見ているけれど…」
「うん、そこでゆっくりしてて。俺はもう平気だから」
「わかった」
この外出は実戦に慣れるためのもの。
月さんは別に必要ないんじゃないかと言っていたけれど、俺としてはやっぱり必要だと思う。
もうあんな風に自分を見失わないためにも、これからもこの世界で生きていくためにも、そして月さんの傍にいて恥ずかしくないように。
そんなこと彼女は気にしないって、分かってるけど。
「でも不思議なんだよね」
「うん?」
剣をもてあそびつつ呟く。
魔物の気配は俺も感じとることができていて、だからこそまだこちらには来ないと分かる。
「あの時、半分くらい意識がないような状態だったのに体が勝手に動いてたって言うか、さ。
知らない動きも普通に出来てて、あれ、何だったのかな」
「あぁ………」
納得したように声をあげた月さんは少しの間黙って、どこか暗い口調で告げる。
「呪い、じゃないかな」
「え?」
「……この世界の神からの。
恩恵とも、もしかしたらとれるのかもね。他の人間にとっては。
私も召喚された時に余計なものを与えられた。
本当にあの男は余計なことばかりしてくれる」
「………ちょっと待って」
聞きたいことは色々ある。
召喚された時のこととか、その与えられたものとか。
でもそれよりも。
「月さん、その口ぶりだともしかして神サマと会ったことあんの?」
「そう言えば君には黙っていたね。
あるよ。直接対面したのは召喚時とその後に一度だけ。
あと“教国”の何代かに一度の教主は神を宿すことができるから、神が憑依した時に何度か話したかな」
そんなあっさりと……
てか教主にそんな能力あるとか聞いたこと無いんだけど。
「神降ろしの儀式は毎年国をあげて新年に行われる祭事でやってるんだけどね。
熱心な信者でも無い限り信じないから仕方ないかな。
実際神を宿せない前任の教主なんかは宿ったふりをしていたから、あながち信用されないのも当然だけど」
「ふーん。今の教主は出来るの?」
「うん。私と神しか知らないことを言っていたから間違いはないよ。
……直接文句を言ったり、転生の意味を問うのはやめた方がいい」
考えていたことを言い当てられ手が止まる。
つい月さんを見れば、疲れたような顔。
「苦しくなるだけだから、やめた方がいいよ」
そしてその表情をくるりと変えて、いつも通りの笑顔になる。
「それに神と対話なんてしたら教主がしつこく絡んでくる。
神に選ばれし人だとか、頼むから秘訣をとか、“教国”に留まって欲しいとかね」
「………月さんそんなこと言われてんの?」
最初の言葉だとか表情だとか、そっちに対して言いたいことはたくさんあった。
でもそれは駄目な気がして結局後半部分への言葉しか口にすることができない。
そして恐らくそんな俺の状態をわかった上で、彼女はそのまま話に乗った。
「ふふ、一度しか言われていないけれどね。
最初に言われたときに断ったら取り合えず諦めてくれたよ。
ただ会うと時折何か言いたそうな目で見つめてくるけど」
「ふーん、てことは“教国”のトップともある程度親しい仲なわけね。
月さんどんだけパイプもってんの。俺妬いちゃう」
「親しいと言ってもそれほどでもないよ。
今の教主は敬遠な信徒になれとか、そういう他人への宗教の押し付けと言うのかな……それがないから少しは話が通じる人間だと思っているだけ」
「今の、ってことは前任は違ったの?」
確か“教国”の国主が代替わりをしたのは今から五年くらい前だったはず。
それで言えば月さんが前任者と会っていても不思議なことはない。
ただこの件に関してだけそうでも、既に俺は彼女の外見年齢と諸々の経歴の時間軸が合わないことに気づいてしまっているからあまり意味はないけど。
「そうだね。前任者は神こそ全てでありその神を信じ敬う自分達こそが正義であると信じて疑わなかったから。
日本はあまり宗教観念が無い国だろう?
私の家もそうだったから、そういうコテコテの宗教国家や思想は苦手だったんだ。
だから前任者が治めている間は殆ど“教国”には近づかなかったな」
「確かに俺もそういうの苦手だなー。
……じゃあさ、月さんが“聖国”のことを嫌いなのも、あの国が結構コテコテな主義と理念を持ってるから?」
月さんは何度か瞬いて、静かな笑みを浮かべた。
その瞬間自己嫌悪。
なるべく自然なノリで聞こうと思ってたのに、全然出来てないんですけど。
色々俺のことでバタバタしてたけど、視察の間に団長から聞き出した内容を忘れている訳じゃない。
彼女が“聖国”を嫌っているらしいこと。
出来るならその理由を聞かせて欲しかった。
他ならぬ月さん自身の口から。
「君は知らない間に不器用になったね。
そんなに会話運びが下手だった覚えはないのだけど」
「うっさい。そんくらいいっぱいいっぱいなの。
あと話そらすの禁止ね。ねぇ、なんで嫌い?」
「………今までの君なら、私が自分から話すまで待っていてくれたんじゃない?
そうして明確に問いかけて、答えを強請るようなことはしなかったはずだ」
確かにその通りだ。
でも俺が気づいたことで貴女が知らないふりをするのを止めたように、俺だって知らないふりや気づかないふりを止める。
「いいから教えてよ。
俺は月さんのことを知りたいの」
「…………いいじゃないか、そんなことどうだって」
「俺にとってはどうでもよくなんかない」
「………魔物が来るよ」
「月さん」
「君だって分かってるだろう。
お喋りしてるような余裕があるの?
まだ実戦は一度しか経験していないくせに」
確かに魔物はやっとこっちまで来てくれたけどさぁ。
タイミングが悪いって言うか何て言うか。
大体この程度の相手なら話しながらでも十分やれるし。
そんな文句を心のなかで呟きながら、弄っていた剣をしっかりと構える。
――月さんがそういうことするなら、俺にも考えがある。
「じゃあ、昼飯の時聞くから。
話してくれるまでずっと諦めないからね?」
「えー………」
「えー、とか言わない。
それ言いたいのこっちだし」
これでも俺は譲歩している(たぶん)。
今から昼時まで、月さんに心の準備をする時間あげたんだもん。
十分優しいよね、俺。
そしてこっちが譲歩した分、向こうもそうするしかない。
なら月さんにはしっかりきっかり話してもらわないと。
………って、思ってたんだけどね。
「あーもう月さんの馬鹿…」
結局それは出来ずじまいで、俺は城の自室で暇をもて余すことになった。
いや、月さんのせいじゃないんだけどね?
でも何だか作為的なものを感じるって言うか、去り際のちょっとホッとした彼女の表情を思い出すと何とも複雑な気分になる。
俺が軽々と魔物の群れを片付けたところまではよかったんだ。
魔物の気配はまだ数体周囲にあって、だから昼飯はそのあとぐらいで時間的にもちょうどいいかな、とか俺は暢気に思ってた。
でも月さんはレジャーシート(っぽいもの)からすぐに立ち上がってこの外出の終了を俺に言い渡したのだ。
なんか、またギルドからの念話が来たんだって。
それでギルド本部に彼女は呼び出されて、それはギルドのトップの総代直々のものだから余程のことでも無い限り断れなくて、彼女は申し訳なさそうに、でも少しホッとしながら(絶対俺の気のせいじゃないと思う)一度俺をこの城に送り届けてから本部へ向かった。
俺は一人で昼飯を食べることになるし(まあ月さんの手作り弁当だからいいけど)、月さんから話は聞けずじまいだし、昼から今(ちなみにもう夕方だ。信じられる?)までずっと放置プレイだしで踏んだり蹴ったり。
総代の呼び出しがどんな用事のものだったとしても一度俺のとこには戻ってくるって約束したから待ってるけど、そうじゃなかったらさすがの俺でもふて寝してるよ。
「あーもう、早く!」
待てば待つほど気持ちが逸ると言うか、誰もいない部屋でこんな風に一人言いうとかどうなのって自分でも思うけど我慢できない。
もうこうなったら全部聞いてやろうかな。
月さんの今までの事、全部。
俺が何も聞かないままだと思ったら大間違いだ。
俺が彼女に弱音を吐いて泣いて縋ったように、俺だって月さんに頼られ縋られたい。
同じがいいんだ、彼女とは。
どちらかが強く寄りかかるでもなく、対等で、でも支えあってこの世界でどうにか生きていきたい。
きっと月さんは今俺に隠している事をあまり話したくは無いんだろうし、これは俺の我儘なんだろうけど。
ただ、何よりも。
「………嫌われたらどうしよ」
それだけが不安要素。
強く踏み込みすぎて避けられるとか……想像しただけで泣ける。
いや、実際のとこそんなもんじゃない。
それこそ絶望だ。
そういう恐れがあることも今まで俺が月さんの過去を聞けなかった理由のひとつ。
でも、月さんは俺に怒ったりしないって言ってたし…
彼女は嘘はつかないから、たぶん大丈夫………な、はず。
「――遅くなってごめん」
そんな風に不安でそわそわしながら待っていた俺のもとへ、ようやく月さんが帰ってきた。
「遅い。………おかえり」
「ふふっ、わかっていたけど、待っていてくれたんだ?」
「そりゃね。俺、月さんには色々聞きたいことあるの。
このままだと逃げられちゃいそうだからちゃんと待ってた」
ソファに座って待っていた俺に苦笑した彼女はその言葉に呆れの表情を浮かべる。
だってどうせ今日の呼び出しも依頼なんでしょ?
「よくわかったね。
確かに君の予想通り、明日の朝ここを出るよ」
「ほらやっぱり。今日はもう寝かさないから」
「子供はもう寝る時間だ」
「俺は子供じゃないっつーの」
「はいはい。で、聞きたいことというのは昼も言っていた“聖国”が嫌いな理由について?」
軽口を叩きつつ月さんが目を細める。
あ、仕掛けてきたな。負けないけど。
「うん、まあね。
それだけじゃないけど、まずはそれから」
「それだけじゃない、ねぇ…
まあいいや、嫌いな理由は簡単だよ。
私をこの世界に召喚したのが忌々しいあの国だからだ」
苛立ちや憎しみを隠そうともしない、けれど美しい笑みを刷いて月さんが告げた内容に俺はどうしても動揺した。
予想してなかったと言えば嘘になるし、可能性のひとつとして頭に浮かべてはいたけどやっぱり衝撃だったんだ。
ずっと気になってはいた。月さんを召喚した人物。
でも召喚当時のことを彼女は一切話さないから、駄目だった。
……いや、まずは落ち着かないと。
「だから、月さんは“聖国”が嫌い?」
「そうだよ。当然だ。
あの国が私をここに堕とした。
恨まないでいられるはずがないだろう?
本当なら国ごと滅ぼしたかったところだけれど、そうすると対外的に少し厄介になるからね。
仕方がないから可能な最小限で我慢した」
可能な最小限。月さんの言うそれは一体どこまでなのか。
問おうとして開きかけた口は彼女に先んじられ閉じることを余儀なくされる。
「それで?他には?」
「……随分乗り気だね」
あんなに話したがらなかったくせに。
それに長い間俺は気づいていなかったけど。
彼女は肩を竦めて意地悪く、あるいは俺を試すように笑った。
「君を信じているんだよ。
セイ。君は私を困らせたりしないだろう?
君は私の味方なんだよね?
なら私が苦しくなるような問いを向けないと、私は信じているんだ」
「…………」
「次の質問はなんだい?」
昼から時間が空いたことで、月さんは上手く自分を落ち着けたようだ。
少なくともこんな風に俺に揺さぶりをかけられるぐらいには。
くそ、昼までは俺が揺さぶれてたのに。
しかもこっちの弱いところをガンガン突いてくるし。
彼女の事だ、俺がこの問いを投げ掛けることで嫌われたら、と不安に思っていることを察しているに決まってる。
その上でそんなこと言われたら余計聞くのに勇気が必要じゃん。この悪女。
「聞きたいことがあるんだ。
月さんの、召喚されてから今までの話。
あの世界の地球の日本から、こっちの“聖国”に召喚された瞬間。
そこから俺に会うまでの全部の貴女の過ごした時間を教えて」
――それでも俺は、踏み込むけど。
「……はぁ?私が召喚されてからの話?」
彼女は珍しく思いきり顔をしかめた。
「そうそう。俺があんなにイタくて恥ずかしい時期をさらけ出したんだからさ、月さんだって教えてくれてもいいじゃん」
「まあ確かに、君はなかなか痛々しかったよ。
私にしがみついて声をあげて泣き叫んだ時にはジークもかなり驚いていたようだしね」
「俺の心のヒットポイントがどんどん削られてくんだけど」
「ふふっ、いいじゃないか。
あのおかげで彼は私を認めてくれたようなものだ」
確かにあれ以来、ジークは今までが嘘のように月さんになつき始めた。
ルナ様ルナ様と後を追い、自分の邸へ連れ帰られる時は駄々をこねているし。
……って、また話をそらされてる。
「だからさ!月さんの、昔の話!
日本の話はもう殆ど聞いたし、そろそろ話してよ。
……それとも、俺のことまだ信用できないわけ?」
「……別に、そういう訳じゃないよ。
君は私の、大切な同胞だ」
下を向いた俺の耳に月さんの優しい声が響く。
こんな声を出すなんて狡いと思う。
「でも、だからこそ君にはあまり話したくないな。
誠、君はこの前の事件で明確にこの世界で生きる意思を持ったはずだ。
違うかい?」
「……確かに俺は、ちゃんと“王国”のセイルートになろうって思った。
でもそれとこれとは関係ないじゃん」
「そうでもないよ。
私は出来れば君の決意を揺らがせたくはないんだ」
「……やっぱり、召喚されたとき何かあったんだ」
確認するように言えば、月さんはあからさまにため息を吐いた。
「わかっているなら聞かないでくれないかい?
君だって聞いて気分の悪くなる話は嫌だろう」
「でも俺は、話して楽になった部分もあったんだよ」
ふと、月さんが表情を消して俺を見つめる。
たぶんここが踏ん張りどころだ。
今俺は誰よりも彼女の傍にいて、その心の扉の目の前に立っている。
俺の拙いノックで、彼女は扉を開いてくれるだろうか。
「本当はあの事件だって、俺が全部背負わなきゃいけないことだった。
でも俺は月さんに縋ることでその重荷を月さんにまで背負わせたんだ」
「別にそんなことはないさ。
君はきちんと負うべき荷を十分すぎるほど抱えている」
「でも話して俺が楽になったのは事実なんだよ。
これは俺の自覚的なものだから、月さんには否定できないよね?」
「肯定もできないけれどね」
ああ言えばこう言う。
なんてもどかしいんだろう。
ねぇ、俺は貴女に縋ったよ。
だから月さんも、俺に重荷を預けて。
貴女がこの世界の話をする時、あちらの世界の話をする時、その瞳が悲哀と憎悪に翳る事、俺がずっと気づかないと思った?
そんな事ない。だって俺達は同じ世界の人間だ。
「どうしても、話して欲しいんだ。
月さんの哀しみとか憎しみを完璧に共有することは出来ないと思う。
でも、教えて欲しいんだ。
俺は貴女の過去じゃなくて、心を知りたいから。
――これって、望みでしょ?」
彼女が息を呑む。
俺は今まで、一度だって月さんに何かを望んだことはなかった。
ずっと同じ場所に立っていたかったから。
でもそんな俺のこだわりなんてもうどうだっていいんだ。
「……酷い人だね、君は」
月さんは困ったように、いっそ泣きそうな顔をした。
絞り出すようにそう告げる。
そんな顔をしないで欲しいという思いと、俺の前でだけはそうしてすべてを曝け出して欲しいという感情が同時に湧き起って、辛い。
「君だけは私に何も望まなかったのに。
ようやく求められた内容がそんな――酷くて、優しいものなんて」
「月さん……」
再び紫の瞳を開いた彼女は、酷く疲れた表情をしていた。
そんな顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、もう退くわけにはいかない。
「そんな顔をしないで欲しいな、誠。
話す。話すよ。……でも、勘違いをしないで。
私は君が望んだから過去を話すんじゃない。
さっきのは望まれたことには絶対カウントしないからね。
君になら話してもいいと思ったから話すんだ。
――聞いてくれるかな、誠司?」
「……うん、勿論。
ごめん、ありがとう月さん」
彼女の言葉に嬉しくなって、胸がいっぱいになる。
ようやく笑みらしきものを浮かべることができた俺に月さんは長くなるからと、いつかのようにグラスを差し出した。
君よりも、きっといつだって私の方が心配だ。
いいや、心配なんてものじゃない。
恐れてさえいる。
私の感情がいつか刃となって君を傷つけやしないか。
ねぇ、私は君に語っていないことが多すぎるんだ。
私と君は同じじゃない。
君の事、私は羨ましくなんて無い。
自分とは違う境遇で、心が壊れそうな時にそれを支えてくれる他者が傍にいる君を妬んでもいない。
でも、どうやったって過去の傷跡は痛むから。
だからいつかそれが君に牙を剥かないか、とても恐ろしいんだ。




