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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の本当
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2-4

Side:Luna




眼下で休む間もなく刃を交わし続ける弟子と友人の姿は、なかなか見ていて面白い。


「……若いねぇ」


「ルナ様、その感想はどうかと」


思わず呟けば、隣に座るジークは苦笑した。


「ん?ああ、君も同年代だったか。混ざってきてもかまわないよ」


「御冗談を。私はあそこに混ざるほどの力もありませんよ」


彼の回答につい笑ってしまう。それこそ御冗談を、だ。


「何を言っているんだか。

君がセイの味方をしてやれば、シルヴァはもっと早く簡単に倒せるだろうに」


「おや、いいのですか?

自らのお弟子さんのことをそのように」


「いいんだよ」


事実なのだから仕方がない。

私は意味のない嘘はつかない主義だ。


「シルヴァはセイに勝てないさ。

君単体ならいけるかもしれないけれどね」


「耳の痛い話です」


「すまないね。君の事を侮っている訳ではないから怒らないで欲しいのだけど」


「いえ、事実ですから」


やわらかな物言いに少し安心する。

まったく、ここには出来た子が多い。


「さて、彼らの勝敗の話だったね。

元々シルヴァは剣の技術も、力も、体術もセイに劣っているから。

唯一勝てるとしたら魔術の勝負だけだろう。

セイには魔力が殆どないからね」


「ええ、セイル様は魔術だけがからきしですから」


「でもそれだって、君という魔術に秀でた側近がいれば何も問題はないさ」


ジークは“王国”で第二位にあたる魔術の使い手だ。

彼は元々人にしては多い魔力を持っていたが、同時にそれを疎んでもいた。

だが魔術が殆ど使えないセイの事を支えようと、自ら魔術師への道を志し今に至る。


「シルヴァが魔術を使ってセイに挑んだとしても、彼はきっと負けるだろう。

私に勝てないのと一緒だよ。

私もセイも、押し付けられたものが大きすぎる。

簡単には負けられない程に」


セイは凄まじい身体能力と剣技、体術、記憶。

私はつくり変えられた身体と魔力、剣技、体術、知識。

そのどれもが、本来なら持つべきではないはずだったというのに。


「押し付けられた……ですか。

それが、お二人が決して私達には明かして下さらない秘密なのでしょうか」


「君には関係のないことだよ。

少なくとも、私は君に何も語ることはない」


「はい。出過ぎた真似を致しました」


「いいや。――それに、私はそうでもセイは違うかもしれないからね」


私には彼の考えは分からない。

だから私からは語る気はないし、セイがジークに話すことに賛成も反対もする気はないのだ。

にしても、最近はどこか重い話が多い気がする。

私としてはこの辺りで気分転換をしたいところなのだが。


「ところで昨日からシルヴァの様子がおかしいのだけれど、私が何かしてしまったのかな?」


私の問いに、ジークは困ったような苦笑を浮かべた。

これは何か知っている顔だ。


「様子がおかしい、ですか……」


「私は人の感情というものに鈍いからね。

まあもしくはそろそろ独り立ちする時期がきたのかな、とも思っているのだけど」


「いえ、それは有り得ません」


「……嫌に強気の意見だね」


彼がこんなに強い口調を発するなんて珍しくて、つい驚いてしまった。

いつの間に二人はこれほど仲良くなったのだろう。


「……失礼いたしました」


恥じるように目を伏せたジークに笑って首をふる。


「いや、構わないさ。

何にしろ私にはどうすることもできないし、どうにかしようという気もないから」


「……そうなのですか?」


怪訝そうな顔をする彼は、きっと善良な人間だ。


「そうだよ。私は流されるようにこの地で生きて、誰かの望みを叶えていけばそれだけでいいんだ。

いつかこの身が灰となるまで。

それに他人の感情なんて関係ないし、どうとも思わないさ。

私は最低な部類の人間だからね。

いつも言っているだろう?私は限りなく人に近い何かでしかないんだよ」


「……確かにルナ様の持つ力はあまりにも強大ですが、なにもそのような物言いは」


「ああ、君はいつもそう返してくれていたね」


だが私の言うその言葉の意味は、そういったものではないのだ。

それは言わずに苦笑して再び戦う二人に目をおとす。

―――おや?


『君が俺に勝てたら話してあげようか?

君の知らない、(ルナ)さんのこと』


「……どうやら我が友人は、ろくでもないことを企んでいるようだ」


その言葉にジークは戸惑ったように首を傾げた。

ああ、そう言えば彼は普通の人間なのだ。

既に声を伝える魔術は切ってあるし、この距離では聞こえないのも無理はない。


「……と、言いますと?」


「いや、少しお喋りが過ぎるみたいでね。

特に問題はないから構わないよ。私は関与しない。

―――もちろん、君とシルヴァが何を考え、お互いどんなことを話しているのかに対しても、ね」


それぞれ個の考えというものがあるし、私はそこまで踏み込むつもりもない。

ただ、私にとってそれらが害となるのなら遠慮なく潰させてもらうけれど。


「……ルナ様は、何をどこまで見抜かれているのでしょうか」


「ふふ、私は何も分からないさ。

そう、君達のことなど何一つね」


「私にはそうは思えません。

貴女はいつも物事の先を読んでいらっしゃる」


「君からそこまでの高評価をもらえるなんて嬉しい事だ。

―――さて、もうすぐ決着がつきそうだしこちらも始末をつけようか」


私はついさっきまで手元で弄んでいた魔力を紡いだ糸を勢いよく引いた。

クンッと確かな手ごたえを感じ、糸が震える。

なにしろこっちが、安全管理を任された私の仕事なのだから。


「本当にルナ様には驚かされるばかりです」


「そんなに褒められると調子が狂うな。

にしてもこんなに寄ってたかって暗殺者がくるというのも、ここまでくれば面白いものだね。

取りあえず全部括っておいたから、後は城の方でよろしく頼むよ」


「はい。既に手配してあります」


対応が早くて助かる。

彼に頷いて糸を切り、私は思い切り伸びをした。

その途端に捕えた暗殺者の仲間から敵認定でもされたのか、親指程の太さの鋭い針がとんでくる。

定番だが毒でも塗ってあるのだろう。

刺さればたぶんひとたまりもないんじゃないかな。

この距離だと、まだ私にしか見えないようだ。


「“王国”の兵は優秀になったね。十五年前とは比べ物にならないくらいだ」


「当時は相手がルナ様だったことがなによりの敗因かと―――っ、ルナ様!」


針がジークでも目視できるほどに近づき、彼が焦りの声を上げる。

ああ、そんな大声を出したら二人に聞こえてしまうじゃないか。

特にシルヴァはこの手の事にうるさい。


『……っルナ!?』


あぁやっぱり。

今のシルヴァは耳も出しているから、普段よりも五感が鋭くなっているのだ。

その動揺と隙を見逃さないセイが彼の玉を全て砕くのが視界の端に映る。

うん、我が弟子はまだまだ修行が必要なようだ。


「問題ないよ。あれは殺してしまって構わないかな」


シルヴァにも聞こえるように心なし声を張る。

寸分の狂いなく左胸めがけて飛んできた得物は、けれど刺さることなく私の手におさまった。

これくらいのスピードなら掴むのも簡単なのだ。

そして私を直接狙ってきたことに敬意を表して、これは相手に返してあげようではないか。


「よいしょ、っと」


自分でも馬鹿かと思うくらい気の抜けた掛け声だが、何も言わず投げるというのも味気ないではないか。

かと言ってやる気に満ち溢れた、というのもキャラではないと自覚している。


「うーん……ああ、刺さったみたいだね。

城壁の下に一つ死体が転がっているから回収しておいてくれるかな」


「……たまに貴女といると、自分の未熟さが嫌になってきます」


「何を言っているんだい?

君は未熟なんかじゃないだろう。

正真正銘半熟ってところだよ」


「……褒め言葉と受け取って、よろしいのでしょうか?」


「もちろんさ」


ジークは本当に微妙な顔をしていた。

褒めたんだけどなぁ。





さて、暗殺者の始末もあらかたつけたし、下の二人の戦いも終わった。

取り敢えず落ち着きのない様子の弟子のもとへ行ってあげるとしよう。


「終わったし、行こうかジーク。【転移】」


「はい……!?」


一瞬で先程まで見下ろしていた闘技場の中央へ降り立つ。

ついでにシルヴァとセイにかけてある魔術も解いておいた。

いつまでも周りに玉が浮いていたら目障りだからね。

横でジークが、シルヴァ様の気持ちがわかった気がします、とか言っていても気にしない。


「ルナ、怪我は!?」


「するはずがないじゃないか。

それより君ね、戦闘中に他のことで意識を乱してその隙をつかれるなんて初歩的なミスをしてどうするんだい?」


「………」


「まあまあ、シルヴァ君はルナさんのこと心配なんだよ」


「隙をついた当人に言われてもね。

――それと、あまり戦闘中に無駄口を叩いていると君の口を二度ときけなくするよ?物理的に」


チクリと刺すように言えば、セイは一瞬ギクリとした顔をした。

だがそれを他の二人には悟られないようすぐに消し去り、普段通りのおちゃらけた表情を浮かべる。

この辺りは流石というところか。

現代日本も“王国”王城も、偽りの顔なしでは生きにくいから。


「物理的にって酷!

てかそれジークも言ってたけど流行ってんの?」


「大流行だよ。君に対しては。

さてセイ。我が弟子の実力はどうかな?

どうも君に惨敗したみたいだけれど」


シルヴァが顔を俯かせる。

頭を撫でて慰めようかと手を伸ばしかけたが、昨日からどうも彼は私から距離を取りたがっているようなので止めておいた。

変わりに労いの意を込めて飲み物を目の前に浮かべてやる。

彼はそれに気がつくと、一度こちらの顔色を窺ってからおずおずとそれを受け取った。


「うん?まあ及第点。

邪魔にはならないと思うし。

それよりルナさん、俺には?」


「辛口だねぇ。

じゃあシルヴァが護衛の時はジークもいた方がいいだろうね。

いないときに私が護衛を担当するということでどうかな?」


大の男にねだられても可愛くもなんともないが、仕方なく亜空間を探る。

そう言えば会わない五年の間に、彼とジークへの手土産が結構増えていたような。


「確か君、甘いものが好きだっただろう?

以前カカオが手に入ってね。チョコレート作ってみたんだ」


「!! ルナさん流石!

うわもう、マジで惚れる」


「はいはい。味見はしたから心配はないよ。

あと、シルヴァにはどんなに欲しがってもあげないように」


その言葉でじっとこちら(正しくは私の手元)を見ていたシルヴァが悲しそうに肩を震わせる。

甘党だからといってこれまで食べさせるわけにはいかないだろう。


「え?何でシルヴァ君には……あぁ犬だから」


「狼だ」


「怒んないでよ。種族的にはあんまり変わらないじゃん」


そう、犬にチョコレートは厳禁である。

ねだられて、実際にあげる前に気がついてよかったと思う。

私はペットを飼っていたことはないが、犬にチョコレートや玉ねぎは駄目だという程度の知識はあるのだ。

まあ、シルヴァは犬と同じ扱いをされるのを心底嫌がるから彼には言えないけれど。


「………」


「ほらシルヴァ、拗ねないで。代わりにこれをあげよう」


「………これは?」


「お!キャラメル!」


掌に転がされた紙に包まれた茶色の塊に、シルヴァは首を傾げた。

反対にそれを覗き込んだセイは歓声をあげる。

……いくら日本が懐かしいからといって、彼は少し幼児化が進みすぎじゃないだろうか。


「ルナさん俺にも!」


「セイル様……」


「君はいくつだ。

ほら、セイは気にしないで舐めてごらん。

私の故郷で昔からある、やわらかい飴のようなものだよ」


騒ぐセイの口にキャラメルを放り込みシルヴァに微笑む。

そして飴を貰っただけでぴたりと静かになる第二王子は如何なものか。

ジークも道端に転がったごみを見るような目で彼を見ていた。


「……!甘くて美味しい……これ、始めてくれた」


「おや、覚えていたのかい?

そうだよ。あの時も手持ちにあったからね」


シルヴァを弟子にとると決めた日、ギルドから部屋をとっていた宿までの道で腹を空かせていた彼に食べさせたものだ。

あの時は彼が遠慮しないように説明もなにもない状態で口の中にキャラメルを突っ込んだから、目で見ても分からなかったのだろう。

これは何かと尋ねられても、小さな子供に説明するのは難しい(と言うか面倒)と思ったので飴だとしか伝えなかったのだ。


「キャラメル…」


「うん。まだあるから、欲しくなったらいつでも言うといい。

もう名前も分かるんだしね」


「ありがとう、ルナ」


こちらに来てからずっと固かったシルヴァの表情がふわりとゆるむ。

つられて私もつい笑みを深くした。


「いいよ。こんなもので君が笑ってくれるのなら安いさ」


「……ルナっ」


「おっと」


ぎゅう、とシルヴァが抱きついてくる。

おかしいな、ついさっきまでは私から距離を取りたいようだったのに、今度は急接近だ。

一体この数秒でどんな心境の変化があったのやら。

私にはさっぱりである。

それにしても抱き上げられたり、頭を撫でてあげたり、手を握ったりはしたことがあるけれど、抱き締められるのは初めてだ。


「うわ、天然タラシ」


「貴方も人のことは言えませんよ。シルヴァ様、よかったですね」


「ん」


外野もシルヴァを止めてはくれないようだ。

別に抱きつかれるのが嫌なわけではないけれど、すりすりと擦り寄られたりクンクンと匂いを嗅がれるのはどうにも居心地が悪い。

こういうところは正に獣人という感じがする。


「なんでもいいけれど移動しないかい?

こんなところに突っ立っていたらまた暗殺者のいい的にされるよ」


「俺達がいい的にされることって可能性としては無いに等しいと思うけどね」


「私はこの羞恥プレイから早く脱出したいんだ。

こらシルヴァ、いつまで嗅いでいるつもりだい?」


「ルナは甘い臭いがする……」


私は食べ物ではない。


「ルナ様、シルヴァ様を思ってもう少しそのままにして差し上げて下さいませんか」


「そう言えば君はシルヴァの味方だったね……

わかったよ、わかったけれど、場所は移させてくれないかな」


「勿論です。

口出ししてしまい申し訳ありません。

代わりに今回は私が。

【我等の望む場所へ転移せよ】」


恭しく一礼したジークの詠唱に合わせて視界が一瞬光に包まれる。

他人の術で転移するのは久しぶりだから少し勝手が掴めずにふらついて、未だ私の体に手を回したままのシルヴァに支えられてしまった。

師匠としては情けない限りなので次からは気を付けなければならない。

そして転移で移動した先は最早なれた空間、セイの私室だった。






「それで?護衛の計画を詰めようか」


「……ルナさんそのまんまやるの?」


「私も進言した身ですが、少々目のやり場に困りますね」


現在私がいるのはもれなくシルヴァの膝の上である。

シルヴァがなかなか離そうとしない上、立っているのが疲れたと言えば抱き上げられてこの状態に持っていかれた。

彼の耳と尻尾は未だ出っぱなしの状態であり、正直尻尾の振り幅がすごい。

バッタバッタと革張りのソファーに揺れる尻尾が当たって音がするのだ。

そしてそんな私達のテーブルを挟んだ正面に座るセイとジークは心底微妙な顔をしていた。

その気持ちは分からないでもない。

私だって目の前にこんな人間がいたらそういう顔をするだろう。

ちなみに私は今、無我の境地に至っている(と言うか自棄になっている)ので羞恥心はもはや皆無である。


「まず大まかなところは私がさっき言った感じでいいと思うんだ。

だから細かいところをこれから決めていきたい」


「え、スルー?」


「……そうですね。

確か私がセイル様の傍に控えているときにはシルヴァ様が、そうでない時にはルナ様が警護にあたられるという内容でしたか」


「ジークまでなの?

ルナさんに流されすぎでしょ」


基本的にセイの言葉は黙殺である。

そしてシルヴァは先程から黙ったままなのだが、どうしたものか。

まあ嫌なことがあればきちんと自分から言うと思うので話を進めるとしよう。


「やっぱりあれだよね、議会。

あそこにも着いていかないといけないけれど、私はあんまり歓迎されなさそうだし、かと言ってシルヴァは新参者だからなめられそうだし」


「……?ルナは歓迎されない?」


「おや、喋る気になったのかい?

そうだよ。昔少しだけここの議員連中には悪戯をしてしまってね」


私の肩から顔を上げたシルヴァはどうやら話に興味を持ったようだ。

そして目の前の二人は揃って遠い目になった。

私としては自覚はあるが知らんぷりを決め込みたいところである。


「悪戯、ねぇ……

あれが悪戯って、ルナさん絶対間違ってる」


「一体何があったんだ?」


「そうですね………あれは7年ほど前の話でしょうか。

当時“王国”では超大型の魔物が幾つもの町や村を襲っていまして、その被害は甚大なものでした。

そこで我々は当時からギルドランクSSとして“宵闇”の名を轟かせていらしたルナ様に協力を願い出たのです」


私もそのことは覚えている。

あの時もヒルルクから緊急の依頼があると聞いて、ふらふらと放浪していたところをオルドヘ呼び戻されたのだ。

そしてその途中でとある少女に会った。


「けど私、困ったことに正式に依頼を受ける前にその魔物を狩ってしまったんだよねぇ」


「え」


「そうそう。あの時の貴族連中の顔といったら、傑作だったよね。

しかもまだ絶命して間もない、血が噴き出たままの魔物の首を持って城に討伐の報告に来たルナさんに向かって偽者だろう、とか本当にお前が倒したのか、とか文句つけてさ」


「………へぇ」


何だか背後のシルヴァが放つ空気が段々刺々しいものになってきているような。

たぶん私が馬鹿にされて怒っているんだろう。

だが私としてはそんなことよりも望みを叶えることが重要だった。


「恐らくそのまま押しきれば莫大な依頼達成金を渡さなくてもいいと考えたのでしょうね。

ですがルナ様はそのようなものに一切関心を示さず、ただ魔物に襲われ更地となった土地の復興を進言された」


「そう望まれたからね。道で会った女の子に」


住んでいた村が魔物に襲われ、命からがら逃げ出してきた少女。

彼女は私に助けてと望んだ。

生きたいと、あの場所が大切なのだと、何も失いたくないのだと望んだ。

だから私はそれを叶えなければならなかった。

他ならぬ私こそが、その悲痛で残酷な望みを。


「だけど貴族は馬鹿だからねー。

一部の奴等はそれにも反対してさ。

あ、俺と親父とか、他の善良な貴族は勿論賛成したよ?

でも反対意見があったのも事実で、それを親父は上手く抑えられなかった」


「それでルナはどうした?」


シルヴァの問いに口許が歪む。

そんなもの、答えは決まっている。


「簡単だよ。反対した貴族全員を説得(・・)したのさ」


「説得、ねぇ?

あれって説得って言うんだ」


「勿論。他に何と言うのか疑問だね」


「脅は


「やはり初回はルナ様とシルヴァ様、両方に参加していただき、慣れた頃にシルヴァ様一人で、という方式でよろしいのではないでしょうか」


セイ、脅迫と言いかけたな。

ジークが被せるように口を開いたが、最初の三文字でバレバレである。

確かにまあ、そうとも言うけれど。


「そうだね、そうしようか。

後はセイのプライベートな時間かな。

寝るときとかは流石に傍につかれているのは嫌だろう?

私が部屋に結界を張ろうかと思っているのだけれど」


「あ、それ助かる。

俺の魔術は役に立たないし、ジークに毎日頼むのも悪いと思ってたし」


「私は悪いと思わないと?」


「ルナさんは魔力量とか気にしなくていいからね」


確かにセイの言う通りである。

長く冒険者生活を続けているが、今のところ一度も魔力切れを起こしたことはない。


「うーん、それじゃあ私からはこのくらいかな。

シルヴァは何かあるかい?」


「ない」


すっぱりと断言された。

あっさりした子である。


「それじゃあ二人はどうかな?」


「この時期は大きな外交や行事もありませんし、私からは何も」


「あ!俺ある」


「……どうでもいい事だったらさっきも言ったようにその口を塞ぐよ」


どうにも嫌な予感がしてそう言えば、セイはぴたりと停止した。

警護には関係のないどうでもいい話だったらしい。

やれやれだ。


「まあ、一つくらいならいいかな。何の話だい?」


「いやぁ……久しぶりにルナさんの手料理が食べたいなーと」


ピクリと腹に回されたシルヴァの手が反応する。

まだ昼食には早いが、体を動かしたことで空腹なのだろうか。

にしても手料理とは……彼の言う“私の手料理”ならば、恐らくきちんとした日本食が食べたいという事なのだろう。

確かに私は方々を歩き回って食材を手にいれ、それを自分で調理して食べることも出来るが、仮にも王子たる彼の身分ではそれは難しい。

それに何だかんだとセイの元へ訪れた時には料理を作ってやっていたので、彼としては五年ぶりの日本食が恋しいのだろう。


「わかったよ。何が食べたい?」


「味噌汁!」


「君ね………はぁ、鯖や鮎も手に入っているけど?」


「鯖の味噌煮と鮎の塩焼き、厚焼き卵、梅干し、おひたし!

さっぱりしたものがいいから、肉系はいいや」


相当飢えているらしい。

よくもまあそんなにポンポンと出てくるものだ。

だが材料的にも技術的にも作れないわけではないので頷いておく。


「ジークは今日これからずっとセイについているのかい?」


「えぇ、その予定です」


ならば調理の時間は好きなだけとれるということだ。


「じゃあ今晩は担当の料理長に話を通しておいてくれるかな」


「かしこまりました。私も楽しみにさせていただきます」


「慣れない味だろうに、変わってるね」


“王国”は勿論洋食が主体であるし、米を食べる文化のある“帝国”もどちらかと言えば中華風で和食には程遠い。

従ってこちらの人間には全くと言っていいほど馴染みのない味だ。


「シルヴァ君は気が向けばいつでも食べられるんだもんなー。羨ましいわ」


「俺もあまり食べさせて貰ったことはない」


「え、そうなの?」


シルヴァの返答にセイは意外そうな顔をしたが、私としては当然のことだ。


「材料が少ないというのもあるけれど、やっぱり洋食がいいかなと思ってね。

わざわざ珍味を食べさせることもないじゃないか」


「俺だって旨いと思う」


そうは言うけれど、やはり慣れた味の方がいいと思うのだ。


「まぁ、それではシルヴァ様も今日は滅多にないルナ様の故郷の料理を楽しみましょう。

わざわざ腕をふるって下さるのですから」


「……そうする」


こういう時にジークがいてくれてよかったと思う。

普段からセイの唯我独尊っぷりに慣れている彼は宥めるのが上手いのだ。

シルヴァは師弟という立場もあってか、私がそうしようとすると何でも納得したふりをしてしまうし。


「それじゃあ私は午後から働くわけだし、少し辺りをふらついてくるよ。

護衛はジークもいるし、シルヴァで事足りるだろう?」


「うん、構わないけど。ルナさんどうするの?」


「まあ色々とね。

ヒルルクに報告もしようと思うし。

……という訳だ。離してくれるかな?」


未だ腰に回されたままの手の持ち主を振り返れば(首だけしか動かせないので地味に姿勢がキツい)、彼は何とも言えない情けない顔をしていた。

所謂ミカン箱である。


「別にここにいても出来る」


「折角滅多に近寄らない王都に来たんだから、買い物だってしたいじゃないか。

まあ君が離してくれなくても構わないんだけどね」


このままの姿勢で転移すればいいだけだ。

幸い依頼主の許可は得られたことだし、この捨てられた仔犬のような目に罪悪感を覚えないうちにさっさとトンズラしなければ。


「じゃあ、そういうわけだから。

昼は用意してくれなくていいよ。

たぶん昼過ぎくらいの帰りになると思うから」


パチン、と指を鳴らせば(本当はこの動作も必要なく、無詠唱で転移できるがそれっぽさを出すための演出である)たちまち回された腕や座っていた脚の感覚は消え、代わりにふわりとした浮遊感が私を襲う。

座った状態で転移すると、転移先でそのまま尻餅をつく可能性があるので本当はあまり実行したくない手であるが、そこはチートな運動神経でカバーする。

そして放置してきた弟子だとかは今はスルーだ。


「久しぶりの一人の時間だし、楽しまないとね」


別にシルヴァと一緒にいることが苦痛な訳ではないが、やっぱり一人の時間は大切なのだ。

私という人間には特に。


さて、まずはヒルルクへの報告から済ませるとしようか。





オマケ:ルナと貴族の実力行使による脅は……説得



「……へぇ、じゃあ復興に出すお金はないって…?」

「ふん、当然だろう。というかそもそも、お前は本当にランクSSの最強と名高い“宵闇”か?」

「全くだな。その首も、幻かよくできた紛い物か…信用できんものだ」


ああ、面倒だな。

国王はどうすることも出来ないでこっちを見てるし、さすがにまだ外見年齢十一歳のセイにはこの場での発言は難しい。

こうなると私がどうにかしないといけないだろうし……てっとり早く黙らせればいいかな。

あの子の望みを叶えてあげるには、そうするしかないようだし。


「君達さ」


にっこりと微笑めば、私の顔に騙されたのか文句を垂れていた貴族たちは揃って黙り込む。

こういう時自分の顔がとても便利だと思うけれど、同時に相手に対して馬鹿だなあとも思う。


「死ぬか議会に賛成票を入れるか、どっちがいい?」


一般人向けになんとなく目分量でおさえた威圧を放つ。

相手を黙らせるにはこれが一番いいと分かっているのだ。

――あれ?なんか静かだな。


「……ルナさん、皆気絶してる」


セイが呆れた目で見てくる。

うーん、どうやら一般人にはキツすぎたようだ。

意識を保っているのがセイしかいない。

ん?でも逆に、これってチャンスじゃないかな。


「おきなよ」


目当ての貴族たちに近づいて足で蹴りつけ椅子から落とす。

それでも意識を失ったままなんて、本当に手間をかけさせられる。


「起きろと、私が言っているんだ」


もう一度、今度は抑えることのない威圧を浴びせかければ体がビクンッと震え、彼等は揃って目を覚ました。

一種のAEDのようなものだ。

彼等は私を見つめて、ヒッ、と情けない悲鳴を上げた。

人の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼だな。


「ルナさん、自分が今どんな顔してるか分かってないでしょ?すんごいおっそろしい顔してるからね?笑ってんのに笑ってないっていう器用な事してるから」

「セイ、茶々をいれないでくれるかな?私は真剣なんだ」

「はいはい、分かってるって。あ、そういうことだから俺助けないから。アンタらも国民見捨てようとしてるわけだし自業自得だよね?他人にやったことは自分に返ってくるっていう」

「そ、そんな、殿下…!」

「五月蠅い。不愉快だし、黙ってくれるかな?私は君達に首を縦に振るか横に振るかしか求めていないんだよ」


声に魔力を込めれば、貴族たちは私の言葉通り声を発することが出来なくなる。

うん、魔術って便利だ。


「さて、君達が持っている選択肢は二つだ。ひとつは復興に国が金を出すことに賛成すること。これに賛成なら首を縦に振ってくれるかな?……あれ?まだもう一つの選択肢を聞いていないのにこっちにするのかい?」


貴族たちは素晴らしい勢いで頷いている。

でもさ、それじゃつまらないだろう?


「まあそう言わずに、もう一つの選択肢も聞いておきなよ。ふたつめはまあ、簡単に言えば死ぬことだね。私が今考えている方法としては、そうだな――実演してみせようか」


折角だしね。

持ってきていた魔物の首を引き摺って(なにしろ私を一呑み出来そうなくらい巨大なのだ)彼等の前に掲げ、端と端を両手で握る。


「こういう風に、真っ二つというのはどうだろう?こちらがよければ首を横にふってくれるかな?」


ぶちぶちぶちっ、となんともグロッキーな音を響かせて力任せに引き裂いた魔物の頭から血や肉片が貴族たちの上へ落ちる。

そんなに顔を真っ青にして震えて、幻かにせものだろうって言ったのは彼等なのにね。

私は不要となった魔物の残骸を適当にその場で燃やし(勿論床に敷かれた絨毯などに燃え移らない様に魔力を調節している)、貴族たちに吐息がかかるほど顔を近づけた。


「さあ、君達はどっちを選ぶ?」






「いやもうさ、ホント月さん鬼だわ」

「失礼な、私はただ彼等を説得しただけじゃないか」

「そりゃ確かに手は出してないけどさー」



手を出していなければ全て“説得”になると考えているルナ。

セイルートもなんだかんだ同じ様な考え方を持っているため本気で批判はしない。

ただからかうだけ。

勿論反対派の貴族の方々は揃って意見を百八十度変えました。

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