5-8*
8 years ago
Side:Seilute
ようこそ葡萄の村へ。
そんな感じが全面に押し出されているような、辺り一面葡萄畑で埋め尽くされた中規模の村の入り口で俺達は立ち尽くしていた。
……冬だからもう殆ど枯れてるけど。
こうしてただ突っ立っているのには勿論ちゃんとした理由がある。
「領主の話だと案内の人がいるんじゃなかった?」
「その通りです。
伝達は行っているはずですが…」
まあ結構他の村や街から離れているし、周囲は木立に囲まれていて田舎感が凄い(悪口じゃないよ?)。
だからちょっと時間にルーズなのかなと思わなくもないけど。
でもこんな風に間を置かれるとさぁ。
――月さんの事はひとまず保留にしていた。
不安や疑念がない訳じゃないけど、やっぱり彼女の口から直接話を聞きたい。
こういうことは下手に自分勝手に考えた方が話が拗れちゃうから。
そんなことで月さんとの間に溝ができてしまったらそれこそ耐えられないし、なら俺はちゃんと月さんに向き合いたい。
……こうやってやることないと考えちゃうんだけどね!!
「馬車もこのまま入り口に置いておいたら邪魔だし、本当にどうしようか。
勝手に入ってくのはやっぱりマズイ?」
「ふむ……いえ、構わないでしょう。
あまりここで案内人を待ってセイル様が風邪を召しても大変ですし」
いや、そこまでヤワじゃないけどさ。
でも寒いの好きじゃないしお言葉に甘えるとしますか。
ただこの場合馬車に乗るべきか否か、悩ましいね。
「歩かれますか?」
「あれ、乗らなくていいの?」
団長の事だからお乗りください、っていう一択だと思ってたのに。
やっぱりこれでも王子だし、警護とかの問題でね。
言われたら仕方ないかなとは思ってたけど、じっとしてるのは今は良くないからそれは嬉しい。
「あまり仰々しくしても仕方がありませんからね。
こういった村は下手に格式張ったことをしない方が色々と上手くいきます」
「年の功ってやつ?」
「……私はまだ年寄りでは無いつもりですが」
目と手振りで部下に指示を出し馬車を移動させた団長に続く。
小数精鋭だからこういう風に簡単に指示が通って楽だ。
ただ周囲を軽くだけど武装した大人に囲まれて歩く10歳っていうのもどうなんだろう…
端から見たら捕らえられた宇宙人みたくなってるんじゃないかな。
「少なくとも俺よりは年上でしょ」
まあ俺はちょっと特殊だけどね。
でも精神年齢的にも一応俺のが年下だからセーフのはず。
「にしてもなかなか建物に着かないんだけど、入り口から距離ありすぎじゃない?」
村の入り口はちょっとした丘の麓みたいな位置になってて、その頂上に見える建物達がたぶん住人の家だ。
ただそこに至るまでの坂道が長い。
すごく緩やかな坂だから疲れはしないけど、永遠と左右に続く代わり映えのない葡萄畑を見ながらだとどうにもね…
「お疲れならば馬車に」
「いや、全然疲れてないから。ただの世間話じゃん…」
「私としても色々と考えているのですよ。
先程セイル様は話の途中で急に顔色を変えられましたので」
「あぁ…」
バレてた。てかそりゃバレるよね、あんだけ分かりやすく動揺すれば。
それを団長なりに心配してある程度好きにさせてくれてるって事か。
「私はこのように気が利きませんので、外の空気を吸えばいいのか馬車内で安静にしていればいいのか判断がつかないのです」
「そこまで堂々と言う人も珍しいよね…
俺としては外の空気吸いたかったから助かったよ。ありがと」
「安心しました」
なんだこのちょっとした気恥ずかしさ…
下手に正直に言われすぎて照れ臭いんだけど。
あーもう、何か話変わるような出来事無いかな。
「……て、あれが案内の人か?」
もうすぐ建物に着くというタイミングでその裏手から出てきた中年男性。
明らかにこっち見てるし、そういうことなのかな。
俺達は案内人がいると領主から伝えられただけだから、どんな人が案内してくれるかまでは分からない。
まあ間違っていても絶対に村の人間だろうから彼に案内人を呼んできてもらえばいいんだけど。
「そうだと思いたいものですが…
すまないが、この村の人間だな?
伝令が来てはいないか?」
おぉ、中々攻めるな団長。
てか仕方ないことだけど偉そうだ。
まあなめられないためにわざとやってるんだけどね。
そして質問された男性はと言えば困惑を露に小首を傾げた。
あれ、知らないのかな?
「伝令……領主様からですか?」
「あぁ、きちんと伝わっているようだな。
葡萄酒の製造過程の視察に来た。案内役を頼む」
「それなら聞いています。
遅れてすいません、任せてください」
団長の言葉に男性はにっこり笑って頷いた。
なんかボーッとした感じがする人だけど大丈夫かな?
そう思っていたところに視線を向けられてあわてて誤魔化すための笑顔を浮かべてみせる。
考えてることが伝わるとは思ってないけど、やっぱり気まずいよね。
「こちらは…」
「第二おう――
「あぁ、俺はただの甥です。
ちょっと叔父さんに着いてきちゃって。
将来のために領地運営とか見ておきたかったから。
まああんまり気にしないで」
団長の言葉を遮るように言う。
この場に俺という子供がいて、真っ先に第二王子だと考えない。
それは彼がこの視察に第二王子が来ることを知らない、もしくは知らされていないということだ(自慢じゃないけど俺って結構有名人だし)。
領主が気を利かせてくれたんだか伝令のミスだかは知らないけど、これを使わない手はない。
団長には睨まれたけど知らんぷりをしておこう。
「そうですか。貴族の方はこんな年頃からしっかりしていらっしゃるんですね」
向こうは良い感じに俺をどこぞの爵位持ちと勘違いしてくれたらしい。
子供扱いされている気がしなくもないけど仕方ないし、我慢しよう。
「建前だけどね。外出なんて中々できないから。
俺はセイル。お兄さんは?」
「エシドと言います。
案内は初めてするので不慣れですが頑張りますね」
「よろしくね」
エシドはにこにこと笑ってそれでは、と体の向きを百八十度変える。
「早速案内しますね。
畑は見ての通りなので、製造所からかな」
「確かにその通りかも」
「………よろしく頼む」
暢気にゆっくり歩き出したその背に、ごきげんな俺と不承不承といった体が見え隠れする団長が続いた。
「ご存じの通りこの村は葡萄酒作りが盛んで、“王国”内でも結構人気なものが作れていると思います。
ただ小規模なので、そこまで量は作れないんですけど」
案内役は初めてだとか言ってたけど、エシドは存外上手く役割をこなしていた。
エシドはああ言っていたけど、実際のところ彼の案内は中々だ。
要領が良いっていうか、分かりやすい。
製造所の中をエシドと団長と俺の三人で歩きながら(他の護衛組は外とかで待機だ)、正直俺は感心していた。
「こっちにあるのは酒樽ですね。
ここで時間を置いて発酵させます。
ただここのはちょっと特殊で、ある高名な魔術師さんに術をかけてもらってあるんです。
そのお陰で早く美味しい葡萄酒になるんですよ」
「へぇ、そんな仕掛けがあるんだ」
「だがそんなものは聞いたことがないぞ。一体どんな術を?」
まあ確かに。
この世界の魔術は基本的に戦いのために使うもので、勿論生活にも根付いているものだけどそういうものを行うのは魔術師になれないような弱い魔力を持つ人間だけだ。
なのにそんな高名な魔術師ってやつが食べ物のために(失礼だけど)田舎の村に魔術を提供するなんて。
「そうなんですよ。
しかも後から聞いたらギルドで有名な人だったみたいで、奇跡みたいな話ですよね」
「……なんて人?」
ギルドで有名で食にこだわりがある高名な魔術師。
それ、なんか嫌な予感。
「宵闇様という人です!
俺は会ったこと無いんですけど、親父の話だとそりゃもう綺麗な人だとか」
「………」
「そ、そうか…宵闇殿が」
「あれ、知ってますか?
やっぱり有名なんですね」
知ってるって言うか、ねぇ。
てかほんとに何やってんの月さん。
微妙な顔になる俺達に気づかずエシドはそのままにこにこと話を続けていくけど、知り合いの事をこうして話されるってなんか複雑。
「なんでも真冬に雪野原で寝てたところをうちの親父が拾ったらしいです。
最初は神の遣いか何かかと思ったとか言ってましたよ」
そして雪の中寝てるとか、何してるのほんとに。
寒いでしょ。寒がりの癖にそれは寒いでしょ。
凍死したらどうすんのさ。
まあ辺り一面真っ白ななかにあの人が寝てたらそりゃ確かに幻想的な光景だろうけど。
「よく凍死しなかったものだな。
この辺りは南部と言えど寒さもそれなりだろう。
……宵闇殿ならばあり得ない話でもないが」
「そうですね、触ったらすごい冷たくて親父も驚いたみたいです。
それで家に連れ帰って温かいものを出したら、お礼に一つ望みを叶えさせて欲しいと言われたとか」
「あぁ、それで葡萄酒のこと言ったんだ」
ならまあ納得。
超言いそうだし、エシドの父親も冗談混じりに言ったら本当に叶えられてそりゃあ驚いただろう。
月さんは現代女子高生がどこでそんな知識仕込んでくるのって聞きたくなるくらい物知りだ。
ワインの発酵の仕組みなんかを知っていても不思議じゃないと思う自分がいる。
だってあの人炭酸飲料作れるんだよ?
三ツ矢サ○ダーの味再現してたんだよ?
「そうなんですよ!
すごいですよね、パパッと数秒足らずで。
気づいたらもう色々終わっていたみたいで親父はただの冗談だと思ってたらしいんですけど、しばらくして急に葡萄酒のできが良くなってギルドに問い合わせてみたら宵闇だっていうし。
親父、大喜びしてギルドに宵闇様宛でかなりの酒を送ったらしいです」
「……そう言えば宵闇殿が酒盛りだと言って恐ろしい量の酒を城に持ってきたことがあったが」
「なにそれ、俺知らないけど」
「セイル様が生まれる前でしたから仕方がありませんよ。
私もその頃はまだ団長職ではなくただの一兵卒でしたから」
またこれだ。
誰も月さんの年齢の事に気づいてない。
これはやっぱり彼女が何かしてるのかな。
……って、考えちゃダメなんじゃん!!
後で聞くって決めただろ、俺!
頭を振って思考を追い払う俺を見て何を思ったのかは知らないが、エシドは思いついたように言った。
「あ、疲れますよね!
どうせです、うちの村の葡萄酒を持ってきますから飲んでみてください。
セイル様には出せないので葡萄ジュースですけど」
……まあ、見た目10歳だからね。仕方ないけど。
改めてもう一度言われた内容にがっくりしつつ頷く。
まあ喉は渇いてたし。
いそいそと準備をする彼を横目に、団長は内緒話をするように少しかがんだ。
「どうですか、セイル様」
「ん?まあいいんじゃない?
勉強になったようなならなかったような…
ルナさんが関わってるとは思わなかったから、その辺りがね。
魔術の内容について今度教えてもらいたいな」
そして実を言うと気になることがもう一つ。
「ただ他の村人に全然会わないよね。
建物の外を歩いていてもそうだし、この中を案内してもらってても」
そう、俺達が見たこの村の人間はエシドだけ。
普通は他の人も出てくるものじゃない?
ただでさえ視察って名目なんだからなるべく歓迎して好印象を抱いてもらいたいと考えるのが普通のはずだ。
それにワインの製造に関しても月さんの魔術があるとは言え、管理者もつけないで放置するなんて考えにくいし。
でも団長は大して疑念を抱いた様子も見せずに首を傾げた。
「確かにそうかもしれませんが、まあそこまでおかしく思われるものでもないのでは?
私達を警戒しているのかもしれませんし。
こういった村はよそ者に対する警戒心が強いですからね」
「んー……まあ、そうかも、ね」
でもなーんか俺としては引っかかるんだよね。
まあ団長がそう言うならこれ以上はこの場では言わないけど。
「ところで今晩はこの村で一泊されていった方が良いかと思いますが…」
「それは任せるよ。時間的な問題があるだろうし」
元々この視察は行き帰りで十日分用意されているプランだ。
その与えられた十日間で俺は領地を回って最終日の夜には城に帰っているようにしないといけない。
今はもう五日目で半分を切っているし、この村の他にも見たいところはたくさんあるからそれをきちんと消費するには時間を気にしておかないと。
一応見たいところは事前に伝えてあるから調整は団長がしてくれるはず。
「時間の方は心配ありません。
お疲れのようですし、今日はこの村で過ごしましょう」
「お疲れって、こんなんで俺は疲れないけど。
分かってるでしょ?俺団長よりも強いんだよ?」
そんな俺をつかまえてお疲れって。
体が子供だからってあまりなめないで欲しい。
でも俺の文句に団長は困った顔をした。
「それはわかっておりますが……
セイル様はまだ実戦の経験がありません。
話が少々違ってきてしまうかもしれませんが、訓練と実戦が違うように座学と見学は異なる内容だと思うのです」
「そりゃ確かに実際に魔物とかと戦ったことは無いけど…」
その点については反論できない。
でもそれ、親父とか団長のせいだよね。
俺としてはもう実戦に出ても平気だと思うのに毎回毎回すごい反論してくるから、結局体が10歳になった今でも俺は実戦経験が皆無の状態だ。
月さんに言っても微笑むだけで一緒に二人を説得してくれる気配もないし、ほんと酷い。
早く月さんのいるところまで追いつきたいんだけどな。
「てかそもそもいつになったら実戦の場に連れてってくれるのさ」
「……それは私からは何とも」
「またそうやって親父に反論させる魂胆でしょ?」
「……」
自分が交渉事に向かないと自覚している団長は危なくなるとすぐ黙る。
今回もそのパターンですね、わかります。
何度も繰り返してきたことに精神的な疲れからくるため息を吐いたところでエシドが戻って来た。
手には濃い紫の液体が入ったグラスが一つずつ。
片方がワインでもう片方が俺用の葡萄ジュースなんだろう。
「はい、どうぞ。
視察の方はお仕事もあるでしょうから少しにしておきました」
「すまん、助かる」
「それとセイル様にはこっちです。
お酒じゃないので普通の量で持ってきたんですけど、おかわりも十分あるので言って下さいね」
にこにこと人のよさそうな笑顔で差し出されるグラスを取りあえず受け取って団長を見る。―――って、え?
「ちょ、団長?」
「……?どうかされましたか?」
どうかされましたかって言うか…いやまあ、いいけど。
何か団長の様子が変な気がする。
考えすぎかな?単純に彼が疲れてるとか?
正直軽く戸惑いながらも笑顔でこちらを見守っているエシドを前にしてこれ以上出されたものを飲まないでいる訳にはいかない。
仕方なしにグラスを傾け口をつけようとした瞬間、胸元が熱を持って一気にグラスが砕けその中に注がれていた葡萄ジュースが床に零れた。
それを持っていた俺の手はガラスの破片で傷ついたり、ジュースがついて濡れたりなんてしてないけどね。
「え?あれ?なんでグラスが…?」
突然俺が持っていたグラスが消えてなくなったこの事態に、エシドは笑みを消して困惑を露にした。
でも俺としてはそこまでの驚きはない。
だって可能性として少しは考えていたことだし。
まあ本当に起こるとは思ってなかったけど。
「………やっぱ何か仕込まれてたし。
何?毒?それとも単純に意識を奪うことが目的のやつ?」
「えぇ?何を言ってるんですか!?」
「しらばっくれても駄目だって。
俺にこういうのは効かないから」
本当に月さん様様っていうか。
胸元から黒銀のヘアピンを取り出して耳上の髪に差す。
後でお礼を考えとかないとね。
「今の現象は俺にとって害になる物質の除去だよ。
毒だってそうだし、麻痺とか喉が焼かれる様な香辛料にだって効く。
何を入れたかは分かんないけど、ともかくそういうわけだから君が俺に悪意を持って何か仕掛けてこようとしたのはもう分かり切ってる事だ」
弱い(月さんの力と比べて、だけど)効果しかないものだったからピンも壊れてないし、良かった。
そう心の隅で安心しつつ戸惑いの表情を消したエシドを見つめる。
「それに他にも何かしてたみたいだね。
団長がこの村の状況に疑念を抱かない事、俺への飲み物の毒見をしなかったこと、今も動かない事。
考えられるのは洗脳系の魔術だけど…」
「―――その通りですよ。
すごいや、よく分かりましたね。
それにセイル様はとんでもない人の守護がついているらしい。
俺の力が貴方へのものだけ防がれていることは分かってましたが、今の強い守りの反応でやっと魔力がはっきりしましたよ。まさかあの宵闇とはね」
楽しそうに口許を歪めながら言うエシドは既に先程までの純朴そうな青年ではない。
一体どういう魂胆があってこんなことを実行したんだか。
「お察しの通りそっちの人はもう動けませんよ。
微妙に意識はありますけどね。
精神の方に少し干渉して、色々と警戒をゆるくさせてもらいました。
ついでに他の護衛も同じ状況です。
本当は貴方にもそうなってもらいたかったのに、宵闇のせいで計画が狂いました。
流石は第二王子、後ろ盾もすごいですね」
「俺が第二王子だって分かってたんだ?」
「ええ、そりゃ勿論」
「目的は?」
「貴方の体です」
……なんだろ、ちょっと思考停止しかけたんだけど。
「………ごめん、もう少し詳しく」
ちょっと顔色が悪くなった自覚のある俺の問いにむしろエシドはきょとんとした顔をした。
そして何かに気づいたように笑い出す。
「あははっ、そっか、セイル様は宵闇の魔術で守られているだけだから俺の正体が分かってないんですね?
言い忘れてました、俺、あなた方人間が魔物って呼んでるものの一種です」
「魔物……?どう見たって人間の姿じゃ…」
この世界の魔物に人型は殆どいない。
いたとしてアンデットタイプの一目で人間じゃないことが分かるようなものだけ。
でも自らを魔物だと語るエシドは間違いなく人間と言える姿だ。
だから俺はどこかの貴族だとかに買収された村の人間か、暗殺を依頼されたどこぞの魔術師だと思っていたのに。
「あぁ、これはあれです、服みたいなものですよ。
俺は何と言うか――このエシドの知識を借りて言うなら寄生虫みたいなやつでして。
他人の体に入り込んでそいつに擬態して獲物を狩るような魔物なんです。
入り込んだ体の知識や能力はそのまま俺も使えますから、こうしてあなた方を欺いて村の案内をすることも可能なんですよ。
ただまあ欠点は体に入り込むまで色々と必要な手順がある事かな。
それさえ済ませれば自由に出たり入ったり出来るんですけどね」
「そんな魔物がいるとか聞いてないんだけど」
「そりゃそうですよ。俺みたいなのは人目を忍んで生活していきますからね。
普通はひとつ体をのっとったらそれに成り代わって死ぬまでを過ごしますし。
でも俺の場合、ちょっと野心が強いみたいで。
他の個体よりも偶然能力も高かったし、最初に手に入れたこの体――エシドは普通の人間にしては多めの魔力を持ってたんで、色々やってたんです。
そこにあなた方がやって来て、ほんと、すごい運がいいですよね」
貴方の噂、俺も聞いてますよ?
そう言って笑うエシド――いいや、もう魔物と言った方がいいだろうか。
分からないけど、ソレに軽く鳥肌が立った。
「貴方の体、欲しいなって思って。
王子って言ったら何不自由なく生活できる最高の体じゃないですか。
それに貴方は天才だって皆言ってますし、その知識も蓄えてみたい。
だから俺、凄く頑張ったんですよ?
最後の最後でまさか宵闇の邪魔が入るとは思ってませんでしたけど」
「体ってそういう事かよ……
言っとくけど絶対嫌だからね、乗っ取りとか。断固拒否」
そんなことになったら月さんが一人になる。
そして俺も彼女に会えなくなるし触れられなくなるし(いやまあ、体的には両方出来てるんだろうけど)、つまり最悪だ。
「拒否されても強引に乗っ取らせてもらいます。
護衛の人間はもういませんし、貴方一人をつかまえることなんて簡単ですよ」
「それはどうだか」
言いながらヘアピンを軽く指で二、三回叩く。
そうすれば月さんお手製、収納魔術が発動して俺の目の前に愛用の剣(子供サイズ)が現れる。
「便利ですね。それも欲しいな」
「冗談。あの人からのものを他人なんかに渡すつもりも、1ミリだって触れさせるつもりもないね」
それを手に取り、剣先を魔物に向けて笑んでみせる。
実戦は初めてだけど、どうにかするしかないよね。
「俺が君のこと、倒してあげるよ」
――きっと大丈夫だ。
だって俺達は神サマに選ばれたんだから。
微かな自分の魔力の動きを感じて、私は肉眼で捉えられはしない遥か北を見つめた。
きっと誠に渡したヘアピンが発生源だろう。
彼以外に守りの魔術がかかったものを持つ人間は殆どいないし、誠にかけたものが一番強いから。
まだ渡して数日しか経っていないのに、もう発動しているなんて。
今彼は視察に行っているはずだ。
視察先で、何かあったのかな。
「……おいルナ、余所見すんな!!」
そんな声と苛立ちまぎれに投げられた拳大の氷の塊を避けため息を吐く。
「すまなかったよ。
確かに今は余所見をしていい場面では無いかもしれない」
現在領地争いが激化した互いの領主の私兵たちが総当たりでぶつかり合っている。
簡単に言えばプチ戦争だ。むしろ紛争?
私達は中立の立場であるギルドに所属している者としてこの戦いをおさめなければならないし、なるべく犠牲者を出さないで終わらせないといけない。
そのためにわざわざランクSSである私と氷雨が選ばれたんだから(煌炎は“帝国”の元とは言え王族だから、逆に関係をややこしくさせそうだという意見の下今回は休みだ。羨ましい)。
「でも元はと言えば君が早く呼ぶからいけないんじゃないか。
おかげで私は変に心残りと心配事が出来てしまって、つまり私の余所見は巡り巡って君のせいだ」
「どこがだよ!?大体仕方ないだろ、予想より緊張状態が早く破れそうだったんだから。
それにそうやって“王国”よりの発言とか行動ばっかとってるといつか総代にドヤされるぜ?」
「心配してくれるのかい?ありがたいね」
「お前と戦うとか命がいくつあってもたりねぇからな」
総代によりギルドの裏切り者と判断された場合、その人間を処罰、もしくは処刑するのはランクSSの役割だ。
他のギルド員やギルドに所属していない人間には伏せられているけど、SSにはそういう裏の顔もある。
正直闇ギルドのことをとやかく言えないようなこと、正規もしてるんだよね。
実際私も氷雨も煌炎もそういった裏の仕事は何度も経験済み。
だからこそこういう発言が出るんだろう。
それに、私が裏切り者になったらそれこそ彼等は死ぬ気でかからないといけないし。
「まあ君達程度じゃコロッと死んじゃうよね」
「失礼すぎるだろ」
「本当の事じゃないか。
君達が束になったって私には勝てないよ。
やったことはないけど、総代だって私はきっと殺せる。
でもまあ心配しないで。
私は別に“王国”に肩入れするつもりは無いし」
私が肩入れしたいのは――
「第二王子に、だろ?」
「おや、分かっているじゃないか」
「俺と煌炎、総代に言われたぜ?
いざとなったら第二王子の方をたたけって」
「ふぅん、予想はしていたけど、実際にもう手回しまでしてあるんだ?」
「……怒るなよ」
別に怒ってはいない。
ただ少し苛立っただけだ。
それこそちょっとした腹いせに、この辺り一面を焼野原にしたい程度。
「彼に手を出したら、私、君達の事を許さないよ。
それこそ簡単には死なせないで、永遠の苦痛を味あわせてあげよう。
攻撃魔術も回復魔術も、私は得意だから」
「笑顔でさらっと怖い事言うな。鳥肌たっただろ」
「事実さ。忘れたら酷い事をしてやろう」
誠の事を傷つけさせない。
その心も体も守りたい。
それこそ真綿で包むように。
けれど私にはそれがとても難しいから、結局こうして不安に思うことしか出来ないのだけど。
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活動報告に初夢小話を投稿しました。




