5-7*
8 years ago
Side:Seilute
さて、今日は視察の日なんだけど…困ったことに足がない。
元々送ってくれる約束してた月さんは仕事で行っちゃったし、どうやって視察する領地まで行くか考えないと。
本当なら目的地まで馬車で2日くらいかかるから今出発するにしても普通の方法じゃ駄目だし…やっぱこういう時は魔術か?
「師長いる?」
そう思って訪れたのは魔術師団の詰所。
城の一部になってる塔なんだけど、魔術師は数が少ないからそれくらいで足りるんだよね。
ただ問題は階段がクソ面倒なこと。
師長の部屋は最上階だし、余計に。
ちっこい体じゃ二段飛ばしとかも大変だし本当に不便だ。
「セイル様。何かご用で?」
積まれた本の山から(お察しの通りこの部屋かなり汚い)顔を出した師長はちょっとやつれていた。
また魔法の研究でもしてたのかな。
数年前に月さんにちょっかいをかけてぼろ負けして以来、毎年どうにかして勝とうと頑張ってるみたいだし。
まあ無駄だけどね。
「ちょっと転移させて欲しいんだ」
「転移、とおっしゃいますと外出を?」
「そう。ちょっと南部地方まで。
聞いてないかな?団長が警護担当なんだけど」
ちなみにその団長は既に目的地に到着している。
俺だけ今日送ってもらうつもりだったから先に行ってて貰ったのだ。
月さんが城に来なかったら俺も2日前に出る予定だったんだけど、そっちは急遽とりやめした。
だってできる限り一緒にいたいし?
「あぁ、そんな話もありましたな。
宵闇殿はどうされたのです?確か送ってもらうと…」
そしてそのことは初日に二人と手合わせした月さんを迎えに行ったときに説明ずみだった。
なのに俺が転移を頼むから、師長としては疑問点ばっかりなんだろう。
「月さんは仕事で問題があったらしくて昨日の夜に行っちゃった。
氷雨とかいうランクSSに呼ばれて」
「ほう、氷雨殿ですか」
あれ、その口ぶりだと知り合い?
「知ってるの?」
「一度“王国”で依頼をしたことがありまして。
その時城の者は揃って注意を受けましたから、より記憶に残っているのですよ」
なんだそれ。
そう思ったのが顔に出ていたのか師長は肩を竦める。
「女誑しで有名ですから、気をつけろと。
なんでも人魚の亜人で自慢の容姿と声を使って女性を虜にするとか」
へぇ、人魚。で、女誑しねぇ?
「セイル様、およそ年齢に似合わない表情をされていますよ」
「気のせいじゃない?」
「宵闇殿は今回氷雨殿と仕事ですか」
「月さんはそんな程度の男なんて相手にしないし。
ただの仕事仲間でしょ?」
でも人魚の亜人か。
もうその肩書きだけでイケメンな気しかしない。
それで美声で?
そういや念話って耳元で話されてるみたいに感じるよね。
………ふーん。後でそいつの顔見せてもらおう。
まずは顔からだよね。
これも転生チートの賜物なのか、俺の顔面は結構イケてると思う。
今は月さんに可愛いとか言われてるけど、成長したら絶対イケメンになるって周り皆言ってるぐらいなんだからね。
今だって同年代には人気だし(俺から見たら幼女だけど……)。
実力はまあ、ね。
流石に今は無理だってわかってはいる。月さんにも言われたし。
ゆくゆくは勝てるようになるんだから、今は目をつぶろう。
「別に私は宵闇殿との関係については言及しておりませんが…」
「まあともかくその話はいいから、南部まで送ってよ」
少し呆れたような師長の言葉は黙殺した。
別にそんな顔しなくてもいいじゃん。
あれだよ、男としてプライドが刺激されたっていうか。
ちょっと熱くなっちゃったけど他意はないし。
「私は今魔術の研究中なのですが…」
「ん?うん、だからパパッと」
「自分が同行しない転移術は魔力消費が…」
え、そんな法則あるの?
「でも月さんは簡単にやってるけどなぁ」
「……」
俺の言葉にピクリと目の前の彼の表情が動く。
ふっふっふ、俺を誰だと思ってるのさ。
内政チートですよ?
こう見えて精神年齢20歳越えですよ?
「……まあ仕方ないか。
師長は月さんに簡単に負けちゃうもんね。
転移とか面倒で月さんより断然少ない魔力を消費させるような事頼んでごめん。
他の人を探すか、最悪諦めるよ。やっぱり月さんが一番だもんね」
「……お待ちください」
「ん?何?」
「この私でよろしければお送り致します」
かかった。
「え……いや、でも悪いよ。
師長は忙しいみたいだし、研究中なのに魔力使わせるの申し訳ないし」
「いえ、これしきどうという事はありません」
「そう?じゃあお願いしちゃおっかな」
「お任せを」
チョロイ。
単純って言うか何て言うか。
つい噴き出しそうになるのを堪えながら、どうにか俺は自然な笑みを浮かべた。
結局魔力が少ない(と言っても普通の人間よりはある方らしいけど)師長がとった苦肉の策は俺と一緒に目的地まで転移することだった。
結果的に往復することになるけどそっちの方が消費が少ないんだって。
そうして一人城へと戻っていく師長を見送りつつ、隣に立つ警護役の団長を見上げる。
俺自身サシでは団長より強い事もあって今回の警護は団長と彼直属の部下数人だけだ。
本当なら部隊を一つ二つ引きつれてくるものらしいけど、仰々しいのは嫌いなんだよね。
「遅れて悪いね。ルナさんの仕事が早まっちゃって予定が狂ったんだ」
「いえ、構いません。
ですが珍しいですな、宵闇殿がその様に急に呼び出されるなど」
まあ確かにそうかも。
月さんは城に来るとき大抵はきちんと仕事を片付けて来るか、どんなことがあっても呼びだしには応じない。
念話が来たとして全部無視しているらしいんだよね。
ちょっとどうなのと思わなくもないけど、それだけ俺との時間を大切にしてくれてるのかなとか思うとニヤけるから苦言を呈したりはしない。
むしろ堂々と自慢したいくらいだね。
「なんか貴族間の騒動が予定より激しかったらしいよ。
どっかの国の領地争いだってさ。
ただ同行者が煌炎じゃなく氷雨ってやつらしいから、“帝国”じゃないだろうね」
「では“教国”ですか…」
考えるように顎に手をあてた団長に、つい俺は首を傾げた。
「なんで“教国”一択なの?“聖国”かもしれないじゃん」
俺の読みとしても“教国”の可能性の方が高いけど、それでも“聖国”を完全に除外できるほどの確証はない。
なのにいとも簡単に目の前の彼はそれをしてみせるなんて、どういう事だ。
でも団長としてはその判断は当然とも言えるものだったらしくむしろ驚かれる。
「宵闇殿は“聖国”をそれはもう嫌っていますから当然では?」
「え?」
何それ、そんなこと知らないんだけど。
何で俺の知らない月さんのことを団長なんかが知ってんの。
「……そう睨まないで下さい」
「別に睨んでない。ルナさんが“聖国”嫌いって、それ、ホント?」
「恐らくは。本人も認めていましたので」
どういう状況だよそれ。
色々と詳しく聞きたいけど、今は少し時間が足りない。
来るのが遅れちゃったしこの後の予定もある。
「……後で詳しく聞くよ。
ともかくまずは領主のところに行く。
領地運営の話を聞かないといけないし、それさえ済ませれば後は自由に回っていいからね」
「は…」
若干団長が冷や汗をかいてるけど気にしない。
俺の前で不用意な発言するからそうなるんだよ、まったく。
とは言ったものの、領主の話っていうのは結構退屈だ。
何かとおべっかを使ってくるし、その割に俺が子供の体だからと時折馬鹿にしきった目を向けてくる。
あーあ、早く終わんないかな。
「―――と言う訳でありまして、やはり我が領地の特産としては葡萄酒を広めたいと思っております。
ここは南部という事で“教国”にも近く、その分彼の国への輸出量は他の領地よりも更に…」
「それなら“教国”とはいい関係を築けているのかな?」
ちょっと失礼だけど話をぶった切らせてもらう。
いいよね別に。俺王子だし。
だって“教国”とか、まさに今が旬の話でしょ(俺の中で)。
領主のオッサンは一瞬ムカッとした顔をしたけどすぐにそれを消し去ってまたわざとらしい笑みを浮かべる。
いや、バレバレですけど。
「えぇ、勿論でございます。
セイルート王子は“教国”に興味がありで?」
「少しね。実はあの国で今貴族間の領地争いが激化しているという噂を耳にしたんだけど、本当かな?」
いやまあ、それが本当に“教国”での話なのかは分かんないけど。
でも領主は心底驚いた顔をして頷いた。
「その通りです。いやはや、王子はお耳がはやい」
「……本当だったんだ。
ちなみに“教国”のどのあたりなのかな?
我が国に影響はありそうか?」
「かの国は数年前に教主が代替わりしたばかりですから、どうも新体制のもと纏まることが出来ていないようですぞ。
今回争いが起きているのは“教国”南部だという話ですから、“王国”には対して被害もでますまい」
南部、か。ここも南だけど遠い。
近かったら抜け出して月さんのところ行こうと思ったけど、流石に無理そうだ。
そんな俺の思考はある意味分かりやすかったのか、背後で護衛の為に立っている団長はわざとらしく咳払いした。
分かってるって。ちゃんと大人しく視察して城に帰りますよ。
「なら安心かな。さて、話をありがとう。
それじゃあこの地方自慢の葡萄畑を見させてもらおうかな」
ただ話はつまんないしここで切り上げるけど。
こんな退屈な話を聞いてるくらいならさっさと外に出た方がいい。
「お楽しみになって下さい。
残念ながら王子に我が領の葡萄酒を楽しんでいただけるのはもう少し先になってしまいますが、代わりに同じ葡萄を原料に使った葡萄ジュースをご用意させてありますので」
「ははっ、ありがとう。
成人したらまた来させてもらうよ」
くそっ、ワイン飲みたかった…!
最後の最後で投げかけられた言葉が思いの外大ダメージだった。
俺、心はとっくに成人なのに。
あっちの世界でも成人してなかったから、俺はまだ酒の味ってやつを知らないのだ。
その点月さんはあっちではやっぱりまだだったらしいけどこっちの世界ではバンバン酒を飲んでいる。
大抵無理矢理飲まされるらしいけどね。
それに会食とかでは普通に出されるものだし、必然的に飲まないといけないって言うか。
でも一度も酔ったところを見たことがないんだよなぁ。
俺の体が18になったら(こっちの世界での成人は18歳だ)一緒にお酒飲もうねって約束したけど、その時は絶対ベロベロに酔わせてやる。と決意している。
「それじゃ、興味深い話をありがとう」
心の中で悔しがりながら素早く立ち上がる。
もうそろそろ限界。暇です。
それが分かっているのかそれとも自分もそうなのか、団長も特に苦言を呈すでもなく俺についてくる。
頭を下げる領主の前を颯爽と歩き部屋を出ると、早速団長から先程の文句が飛んできた。
「セイル様、駄目ですからね」
「いや、流石に行かないって。遠すぎるでしょ」
「あちらで宵闇殿に転移の術を行使してもらえば日数的に不可能ではないでしょう」
あ、その手があったか。
ポンと手を打った俺に団長は慌てた。
「駄目ですからね!?」
「あはは、分かってるって。冗談だよ」
半分本気だったけどね。
それは言わずににっこり笑えば、疲れたようなため息が返ってきた。
「セイル様、あまり遊ばれますと我々の首が飛ぶのですが」
「えー?それはないでしょ。
俺はそこまで“王国”にとって必要な存在でもないし、俺に何かあったくらいで首が飛んだりとかはないよ。
……あぁでも、ルナさんからの報復では本当に首が飛んじゃうかもしれないけど。文字通りの意味で」
月さんならガチでやりそう。
てか当事者だけじゃなくて一族郎党皆殺しとかね。
そう考えたのは団長も同じなのか疲れた顔から血の気が引いていく。
「宵闇殿は冗談ではなくそうしそうなところがまた恐ろしいですが…
ですがセイル様、一つ反論したいところがあります」
「ん?」
「セイル様は間違いなく“王国”にとって必要な、我々の大切な第二王子です」
「……あっそ。ゴツイ男に言われても嬉しくないよ」
真剣な表情をした団長にそれだけ返す。
俺なりに優しい言葉だったと思うよ?
だって嘘だって分かってる言葉にわざわざ返事してあげたんだから。
兄貴ならともかく、俺に何かあった程度じゃ親父もお袋も警護の人間をどうこうしたりはしない。
まあ仮にも王子という身分だから少しくらい罰したりしないと示しがつかないだろうけど、せいぜいが減俸とかそれくらいのはずだ。
それに大切、だなんて笑っちゃう。
試合とかで対戦する時、その瞳が微かに恐れを含むこと、俺知ってるよ?
所詮は化け物ですから、仕方ないとは思うけど、だからって嘘を吐かれる事とは別物だ。
あんま好きじゃないんだよね、嘘。
まあそれでいったら俺は特大の嘘吐きだけど、その辺りは仕方ない。
「はぁ、ルナさんに言われたらそれこそすごい嬉しいのにな」
これは口調こそ冗談交じりのものだけど、紛れもない俺の本音だ。
まあそんな関係じゃないしそういうの言ったりとかってどういう流れでの事だよって思いはするけど。
「ですから、特別に思われ過ぎです」
「仕方ないでしょ、だってルナさんなんだもん」
まあ何も知らない人達には全く訳の分からない理論だろうけどさ。
仕方ない、少しくらい説明してあげようかな。
勿論話せる範囲の事だけ。
どうでもいいこの世界の有象無象に、俺と彼女の事を知られたくなんてないし。
「俺とルナさんは似た者同士なの。
持ってる力とか、いろんな考え方とか。
例えば団長は俺に勝てないよね?
それって同じ価値観で物事を測れないことのひとつの要因になると思わない?」
「……ですがそれだけで全てが決まるという訳ではないのでは?」
「まあ確かにね。それでもそれが大きいのは確かだし、それ以外にも俺とルナさんは色んな“同じ”を持ってるから特別。
ルナさんは俺が死んだり傷ついたりしたら悲しんでくれるし復讐してくれるけど、それは俺だって同じだ」
月さんが悲しんでるならそれを俺に可能な限り取り除きたいし、傷ついたなら同じだけ――いや、それこそ死ぬまで相手を傷つけたい。
……まあ、彼女がそんな状況に追い込まれる事なんてなかなかないんだろうけどさ。
「…この話はまあいいや。それより仕事しないとね」
領主の話は聞いたし、後はこの屋敷の周辺を見学して馬車に乗ればいい。
今回の視察の予定としては馬車に乗りながら領内を移動、たまに降りたり宿に泊まって領民の話を聞く感じ。
通るのは王都の方向への帰り道だから一石二鳥の方法だ。
あ、月さんが次来た時のためにワイン買って帰ろうかな。
それとも葡萄のお菓子とかの方がいい?うーん、悩みどころ。
領主の屋敷の周辺には特に面白いものもなかった。
そもそもが自分の金と権威を見せびらかすための建物だし、そこに国一番の権力と金の象徴である城から来た俺が興味を引かれるはずもない。
物珍しい物もないし、ガッカリだったなぁ。
今は馬車に揺られつつ永遠と続くんじゃないかっていう葡萄畑の見学中だ。
これはこれでツラい。
いやまあ、農業は大切な財源のひとつなんだけどね。
それにここの葡萄は領主も言っていた様に国内でも評判がよくて高値で取引されている。
国外にも輸出しているくらいだし、見ていて損はないんだけど……何の変鉄もない畑を数時間真剣に見られるかって、流石に無理だ。
もう少ししたら村に着いて、そこにあるワイナリー的なところを案内してもらう予定があるからそっちに重点を置くつもり。
てかそもそも今冬だから、殆ど収穫され終わってんだよね。
「収穫前なら今年も豊作だな、とかそれらしいこと言えたのに…」
つい恨みがましく呟けば、同じ馬車のなかにいる団長は目をそらした。
同じようなことを思ったんだろう。
ちなみに彼の部下は馬に乗って護衛中だ。
「領主が是非とも視察にと言ったところに食いついたのはセイル様でしょう」
「まあそれはそうだけどさ。
息抜きしたかったんだよ、俺も」
城は色々と息苦しいし、だったら少しくらい旅行したっていいだろうと思ったんだ。
それに今の南部のパラメーター見ておきたかったし。
「………」
「ん?なに黙ってるの?」
文句でも言われるかと思ったけど黙り込まれて逆に困る。
何か変なこと言ったかな、俺。
「やはりセイル様にとって城は安心できる家ではありませんか?」
その質問に俺はつい瞬いた。
え、なに言ってんの?
「あはは、急にどうしたの」
家とか、なにそれウケる。城は城でしょ。
「あ、城と言えばルナさん。
“聖国”が嫌いってどういうこと?」
危ない危ない、忘れるところだった。
村につくまであとまだ三十分以上かかるみたいだし、今聞いちゃおっと。
「セイル様……」
「ん?」
「………いえ。
セイル様と宵闇殿が出会われて一年ほど経った頃でしょうか。
何時ものように宵闇殿が城へ来て、ですがその日は晩餐会が催されていたためにセイル様はご不在でした」
あ、覚えてる。
確か他国の王族とかも呼んで大々的にやった日あったっけ。
終わってから(ってかその時4歳くらいだったからあんま夜遅くまで引っ張り出されたりしなかったんだよね)部屋に戻ったらベッドに月さんが寝ててすごいビックリしたんだよね。
「実はあの日、セイル様を探して宵闇殿は城内を歩き回っていまして。
丁度私が警備の確認のため会場から出ていたところにかち合ったのです」
「ルナさんその辺りはフットワーク軽いもんね」
普通王城をふらふら歩き回るとかしないでしょ。
どんだけ胆がすわってんのって感じ。
「ですがなんと言いますか、その時宵闇殿の様子が少々おかしく…」
「え?」
「真っ青な顔で回廊の隅の柱によりかかっていまして、どうしたのかと――」
「何ですぐ俺に言わないんだよ」
なにそれ。なにそれなにそれ。
そんなこと俺、聞いてない。
だって俺の部屋で眠っていた月さんは顔色が悪くなんかなかったし、普段通り安らかな寝息をたてて眠っていた。
だから俺もこっちは社交で疲れてるのにって表面だけで拗ねながら、でも結局苦笑してその隣に横になったのに。
俺の知らないところで何してるの。
何で俺じゃないやつにそんなところ見せてるの。
――ああクソ、本当に月さんは困る。
俺の知らないとこでそんなことして、しかもそれを本人以外から聞かされて。
言葉を遮られた団長は戸惑った様にこっちを見ている。
俺だって過剰反応なのは自覚してるよ。
でも何でか看過することなんてできない。
自分でも不思議なくらい苛々するのだ。
「……で?」
「は…」
「続きだよ、続き!」
ほんと鈍いなこいつ!
続きを促した俺に圧された様に(確かに苛々したせいで威圧が滲み出ている自覚はある)団長は目を泳がせた。
「あぁ、その、それで声をかけまして。
その時どうしてこの場に“聖国”の人間がいるのかと問われましてな」
「“聖国”の奴かどうか、見ただけで分かるの?
と言うかそもそもあの国は鎖国状態じゃなかった?」
「その日は出身国が分かるよう、国の紋章を必ず体のどこかに纏う決まりになっておりましたから一目で分かったのではないかと。
そして“聖国”は自国への他国の人間の入国を拒んでいるだけですので」
なるほどね。
それなら確かに話に納得はいく。
「それで?団長はそこでルナさんが“聖国”を嫌ってるって思ったわけ?」
「思ったと言うか、聞いてみたのです。
宵闇殿にしては珍しい過剰な反応でしたので、“聖国”がどうかしましたか、と」
……何と言うか、ストレートすぎじゃないか?
普通もう少し回り込んでこう……いや、団長にそれを求めるのは酷な話だろう。
突っ込むことを最初から諦めて目線で続きを促す。
「そうすると宵闇殿はあの国は大嫌いだからもうセイル様の部屋へ戻ると言ってそのまま立ち去ってしまったのです。
ですので余程関わり合いになりたくないのだろうと」
「ふーん。嫌い、ね……」
月さんがそこまでハッキリ言うの、珍しい。
それもこっちの人間に。
……何か、あったのかな。召喚されてから、俺に会うまで。
俺が月さんに会ったのは七年前。
今の年齢を聞いたことはないけど、見た目的に二十代前半、どんなに多く見積もっても25歳よりは下だろう。
召喚されたのは月さんが17歳の時らしいから、計算すると今は最低でも24歳のはずで―――いや、待てよ?
「……ねぇ団長、聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょう」
団長は今39歳。
「ルナさんが親父のこと助けたのって、いつ?」
「神喰らいの事件ですか?
詳しくは知りませんが……先代の団長から話を聞いたことがあります。
確か今から17年前のことだったと」
告げられた内容に背を嫌な汗が伝う。
団長は、気づいていない。自分の発言のおかしさに。
月さんの外見は二十代前半。
彼女が召喚された人間だということを知らないこの世界の人間なら、人族である彼女が17年間変わらない姿で居続けることはおかしいと、感じて然るべきなのに。
なのにその事実に気づく様子もなく当然のことを語るように。
――そもそも俺だってそうだったんだ、今この瞬間まで。
俺は知ってる。月さんが召喚されたこと。
月さんは17歳で召喚された。
月さんは17年前俺の親父を助けた。
月さんは17年前にはギルドランクSSを手にしていた。
それは、どういうこと?
ねぇ月さん、貴女は俺に、何を秘密にしているの?
ふと、顔を上げる。
数年前にかけた軽い、精神に影響を及ぼすことのない最低限の暗示の魔術が解けてしまった気配。
「……とけてしまった、か」
つい呟く。
あーあ。知られちゃった。私のひとつめの秘密。
まだ核心にはほど遠いけど、誠に問い詰められれば長く黙っていることもきっと不可能だろう。
でも、知られたくなかったなぁ。
「君に化け物扱いされてしまったら、泣いてしまうよ」
届くことのない願いを唇にのせ、自分を鼓舞するためだけに微笑んでみせる。
誠。これを知っても私のこと、今までのように見てくれる?
「おーいルナ、行くぞ?
流石に俺待ちくたびれたんだが」
「……君のせいで台無しだ。空気感とか、色々」
「え、急になんだよその言いがかり」
「事実だよ」
サラリと氷雨をからかいつつ立ち上がる。
でも気が紛れた。
誠に拒まれる恐れは、確かに私のなかに存在する消えない恐怖なのだから。
嗚呼、次に彼のもとを訪れるのが、恐ろしくてたまらない。




