5-4*
8 years ago
Side:Seilute
広めの室内に並べられた食器。
やわらかく揺れる燭台の炎とグラスに映り込む月さんの微笑み。
―――これで二人っきりなら、すごく良かったんだけどね。
「本当に久しぶりですわね。
以前来たのは三ヶ月前でしたかしら?」
「ふん、それもわしには顔も見せずに帰ったのだったな」
「君は一々仰々しいんだよ。
それに別に君に用はないし、当然だろう?」
「本当に失礼な奴だな!!」
長い机の端――俗に言うお誕生日席に座る親父と、その右隣のお袋。
お袋の机を挟んだ正面に座る月さんはさっきからこの二人にとられっぱなしだ。
せっかく隣にいるのに。
「セイル、そう不機嫌な顔をするな」
よっぽど顔に出ていたらしく、お袋の隣、つまりは俺の正面に座っている兄貴が苦笑する。
くっ、精神年齢27歳が実年齢12歳に苦笑されるのは精神的に辛いものがある……
いやまあ、俺の見た目10歳なんだけどさ。
「別に、普通だよ。兄貴は今日調子いいの?」
この人はすごく体が弱い。
もう外見から言って儚げで、すぐに体調を崩すから皆心配している。
食事の場に顔を出したから具合が悪いわけでは無いんだろうけど、料理も少なめで栄養価の高い別メニューだ。
「あぁ、最近は落ち着いている。
それにルナが来ていると父上に引っ張り出された」
「ふーん」
「お前達は今日外に出ていたんだろう?楽しめたか?」
「うん、結構。“帝国”の皇帝と顔合わせしたよ。
後はルナさんと一緒に王都歩き回ってたかな」
俺の言葉に兄貴は一瞬動きを停止させた。
あれ、何か変なこと言ったかな?
「皇帝と……どんな状況だ、それは」
「どんな………空飛んでたら見つかって、ルナさんの知り合いだったからそのまま一緒に食事、みたいな?」
あぁうん、改めて言葉にすると確かにちょっとよく分かんない状況だ。
兄貴は月さん関連なら仕方ないって顔してるけど。
周囲から見たら彼女は規格外すぎて、もう何をしても仕方がないと受け入れられつつある。
そういう面から言ってもやっぱり早く大人になりたい。
子供の体は色々と融通が利かなくて困るんだよね。
「明日はどうするんだ?
確か四日間こちらで過ごすと侍従長は言っていたぞ?」
「情報早いね。明日の予定は決まってないかな。
明後日は取りあえず視察に付き合ってもらうつもりだけど」
「そうか……なら午前中だけ、私もそこに混ぜてもらえないだろうか?」
「え……」
予想しない言葉に俺はつい瞬いた。
それを悪い方に受け取ったらしい兄貴はもう一度苦笑して口を開く。
「いや、邪魔ならやめておこう。
お前がルナの訪問を待ちわびていたのは知っているからな」
「いやいや、そういう事じゃないって!」
なにこの感じ、俺いじめっ子みたいになってるんですけど。
「ほら、いつもは自然な流れで三人で過ごしてるし、こんな風に改めて聞かれると戸惑うって言うか。
別に午前だけと言わずに一日過ごそうよ」
ちょっと言い訳がましくなっちゃったけど、誤解は無事解けたようだ。
嬉しそうな笑みが目の前に広がる。
うん、儚い系イケメンの笑顔、プライスレスですね。
「そうか。ありがとう。
だが午後は侍医と魔術師の診療があってな」
「そんなのルナさんにやってもらえばいいのに」
そこでようやく親父とお袋から逃げ出せたらしい月さんがこちらへ顔を向ける。
「うん?私の話?」
「そう。兄貴の定期検診、明日あるって言うからルナさんにやってもらえばいいのにって」
「定期検診か……どうだろうね」
結構簡単に了解してくれるかと思ったけど、月さんは難しい顔をした。
あれ、いつも顔を見がてら魔法かけてるのに。
俺の疑問を察したらしい彼女は食事を口に運びつつ口許に手を当てる。
「私は決してきちんと医療を学んだわけでは無いし、その辺りはどうなんだろうと思って。
まあフレイの体を治せる医者も魔術師も現時点では存在しないけど」
「そうだろうな。貴女でさえそうなのだから」
簡単に自分の状態を肯定した兄貴。
ホントに12歳かと聞きたくなるような物分かりの良さだ。
まあ俺が生まれてチートを周囲に示すようになるまで、この人は国王になることを決められてそのための努力を強要されてた訳だからそれも無理もないのかも。
「君は私の力を高く見積もりすぎじゃないかい?
私は言ってしまえばただ魔力が高いだけだから、技術的な面で私を凌ぐ人間はたくさんいるさ」
胡散臭い。
そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいで、兄貴も微妙な顔をしていた。
「全然信じていない顔だね、二人とも。まあいいけど。
ともかく私としてはプロの手による診療をオススメするよ。
それに彼等にもプライドがあるだろうから、あまり私が手を出していいものでもないしね」
苦笑しながら彼女からもたらされた提案に兄貴も納得しているみたいで素直に頷く。
残念、兄貴の事は結構好きだから一日三人でいてもよかったのに。
「そうするとしよう。では午後は二人で楽しんでくれ。
騎士団長や魔術師長と手合せするのもいいのではないか?
セイルはこの間ようやく二人相手に勝てるようになったと話していたし」
「あぁ、そういえば私も念話でそんな話を聞いたな」
「確かにしたかも」
俺は所謂チートだけど、だからといって今現在最強なわけじゃない。
曲がりなりにも10歳の子供の体だから思ったようにチートを発揮できないのだ。
まあそれでもこの国の騎士団長や魔術師長に一対一では勝つことが出来てるんだけど。
そしてそんな俺は、つい最近ようやく団長と師長のタッグに初勝利をおさめることが出来た。
うん、段々体もチートについて来てるみたいで本当に何よりだ。
いつかは世界最強と言われている(事実だけど)月さんと同じくらいになる予定。
そして勝ったことが嬉しくて、つい念話がきたときに報告したんだよね。
月さんは普段と変わらないテンションでおめでとうと言ってくれて、それだけですごく満足した。
周囲はやれ天才だ、やれ武の神の化身だって五月蠅かったから余計に。
「ブッ」
そんな過去(と言ってもつい数週間前だけど)を思い返しつつ頷いていれば、テーブルの端から何かを噴きだす音が聞こえて俺達三人は揃って視線を巡らせた。
「……何をしているんだい、君は」
呆れた月さんの声に応えることも出来ずに勢いよくワインを噴き出した親父は噎せて咳を繰り返している。
その隣のお袋もかなりびっくりした顔でこっちを見て、いやいや見るのは俺じゃなくて横で噎せてる夫でしょ。
「父上も母上もどうされましたか?」
兄貴もよく分からないのか首を傾げて訝しげ。
それにようやく咳がおさまった親父が口を開く。
「なんだその、騎士団長達に勝ったというのは!」
「え?聞いてないのかい?」
「聞いていないどころか試合をしていることすら初めて知りましたわ」
「おや」
ちらりと月さんがこちらを見つめる。
その視線から逃げたくて俺は気づかないふりをした。
別に月さんは俺を責めたりなんてしないはずなのに、変なの。
ただ彼女は確認の為に俺を見ただけだ。
なのにおかしな罪悪感がわく。
「セイル、父上たちには話していなかったのか?」
けれど兄貴が不思議そうに首を傾げて、そんな感情も消え去った。
確かに彼の疑問は当然の事だ。
まだ12歳だし、なにより病弱で部屋にこもりがちだからあまり俺達の実情を知らない。
息子が親に自分の事を話す。当たり前の家族に見られる光景だよね?
でもそれは兄貴には適応されるけど、俺にはされないんだよ。
「……別に、話す必要ないでしょ。
安全面の事なら侍従長に言ってあるから心配ないし」
我ながら他人行儀な対応だけど、それに親父は眉を寄せた。
「安全などと、そういうことではないだろう!
何故一言わしらに言わなかったのだ、別に反対したりなどは…」
父親ぶっちゃって、不愉快。別にいいけどさぁ。
――あぁいや、良くも無いのか。だから今、こんなに苛々するわけだし。
「そうだろうね。だから言わなかっただけ。
俺は貴方達から生まれたのが信じられないくらい化け物染みた知識と力を持ってるんだから、心配することなんか何もないよね?」
俺が何をしたとして彼等は反対なんかしない。
それは俺を愛してるからとか、俺が息子だからとか、俺が大切だからとか、そんな理由じゃなくて。
「俺の事恐れるくらい、俺は――」
「ごちそうさま」
隣から聞こえる落ち着いたやわらかな声に我に返る。
そして反省した。
あぁもう、恥ずかしい。なに熱くなっちゃてるんだか。
食後の挨拶を終えた月さんはシンと静まり返った場の空気をものともせずに立ち上がり、俺を抱き上げた。
………ちょっと。俺、確かに体は10歳でも立派な27歳の成人男性なんですけど。
てか重いでしょ、絶対。
「セイはもう食べないみたいだから連れて行くよ。
それと部外者がいるなかであまり険悪な雰囲気を出さないようにね。
フレイも戸惑っているし、さっきの空気は正しくメシマズだったから。
あと国王と王妃は自分達も反省すること。それじゃ、フレイはまた明日ね」
至極普段通りにひらひらと手を振って、更にはちくりとお叱りの言葉を添える。
言いたいことを言って満足したらしい彼女はその場を放って、そして敢えて言っておくなら俺を抱き上げたまま、素早くその場で転移した。
転移先は俺の部屋。
別に歩いてすぐの距離なのにわざわざ転移したのは俺の事を思ってのことだろう。
ようやく下ろしてもらって、でも何だか情けなくて月さんの顔が見れない。
もう、俺カッコ悪い。何か反抗期の子供そのまんまだったし。
こんなとこ見せるつもりは無かったのに。
やっぱり食事なんてあの人達とするもんじゃない。
「ふふっ、そんな落ち込まないでよ」
なのにこの人は何も気にしてない風な口調で話しかけてくるんだから、もう、嫌になる。
俺ばっか情けないとこ見せてさ、頼ってばっかで、月さんのバカ。
「もう自分に自己嫌悪…」
「その文章は少し間違ってるね。
自分に、というのは頭が頭痛と同じように思うけど」
「そして月さんが酷い……」
「ふふふっ、そうだね、私は酷いんだ」
八つ当たりというか、その場のノリで言った言葉に肯定を返されて俺はつい顔を上げた。
仕方がなさそうな表情を浮かべた彼女は小首を傾げて床に膝を着き俺を抱きしめる。
変なの。俺が慰められてるのに、まるで逆みたいな感じがする。
「私は君のこちらでの家庭事情にあまり関心はない。
最低限、私が許せないと思うことにだけ口を出しているから」
「うん。俺はそれがすごく救われるよ」
「そう?私の為にしていることだから、君がそう思う必要はないんだよ?」
全然そんな事ないくせに、月さんはいつもそう言う。
確か彼女が言うにこの行為は――
「化け物仲間をなくさないように、だっけ?」
俺が心を壊せば月さんは独りになってしまう。
でもだからと言って全てに口を出し、俺をとりまく周囲の環境を完璧なものにすればこの世界の住人に俺をとられるから。
そう言っていた。
でも本当は違うって知ってる。
確かに月さんは自分が独りになることを不安に思っているけれど、同じくらい俺の事を心配してくれてる。
全てに口を出さないのもそうすることで変に話をこじらせてしまうことを懸念して。
俺とこっちの俺の家族が自分達で解決策を見つけるのが大事だって、彼女は分かってるんだ。
そもそも行動の理由なんてどうでもいいし。
月さんが俺の為に何かをしてくれている、それだけが俺にとっては大事なんだ。
「そうだけど、でも君は化け物なんかじゃないよ。
確かに持っている力は化け物のようだけど、君は人間だ」
「そんなの、それで言ったら月さんだってそうだ」
それに彼女は答えなかった。
いつも月さんはそう。でもそれでよかった。
俺はそう思ってて、でも月さんはどう思っててもいい。
彼女が自分をどう認識していても、俺にとって彼女はただの月さんだから。
彼女にとって俺がただの誠であるのと同じように。
「それにしても君と彼等の関係は相変わらずのようだ」
話を変えるように口を開いた月さんに抗うことはしない。
これだって月さんから色々話して欲しいから、自分から掘り下げたい話じゃなかった。
「大変なんだよ。
月さんだって何となく察してるんでしょ?」
「そうだね。むしろ私は君を尊敬するよ。
あちらの両親の存在を心に留めながら、きちんとこちらの二人を親として扱っている」
「別に、親としてなんて…」
「君が彼等を何て呼んでいるか、私が知らないとでも?」
それは、だって、他人の目とかあるし…
そんな言い訳染みたこと、言えやしないけど。
「でも呼び名だけだよ……俺はあの人達に心を許せないし、あの人達だって俺を恐れてるんだから」
「そう。それもあるんだろうね」
酷いな、そこはそんな事ないよとか言ってくれるべきなのに。
でも意味のない慰めなんて必要としてないから、俺には彼女のこの答えが一番だ。
「月さんのおかげでマシにはなったけどね。
確か五年前くらいだっけ?
月さんがあの二人に文句言ってくれたの」
「君に目撃される予定は無かったのだけどね」
耳元で苦笑する彼女の吐息がくすぐったい。
身をよじればすぐに腕は解かれて、でもそれが残念だった。
こんな風に俺に触れるのは月さんだけだから。
生後一年で難なく言葉を操り、二年目には城中の書物を読みふけり。
三年目には改革案すら出して見せた。
そんな俺に周囲が示したのは賞賛とそれに隠れた、けれど確かに存在する畏怖。
周囲は次第に俺を遠巻きにし、まるで腫れ物を扱うようにした。
それはこちらの世界の両親も同じ。
寧ろ実の親だからだろう、それは顕著だった。
日々向けられる視線と、かわされる囁き声。
目を合わせれば戸惑うようにそらされる。
俺の近くにいたのはジークとその父親である侍従長だけ。
けれど彼等も毎日暇という訳でもなかったし、何より俺自身二人も周囲と変わらない存在にしか思えないから意味などなかった。
別に周囲から何と思われても、どんな目で見られても同じだと思ってた。
でも案外あの頃の俺は繊細だったみたいで。
次第に部屋から出ることが少なくなっていった。
段々と食が細くなっていった。
それに周りは気づかず、気づいても知らないふりを続け。
当時長期の依頼が入っていて半年ぶりに俺の前に姿を現した彼女は、俺の姿に目を見開いた。
『誠』
『月、さん……』
名前を呼ばれて、正直泣くかと思った。
少しこけてしまったらしい頬にあたたかい手が添えられて、それだけで俺は全てがどうでもよくなった。
強がりでも何でもなく、本当に、そう思えた。
だって俺は独りなんかじゃなかったから。
月さんがいてくれて、月さんが触れてくれるから、なら周囲はどうでもいいやって、すとんと自分の中に答えが落ちた。
結局その日は今までの精神的ストレスがたたったらしくそのまま倒れるように眠ってしまって、次の日。
一人で目を覚ました俺はちょっとだけ月さんを恨んだ。
『なんで、傍にいないの…』
俺、落ち込んでるのに。こんな状態なのに、薄情者。
ぶつぶつと恨み言を吐きながら(この時点で俺は大分回復していたんだと思う。少なくとも愚痴を吐けるくらいまで)起き上がって適当に着替えをして、たぶんまだ城にいるはずの月さんを探しに部屋を出た。
彼女のためなら普通に部屋から出る自分が少しおかしくて苦笑したのもいい思い出。
そして廊下の角にさしかかったところで、月さんと親父の話を聞いたのだ。
『君さ、セイに何てことしてくれてるの?』
『それは、その、わしも今知ったというか…』
『それが気に食わないって言ってるんだよ。
知らなかったんじゃなくて知ろうとしなかったんだろうが。
君達からどう見えているのか知らないけれど、彼はまだ幼い子供だ。
まあ私からしたら年齢など関係なく大切な人だけれど。
そして私は私にとって大切な彼をこのままにはしておけない。
セイが望むならここから連れ去るし、望まなくとも私が必要と判断すればそうする。
それともこの国を壊してやろうか?
セイを傷つけるだけのものなら私にとってはゴミに等しいものだしね』
向けられる言葉が嬉しかった。
だって俺の事、そんなに大切だって。
『なっ…国民は関係なかろう!』
『あぁ、君は国民を愛していたのだっけ?』
くつりと月さんの口許が笑みを形作った。
それに動揺しながら親父は同意を示す。
『そうだ、そのために王族はあるのだぞ、王であるわしがそんな言葉を容認できるはずが…』
『自分の息子もこの国の国民だって、忘れるなよ“王国”国王』
吐き出された言葉は氷の様に冷えていた。
『そのお得意の国民思いの慈悲の心ってやつは立派なものだね。
家族などより他人が大事だなんて笑ってしまうな』
『それは…』
『言い訳は見苦しいよ。
今すぐ殺して口を利けなくさせてやろうか?』
『………』
『なんてね。まあ君の言い分も分かる。
セイが恐ろしいんだろう?
まあ確かに知識なんかも君よりあるだろうし、たぶん今なら君のこと、セイは殺せるだろうし』
でもさ、と彼女は言葉を続ける。
『私みたいに、家族がいないのとは少し勝手が違う。
たぶん私も家族に否定されれば悲しいと思うし。
化け物でもそれくらいの感情は持ってるものなんだよ。
あんまり、セイを悲しませないで。
それこそ私のような化け物になってしまう。
彼はれっきとした、君達から生まれた人間なんだから、それは駄目だ』
『宵闇……』
『それだけ。それにしても恥ずかしいところを見られてしまった』
話を打ち切った言葉に親父は首を傾げた。
『恥ずかしい?どこがだ?わしはむしろ自分が恥ずかしいが』
『だってそこの角にセイがいるし』
『!!!!?』
声にならない声を上げた親父にため息を吐きながら、その後俺は月さんに対する感謝や喜び、そしてそれ以上に与えられたたくさんの言葉に対する照れを堪えて出て行ったのだ。
「あれさ、嬉しかったよ」
あの時すぐには言えなかった素直な言葉を吐きだせば、月さんは微妙な顔をする。
もう、こういうところは照れ屋なんだから。
「君はもっと長く寝ていると思ったんだ。
見るからに栄養失調でガリガリだったし、睡眠不足で目の下のクマが酷かったし」
「月さんがいてくれたから安心して短い時間でぐっすり眠れたんだよ」
「………」
あ、照れた。
「……今は、その話じゃないだろ!」
「あはは、どこからどう見てもその話じゃん」
月さんは照れたり怒ったりすると口調が少し乱暴になる。
でもそれは壁が完全に取り払われた、そのままの月さんということだ。
「違うだろ!今の君と国王たちとの関係性の話じゃないか!!」
「そうだけど、でもさ。……月さん可愛い」
「うるさい!」
頬を染めた彼女はやけくその様に叫んで俺に人差し指を突きつけた。
もう、行儀悪いよ、それ。
「ともかく、私は心配なんだよ!
君があんな感じで気づまりじゃないかとか、色々!!
フレイなんかは昔はもっと体が悪かったからあの時の事を知らなくて、だからいいかもしれないけど他は違うし、そもそも知らない事でも君を傷つけるかもしれない。
でも私はずっと君の傍にいる訳じゃないし、だからああいう場面を見せられると、すごく心配なんだ!!」
「月さん……」
「……………ごめん、なんか、お節介とか、心配しすぎとか、余計なお世話とか、分かってるんだけど…」
キリリと言い放った彼女だけど、すぐに落ち込んだように何とも形容しがたい顔をしてしゃがみこむ。
すっかりじめじめした雰囲気で体育館座りだ。
「ちょ、月さん何急に落ち込んでんの。酔った?」
酒は夕食で出てなかったはずだけど。
「酔ってない。だってこれだって私の感情の押し付けだし……本当に、君に対してだけ私は上手く接することが出来ない…」
「何言ってんの、俺にとっては月さん以上の人なんていないよ」
「それは私もだよ……
ねぇ誠、何か辛かったりとか、悲しかったりとか、ないよね?」
顔を上げて俺を上目づかいで見上げる月さん。
…………上目づかいって、破壊力高いよね。
「そんなの全然ないよ。
月さんがあの時言ってくれたおかげで対応も微妙に緩和されたし、その後も月さん、皆の前でちっちゃかった俺を本気で打ち負かしたりとか、色々実演してくれたもん。
あれって俺がただの子供なんだって、周りに分からせるためでしょ?」
「別に……君をサンドバックにしただけだ」
「何それ怖い」
言い訳としてはあんまりな言葉につい苦笑した。
こういう時だけ変に言葉が拙いんだから。
「それにあんまり効果はないよ……」
「そんなに心配するならここで一緒に暮らしてくれる?」
「…………」
別に断られることは分かってた。
今までも何度か誘って、それら全てに否を返されてきたんだから。
でもやっぱりいつでも一緒にいて欲しいっていう情けない甘えが含まれた誘いだっただけに、首を横に振られるのは悲しい。
でもそれ以上に唇を引き結んだ彼女が悲しそうだったから、それを表に出すことはしなかったけど。
「駄目なんだ、それだけは。
………私は、ギルドランクSSだから、定住も許されていないしね」
それはたぶん真実であり言い訳なんだろう。
ギルドのランクSSに課せられる決まり事にはいくつか抜け道があることを知っているし、月さんが本気になればそれくらいはどうとでもなる事。
でもそれでも彼女は頷かない。
月さんがたびたびここを訪れてくれているから、我慢するけど。
数ヶ月に一度の訪問についてギルド本部のお偉いさんから色々と言われてること、俺、知ってるんだよ月さん。
「じゃあしょうがないか。
まあ俺チートだし、出来ない事ないし、平気。
月さんが心配することなんかないって。
関係は微妙だけど一応家族ってやつがいるし、使用人も未来の側近もいる。
何より俺の一番の理解者である月さんがいるんだから、俺の未来に憂いはなしだよ」
彼女を変に煩わせないために少し茶化してそう言えば、月さんは僅かに表情に安堵を滲ませた。
相変わらず心配そうではあったけど。
「そっか。………ずっと、そうであるといいな」
だからどうか君は、何にも気づかないで。
そう囁かれた言葉が嫌に耳に残った。
どうして月さんはそんな不安そうな顔をするの?
俺達は神サマから祝福された人間なんだから、きっと何も心配いらないのに。
ずっとこのままであればいい。
そう願うのは真実だけど、きっとこのままではいられないんだろう。
所々に歪みができて、私はそれに手を出すことは出来ない。
すべては本当に難しいバランスで保たれていて、少しでも触れてしまえばそれは一気に均衡を失うだろう。
でもこのままでいいのだろうか。
そう問う声は心で止まず。
ねぇ誠、どうすれば君は幸せかな?




