5-3*
8 years ago
Side:Seilute
それから結局数時間ぶらぶらして、俺達がスイーツを食べたのは城に戻る直前だった。
一応俺は十歳の体だからあんまり遅くまで外出できないんだよね。
月さんもその辺りには気を遣ってて、俺は別に平気だと思うのに日暮れには城に戻ろうとする。
はぁ、子供の体って不便。
「ふふ、そんなに拗ねなくてもいいじゃないか」
俺の考えていることを察したんだろう、隣を歩く月さんはおかしそうに笑う。
王都からはやっぱり転移で戻ってきたから、今はもう城の廊下だ。
「だってまだ5時だよ?」
「私の記憶が確かなら、五時になったら小学生の皆さんは家に帰らなければいけなかったはずだ」
うわ、懐かしい放送の言葉を引用するなんてセコイ。
「俺は27歳ですー」
「まあ精神年齢はね。
でもいくらチートとは言え体は小さな子供の物だから、あまり動いて体調を崩したら大変だろう?」
「早く成長したい…」
「あはは、成人までの道程は遠いね」
自分は大人の体だからって他人事みたいに。
じろりと彼女を睨んでも堪えた様子は一切見られない。
まあ正しいのは月さんだけどさ。
「ケーキ、気に入ってくれた?」
これ以上議論してもどうせ負けてしまうことはわかっていたから、仕方なく俺は話題を変えた。
「勿論。でなければあんなに食べたりしないさ」
それを指摘することなくのってくれる彼女はいい人だけど、何だかそういう大人の対応、俺の子供っぽさが際立っちゃうんですけど。
でも喜んでくれたならよかった。
お忍びのたびにリサーチした甲斐もあったってもんだよね。
月さんケーキ三つも食べてくれたし、かなり気に入ったって事なんだろう。
「でもそのせいで太ってしまわないか心配だ。
これから城で夕食もあるしね」
「へぇ、月さんでもそういうの気にするんだ?」
「おや、失礼な物言いだね」
だってそういうの気にしてるようには見えないんだもん。
彼女のプロポーションは抜群で、容姿も整っている。
なのに化粧っ気はないし無理なダイエットとかをしてもいないし、つまりすごく自然体なんだよね。
「それにちょっとくらい太っても平気じゃない?
月さん全然細いもん」
「セクハラだね」
「これが!?」
「ふふ、冗談だよ」
ころころと笑って月さんはそう言ってのけるけど、それ魔法の言葉だから。
一瞬で世の男共を窮地に立たせられる言葉だから。
「でも曲がりなりにも私も女だから体型の変化は気になるんだ。
それに太ると仕事で動きにくくなるからね」
「まあ太ったら動き遅くなりそうだから分からなくもないけど」
「それに以前、太ったお前は絶対に見たくないと言われたことがあって」
不意に声の調子が変わり、俺は隣を歩く月さんを見上げた。
何かを懐かしむような表情で、あぁ、日本を思い出しているんだと悟る。
「酷いよね?そこはどんなお前も綺麗だと言ってくれてもいいと思わない?
案外ショックだったから私、それからは体型には気を付けているんだよ」
それはもしかして付き合っていた人とかの言葉なのかな。
月さんとは日本での話をたくさんしているけど、その中にあまり人の名前は出てこない。
皆“友人”とか“家族”とか、そんな風な言葉に置き換えて話している。
―――たぶん、呼ばないんじゃなくて呼べないんだろうけど。
「あはは、でもその気持ち分かるかも。
だって太ってる月さんとか想像できないし」
「君もそんな事を言うの?
酷いな、私の友人は月なら太っていてもそれはそれで可愛いと思うって言ってくれたよ?」
一度名前を呼んだら、たぶん耐えられなくなっちゃう。
寂しくて寂しくてきっと月さんはどうにかなってしまうから。
だからきっと名前でなんて呼べないんだ。
いつか俺の前くらいでは、その今は名前も知らない人達の事を呼んでたくさんの話をして欲しいけど。
「だーめ。男の夢だし」
「意味が分からないな」
名前の事は月さんが俺に話してもいいと、話せると思えるまで待つつもりだ。
急かして良い事でもないし当然だよね。
でも、少しだけどうしても今聞いておきたいことがある。
何でか分からないけど気になって気になって、ムズムズするんだ。
「そんなことより、さ。
太ったお前は絶対に見たくないって、口調からして男だよね?
月さんの……彼氏?」
いや、別にいいんだけどさ、彼氏いたって。
俺だって向こうでは色々な人と付き合ったりしてたし、月さんなんてこの美貌だもん、絶対彼氏とかいたと思う。
でもやっぱりなんか……気になるって言うか。
悶々と考え込む俺の横で月さんはポカンと何度か目を瞬かせて、次いで堪えきれないように噴き出した。
「ふふ、っあははは、そっか、君には言ってなかったんだっけ」
「え、何を?まさか実は結婚してた?」
でも確か召喚されたの高校生の時だよね?
17歳だったとも言ってたし、月さんは12月生まれだから高校二年生。
え、結婚は無理でしょ、法的に。婚約とかか?
「あはははっ、き、君は、時々すごく……ふふっ、頓珍漢な事を言う…!」
ちょっと。酷くないかな。
廊下の真ん中でいっそ苦しそうに笑う月さん。
お腹痛い、とか合間に言ってるの聞こえてるんだけど。
「もう、結局どんな関係なんだよ」
「あぁそうだったね」
中々答えがもらえずに唇を尖らせて拗ねた表情をつくれば、それに気づいて彼女はようやく笑いをおさめてくれた。
まだ笑いたそうに口の端がぴくぴくしてるけど、見ないふり。
「君に話していたつもりだったけど、この様子じゃ違ったらしい。
あの酷くも愛おしい言葉をくれたのは私の大切な―――」
「宵闇ではないか!」
「…………タイミング悪っ」
あ、つい本音が。
だって。だってさ。聞けると思ったらこれだよ。
それも邪魔した本人は邪魔したと思ってもいないでこっちに寄って来て。
「見つかってしまったか。
――やぁ国王。久しぶりだね」
「いつから来ていた?そんな知らせは聞いておらんぞ」
「そりゃあ知らせないでって侍従長に言ったし」
「またあいつか!!」
地団太を踏み悔しがって、そこでようやく“王国”国王――つまり俺のこっちでの親父は俺に気づいたようだった。
「またセイルのところに来たのか、宵闇」
「そうじゃなきゃ自発的にこんなところ来ないよ。君もいるし」
「どういう意味だそれは!」
目の前で繰り広げられる掛け合いについため息が出る。
そうすれば親父は一度動きを停止させ、それを見止めた月さんは一瞬呆れた表情を浮かべた。
俺が手を引いてすぐ、それは消え失せたけど。
「ルナさん、行こ」
「まあ、私は構わないけれど。
それじゃあ国王、私はこの後セイと二人で夕食を食べるからここで」
「そうそう。それじゃ」
あんまりこの場にいたくない。居心地悪いし。
だから早足で立ち去ろうとしたけど、それは親父の声で阻まれた。
「ま、待て宵闇!」
「うん?何かな?
依頼はいつもの通りギルドを通してよ」
「違うわ!……その、なんだ」
躊躇うように地面と月さんと、そして俺を順繰りに見つめる四十代。
それを見て思ったことは一緒なのか彼女は顔をしかめた。
「君がもじもじしても可愛くもなんともないしむしろ気持ち悪いから止めてくれないかな」
「おいこれでもわしは国王だぞ」
「いいじゃないか。それで、何が言いたいのさ」
「ゆ……」
あ、嫌な予感。
「ゆ?」
こてんと首を傾げて鸚鵡返しに呟いた月さんは可愛いけど。
それに後押しでもされたのか、親父はやけくそ気味に叫んだ。
「ゆ、夕食をともにとれ!宵闇と……セイルも、その、一緒にだな…」
「食事?三人で?」
段々と勢いを無くしていく親父を気にすることなく月さんは問い返した。
俺の嫌な予感って当たるんだよね。
食事とか……月さんと二人がいいのに。
「それと妃も誘うつもりだし、フレイも呼ぶ」
「つまりは“王国”の国王一家勢揃いということじゃないか。
そんなところに一般庶民の私も参加しろって?」
「お前はランクSSだろう!
何が一般庶民だ、皇帝とも教主とも親しいことは調べがついているんだ」
安っぽい刑事ドラマみたいな台詞を吐いた親父はビシッとこちらを指差して言い放った。
てか月さん、皇帝だけじゃなくて教主とも仲いいの?
そんな話相変わらず聞いてないんだけど。
「今夜七時半、侍従長をセイルの部屋にやる。
絶対に逃げるなよ!!」
むしろ自分が逃げているんじゃないんだろうかと言いたくなるような感じで走り去って行った親父に、俺はもう一度大きなため息を吐きだした。
反対に月さんは心底おかしそうに笑ってるけど。
「だってさ。どうする誠?」
「どうもこうも、無視すればいいじゃん」
「おや」
ゆったりと微笑んだ月さんから目をそらして、俺は再び彼女の手を引きながら自室への道を歩いていく。
別に一緒に食事をとる必要はない。
兄貴はまだいいけど、国王と王妃となんて。
それに月さんがいるのをいいことに彼女を利用してこんなタイミングで食事なんて、セコい。
普段はそんな誘い絶対にしないくせに。
「誠、そんな顔は見たくないな」
苛々と身のうちに溜まっていく感情を取り除けてくれたのはやっぱり月さんだった。
俺の力に逆らうように立ち止まって逆に手を引いて、振り返った俺の頬を指でつつく。
目の前でやわらかく笑った彼女は繋ぐ手の力を強くした。
「君達は相変わらずのようだ。
せっかく私が珍しくも世話を焼いたっていうのに」
「………」
知ってる。月さんが俺の為にしてくれたこと。
でも、そんな簡単には。
「ねぇ誠、たまには大勢で食事をとろうか」
「……行く気なの、月さん」
裏切り者、とつい文句を言いそうになる。
でもそんなこと言っても彼女は意見を変えなさそうだ。
それにたぶんこれも俺の為にしてることなんでしょ?
「そうだね。でも一人で行くのは嫌だな。
私の隣に、そうだな、例えば金髪で綺麗な漆黒の瞳をもった少年がいてくれると助かるのだけど」
「………あのさ、俺の精神年齢いくつだと思ってんの。
そんなんで俺素直になったりしないし、喜んだりもしないからね?」
「それは残念だ」
ちっともそうは思っていない顔で言い放ち、けれどと月さんは微笑む。
「君は私の傍にいてくれるだろう、誠」
「……だから、困ってんだよ」
それに貴女だって俺の傍にいてくれるから。
月さんが食事に行こうと言った時点で、俺もそれに参加することは決定していたようなものだ。
俺は彼女が城にいてくれる間出来る限り彼女の傍にいたいし、彼女だってそう。
そして月さんはこうと決めたら案外頑固だから。
あの場で彼女はそうするべきだと確信しているみたいだったから、その意思を覆すのはなかなか困難な事で。
結局負けてしまった俺は今こうして準備をするべく月さんの隣に座っているわけだけど。
「………月さん、まだ?」
「ん、もう少し。君の髪はさらさらしていて手触りがいいね。
やっぱり城で過ごしていると違うな。
私も気を遣ってはいるけど、ちょっと負けそうで悔しいよ」
頭の上から降ってくる楽しげな声音。
今彼女は俺の髪をいじくっている最中だ。
「自分だってサラサラの癖に。一体何するつもりなの?
俺の髪、そんな長くもないしいじれるトコもないでしょ」
「編み込みしようと思って。
たまに男の人でもやってるだろう?
国王との晩餐だから盛装しないとね」
流石にこれは身内だけのはずだから、そんな必要ないと思うけど。
そりゃあ流石にお忍びで王都とかに出る時の服装じゃまずいから着替えたけどさ。
俺は城で過ごす時の普段着だし、月さんに至ってはただの私服(まあ素材だとか効果だとかが凄くてその辺の貴族が逆立ちしても買えないような代物らしいけど)なのにこんな風に髪なんかいじって。
……月さんに何かされるの、好きだからいいけど、でも何だかご機嫌取りされているような。
こんなことで喜んで機嫌直すって、俺もしかして手のひらの上で転がされてる?
「何か……納得いかない」
「どうして?嫌かな、こういうの?」
「そうじゃないけど…」
月さんに触れられるのは好きだ。
彼女に何かと構われることも、勿論その逆も。
俺達がしているのは傷の舐め合いだから当然だけど。
「ならいいじゃないか。私は好きだな、君に触れること」
そして思っていたそのままを彼女に同じく呟かれて、俺はつい頬が熱くなった。
月さんは髪をいじることに集中しているから気づいていない……はず。
「俺だってそれが食事のためじゃなければもっと素直に喜べたよ」
「ふふ、そうかもしれないね」
俺の皮肉(になってたのかな?イマイチ分かんない)に小さく笑った彼女は髪から手を離した。
終わりなのかと立ち上がりかければ駄目だと制されそちらを見上げる。
亜空間に手を入れて何かを探しているらしい彼女が俺の眼差しを受けて優しく微笑む。
本当に、いつも笑顔。似合ってるけどなんだかなぁ。
たまに見せてくれる拗ねた顔だとか切ない顔だとか、そういうのの方が俺は好きだ。
「私はこの国の王族の家庭事情なんて知ったことではないけど」
そう言って小首を傾げる。
「君が出来る限り穏やかに過ごせる日々を望んでいるんだ」
望む、その言葉につい反応する。
出会ってすぐの頃は知らなかったけど、月さんには一つ別名がある。
ギルドで与えられた“宵闇”とはまた別に。
望みを叶える者。一部の人間達の間で囁かれるその名は、俺も簡単に知ることが出来た。
「月さんも、望みがあるんだね」
「おや、どういう事?」
「結構有名だよ。月さんはどんな望みも叶えてくれる存在だって」
それは心外だと、彼女は苦笑した。
「確かにその話の通り、私は他人の望みを叶えている。
でも別にすべての望みを叶えている訳じゃないよ。
私にとってそれが悪いことで、そして流石の私にも不可能な内容は丁重にお断りしている。
でもどうしてそれが私に望みがある事と関係するの?」
「だって月さんが誰かに何かしてもらったとか、ギルドの依頼は別だけど何かお礼をもらったとか聞かないんだもん。
つまりそれって月さんにはして欲しい事も与えられたいものも無いって事でしょ?」
そんな彼女が望んでるって、何だかすごく不思議な感じがしたんだよね。
別に悪い意味じゃなくて、むしろ良い意味で。
この人もちゃんと欲しいものとかがあって、それのために動いたりとかするんだなって。
ちゃんと少しはこの世界に立っているんだって。
「………君は時折、とても鋭いことを言う」
「何言ってんの、少し考えれば皆思うような事じゃん」
本当に感心したような月さんに俺は笑ったけど、それに彼女は首を振った。
「ううん、それに気づいたのは君だけだよ」
それがとんでもなく――今までが嘘のような凍りついた声だったから、俺は笑うことを止めて月さんを見つめた。
すっかり感情の抜け落ちた顔。またそんな顔して。
今の瞳、まるでビー玉みたい。それに月さんは気づいてるのかな。
「どうして皆気づかないの?当然の事だよ?
生きてる限り誰にでも欲ってのはあって、それを消し去る事なんて絶対不可能だもん」
「そうかもしれないね。
たぶん私なんかは人よりも欲が多い方だと思うし」
なら何故誰も気づかないんだろう。
頭に浮かんだ疑問に答えるように目の前の唇が動く。
「だってこちらの人間にしてみれば当然の事だからね。
私が望みを叶えて、それに対する対価は何も必要ない事なんて」
「え?」
「そう言う風になっているんだ。
だから気づかないことは当然で、私もそれでいいと思ってる。
こちらの人間に縋りたいとも思わないし、何か弱みを知られたくもない。
私の望みは私だけが知っていればいいんだ。
幸い粗方のものは自力で叶えられる力を、私は持たされているからね」
それがとんでもない呪いであるかのように語る月さんは無表情を消して俺に微笑みかける。
「でも君に望みを知られるのは嫌じゃないよ。
私は君にだけはとても甘えてしまっているから、それも仕方がない事だと分かっているし」
「それ、つまり本当は俺にもあんま知られたくないって事じゃん」
「あれ、バレてしまった?」
「月さんは誤魔化すけど嘘は吐かないから、言い回しに気を付けてれば分かるよ」
そういうところが凄く不器用。
嘘を吐けば楽なのに、なんでだろう。
「そう。気をつけないととは思っているけど、難しいね。
でもやっぱり恥ずかしいだろう?
自分の望み――つまりは弱みを他の人に見せるなんて。
私はこれで小心者で恥ずかしがり屋なんだ」
あぁでも冗談は言うか。
最後の言葉に一気に真面目な空気が取り払われて脱力した。
「どこが小心者で恥ずかしがり屋なの。
小心者は国王とか皇帝とか教主とかと堂々と会話しないし、タメ口でいいって言われたからって簡単にタメ口使わないから。
そして恥ずかしがり屋は俺に対してあんな小っ恥ずかしい台詞言いません」
「本当なのに、あんまりな言い方だね。
―――あ、やっと見つけた」
会話の最中ずっと亜空間の中を探っていた月さんはようやく目的の物を見つけ出したらしい。
空間の裂け目から抜き取った手にはヘアピン。
真っ黒なもので、同じ素材で綺麗に花の形を象ったワンポイントがついている。
………もしかして、それを俺につけろと?
「さて誠、また横を向いてよ」
「いやいや俺がするには可愛いでしょ。
絶対女物のデザインじゃん」
全部真っ黒だから落ち着いた雰囲気ではあるけど、それでも男がすると一瞬ん?ってなるし。
「きっと似合うよ。
無くしてしまっていたらどうしようと思ってたけど、ちゃんとあってよかった」
「似合うって言われても微妙な心境…
他のデザインとかないの?」
そう言えば月さんは不満そうに唇を尖らせた。
「いいじゃないか、可愛いんだから。ね?つけてよ誠」
じっとこちらを見つめる視線。
ちょっとした我儘。
…………可愛いってのは、ちょっといただけないけど。
「……今日だけね」
「ありがとう誠!」
これ断れるヤツいるの?
いたら連れてきて欲しいんだけど。
結局俺は横を向いて、そして月さんは金の髪に嬉々としてヘアピンを差した。
珍しいくらいのはしゃぎ様。
……こういうの見るとやっぱり、断らなくてよかったって思っちゃうんだから俺も馬鹿だと思う。
「出来た。………うん、確かに可愛らしくなりすぎてしまうけど、とても似合うよ」
にこにこ嬉しそうに笑う月さんは俺の目の前に鏡をかざして、今現在俺の頭がどうなっているのか見せてくれた。
うん、ほんとに可愛くなっちゃってる。
でも金髪だから黒がよく映えて、それは嬉しかった。
「私は黒髪だからやっぱり目立たなくなってしまうんだよね。
それに君には黒が似合うから」
「うん、デザインはともかく嬉しいよ。ありがと月さん」
「もう、一言余計だよ。
でもそうだね……デザインを変えたら、いつも持っていてくれる?」
「いつも?それはいいけど、でもこれ月さんのじゃん」
それにこれ、あんまりこの世界のデザインて感じがしない。
思ったことを告げれば彼女は嬉しそうに笑みを深くした。
「よくわかったね。確かにこれは日本のものだ。
私がこの世界に連れてこられた当時持っていたものだよ」
「なら余計大切じゃん」
「いいんだ。同じデザインの白いものがあるし、元々君にあげようと思っていたから。
そのために魔法をかけておいたんだよね。解毒効果と魔術防御。
君は魔力があまりないから、心配なんだ。
剣を持たせれば私と同じくらいの実力があるって知ってるけど、どうしても」
私の知らない間に君が消えてしまわないように、少しだけ君を守らせて。
そう囁く彼女の声は少し震えている気すらした。
でもその感情は確かに俺の中にもあるもので、例えば俺が魔術を使えたなら俺も月さんにそうしたんだろう。
一度月さんの存在を知って、見て、話して、そして触れてしまったならもう知らなかった頃には戻れっこない。
「……デザインは変えなくてもいいよ」
「え?」
「だってお揃いでしょ、それなら。
変わりに月さんも今日それしよ。俺が編み込みしてあげるから」
それに召喚当時から持っていたならこのヘアピンは彼女の思い出の品ということで、その形を変えるのは絶対にしたくない。
そこまで可愛らしいデザインじゃないというのも助かった。
綺麗めのものだから、たぶんある程度まで大人になってもギリギリ持っていられる。
いざとなったら懐とかに忍ばせとけばいい訳だし。
「……じゃあ、そうしようかな」
俺の提案に少しだけ迷いを見せつつも、月さんは頷いてくれた。
そんな彼女の髪を一房持ち上げて昔の――日本にいた頃の記憶を総動員する。
確か昔教えてもらったことがあるから、たぶん出来るはずなんだ。
かつてない程に集中して――そう言えば月さんの髪に触るの、これが初めてだ。何だか更に緊張。
「…………ねぇ誠」
「ん?何?」
そんな時に投げかけられた言葉に俺は手元から目を離さないまま応える。
「私ね、君のこっちでの家庭事情に首を突っ込んでいるけど、それは、君のあちらでの家族をないがしろにしたくてしている訳じゃないんだ。
ただ単純に、君が変に周囲に圧迫されてしまわないようにしたいだけで、だから……」
少し言い訳するように伝えられるそれ。
あぁもう、そんな事知ってるよ。
月さんが俺より俺の事考えてくれてるの、とっくの昔から知ってる。
傷の舐め合いだったとしても、それはとっても嬉しい事なんだ。
だからそんな風に不安そうにする必要なんてないんだってば。
「分かってるよ。月さんはホント、しょうがないんだから」
「………うん、私はしょうがない奴なんだ。ありがとうね、誠」
正面を向く彼女の顔は嬉しそう。
これは本当の表情だって、心からそう思ってくれてるって分かる。だから好きだ。
それにお礼を言いたいのはこっちの方なのに、ほんと月さんてばしょうがない。
「はい、ピンかして」
「うん」
作業を終えて(どうにか覚えてた。たまにちょっと歪なとこあるけど)差し出した手にのせられる白。
確かにお揃いだ。それに月さんの黒髪によく映える。
それを差して鏡を彼女の眼前に持っていけば、月さんは僅かに複雑な、それでも嬉しそうな顔をした。
「……懐かしいな」
「そっか」
よかった。もし月さんが泣いちゃったらどうしようって、髪をいじりながら少し不安だったけど、嬉しそうでよかった。
だって日本が懐かしくなる。俺でさえデザインを見ただけでそうだったのに、これは彼女の物だから思い出がいっぱい詰まってるはずなんだ。
月さんは俺の前で泣いてくれないから、そんな心配無用だったかもしれないけど。
それについては俺も彼女に涙を見せたりはしてないし、お相子。
お互いそこまで甘えていいのか測りかねてるんだ。
だって涙って、また別格でしょ?
それに俺は曲がりなりにも男だから、あんまり泣き顔とか見られたくないしね。
「セイル様、宵闇のお方。食事の準備が整いました」
丁度いいタイミングで侍従長がやって来た。
それに応えて立ち上がり、月さんと手を繋ぐ。
――だってこれから面倒なとこ行かなきゃいけないんだから、これくらい甘えてもいいでしょ?
月さんだって嫌な顔一つしないで、むしろ彼女からも強く握り返してくれるし。
にしても、結局聞きそびれてしまった。
―――誰だったのかな。月さんの、大切な人。
君に私の望みを知られるのは構わない。
そう言ったのは真実であり偽りだ。
本当はね、どうしても叶えてもらいたい望みがある。
でも内緒。
この世界の人間は勿論、君にだって。
君は知っているかな。
私が心底、いっそ君に出会わないままでいたかったと思っている事。




