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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
金色の後悔
50/178

5-1*

Side:Seilute



苛々する。

それは今現在の状況とか彼女に対してのものでもあり、俺自身へのものでもあって。


「くそっ、王太子になんてならなきゃよかった」


“帝国”に神喰らいが現れ、その討伐にギルドランクSSの3名が向かった。

その知らせがギルド本部から“王国”に届いたのは5日前の事だった。

それから数日後に戦闘が始まったという報告を受け、早2日。

なんの音沙汰もない状況に不安ばかりが募る。

今ほど自分の選択とそれに伴う立場を後悔した時はないだろう。

こんな厄介な身分になるから今すぐ彼女のもとに行くことも出来ない。

こうやってただ安全な城で伝達を待って、心配でどうにかなりそうな心を宥めるなんて俺には向いてないのに。

俺に転移や念話の魔術が使える程度の魔力があれば。


「そう言うなセイル。

ルナならきっと平気だから、少しは落ち着け」


隣に座る兄貴がそう言ってきてもまともな返事も返せない。

だって、俺以外の人間は知らないんだ。

月と神喰らいの間にある、それこそ切り離せない繋がりを。

あれと戦うことがどれだけ彼女の心をズタズタに裂くか。

それを皆知らないから、そんな風にしていられる。


そして俺は知ってるから、恐ろしくて堪らない。

有り得ないとは分かっているけど、月がもし自ら神喰らいに喰われてしまったら。


俺の恐怖はそれによって神喰らいが誰も敵わないような存在になる事に対するものでも、世界が滅ぶ事に対するものでもない。

―――ただ、彼女が。月が喪われてしまうんじゃないかということが、恐ろしい。


「――ギルドより伝令です!!」


だから使者がそう叫びながら謁見の間の中に入ってきたとき、俺は情けないけど、一瞬震えた。


「読み上げろ」


ずっと黙って玉座に座っていた親父が声を上げる。

その命に従い、使者は伝令書を勢いよく広げた。


「各国へ伝達する。

神喰らいを本日午後五時に無事討伐。

群れ総数約七千、“帝国”北要塞への被害は一切なし。

討伐にあたった宵闇、煌炎、氷雨の生存も確認」


――よかった。彼女はまだ、この世界で生きてくれる。

最後の言葉で、俺は一気に身体から力が抜けた。

そして同時にそんなことを思う自分に嫌悪がわいた。

本当は、ここで死んでしまった方が月にとっては幸福なのに。

なのに俺は自分の孤独感からそれを拒んで、もしかしたらそんな感情が月を無理に踏みとどまらせているかもしれないのに。


「宵闇に怪我は?」


ぐるぐると自己嫌悪の感情に支配される俺の代わりとでも言うように、兄貴がそう聞いてくれた。

そうだ、ただ生きているということしかまだ知らされていない。

相手はあの神喰らい。

俺がこの世界に生まれる前には三日三晩戦ったと言う。

そしてかなりの傷を負ったとも。

今回も二日という時間を要したんだ、月が無傷であるはずはなかった。


「……その、それは」


使者は躊躇うように俺を見つめる。

俺と彼女が親しい事は分かっているらしい。

でもそんな気遣いはいらない。

むしろ彼女が何より大切だからこそ、正確な情報が知りたかった。


「いい。話してくれ」


「はっ。――現在報告されている内容によりますと、宵闇は右肩を貫かれ同じく右腕に深い裂傷。

他にも胸、腕、足などに骨折があるということです。

ギルドの医療部が治療にあたっており、後遺症の有無、予後などは未だ不明となっております」


「……そっ、か。………あぁ、いや、助かった」


右腕。月の魔術行使の主軸。

そして数少ない、彼女のものと言える体の部分。

だからこそ一番脆くて壊れやすい、人間の腕。

色んな感情がせめぎ合って、唇を噛む。

どうにかその後も使者への対応にあたって、使者がこの場を立ち去った時には疲労感でため息が出た。


―――情けないよね、月。

俺って案外、こんなことで簡単に動揺するんだ。


「セイル、今日は私が仕事を代わるか?」


よっぽど俺は情けない状態なんだろう、兄貴は気遣わしげにそう言ってくれたけど、休もうという気は起きなかった。

だって彼女は今まで頑張っていて、その間俺は待ってるだけで。

それでこれ以上何もしなかったら、情けなさ過ぎて月に会えない。


「いや、いらない。別に平気だから。

でもちょっと頼みがあるんだよね」


「頼み?」


「そう。手紙出しといて欲しいんだ、俺の名前で」


「どこへだ?」


そんなの決まってる。


「“帝国”。ルナを俺のとこに返してって、言って。

たぶん傷の回復の為にしばらく依頼回んないでしょ?

なら、俺のとこで休ませるから」


他のとこでなんて、月の気が休まるはずない。

月が一番安心して穏やかになれるのは自惚れでも何でもなく俺のところだ。

だから、いつまでも“帝国”に滞在させたりなんかしない。

あそこの皇帝は月の事気に入ってるらしいから、ちゃんと言っとかないと。

対外的にも別に違和感はないはずなんだ。

だって月は俺に祝福を与えた。

それは各国に伝わっていることで、だから世間から見て“王国”の王太子である俺こそがどの国よりも彼女と強いつながりを持っているということで。


「俺、部屋に戻って仕事するから。

ちゃんと書いて出しといてね。今日中に。

―――あ、それとその本文に絶対書いといて欲しい事があるんだけど」


「……内容によるな」


兄貴は警戒するように、それでいて面白がるように目を細めた。

なんだよ、その顔。

別に俺は間違ったこと言ってないし、変なことも言ってない。


「一週間以内にルナが俺んとこ来なかったら、俺が自分で迎えに行くって書いて」


「……本気か?」


「うん。別に全力出せば一日で着くし。

そういう訳だから、お願いね」


あんまりここで話してると色々口に出してしまいそうだ。

自分への文句とか、月への文句とか、この世界への文句とか。

それを聞かせる訳にはいかないから足早に退出し自室へ戻る。

ジークも神喰らいが現れたことに対する国の対応に追われていていないから丁度いい。

月からもらった結界を張れる道具のスイッチをオンにして、間諜とかからの視線をシャットアウト。

今は少しの事も気に入らなくて殺しちゃいそうだし。


「―――ホント、月の、馬鹿」


結局零れたのは、彼女に対する愚痴だったけど。


―――だって、せめて、何か言ってよ。

事前に、いくらSSの依頼だからって、それでも伝えて欲しかった。

相手が神喰らいだからこそ。…………女々しいって、自覚はあるけど。

本当は分かってる。たぶん単純に忙しすぎて忘れたんだ。連絡。

月って案外そういううっかりさんなトコあるし、シルヴァ君の相手とか他のSSの目とか、色々あったんだろうし。

シルヴァ君は本当に面倒な子供だからそりゃあ宥めるのは苦労しただろう。

本当、あいつは高望みすぎ。

そうやっていつも傍にいて、月に甘えて、そのくせ弱くて。


俺だったら、月をいっぱい甘やかす。

絶対に一人にさせない。

そしてシルヴァ君の位置にいるのが俺なら、一緒に討伐に行けたんだ。

俺なら月を一人で神喰らいに向かわせたりなんか、死んでもしないのに。


………こんなのその場にいない人間の勝手な言い分だって、分かってるけど、さ。


「もう、だから、狂うって言ったじゃん……」


月が俺を狂わせる。

それから俺を救うのもやっぱり月だけど。

今すぐ全部放り出して貴女のもとに行けたら、どんなに楽かな。

でもそれをしたら月の事、本当に閉じ込めちゃいそうだから、駄目だ。

月はきっと最初は拒んで、でも最後には受け入れてくれる。

それは分かっているけれど、だからこそそれじゃ駄目なんだ。

だってそれは、月に望みを叶えてもらってるのと一緒だ。

他の有象無象と同じなんて絶対嫌だし、月を後々悲しませる選択なんて死んでもしたくない。

俺は特別でいたいから、月に望んだりしない。

できるならいっそ彼女に何かを望まれたいとすら思っている。

だって月は皆の――生きている者も既にこの世に存在しない者も含めた、皆の望みを叶え続けていて。

それなら彼女の望みは誰が叶える?


この世界の人間は気づいてない。

自分達は望むばかりで、月の望みがどんなものなのか知らない。

知っているのは俺だけ。

彼女の本当の、心の底から望んで願っているそれを、俺は叶えてあげることは出来ないけど。

それでもそれ以外の俺に可能な全てを叶えたいから。

だからその為に俺は、俺のすることを放り出しちゃいけないんだ。

ただ貴女に寄りかかるだけの弱い俺でいたくないから。


「でもあんまり遅いと、許さないよ……」


月には聞こえてないけど、月に言ってるつもり。

あんまり俺を待たせないでよ。

そうしないと俺、またいつかみたいに壊れかけちゃう。

俺は貴女に寄りかかるだけじゃないけど、同時に貴女から寄りかかられるだけの存在でもない。

お互い同じだけ甘えて頼って甘やかして頼られて。

それが俺達の関係性だから。


「月……早く、来て」


それで俺のところで泣いて、俺を泣かせて。

いつかのあの時みたいに。






***


8 years ago




(セイ)、遊びに来たよ」


突然目の前に現れた月さんは俺にむけてふんわり微笑んだ。

この訪れは事前に電話――じゃなく念話で知らされていたものだから驚きはしない。

でもやっぱりテンションは上がる。

だってさ、何か月ぶりだと思ってるの、この再会。


「久しぶり月さん!」


「あはは、熱烈な歓迎ありがとう」


月さんと会うのは決まって二、三ヶ月に一度の事。

それにやっと来たと思っても数日したら帰っちゃうし、俺としてはつまんないったらありゃしない。

こっちでの俺の親父――つまりは“王国”国王も歓迎してるんだし、もういっそ城に住んじゃえばいいのに。


「今回は結構早めに来てくれたんだね。

正直あともう一か月待たなきゃいけないかと思ってた」


「うん、私もそう思っていたのだけど、色々と予定が繰り上がったんだ」


「繰り上がった?」


それどういう意味?

よくわからずに首を傾げれば彼女は困ったように苦笑する。


「実は今日から一週間後にSSの依頼が入ってね。

だから緊急で休暇と言うか……依頼への準備期間かな?それを用意されたんだ。

それで丁度いい頃合いだったし君の所に顔を出そうと思って」


「SS依頼かー。大変そうだね。また討伐?」


「うん、そういうのも込み」


「そりゃ頑張んないとね」


にしても込みって事はそれ以外にもすることあるのか?

いまいちよく分からないって言うか説明が足りないって言うか。

まあギルドの仕事なんだし、一応部外者の俺にホイホイ話せることでもないか。

そう思っていると月さんは小さく唇を尖らせた。


「君ね、少しは心配してくれたりしないの?」


うん、その顔はすごく可愛い。

でも心配って言われても。


「だって月さんチートだし、絶対負けたりするはずないじゃん」


チートっていうのはつまり、神サマからの授かりものでしょ?

月さんは召喚された時、俺は一回死んで転生した時にそれぞれきっと神サマに気に入られたんだと思うんだよね。

だからチートな力を持ってるんだと思うし。

言うなれば神サマに選ばれし者的な?

だからこの世界で何かに負けることなんてきっとないと思うんだ。

なら心配なんてする必要ないじゃん。


「……まあ、そうだけれど、ね」


月さんは俺の言葉に困ったように微笑む。

何だろう、変な事言ったかな?

でもそれを俺が考える前に彼女は表情を瞬時に変えてやわらかな笑みを浮かべてみせた。


「――さて、そういう訳で今回は四日ほどここにいさせて欲しいな」


「別に四日なんて言わず一週間いてくれてもいいのに」


「いや、残念ながらそうもいかないんだ。

実はもう休暇の最初の一日は潰してしまった後でね。

一応は大掛かりな依頼だし、これで色々準備もあったから。

で、最終日は現地への移動と一緒に依頼をする同じSSの面子との話し合いがあるからやっぱり駄目だし」


「なんだ、残念」


まあ仕方ない事なんだろうけど。

月さんと過ごす日々はとても穏やかでそれでいて楽しくて、だから俺は彼女がとても好きだ。

同じ世界の人間だったという安心感、同じ他の人間よりも飛び抜けた力を持つ者同士という仲間意識。

それらが一体となって王族としての、そしてまだ対外的には十歳ということから子供らしさを周囲の人間に求められることへのストレスでささくれ立った心が穏やかになる。

それに彼女が見せてくれる元いた世界にはない様々な光景、事象はとても輝いて見えて。

城で政治に関わるのも楽しいけど、俺だって年相応(この場合あっちでの年齢だから十七ね。まあこっちの年と合わせたら俺二十七歳だけど)に冒険とかそういうのに興味がある。

だから、さ。俺はいつだって月さんを待ちわびてるし、こうして彼女が共にいるこの時間を大切にしたいんだ。


「それじゃ今日は流石に無理だけど、明日とかどっか行こうよ。

月さんと行きたいなーって思ってた店あるんだ」


「誠、また城を抜け出したの?」


「……えへっ」


こちらを見つめる月さんにとりあえず小首を傾げて誤魔化そうとしてみたけど、やっぱ無理だよね。

呆れたようにため息を吐かれ、それでもそこに俺を本気で責める色は一切ない。

こういうところが彼女の凄いところだ。

普通少しは王子らしくしろとか危ないとか、怒ったり小言を言ったりすると思うんだよね。

でも月さんはそういう事は一切言わない。

言ったとして本気じゃない、ちょっとした冗談って言うかジョークみたいなものだ。


「まったくもう。後で護衛組に色々難癖つけられるのは私なのに。

この間だって言われたよ、宵闇殿が王子を連れまわすせいで脱走癖がついてしまったって」


ほらまた、クスクス笑いながら言われたって全然文句に聞こえない。

こういう風に言うのは俺に興味が無かったりしている訳じゃなくて、単純に俺の事をただの誠司として見ているから。

月さんの前でだけ俺は、“王国”の第二王子じゃなくていい。

あちらの世界のどこにでもいる高校生だった草薙誠司か、草薙誠司の記憶を持って転生したただのセイルートでいられる。


「あはは、ごめんごめん、後で言っとくから。

でもいいでしょ?そのおかげで月さんは王都の隠れた名店の味を楽しめるんだから」


月さんは生粋の甘党だ。

可愛いものと甘いものが大好きで、そういうところはとっても女の子らしい。

まあ決して彼女が女の子らしくないって意味じゃなくて、何て言うかな、月さんの容姿や持ってる空気が大人っぽい、とっても綺麗なものだから幼さの見える面がとってもギャップなのだ。

だからついついお忍びのたびに月さんの好きそうな店を探しちゃったりするんだよね。


「む……そう言われると弱いな。

君が教えてくれるお店はハズレがないし、何より君とどこかに行くのが楽しいから」


「………恥ずかしい事言うの、禁止ね」


もう、そうやって無自覚にそういう事言う。

俺だって同じような事思ってるけど口に出せないのに。


「ふふ、照れているの?

可愛いね、誠。その姿だから特に」


「……確かにまあ、外見はお子様だけどさぁ」


その言い方は無いでしょ。

俺だってこんな姿だけど正真正銘男だよ?

……まあ、十歳の姿でそう言ってもそれはそれで可愛いとか不名誉な事言われそうだから言わないけど。

可愛いって言われるのは俺的にすっごく癪。

他の人間にそう言われてもなんとも思わないし、いっそこの幼い容姿を利用して物事を俺にとって有利に進めようとすら思うけど、月さんにだけは可愛いなんて言われたくない。

言われると無性にムカッてなるんだよね。

まあ同じ十七歳でこっちに来た者同士、同い年のつもりだからそう思うんだろうけど。


「いいじゃないか。可愛くて私は好きだよ、その体。

金髪はそれこそ王子らしいし、黒の瞳は澄んでいてとても綺麗だ」


俺の前にしゃがみこんだ彼女はうっとりと俺を見つめた。

……正確には、俺の目を。


「この黒好きめ」


「だって羨ましいんだ。でもこうやって綺麗と思うのはこの色を君が持っているからだよ。

この世界の人間が黒い瞳だったとして、ここまで綺麗だとは思わないだろう」


月さんは、この世界の人間があまり好きじゃないらしい。

初めて出会った時から薄っすらと感じていたことだけど、この世界で誰かを大切に思ったりしていないと思う。

他人と接する時あからさまにそれを出している訳じゃないんだけど、ふとした瞬間に何の感情も宿っていない硝子玉のような目をすることがあるから。

俺はそれが何だか悲しいし、同時に少し共感してしまう。


「褒め言葉として受け取っていいの?それ」


「勿論」


「ならありがとうって言っとくけど。

でも俺としては金髪ってやっぱりちょっとヤなんだよね。

何か落ち着かないし、やっぱり黒髪が一番だと思う」


月さんの長い、しゃがんだりすると簡単に床についてしまう黒髪を一房手に取って見つめる。

赤とか青とか金とか緑とか、異世界だけにカラフル過ぎでしょ。

見てて目がチカチカするし違和感ばっかり感じちゃって駄目なんだよね。

生まれてすぐの頃なんかは周りの人間みんな宇宙人みたく感じてたし。

まあそれはあっちもだろうけどさ。


「ありがとう。君に髪を褒められることが一番嬉しい」


「黒マニア」


「……ちょっと。流石に酷くないかい?」


「本当の事じゃん」


むくれる彼女の髪を離し膨らんだ頬をつつく。

そうすれば仕方がないなとでも言うようにすぐに表情はゆるんだ。

こういうちょっとした、小さな触れ合いが優しく俺達を包む。

すごく穏やかであたたかな時間。

――あ、でも五月蠅いのがきちゃったか。


「失礼いたします、セイルート様」


「失礼します」


声と共に開かれた扉を俺と彼女は同時に振り返った。

だってチートだもん、気配くらいわかるよ。


「ようこそおいで下さいました宵闇のお方」


「……相変わらずだね、君。まあいいけど。

勝手にあがらせてもらっているよ。

別に私の事は構わなくていいし、面倒だから国王に訪問を伝えたりしなくていいから」


「陛下が悲しまれますね」


「だって彼、一々対応が大袈裟なんだよ」


国王付き侍従長と軽やかに会話して(侍従長の方はかなり慇懃な態度だけど)月さんは肩を竦めた。

確かに俺から見ても親父の対応はちょっと面倒だ。

だって毎回わざわざ謁見の間にまで呼んで、夜はちょっとこじゃれたパーティーとか開こうとするんだもん、当たり前だよね。

俺も月さんもあっちではただの一般市民だったんだし、そういう対応ってちょっと困る。


「陛下には何度かセイルート殿下からもご忠告されているのですが、どうにも直りませんね。

仕方がありませんので何も言わずに放置しておきます。

宵闇のお方はどうぞいつもの通りこちらでお寛ぎ下さい」


そして流石、侍従長は分かってるね。


「侍従長、ルナさん今回は四日だって。大丈夫だよね?」


「勿論でございます。ではその様に手配をしておきましょう」


「頼むね」


よし、これで月さんがこの城に泊まる手筈も無事整った訳だ。

じゃあさっさとこの面倒な仕事を片付けるとするかなぁー。

………にしても。


「ジーク、ルナさんのことあからさまに睨み過ぎ」


「……セイル様の気のせいでしょう。

私は特にこちらの方に思うところはございませんから」


つん、と顔を背けるジーク、これほんとに十歳か?

まあ外見が幼いだけに(俺が言えたことじゃ無いけど)あまりイラつきもしないけど、でもなんか、さぁ。


「ふふっ、セイ、君は人気者のようだ」


月さんはそう言うけど、ちょっと大らかすぎない?

もう少し怒ってもいいと思う。

だってこんな態度に出して嫌われてるのに。

……まぁ、この世界の人間から嫌われてても好かれてても、そんなのどっちでもいいって事なんだろうけど。


「侍従長、団長と師長はいるかい?

セイはまだ仕事があるようだし、暇なら手合せしようと思うんだけど」


「おや、これはこれは。御心配はいりませんよ。

両名とも宵闇のお方のお呼びとなれば仕事など放って来るでしょう」


「ちょ、ルナさん俺の事放置する気!?」


それ酷くない?だって俺に会いに来たんじゃん。なのに放置って、酷くない?(二回目)

我ながらむくれた顔をしてると自覚がある俺に、月さんは楽しげに微笑んだ。

まるで楽しい悪戯を考え付いたような、少し幼さの残る表情。

――月さんの、こういう顔を見るの、俺はすごく好きだ。


「君がさっさと仕事をしないからこうなるのさ。

それに団長達と手合せするのは約束だしね。

私はあの二人の相手をしてくるから、早く終わらせて迎えに来てよ」


それにこういう、少し甘えたような口調も。

こうして彼女に甘えを含んだ言葉と眼差しを向けられると、同じだけ俺も甘えたくなって、同時に俺はただの俺なんだって実感する。

だからその言葉に俺が否を返せるはずも無く。


「……わかったよ。

言っとくけど、本当にすぐ終わらせるから。

俺が迎えに行ったときまだあの二人の相手してたら許さないからね?

そんな理由つけて俺じゃなくてあの二人のとこ行くんだから」


俺の仕事が終わってないからって言って俺の傍を離れるなら、俺だって俺が仕事を終わらせたとき月さんの手合せが終わってなかったら何か言ってやる。

ペナルティってやつだよね。

月さんは一度瞳を瞬かせ、次いでとても――本当にとても嬉しそうに笑った。


「うん、ありがとう」


「……変な返し」


「私にとっては変じゃないからいいんだ。

それじゃあ侍従長、私は勝手に行くから案内はいらないよ。

そこで息子と第二王子殿下の様子を見守っているといい」


嬉しそうに、そう、いっそ浮かれているような軽やかな足取りで部屋を出ていこうとする月さんをジークは相変わらずシカト。

侍従長は「畏まりました」と言って丁寧に頭を下げ、俺は――


「ルナさん、いってらっしゃい!」


大きく見送りの言葉を投げる。

ピタリと立ち止まった彼女は振り返り小走りでこちらへ戻って来て、何だか切ないような嬉しくて堪らないような、そんな複雑な表情のままギュッと俺に抱きついた。

うわ、ちょ、胸当たってるって、ねぇ、ほら。


「……いってくる」


この小さく漏らされる返事も、触れる身体のあたたかさも嬉しいからそんなこと言わないけど。

だって言ったら離されるでしょ?


月さんは俺がこうして「いってらっしゃい」や「おかえり」と言うと、いつも強く俺を抱きしめる。

あんまりこれらの言葉を言う機会も無いし、だからこうされるのは本当にたまにだけど、でもこの瞬間のすごく寂しそうな幸せそうな彼女が、とても切なく感じられる。


俺には一応、こういう言葉を言ってくれるこっちでの家族ってやつがいる。

それは俺の中であちらでの家族よりも随分軽い存在だけど、それでもやっぱりこの体の親だし一応育ててくれた存在だしでまあまあ好きだ。

でも月さんにはたぶん、そんな存在がいないんだ。

この世界にたぶんいきなり召喚されて(召喚された時の事あんまり詳しく聞いてないからハッキリとは言えないけど)あっちにたくさん大切なものを遺してきた月さんは、きっとこの世界の人間よりあっちの世界の人間の方がずっとずっと大切だ。

だからそんな大切じゃない存在にそんな言葉を言われたって全然嬉しくないんだろうし、むしろ言われたくないんだろう。

でも俺だけは別。それがこそばゆくもあり、切なくもあり、そのまま感化される。


つまりは俺も、少し複雑な気持ちになるって事。

偉そうに考察してはいるけど、俺だって実際こっちで出会う人間(月さんは勿論別だけど)に対して執着心とかは殆どない。

だってあっちの皆は俺の事、ただの草薙誠司として見てくれた。

でもこっちの人間は、家族も知らない他人も皆、俺の事を――――


「セイ」


暗く深いところまで沈み込んでいってしまいそうだった俺の思考を掬い上げたのはやっぱり彼女だ。

小さく名前を呼ばれるだけで、意識が現実に立ち返る。

少し心配そうに俺を見つめる月さんは小首を傾げ腕の力を抜いた。


「早く仕事を終わらせて、たくさん話そう?」


「………うん。そうする」


優しい人。凄い人。

俺の状態をそうやってすぐに察せるとか、どんなチート貰ったの?

チートでも何でもなくて、ただ月さんの元々持ってるものがそうさせるんだって、本当は分かってるけど。

でもちょっと恥ずかしいし悔しいじゃん。見透かされるなんて。

甘えちゃってるなぁ、俺。




時間軸:現在

セイルートが立ち去った後の謁見の間で



「……“俺のとこに返して”、か。

やはりそういう事なのではありませんか、父上?」


ちらりと自らの先妻を思わせる深い青の瞳を向けられ、〝王国”国王は眉間に皺をよせた。


「そうだろうなぁ…」

「私としては弟の感情に反対したりはしませんよ。セイルは私とルシルの仲をすぐに認めてくれましたから」

「だがあれは国王に就くのだぞ?」

「そうですね。ですが相手はギルドランクSS。別に妃に相応しくないわけでは無いでしょう。それにあの美貌ですし、将来の“王国”正妃だと仄めかせば養女にとりたいと申し出る貴族は掃いて捨てる程いますよ」


そう言って目を眇めるフレオールは弟に王位を譲ったとはいえ第一王子だ。

そして体が弱い代わりに知識を磨き、ゆくゆくは宰相位につこうという男。

彼が策を練れば確かにその計画は実現するだろうと言える。

しかしそれに父である国王は深くため息を吐いた。


「それは恐らくセイルも宵闇も頷かんだろう。あれらは揃いも揃って妙に頑固だからな。それに宵闇の弟子の存在もある」

「あぁ、シルヴァですか。確かにあれはルナに好意を持っているようでしたね」

「それに宵闇をセイルの嫁になどと、ギルド本部からどんな圧力をかけられる事か…」

「………」


最後の言葉には嫌に感情がこもっていた。

そんな父親を冷ややかに息子は見つめ、それに耐え切れなくなった片方が音を上げる。


「冗談だ、冗談。ともかく本人たちが認めんからには周りがとやかく言っても仕方がないだろう。静観するしかあるまい」

「それで私は“帝国”の皇帝にあんな内容の手紙を書けと?惚気や愛の言葉を代筆して喜ぶ趣味はありませんよ」


普段周囲にこれでもかと恋人の事を自慢し惚気て回るフレオールが言うにはあんまりな言葉に、今度は国王が冷めた目で息子を見つめた。

見られた方は自覚がないため視線の意味を理解できず首を傾げるばかりだったが。


「……もう面倒だからそのまま書けばいいだろう。宵闇を返せとな。それと一週間の期日内に我が国内に入らなければうちの王太子が足を運ぶ、というのもだったか」

「あちらの皇帝が機嫌を損ねることはないでしょうが、流石にあんまりでは?」

「ならどう書くと言うのだ」

「………」


黙り込んだフレオールにそれ見たことかと国王は嘆息する。


「下手に何かした方が馬に蹴られるぞ。もしくはセイルからの説教だ」

「立太子式の恐怖がまだ抜けていないようで」

「……そんなことはないぞ」

「そうですか?ならいいのですがね」


言いながらフレオールは立ち上がった。

彼の弟は今日中に、と言っていたのだ。

ならば急がなければなるまい。

魔術があるとは言え、もう日も暮れてしまっている。


「あれだけ独占欲を示しておきながら、どうして自分のものにしないのか」


国王に聞かせるためではない、ただ自分がずっと抱いている疑問をいつものように自問自答するためフレオールは呟く。

自分のものにしたい存在がいて、そして相手も自分を見てくれていて。

その状況下ですぐにでも触れられる距離にある手を掴まないことは、フレオールからしてみれば考えられないことだ。

だが彼の弟は王になるのであるし、何より幼い頃からずっと、何かを抱えながら生きているということも薄々察している。

あの事件(・・・・)が起きる前から、ずっと。

そしてそれは恐らくルナ自身にもあるのだろう。

それらが彼等を縛りつけ、お互いに手を伸ばすことを阻んでいる。

現在はそこにルナの弟子であるシルヴァまで入り込み、彼等を繋ぐ糸は複雑に絡み合い混ざり込んで、解くことが余計に困難になってしまった。


フレオールはもう一度嘆息した。

彼としては、シルヴァには申し訳ないがセイルートを応援したい気持ちが大きい。

自らの代わりに重いものを背負わせてしまった可愛い弟に、出来る限りの幸福が訪れて欲しいから。

恐らくセイルートは誰が王妃として嫁いできたとして、その人物を笑顔で自らの妻に据えるだろう。

妻として女性に接し、そのまま死が二人を別つまでそれは変わらないのだろうと思う。

だが、恐らく最期の瞬間セイルートが望むのは、フレオール達家族でも、側近であるジークでも、生涯を共にした妻でも、生まれるであろう我が子でもなく、ただ一人、ルナだけだ。

そう思うからこそ、フレオールはもどかしく感じる。


「……セイルにいくつか、見合いの話が来ていたな」


眉間を揉みほぐしながら立ち去りかけたフレオールの背に、国王の言葉がかかった。


「えぇ、確か国内の有力貴族から何件か」

「…………処分しておけ。あれにはまだ早い。婚約者を決めるのも、ギリギリまでいいだろう」

「父上……」

「何だ、文句でもあるのか?」

「いいえ、それ程私と義母上の目が怖いのかと…」

「どういう意味だ!!」


地団太を踏む国王に笑みを漏らしてフレオールは退出する。

彼は容姿は大人しかった先の王妃譲りだが、性格は育ての母親である現王妃の影響を受けている。

つまりつい嬉しくなって父親をからかってしまうのだ。


「父上も素直ではないな」


だが仕方がないのかもしれない。

国王とはそういうものだ。

ともかく今はあの言葉がセイルートを守るだろう。

……結婚話から身を守る、というのもおかしな話ではあるが。

何にしろ国王があれ程頑張ったのだ、自分も少しは無理もしようと、フレオールは送る書状の内容を頭に描きつつ自室へと戻って行った。



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