2-3*
Side:Silva
浴室に消えたルナの気配に、俺は息をついた。
揺れる思いを落ち着かせようとベッドに倒れ込んでも意味はない。
情けない自分への苛立ち、話してくれないルナへの悲しみ、セイルートへの嫉妬心……それらが混ざりあい心を乱す。
「俺はルナのことを、何も知らない………」
改めて口に出せば耐えきれない痛みが襲った。
俺はルナの年も、彼女がどこで生まれたかも、俺と出会う前どんな風に過ごしていたのかも知らない。
なのにセイルートはそれら全てを知っていることが羨ましい。
ルナが彼と二人だけで話している間、俺は気が気じゃなかった。
彼女は俺が捨てられるのではないかと思っていると判断したらしいが、それは間違いだ。
ヒルルクとの話で彼女とセイルートがある程度親しいことはわかってはいたけれど、あそこまでだなんて思っていなかった。
ルナを彼にとられてしまうのではないか。
彼女の心は実はセイルートに向かっているのではないか。
俺はそんな不安に囚われていた。
そこへセイルートの側近だというジークが現れて、少しだけ二人の過去の話を聞いたのだ。
*****
「……おや?貴方はもしや、ルナ様のお弟子さんの――シルヴァ様、ですか?」
名前を呼ばれ、ハッとそちらに目を向ける。
物思いに耽りすぎて、周囲の気配に全く気を配れていなかった。
俺から少し離れた場所に立っていたのは長めの真っ直ぐな水色の髪に眼鏡をかけた若い男で、手には分厚い紙の束を持っている。
「……?」
「あぁ、申し遅れました。
私は第二王子の側近を勤めております、ジークといいます。
シルヴァ様でよろしいですか?」
「……ルナの弟子のシルヴァです。
よろしく。今ルナは第二王子と話を…」
第二王子の側近ということは、あのセイルートに近しい者ということだ。
今の自分の心情はともかく、依頼主やその側付きにはある程度の敬意を払わなければならない。
俺の行動は、そのままルナへの評価に繋がるのだから。
「そうですか……いつもの事でしょうし、私ももう少し外で待たなければなりませんね」
「いつものこと、なんですか?」
そう言えば月に一度は念話をしていると言っていた。
俺がルナに拾われてから彼女が俺の側から離れることはなかったけれど、それまでは直接会っていたのだろうか。
ジークは俺の問いに一瞬不思議そうに瞬き頷く。
「えぇ。ルナ様とセイル様はここ最近はそうでもありませんが、以前は年に数回お会いになっていました」
年に、数回。
ルナの旧友である、王都で店を開いているレナードは十年に一度会うか会わないかというような状態なのに?
そんなにあの男はルナにとって特別なのか。
嫌っている権力や身分のしがらみにすら、自ら近づいていくほど。
ぐるぐると思考が巡る。
自分で自分の出した答えに泣きたいような、怒りで全てを壊したいような、そんな訳のわからない感情に支配される。
そこから我に返ったのは、クスリと笑う声が耳に入ったからだった。
「………?」
馬鹿にされたのだろうか。
一瞬そう思ったが、ジークの表情に嫌なものは感じられず困惑する。
それが分かったのか、彼は微笑んだまますみません、と謝った。
笑うと冷たい雰囲気が一気に取り払われて優しそうに見え、それが何だかルナと重なる。
「貴方は本当にルナ様をお慕いになられているのですね」
「………ルナは、大切な師匠だから」
「そういう意味ではありませんよ。
一人の女性として、ということです」
「………」
バレている。
これ以上誤魔化す事も出来ず、俺はただ沈黙した。
「確かに、ルナ様とセイル様の関係は貴方から見れば随分と気に障る事でしょう」
「……別に、そんなことは」
「いえ、構いませんよ。
それに私としては安心いたしました」
「安心……?」
安心とはどういう意味だろう。
首を傾げれば、ジークは困ったような顔をした。
「気を悪くされたら申し訳ありません。
私から見てルナ様はなんと言いますか、とても孤独であるように感じられますから」
孤独。
そんなことはないと思うのに、どうしてかその響きはルナにピタリと当てはまってしまう。
あくまで私の意見ですが、と前置きして彼は言葉を続けた。
「ルナ様には、大切なものがあまり無いように感じられます。
ですがシルヴァ様がその大切なものになるのなら、ルナ様の孤独もなくなるでしょう」
「……でも、俺がそうなれるとは限らない」
ルナにとって、俺という存在はどれ程の重みがあるのだろうか。
それを確かめてみたくても、答えを知るのが恐ろしく行動には起こせない。
「そんなことはありませんよ。
少なくとも私は、貴方ほど長くルナ様の隣にあった存在を知りませんから。
セイル様とどうこうなるというのは無いでしょうし」
「………それも、本当にそうとは限らない」
もしかしたら今この瞬間にも、何かが変わってしまうのかもしれないのだから。
そう言えばジークは苦笑した。
「まあ、そうかもしれませんね。
初めて会ったとき、ルナ様はセイル様を抱き締められましたし」
「……!」
「セイル様に会うためだけにこの城に正面から乗り込んで、向かってくる衛兵を全て蹴散らしたと聞きます。
セイル様も初対面であるにも関わらずルナ様のことを大層信頼して……私は当時その場に居合わせましたが、お互いに探していた家族を見つけたような、そのような印象を受けました」
「…」
「……ふふっ、本当に落ち込むと耳と尾が垂れるのですね。
ルナ様から聞いていた通りです」
いよいよ反応を返すことが出来なくなった時、耐えきれないようにジークがふきだした。
どういうことかと目で問えば、彼は優しい顔をして言葉を続ける。
「それまでは欠かさずあった年に数度の訪れが、五年前ピタリと止みました」
五年前。
それは俺とルナが出会った頃だ。
「セイル様は不貞腐れていましたが、ルナ様からの念話を心待ちにしておられるようでした。
――なんでもルナ様は毎回欠かさず話題にすることがあって、それを聞くのが楽しみなのだとか」
「……?」
ルナは何を話していたのだろう。
毎回欠かさず、ということはずっと傍にあるもののことなのだろうことは分かる。
けれどそんなものは何一つとして思い付かず、俺は眉を寄せた。
「森で、銀の仔狼を拾ったと」
「……!」
「なかなか私の名前を呼ぼうとしなくて困る。
撫でると耳が立って尻尾が揺れて、分かりやすくて可愛い。
最近ギルドのランクが上がった。
背が急に伸びて、とうとう追い越されてしまった。
嫌いなものは垂れた尻尾と伏せた耳でわかったのに、隠せるようになったせいで察してあげるのが難しくなってしまった。
剣術の覚えが早くて強くなってきたから、そろそろ魔術も教えたい。
……大人になって、仔狼は立派な狼になってきた。
その全てを、とても楽しそうに話していたそうです」
ルナが話していたのは俺のこと。
それが今までの嫌な気分を吹き飛ばす程に、嬉しい。
「そして、ルナ様以外の人間に耳や尾を見られることを嫌うのも伺っております。
さっきから出てきてしまっていますよ」
「……あ」
知らない間に出てきてしまっていたらしい。
一体いつからだったのだろう。
けれど目の前の相手に見られていたと分かっても、あまり嫌な感覚はしなかった。
たぶん俺を励ましてくれたことと、笑ったときの感じがルナに似ているからだろう。
「…別に構いません」
「おや?……私はお眼鏡にかなったと言うことでしょうか。
ならば口調も素のままで構いませんよ。
そちらの方が話しやすいのでしょう」
「でも……」
「私は職業病のようなものですから。
名前もそのままジークと呼んでください」
あまり経験したことのない状況に戸惑ったが、何だか心が暖かくなってついつい頷く。
そうすればジークは再び微笑んだ。
「これから依頼達成まで長い付き合いになります。
恐らくあのお二方の親密さはシルヴァ様の気に障るでしょうが、私でよければ話くらい聞きましょう」
「……ジークは、いい人だ」
こんなにも親切にされて良いのだろうか。
嬉しいような気恥ずかしいような気になってそう言えば、彼はとんでもないと首をふる。
「何となく、放っておけないだけですよ。昔の私のようでね」
「昔の……?」
「えぇ。私はセイル様の乳兄弟でして、幼い頃から彼に忠誠を誓っていました。
ですがセイル様が心を許し一番に信頼されたのは私ではなくルナ様。
それがどうしても悔しくて、一時はルナ様を目の敵にしておりました」
懐かしそうに目を細めるジークを意外な思いで見つめる。
今までの話し方からはルナに対する嫌悪は全く感じられず、むしろ好意すら感じていたのに。
「……もちろん昔の話ですよ?
今ではあの方のことを尊敬していますし、いい関係を築けていると思います。
ですが、昔そう思っていたのも事実。
――なんだか貴方と似ていませんか?」
「確かにそうかもしれない」
俺もジークも自分の大切な人の一番になりたくて、けれど別の存在が現れて嫉妬しているということだ。
違っているのはその相手がルナなのかセイルートなのかということと、なりたい一番の種類だろう。
ジークは臣下、友人として。俺は―――
「おや、話は終わったようですね」
ジークの言葉に慌てて感覚を研ぎ澄ませれば、確かにルナの張った結界が解かれている。
ちょうど彼女が扉を開けたところだ。
「この話は、あちらのお二人には秘密ですね。
あちらはいつも私達に隠し事をしますし、たまにはこちらが返してやりましょう」
ルナに聞こえないよう極力抑えた声音に頷いて、俺は彼女のもとへ向かった。
*****
折角ジークが話を聞いてくれて励ましてくれたというのに、ルナの言葉にセイルートへの深い信頼や親愛が感じ取れて、彼女に八つ当たりしてしまった。
本当はあんな風に愚痴のようなことを言うつもりはなかったのに。
けれど二人の親しさに、まるで俺が部外者であるかのような気さえして止まらなかった。
ルナに言ったことは、本当は俺自身が頑張らなければいけないことだ。
彼女の好きなものを知らないのは、俺が気づかないから。
俺は彼女に拾われた当時、極力感情が出ないようにしていたから好き嫌いなどわかるはずがないのに、彼女はすぐにそれを察して甘やかしてくれた。
勿論、ジークが言ったように耳や尻尾というヒントもあったのだろう。
けれどそれだけを頼りにしていたのなら、この間の果物のことはわかるはずがない。
彼女が過去を話してくれないことだって、本当は彼女だけを責められることじゃない。
ルナに拾われる前のことを、俺も話していないから。
――どうしても、怖いのだ。
彼女に拾われる前の俺は、買われた人間や商人達から逃げるためにそれこそ何でもした。
どんな命令にも従って油断を誘ったり、上手く騙して仲間割れさせたり。
逃亡の最中も盗みを行って食い繋いでいた。
それらを知られて、ルナに軽蔑されるのが怖い。
だから何も話さずに、ただ尋ねてこない彼女の優しさに甘えているのだ。
付き合いの長さだって、要は運の問題だ。
俺よりもセイルートの方が年上だし、仕方がないことでもある。
ただ、ルナが自分から会いに行った事が気に入らないけれど。
「……好きな人は、喜ばせたいはずなのに」
あの時は確かにそれ以外の答えなど信じられないような気持ちでそう言ったのに、今は少し違っている。
俺の言葉に、態度に戸惑って困ったような、どうしていいかわからないといった表情をしたルナに、俺は確かに喜びを感じてしまったから。
大切な人が自分の言動で心を揺らす。
それは相手にとって自分が簡単に無視できない存在であるという証明だ。
そして喜びなどの正の感情よりも、悲しみや怒り、困惑の負の感情の方が振れ幅が大きく他者に伝わりやすい。
さっきの俺は、確かに自分の言葉が彼女の感情を揺らしたことに歓喜した。
きっとこれがルナの言った、好きだからこそ苛めたい、という感情なのだろう。
――もしかしたら苛める、という表現では不相応にその行為がいきすぎてしまうかもしれない程、それは甘美な愉悦だった。
「どうすればいい………」
ルナが好きで、けれど好きなだけじゃ足りない。
同じ深さで、重さで、強さで彼女にも想いを返してほしい。
けれど今の状況は俺の望むそれには程遠くて、気持ちばかりが先走って空回る。
そしていつかは今日のような八つ当たりに留まらず、決定的にルナのことを傷つけてしまうかもしれない。
「もっと、離れた方がいいのか…?」
中途半端に近いから、もっと近づきたくなる。
触れたくなる。傷つけたくなる。
では、もっと距離をとったならこの衝動は消えてくれるだろうか。
もっと穏やかな気持ちで、彼女とともに過ごすことが出来るのか。
――それとも、この選択すら間違えているのだろうか。
ガチャリと、浴室の扉が開く音が耳に届いた。
ルナが戻ってくる。
扉越しにも獣人の鋭い嗅覚は彼女の纏う甘い香りを感じとり、思わず息を詰めた。
――間違っていたっていい。
ともかく一度、ルナから離れてみよう。
もしかしたら何かが変わるかもしれないし、変わらなければまた元のように戻ればいいのだから。
焦った結果の、正しいかどうかさえも分からないような答えだけれど、今の俺にとっては唯一の依る辺だ。
「……シルヴァ?こっちの部屋にいるのかい?」
軽いノックの後に扉が開き、ふわりと部屋全体にルナの香りが広がる。
足音をたてることなく近づいてきた彼女は先程のドレス姿から一転、簡素なワンピースを身に纏っていた。
「城の方で動きやすい服を用意してくれたようだから、着替えるといいよ。
夕食は私的な場で、あまりマナーにも厳しくないだろう」
寝転ぶ俺の顔を覗き込んだ彼女は、入浴によって気持ちを上手く切り替えることが出来たようだ。
先程の事での気まずさはすでになく、いつも通り穏やかな微笑みを浮かべて立っている。
未だ湿り気をおびたままの髪がゆらりと揺れて、思わず伸ばしそうになった手をぎゅっと握り込んだ。
「……わかった」
「………?」
極力彼女を視界に映さないようにして起き上がれば、ルナは異変を察してか少しだけ困惑したように眉を寄せた。
だがそれも一瞬で、すぐに何事もなかったかのように表情を元に戻す。
それが少しだけ悲しかった。
それからしばらくの間お互いに好きなことをしていた俺達だが、夕食の支度が整ったことを伝えにきたメイドに連れられて再びセイルートの私室へ向かうことになった。
先程までの室内ではやはりどこか気まずい雰囲気が流れてしまい、息苦しさを感じた。
ルナもそうなのだろうかと窺っても、俺よりも上のポーカーフェイスではその感情を読み取ることも出来ない。
彼女は基本的にいつも微笑んでいるか無表情なので、考えが全くわからないのだ。
「お待ちしていました。準備は整っていますので、席にどうぞ」
扉を開いて室内に入れば、にこやかにジークが出迎えてくれる。
主であるセイルートは既に上座に当たる席に腰を下ろしていて、四角いテーブルの一画を陣取っていた。
「偉そうだねセイ。王様気取りが板についてきているよ」
「そっちこそ、恐縮する様子ぐらい見せたら?」
開口一番にルナが皮肉れば、セイルートも同じく毒を吐く。
それに悪意は全く感じられず、恐らく二人の間では挨拶のようなものなのだろう。
ジークも慣れているのか特に反応することもない。
ただ一瞬こちらを見つめて、困ったように苦笑しただけだ。
「まあ座りなよ。ルナさん喜ぶと思って白米にしといたから」
「君は本当にこういう所ばかり気が利くね。
でもありがたいよ。最近は洋食ばかりで胃もたれ気味だったから」
ルナは米という、主に“帝国”で生産されている穀物を好む。
それは以前に一度、一緒に米を食べたときに教えてもらっていた。
彼女の故郷でよく食べられていたものらしい。
その時に“帝国”で食器として使用されているハシの使い方も教えてもらったが、今回もそれを使った食事方式のようだ。
「シルヴァ君は箸を使えるの?
あんまり戸惑ってる感じしないけど」
「ルナに教わっているので、一応は」
「あー、敬語とかいいよ。
ジークにもそのままなんだって?なら俺もタメ口で」
タメ口とはどういう意味だろう。
よくわからず首を傾げていると、隣のルナが助け船を出してくれた。
「敬語じゃない、素の口調という意味だよ。
まあ、余計な気を遣うなということさ」
「…………」
「他の人間の目があるならきちんとした態度をとらなければいけないだろうけど、私達だけなら構わないんじゃないかな」
「……なら、そうさせてもらう」
何だか断れなかった。
ルナとジークの目線だとか、セイルートの面白がるような表情だとか。
そういうものに追い詰められたような感覚だ。
「よし、んじゃそろそろ食べようか」
「ふふ、乾杯」
軽くグラス同士をかかげ、グラスに注がれた飲み物を干す。
直ぐ様米の盛られた椀に手を伸ばしたルナは、満足げに目を細めた。
「流石は“王国”。いいものを仕入れているね」
「何言ってんだか。
“帝国”の皇帝から直接流してもらってるくせに」
「たまにしか貰えないんだよ。
シルヴァはどうだい?前に食べたときは平気そうだったけれど、口にあったかな?」
こちらを覗きみるルナはかなり上機嫌な様子だ。
ここまで分かりやすいのも珍しい。
嬉しくなって、つい本音が漏れる。
「美味しい」
「そう。ならよかった。
ジークも平気そうだけれど、やっぱりセイに付き合わされて食べなれてるのかな?」
「えぇ、その通りです。
私の主人はなかなか食事に口煩いもので」
「うわ、当人の目の前でそういうこと言う?」
「日頃の行いだね」
けれどふふん、と得意気に笑んだルナにもジークからの揶揄が飛ぶ。
「ルナ様はどうでしょう」
「うん?」
きょとりと瞬きを繰り返すルナから視線を移したジークはこちらを見つめて再びどうでしょう、と問う。
「シルヴァ様はルナ様と長くともに過ごしてこられたと思いますが、何か他に見せるものとは違った一面など見たことはないのですか?」
「違った一面?」
「確かに。ルナさんいっつも飄々としてて掴み所ないもんね。
実はすっごい寂しがりとか、すっごい整理整頓できないとか」
「それは私じゃなくて君だろう」
軽口を叩きあう他の面々を余所に、ともかくルナの違った一面……と頭を悩ませてみる。
だが違った一面と言われても、俺の前と他の人間の前とで態度が変わる様子もないのだ。
「……特には」
「ほら、私は君とは違うんだよ」
「でも」
「…………」
「でも?」
セイルートとジークに促され、黙ってしまった彼女をちらちらと窺いながら思ったことを口に出す。
「説明もなしにいきなり転移するのは、吃驚するから止めて欲しい」
「…………」
「……ぷっ、あっはははは!
確かに!ルナさんって案外言葉足りてないよね!!
で、弟子に言われてるし……!」
「なるほど、説明ですか」
大爆笑するセイルートの横でジークが納得したように頷く。
ルナは始終黙ったままだ。
「しかも言われてルナさん地味に落ち込んでる…!すっごい面白いなー」
「五月蝿いよ。君よりマシだろう」
「まあ、確かにそれは言えていますね。
お二人に付き従う立場の私の苦労とシルヴァ様の苦労を比較すれば、答えは決まったも同然でしょうし」
「ちょっとそれどういうこと」
どうにか話の方向を変えるようにルナはセイルートに声をかけた。
「そういえばセイに聞きたいんだけど」
意味深な目を向け、彼女は飲み物で喉を潤す。
「明日からの護衛、どうする?
私とシルヴァの二人で君についていればいいのかな?」
そう言えば“王国”には護衛の依頼で来ていたのだった。
忘れていたのはセイルートも同じらしく、横のジークからじとりとした視線を送られていた。
「うーん、護衛ね……
別に二人もいらないと思うんだよね、俺としては。
あ、でも俺シルヴァ君の実力知らないや」
「なんだい、私の弟子でA+ランクが信用できないとでも?」
「あはは、やだなールナさん怒んないでよ。ジョークだってジョーク」
から笑いするセイルートにルナは肩を竦めた。
俺としては特に嫌な気分になりはしない。
今までは俺の名前ばかりが依頼主に知られていてこんな風に侮られるのはルナの方だったから、逆に新鮮な気分だ。
「シルヴァ様、うちのセイルート様がすみません」
「いや、気にしてない。ルナと比べたら俺は全然弱いから」
「比べる対象がおかしいでしょ。ルナさんは比較対象外だよ」
そうは言われても、俺の目標はルナを超えることだ。
それにはどうやったって彼女と自分の実力を比較しなければならない。
まあその度に全く埋まらない実力差にうちひしがれるのだが。
「――うん、なら明日君達で勝負をしてみたらいいんじゃないかな?」
「え?」
突然のルナの提案に俺は勿論、軽口を叩いていたセイルートも目を剥いて彼女を見た。
当の本人は名案だとばかりに唇に笑みを刷いている。
「勝負すればセイはシルヴァの実力がわかるし、私も弟子が他の誰かと戦っているところを見てみたいからね。
最近はなかなか彼と互角に戦える相手がいなかったから、対人戦は私とばかりで客観的に見られないし」
「確かにいいかもしれませんね。
セイルート様も政務ばかりで体が鈍るとつい今日の朝言っておられましたし、一石二鳥でしょう」
挙げ句の果てにジークまでもそれに乗ってくる。
「……護衛対象と戦うのは、怪我をさせたら大変だと思う」
ルナの言う通り最近は彼女とばかり戦っていたから、他の人間と戦える機会は貴重だ。
どうしても人それぞれ戦闘時の動作に癖というものが現れてしまい、同じ相手とばかりやっているとそれがお互い分かってきてしまうから。
だがセイルートの実力がわからない以上、簡単に請け負える訳もない。
だがそんな俺の返答は、彼のプライドを刺激したようだった。
「それは俺のことなめすぎ。
言っとくけど俺もちゃんと強いから。
ルナさんはギリ無理だけど、君にはたぶん負けないよ」
「………」
そしてその台詞を言われては俺も引き下がれない。
ルナに追い付くためには彼女以外の全ての人間に勝たなければならないのだ。
そこに同じく彼女を比較対象として自らの実力を示した彼に勝てなければ、俺はそこに辿り着けないということになる。
「……わかった。負けない」
「望むところだね。チートの実力見せてやるから」
「セイ、チートは実力じゃないと思うよ」
チートとは何だろう、と考える俺の横でルナが揶揄するように言う。
どうやらこの言葉もまた、二人の間では共通のもののようだ。
「……チートの本気見せてやるから。
ルナさん、せっかく決めたのに茶々入れないでよ」
「あはは、ついね。
それじゃあ明日、私とジークは観客として楽しませてもらうとするよ」
ルナは目を細めて微笑んだ。
そして翌朝、同じ様にセイルートの私室で軽めの朝食をとった俺達は城の闘技場で向かい合っていた。
ルナとジークは安全確保のため観客席からこちらを見下ろしている。
彼女の魔術によりそれぞれの声は届くようになっているため、あまり不便さはない。
『それじゃあルール確認だね。ジーク、頼めるかな?』
『はい。まずお二人の周囲には、それぞれルナ様の魔術で作られた玉を浮かべさせて頂きます。
その玉は魔術か、同じくルナ様の魔術がかかった剣、手甲、靴でしか触れることは出来ませんので動きの邪魔になることはありません。
勝者は制限時間の中でより多く相手の玉を破壊した者とさせていただきます』
『シルヴァは私との修行で慣れているだろうし、セイも何度かやったことがあるから心配はいらないだろうけど、訓練用とは言え一応剣だから怪我をしないようにね。後で怒られるのは私なんだから』
「うわールナさん心配してるとみせかけて鬼畜」
自身の玉を小突きながらセイルートは肩を竦めた。
今俺達の周囲に浮いている玉は5つずつ。
頭部に1つ、背中側と腹側に1つずつ、そして両足にそれぞれ1つだ。
どれも実際に攻撃されれば大きくダメージを与えられるため、訓練の際にはいい練習になる。
『シルヴァは魔術も多用していくといいよ』
「魔術も……?別にそこまでする必要はないんじゃ」
それにセイルートは魔術を使う様子がない。
こちらだけ使うのは不平等ではないだろうか。
『うーん、私としては剣だけの戦いはおすすめ出来ないけれど。
……まあ、君がそう言うならいいよ。
許可はあるということだけ覚えておいて自分の判断で使うといいさ』
少しだけ仕方がないな、という空気が伝わってくる。
目の前のセイルートは半笑いだ。
「俺は確かに魔術使わないけどね。
俺の魔力すんごいショボいし。
でもシルヴァ君はきっと使うことになるよ。俺の予言」
「……なら、使わない」
そうまで言われれば意地でも使いたくなくなるものだ。
だが俺の返答に彼は笑みを浮かべるばかりで本気とは捉えていないようだった。
――いや、むしろ確信しているのだろうか。
俺が魔術を使わなければならなくなると。
『準備はいいかな?そろそろ始めよう』
『では………始め!』
ジークの言葉に自然と体が動き始めた。
セイルートも同時に剣を振り上げ、刃が交わる。
と、そこへ横からの蹴りが飛び慌てて距離をとる。
「どうかな?俺の動き。
体術と剣術だけならルナさんにも負けてないと思うんだけど」
「……きっとルナの方が強い」
何だか悔しくて、自分の事でもないのにむきになってしまった。
「あはは、それもそうかもね。
たぶんあの人には誰も勝てないから、さ!」
素早く斬り込んでくるセイルートを避け、いなしながらこちらも反撃のチャンスを窺うが、どうにも速すぎてタイミングが掴めない。
そうしている間に再び足技が入り――今度は避けきれずに地に倒される。
腹を踏まれた状態で、見せつけるように頭上に浮かんでいた玉を破壊された。
「………っ!」
「はい、俺に1ポイントね。
なーんだ、ルナさんが傍においとく子だから強いのかと思ったらそうでもないんじゃん」
ガッカリだね?と笑う彼に、頭に血が上った。
より音を拾えるよう獣の耳が立ち上がり、バランスを保つための尾がはえる。
瞳孔が縦に伸び、視界がクリアになる。
「……へぇ。それが本気モード?」
ニヤリと笑うセイルートに答えることはしない。
「【穿て】」
「っ、と!」
音を立てて出現した大地の槍に、セイルートが慌てて跳躍する。
そのまま距離をとろうとするが、そうはさせない。
「【火炎】」
炎の弾で体勢を崩させ、彼にされたように剣で割る。
「……これで、同点だ」
「みたいだね。でもまあ、魔術は使わせたから俺としては満足だよ」
確かに彼相手では使わざるをえない。
だが、それが何だというのだろうか。
どちらにしても、最終的に勝てばいいのだ。
「それじゃあ俺も、本気出していくから。
あんまりルナさんに情けないとこ見せらんないし。―――そうだ、」
セイルートが肉薄する。
「君が俺に勝てたら話してあげようか?
君の知らない、月さんのこと」
彼は何か悪事を企むように、ニヤリと笑った。




