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限りなく人っぽい何かと銀と金  作者: 美羽
黒色の思慮
49/178

4-17*

Side:Silva



目蓋の裏にまで差し込む光が煩わしく、目を開く。

―――そう言えば昨日は、カーテンを閉めなかったんだった。

抱きしめたままの彼女をすぐに確認する。

まだルナが目覚める様子はなかった。

安らかに寝息をたて、陽の光に照らされる彼女の眠りはとても穏やかだ。

ただそのローブから覗く素肌は痛々しい包帯で覆われていて、長い髪はこびりついた血で固まってしまっていた。

それに寝台にひかれた真っ白なシーツは所々血が滲んで黒ずんでいる。

ルナは昨日シャワーを浴びたりしなかったから、寝ている間の僅かな動きで体についていた血が移ってしまったのだろう。

一度、確かめるように強く抱きしめて体を離す。

昨日の夜のように握った左手は、きちんと温かかった。


――彼女は自覚していなかったけれど、昨夜ルナの体はまるで氷なのではないかと思ってしまう程に冷たかったのだ。


「ルナは、生きてる」


口に出して自分に言い聞かせる。

俺の抱く不安も恐怖も現実に起こるかもしれないものだけど、彼女が生きていることは事実だ。

だから今は、この温もりに安心したい。

名残惜しいながらも手を離して寝台を離れる。

床に放置したままのルナの服を拾い上げた。


「………っ」


まだ湿り気のとれないそれから香る血。

これはルナのものなのか魔物のものなのか、それともその両方なのか。

考えることすら嫌になってすぐに手の中で衣服を燃やす。


これはもういらない。

ルナ自身裂いていたし、もしこういう服が必要なら買えばいい。

――それに、ルナにこんな服は似合わない。

まるで闇の中に溶けるような漆黒。

ルナの髪の黒はとても綺麗なそれだけど、こんな黒は嫌いだ。

ルナに、相応しくない。


そのまま彼女の言いつけを守るために部屋を出て一階の受付に行き、食事を部屋に一人分届けてもらえるように頼む。

嫌なことは先に済ませるべきだ。

それにこうしてしまえばこれからはずっとルナのことを見ていられる。


「おや、明星さん」


「……?」


背後から声をかけられて振り返れば、昨日ルナの治療をしてくれた医療部の統括がいた。

にこにこと人のいい笑顔を浮かべる彼は本当に良い人だ。

だってルナを心配していろいろ言ってくれて、彼女を治してくれた。


「おはよう」


「おはようございます。今起きられたんですか?」


「そう。朝食を摂ろうと思って、頼んでいた」


俺の言葉に何故か彼は相好を崩した。


「それはよかったです。

やはり食事を抜くことは褒められたことではありませんから。

いくら宵闇さんが心配だからと言っても、流石に三日はね」


正直に言えば、驚いた。

だってまさかルナ以外に見抜かれるとは思っていなかったのだ。

二日間一緒に結界の中にいた剛毅と風音はその事を知っているけど、ずっとこの建物内にいた彼はそれを知るはずがないのに。


「一応統括ですから、わかりますよ」


「……すごい。でも、ちゃんと食べるから心配はいらない。

ルナに食べるよう言われているから」


「宵闇さんですか。彼女はまだ眠って?」


「ん。夕方まで起きないって自分で言ってた」


そうですか、と統括は考えるように目を細めた。

その様に不安になる。

何か、ルナの体で問題でもあるのだろうか。


「……あぁいえ、そう心配そうな顔をされないで下さい。

治療も上手くいきましたし別段不安要素はありませんよ。

それにどういう仕組みなのかは分かりませんが、宵闇さんの体は今まで私が見たどんな種族よりも丈夫で回復速度が速い。

恐らく今日の夕方には何不自由なく動けるようになっているでしょう」


「本当か?」


「えぇ。ですが……どうにも違和感と言うか」


「違和感?」


統括は難しい顔をして、周囲を見回した後声を潜めて言った。


「どうにも体の強度に差があるように感じるんです」


統括が言うに、一番強度が足りていないのは右腕。

それもちょうど今回貫かれた部分がその境目だったらしく、あそこまで酷い傷になったのもそれが原因なのではないかということだった。

神喰らいの毒素が腕にばかり回って体幹には殆どいっていなかったのもそのせい。

逆に最も強いのは左腕。

まるで竜族のもののように物理の耐性が強く、傷もつきにくいらしかった。

確かに今回も一番傷が少なかったのはそちらの腕だ。

そう考えると統括の言葉に納得できないところはなく、事実に限りなく近いような気がする。


「ですがあまり細かい詮索をしようにも宵闇さんの魔力は大きすぎて私程度では探ることもできません。

それにそういったことを私自身したいとは思いませんから。

ですので、明星さんに今回知り得た事実だけをお伝えしようと思ったんです。

やはり気を付けるに越したことはありませんからね」


「……わかった。覚えておく。

昨日も、今も、ありがとう」


ルナの傷を癒してくれたこと、こうして彼女を心配して俺に助言してくれたこと。

それらすべてに対して礼を言えば、いいえと首を振られた。


「私は人を治療することが生きがいのような人間ですので、ただ仕事をしたまでです。

にしても宵闇さんは自分などより余程貴方の方を大切にしていらっしゃるんですねぇ」


「え?」


思ってもみない言葉に、つい聞き返してしまった。

確かにルナが優しい事は本当だけど、どうして急にそんな事を言うのだろう。

少なくとも昨日の夜の事を目の前の彼は知るはずも無いし、今までの話でそれをにおわせる様な事は言っていないはずだ。

首を傾げる俺に統括は笑って簡単な事ですよ、と言った。


「宵闇さんは戦った後すぐに寝ると有名です。

そんな方が貴方にきちんと食事をとるように注意して従わせたこともそうですし、何より貴方に魔術がかかっていますから」


「魔術…?」


思わず確認するように自分の体を見下ろす。

そんなものが今もかかっていれば俺も分かるはずだ。

でもルナの魔力の波動はどこにも感じない。


「いえ、もう効果は失っていますよ。

よく眠れるようにという快眠の魔術と、癒しの魔術ですね。

貴方は昨日唇を噛んだでしょう。

少し傷になっていて、私も気にはなっていたんですが宵闇さんの治療に追われてすっかり忘れていました。

何より昨日の明星さんは簡単に話しかけられるような雰囲気じゃありませんでしたからね。

ですが今はそれが跡形もない。

たぶん宵闇さんがやったんだと思いますよ。

快眠も癒しも、私達がよく使うものですから微かな気配でも分かります」


「………全然、気づかなかった…」


知らず知らずのうちに向けられている優しさにじんわりと心が温かくなる。

俺の事に構っていられないくらい傷を負っていて、疲れていたのに。

なのに俺なんかの小さな傷や不安を取り除こうと魔術まで使って、ルナは優しすぎる。

声を上げて喜びを示したいような、反対に泣いてしまいたいような相反する感情に苛まれる俺を統括はにこにこして見守った。


「それを少しくらいご自分に向けてくれればいいんですが、まあそれは明星さんがいますし任せます。

とりあえず本人が治ったと言っていて、それが事実でも数日は安静にさせて下さい。

もしかしたらですが熱も出るかもしれないですし」


「熱……!?」


「はい。やはり傷の治りが早くても重傷なのには変わりがありません。

ですからそういった面にも気を付けて差し上げて下さい。

もし熱が出るようなら私の所へ来ていただければ薬を出せますし」


「わかった。そうする」


そんなことを聞かされるといてもたってもいられず、俺は素早くもう一度感謝の言葉と別れのそれを口にして部屋に戻った。

心もち早足で廊下を歩き、それでも扉は静かに開閉する。

たぶん起きないだろうけど、それでもルナの眠りを邪魔したくはなかった。


「……よかった。熱、ない」


足音を立てずに向かった寝室で眠るルナの表情は先程と変わらず穏やかだ。

額に触れても熱くはないし、今のところ心配はいらなそうだ。

ならばと浴室で湯とやわらかい布を用意して再び寝室へ戻る。

湯を入れた洗面器をベッド脇のサイドテーブルに置いてベッドの端に腰掛ければ準備は完璧だ。

すっかり血に濡れて普段の艶を失ってしまったルナの髪をこのままにしてはおけない。

温かな湯にタオルを浸ししっかり搾る。

これで彼女が風邪を引いたら元も子もないし、気をつけなければ。


「……ルナ、触る」


一応声をかけることは大事だ。

ルナは眠っているから、返事は返ってこないけど。

それでも了承をとったつもりで彼女の髪の一房に手を伸ばす。

それを軽く叩くような動作で根元の方から拭いていけば一体どれだけ血を浴びたのか、白かった布はすぐに血で染まった。

つい顔をしかめ、すぐにタオルをまた洗面器に浸して汚れを落とす。

しかしそんな動作を数回繰り返せば洗面器いっぱいに入っていた湯はただの赤い液体になってしまった。


ルナは、無理をしすぎる。

こんな風に全身血に浸って、身体も傷ついて、なのにいつも平気な顔をしようとする。

それはたぶん煌炎だとか氷雨もそうなのだろう。

強ければ強い程、周囲に弱みを見せたがろうとしない。


――でも、だから昨日の夜は嬉しかった。

俺に寄りかかるように頬をくっつけたルナ。

まるで気を許してくれているようで、俺には少しだけ弱いところを見せてくれているようで。

思い切り抱きしめたかったけれど、ルナは怪我をしているから我慢した。

あそこでそのままの力を保てた俺はよくやったと思う。


何度も湯を変えて同じ動作を繰り返し、どうにか一応こびりついていた血は落とせた。

後は本当にシャワーを浴びるしかない。

でも傷は表面的にしか塞がっていないのに大丈夫なのだろうか。

色々と心配なことが多すぎて落ち着かない。

布の代わりに今度は櫛を持って眠るルナの髪を梳きながらどうにか落ち着こうと試みる。

―――でもやっぱり落ち着かない。落ち着くけど。


「………ちょっとだけ」


もう眠くはないけれどルナの隣に寝転がってやわく抱きしめる。

少し寒かったのか、ルナはむにゃむにゃと小さく唸りながら俺にすり寄ってきた。

……ルナは、俺を嬉しくさせる天才だと思う。

同じくらい悲しくさせたりもするけれど。

そのまま彼女の髪を指で梳く。


昔は嫌で仕方が無かった他人の世話。

命じられて、どうにか生き残るために、拷問を受けないでいるために行った行為の数々。

でも今は違う。

些細な事でも彼女のために何かしたくて、俺が、彼女に触れたくて。

髪を拭うのも結うのも何かと抱き上げるのも、もうルナにしかしない。

ルナにしかする意味を感じないし、他の誰かにそれを命じられたとして俺は今は何をされたって従う気はない。


早くルナが目を覚ませばいい。

そうすれば思いっきりルナの為に何かをすることが出来る。

彼女は利き腕を負傷しているから、きっと色々と困ることが出てくると思うのだ。

それにつけこんで色々と世話をして、そうすればいつもよりもルナとたくさん触れ合えるし長くいられる。

でもこうして無防備に眠っている彼女を見るのも好きだ。

こっちまで穏やかな気持ちになれるような気がするし、ずっと見ていても絶対に飽きない。

普段だったらずっと彼女だけを目に映しているなんてできないし(ルナの周りには害虫がわきやすいから周囲に気を配っていないと大変なのだ)、ルナだって色々と用事があるから傍を離れたりする。

だからこういう機会も少なくて、そう考えるとどちらも甲乙つけがたい。

でも結局俺にとってはルナが傍にいればその時間が一番幸せなのだ。

したがってルナが寝ていても起きていても俺はルナがいてさえくれればそれでいい。だけど。


「やっぱり、早く起きて」


それで撫でて欲しい。

昨日ルナにも言われたけれど、俺は我儘になった。

と言うより、我儘をそのまま口にするようになった。

拾われる前はそんなもの言うような相手もいなくて、言おうとも思わなくて。

拾われてすぐはたくさんの甘えたい衝動が心の中を渦巻いていたけど、捨てられるのが怖くて言えなかった。

――ルナにはバレバレで、言わなくても彼女は全てを許してくれたけれど。



***



「シルヴァ?どうしたんだい?」


不意に横を歩く彼女が足を止めて、俺は逸れていた意識を彼女へ戻した。


「……なんでも、ない」


「うーん?そう、かな?」


しゃがみこんで俺と目線を合わせた彼女は首を傾げる。

今の俺は一人じゃなくて、この人がいる。

この人は俺をもの扱いしない。

この人は俺にやさしく触れる。

この人は俺の名を呼ぶ。


「………ふーん、なるほど」


周囲をくるりと見回した彼女はくすくすと笑って俺を二、三度撫でた。

こうされるのは、何だかとっても不思議な気持ちになる。

まだ他の人間から触れられることに慣れていないというのもあるけど、彼女の温もりが俺を落ち着かない気持ちにさせるのだ。

体がほんわりあたたかくなって、たぶん、すぐに失くした幸福というのはこれだろうと俺に感じさせるような、そんな。


「……?」


「シルヴァ、君は私の弟子だね」


告げられる内容にこくりと頷く。

そう。だから俺は彼女と一緒にいられるのだ。


「そして私は君を育てると決めた。

だから別にそれ程難しくないことなら叶えてあげるよ?」


「………」


俺は出来る限り強く唇を引き結んだ。

それに彼女は苦笑して、指で俺の頬を軽くつつく。


「ほら、そうだな……まずは私の名前を呼んでごらん」


「?」


「名前を呼ぶことはコミュニケーションをとる上で大切な事だ。

その分親しさが増すような気がするんだって」


「こみ、にゅ……?」


それは何だろう。


「あぁそっか。うーんと、何だろう、関わり合い、みたいな感じだよ。

君は私に名前を呼ばれて、どう思う?

嫌かな?それとも嬉しい?」


その問いの答えは簡単だった。


「嬉しい」


答えた俺に彼女は相好を崩す。


「そう。それは私もそうだよ。

名前を呼ばれると嬉しい。

だから君にも名前を呼ばれたいな。

それにこの間は呼んでくれただろう?」


「………る、な」


「うん、そうだねシルヴァ」


綺麗な手で再び頭を撫でられて、美しく煌めく紫の瞳と目を合わせていられなくて俺は顔を伏せた。

そんな俺の手を、髪から離れた彼女の――ルナの手が攫う。


「あ……」


「手を繋ぎたいならそう言えばいいのに。

可愛らしい君とこうするのに否やは無いよ。

それにとっても簡単ですぐできることだろう?

ふふっ、一体君はどこに遠慮するんだか。

この間も言ったはずだよ、別に無理をする必要はないって」


その言葉で見透かされていたのだと知る。

俺が親と手を繋いで歩く子供を目で追っていたこと。

でも全然嫌な気分にはならなくて、涙すら出てきそうになった。

数日前に同じように泣いて彼女を困らせたから必死で我慢したけれど、それすらも彼女に気づかれて全身が温もりに包まれる。

抱き上げられたのだと気づいたのはしばらく経ってから。

それでも手はしっかりと繋がれたままで、何だかたまらない気持になって。


「さて、帰ろうか。今日の宿で出される食事は君の嫌いな野菜がたっぷり入ったスープだったように思うしね」


「……あんまり、食べたく、ない」


少しの恐れと共に吐き出してみた、小さな言葉。

けれどそれに返るのは怒鳴り声や暴力などではなく。


「ふふっ、君は仕方ないな。

でもそんな風に自分の意見を言うのはいいことだ。

だからそれが言えるようになった君へのお祝いの意味も込めて、今日だけは半分食べてあげよう。

でも野菜は体にいいんだから、きちんと食べないと駄目だよ。

それこそ君が望むように大きくなるためには必要な事だからね。

分かったかな、シルヴァ?」


「………ん」


向けられる優しさがまるで俺をぐずぐずに溶かすようで、俺は彼女の首許に顔を埋めた。



***



今はたくさんの我儘を臆面もなく口にして、堂々と彼女に甘えて。

それは悪いことじゃ無いと昨日ルナが言ってくれたから、その言葉にもこれから俺は甘えてしまうんだろう。


「明星様、お申し付けの朝食を持ってまいりました」


キュッと華奢な体を傷に障らないように抱きしめ彼女の温もりと思い出に包まれる時間は、そんな無粋な声に邪魔された。

自分でも眉間に皺が寄ったのが分かる。

どうするべきだろうか。

ここを離れたくないし、きっとこちらから指示すれば職員が室内まで食事を運んでくるだろう。でも。


「……分かった。廊下(そこ)でいい。後で自分で取るから」


「は……?ですが……」


「いいと言ってる。

食べた後も出しておくから、片付けも室内には入るな。

昼食も同じように廊下まででいい」


「……かしこまりました」


他の誰かにルナの寝顔を見られるなんて冗談じゃない。

それに他の人間の気配でルナが起きたら嫌だし、ならこうするのが一番だ。

仕方なく腕を離してベッドを抜け出す。

そうすればルナは寒そうに身を縮めて、それが更に俺を離れがたくさせた。

でもルナの食事をとって欲しいという気持ちを無駄にはしたくなくて、そっと毛布を彼女の体にかけて用意されている食事の乗ったカートを室内に入れる。

食事をとるのがこんなに億劫に感じたのは久しぶりだ。

しかもどんな気の利かせ方なのか量も少し多めになっている。

……ルナが起きていたら、食べさせられたのに。

思わずため息が出る。

けれどルナが言っていた。

出されたものを残すのはとても贅沢な事だって。

だからなるべくなら全部食べなければ。



―――ふふっ、だからと言って無理に食べる必要は無かったんだよ?

それで体調を崩したら元も子もないじゃないか。



いつだったか、ルナの言ったことを守ろうと無理に全てを平らげて、そのせいで体調を崩した俺に彼女が向けた言葉が脳裏に響く。

懐かしくなってつい口許に笑みが浮かんだ。

きっとルナしか分からないような微かなものだろうが。

喉の奥に流し込むようにして俺に出来る最高の速さで食事を終えて廊下に出る。

流石に寝ているルナの傍で食事をとることは出来なかったから、傍に行くのを我慢していたのだ。

でも食べ終わったからそれも終わり。

つい顔がゆるんでしまう。

けれど自分以外の気配を感じて、俺はすぐにそれを引き締めた。


「――おや、おはようございます明星」


「煌炎……もう起きて問題ないのか?」


廊下でばったり出くわしたのは煌炎だった。

彼もルナと同じように大怪我を負ったのに、もう平気そうな顔で起き上がっている。

勿論抉られた腹部にはルナの様にしっかりと包帯が巻かれているのだろうが。


「ええ、俺は元々それ程眠くはありませんでしたし。

氷雨もたぶんもう起きていますよ」


なら寝ているのはルナだけと言うことになる。

二人と比べてもそんなに彼女は重傷なのかと俺が眉を寄せると、彼は苦笑して首を振った。


「貴方の心配も分かりますが、大丈夫ですよ。

俺達は皆、戦いの後に湧く欲求の方向が違うだけです」


「欲求…?」


「宵闇は戦いの後眠りを必要とするでしょう。

睡眠欲、というやつですね」


確かにそうだ。

彼女の体にかけられている魔術がそうさせるというのもあるけれど、やはりルナは眠ることが好きだし実際よく眠る。


「俺達SSはそれぞれが人の三大欲求を分かりやすく示していましてね。

俺は戦いの前と後にかなりの食事を必要とするんです。

ですから今もギルドの食堂に行って保存されていた三分の二程の食材を平らげた後ですし、これから準備をして街の店を何軒か潰し……いえ、回るつもりです」


確かに数日前に見た煌炎は正直その体の倍以上の量を食べていたように思う。

どこにそんなに入るのだろうと思ったものだ。

後々ルナが竜族は戦う前にたくさんの食事を必要とする種族なのだと教えてくれたけど。


「じゃあ氷雨は?」


「………貴方は一応十三歳ですよね?

いまいち言っていいのか分かりませんが、彼は性欲です。

たぶんもうそういう店に行って何人か抱いてるんじゃないですか?」


「…………」


絶句した。

煌炎が気まずそうに目をそらす。


「言ったでしょう、三大欲求だと。

まあそういう訳で俺達は向かう欲がそれぞれ違い、宵闇はそれが睡眠欲だから長く寝ているだけです。

あまり心配をし過ぎると貴方が大変ですよ?

宵闇はあの通りの人間ですから」


それは助言のようなものなのだろうか。

そう思いつつ取りあえず頷いておく。

俺の動作に表情をゆるめた煌炎は思い出したように一言付け加えた。


「そうそう、今夜食事に行くという話は宵闇から聞きましたか?」


「聞いた」


「なら安心ですね。夜の――そうですね、七時くらいには準備を済ませておいてください」


「ん。ルナにも起きたら言っておく」


「頼みましたよ。それでは、俺は食事に行くので」


優雅な足取りで立ち去る彼がこれから有り得ない食欲で数々の料理屋を営業不能にしてしまうと、誰が考えるだろうか。

何だか感慨深く思いながら俺はカートを壁につけ室内へと戻った。

これで少なくとも昼食が運ばれてくるまではルナの傍にべったりくっついていられる。

毛布を少しめくって中に身を滑り込ませ、さっきまでそうしていたように彼女に手を伸ばす。

毛布を掛けていてもまだ寒かったのか、ルナは身体を丸めていた。

本当に、彼女はとても寒がりだ。


「ルナ」


呼びかけつつ抱きしめる。

寒さのためか寄せられていた眉がゆるんで、ん、と小さな吐息が耳をくすぐった。


「……さむ、い」


意識が覚醒しかけているのか、それともただの寝言なのか。

呟いた彼女はきゅっと俺の服を握った。

額をこすりつけるように触れて、まるで甘えられているみたいだ。


「…………やだ…一緒が、いい…」


やっぱり寝言だ。

何か夢でも見ているのだろうか、彼女は小さく首を振る。


「よ、う……ずっと………そば、に…」


“ヨウ”。

俺の知らない名前。


「やっぱりルナは、俺を幸せにして、悲しくさせる天才……」


こうやって期待させて、突き落す。

それでも諦めきれない俺の、自業自得と言えばそうだけど。

一体誰の夢を見ているのか。

いつになったら貴女は、俺の想いに気づいてくれる?


俺の気も知らないで。

俺に抱きしめられながら、夢で“ヨウ”に逢って。

それで彼女は、幸せそうに笑んだ。





次回、過去編に参ります

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